首魁
『我輩の言葉の真意を疑っているようだな』
「……………」
マクスウェルの予想外の言葉に、かすかに変化した目にこもる感情を見抜かれたらしい。
何も返さないレギオに、マクスウェルはその沈黙を肯定として受け取った。
『目は口ほどに物を言う。人生経験が足りないようだな、若造』
顔色の読み合いに関しては、歳の差もありマクスウェルに一日の長があるようだった。
レギオはマクスウェルのことを戦を愛する狂人と思っていたが、意外と理知的な面も垣間見えた。
とはいえ、何を疑ったのかまで見破られたのは事実である。
顔色を読み取ってくるマクスウェルを警戒するレギオに、壮年のオルメアス人は片手を向けてきた。
『当然、主の隣にいるその艦艇の乗組員は我輩にとっても重要なのでな。人質があるから、強い要求を出すのをためらうというのも理由の一つだ』
レギオはツラファントの方に目を向ける。
やはりハルコルを使ってタルギアを試してきたらしい。おそらく、戦闘の様子も記録しているだろう。
ハルコルがそれを承知で立ち向かってきたのかは不明だが、マクスウェルたちの出てきた次元峡層の形成はツラファントが被弾した直後だった。見方によっては庇いに入ったとも言える。
マクスウェルは乗組員が必要と称していたし、ツラファントも言うよりもハルコルたちの無事を優先させたい様子である。
つまり、人質としての利用価値はあったということ。まだ、奴らはタルギアに兵器を撃てない状況だった。
拘束しているわけではないが、ツラファントはブリッジがやられているようで単独の離脱ができない状況にある。
タルギアにはソルティアムウォールがあるが、ツラファントが誤射を受けることになれば乗組員の殉職は免れないだろう。
隣にタルギアがいることが、ツラファントを人質としていた。
しかし、それでも完全に包囲しているのはマクスウェルたちの方である。
人質だけで降伏勧告を取り下げるようなことをするだろうか?
マクスウェルには別に狙いがあるように思えたレギオは、会話を継続して相手の要求と、その先にある目的を探ることにした。
「……人質とみなすのならば、解放の対価を提示しろ」
降伏しバラフミアの旗に降るつもりはないが、ツラファントを解放してほしいというならば話し合いに応じる余地がある。
そう告げると、マクスウェルはレギオに向けていた片手の掌を上に向け、その青白い表皮に覆われた手を差し伸べてきた。
『では、単刀直入に言わせてもらおう。ツラファントとの戦いを見せてもらったが、その手腕と能力は賞賛に値する。我輩にその力を貸したまえ。待遇は正当なものを用意するとも』
マクスウェルが要求してきたのは、先ほどの言を撤回する降伏勧告だった。
先の言葉の真意は読み取れないが、その要求ならば既に断っている。
若干呆れながらも、それを表情には出さずにレギオはもう一度同じ返答をした。
「……先も言ったはずだ、マクスウェル。俺の主君はただ1人。バラフミアの軍門に降るつもりはない」
今回は、さらに名乗られていない段階だが、マクスウェルの名前もはっきりと出して拒絶の意思を伝える。
マクスウェルは一瞬驚いた様子だったが、断られたというのにその表情に笑みを浮かべた。
『ほう……我が顔を知っておるとはな、予想外だぞ小僧』
一瞬驚いたのは、レギオがマクスウェルの名前を出したからのようである。
だが、当然マクスウェルの方は覚えていないらしい。
レギオにとっては顔と名前を一方的に知っているのみの関係である。かつて対峙した際に指揮をとっていた艦艇は[ルビタート]である。今のタルギアの姿では、色こそ同じ白銀とはいえ、どの艦艇の艦長だったかなども思い出せないだろう。
挑発とも受け止められるような明確な拒絶を示したレギオだったが、マクスウェルはむしろ満足そうな表情を浮かべている。
何のつもりだと問いを発しようとしたところ、今度はマクスウェルの方からさきほどの勧告に対して言葉が発せられた。
『小僧、誤解があるようだな。我輩は、バラフミア王朝に降れとは言っていない。我輩に力を貸してくれと言ったまでだ。主従ではなく、対等な味方として立場を改めようという誘いである』
「……どういう意味だ?」
降伏勧告ではない。
マクスウェルの言葉は、どうやらレギオに対してバラフミアに降伏しろというわけではなく、マクスウェルに対して仕えろと言っている様子だった。
だが、マクスウェルはバラフミア王朝に属している軍人のはずである。
マクスウェルに降伏しろというのは、バラフミアに降伏しろと同義のはず。
だが、マクスウェルの言葉を噛み砕いてみると、まるでマクスウェル自身はバラフミアに従うつもりはないと言っているかのようにも聞こえてきた。
