激突


 ≡≡≡≡≡≡≡


 クラルデンの弩級戦艦の放つ衝核砲。

 たとえ軌道を曲げられたとしても、先ほどの質量弾のように消せるわけではない。

 1発でも当たれば、その瞬間ツラファントは撃沈する。


 空間の起点であるガイルの炉のまだ凍結していなかった機能とリンクして、ヴィオランテが引き出してくれた多くの奇跡が味方についている。

 その度にヴィオランテは苦しそうに呻き、全身に走るという激痛と戦っている。


 それでもツラファント自体の装甲は変えられない。

 より強化される主砲も、本来の規格を遥かに超える出力に砲身が急速に消耗している。あと5発も放てば、融解してしまうだろう。


 しかも、敵艦は逆に衝核砲の曲がる軌道に合わせて射角を確保しようと動いていた。

 この短時間で射角の干渉を測定して砲角を修正してくるなど、これでも十分に化け物である。野蛮で脳筋というトランテス人の認識を覆すには十分すぎる。


 その射角に取られないようにツラファントを動かす。

 苦痛に耐えながらもガイルの炉とのリンクを繋いでいるヴィオランテも消耗は激しいが、ハルコルも神経をすり減らされる一瞬の判断ミスが死に直結する圧倒的不利な戦いをしている。


 互いに、その身と心に受ける負担は計り知れないだろう。

 だが、それでも2人は挫けない。


「俺が、負けるわけにはいかねえんだよ!」


「大丈夫……私も、あなたの決意と志を共にすると、決めましたから!」


 2人の意思は1つ。

 軍人として、祖国を、そこに住まう同胞を、このガイルの炉の犠牲にさせないために封印する。

 そのために、それに手を出そうとしているあの蛮族の艦艇に負けるわけにはいかない。


 圧倒的な存在に、それでも臆さず苦痛に耐えて立ち向かう、軍人としての意地がその意思を支えていた。


 1発でも掠めればそれで終わりの砲撃をかわし続け、誘導弾などを迎撃する。

 防戦一方でも神経をすり減らされる操艦が求められる中、ハルコルはさらなるリスクを冒してでも主砲の射程に入れるようにその距離を詰め続ける。


「……ッ!」


 隣で立っているのもやっとの様子で、耳や目から血を流しているヴィオランテの姿に、一刻も早く決着をつけたかった。


 実際、疲労が刻一刻と積み重なるハルコルたちが、この絶望的な戦いに勝利を見出すには、短期決戦しかなかった。

 長引けば長引くほどヴィオランテもハルコルも負担は重なり、ツラファントも付け焼き刃で一時的に得た高出力に機関や主砲が融解してしまうタイムリミットに近づいていく。


 それでも、被弾させないように敵艦の射線を確保させない。

 牽制のつもりか、白銀の艦艇は近づかせまいと距離をとりつつ衝核砲を撃ち続けている。

 それと同時に曲がる射線にツラファントを収めようと、衝核砲で進路を妨害してきたり、後退しつつも動いてきたりしてくる。

 チャンスと見ればすかさず衝核砲を直撃させようとはなってくる。


 その艦艇の性能だけではない。

 砲手も、操舵手も、そして指揮官も……全てが一級。

 ゆえに、ハルコルは果敢に攻めようと試みるが隙がまるで見当たらなかった。


「焦ら、ないで……! わたしもまだ、いけます!」


「クソ……!」


 耳から血が溢れてくる。

 他の生命体に比べて遥かに優れた再生力のある癒しの血肉を持つヴィオランテだからこそ耐えられているが、それでも長くは持たない。

 横目でそれがわかるからこそ、ハルコルの中でも焦りが募っていく。


「あと、少し……!」


 そして、もう少しで射程に入るというところ。

 だが、再び敵艦が距離をとり、牽制を仕掛けてくる。

 それはかつてないチャンスだった。


 ……だが、あと1歩を届かせない。

 主砲を向けたが、まだ届かない。


「クソ!」


 最大のチャンスと言える場所を逃してしまう。

 それを悔やみながらも、それでも操舵に集中するハルコル。


「……あと、少しだけ」


 その横で、もう倒れそうなおぼつかない足取りとなっていたヴィオランテが、我が身を顧みずにさらなるリンクをつなげた。


「………ッ!」


 その反動は大きかった。

 無理を酷使し続けたヴィオランテは、その届かなかった一歩を伸ばすと同時、吐血してその場に膝をついた。


「何を–––––」


「撃ってください! 今しかない!」


 何をしているんだ!?

