寡兵

 タルギアの反応が消えたのは、オラフ29に離脱を成功させた艦隊だけではなく、オラフ26に展開していた艦隊も含めたルギアス艦隊全艦に伝わった。


「そ、んな……!」


 目の前で自らを犠牲にし逃げる時を稼いだタルギアの姿を見ていたニコルは、その場に膝をつく。


 ヒルデから過保護軍帥と呼ばれるほど、配下を何よりも大切にしてくれた若輩の軍帥。

 いつもいつも、配下の戦死を悼み、1人でも生かそうと足掻き、自分が倒れるのも御構い無しに作戦を練り続け……。

 いつか、過労で倒れ、そのまま帰ってこられなくなるのではないかと危惧していた。


 でも、いざ戦場に立てば祖父を彷彿とさせる軍才を見せ、味方の盾になって、それでも必ず帰ってきてくれていた。

 倒れることはあっても、タルギアなら戦場で絶対に朽ちることはないだろうと思っていた。


 それが、一瞬で、呆気なく消えてしまった。


「こん、なの……!」


 涙が湧き上がってくる。

 兵士の前で、将たるものが涙を見せてはいけない。

 そう、彼と共に師だった偉大なる軍帥に教えられてきた。


 けれど、ニコルの涙腺は堪えられなかった。

 あまりにも大きな喪失。

 彼女の命の恩人であり、将帥の兄弟子であり、初めて実感できた家族という存在であり、そして片想いの初恋を抱いた相手。

 ニコルにとって、レギオはとても大きな存在だった。


 初恋が実らないものだと、失恋した時も涙が出た。

 けれど、今回は違う。

 もう、2度と会えないのだと。

 彼女にとっても祖父と言える存在だったルギアスが戦死した時……いや、彼女にとって本当に大きな存在だったからこそ、その時以上に深い哀しみが感情を塗りつぶした。


「レギオ……」


 私は、まだ、貴方に受けた恩を何も返していない!

 また、救われた。

 レギオは命がけで助けてくれたのに、私はまた何もできず逃げてしまった。


 ……そして、本当に失ってしまった。


 レギオはルギアス艦隊の軍帥として、艦隊のものたちに慕われていた。

 兵士を消耗品でもなく、駒でもなく、人としてみてくれた掛け替えのない軍帥だった。


 だから、ルギアス艦隊の誰もがその訃報に涙を流した。

 事実を飲み込めず呆然となり固まった者もいた。助けられたのに何もできなかった無力に悔しさを感じた者もいた。尊敬する軍帥を殺されたことに怒りが湧き上がった者もいた。


 そして、喪失したその存在に深い悲しみを覚え泣き崩れた者もいた。


「うっ……嫌だ……行かない、で……」


 ルギアスの教えを破り、ニコルはうずくまって泣いた。

 みっともなく泣いた。

 その涙は伝播する。


「戻って、来て…………レギオ!」


 その声に応える者はなく、戻ってくるべき白銀の艦艇も存在しない。

 別れを惜しみ声を上げる彼らに、暗くどこまでも続く宇宙は無情にも返答を拒否し続けた。


 だからだろうか。

 戦闘民族であるトランテス人が大半を占めるルギアス艦隊の心は、1つに結束した。


「……………」


 涙を見せても、レギオは帰ってこない。暗き宙はそれしか返事をしてくれない。



 だから、立つ。

 哀しみにくれる姿を見て、故ルギアス軍帥が慰めの言葉をかけるだろうか。

 それよりも、成すべきをなす。


『我々にとって、誰よりも臣民を大切にし、誰よりも尊敬に値する存在だった軍帥よ』


 軍務規定に則り、ルギアス艦隊の指揮権は次席艦隊司令に委譲される。

 ルギアス2番艦隊司令にして、レギオの叔父、そして故ルギアス軍帥の子息。


 –––––ガルフ。


 今のルギアス艦隊を率いるべきは、彼である。

 そして、ルギアス艦隊次席指揮官としてレギオの背を見守り続けた彼の意思は、ルギアス艦隊の総意と重なる。

 ガルフの哀悼の言葉に、全員が耳を傾ける。


 祈りを捧げたガルフは、残る艦隊司令たちと回線を繋いだ。


『兵を尊び、我らを守り導いてくれた、優しき軍帥。彼は、我らの戦死を決して望まない。このような選択を、決して望まぬだろう』


 それは、ルギアス艦隊の誰もがわかる。

 レギオは決して、こんなことは望まないだろう。


 だが、それでも。

 それでも、標を失った私たちには、その目的を果たさずして帰国し彼の訃報を届けることはできなかった。


『だが、ワシはこれをなさずしては、前に進めない。この地に立ち止まり、永劫彼の死を嘆き続けることしかできなくなる。それは、ワシには無理だ』


 ガルフの言葉が突き刺さる。

 嘆くのをやめ、顔を上げるものたちが増えていく。

 その全員が顔を上げた時、ガルフは言った。


『レギオの仇、この地のバラフミアを駆逐し、素っ首を墓前に掲げる! これは次席指揮官ではなく、甥を殺されたワシ個人の意思! だが、これに賛同し付き従う者を、ワシは受け入れようとも! 我こそはと思う者は、名乗りをあげられよ!』


