遭遇戦

 タルギアを旗艦とする、ルギアス1番艦隊。

 26隻からなる艦隊が、カミラース星系第7惑星であるオラフスの周囲を回る衛星の一つ、オラフ41の近くに空間跳躍を行った。

 宇宙空間に彼方とつながる円が形成され、その奥より艦艇が次々と回転しながら、煙を払うように出現する。


 直後、索敵システム上の画面が一新された箇所に多数の艦艇の起動音と、衛星とともに複数の敵艦が確認された。


「前方に敵艦多数!」


「全艦戦闘……いや待て。どこの所属だ?」


 遭遇戦の可能性が低い地点を予測して選択した。

 確かに、現状が不明な以上こういうリスクも承知していた。

 それがバラフミアの警邏艦艇とかならば、レギオも承知している。最悪の想定として、敵の本隊の場合も考慮していた。

 しかし、索敵システムが感知した敵の艦隊は、レギオにとっても全くの想定外の存在だった。


「艦種識別……アストルヒィア!」


「!?」


 それは、この宙域に展開していると想定していなかった別勢力の艦隊だった。


 想定外の事態に、1番艦隊は混乱に陥る。

 その中で、レギオは素早くどういう事態が起きているのかの仮説を打ち立てていく。

 アストルヒィアはバラフミアと自由浮遊惑星テュタリニアにて攻防戦を繰り広げている。

 クラルデンとも交戦中の勢力で、立場は完全な敵だ。

 アストルヒィアが辺境の恒星系に来る理由は、おそらくクラルデンと同じだろう。

 バラフミアが狙う超兵器の奪取、もしくは破壊。

 テュタリニアをすでにアストルヒィアが手に入れたとすれば、極秘となっている航宙記録を入手し、カミラース星系に対してバラフミアが不穏な動きをしていたことはすぐに知ることができる。


 もしくは、バラフミア内部の情報漏洩を行った人物がアストルヒィアに対してもクラルデンと同様の情報を流していた可能性。

 バラフミアが超兵器を入手することがあれば、アストルヒィアがその最初の犠牲となる可能性が非常に高い。

 物量において最大勢力を誇るアストルヒィアであれば、恒星系に対するしらみつぶしの調査は容易なことだ。伝承と関係ないと見られているオラフスまで艦隊を派遣することも合点が行く。


