再戦
船の墓場。
ワームホールとは別の、世界の間の空間。
負の性質を持つ亜空間ではなく、虚の性質を持つ異空間。
そんな世界と言われていた場所は、想像とは違った。
「ここは……?」
モニターに映し出されている外の景色に、乗組員達が目をみはる。
タルギアはリフレクター・バスターの攻撃から味方を守るため、異空間に飲み込まれてしまった。
しかし、タルギアがたどり着いたのは見たこともない真っ白な空間で、中心に輝く巨大な球体がある、そんな世界だった。
虚の空間においては、正の性質を持つ物体も、負の性質を持つ物体も、あるべき形を維持できずゼロに飲み込まれて分解、消滅されると言われている。
現実で見たものの話を聞いたこともなければ、異空間を見たことがあるわけでもない。
なのでこの空間が異空間であると言われても、そういうものかとレギオは納得しただろう。
しかし、この空間は虚の性質も、それどころか負の性質も帯びていない。
機関なども異常はなく、通常空間という可能性が高かった。
それに、世界の中心とでもいうかのように見える球体が、星ではない何か特別なものである、そうレギオには見えた。
「軍帥、ここは……?」
「……生存者の確認を急げ」
「
とはいえ、過保護軍帥にはこの空間がなんであるか、ここがどこであるかを判別する前にやるべきことがある。
すぐに乗組員の無事を確認する。
幸い、タルギアの乗組員に死者やけが人はいなかった。
「無事を確認しました。全員、生存しているとのことです」
「そうか……」
タルギアはリフレクター・バスターの生み出した空間に囚われたが、艦艇自体の被害はない。
安堵の息を漏らしたレギオは、表情を引き締めてからこの空間の謎をひとまず放置し、乗組員達に召集令をかけた。
「全員を戦闘指揮所に招集しろ」
「全員、ですか?」
「宙域の索敵はシステムに任せる。とにかく集めろ」
「
急を要したとはいえ、艦隊を救うためにレギオはタルギアを犠牲にした。
タルギアは祖父の名を刻む、新生ルギアス艦隊の旗艦である。
配下の艦隊を助けたことに、後悔はない。
しかし、祖父であり、師である偉大な軍帥の名に傷をつける行為であった。
それに、レギオは艦隊を救うためにタルギアを、そして乗組員を犠牲にした。
今は生きているが、ここが空間の間とすれば生きて帰ることは叶わない。
退艦命令を出さずに、兵士達を巻き込んだのである。
皇帝陛下に忠誠を誓う臣民を、己の判断で殺したも同然だった。
退艦命令を出す間もなかった。
そんなことはない。
この原因は、そもそも敵の繰り出したあの砲撃を予測できなかったレギオにある。
把握していれば、もっと早く艦隊を退避させ、タルギアを盾にせずに済んだ。
だから、責任は己にあり、責められるべきも己だけである。
レギオはそう思っている。
乗組員達を集めたレギオは、彼らの顔を一通り見渡してから、静かに口を開いた。
「……貴様らの命を、俺の命令で失わせてしまった。取り返しがつかないことをした。皇帝陛下の臣民を、俺は殺した」
集まった乗組員達は何も言わない。
彼らはレギオを慕っている。レギオの選択が何を助けたのかも知っている。レギオが己を捨ててでも配下を決して見捨てないことを知っている。
だから、己の指揮官を誇ることはあっても、責めるつもりは毛頭ない。
戦死を名誉とするトランテス人が多数を占めるタルギアの乗組員達。
そんな彼らだが、レギオの指揮で戦って、味方を救うために果てることができたことを敵を打ち倒すよりもずっと誇れる名誉であると感じるようになっていた。
だから、誰1人レギオを責める目を向けるものはいなかった。
その彼らを前にして、レギオはただ、深くその場に膝をつき、頭を床に下げた。
「軍帥!?」
「そ、そこまで!?」
「頭をあげてください!」
何を言われても、決して責めず許すことを決めていた乗組員達は、いきなりの上官の土下座に混乱する。
その中でレギオは決して大きくはないが、しかし慌てる彼らの耳にも十分に届く声で謝罪をした。
