ハルコルの選択
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「ガイル・テルス・コアをご存知でしたか」
「無から無限を生み出す伝説の永久機関。超兵器の伝承に精通するバラフミアの軍人で、その名を知らない奴はいねえさ」
問いに問いを返されたが、ハルコルは文句を言うわけでもなく答えた。
ハルコルがガイル・テルス・コアという存在を認識しているか、いないか。
この差はヴィオランテにとって大きいものだろう。
目の前のヴィオランテは、ガイル・テルス・コアに関する重要な情報を握っている。
この空間のことも知っている様子だ。
そして、おそらくヴィオランテは航宙長に成り代わっていた、もしくは最初から航宙長は幻の姿だった。このどちらかだろう。
重要なのに分かりやすい嘘をついても、相手に銃で眉間を撃ち抜かれる確率が跳ね上がるだけ。
そう判断したハルコルは、正直に答えた。
ハルコルが言ったように、古代文明の超兵器に精通しているバラフミアの軍人において、無から無限を生み出す伝説の永久機関のガイル・テルス・コアの存在を知らない者はいない。
航宙長に成り代わっていたとすれば、ここで嘘をついても1発でばれてしまう。
「お前さん、一体何者なんだよ?」
先の質問の答えも返してもらっていないが、ハルコルは早速質問を変えた。
目の前のヴィオランテは、銃を向けられても声をかけてきた。
乗組員たちも、意識がないようだが死んでいるわけではない。呼吸している様子が見える。
ハルコルは目の前のヴィオランテのことをまだ何も知らない。
虚勢を張っていた身としては、会話ができるなら可能な限りそれで解決したい。
ヴィオランテは、正面モニターの方に首を動かして一度目を向けてから、再度ハルコルに向きなおる。
そして、今度は問いではなく答えを持って返した。
「無から無限を生み出す原初の永久機関[ガイル・テルス・コア]を作り出す創造の炉心[ガイルの炉]。アルフォンス司令が探していたカミラース星系に眠る遺産であり……そして、我々ヴィオランテの祖先が星々を焼き尽くす力を恐れ封印した、超兵器の心臓を生み出す装置です」
「ヴィオランテが……?」
ハルコルはそこまでヴィオランテの伝承に詳しいわけではない。
だが、確か彼らがかつて文明を築き上げたのは、シャイロン星雲の辺境であるカミラース星系ではなく、ビューゼ星系という場所だったとされている。
ガイル・テルス・コアに関しても、ヴィオランテが関わっていたという伝承は聞いたことがない。
口にはしなかったが、表情から読み取られたらしい。
ヴィオランテは、ハルコルのその疑問にも答える。
「ヴィオランテは、ビューゼ星系にて繁栄した文明を持った種族です。ただ、種族としての発生はカミラース星系でした。ビューゼのヴィオランテは文明もろとも滅亡しましたが、カミラースに残ったヴィオランテはこの地の遺跡の番人として永き時を生き残ることになったのです。……そして、私は、カミラースに残った番人の末裔です」
カミラース星系は生命と無縁の惑星ばかりと見られていた。
だが、癒しの血肉を持つ種族の発祥だった。
カミラース星系に残った彼らの祖先がどうやって生き残ってきたのか?
そのあたりの疑問もあるが、それよりも重要なことがある。
ヴィオランテはこの空間のことも、遺跡のことも、遺産である炉のことも知っていた。
それはヴィオランテの祖先が封印し、番人として守ってきたから。
ツラファントがこの空間に出てきたことは偶然だが、宝の在処はバラフミアに知られたということになる。
では、番人というならば、なぜこの場を見つけたハルコルたちを始末しようとしないのか。
しようと思えば、ヴィオランテなら容易くできるだろう。
銃による脅しがなんの意味も持たないことは、ハルコルとの最初のやり取りで十分証明されている。
「訊いておいてなんだけど、何で俺に遺産のことを答えるんだ?」
正面モニターに映る巨大な炉を示しながら、ハルコルは尋ねる。
「何で遺産のことを、この空間のことを知っているのか、あんたがどういう存在なのかは、だいたい理解できた。けど、番人であり祖先からバラフミアのことを聞いているなら、このことを俺たちが知ればどうなるかわかるだろ? サメット艦隊なんてものを運用していたバラフミア王朝が、無を無限に変える永久機関の心臓を作る炉の存在を放置するはずがない。俺たちに知られれば、この封印されていたという宝は戦争に駆り出されることになるぞ」
ハルコルは超兵器の運用には反対の立場にある。
常軌を逸した古代文明の遺産の数々は、確かに超越した兵器だ。
だが、それに手を触れれば最後。超兵器はそのあまりの力に、文明を崩壊させ星々を焼き尽くす。
やがてそれは大きな反動を持って、使った国に舞い戻ることになる。
そんな文明が数多あったのだ。
超兵器の生み出す破壊を精算するのは祖国であり、子供達となる。
ハルコルは軍人として、それが許せない。
だから、超兵器を使用するべきではないと考えていた。
そんなハルコルだからこそ、話したのかもしれない。
だが、ハルコルも軍人である。国の命令に従って来ている以上、発見したならば王朝に報告する義務がある。
そして、バラフミアは必ず炉を使う。
封印されているならば、ヴィオランテを拷問してでも起動する方法を聞き出そうとするだろう。
航宙長に成り代わってバラフミア軍にいたならば、それはヴィオランテもわかっているはずだ。
なのに、遺産のことをハルコルに教えた。
「なのに、何で俺に教える?」
理解できない。
そう呟くように疑問を口にしたハルコルに、ヴィオランテは答える。
「いつか、この遺産の在処は知られ、炉は何者かの手に渡る。だから、その前に知っておきたかった。強大すぎる力を前に、溺れない強い意志を持つ人がいるか、託せる人がいるのかを」
「それが、俺だとでもいうのか?」
ヴィオランテが頷いた。
ハルコルはため息を零す。
もう、撃ち殺されても秘密が守られるし、生き残れても出世コースから外れていてはどうしようもない。
半ば自棄になりながら、ぶっきらぼうに言う。
「なら、選択を間違えているぞ。俺は軍人だ。個人的な立場の見解で、劣勢にある祖国に逆転の力をもたらす宝の存在を秘匿することは許されない。子供たちの世代に他国の支配を受けさせないために、俺にはこの事を報告する義務がある」
「それは無い」
なのに、ヴィオランテは言い切った。
怒りや呆れよりも先に、ハルコルには疑問が浮かぶ。
何で言い切れるのだ、と。
先も言ったように、ハルコルには家族のために軍人として戦っているという誇りがある。
確かに超兵器には反対しているが、彼が軍人として命をかけている理由は愛する家族と祖国を守るためである。そのために超兵器に頼らなければならないなら、ハルコルは反対の立場を捨てる。
なのに、ヴィオランテはハルコルが報告するはずが無いと言い切った。
これだけ言っても、そう言い切れる自信がどこにあるのか?
