要求

 降伏し、国籍を変える事を承諾し、クラルデンの皇帝に忠誠を捧げ臣民としてその庇護を受ける[服属]ならばともかく、捕虜というのをレギオは好かない。

 味方であれ、部下であれ、戦闘に犠牲はつきものとなる。それを止められる白旗や停戦要請は、どれほど圧倒的に優勢であっても可能な限り受け入れる。クラルデンの軍人ならば欲するだろう手柄と、そのために出る味方の損害。ヒルデに[過保護軍帥]などと揶揄されることもあるレギオは、天秤にかける前に手柄を捨てる選択をする。


 だが、捕虜には本国にて引き渡しが済むまで監視などをつける必要もあるし、そのための人員を割かれてしまう。それによる味方の被害が増す可能性もある。監視を殺しても脱走を試みる者も当然いるから、その被害が出る可能性もある。

 早々に処刑してしまうという手もあるが、戦利品は手柄を立てた部下の報酬の一つ。戦死を名誉とし、手柄を得るために戦場に立った軍人に、その戦利品を自身の一存で処分することはしたくない。


 だから、レギオは捕虜という選択をあまり好かない。

 皇帝に対する絶対的な忠誠を抱いているが、レギオ自身にとっては皇帝が第一であり、[忠義]に重きをおくという点は、敵であれ味方であれあまり評価しないのである。

 帝政クラルデンの臣民として皇帝に忠誠を捧げるというならば、保身目的だろうが金目的だろうが地位目当てだろうが、あまり気にせずクラルデンの臣民、つまり味方として認める。