 どういう可能性にせよ、バラフミアとテロリストに加え、アストルヒィアもこの星系に展開していることは、前方に展開している艦隊を見れば確実だろう。


 アストルヒィアが星系をしらみ潰しに探しているとすれば、1,000隻を超える艦隊が展開されている可能性もある。

 だが、帝轄軍の軍人として陛下の勅命に背くことはできない。

 何より、アストルヒィアに超兵器が渡ればどれほど多くのクラルデンの臣民に犠牲が出るだろうか。


 アストルヒィアはもとより敵国である。

 空間跳躍を行ったこちらの艦隊は察知されているだろう。

 向こうもこちらと同様に驚いているのか、もしくは敵艦隊の出現を本隊に知らせることを優先して攻撃命令が遅れているか。

 どちらにせよ、先手を取れる状態。この好機を逃すわけにはいかない。


 わずか2秒ほどで思考をまとめたレギオは、ためらいなく1番艦隊に命令を出した。


「目標、アストルヒィア艦隊。全艦攻撃開始!」


「……了解! ぜ、全艦直ちに攻撃開始!」


 管制担当が1番艦隊各艦に命令を送り、それを受け取った艦長たちがすぐに行動に移る。

 レギオもタルギアの主砲である大口径コイルガンの操作桿を握り、角度を調整した。

 それと並行し、タルギアに対する指示も出していく。

 まだ驚いている1番艦隊の部下たちには、レギオの命令が必要だった。


「ソルティアムウォール2番展開!」


「了解、ソルティアムウォール2番展開します!」


「三連衝核砲、砲角88.5カイラット、微修正! 標準、敵戦艦艦橋!」


「了解! 衝核砲微修正、敵戦艦に標準合致! 三連衝核砲1番砲塔、攻撃開始!」


 先手を取ったルギアス1番艦隊の砲撃が、次々にアストルヒィアの艦隊に向かって放たれる。

 ほんの一瞬、先制攻撃で放たれ着弾した砲撃が、一方的にアストルヒィアの艦艇を破壊する。

 一斉砲撃に遅れ、レギオが操作している大口径コイルガンが発射された。


 光学兵器や誘導兵器が主流の戦場において、その兵器は非常に目立つ。

 タルギアの主砲である大口径コイルガン。

 亜光速にて放たれる巨大な質量を伴うその砲弾は、威力こそ高いが軌道修正もできないし、光学兵器と違い風や重力の影響を強く受けるため軌道が非常に読みづらい。光学兵器に速度で劣り、誘導兵器に命中率で劣る。

 だが、誘導機能がないためにロックオンによる探知をされず、光学兵器で無いためエネルギーが拡散してしまう特殊な宙域においても使用可能。そして、砲弾のデメリットである風や重力の影響で軌道が不規則になってしまうというその特性にレギオは逆に目をつけた。

 素人には全く軌道の読めない。逆にいえば、砲弾の軌道を読み切ることができれば巨大質量を伴うこの高威力攻撃をその特性を活かすことで、光学兵器では狙えないような位置にいる敵に当てることができるようになる。

