憶測


「今回の勅命には発端がある。カミラース星系にバラフミアが古代文明の超兵器を入手するために艦隊を派遣しているという情報は、テュタリニアに置ける極秘扱いとされていた航跡記録の情報が帝政クラルデンに流されたものだ。事故ではなく、にな」


「……どういう事?」


 艦隊司令たちの共通で抱いた疑問を口にしたのは、3番艦隊司令のニコルである。

 テュタリニアに関する情報の漏えいは、バラフミアにおいて人為的に流されたものであるというのは、比較的有名な話である。

 その実行犯はスパイの類ではなかったこと、そして情報を不特定に発信した後に自殺したことで動機が不明だったことも。

 結果、バラフミアはテュリタニアを狙う他勢力との戦端を開くこととなった。

 まるで、サメット艦隊を宇宙連邦政府との戦いで壊滅させられてから、戦力が低下している時期を狙ったかのように。

 テュタリニアをめぐる攻防に関して、物量において他勢力を上回るアストルヒィアが参戦している。サメット艦隊を失ったことで軍事力の低下が著しいバラフミアは、物量において圧倒的に上回るアストルヒィアにおされており、その戦況は劣勢と聞く。


 アストルヒィアと並び、9つの銀河において最大の国力を持っている大国である帝政クラルデンは、不可侵条約の破棄でロストン合衆国との戦端を開く事になったことでテュタリニアに関しては動かなかった。


 しかし、今回の情報はクラルデンに対してもたらさせた。

 それも、テュタリニアと同じく人為的な情報の漏洩により。

 その実行犯は自殺しており、動機は不明。そして、そいつはクラルデンのスパイではない。

 だが、バラフミアが艦隊戦力を割いてでも手にしようとしている超兵器を、みすみす渡すわけにはいかない。

 結果、クラルデンの参戦を招いた。


 それは、まるでバラフミアの疲弊を誘い、国家の滅亡をつながる可能性すらある。

 他国のスパイでもないのに、バラフミアを窮地に追い込もうとしている者の存在。

 今回の戦場は、まるで誘われているような、用意された舞台のような、そんな風に見えてしまうものだった。


「……何らかの思惑が介在している可能性が高い。あくまで憶測だが」


 今回の戦いの懸念となる憶測について伝えると、各艦隊司令たちはそれぞれ憶測についての吟味を始めた。


「状況を見る限り、その思惑はバラフミアの疲弊を狙っているように思えますが」


 帝政クラルデンとアストルヒィア。二つの大国を同時に敵に回させる。

 そうなれば、バラフミアは滅亡の可能性さえ出てくる。

 確かに、一連の情報漏洩からの他勢力の武力介入を誘ったのは、バラフミアの弱体化を狙っている可能性が高い。

 その場合、最も得をするのはどこになるか。


 クラルデンはカミラース星系に関することを情報漏洩の前にはほとんど知らなかった。

 戦力をバラフミアの方に当てるよう仕向けるために、クラルデンと交戦中のロストン合衆国や宇宙連邦政府が影で動いたという可能性もあるが、今回の場合だと超兵器がクラルデンの手に渡る可能性もある。そんな危険を冒してまで開戦させる相手が、国力が低下している上にテュタリニアを巡り他勢力と戦争状態にあるバラフミアではおかしいだろう。同じ理由でアストルヒィアという線も無い。

 そもそも、情報漏洩を行ったのはスパイでは無い。テュタリニアの管制局の局員ならば、相応に信用のおける人物しか置かれない役職のはずだろう。カミラース星系の調査員も同様である。

 他勢力の可能性はどれも低いと思える。

 ならば、いったい誰が? 何の目的で?