「……貴様個人に従え、という事か?」
バラフミアではなく、マクスウェル個人の下に付け。
そう要求されているのかという、確認の問。
だが、マクスウェルは首を横に振る。
『まだ、誤解があるようだな。我輩は、従えとも、仕えろとも言わん。手を貸してくれと言っているのだ。主従などという隔絶された関係ではなく、同じ立場の友人として共に歩む関係だよ』
マクスウェルのこの言葉が、レギオの中にその本当の意味をもたらした。
「そういう事か……」
主従ではなく、共通の友人。
君主と臣民ではなく、等しく国民すべてが国を形作るという思想。
皇帝を絶対の君主としている絶対君主制国家であるクラルデンにも、多く蔓延る考え方である。
バラフミア王朝は、専制国家である。
そして、クラルデンに情報を流したのはその体制の変換を企んでいるというテロリスト。
専制国家の反乱分子の共通点は、その思想にある。
それは、共和主義の思想。
フラスネア協商やロストン合衆国、惑星テラの宇宙連邦政府などがとる、共和制という考え方。
つまり、マクスウェルはそのテロリストであり……
「バラフミアではなく、反乱軍に付けと言うつもりか?」
レギオが出した結論に、マクスウェルはその笑いを浮かべる表情を持って肯定の意を示してきた。
『個人や一族、限られた王族と貴族が、血筋だけで国家のすべてを決めるあり方などではない。人は皆、平等に国を動かす権利を与えられている。
トランテス人の小僧。主もまた、生まれながらに縛られている立場など捨て、その才覚に見合う正しい地位を手にすることもまた一つの道だ。我らにその手を、軍才を貸してはくれないか?』
断られる可能性など微塵も考えず、饒舌に共和制のあり方を語るマクスウェル。
人は、生まれながらに平等であり、上下や主従の関係などない。
誰もが国を動かす一人一人の権利を持った国民であり、国民が成立させて動かしている国家。
降伏勧告、というよりは勧誘に近いだろう。
長々とした演説を聞いていたレギオは、マクスウェルに変わらぬ無表情を向け、返答する。
「……驕るな共和主義者。三度言うが、俺が仕える君主はただ1人であり、共通の友人などではない。陛下の鉾であるクラルデンの軍人に、国を動かす権利など必要ない」
マクスウェルの要求に対する、本当の意味での拒絶の意志に基づく返答。
君主制の廃止を訴える共和主義の思想は、クラルデンの皇帝に対し絶対的な忠誠を誓う帝轄軍の軍帥であるレギオにとって、決して許容できないものである。
絶対君主制国家である帝政クラルデンの頂点に立つ皇帝は、レギオにとって唯一配下を殺す命令を出してでも尊重する存在である。
ゆえに、彼がたとえ反乱軍でなかったとしてもマクスウェルの誘いに乗ることはない。
『まあ、そう言うな』
だが、明確な拒絶の意思、共和主義を認めるつもりはないというレギオの返答に、マクスウェルはそれでも余裕を崩さなかった。
表情一つ変えないが、レギオはすでに話し合いの余地はないと見なしている。
それでも、マクスウェルは言った。
『主にはまだ誤解がある。我輩はクラルデンの皇帝を裏切れと言っているわけではない。共和主義の思想は個人意思の尊重だ。先ほどから言っているではないか。手を貸して欲しい、とな。クラルデンの1人の艦長個人に対して、我輩から協力の要請をしているのだ。何も、我々の組織に入れと誘っているのではないのだよ』
「……………」
マクスウェルの言葉は、レギオに対して本当に降伏ではなく協力の要請をしているとのことらしい。
『バラフミア王朝を打倒した暁には、クラルデンと同盟を結ぶ用意もある。聞いているぞ、ロストン合衆国との不可侵条約が破棄され交戦状態にある、とな。悪い話ではないと思うが?』
「……………」
レギオは、黙った。
共和主義に染まれというわけではなく、あくまでもクラルデン軍のレギオに対する共闘の誘いということ。
額面通りにマクスウェルの言葉を受け入れるとすれば、たしかに統一間もない状況で多くの戦線を抱えるクラルデンにとっては悪くない提案である。
一考の余地はあった。
「……………」
『さあ、返答を聞かせてくれ』
余裕の態度を崩さないマクスウェル。
初めからここまで来ても断られることを想定して、この提案をしてきたということなのかもしれない。
言葉では返答を急かしつつも、マクスウェルの表情にはこのトランテス人ならば必ず頷くだろうという、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
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