マクスウェル
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バラフミア王朝における社会的地位は、支配階層種族であるオルメアス人の中でも王族とそれに連なる貴族階級と、その他の一般階層並びに被支配階層の種族たちにおいて、絶対的な格差がある。
オルメアス人の王族と貴族にのみ莫大な富と権力が集中し、一般階層と被支配階層の民衆たちはその莫大な富を生み出す労働力として搾取され続けている。
マクスウェルが生を受けたのは、王族をも凌ぐ権力を手にする貴族による絶対的な支配が確立していた、バラフミア王朝のもっとも醜い時代だった。
マクスウェルはバラフミア王朝において最大の権勢を握る六大貴族の一角、トーウェンランス家の当主と愛妾である下級貴族の令嬢の間に生まれた。
正妻との間に子を授からなかったトーウェンランス家の当主は我が子を溺愛し、純血主義のためにマクスウェルをトーウェンランス家の子であると認めなかった先代当主の強い反対を押し切って、彼を後継に指名した。
だが、大貴族の次期当主として父の愛を受けながらマクスウェルが成人を間近に控えた頃、バラフミア王朝はシャイロン星雲の外より来る巨大な帝政国家の侵略を受けることとなる。
マクスウェルの父は、その戦役に身を投じて戦死した。
マクスウェルは父親を尊敬していた。
彼の父が命を懸けて戦ったおかげで、バラフミアはこの最初の侵略を防ぐことができた。
だが、当主の死をきっかけにバラフミアの貴族たちはトーウェンランス家を策謀を持って陥れ、没落させてしまった。
大貴族から一転、王朝にとって英雄であるはずのトーウェンランス家の名は地に落とされ、誇りも尊厳も家も地位も名誉も、父の功績さえも踏みにじられたマクスウェルは、母とわずかな信頼できる身内とともにロストン合衆国のあるヒュペルボア星団に亡命した。
貴族社会の醜さと、国を守ってみせた父に対する非道な仕打ちをしたバラフミア王朝。
亡命した先のロストン合衆国で軍人となり、高い地位を手にして、この国を利用していつかシャイロン星雲の王朝に復讐を果たしてみせる。
固い決意を胸に秘めたマクスウェル。
この時点で、彼の専制国家、貴族主義に対する印象は憎しみとなっていた。
だが、復讐しか見なくなった彼がヒュペルボア星団で見たのは、バラフミア王朝とは全く違う民主主義と共和制の国家だった。
王も、貴族も、民もない。
そこにあったのは、一人一人が国に対する主権を持つ、国民の主導する国家だった。
貴族主義に憎しみを持つマクスウェルが共和主義にのめり込むのに時間はかからなかった。
やがて彼は貴族制をただ破壊するだけではなく、国民一人一人が権利を持ち国を民衆が形作る共和制がもたらす世界を知って、王朝への復讐を共和制への改革を成し遂げる野望に変えていった。
ロストン合衆国軍に志願し、宇宙海賊の討伐や他勢力との戦闘を通じて戦績を重ねていき、最前線で様々な敵と戦い続け独自の戦術を開拓していった。
そして母の死をきっかけにロストン合衆国を離れ、貴族制に対する革命を果たすベくバラフミア王朝に帰国することを決意。
マクスウェルは亡命時に捨てた名を再び携え、バラフミア王朝に戻り、ロストン合衆国の経験をもとに手柄を立て続け、徴収兵から艦隊司令までのし上がってきた。
没落し消えたとはいえ、トーウェンランス家の隠し財産と人脈はバラフミアに根強く残っており、それを利用してマクスウェルはバラフミア王朝の裏で共和主義を掲げる革命組織を立ち上げる。
叩き上げで成り上がってきたマクスウェルは、バラフミアの民衆や兵士たちから多大な人気を集め、それを背景にシャイロン星雲に共和主義の風を吹き込み続けてきた。
そして、ついに彼に大きなチャンスが訪れた。
バラフミア王朝の最強の戦力であるサメット艦隊が、兆円銀河の新興勢力である宇宙連邦政府との戦役で壊滅。当時六大貴族の最後の一つであり、トーウェンランス家の没落を最も扇動したアイアトラース家の当主が戦死したことで、貴族主義の王朝内においてその貴族たちの権威が大きく削がれることとなったのである。
好機と見たマクスウェルは、一気に革命軍を動かす。
数多くの人脈を利用して王朝の中枢にまで張り巡らせてきたテロリストを使い、テュタリニアの情報をアストルヒィアに、カミラース星系に関する情報を帝政クラルデンに流し、弱り切ったバラフミア王朝に大国との戦争を引き起こさせた。
カミラース星系の駐留艦隊の一つに任命され、あえて遺跡と無関係の外惑星系の役目を引き受けた。
そして介入してきたクラルデンとカミラース星系に派遣されたバラフミアの艦隊をぶつけあわせ、人種差別を謳う純潔主義者の艦隊司令デーヴィットを結果的に戦死まで追い込んだ。
そして、王朝の入手するはずだった超兵器、原初の永久機関[ガイルの炉]を手に入れる。
貴族と王族を贄として、王朝を新たな共和制国家として生まれ変わらせる。
それが、マクスウェルの計画。