「……外じゃなくて、内?」


 艦隊司令たちがレギオも含めて思案を巡らせる中、ポツリとニコルが呟いた。

 その言葉に、艦隊司令たちの視線が集中する。


「内というと、バラフミアが自らこの情報を流したというのか? それは流石におかしいぞ」


 ニコルのつぶやきに対し、13番艦隊司令のオラフが否定的な意見を出す。

 ニコルは首を横に振る。


「違う。クラルデンと同じ。反乱分子」


 国内の反乱分子による犯行。

 ニコルが提示した可能性に、2番艦隊司令のガルフが頷いた。


「そういえば、バルフミアでは体制の変換を目的とした反乱軍が活動しているという情報があったぞ」


「なるほど、反乱軍ならば本国の疲弊を狙う動機もある。バラフミアとの戦端を開く勢力が大きければ、それだけ体制の変換が容易になるからな」


 4番艦隊司令のホロンも同意を示した。

 他の艦隊司令たちも、なるほどと頷いている。


 たしかに、クラルデンの内乱においても、兆円銀河に逃れた最大規模だった反乱軍のナトライアム公国も、宇宙連邦政府と手を結んでクラルデンに対抗してきた。

 バラフミアの反乱軍も他勢力の介入を利用したとしても、不思議では無い。


「今回の戦場も、バラフミアと我々が争っている隙をついて超兵器を簒奪することを狙っているのでは無いか?」


 誘われているような今回の戦場に対し、反乱軍が黒幕の場合にあり得る想定をホロンが提示してくる。

 確かに、二つの勢力が激突している混沌とした戦場ならば、超兵器を簒奪することもやりやすくなるだろう。

 確証の無い憶測だが、内乱を経験しているクラルデンは反乱分子が祖国を危険にさらし、超兵器などの1発で脅威となる力を手に入れようとしていることは知っている。

 情報漏洩もスパイの手によるものではなかったし、反乱分子の行動ならば納得がいく。


 だが、そうなると一つ、レギオの中で疑問が浮かぶ。

 複数の勢力の思惑が介在しているとして、今回の反乱軍の情報と照らし合わせると、その想定は左丞相らも思い当たるだろう。

 敵はバラフミアだけではない。何をするかわからないテロリストの介入が考えられるられば、遺跡の確保の他に、バラフミア軍以外のテロリストなどの他の勢力からの防衛もあるので、バラフミアを上回る相応の戦力が必要となる。

 陛下の勅命で動く帝轄軍をつかうのは、戦線を多く抱えるクラルデンの状況を考えると地方軍では大きな戦力を回せない。それは納得ができる。

 だが、数が必要な任務ならばルギアス艦隊よりもポラス艦隊が適任ではないだろうか。


 現在のルギアス艦隊の総戦力は、27個艦隊、艦艇総数698隻である。

 対して、ルギアス艦隊同様いつでも動ける体制にあるポラス艦隊の総戦力は85個艦隊、艦艇総数2,196隻。

 ポラス艦隊軍帥であるヒルデの性格を考えて左丞相はルギアス艦隊に回したのではないかとレギオは解釈していたが、推定300隻以上の艦隊が揃えられているとみているカミラース星系に送るならば、反乱軍の存在を考慮すると多くの戦力を保有するポラス艦隊が適任ではないだろうかと思える。

 左丞相がその辺の判断を誤ることはしないはず。

 レギオも反乱軍の存在は知らなかった。左丞相がそのことを知らなかったという可能性もあるだろう。


 だが、ガルフは噂程度だが知っていた。

 レギオはガルフの方を向き、その出所を尋ねた。


「叔父上、バラフミアの反乱軍の存在は初耳です。どこからその情報を?」


「右丞相側のものからだ。左丞相はご存知なかったのか?」


 右丞相が承知している噂。おそらく、左丞相は知らない事柄。


「……そういうことか」


 ガルフの答えに、レギオはなぜルギアス艦隊にこの勅命が回ってきたのかという本当の理由に合点がいった。

 ポラス艦隊の軍帥であるヒルデは、右丞相ルゴスの派閥に属している。本人は権力に興味はなく皇帝に忠誠を捧げているが、ヒルデが軍帥に昇格するのを後押ししたのは右丞相だ。

 帝轄軍に属しているヒルデに対する命令権はないが、右丞相にとってヒルデは自身の派閥にいる軍事方面の最大戦力を有する人物である。

 そのヒルデが率いるポラス艦隊を、どのような暴走をするか不明の他国の体制変換を狙うテロリストが暗躍する可能性が高い危険な戦場に送るわけにはいかない。

 だから、左丞相に反乱軍の存在を黙って、ルギアス艦隊を動かすように仕向けたのだろう。


 陛下の勅命の遂行は、軍帥にとって大きな名誉でもある。

 左丞相であるガズマは、ルギアスに教えを受けたレギオの兄弟子の1人であり、個人的にも親しい関係にある。つまり、レギオは左丞相の派閥に属する軍帥の1人だ。

 レギオに手柄を上げさせその力を高めるために、左丞相はこの勅命に当たる艦隊にルギアス艦隊を推したのだろう。

 そして、ヒルデを危険にさらさないために右丞相は反対しなかった。


 つまりクラルデン内部の両丞相の派閥抗争が影響しているということになる。

 当人である2人の軍帥にとってはどうでもいい話だが、皇帝直属の軍である帝轄軍にもこうした派閥争いの影響が及ぶのはアスラの時代からの弊害と言えた。


 右丞相がヒルデを危険にさらさないためにルギアス艦隊に今回の勅命を譲ってきたというならば、反乱軍の噂に信憑性が出てきたということでもある。


「俺はニコルの推測が的を射ていると思う」


 派閥抗争の推測も含め、各艦隊司令にレギオが立てた憶測について話す。

 権力抗争に帝轄軍を巻き込むことが嫌いな性格が多いルギアス艦隊の面々は、それを聞いて不満をあらわにした。


「またルゴスか! あいつら……!」

「何故、立法のトップが陛下の勅命にまで影響力を持つのだ!」

「軍事に議会が口を出すなど、言語道断である!」


「……落ち着け!」


 口々に右丞相に対する不満を口にする面々に、レギオが一喝する。

 それにより、艦隊司令たちの視線がレギオに集中した。


「丞相閣下に対し思うところはあるだろうが、陛下の勅命はルギアス艦隊に発せられた。それを蔑ろにすることは、陛下に対する叛意に等しい」


「いや、しかし……」


 ダリフがなおも反論しようとしたが、口をつぐんだ。

 丞相の思惑が介入しているとしても、陛下がルギアス艦隊にこの勅命を発したのは事実である。それに異論を唱えることは、帝轄軍の軍人として許されることではない。

 ダリフが反論を飲み込んだことで、他の艦隊司令たちも静かになった。


 口を噤んだとしても、不満がにじみ出ている表情が目立つ面々を見渡し、レギオは続ける。


「……今回の目的は、バラフミアの手に超兵器が渡ることで生まれる犠牲を出さないことにある。体制の変換のために祖国を大国の侵略にさらすような反乱軍など以ての外だ。確かに、丞相閣下の思惑までも絡んできているだろう。陛下の軍である帝轄軍が丞相閣下の思惑に振り回されることに不平を持つなとは言わない」


 レギオにとっては、右丞相の耳に入ったことを皇帝陛下が知らないとは思えない。

 しかし、勅命はそれでもルギアス艦隊に回ってきた。


「だが、陛下は、ポラス艦隊ではなくルギアス艦隊に勅命を発せられた。我々がポラス艦隊よりもこの勅命にふさわしいと判断してくださったということだ。陛下に忠誠を捧げる臣民として、身にあまる栄誉である」


 レギオの言葉に耳を傾ける面々の目の色が、変わっていく。

 丞相に対する不満は薄れ、栄誉を得たことに誇りを抱いている。


「陛下の御意思を遂げろ。邪魔立てする存在は消せ。危険と困難が待ち受ける戦場ならば、タルギアが標となり盾となろう」


 艦隊司令たちの顔つきは、軍人のそれとなった。


「栄誉と勝利を陛下に捧げ、生きて凱旋を果たせ」


「「「了解です、レギオ軍帥クァンテーレ・ジェレストレギオ!!」」」


 艦隊司令たちが敬礼を揃える。

 一通り彼らの顔を見渡したレギオは、最後に告げる。


「将ならば、軍人ならば、目的を見失うな。そして、生還を諦めるな。貴様らは陛下に忠誠を誓う臣民であり、クラルデンの宝である。己の命が己で消費していい粗末なものでないことを、決して忘れるな。……ひとまず解散とする」


 彼らとの会話を通じて、証拠こそないもののレギオは正解に近いだろう思惑の推測ができた。

 解散して面々が出ていく中、レギオは1人思案を巡らせていく。


 一連の情報漏洩がテロリストによるものだとしたら、バラフミアの正規軍にも紛れ込んでいる可能性がある。もしくは、すでに超兵器を手に入れており、それが渡らないようにバラフミアの調査を妨害している可能性もあるだろう。

 あらゆる想定を立て、それに対抗する手段を構築していく。

 ルギアスの教えに従い、レギオは将の責務を果たすべく今後の作戦を思案していく。























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