エピローグ
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その悲鳴が途切れたのは、何故だったのだろう。
理由もわからぬまま、生贄として焚べられ続け膨れ上がった子供たちの悲鳴が、ぷっつりと途切れた。
何故かは分からない。
それでも、やるべきことは変わらない。
このチャンスを無為にする事は出来ない。
ヴィオランテはただ一族の使命を果たすため、そして彼女の願いである子供を生贄にして力を手にさせるこの兵器の犠牲者がもう2度と出ないようにするため。
2つの強い意志を持って、ガイルの炉の封印をした。
これでもう、ヴィオランテの役目は終わった。
役目が終われば、この世に残る理由はなくなる。
この封印されたらとともに、永ごう続く未来まで、隔絶された空間の中でひっそりと忘れられていくだけ。
–––––そう、思っていた。
閉ざされた世界の中、右手に温かい何かが触れる。
それは彼女の右手を包み込む。
どこからか、声が聞こえた気がした。
そんなこと、あるはずがない。
そう思っていたけれど、それは確かな声として届いた。
「艦、長……?」
「!!」
沈んでいた意識が急速に目覚めていく。
目に光が戻ってくる。体に痛みが戻ってくる。
そして、彼女の手を握っている、彼女が約束を交わし慕った上官のカラピリメ人の顔が最初にその視界に映った。
彼女がこぼしたか細い声を聞いて、ハルコルは驚きに満ちた大声を上げた。
「航宙長! おい、大丈夫か!?」
「……………」
その手の温もりと、聞きちがえようのない声を聞いて、それが夢でないことをヴィオランテは認識し、喜びに満ちた笑みを浮かべた返事をした。
「………はい、艦長」
決して大きくはない声。
だが、そのはっきりとした返事は、ハルコルに届いていた。
「よかった……いや、本当に……!」
しまいにはみっともなく涙を流し始める始末。
そんな彼の頭を、ヴィオランテは慈愛に満ちた目を向けながら撫でて、泣きじゃくるハルコルを暫くの間宥めた。
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「何が、どうなったのですか……?」
現状がわからないヴィオランテは、ハルコルに尋ねる。
一方でハルコルは、事情はわかっているがいい出しづらいという雰囲気を見せるように、口をつぐんだ。
「それ、なんだがな……いや、まあ……」
そのとき、部屋の扉が開く。
「何でまともな説明1つできないんですが、艦長」
その奥から現れたのは、ツラファントの副長であるサイラスだった。
「サイラス副長………って、まずい!?」
ヴィオランテはサイラスの登場に、自分の姿がヴィオランテのままであることに気づき、慌てだす。
何とか擬態を行おうと試みるが、ガイルの炉が完全に封印された今、力がすでにすっからカランな状態のため、その体に元からある多種を圧倒する治癒能力以外は何もないという状態に陥っていた。
そのため幻覚を見せることもできない。
だが、予想に反してサイラスは首を横に振った。
「航宙長、結構ですよ。すでに艦長から話は聞いています」
「えっ………?」
サイラスの言葉に、ヴィオランテは驚きで言葉を失う。
落ち着きはしたが、頭の中は疑問符が浮かぶばかりである。
ヴィオランテはその不可解な現象を引き起こす力から、他種族に忌み嫌われ恐れられている存在のはず。
ハルコルでも最初はヴィオランテを信用できないという感じだったのに、何故かサイラスからは拒絶するような意志を一切感じなかった。
「何を考えているのかは見当つきますが……もし私の予想が当たっているなら一言」
サイラスもヴィオランテが思う疑問くらいはすでに予想がついていたようだ。
ハルコルの方を見ると、首を横に振った。
どうやら、本当にサイラスには彼女を拒絶する意思がないらしい。
そのため、より疑問が深くなった彼女に、サイラスはため息まじりに人差し指を向けた。
「航宙長、あなたは我々を見くびりすぎだ」
「えぇ……?」
予想とは違う罵声に、思わずそんな声が溢れる。
それに対してサイラスはため息をつき、目頭を押さえながらため息まじりに言った。
「私は、共に同じ船で戦った同志に対して種族が違うなどというくだらない理由で手のひらを返す真似をするような愚か者がツラファントにいるとは思っていません。そんなに我々が信用できなかったのですか?」
「えっ……?」
また似たような、しかしこもっていた感情はまるで違う声が、ヴィオランテからこぼれた。
ヴィオランテなんて関係ない。種族なんて関係ない。
そんなことを、彼女たち迫害される種族だったヴィオランテが何よりも望んでいたことを、当たり前のように持ち合わせてくれる人がいたことに対する驚きだった。
サイラスは嘘を言っている様子はない。
「どうして……? 私は……」
ヴィオランテなのに。
そう続けようとした彼女の言葉は、サイラスの軽いチョップで遮られた。
「!?」
痛くはなかったが、自然と言葉は途切れて、手は頭頂部に伸びる。
サイラスはヴィオランテの頭から手を引くと、その見上げる目をまっすぐに見つめ返して言った。
「誰が何と言おうが、君はツラファントの航宙長だ。共に同じ船で過ごし、死線をくぐり抜けてきた同志を誰が拒絶できるだろうか」
「………ッ」
今まで、ヴィオランテは種族だけで忌み嫌われ、恐れられ、拒絶されてきた。
それでも、先祖から受けてきた同じ苦痛だから、割り切って生きてきた。
そして、一族に課せられた使命が終わった今、生きていたとしても帰る場所なんてない。そう、思っていた。
だけど、帰る場所があると、彼女をヴィオランテではなく航宙長として受け入れてくれる場所があると、1人じゃないと言われた。
その言葉にどれだけ救われたことだろう。
「ありがとう、ございます………」
今まで苦しみ、命をかけて戦い、それでも未来永劫傷ついて生きていくことを覚悟していたけど……。
ヴィオランテでも受け入れてくれる人がいる。
ヴィオランテという種族に定められた使命に生き、その使命と共に全てが終わるはずだった彼女は、この日初めて帰る場所、祖国というものを本当の意味で手にすることができた。
≡≡≡≡≡≡≡
『原初の永久機関、[ガイル・テルス・コア]を生み出す炉心、ですか………名残惜しい気もしますが』
「当初の目的は果たした。帰国するぞ」
ワイズの通信に、レギオは短く答える。
シェグドアの艦隊を撃破したルギアス艦隊は、ヴィオランテの手により封印されたガイルの炉により封じられた空間から、オルメアス人の子供を収容した残されていた艦隊と、ガイルの炉から吐き出された1人のバラフミアの軍人を回収し、次元転移で残存艦隊を率いて脱出を果たした。
救出したヴィオランテに触れた際に、レギオたちは初めてこのカミラース星系に眠る遺産である[ガイルの炉]に関する事柄と、それを守護してきた種族たちの記憶の残滓に触れ、知ることになった。
何世代にも渡って、ヴィオランテたちが守り抜いてきた存在。
そして、彼女たちの残滓が願った、最後の1人の生還。
もう、使命に囚われなくてもいい、自由に生きる子孫が1人でもいてくれるなら、というその身に宿した力に比べはるかに小さな願い。
マクスウェル艦隊から離れ、ヴィオランテを捜しにカミラース星系に戻ってきたハルコルと遭遇したレギオは、シェグドアがさらっていた子供達とヴィオランテを先祖から受けたメッセージと共に引き渡し、カミラース星系から撤退した。
ガイルの炉が封じられた今、ルギアス艦隊にこの宙域に残る理由はない。
ハルコルとは再び戦場で敵として相対する予感があるが。
「どうしてお前らが彼女を、この子たちを助けた?」
敵に拾われていたとは思っていなかったのか、ハルコルはそんなことを尋ねてきた。
それに対し、レギオはこう返した。
「それが軍人の責務だからだ。たとえ掲げる旗を違えた相手であろうと、臣民の命を守る。俺の目的はカミラース星系に眠る遺産を巡り生じる犠牲を防ぐこと、そこに今の敵味方の区別などない。遺産が封印されたことで、我らの目的は達成された」
レギオの言葉にはいずれバラフミアの者たち、この場ですくった全ての者をクラルデンの軍門に降らせるという宣戦布告に近い意味合いも込めた言葉だったが、ハルコルは額面通り受け取ったらしい。
結局、ルギアス艦隊が集結し撤退するまで、一切の攻撃を加えてこなかった。
『律儀というべきでは』
「…………………」
ワイズの言葉に、レギオは答えなかった。
否、答えられなかった。
『軍帥……?』
タルギアからは返答もなく、ただ定められた帰国ルートに則って自動航行をしているのみ。
壊れた指揮所の中には、普段は立って指揮をとるため滅多に使用しない艦長席に、壊れた両腕を力なく垂らし穿たれた脇腹から血を流した状態で無言で座るレギオしかいない。
『映像を! –––––軍帥!?』
映像回線をつなげたワイズは、破壊された指揮所と目を閉じた状態で一言も発さずにしずかに座るレギオを見て、愕然とした。
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ガイルの炉をめぐるバラフミア王朝軍、革命軍、そして帝政クラルデン軍の戦いは、こうして終幕した。
時間にすれば1日にも満たない戦いだったが、バラフミア王朝は[ガイルの炉]の入手に失敗した上に、結果的に貴重な国防戦力の艦隊、それを率いる優秀な艦隊指揮官、アストルヒィアから得られた新兵器などを失う結果となった。
この機に帝政クラルデン皇帝であるクレアは、ポラス艦隊とルギアス艦隊を中心とし、大規模なシャイロン星雲に対する攻勢を開始する。
ガトノ艦隊の参戦でヒュペルボア星団の戦線を押し戻し余裕ができていたこともあり、クラルデンがこの大規模攻勢に動員した戦力はバラフミアの想定をはるかに上回るものとなった。
クラルデンの勢いに押され王朝軍は連戦連敗。一気に滅亡寸前に追い込まれたバラフミア王朝だったが、首都星オルメアスを目の前にしてカラピリメ人の艦長が率いるたった1隻の巡洋戦艦がその攻勢を止めて見せた。
古代文明の遺産で原初の永久機関と呼ばれるたった1つだけの[ガイル・テルス・コア]を搭載した[ツラファント・セカンド]という巡洋戦艦は、バラフミア王朝最大の武勲艦として名を残すことになった。
[至高帝]と呼ばれバグラの時代をはるかに上回る帝政クラルデンの最大版図を築くことになる第4代皇帝クレアとポラス艦隊軍帥であるヒルデの侵略に敗れ最終的にバラフミア王朝は滅亡することになるが、それはこの後の物語。
9つの銀河に紡がれる歴史は果てしない。
とある宇宙で、止まることなくその歴史は紡がれていく………。
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