 放たれた大口径コイルガンは、岩塊に遮られた敵巡洋艦の中枢部に直撃し、一撃を持って撃沈させた。


「敵巡洋艦撃沈!」


「浮かれるな! 艦速機構を次速に接続、タルギア前進!」


 大口径コイルガンの操作捍を右手に、タルギアの操舵捍を左手に握り、レギオの命令によりタルギアが前進する。

 それに続いて、1番艦隊各艦艇も攻航艦を中心とした各艦艇が前進を開始する。


 先手の初撃はうまくいったが、奇襲で得た優勢は相手を殲滅できなければ必ず反撃を受ける。

 そして、アストルヒィアの艦隊は未だに半数以上が存続している。

 機関は稼働しているもののまだ動かないようだが、すぐにでも反撃が行われるか、増援が送られることは確実だろう。

 敵が反撃を開始する前に距離を詰め、クラルデンの艦艇にとって優位な中近距離戦闘に移行する必要がある。


 ロングレンジ攻撃では、攻航艦のトイ・ロールガンは届かない。

 遠距離戦は圧倒的に不利。

 接舷や突撃戦法を駆使するクラルデンの攻航艦の利点を最大に生かすには、距離を詰めた戦闘が肝心となる。


 そして、敵との距離を詰めるのはクラルデンの攻航艦の間合いで戦うとともに、アストルヒィアの誇る超兵器の使用を封印させることにもつながる。

 この艦隊にη艦がいる場合、敵に位置を知られたままガントレイド砲を使用されれば一方的に殲滅されることは必須。

 間合いを無視したあの砲撃にさらされないためには、敵との距離を詰めて戦うことが必要だった。


「アストルヒィア艦隊との距離を詰める。後続隊も距離を取りすぎないよう留意しろ」


「了解!」






 ≡≡≡≡≡≡≡


 1番艦隊が空間跳躍直後に敵艦隊との遭遇戦を展開していた頃、ベインが率いる6番艦隊はオラフスの衛星の一つであるオラフ26に同様に空間跳躍を用いて到着していた。


「周囲に敵影ありません」


「流石にこんなところにまで艦隊を回してはいないか……」


 オラフ26の周囲には、バラフミアの艦隊も、アストルヒィアの艦隊もいなかった。

 これは7番艦隊の展開したオラフ29も同様。

 そもそも遭遇戦のリスクを避けた初期展開である。1番艦隊がいきなりアストルヒィアの艦隊と遭遇したのが想定外であった。


「報告。こちら6番艦隊、オラフ26近辺に敵影無し。予定通り、拠点構築に取り掛かる」


『こちら7番艦隊。こちらも敵影確認できず。拠点構築に取り掛かります』


『おっと、僕まで流れてきました〜。めんごめんご』


『メゼロ、てめえ!』


 通信中に割り込んできた剽軽者。

 7番艦隊の方も拠点の構築に入るらしい。

 しかし、どうやらメゼロが勝手にムズルのところに出てきた様子だ。いつもの事ながら、剽軽者との喧嘩が勃発する。

 メゼロは配下の艦隊まで連れてきていないようだ。

 高みの見物でもするというのか。何がしたいかよくわからないが、もしかしたら何らかの命令を受けているのかもしれない。

 ベインはメゼロのことは無視し、拠点構築の命令を出した。


「本隊を迎えるための拠点構築作業に移る!」


『ベイン、てめえ! 急げ急げ! 6番艦隊に遅れをとるな!』

『おーおー、張り切っちゃって』


『てめえ、戻りやがれ! 邪魔だ!』


 あちらも早速対抗心をむき出しにして命令を飛ばす。

 それを笑っているムズルにさらに苛立ちが募る。


 その時、1番艦隊の方から通信が入った。


『こちら1番艦隊! 軍帥からの指示を伝達!

“6番及び7番艦隊は拠点構築を行い、本隊と合流するように。並行して周囲の索敵を進め、警戒を行うように。敵艦隊を発見次第、駆逐行動に移れ”!

 現在、1番艦隊はオラフ41に展開している敵艦隊と遭遇しています! なお、当該敵艦隊の所属はアストルヒィア!』


『……え?』

「はあ!?」


 1番艦隊からの通信を聞いた瞬間、2人の顔色が変わる。

 遭遇戦の可能性がゼロでは無いことは事前に聞いていたが、1番艦隊の接敵したのはアストルヒィアである。

 レギオでさえこの事態は想定外だった。

 2人の艦隊司令は一瞬思考が真っ白になり、それにより1番艦隊からの命令が頭の外に出てしまった。


「と、とにかく増援を……」


 アストルヒィアは物量において全盛期の帝政クラルデンと互角を誇った大国である。

 そんな勢力が送る艦隊戦力を考えれば、優先するべきは1番艦隊の救援ではなく見つかる前に本隊を向かい入れて戦力を整えることだろう。

 だが、想定外の事態にベインは判断を誤った。

 ムズルも同様に、拠点の構築もせずに手持ちの艦隊戦力を急いでオラフ41に向かわせようとする。


「い、急いでオラフ41に向かう! 全艦、空間跳躍–––––」


『代われ』


 その時、艦隊指揮と同時に通信にも意識を向けていたレギオが回線に割り込んできた。

 混乱から判断を誤っている2人の艦隊司令官に、頭にかぶせれる冷水のように命令を飛ばす。


『6番艦隊及び7番艦隊は拠点構築と本隊との合流を行え。オラフ41に対する増援の必要は無い。貴様らが加わったところで大差は無い。優先順位を間違えるな』


 余裕が無いらしく、レギオは返事も聞かずに通信を切った。

 一方で、レギオの命令でようやく自分たちが愚かな選択をしようとしていたことを察した2人の艦隊司令は、すぐに指示を変更する。


「く、空間跳躍中止! まずはこの衛星に拠点を構築し、本隊と合流する! 同時に偵察を行い、周囲の安全を確保しろ!」


「「「了解!!」」」


 オラフ29に展開している7番艦隊でも、同様にムズルが拠点確保を優先させる。






 ≡≡≡≡≡≡≡


 予期せぬ遭遇戦から開始されたカミラース星系におけるルギアス艦隊の戦い。

 しかし、カミラース星系で超兵器を狙うのは、国だけでは無い。


 超兵器を用いてバラフミアの体制変換を目論む反乱軍が、既にカミラース星系にて密かに暗躍していた。




















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