結末

 レギオにとって、配下は自身の駒ではなく、皇帝の臣民である。

 艦艇はクラルデンの軍事力であり、設備であり、帝政クラルデンに与えられているものではあるが、臣民の命に比べれば所詮は道具にすぎないという認識が強い。

 そのため、軍帥の地位にありながら先陣を旗艦で突撃し、最前線で艦隊と旗艦の指揮を同時にこなし戦うことを基本としている。

 部下とともに死地に立ち続けることを、指揮する艦艇が戦闘不能に追い込まれない限り、己の采配に命を預けた配下を率いるものの責任としている。

 タルギタは防御特化の弩級戦艦であり、他のクラルデンの艦艇に比べはるかに継戦能力が高いから、盾になるべき艦艇を最前線に置くのは当たり前であるなど、合理的な判断に基づく要因もあるが。


 しかし、さすがにこの状態のタルギアでは邪魔にしかならない。

 2人の艦隊司令も共にルギアスの弟子であり、彼の祖父の教えを受けた者。その将としての能力は十二分にある。


『距離を詰めるぞ! 前衛、突撃!』

『艦載機発艦準備急げ!』


 この場は余計な口出しをせず、2人を信頼し、彼らの艦隊に任せ、戦えないタルギアは後方に下げることにした。




 ≡≡≡≡≡≡≡


 個艦性能では、圧倒的にルギアス艦隊が勝っている。

 もともと機動戦力を主力としているシェグドアの艦隊では、艦艇同士の砲撃戦になれば勝ち目がない戦力差である。


 だからこそ、シェグドアはこういう事態の対処として壊滅したバラフミア軍から幾つか兵器を勝ち集め対抗手段を立てていた。

 まずはアルフォンスの艦隊の残骸から回収した次元転移システム。


「座標入力完了」

「次元峡層、形成完了」


「よろしい。艦載機出撃しなさい!」


 母艦から艦載機を発艦させ、アルフォンスの艦隊に配備されていた艦載機を任意座標に送りこめる次元転移システムを用い、クラルデンの艦隊に奇襲攻撃を仕掛けた。


 バラフミアにおいては最新の戦術ではあるが、帝政クラルデンにとっては100年以上前から存在するもの。

 画期的かつ友好的な手法だからこそ、現在も使われている戦術ではあるが、その対抗策は既に確立している。




 ≡≡≡≡≡≡≡


「敵襲!」


「アストルヒィアの真似事か……貴族主義のクソどもとは違うっていうことか?」


 突然の奇襲攻撃により味方に被害が出ているが、ワイズは冷静に対応する。


「次元転移の座標を逆探知し、そこに戦力を送り込む! 行動開始!」


 帝政クラルデンでは、すでに次元転移システムをクラルデン側で独自に解析、その対抗策に至るまで基本的な対処が確立していた。


 長い歴史が積み重ねてきた基礎、常道に則って対応すること。


 師の教えを守り、ワイズは反撃の指揮をとる。


「次元峡層の座標、特定完了!」


「前衛艦隊に座標の修正データを送り、亜光速誘導弾を叩き込ませろ! こちらも艦載機を飛ばせ!」


 ワイズ配下の母艦から、艦載機が次々に発艦し、それぞれ敵の艦載機の迎撃用と逆探知座標に送り込む攻撃用部隊に分かれ展開する。


 帝政クラルデンにおいて確立した次元転移攻撃に対する反撃行動。

 次元転移座標を逆探知し、敵の艦隊の位置を正確に割り出すと同時に、そこに対する次元転移や空間跳躍を用いた反転攻勢を行う。

 アルフォンスやデーヴィットが討たれた最大の要因である、敵に自ら居場所を知らしてしまう行為をシェグドアも踏襲してしまった。

 その好機を逃さず、ワイズは動く。


「次元峡層形成!」


「よし、跳ばせ!」




 ≡≡≡≡≡≡≡


 さらに、ワイズと同様にムズルの方も対抗手段を発動させていた。


「次元峡層座標の逆探知完了しました!」


「よっしゃあ! そこに直接空間跳躍して艦隊を飛ばすぞ! クソ貴族どもに目にもの見せてやれ!」


『敵は革命軍だぞ、マヌケ』


 ワイズからの突っ込みは聞こえておらず、ムズルは声を張り上げて指示を飛ばす。


「空間跳躍の陣を敷け! 突撃じゃあ!」


 ワイズは艦載機を飛ばして敵を撹乱し、陣形の乱れたところに亜光速誘導弾を打ち込む。

 対してムズルの方は判明した敵の座標に対して接近戦を得手としているクラルデンの攻航艦を直接送り込むことで対抗した。


「突撃じゃあ!」


 その反撃に、シェグドア艦隊は一転、形成が一気に不利に傾いていく。




 ≡≡≡≡≡≡≡


 艦載機による奇襲で乱れた陣形に打ち込まれた亜光速誘導弾。

 それにより大きな被害を受けたところに、息つく間も与えずにムズル率いる攻航艦が20隻以上、直接空間跳躍で乗り込んできた。


「敵艦隊出現!」


 味方艦艇からの救援要請を知らせるコードが、ウラトーンの管制室のモニターを埋めつくす。


「やりますね。野蛮ですが、さすがに強い……」


 こめかみを叩く指を止め、シェグドアはその手を前に突き出す。


「次の手を使うまでです! この程度の窮地で、革命軍の戦意をくじけるとは思わないでいただきたい!」


 普通に見れば、完全な負け戦である。

 クラルデンの攻航艦に距離を詰められたバラフミアの機動戦力など、勝負にさえならない。

 だが、それでもシェグドアは諦めることも屈することもせず、ただ持てる手札を切って挑み続けることにした。

 この一戦が、バラフミアの革命を成し遂げるための重要な局面。決してひけない戦いだったから。


「鏡面衛星に信号を伝達! ルトナキア級の惑星強襲用対地熱線砲を敵艦隊に当たるコースに設定しなさい!」


 本来は対地戦闘の殲滅攻撃兵器である、ルトナキア級対惑星強襲攻航母艦の対地熱線砲を、鏡面衛星を用いて敵艦隊に対する攻撃兵器として転用する。

 対地殲滅用というだけあり、その熱戦砲は艦隊相手にも十分な威力を発揮する。

 鏡面衛星を利用した不規則な軌道により、敵に回避行動をとらせず、また射角確保のための艦体角度の修正によるロスを減らし、艦載機の発進と攻撃を同時に行えるようにした、急造ながらもかなり有効な戦術でシェグドアは対抗を試みた。


「鏡面衛星、角度修正」

「敵艦隊への攻撃ルートの選定完了」


「撃ちなさい!」


 シェグドアの命令により、対地用殲滅型兵器である熱線砲が放たれ、ワイズの14番艦隊に襲いかかった。




 ≡≡≡≡≡≡≡


 突如飛来した多数の熱線砲を受け、ワイズの艦隊に被害が生じる。


「次元峡層の特定急げ!」


 突然の攻撃を見て、今度は光線そのものを次元転移システムで飛ばしてきたと判断したワイズがすぐに指示を飛ばす。

 だが、次元転移を用いていないこの攻撃は、次元峡層も形成されず逆探知はできない。


「次元峡層特定できません!」


「ならばどこから–––––うおっ!?」


 第二波の攻撃。

 その1つが、14番艦隊旗艦である[ワイズマン]に直撃した。


「被弾!」


「クソ! 彼奴らどうやってこんな攻撃を!」


 混乱に陥る14番艦隊。

 そこに、第三派となる攻撃が行われる。

 多数の熱線砲の攻撃の1つがワイズマンに狙いを定めていた。


「くっ!?」


 やられる!

 そう直感した瞬間、ワイズマンの前に1隻の白銀の装甲を備えた弩級戦艦が立ちふさがり、直撃するはずだった熱線を飲み込んだ。


「軍帥!?」


 ワイズマンの危機を救ったタルギアは、ソルティアムウォールを解除する。

 タルギアから飛ばされた回線に接続すると、音声通信のみでレギオが出てきた。


『間に合ったようだな』


「手間を取らせて申し訳ありません」


『謝罪はいいから敵の攻撃を解析しろ。固定観念に囚われず、事象に目を向け、正確なカラクリを導き出せ』


了解ですクァンテーレ


 それで通信は終了した。

 短いものだったが、ワイズが立ち直るには十分だった。


「……敵の攻撃の軌道から再度解析しろ!」


 これらの攻撃で14番艦隊は半数近くの艦艇が戦闘不能に追い込まれる損傷を受けており、6隻が撃沈してしまっていたが、ワイズは悲観することなく冷静に対抗策の構築に取り掛かって行った。




 ≡≡≡≡≡≡≡


「クソがっ!」


 一方、ムズルの7番艦隊もクラルデンの攻航艦の土俵である近接戦闘に持ち込みながら、シェグドアの艦隊相手に苦戦を強いられていた。

 その大きな要因が、14番艦隊同様に鏡面衛星にある。

 鏡面衛星は攻撃だけではなくその特性を防御にも活用できる。


 鏡面衛星は光学兵器を反射させることに特化した機構。

 それはクラルデンのトイ・ロールガンも同様である。

 鏡面衛星が作る防衛陣形に、トイ・ロールガンを跳ね返され、逆に味方に被害が生じていた。


「ひるむな、突っ込め! トイ・ロールガンが効かねえなら、艦体で直接突撃してぶっ壊せ!」


 ムズルが命令を飛ばす。

 何かと暑苦しくやかましい脳筋ではあるが、脳無しではない。

 光学兵器を受け付けないというなら、艦体を用いた質量攻撃で対抗し突破口を切り開きにかかった。


「行くぞオラァ!」


 鏡面衛星といえど、実体弾などを反射させることはできない。

 クラルデンの攻航艦が得意とする突撃戦法に、防衛陣形が破壊され突破を許す。


「敵は崩れた! いまだ、突撃じゃあ!」


 鏡面衛星という盾を失い距離を詰められたシェグドアの艦隊に、ムズルの7番艦隊がその実力を発揮する。

 頑強なクラルデンの攻航艦の装甲に、シェグドアの艦隊は押し込まれた。




 ≡≡≡≡≡≡≡


「マズイですね……」


 次元転移システムによる奇襲攻撃は早々に破られ逆に反撃の好機を与えてしまい、鏡面衛星を用いた戦闘は防御面でも攻撃面でも打開されてしまった。

 7番艦隊には質量攻撃で押し切られ、14番艦隊にはカラクリを見破られたことでミサイルを撃ち込まれ衛星を破壊されている。


 用意した切り札はそれなりの被害を敵に与えたものの、それなり止まりで終わった。

 すでに艦隊戦力は6割が壊滅。残る戦力もクラルデンの艦隊に押され、全滅までの時間は残り少なくなっていた。


「……いえ、もとよりこうなることはわかっていましたね」


 生贄を焚べ終わるまで、持ちそうにない。

 そもそも先着しているはずのマクスウェル艦隊の姿がなかった時点で、この敵がマクスウェル艦隊に比べてもはるかに劣る戦力した有していないシェグドアの艦隊で対抗できるはずもない強力な敵であることは分かっていた。


 シェグドアは愚かではない。

 勝てない戦だったことは、百も承知だった。

 承知の上で、それでも挑んだ。

 革命を成し遂げるために、この戦いは引くわけにはいかなかった。


 鏡面衛星の防衛陣も崩されている。

 残るは盾も艦載機も残らぬ母艦ばかり。


 駄目押しと言わんばかりに空間跳躍で距離を詰めてきたワイズの麾下である14番艦隊の増援までも駆けつけ、趨勢は完全に決した。


 味方の母艦を撃ち抜き、まっすぐにウラトーンめがけてデステリカ級重攻航艦が一隻、突撃してくる。

 その衝核砲の標準は、ウラトーンに定められていた。


 7番艦隊旗艦である、[センクトロメア]である。


「………まあ、革命を志して生きた人生です。腐った為政者共に冤罪を被せられて送られる処刑台よりは、はるかに花のある死に場所でしょう」


 衝核砲が光る。


 そして、シェグドアの指揮する革命軍の旗艦ウラトーンは、ガイルの炉がある空間の中で宇宙の藻屑と消えた。

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