 そう言いかけたハルコルの言葉を制して、ヴィオランテが代償を払って得たチャンスに縋りつかせる。

 その言葉に、ハルコルは主砲を敵の艦艇に向けた。


「当たれェ!」


 伸ばされた射程がどれくらいか、ハルコルにはわからない。

 だが、彼は共に戦ってくれるヴィオランテを信じた。

 計算も何もない、砲を向けて放った一撃。


 その中性子メーザー砲は、白銀の艦艇の左舷に直撃した。


「と、届いた……!」


「やり、ましたね……」


 その場に倒れこむヴィオランテ。

 すぐに駆けつけたかったが、ハルコルはそれよりも優先すべきことを見失わない。

 彼女がここまで無理をしてつかませてくれたチャンスを、逃すわけにはいかなかった。


「すまん……絶対、勝利の凱歌の中で休ませてやるから」


 敵艦は当たったことが想定外なのか、動きが鈍っている。

 何らかの特別な機関でもやられたのか、左舷の塗装も白銀から宇宙のような真っ暗な色に変色していく。

 だが、動きが鈍った今、当てられるチャンスはこれしかない。


「今度こそ、沈みやがれぇ!」


 主砲を放つ。

 それは完全な直撃コース。射程も届く。

 勝った。そう確信を得るには十分な一撃。


 だが………


「––––––––––––」


 ………その1撃は、敵艦の黒く染まった装甲に直撃したはずが、まるで幻のように消え去った。


「……は?」


 何が起きたのか。

 勝利の希望を全く予想外の形で潰されたことで、溜まった心労から放心状態となるハルコル。

 言葉もろくに紡げない中、ツラファントのメインモニターの先にて、敵艦の黒い装甲は消えていき、再び白銀の何事もなかったような黒くなる前と全く変わらない姿に戻る。


「な、何で……!?」


 死力を尽くし、ハルコルたちは全霊をかけて遥か格上の戦艦であるタルギアに挑んだ。


 たしかに、ヴィオランテがガイルの炉に対して行ったリンクから得られた恩恵で強化されたツラファントの主砲は、タルギアの装甲を傷つけ、貫ける威力があった。


 先にこの空間に降り立った時の運、ガイルの炉の恩恵を得られた地の利、そして強固な信念と意地で立ち向かった人の和。

 戦端が開かれてからの結末を覆す3割の要素を、ツラファントは兼ね備えていた。

 たとえ装備に勝るタルギアが相手でも、3割の勝機は目の前までたぐり寄せることができていた。


 だが……その3割の勝機にかけるには、対峙する相手が悪すぎた。


 タルギアを指揮するレギオは、準備の段階ではなく戦場という不確定要素が多い中で勝敗を左右する3割の勝機に賭けることを愚行としている。自らはその3割の勝機に頼ることなく、そして不確定要素がなす3割の勝機を敵に掴ませないよう堅実に、慎重に、何より味方を見捨てずに戦う戦術を得手としている。

 亜光速誘導弾を主砲で迎撃したときに、ツラファントを既に通常のヒストリカ級航宙巡洋戦艦と見ず、特別な艦艇とみなして警戒していた。

 徹底してアウトレンジの間合いを保ち、一方的な攻撃の展開を譲らず、射程がいきなり伸びてきた時点でも混乱することなく対応策を実行してきた。

 衝核砲を撃ち返す機会を捨て、狼狽える乗組員たちにも対応できるように守りの選択をした。


 タルギアの性能を過信せず、ツラファントの性能を過小評価せず、警戒して敵に偶然がもたらす勝機をつかませないように立ち回ることを徹底していた。


 その選択が、ハルコルのつかみかけていた勝機を握りつぶし、この結果へと繋がった。


 ソルティアムウォール。

 それはタルギアが有する超兵器であり、すべての干渉を飲み込む、装甲の概念を覆す決して突破不可能の7つの起点が生み出す光も通さぬ暗黒の扉。

 異空間との接続により、装甲の上面に別世界の入り口を形成してそれを盾とする、決して貫くことができない最強の防御機構。

 その特性から展開中はタルギア自身も世界から隔絶されてしまうために攻撃や通信などが行えないという欠点はあるものの、7基のソルティアムウォールの展開と解除を操作することによりその欠点をカバーしていた。


 この存在が、ツラファントの最後の希望も無残に打ち砕いた。


 白銀の装甲が姿を現し、衝核砲が光る。


「–––––しまっ」


 全ての勝ちの目が潰えた中、ハルコルはその心労と勝てない敵の存在に放心状態となったことで、その対応が遅れる。

 驕ることなく、詰めに至るまで冷静に畳み掛ける。


 タルギアの衝核砲は、ツラファントの後方上部装甲の主砲付近を掠めた。

 直撃を免れたのは、ヴィオランテが気絶したことによりガイルの炉の恩恵が切れ、最後の最後で曲がることを想定して放たれた射線が直進したために、逆にツラファントの直撃コースから逸れたからだった。


 だが、その1発は決着を意味する。


 巡洋戦艦の装甲が、衝核砲に耐えられるわけがない。

 掠めた装甲は抉れ、主砲は吹き飛び、その欠片が艦橋にも突き刺さる。


「くっ……!」


 衝撃が響き渡る中、ハルコルはとっさに操舵桿を離し、ヴィオランテに覆いかぶさる。


 直後、ツラファントのブリッジを無数の装甲の欠片が襲いかかり、モニターや操舵桿などを破壊して、散った液晶の破片がヴィオランテを守るハルコルに襲いかかった。


「ぐあ……!?」


 無数の欠片が突き刺さる中、ハルコルはせめてガイルの炉の封印を行える彼女だけでも守ろうと、その身を盾にする。


「あぐ……!」


 ツラファントそのものには、機関や前方の主砲、脱出艇などに収容している他の部下たちも含め、航行などには支障がないレベルの損害しかない。


 だが、ツラファントの操舵を司るブリッジは完全に破壊されてしまった。


「うっ……」


 痛みにこらえながら、ヴィオランテの無事を確認したハルコルは、半分破壊されているメインモニターに映る敵艦を睨む。

 白銀の巨大戦艦の主砲は、ツラファントを向いている。


「クソ……」


 脱出艇の発信ボタンに手が届かない。


 結局、部下も、遺跡も、祖国も……何ひとつ守れなかった。

 そのことを悔やみながら、気絶しているヴィオランテを抱きしめる。


 抵抗するすべを失ったツラファントに向けて、無情にもタルギアの衝核砲が向けられていた。

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