腰巾着
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アルフォンス艦隊とデーヴィット艦隊の壊滅。
カミラース星系に集結していたバラフミア艦隊は、この時点で総戦力の3分の2近くを失っていた。
「アルフォンス司令とデーヴィット司令が、戦死した……?」
第5惑星[レステネー]の軌道に展開している艦隊を指揮するシェグドアがその事実を知ったのは、既に内惑星系のバラフミア軍–––––デーヴィット率いる艦隊も壊滅した後だった。
アルフォンスとデーヴィットの双方に媚びへつらい、腰巾着とみられていたシェグドアは、2人の艦隊司令のどちらが勝者となっても保身ができるように立ち回っている。
そのために自らは古代文明の超兵器の発掘からは距離を置いて、2人の艦隊司令の機嫌をとるために、アストルヒィアの艦艇とともに遺跡がある内惑星系から離され外惑星系の調査を押し付けられたもう1人の艦隊司令であるマクスウェルを監視するべくこの宙域に展開していた。
「そんな……なんという……」
2人の司令官が戦死した事実に打ちひしがれるように、その場に膝をつくシェグドア。
部下の兵達も、気が弱く保身しか考えないこの男でも上官の戦死には思うところがあるのだろうと感じた。
だが、頭を抱えたシェグドアから出た言葉には、唖然とするしかなかった。
「ということは、遺跡はクラルデンの手に……? つまり、敗北ということか? だめだ……せめてどちらかが生き残っていれば責任を押し付けられたのに……このままでは、私はおしまいだ……」
シェグドアには、上官の戦死よりもこの後の保身の立ち回りを考えることしか頭にないらしい。
あまりの醜い姿に、兵士達も呆れてしまう。
だが、そうは言っていられない。
アルフォンスとデーヴィットの艦隊が壊滅したということは、次のクラルデンの標的は、位置的に近いこの艦隊になる。
シェグドアの艦隊は、旗艦であるモルガーナ級多段式重等航宙母艦[ウラトーン]をはじめとする、機動戦力が中心となっている48隻からなる艦隊である。
飛び抜けて性能がいい艦艇があるわけでもなく、次元転移機構を備えた艦艇も有していないため、近接戦闘に弱い機動艦隊の利点である遠距離戦もできない。
300隻以上が確認される大艦隊であるルギアス艦隊との戦力比は、歴然としていた。
通常戦力の増強を怠ってきたバラフミアの艦艇は、個艦性能でもクラルデンの艦艇に劣っている。
巡洋戦艦すらもなく、あるのは駆逐艦や軽巡、重巡艦、そして単艦の戦闘能力が極端にひくい母艦のみ。
戦って勝てるはずもないのだから、見つかる前に撤退するしか選択はない。
「司令、撤退するべきです」
兵士達さえも感じているほどの圧倒的な不利に対し、参謀がシェグドアに撤退を進言した。
それにゆっくりと顔を見上げたシェグドアは、表情を焦燥と恐怖にかられるものに変えていく。
「て、撤退……だと……?」
それは、撤退後の人生が閉ざされるのが怖いか、戦ってここで人生を閉ざすのが怖いかを鬩ぎ合わせ、何も考えることができなくなっている様子だった。
シェグドアは参謀に対して指を突きつけると、その震えで止まらずに狙いが定まらない腕をもう片方の手で押さえながら言う。
「そ、それではクラルデンにこの星系を明け渡すということだぞぉ! そ、そそそ、そんなこと、王朝に知れれば! え、えーと……えらいことになるのだぞ! 私が!」
威厳もへったくれもない。
どうしてこんな男が艦隊司令に、それ以前にどうしてこんな男が軍人になれたのかと疑問を呈さずにはいられない。
参謀はため息をつき、再度進言する。
「クラルデンの艦隊は我らの想定をはるかに超えています。それとも、王朝から預かる艦隊をむざむざ宇宙の藻屑にするつもりですか?」
「そんなことしたら、私の出世の道が閉ざされてしまう!」
結局そこかよ! と言いたくなる気持ちをこらえる。
しかし、これなら説得は可能だろう。
そう判断し、参謀はシェグドアの説得を続ける。
「しかし、死んではおしまいです。生きて汚名をそそぐ機会にかけましょう」
「お、おおおお、お前に何がわかる!?」
分かるかバーカ。
思わず喉にそんな言葉がでかかったが、ぐっと堪える。
このねちっこい無駄に面倒な男に文句を言えば、ろくなことにならない。
こう見えてシェグドアはごますりで出世してきた分、人脈は有力者に広い。彼の機嫌を損ねることは出世に響くところがある。
シェグドアが将としての才能というより、媚びへつらって艦隊司令まで登ってきたという噂はバラフミア軍では割と有名である。
そんなシェグドアは、アルフォンスやデーヴィットに媚びへつらうことは得意だが、マスクウェルのような実力でのし上がってきた底辺出身の偏屈者のようなタイプとは相性がすこぶる悪い。
マスクウェルは気難しい性格で知られているためあまり関わりたいとは思わない相手だが、参謀としてはシェグドアと比べるならばマスクウェルの配下の方が良かったと思える。
この男のために巻き添えで死ぬなど御免こうむりたい参謀は、再度撤退を進言する。
「撤退するべきです。マスクウェル司令の艦隊と合流しても、戦力的にはもう覆しようがありません。アルフォンス司令も解き明かせなかった遺跡に眠る遺産の在処を野蛮人に解けるはずもないですから、ここは一時撤退して機会をうかがうべきでしょう」
「野蛮人に兵器が渡れば、私の出世が!」
「出世の前に死にますよ!」
とうとう我慢の限界だった。
思わずどなり返してしまう参謀。
それを聞いたシェグドアは一瞬唖然としてから、膝を震わせながら表情を歪めた。
「き、ききき、貴様! よよよ、よ、よよ、よ、よよよ、よりにもよって、わわわ、わわ、わわわわわ、わ、私に対して! そ、そそそ、そそそ、そそ、そそそ、そんな口を!」
だめだ。
口では怒っていても、想定外の参謀の剣幕に怯えていることを膝と屁っ放り腰が物語っている。
もはや兵士達からの信望を完全に失いながら、シェグドアはなおも喚く。
「野蛮人に超兵器が渡らなければいいということではない! 私の出世のために、手に入れる必要があるのだ! でも死ぬのは嫌だ!」
子供か!
疲れ果てながらも、それでも参謀はなんとか説得しようと試みる。
「ですから、クラルデンも使えないとわかれば野蛮なトランテス人のことです。戦略的にも資源の面でも価値もないカミラース星系からは撤退するでしょう。その時に再度、オリフィードの遺跡から遺産を回収したほうが賢明です」
とにかく撤退をするべきだと、シェグドアを説得するために言ったのだが、それを受け取ったシェグドアの表情が変わった。
「……あ、その手があったか」
「……………」
「わはは! でかした!」
もうだめだこいつ。
内心ため息をつきながらも、撤退命令を引き出すために参謀も煽ることにする。
「はい! ですから、撤退命令を!」
「出さぬわ!」
「……は?」
しかし、シェグドアは撤退命令の発令を拒否。
出す流れのはずがいきなりひっくり返されたことに参謀が混乱する中、シェグドアは平然と言い放つ。
「敵を倒せず、2個艦隊が壊滅して、それで撤退など私が厳罰に処される。たとえ遺産を発見できても、うまくいって帳消し止まりだろう。そこで、私の出世のために、お前が私の阻止を振り切った命令違反で撤退命令を出したということにするのだ!」
「……………」
もう、参謀は我慢をやめた。
拳を振り上げる。
きょとんとする顔になるシェグドア。
「司令……歯を食いしばれ!」
「ヒイッ!?」
そして、参謀は思いっきり殴りかかろうとした。
あくまで寸止めである。
だが、シェグドアは白目をむいて気絶し倒れてしまった。
「………殴ってないよな?」
あまりの軟弱ぶりに唖然として、参謀からはそんな言葉が漏れた。
ちなみに、殴るのを止めようとした兵士はいなかった。
呆れながらも、止まっていられない。
艦隊司令のシェグドアが、部下に殴られそうになったショックで気絶したというバラフミアの歴史に残りそうな理由で艦隊指揮が取れなくなったため、それを参謀が引き継ぐことになった。
まずはマクスウェルの艦隊と合流し、一時カミラース星系から撤退する。
シェグドアが兵士に引き摺られながら医務室に消えていったのを確認後、参謀はマイクをとって艦隊に通信をつなげた。
「艦隊諸君。突然のことだが、アルフォンス司令およびデーヴィット司令の戦死の訃報に大変心を痛められ、シェグドア司令は艦隊指揮を取れなくなった。そこで、シェグドア司令に代わり以後の艦隊指揮を参謀長である私が引き継ぐ」
淡々と現状の説明を虚構を交えながら言い、艦隊司令代理となった参謀が命令を出す。
マスクウェルの艦隊にも内惑星系の艦隊が全滅したことは届いている。
覆しようのない圧倒的に劣る戦力に追い込まれたバラフミア軍もそれぞれ動きだす。
……そんな中、カミラース星系にありながら認識できない、宝の眠る世界。異空間でも事態が大きく動き出す。
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