「俺の独断で、陛下の臣民であるお前達の一生を放棄させた。クラルデンの臣民の盾であり矛である軍人として、兵を率い命を預かる将帥として、何より陛下に忠誠を捧げる軍帥として、それは決して許されることではない。それでも、謝罪を。本当に、申し訳ないことをした」
それは、まるで責めて欲しいと懇願しているような謝罪だった。
とにかく説得して土下座から立ち直ってもらおうとする乗組員達。
「軍帥……とにかく頭を」
「そんなことはありません」
「我らにとって、レギオ軍帥は誰よりも尊敬に値する将です」
「たとえ誰もが非難しても、我々が必ず擁護します」
「まずは頭をあげてください」
恨んでいない。
そう告げた配下に、レギオは目を閉じて、あげるどころかより深く頭をさげる。
泣いているのでは、と配下達は思ったが、そんなことはない。
頭を抱え込みながら、レギオは今度は誰にも聞こえないくらいの声で、小さく呟いた。
「俺には過ぎた配下達だ……」
このつぶやきは彼らの耳に届かなかったが、レギオにとってはどちらでもよかった。
これはあくまでも己が抱いている感情。耳当たりの良い言葉を向けるまでもなく、確かに感じ取れる配下との深い絆があるのだから。
頭を上げ、立ち上がる。
レギオがようやく立ち上がってくれたことで、安堵した様子となるタルギアの乗組員達。
一通り彼らの顔を見渡してから、普段から延々と仏頂面で表情は滅多に変化したいので分かりにくいが、レギオはかすかに口元に笑みを浮かべた。
長い付き合いだからこそ、そのかすかな笑みは乗組員達にもわかった。
わかった上で、すぐに仏頂面に戻ったレギオに先の笑顔を言及する者はいなかった。
ここからは、もう次の行動をとる。
レギオは乗組員達に向け、指示を出した。
「総員、持ち場に戻れ。動くぞ」
「「「
各々の持ち場に戻り、タルギアを動かすために動く乗組員達を見ながら、レギオは操舵桿を握りしめる。
「艦速機構、初速に接続」
「了解、艦速機構初速に接続します」
「機関正常稼動を確認。艦速機構の接続確認」
「機関動力を艦速機構に伝達。タルギア、前進します」
タルギアが前進を始める。
レギオは操舵桿を赤い球体に向けた。
「艦速機構を参速に切り替えろ。これより、空間中心とみられるあの球体に接近する」
「了解、艦速機構を切り替えます」
「艦速機構を変更。初速から参速へ」
「タルギア加速。機関出力に異常は確認されません」
この空間がなんであるかは不明だが、あの球体からは何かを感じる。
調査しようにも、近場で白い空間以外にあるのはその球体くらいだ。
おのずと目的地は定まり、タルギアの進路も決まる。
そして、その球体に向けタルギアが進み続ける中、その白銀の巨大戦艦の前に立ち塞がる一つの艦艇があった。
それをタルギアが補足したのは、5分ほど球体に向けて進んでいた時だった。
「前方に未確認艦艇がいます! 」
「所属は?」
「艦種識別……バラフミアのヒストリカ級巡洋戦艦です」
「……あの艦艇か」
その敵艦の艦級を聞いた時、レギオはすぐに一隻のバラフミアの巡洋戦艦を思い浮かべた。
あの不安定な状況でフォトンラーフを強行すれば、空間の間に落ちる可能性が格段に上がる。
タルギアも似たようなものに巻き込まれた。
ならば、ここで遭遇するのは必然と言えるだろう。
「カラピリメ人の艦艇……」
バラフミアの被支配階層であるカラピリメ人が艦長を務めていた巡洋戦艦。
ハルコルと名乗ったその艦長を、レギオは覚えている。
遭遇したツラファントは、タルギアを認識しているらしく、射程圏外ではあるが既に主砲を構えていた。
「来るか」
理由はどうあれ、あれは敵艦である。
帝政クラルデンに従わないもの、皇帝に仇なすもの、レギオにとってはこれは全て敵である。
「戦闘態勢」
戦力的には、弩級戦艦であるタルギアと巡洋戦艦であるツラファントでは圧倒的な差がある。
恐れる必要などない。
レギオの命令に、タルギアの乗組員達も敬礼を持って返した。
「「「
ガイルの炉を前に、再度対峙をすることとなった2つの艦艇が激突する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます