次元転移



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 カミラース星系第3惑星オリフィード。

 テュタリニアの情報漏洩からアストルヒィアとの戦争に発展したバラフミアは、虎の子の戦力であるサメット艦隊を失っていたこともあり、アストルヒィアの物量に押され劣勢に立たされている。

 対アストルヒィア戦線を巻き返すべく、一発逆転を賭けサメット艦隊の代わりとなる強大な兵器を手に入れるため、この星系に眠ると言われる古代文明の遺跡調査に国防戦力を割いて艦隊を送っていた。


 そんな中、クラルデン側にテュタリニアの航跡記録の一部、カミラース星系に対する極秘の情報が流れてしまう。

 実行犯の反乱分子は自殺。真相は闇に消えたが、クラルデンの介入を招くことになる。

 クラルデンがカミラース星系に出征することを警戒したバラフミアは、動力機関の設計が違うために補給の効かないアストルヒィアの拿捕した艦艇も動員して、カミラース星系の調査を急ぐ。

 その際、オラフス周辺に操舵ができないため放棄するしかなかったアストルヒィア艦艇を調査の邪魔にならないように放棄した。

 そのうち動力機関がまだ生きていた艦艇。それが、ルギアス1番艦隊の空間跳躍した先のオラフ41に多数置いてあったのである。


 バラフミアはアストルヒィアの拿捕した艦艇を操作できるようになった暁に再度回収するため、それぞれの艦艇にマーキングをしていた。


 そして、ルギアス1番艦隊の砲撃がその艦艇に直撃した数撃沈されたために反応が消えた。


 その事態をオリフィードに集結していたバラフミア艦隊は即座に察知した。


「アストルヒィア艦艇の反応が消えた? どういうことだ?」


「反応が途絶したのはオラフ41近辺です。当該座標にて謎の境界接合反応を探知。クラルデンの空間跳躍システムの反応と思われます」


「他に反応は?」


「オラフスの影響で探査範囲に死角が生じていますが、探知できたのはオラフ41近辺のみです」


 第7惑星オラフスの位置関係によって生じた死角の影響により、バラフミアがこの探知をされたのは1番艦隊のみ。6番、7番艦隊の発見ができなかったのは、ルギアス艦隊の幸運と言えた。

 流出した航跡記録は、オリフィードに遺跡がある可能性が高いことも示唆している。逆に言えば、オラフスに出てくるのは目立つ空間跳躍による発見を避けるためという可能性が高い。

 また、クラルデンはロストン合衆国との不可侵協定の破棄により交戦状態となったことで多くの戦線を抱えている。大国ではあるが、バラフミア同様に余裕のある状況では無いと見られている。

 それを裏付けるのが、テュタリニアの情報漏洩時にはクラルデンが出兵してこなかったことだ。ここでクラルデンが本腰を入れてバラフミアに侵攻していれば、シャイロン星雲は完全にあの大帝国のものになっていた可能性が高い。その好機を逃すほどに、クラルデンが国防に余裕が無いとバラフミア側は見ていた。


 これらの情報から、バラフミアの指揮官は送られてきたのが少ない戦力であり、隠密行動に長けている艦隊であると断定。

 クラルデンの艦隊は発見できた26隻のみと判断した。


「問答無用で攻撃したのは我らに発見されることを避けてのことだろう。それが敵戦力が少ないことの表れである!」


 流出したバラスミア側の情報では、300隻からなる艦隊戦力が想定できるはず。

 発見されるリスクを避けてオラフスの衛星に空間跳躍したと考えたバラフミアの将軍は、クラルデンの戦力を発見した1番艦隊のみと見て迎撃行動に移った。


「オラフスに出てきたことも含め、奴らは今回の新兵器の実験台にもってこいだな。次元転移システムの起動準備に入れ!」


 アストルヒィアの拿捕した艦艇を満足に利用することはできなかったものの、バラフミアはそこから新しい技術を解析し実戦投入できる段階に仕上げてみせた。


 アストルヒィアの次元峡層と高位次元を利用した転移機構。

[次元転移]。

 それを応用し、アストルヒィアは遠隔操作、もしくは戦闘パターンプログラムを組み込んだAIが操縦する無人艦載機を直接敵艦隊の座標に送るという、[次元転移機構による機動部隊奇襲戦術]を編み出し、ワープシステムの発明により廃れてしまった艦載機と機動部隊を組み込む艦隊戦術を進化した形で復活させた。

 艦艇をはるかに下回るコストで運用できるワープシステムと、機動部隊が廃れたために退化していた対空兵装。

 二つの大きな要因が伴い、次元転移による艦載機攻撃は多大な戦果を上げるようになった。


 バラフミアが新たに手に入れたのは、その次元転移機構を用いた艦載機による奇襲攻撃である。

 アストルヒィアが艦載機の新たな運用を生み出したのは既に100年以上前のこと。それでも運用されているのだから、それだけ優れた発明だった。

 しかし、クラルデンなどの他勢力においてその反撃の基本戦術は確立されてしまっている。バラフミアに関しては、サメット艦隊などの多数の超兵器を利用した一撃で戦場を塗り替える兵器に依存した戦闘を主軸としていたため、通常兵器の改良やそれを用いた新たな戦術開発を怠っていた。

 そのため、バラフミアの通常戦力を用いた戦術は非常に時代遅れであり、アストルヒィアのこの戦術を最新のものとして扱ったのである。

 さらに言えば、今回の標的としたクラルデンは既に次元転移機構に関する解析を進め、独自にアストルヒィアと同様の艦載機を指定座標に送る戦術とその対抗策を確立している勢力だった。


 そうとは知らないバラフミアの将軍は、アストルヒィアのほぼ完全なコピーである新兵器と称した次元転移機構を発動させた。


「アストルヒィアから新たに得られた、この新兵器を試す。艦載機を出せ!」


 母艦から発艦した多数の無人艦載機が、次元転移機構を備えた艦の前方に展開する。


「艦載機隊、展開完了」

「次元転移先座標入力完了」

「次元峡層を構築……形成できます」


 それを確認したバラフミアの将軍は、次元転移システムを発動させた。


「次元転移システム、起動!」


 こうして、多数の艦載機がルギアス1番艦隊に送り込まれた。

 ……それが、悪手であることも知らずに。






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 一方、こちらは6番艦隊と7番艦隊に拠点構築命令を発したルギアス1番艦隊旗艦であるタルギアの操艦室。

 レギオは、機関が動いているだけで攻撃を受けても何の反応も示さないアストルヒィアの艦隊に違和感を覚えていた。


「何だ……?」


 反撃も回避行動も撤退も行わない。

 まるで、無人艦艇のような……。


「攻撃中断!」


 レギオが攻撃中断命令を飛ばす。

 1番艦隊の砲撃が止まっても、アストルヒィアの艦隊は何の反応も示さない。


「……どういう事だ?」


 アストルヒィアとの接敵を想定していなかったレギオは、不休で考えてきた戦術パターンから一度目をそらし、再度この現状からくる敵の狙いを考えていく。


 捨て駒にするならば、当然無人艦艇である事は明白。

 この広い宇宙で行われてきた無数の戦いにおいて、無人艦艇を用いた戦闘はなかったわけでは無い。前例は複数ある。

 この現状と見比べて、その過去の戦いがどういう意図で無人艦艇を用いたのかを考え、目の前の艦隊の目的を思案する。


 無人艦艇を用いるとすれば、爆薬を満載した艦艇をミサイル代わりに要塞に突撃させるなどがあった。

 そういえば、ポラス艦隊軍帥でありレギオをライバルと呼び切磋琢磨し合う仲間であるヒルデも、無人艦艇を用いた戦闘を行った事があるはず。

 その時交戦した勢力はアストルヒィアの艦隊だった。

 弩級戦艦であるη艦の率いるアストルヒィアの艦隊を相手にヒルデが劇的な勝利を収めたその戦闘で、無人艦艇は艦隊を組み囮として用いられた。

 η艦の持つガントレイド砲を当てさせる事で敵艦隊の座標をあぶり出す……囮として。


「囮……? そうか!」


 レギオはヒルデが大勝利を収めたその戦闘に用いた無人艦艇の運用方法を思い出し、アストルヒィアの目的を察知した。

 同じ囮として運用するならば、アストルヒィアの場合だとガントレイド砲を撃ち込むための囮とする。

 中近距離戦闘を主体とするため、距離を詰めて戦うクラルデンの艦艇が得意とする間合いを逆手にとってきたという事だろう。


 –––––つまり、1番艦隊は餌にまんまと食いついてしまったという事。


 ここにガントレイド砲を撃ち込まれることになれば、1番艦隊の被害は甚大なものとなり、一方的に殲滅させられてしまう。

 部下の被害を食い止めるために取る最善手を、レギオはすぐに導き出す。


「1番艦隊全艦に命令!」


 号令とともに操舵桿を握りしめ、もう片方の手で数式をはじき出し、現状の1番艦隊の配置で敵が最も大きな被害を与えようとするためにガントレイド砲を撃つと考えられる座標を導き出す。

 その軌道に対して、タルギアを盾として艦隊を並べるように命令を各艦に発信した。

 同時に操舵捍を傾けて、タルギアを予測座標の前に移動させる。


「止まってないで動け!」


 突然慌て始めた軍帥に戸惑い行動を起こさない部下たちに、余裕が無いレギオは珍しく声を荒げた。

 それで全員の固まっていた糸が切れ、とにかく軍帥の指示に従うべく動き始める。


「ソルティアムウォール5番展開!」


 左舷のソルティアムウォールを展開させる。

 白銀の艦体の左舷を、暗い盾が覆う。

 塗装が瞬時に塗り替えられたように見える色彩の変化。

 あらゆる干渉を飲み込む、タルギアの有する最強の盾。


 展開と艦隊の再配置。

 それが何とか間に合った、直後だった。


「艦隊上部に次元峡層!」


「なっ!?」


 索敵担当が見つけた次元峡層の反応は、レギオの想定と異なる艦隊上部だった。


 一瞬、驚愕したレギオはそれでもタルギアを動かす。

 間に合わなくとも、せめて一隻でも多く助けようと、次元峡層の反応した箇所にタルギアを動かす。


「ッ!」


 開かれた次元峡層。

 あそこから恒星フレアが放たれれば、無防備な艦隊の上部に巨大な灼熱の柱が降り注ぐ。

 己のミスで多くの部下が無為にその命を散らしてしまう。

 己の失態で多くの人民がその命を奪われてしまう。


「–––––次元峡層より、敵艦載機多数! 機種識別、バラフミア王朝!」


 だが、レギオの描いた最悪の想定に反し、そのから現れたのは多数のバラフミア軍の艦載機だった。






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