 敵討ち。

 レギオという艦隊全てが慕う導を失った者たちは、これを為さなければ立ち止まって動き出すことができなくなる。

 ガルフは個人の意思と言ったが、2番艦隊だけではない。それに参列しない艦艇は、ルギアス艦隊には存在しなかった。


『8番艦隊、全艦参陣いたす!』


 真っ先に声を上げたのは、ガルフのかつての腹心である、ルギアス8番艦隊の司令官シトレだった。


『我らも同意見だ』


 4番艦隊司令、ホスロも声を上げた。

 その2人の声を皮切りに、次々に艦隊司令や艦長たちが声を上げる。

 ……その全てが、敵討ちの参加の意思を示したものである。


 その中で、ニコルもまっすぐに父親代わりだった次席指揮官の目を見据えて、頷いた。


「……3番艦隊、も。行く!」


 確認するまでもない。

 ルギアス艦隊は、レギオを誰もが慕っている。

 だから、それを失った悲しみは同じであり。


 –––––それを奪われた怒りも同じだ。


 ルギアス艦隊の残存艦艇、全てが参加を表明した。

 それを確認したガルフは、息を吐く。


『……ならば、迷うことはない!』


『『『オオオオオォォォォォォ!!!』』』


 天を衝くような怒号のなす轟音が、ルギアス艦隊に響き渡った。




 ≡≡≡≡≡≡≡


 敵討ちにルギアス艦隊が燃えていた頃、デーヴィットたちの方はルギアス艦隊が逃れた空間座標の航跡を辿っていた。

 空間跳躍で逃れた先は、彼らにとって死角となる恒星の反対側、第7惑星オラフスの衛星である。

 それにより発見が遅れたものの、カミラース星系各地に散らばらせたリフレクター・バスター用の反射衛星をたどり、ようやく発見に至った。


「デーヴィット司令、敵艦隊の空間跳躍座標を特定できました」


「ククク……見つけたぞ、ネズミども」


 不気味に舌なめずりをしながら、デーヴィットは指示を飛ばす。


「リフレクター・バスターからは逃げられない! アルフォンスのカスには見抜けなかったようだが、俺様の目はごまかせねえんだよなぁ、これが! ハハハ! リフレクター・バスターの発射準備に入れ!」


「了解!」


 発射スイッチに指をかける。

 冷却シークエンスも整い、発射態勢は整いつつある。

 本来ならば、光学兵器で狙えない位置にいる。

 だが、リフレクター・バスターは反射衛星を中継することにより、自在な角度からの攻撃が可能だった。


「カミラースには反射衛星を多数散りばめている! お前達蛮族どもがどこに隠れようが関係ねえ。この星系で、俺様に勝てるやつなんざいねえんだよ!」


 バラフミアの兵士たちが弾道を計算し、中継衛星を弾き出す。


「測量完了」

「角度予測解析完了」


「発射シークエンスに移行」

「機動ルート選定。中継衛星選択」


「中継衛星選定完了」

「衛星展開。角度微修正」


 衛星を展開させるための信号が発信される。

 それは受信から指令伝号を乗せた通信を全方位に発射、該当する中継衛星に次々に指示を出すものであり、感知しても逆探知による砲の発射予測ポイントが特定しにくい。


 クラルデンもこの信号のやりとりを感知したが、衛星を拾えるだけで発射元であるデーヴィットたちには到底届かなかった。


「ククク……すぐにあの馬鹿みたいな艦の後を追わせてやるよ。藻屑となれ!」


 タルギアの最後に見せた決死の行動を罵倒し、発射ボタンを押す。


 ……だが、その攻撃は届かなかった。


「中継衛星226破壊されました!」

「リフレクター・バスター、軌道を外れます」


「おーや、残念」


 カラクリを見破られ、外されたにもかかわらずデーヴィットは動じない。

 だが、デブリに紛れ込ませた大量の衛星には気づかれたらしく、ルギアス艦隊は近場の衛星を特定し、片っ端から破壊行動を始めた。


「デーヴィット司令。敵の攻撃により中継衛星が破壊されています。これでは標準が定まりません」


「案ずるな。所詮蛮人の浅知恵だ、俺様には遠く及ばない」


 しかし、それでもデーヴィットは得意げなままである。

 その目には、次元転移機構があった。


「ククク……反射衛星を潰せば届かなくなるとでも思ったか? むしろ、あんなのは前座なんだよ」


 次元転移機構を用いた転移攻撃ならば、敵に回避も許さぬゼロ距離射撃が可能となる。

 多少回避できたとしても、ワームホールが修復により生じさせる重力場があれば簡単に艦隊など壊滅においこめる。


「次元転移機構で直接狙う。ククク……野蛮人の浅知恵も、ここまでというやつだ」


「おお!」

「なるほど!」


 次元転移機構の起動シークエンスに入る、デーヴィット率いる艦隊。

 次元転移を用いた、指定座標からのゼロ距離攻撃ならば、回避の余地はない。

 その座標は、オラフ29に設定された。


「ククク……脳みそに肉しか詰まってねえような馬鹿どもが、俺様に勝てる訳ねえんだよ!」


「座標設定完了」

「転移機構、接続完了」

「発射シークエンスに入ります」


「ククク……」


 そして、デーヴィットは発射ボタンに指をかける。

 その顔は勝利を確信して疑わない。


 ……だが、それは慢心というものだった。

 何しろ、転移機構の対策を万全と成しているクラルデンが相手である。

 多少の着弾誤差も気にしない兵器ならば、反射衛星を使った射程圏外からのロングレンジ攻撃を繰り返すべきだったろう。

 だが、オラフ29の艦隊しか探知できなかったデーヴィットは、敵を過小評価しすぎた。


 ……その敵が、復讐に燃える艦隊とは知らずに。


「リフレクター・バスター、発射!」










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