前夜
艦隊司令たちと交わした議論により、敵の正体に関する憶測を立てることができたレギオは、敵の戦力や目的を把握するためにカミラース星系の伝承やバラフミア内の反乱軍に関する情報を集めた。
ルギアス艦隊の面々とも情報交換を頻繁に行い、作戦を練っていく。
国防戦力確保の都合上、最低3割の戦力を残して出陣しなければならない。
そのため、カミラース星系に出陣するのは1〜17番艦隊となる。
カミラース星系に展開していると思われるバラフミアの艦隊戦力は、推定300隻以上。これもクラルデンに漏れた航宙記録に記されているものであり、情報漏洩をバラフミアも承知しているはずだからさらなる戦力を投入していると思われる。
おそらく、今回は敵の戦力が数において上回ることになる。
持ち得る戦力で勅命を果たすために、戦の前に可能な限り準備を整えておく必要があった。
戦闘は、開始される前の準備で7割、戦闘そのものにおいて3割。ルギアスの教えには、これで決着がつくと言われている。
より多くの戦力を、より多くの物量を揃えるだけではない。作戦を立て、勝敗を予想し、情報を集め、様々な展開に対応できるようにする。あらゆることが準備に当たる。
戦闘そのものにおける3割は、不確定要素。つまり運にある。
運を逃さず、好機に変えるのがこの3割の行方を左右させる将と兵の力となる。
準備段階の布石は、敵にこの三割の勝機を掴ませないことにもある。
互いの戦力、戦場の地形、そしてその二つが影響する時の運。
地上で銃さえ知らぬ中で戦っていた遥かな太古より、この3つの要素を味方につけることを戦場の基本としている。
時代が流れ、表面的な形は変わろうとも、根本は変わっていない。
奇抜な戦術、新たな兵器、常道にとらわれない戦い。
これらももちろん強い武器となることもある。
だが、長い時をかけて戦場が作ってきた基本理念を1人で崩せるなどとレギオはおごることはない。
地味であっても歴史が積み上げてきたものを踏まえること。
彼の戦術は、臨機応変というよりは堅実に戦うことにある。
奇抜な戦術を打ち破るのもまた、過去の歴史に学べることだと、レギオは考えている。
勝利につながる策は参謀が上げるから、将として敗北につながる要素を潰していく。
レギオにとっての戦の準備は、最も味方の犠牲が少なくなるように、そして敵に足をすくわれないようにという観点に重点を置き、戦術を組み立てるかということ。ルギアスの教えを通じ、これを常に根幹に置いているのである。
たとえ不利であろうとも、たとえ有利であろうとも、部下の戦死を可能な限り減らせるように戦術を組み立てていく。
三割の確率に賭けて、配下の命を危険にさらすことはしない。
戦が始まることを知ると、どのような戦であっても、それこそ不眠不休で戦の準備に入る。
カミラース星系について分かる資料をかき集め、戦場の地理を確認し、星の軌道や恒星の状態を計算し、敵の戦力の配置や想定されるあらゆる戦闘を導き出し、それこそ数万通りの戦いの推移を組み立てて、そのどれが起きたとしても負けがないように戦術を組み立てていき、そこから可能な限り味方の犠牲が減らせるように改良していく。
それを戦闘開始の直前まで繰り返して、そして戦闘に挑む。
–––––人材は替えの効かないクラルデンの宝であり、部下は己の駒ではなく守るべき陛下の臣民である。
これはルギアスの教えではない。
レギオ自身の掲げる、冷徹にならなければならない軍人に似合わないと取られることも多い、理想論の信念だ。
将が兵を守るなど、古来より戦場において愚行とされること。
レギオが唯一、先人の教えに逆らってでも貫き続けている信念である。
不眠不休で戦術を組み立て準備を進めるレギオだが、そんな彼を心配する将兵に対しては不休の準備を決して許さない。
一度戦端が開かれれば休む暇などないのだから、休める時に休むべきである。それもまた、準備の一つ。
レギオを慕う将兵たちはそう説得して休ませるレギオに対し、「あなたに言われたくない!」と反論する。
それにレギオは大抵こう返す。
