リフレクター・バスター
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バラフミアがアストルヒィアとの戦役で入手した新兵器は、次元転移機構や、戦闘プログラムを搭載する無人艦載機だけではない。
リフレクター・バスターと呼ばれる、デーヴィットが率いる艦隊に配備されたこの兵器もそのひとつである。
デーヴィット率いるバラフミア艦隊別働隊は、80隻からなる艦隊である。
内惑星系に遺産につながる手がかりがある可能性が高いとされ、オリフィードを探索する本隊と離れ、第二惑星[メッザニア]に赴いていた。
そんなデーヴィット艦隊にオリフィードから救援要請とともに敵艦隊の情報が送られてきたのは、ツラファントがフォトンラーフによる脱出を図った直前だった。
ツラファントとともに生き残ったが、白旗の後に味方に対する救援信号を発した駆逐艦。
その通信コードを最初に拾ったのが、デーヴィット率いる艦隊だった。
「えー、なになに……“オリフィードにクラルデンの艦隊多数、総数100隻以上。敵艦隊の戦力は当方の予測をはるかに上回るもの。アルフォンス司令以下、艦隊司令官は尽く戦死。至急救援請う”ね……。はっ、アルフォンスは死んだか! てことは、王命に逆らうあの目障りなヒストリカ級に乗ってる下等人種も死んだってことだろ。通快だな、おい!」
特にバラフミアにおいては被支配階級に当たる人種である、カラピリメ人であるハルコルを嫌っていたデーヴィットは、愉快痛快と声高に笑い出した。
バラフミアの支配階級に当たるオルメアス人であるデーヴィットは、被支配階級の人種が艦長にまでのし上がっているバラフミア軍の現状がとにかく気に入らなかった。
人種差別の思想を持っているデーヴィットにとって、被支配階級に当たる人種は人としてさえみなしていない。
そして、出世ライバルの1人であり、そんなハルコルを側近の1人まで引き上げたアルフォンスもまた、デーヴィットにとっては気に入らない存在だった。
「っかし、アストルヒィアから得た新兵器を用いた上に数で互角の艦隊に負けるとは、アルフォンスもその程度ってことだろ」
出世争いのライバルが1人消えて、デーヴィットは上機嫌である。
味方艦隊の三分の一が壊滅したというのに、自らが率いる艦隊に損害がないならば、デーヴィットにはどうでもよかった。
「まあいい。アルフォンスの部下が命がけで送ってくれた情報だし、有効活用させてもらうか。ここでクラルデンの艦隊を潰せば、軍務官僚の地位も夢じゃない。クックックッ……」
デーヴィットが艦の外を見る。
そこには、アルフォンスの艦隊同様にデーヴィットの艦隊にも配備された、アストルヒィアから奪った兵器の1つであるリフレクター・バスターがあった。
リフレクター・バスターは、アストルヒィアにて開発された鏡面衛星を利用した光学兵器である。
鏡面衛星を利用することで、あらゆる角度から様々な不規則な光線軌道を描き、死角にいる敵を狙撃するというもの。
大量の衛星配備が必要であること、衛星を破壊されればされるほどに精度が落ちるのが難点だったが、それを発展させ補ったのがリフレクター・バスターの砲である[クラスト・バスター]である。
クラスト・バスターは、着弾とともにワームホールとの境界に亀裂を走らせ一時的に宇宙の外と繋がる傷を発生させることで、空間が修復しようとする力を利用して簡易的なブラックホールを発生させるのである。
多少軌道がそれたとしても、そのブラックホールの生み出す重力場が敵を飲み込んでしまうという代物である。
運用に関しては危険が伴うが、アストルヒィアと違い実戦形式の運用をしていなかったこともあり、デーヴィットは使用をためらわなかった。
どうせ、巻き込まれる味方はアルフォンスの手下ばかり。そんなもの救う義理も理由もない、と。
「これさえありゃ、クラルデンの艦隊なんぞ目じゃねえ。オリフィードに眠る遺産も俺様が手に入れる。軍務官僚の地位は、俺様のものだぜ!」
「中継衛星、コース選定。角度修正します」
