シェグドアの正体

 勝敗は決した。

 ツラファントの損傷を見る限り、戦闘の継続は可能だろうが、艦橋に激しい損傷が見られる。

 もう立ち向かえないことを物語るように、ツラファントは機関を動かしながらもその場に停止していた。


 そのツラファントに衝核砲を向けながらも、レギオは攻撃命令を出さなかった。


 ハルコルの意地が見せる戦意を知った以上、服属を認められないならば確実にとどめをさすべきだろうが、レギオとしては瀕死の艦艇の始末の前にやるべきことが見えてきていた。

 ツラファントに対する攻撃命令を出さなかったのは、追い込まれた巡洋戦艦一隻以上に対応を急ぐべき案件が出てきたからである。


 ……考えてみれば、最初の接敵の時点でヒントはあった。

 オラフスに展開していたのが、バラフミアではなくアストルヒィアの艦艇だったこと。

 バラフミアが抱える戦線と交戦中の勢力。

 次元転移機構を取り入れた戦術を繰り出してきた艦載機の奇襲攻撃。

 そして、次元峡層が形成されることは確認できた、この特異な空間の存在。


 バラフミアはカミラース星系に古代の超兵器を求めてきた。

 遺跡が示す先が、この空間にあるとすれば……彼らが次元転移の機構を備えるアストルヒィアの艦艇を持ち出してきたことにも合点が行く。


「……来るか」


「軍帥?」


 レギオの目は、すでに動かなくなったツラファントではなく、この宙域に新たに侵入してくる存在に向けられている。

 船の墓場とも違う謎の空間だが、ツラファントのこともあり、レギオはこの空間がどういう場所か、そしてあの球体が何であるかに推測を立てていた。


 おそらく、この戦の発端となるバラフミアが狙う古代文明の遺産が眠る遺跡と推測している。

 ツラファントは、何らかの手段でその遺産に関わる力を手に入れてタルギアに立ち向かってきた。

 謎の空間といい、様々な現象といい、古代文明のロストテクノロジーが生み出す事象と考えれば、理解できずとも納得するしかない。


 そして、ルギアス艦隊よりも早くカミラース星系にたどり着いていたバラフミア王朝。

 その艦隊が、この空間の存在を掴んでいないという可能性は低いと考えている。


 それを裏付けるように、レギオの予感通りタルギアの前方にガイルの炉の前に立ちふさがるように、多数のアストルヒィアの艦艇が次元転移を行いその姿を現した。


「敵艦隊……!?」

「な、何でアストルヒィアの艦艇が!?」


 突然の事態に、タルギアの乗組員たちは動揺する。

 それをなだめるように、レギオは変わらない無表情のまま自らの推測を伝えた。


「コイルガンの質量弾を消した際にもあったが、この空間では次元峡層が形成可能のようだ。最初にアストルヒィアの艦隊と遭遇したと思うが、おそらくバラフミア軍は次元転移による侵入を狙い拿捕したアストルヒィアの艦艇を大量に持ち出してきた。カミラース星系に出た際の最初の接敵は、その破棄した艦艇群だろう。

 ……つまり、あれが敵の本隊と推測される」


 アストルヒィア艦隊の皮を被った、バラフミア軍。

 つまり、最初から戦場に展開する勢力は2つだったということ。


 バラフミアはアストルヒィアとテュタリニアを巡り戦端を開いている。

 さすがにこの空間に次元転移を用いて移動するためだけに自作自演のテロを行いアストルヒィアとの開戦を狙った、という可能性はないと思う。

 しかし遺跡に通じる手段は得ていなかったのだろう。


 ツラファントはおそらく囮。

 レギオは、敵の司令官が強化された艦艇を使って敵の戦力に伏兵がいないかを確認し、数で圧倒できるとみて姿を現したという推測を立てた。


 その推測は、半分正解と言える。


 レギオの前に展開したのは、カミラース星系に派遣されたバラフミア軍の4つの艦隊のうち、アストルヒィアの拿捕艦艇と外惑星系の調査という貧乏くじの役目を押し付けられた、マクスウェル司令の率いる80隻からなる艦隊である。


 ……そして、この戦いの発端とでもいうべきある組織の幹部が率いる艦隊でもあった。




 ≡≡≡≡≡≡≡


 デーヴィットとアルフォンス。

 内惑星系外苑に展開する艦隊の司令官であるシェグドアが、媚をへつらい、場合によっては責任をなすりつけようとしていた2人の艦隊司令。

 それぞれオリフィード駐留艦隊103隻と、メッザニア駐留艦隊80隻からなる彼らが率いていた艦隊は、バラフミアの体制変換を目論むテロリストの暗躍により、このカミラース星系の古代文明の遺産を巡る戦いに招かれることになった帝政クラルデンの派遣した艦隊の攻撃により壊滅した。


 2人の艦隊司令は戦死。

 戦果もなく、超兵器の手がかりも見つけられず、貴重な国防戦力を割いて動員した艦隊をいたずらに消耗した。


 この責任が己に向かうことを危惧したシェグドアは、参謀に責任をなすりつけ、自らは撤退しようとする。

 だが、逆上した参謀から殴られそうになったことで、その恐怖から気絶するというバラフミアの歴史に残る暴行未遂事件により艦隊指揮が取れなくなり、その役目は参謀が引き継ぐことになった。


 シェグドアの参謀を務める艦隊司令代理は、機動戦力が中心の48隻からなる現状の戦力ではクラルデンの艦隊とぶつかっても勝ち目がないことと判断し、カミラース星系に展開するもうひとつの艦隊との合流を目指した。