ツラファントに乗る遺跡のことを誰よりも知るヴィオランテを保護するために乗り込んだ空間で遭遇したクラルデンの弩級戦艦を指揮するトランテス人に、その軍才を見たマクスウェルは降伏の勧告ではなく、協力を提案した。
「我輩が掲げる新たなシャイロン星雲の共和制国家には、有能な人材を欲している。主の力があれば、この悲願も果たせよう」
己の身の上を長らく語ったマクスウェルは、再度利益を聞いて返答を迷い始めたトランテス人に手を伸ばした。
顔を上げたトランテス人と目があう。
若い。
だが、マクスウェルも一目おくハルコルが指揮をとり、ヴィオランテが支援して得た恩恵で大幅にパワーアップしたツラファントとの戦いを見て、その戦術眼には年など関係ない大きな力があると感じた。
クラルデンは絶対君主制国家である。
バラフミアと違い、名門と呼ばれるものたちは存在するが、彼らは民衆の富を奪うものではなくともに皇帝に富を捧げるものたちであり、バラフミアのような貴族は存在しない。
その国が得る富の全ては皇帝の所有物であり、臣民も皇帝への忠誠のみを求められ、そこには身分も種族も血筋も関係ない。
かつて九つの銀河の覇者に君臨すると目されていた大帝バグラの死後、率先服属の体制から実力がものをいう能力主義の体制へと変換しているという。
トランテス人は皇帝に対して絶対的な忠誠心を持っている。
蛮族ではあるが、同じ君主制国家でありながら、奴らは隙あらば王族さえも陥れようとする腐りきったバラフミアの魑魅魍魎の貴族どもとは違い、その体制はとても純粋な君主制だ。
だから、今はまだいい。
彼らにも共和主義の美しさを知ってもらえれば、必ず我々のもとに来る。
マクスウェルは焦ることなく、モニターの先にいるトランテス人へと手を伸ばす。
「さあ、友よ。一時の共闘と、未来の二国の和のため、我輩に力を貸してくれ」
返答は如何に。
しばらく考え込んでからマクスウェルの方を見たトランテス人は、返答の前に一つ尋ねてきた。
『一つ尋ねたい、良いか?』
「もちろんだ。一つと言わず、二つでも三つでも構わんとも」
トランテス人である彼が、敵となっているバラフミア王朝に肩入れする理由などない。
確認したい事項もあるだろうが、クラルデンの利を考えれば、彼は賢いからこそマクスウェルの提案を受け入れるだろうと考えている。
大方、マクスウェルとしては勝算があるのか?とか、クラルデンとの間に結ぶことを約束する和平に偽りはないか?とか、ともすればクラルデンに服属するか?とか、尋ねてくるだろうと予想している。
今代のクラルデンの皇帝は形式的な支配関係で実質的には対等な同盟関係をフラスネア協商と結んでいるなど、蛮族の皇帝にしては穏健な対応が多い。
もちろん、マクスウェルは強大な軍事力を有する彼らと手を結べるならば、形式的な服属関係の同盟というものも辞さないつもりである。
何を尋ねられたとしても、このトランテス人を納得させられるという自信が、マクスウェルにはある。
そんなマクスウェルに、トランテス人はこんなことを尋ねてきた。
『帝政クラルデンやアストルヒィアの参戦を招いたことで生まれる犠牲。何万、何億という人民が失われるかもしれない。それで、お前は何を得たい?』
「………ふむ」
マクスウェルの想定とは、違ったことだった。
想定外だったため、返答に詰まる。
だが、共和制といつものがどれほど国の発展と、民に行き渡る豊かさを見せてくれるのかをヒュペルボア星団で見たマクスウェルは、自信を持ってその回答を示すことができた。
「飢えを知らず、格差を知らず、万人に財産と権利が行き渡る繁栄した未来のため。歴史の転換期には多くある代償。古きを破るに、必要な犠牲だ。いっときの万人の死は、未来の末長き京兆の民衆の幸福のためなのだ」
『……そうか』
短く、トランテス人はそう呟いた。
頷くだろう。
そう確信を得ていたマクスウェルに、トランテス人が返答する。
『その理想という名の復讐のために、お前たちの言う尊重されるべき主権者である国民も巻き込む。俺は共和主義の思想を否定しているが、貴様ほど理想を声高に語りながら犠牲を強いる下衆は初めてだ。マクスウェル、貴様と手を組むつもりはない。ここで沈め』
「………な、なんだと」
あまりにも予想外の返答に、時間が止まったような錯覚に陥るマクスウェル。
その先で、回線は一方的に遮断される。
「仕掛けてくるぞ! 回避行動!」
それが、今度こそ明確な拒絶であると、そして革命軍に対する敵対の宣告であることを理解したマクスウェルは、すぐに命令を出す。
革命の要であるカミラース星系に眠る古代文明の遺産、原初の永久機関である[ガイルの炉]を手にするためには、その番人であるヴィオランテが必要である。
彼女がなりすますニーグント人の航宙長が乗るツラファントに誤射するわけにはいかないため、反撃の命令はできない。
タルギアは3連衝核砲を包囲するマクスウェルの艦隊に向け、攻撃を開始してきた。
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