 逆に言えば、どれほど高潔な人物であろうとクラルデンの皇帝に従わないというならば全て敵と認識し排除する。

 だからレギオは捕虜を好かず、服属を受け入れる。

 勇猛や栄誉、手柄を求めて戦場に立つ多くのクラルデンの軍人とは少し考え方が違うのである。


 今回はテロリストの介入の可能性も高いから、信用できないバラフミアの将兵に関しては、捕虜待遇は認めずカミラース星系からの強制退去を要求する。

 白旗を上げて通信に応じたヒストリカ級航宙巡洋戦艦の艦長を名乗ったハルコルという名の男に対し、レギオは簡潔に要求を述べた。


「こちらの要求はカミラース星系からの退去だ。出て行くならば見逃す、断るならば問答無用で沈める」


『捕虜にはしない、ということか?』


 ハルコルは驚いた様子だった。

 ハルコルたちはみたところ捨て石扱いされたようなので、捕虜待遇が殺されることを覚悟していたようである。

 しかしレギオが出した要求はただ[失せろ]というもののみ拍子抜けした様子だ。

 だが、レギオは無視して再度要求を述べる。


「もう一度言う。出ていけ。さもなくば沈める」


『白旗を揚げた相手を撃つのかよ。相変わらず野蛮な奴らだな』


「失せるというならば見逃す。拒絶するならば殺す」


『……チッ。聞く耳持たずか。出ていきゃいいんだろ!』


 ハルコルは取り合う隙を与えない2択を迫るレギオに負け、カミラース星系からの撤退を承諾した。


 捕虜の待遇は勢力により異なる。

 クラルデンにとって捕虜は戦利品の扱いとなる。たいてい奴隷か、役に立たなければ処刑される。

 クラルデンの奴隷階級は、臣民には当たらない。

 その階級は囚人以下であり、その用途は多岐にわたる。

 生体実験・薬物実験・医療関係の試験台などの実験台にされる場合。

 鉱山労働として、毒ガスや有害物質の汚染区域に対する安全確認のための判別装置や、危険地帯の発掘労働など、クラルデンの臣民にはさせられない労働力としての場合。

 危険生物排除の囮や、食用肉としての加工という肉を利用する場合。

 地雷除去など、戦場跡の危険排除に利用される場合。

 滅多にない例だが、愛玩用に利用される場合。

 ほとんどの場合が、道具として浪費される存在である。


 服属を受け入れればその地位はクラルデンの被征服種族の臣民として迎え入れられる。

 捕虜は戦利品、つまり手柄となるため、クラルデンでは服属を誓っても捕虜にすることも少なくないが。


 さすがにレギオもテロリストの可能性がある中で服属を認めるほど甘くはない。

 これでも退去か拒絶かの2択の選択権を与えている分、他の勢力から見ればどうかは知らないが、クラルデンの将としてはかなり温情のある要求である。

 そして、ハルコルとしても裏切り者となり故郷に残した家族を祖国に殺されるくらいなら、この場は逃亡の汚名を被り生き残ることで機会をうかがうことにした。


『名前を聞かせてもらえないか?』


「答えるいわれはない。失せろ」


 レギオは、問答をする価値など無いとハルコルの要求を跳ね除けた。

 即答されたハルコルはため息をついてから、回線を遮断した。

 2隻の艦艇は完全にルギアス艦隊に包囲されている。

 抵抗しても無駄であることは承知しているだろうから、このままカミラース星系から出て行くだろう。


 ……その時だった。






 ≡≡≡≡≡≡≡


「フォトンラーフの準備に入れ」


 無様な敗残兵。

 そんな評価が付きまとうことを覚悟し、カミラース星系からの撤退準備を進めるツラファント。

 隣でも、ツラファントとともに最後まで生き残れた駆逐艦が同様にフォトンラーフの準備に入るのが見える。

 汚名をそそぐ対象となるあの白銀の艦艇。

 せめてその姿を記憶しようと、目に焼き付ける。


「覚えてろよ、あの野蛮人……!」


 リベンジを誓い、フォトンラーフを敢行しようとした時だった。


 突如、隣の駆逐艦から集合要請コードがカミラース星系に展開していたバラフミア軍に向けて発信された。

 暗号化もされていない突然の集合要請。

 そんなものを打てば、どうなるかなど火を見るよりも明らか。


 直後、コードの発信を察知したクラルデンの艦隊の砲撃が駆逐艦を貫き、瞬く間に撃沈した。


「あのバカ、何考えてやがる!」


 最後の最後に凶行に走った駆逐艦。

 そのとばっちりは、当然ツラファントにも来る。


「急いで離脱するんだ!」


 無数の攻航艦からの砲撃が光る。

 慌ててフォトンラーフを起動し、宙域からの離脱をツラファントは試みる。

 何発か掠ったが、間一髪でフォトンラーフに成功。


 だが、その砲撃が掠った際に異常が発生したせいで、ツラファントは当初の座標と全く違う場所に出てしまった。


「な、なんだよ此処は……!?」


 そこは、見たことも無い白い空間。

 靄らしきものが周囲を埋め尽くしており、前方には謎の淡いピンク色の巨大な球体が浮遊している。

 レーダーも索敵システムも一切使い物にならない。


「艦長、此処は一体……?」


 困惑しながら尋ねてくる乗組員たち。

 ハルコル自身も初めての場所だ。わかるわけが無い。


「知るか……いや」


 その時、ハルコルの脳裏によぎったのは、船乗りたちの噂だった。


 ワープ航法が開発されるようになってから、指定座標に出られず、宇宙でも宇宙の外でも異次元でも無い、間のような空間があると。

 そこに入り込んだら最後、二度と出てこられない船の墓場。


 まさか……。

 しかし、現にツラファントは正常なフォトンラーフが実行できる状況では無い中を強行した。

 その結果、間に入り込んでしまってもおかしくは無い。

 単なる噂と思っていたが、ワームホールは未知の空間。間のような場所も存在すると考えられている。


「……結局、死ぬのかよ」


 艦長の椅子に、力なく崩れ落ちたハルコル。

 その様子を見た乗組員たちの不安が増していく。


「艦長、此処は……?」


「おそらく、ワームホール、外の宇宙の間の異空間だろう」


「船の墓場……!? そ、そんな……」


 ハルコルの言葉に、乗組員たちの間に絶望が伝染していく。

 入り込んだら最後、二度と出ることはかなわない。

 船の墓場の噂は、船乗りならば誰もが耳にするものだ。


「ど、どうすれば……?」

「おしまいだ……」

「船の墓場……」


 誰しもが項垂れ、こんなところで人知れず死んでいくしかない状況に気力を奪われる。


 ところが、突然ツラファントが前進を始めた。


 いきなり動き出した事態に、ハルコルが顔を上げる。


「おい、誰だ? 勝手に動かすな!」


 多くの乗組員はその場に項垂れたり俯いたりしている中で、ただ1人ツラファントを動かしている。

 後ろ姿なので背中しか見えないが、その制服は航宙長だったはず。


 しかし、それは小太りの体型が目立つニーグント人であった航宙長の後ろ姿ではない。

 航宙長に比べ、服装は同じだが痩せており、背丈もハルコルとほぼ同じくらい。

 髪は銀色で、その長髪から覗く耳は鳥の羽のように羽毛で覆われている。


「ヴィオランテ……!?」


 その名に反応して、航宙長に扮したそいつは、ゆっくりと振り向いてくる。

 赤褐色の肌に覆われた表皮。

 そして、勾玉型の3つの瞳孔が寄り集まっている奇怪な眼球。


 それは、バラフミア王朝にて絶滅されたと言われていた種族。癒しの血肉を有すると言われ、万年にわたる長寿の持ち主と言われる一方、逆に人の姿をしたものを喰らうことでその全てを乗っ取るとも言われている、謎多き存在。


 ヴィオランテが、立っていた。














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