「過労で倒れても寝れば立てるしやり直せる。だが、貴様が戦死することがあれば二度とその人生は戻らない。貴様は陛下の臣民であり、帝轄軍に属する将兵だ。その命を粗末に捨てることは許さない。そのために、休めるうちに休んでおけ」
実際、若い割には何度もレギオは倒れている。
戦闘が終了すると、緊張が解けたことで、積み重なった疲労から意識を失うことは定番となっている。
慣れれば気にせず済ませるのだが、ルギアス艦隊としての初陣に勝利した直後に倒れた時など、それを見た部下たちに口を揃えて戦の緊張以上に生きた心地がしなかったと言わせたほどだった。
出陣前夜にも、レギオは眠ることもせずにタルギアにて戦術を練り続けていた。
すでに各艦艇は補給も点検も終え、いつでも出陣できるようになっている。
タルギアの艦長も兼任しているレギオの元には、大量のデータが報告としてあげられており、それの処理も同時進行でレギオは進めながら戦術を組み立てていた。
そんな多忙なレギオの元に、出陣前夜に3番艦隊司令であるニコルが訪れた。
「……入っていい?」
「構わない。開いている」
レギオが返事をすると、艦隊司令室の扉が開き、ニコルが入ってきた。
「どうした?」
ニコルの方を一瞥もせずに、考え出している戦術パターンのデータを次々に打ち込み続けているレギオが、要件を尋ねる。
ニコルはレギオの隣までくると、その膝に無遠慮に座りレギオが目を通しているデータを覗き込んだ。
「相変わらずすごい量。艦長、つけたら?」
「エギルには10番艦隊の指揮がある。今更艦長の座に戻すことはできない」
タルギアの先代のルギアス艦隊旗艦にして、現ルギアス10番艦隊旗艦であるルビタート。
10番艦隊司令であるエギルは、かつてこのルビタートの艦長をしていた。
エギルが艦隊司令に昇格してから、レギオはタルギアの艦長も兼任しているため、より多忙となっている。
その状況を見かねたニコルは、タルギアにも艦長をつけるべきではという提案をしてきた。
「……タルギアは特殊な艦だ。そうたやすく艦長を任せられるものはいない」
「……倒れるよ?」
「それがどうした。俺が倒れる程度で済めば安い」
タルギアは他の艦艇と違い特殊な兵装を備えているため、艦の指揮に相応の能力が求められる。
そして、それを任せられる人材が現状はエギルかレギオしかいない。
昇格を果たしたエギルを艦長に戻すわけにもいかず、レギオがタルギアの指揮を兼任しているのが現状だった。
それによるレギオの負担を懸念したニコルだったが、自身の疲労は一切顧みようとしない軍帥は彼女の提案を退けた。
「むぅ……」
その返答がまるで自分はどうなろうと構わない、というか実際そう考えているだろうレギオの返答に、どうしても戦が終わるたびにぶっ倒れることに慣れないニコルは、思わず頬を膨らませた。
普段の物静かで無感情にも取られることが多いニコルが珍しく見せた不満げな表情に、レギオは思わずデータから目を離した。
「……何だ?」
「もっと、周りを見るべき」
部下の心配にも気を向けろ、という意味を込めたニコルの言葉。
しかし、こういうことにはとことん鈍感なレギオは意味を理解できず、こう返した。
「……何かあったのか? 困っていることがあれば遠慮なく言え。可能な限り対応しよう」
「違うし」
捻じ曲がって伸びている角の片方を掴み、無理やり引き寄せたレギオの額に頭突きを食らわせる。
「……いったいどうした?」
心配している相手に、心配される。
全く響いてくれないレギオに、ニコルは溜息を零して立ち上がった。
「……たまには休んで」
「こちらの台詞だ。出陣前夜だ、十分な休息を取っておけ」
去り際にもう一度休むように伝えてみたが、鏡を見て言って欲しいと反論したくなる台詞を返された。
「心配事があれば、抱え込まずに周りに相談しろ。あまり抱え込みすぎるな。貴様の替えはいない」
「……鏡に言って」
ドアを開いて退出しようとした背中にかけられたレギオの言葉に、思わず反射的に返すニコル。
しかし、独り言として小さくつぶやいた一言だったため、レギオには聞こえなかった。
≡≡≡≡≡≡≡
そして翌日。
出陣の時を迎えた。
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