 それはアルフォンスとデーヴィットにとって厄介ものの艦隊であり、毛嫌いした彼らのご機嫌取りをするために配置に関して根回しをして貧乏くじをシェグドアが引かせた、マクスウェル司令の率いる艦隊である。


 徴収兵から成り上がってきた叩き上げの軍人であるマクスウェルは、頑固な職人気質の気難しい人物として知られている。


 参謀もあまり関わりたくない相手ではあったが、少なくとも気絶した己の上官よりはマシだろうと判断し、クラルデンの艦隊に対抗するべく彼の艦隊に合流するべくフォトンラーフを実行した。


 だが、マクスウェル率いる艦隊が展開していたはずの宙域には、艦艇の一隻も存在しなかった。


「……味方艦艇、確認できません」


「座標を間違えたわけではない……どうなっている?」


 マクスウェルは外惑星系調査の名目でアストルヒィアの拿捕艦艇からなる艦隊を押し付けられたことに腹を立て、この宙域から動かずにいたはずである。


 周囲に索敵を行うが、80隻からなる艦隊は影も形もなかった。


「残骸一つないならば、むしろ戦闘ではなくフォトンラーフした可能性が高い。だが、どこに……?」


 マクスウェルは最下位の徴収兵から、叩き上げで艦隊司令にまでのし上がってきた人物である。

 性格に難はあるもののその能力は高く、慣れないアストルヒィアの艦艇ばかりで編成される艦隊でむやみに動き回るような真似はしないはずである。


 しかし、実際にマクスウェルの艦隊は消えていた。


「……まずい」


 マクスウェルと合流が果たせない。

 艦隊がどこに向かったのか、見当がつかない。

 マクスウェルの率いる艦隊の戦力を当てにしていた参謀は、この現状に焦りを感じた。


 シェグドアの艦隊は、艦砲の撃ち合いには向いていない機動戦力が中心の艦隊である。

 その上艦隊自体の規模も50隻に満たない艦艇で構成されており、大きくはない。


 300隻以上が確認されているというクラルデンの艦隊とぶつかるようなことがあれば、すり潰されるだけである。


「むむむ……」


 クラルデンの艦隊の戦力は、デーヴィット率いる艦隊でも歯が立たなかった。この艦隊でそんな連中に挑むのは無謀である。


 追いつかれる前に、何とか離脱を図る必要がある。

 そう判断した参謀は、行方不明となったマクスウェル率いる艦隊のことは放置して、フォトンラーフによる離脱の準備に入るように命令する。


「戦況はもう決した。マクスウェル司令の艦隊と合流が果たせなければ、クラルデンの艦隊には太刀打ちできない。カミラース星系は放棄し、我が艦隊は撤退する」


 指示が艦隊に伝達されていく。

 結局、シェグドアの望み通り上官の意向を無視して参謀が艦隊に撤退命令を出すことになった。

 この先の剥奪されるキャリアを考えると、溜息しか出てこない。

 だが、命あっての物種である。


「はあ……」


 上司に恵まれなかったと割り切ることにし、まずは無事に本国への帰還を果たす事に集中する。

 艦隊にフォトンラーフによる撤退命令を発するため、参謀が通信機を取る。


「艦隊司令代理より全艦に通達。本作戦は失敗した。これより、我が艦隊はカミラース星系より–––––」


 だが、参謀の言葉は最後まで紡がれることはなかった。


 参謀の撤退命令を遮るように、ウラトーンの戦闘司令室に1発の銃声が響き渡る。


「……グハッ!?」


 それは撤退命令を出そうとしていた参謀の背中を撃ち抜いたものだった。

 苦労が滲み出る表情は一変、訳がわからないと言わんばかりの驚愕をその顔に移すこととなった参謀が、銃を撃ってきた主を見る。


 そこには、参謀が知る外見で、しかし参謀が見たこともない表情を浮かべる、気絶していたはずのシェグドアが銃を片手に立っていた。


「……な、何故……?」


 それが混乱する中で参謀の発した最期の言葉。

 その返答を聞くことなく、参謀の意識は闇に沈んだ。



 そして、艦隊司令代理を務めていた自らの腹心をためらいなく撃ち殺した張本人は、その銃口を突然の艦隊司令の凶行に理解が追いついていない兵士たちに向ける。


「し、司令……?」

「何を、なさって……?」


 困惑する一同に対し、シェグドアは普段の腰巾着の彼が発するにはあまりにも冷たい口調で、告げた。


「君たちはもう、用済みだ」


 その銃が、もう1発の銃撃をウラトーンの艦長に向けて発射された。




 ≡≡≡≡≡≡≡


 血が飛び散っている戦闘指揮所内部。

 その中でただ1人生きており、そして周囲の屍を作った張本人。

 シェグドアが、艦隊に向けて接続されていた通信機を別の回線に接続した。


「……ええ、贄の受け入れ準備は整っています。当艦隊も制圧しました」


『ご苦労だった。時が来たら再度連絡する』


「了解」


 通信の相手は暗い部屋にいるため、顔は認識できない。

 だが、明らかに先ほどまでの腰巾着とは違うシェグドアが丁寧に応対している点を見ると、少なくとも彼よりは高い地位にあるものという推測は立つ。


 普段は上官にこびへつらい、臆病で、保身欲の塊のような、明らかに将に向いていないシェグドア。


 だが、その正体は……


『やはり次元転移が鍵だ。封印を解き次第、次の段階に入るぞ。我輩は先に遺跡に向かう』


「我々の方も準備を進めておきましょう。いよいよ、腐った貴族共の大掃除ですね」


 –––––このカミラース星系を巡る戦争の発端となった、情報漏えいを行った組織。

 バラフミアの現体制の変換を目論む、テロリスト集団の幹部だった。

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