迷い込んだだけなら、番人の義務として殺しているだろう。
だから、どうしてハルコルに炉の秘密を番人の身でおのれの正体もろとも教えたのか。
それが不可解だった。
「何で……そんなことが言い切れる?」
ハルコルの問いに、ヴィオランテはモニターを操作して、遺跡に関する碑文と伝承について記したデータを映し出した。
「[創造の炉心が欲するは、芽吹いた若き命。代償を持って、偉大なる炉を起こし、核を欲する者に与え給う]」
「その一文が、どうした?」
データにある碑文の一部を読み上げたヴィオランテ。
[核を欲する者に与え給う]の一文から、炉の軌道に関する情報とは推測できるが、読み解けないハルコルには意味がつかめない。
ヴィオランテはモニターからハルコルの方を向き、答えた。
「炉の封印を解き、核を作り出すための一節。永久機関の核となるガイル・テルス・コアを生むには、代償がいる」
「代償? 材料じゃなくてか?」
非科学的な言葉に、怪訝になって問い返す。
ヴィオランテは相変わらず不気味に見える瞳孔をハルコルに向けながら、頷いた。
「材料は必要無い。核を生み出すためには、それを行使する者たちの遺伝子が必要となる」
「それが、[芽吹いた若き命]ってやつか?」
「厳密には、子供。所有者の種族に該当する知的生命体の未成熟個体を100億、炉に入れて焼き殺すことで封印は解ける」
「……は?」
ヴィオランテにその答えを示された瞬間、ハルコルは言葉を失った。
子供を、100億生贄にしろ、だと……?
超兵器が生贄を欲する例は、無いわけではない。
だが、ガイルの炉の要求は桁が違う。
いや、そういう問題じゃない。
子供達の住む祖国を守るために戦う軍人が、兵器のためにその子供たちを生贄にしろだと?
何の冗談だ、それは。
「いや……」
しかし、それでもバラフミア王朝は必ずそれを使う。
100億の人民の命など、まるでごみを焼却するように消費するだろう。
超兵器に取り憑かれている王朝の上層の傾向を知っているから、ハルコルには報告した時のその未来がわかる。
「そんな、こと……!」
軍人の義務は、それでも報告しなければならない。そんな事を言われるかもしれない。
だが、ハルコルの腹は決まった。
どうしてヴィオランテがハルコルにガイルの炉を教えたのか。
今ならば、それも理解できる。
ハルコルの性格を知っていたからこそ、教えたのだろう。
この炉がかけがえのないものを奪う、超兵器だからこそ。
軍人は祖国を守るために、子供達を守るために戦っている。
なのに、戦争の勝利のために守るべきものを生贄にするなど間違っている。
蛮族であるトランテス人が率いるクラルデンはもちろん、祖国のバラフミアにわたることも許してはいけない超兵器。
「この遺産を、貴方はどうする?」
ヴィオランテが問いを発する。
あえて答えを教えたのは、ハルコルの本心からの回答を得たかったから、なのかもしれない。
答えを間違えれば、その瞬間銃を抜く。
だが、こんな事実を突きつけられたハルコルは、迷うことなく答えた。
「できるなら封印するに決まってるだろ! 誰に使わせるかよ、こんな悪魔の兵器!」
使えば、いっとき祖国は9つの銀河の覇者になれるかもしれない。
だが、その報いはきっと来る。
未来の子供達に、そんな負の遺産を押し付け、祖国を滅びの道に導くなど、バラフミアの軍人としてハルコルは承諾できなかった。
「俺は軍人だ! 祖国と家族と子供達を守るため、命を捨てて戦場に立っている。その祖国に、戦争なんてくだらないことのために子供たちを生贄にさせるなんてことは、守るべきものを滅ぼさせるわけには、いかねえんだよ!」
「そんな貴方だから、託せると思った」
ハルコルの啖呵に、ヴィオランテは初めてその表情に笑みを浮かべた。
3つの瞳孔を宿す不気味な存在。
だというのに、邪気のない優しい微笑みは、思わず見惚れてしまうほど可憐だった。
「……あ、ああ」
啖呵を切っておきながら、なんともしまらないしどろもどろな返事をしてしまう。
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