軌道はオリフィードの艦隊駐留地に設定している。
味方の生き残りなど一切考慮せず、デーヴィットはリフレクター・バスターの発射スイッチを押した。
「リフレクター・バスター、発射!」
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救援信号を発した駆逐艦は撃破したものの、巡洋戦艦の方は逃してしまった。
あの不安定な状況でフォトンラーフを実行すれば船の墓場行きの確率が跳ね上がるが……もう関係ない。
所詮は敵艦である。出られない空間に落ちようが、無事に帰国を果たそうが、カミラース星系に戻らなければその艦艇の行方など関係ない。
少なくとも、駆逐艦によって集結するだろう敵艦隊に比べれば、その脅威は無価値と言ってもいい。
「艦同士の間隔を取り、周囲の警戒を怠るな」
先ほどは、ガントレイド砲と艦載機を読み違えた所為で、想定よりもはるかに大きな損害を艦隊に与えてしまった。
2度同じ轍を踏むほど、愚かな真似をするつもりはない。
艦艇同士の間隔を取りつつ、一定の集団毎にトトリエ級攻航母艦などの艦載機を搭載する艦艇を配置。
艦載機などの奇襲攻撃の際に味方艦艇への誤射を防ぎ、被弾した艦艇の穴をすぐに埋めて救助部隊を展開できる配置である。
帝政クラルデンの中核をなすトランテス人は、戦闘民族という出自もあり、他種族に比べて屈強な肉体と強靭な生命力を有する。
宇宙戦闘において味方艦艇が撃沈したとしても、生存者が少なくないことが多い。
他の艦隊、特にポラス艦隊などは、味方は手柄を競うライバルという認識が強いために、被弾したり撃沈したりした艦艇を放置しがちだが、レギオは決して配下を見捨てない。生存の確率がわずかでもあれば、救援活動を可能な限り行わせる。
将兵の1人に至るまで、人材の替えはいない。
それに、レギオにとっての部下は、駒ではなく皇帝に忠誠を誓う臣民であり、それを蔑ろにすることは、ひいては皇帝の財産と言える臣民を浪費する反逆に等しい行為と考えている。
ルギアス艦隊に捨て駒はない。強いて挙げるとすれば、その捨て駒は旗艦のタルギアである。
敵の迎撃よりも味方の被害を抑えることに重点を置く陣形。
過保護軍帥などと揶揄されるレギオらしい陣形と言える。
これはガントレイド砲を使用されても、直撃を避けて回避行動をとることが容易となる陣形でもある。
しかし、バラフミアは再度レギオの読みと異なる攻撃手段を用いてきた。
反射衛星を中継して攻撃を行う[リフレクター・バスター]。
通常の光学兵器では絶対に進めない不規則な軌道を描き、オリフィードに集結していたルギアス艦隊の中央部を通過して、オリフィードの表面に直撃した。
「高エネルギー感知!」
次元転移の特徴である次元峡層に対する警戒を大きくしていたルギアス艦隊は、またも意表を突かれる形となった。
突如死角となる角度から出現した高エネルギーの光線は、ルギアス艦隊の艦艇にはかすりもせず、その艦隊の中央を貫くように通過した。
『一体どこから!?』
8番艦隊司令であり、レギオにとってルギアスという同じ師を仰ぐ兄弟子でもあるシトレが、次元転移の予兆もなく通過した光線に驚きの声を上げる。
タルギアの通信に聞こえたのはシトレの声だったが、おそらく他の艦艇においても混乱の声が上がっているはず。
転移の予兆もなしにいきなり飛来してきた光線は、先の1発は幸いにもかすめなかったが、艦隊に恐怖を煽り混乱を生じさせるには十分な一撃だった。
艦隊を整えたとしても、戦うべき将兵に混乱が伝播していれば対応は後手に回り被害の拡大を招くことになる。
すぐに混乱の収拾に取り掛かろうとしたレギオだったが、索敵システムの画面に映る先の敵の光線攻撃の着弾地点の様子に違和感を覚える。
「……何だ?」
そういえば、先ほどの攻撃の軌道は艦隊の索敵システムの死角となる場所から飛来し、光学兵器では考えられない急な軌道変更をして艦隊を狙ってきた。
どういう手段を講じたかは不明だが、そのような奇襲に特化した攻撃手段を外すだろうか?
仮に外していない、つまり艦隊の中央部を貫くことを目的としているならば、何があり得る?
索敵システムには、強力な光線兵器の一撃により重力震が発生。空間に亀裂が生じ、一時的にワームホールとの境目が形成され、それが一瞬で修復に向かっている。
その際、大きな反動を持って一度裂け目が開き、強力な重力場を形成して簡易的なブラックホールを作り上げることがある。ワームホールを利用したワープ機構の最大の危険要素の1つに当たる現象である。
「……まさか!?」
それを狙った一撃だとすれば?
それならば、艦隊を外しても重力場に吸い込ませることで被害を生じさせることができる。
捕らわれることがあれば、その行き先は永劫抜け出せないだろう空間の狭間、船の墓場だ。
「全艦、緊急離脱!」
混乱の収拾のためにつないだ艦隊に対する回線のマイクを掴み、レギオは冷静さをかなぐり捨てた焦燥の声を上げた。
まずい……! 重力場を形成されれば空間跳躍による脱出も不可能になる。
「全艦、オラフ29に目標変更! 空間跳躍の陣を整えろ、急げ!」
この座標ならば履歴が残っているはずだし、安全地帯に当たる。
混乱している艦隊は、軍帥の司令を受けても固まったままの艦艇も見られる。
普段ならば冷静なレギオが怒鳴り声を立て続けにあげれば、将兵の図案初乗り混乱は広がる。
説得している暇はない。
タルギアの主砲である大口径コイルガンを動かし、レギオはなりふり構っていられず、普段ならば絶対に出さない言葉で怒鳴りつけた。
「沈めるぞ、貴様ら!」
『『『 く、
そのレギオの様子にただ事ではないと感じ取ってくれた艦長たちが、弾かれるように動き出す。
とにかくこの宙域を離脱する。
それだけに専念し、100隻以上のルギアス艦隊は動き出す。
次々に空間跳躍を発動させ、離脱していく艦隊たち。
だが、全艦の離脱が終える前に着弾点の重力場が形成され始めた。
しかも、もう1発、敵の砲撃が飛来してくる。
「捕まれ!」
そう叫ぶなり、レギオはタルギアを前に出す。
ほとんど勘を頼みに出したが、軌道は先ほどと同様だった。
同時に艦体を横にして、艦隊の盾になるようにタルギアのソルティアムウォールを展開させる。
『レギオ!』
「行け!」
3番艦隊司令のニコルが空間跳躍を中止し、飲み込まれることを覚悟の上で艦隊の盾になったタルギアに向かって叫ぶ。
だが、レギオはその私も残ると言い出しかねない叫び声に対し、怒鳴り声を持って制する。
直後、光線がタルギアを直撃。
しかし、それはソルティアムウォールに飲み込まれて艦隊に被害を与えない。
その隙に何とかタルギアを残した艦隊の離脱が成功する。
「艦隊、離脱完了……」
一方、残されたタルギアに逃れるタイミングは残らなかった。
「きょ、巨大な重力場が形成されています!」
「まさか、このために艦隊を……!?」
困惑の目を向ける乗組員たち。
だが、別れや謝罪をさせる暇さえ、重力場は与えなかった。
その言葉が最後。
レギオの返答が乗組員たちに届く間もなく………
タルギアは、空間の狭間へと飲み込まれていった。
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