意地
≡≡≡≡≡≡≡
「………これは!?」
「どうした?」
最初にその存在を感じ取ったのは、航宙長の姿をしたヴィオランテである。
突然、祈りを中断して別の方向を振り向く。
何事かと問うが、ヴィオランテは首を横に振る。
「わからない……けど、何かがこの空間に入ってきた」
「何か……?」
どうやらヴィオランテはこの空間に何者かの侵入を感じ取ったらしいが、なんであるかまではわからないとの事。
だが、ハルコルはそれだけで嫌な予感しかしなかった。
「まさかと思うが……」
アルフォンスがあれほど入念に調べていた遺跡からは、入口への道が見えなかった。
ヴィオランテがいうには、ここは別の空間と言ってもいい場所らしい。
ツラファントも下手をすれば虚の空間に閉じ込められそうになっていたところ、幸運でここに来た。
だが、その手の方法、意図的に空間をねじ曲げる手段を別の艦隊が有している。
「まさか、デーヴィット司令か?」
アルフォンスと対立する、カミラース星系に派遣されている4つの艦隊の1つを率いる艦隊司令、デーヴィット。
その艦隊に配属されたアストルヒィアから得た強力な兵器の1つに、[クラフト・バスター]という砲がある。
これは空間をねじ曲げる光線を放つ砲であり、空間を捻じ曲げて開いた異空間の傷が急激に修復される際に生じる重力場を利用し、正の性質を持つ通常空間と、負の性質を持つワームホールの間にして異なる世界、虚の性質を持つ空間でいわゆる[船の墓場]として有名な空間の境界を人為的に作成し、周囲の敵を含めたあらゆるものを飲み込んでしまうというものだった。
デーヴィットの性格は狡猾で知られている。
最後にあの駆逐艦が放った信号を仮にデーヴィットが受け取っていたとすれば、アルフォンス麾下の艦隊の生存など無視してリフレクター・バスターを放つだろう。
その際に生じた空間の歪みがクラルデンの艦隊を飲み込んでいたとすれば……?
幸運と奇跡、そしておそらくヴィオランテの協力があって、ここに来たツラファントが、この空間への跳躍方法が存在している事を知っている。
もしも奇跡というものがあるとすれば、それに飲み込まれた敵艦の一隻くらいがこの空間に落ちたとしてもおかしくはない。
「まさか……!」
クラルデンの艦艇の個艦性能は、野蛮人共の思考に合わせるかのように戦闘機能に特化している。
一対一となれば、同格の巡洋戦艦に分類されるユピリカ級攻航艦でもツラファントでは太刀打ちできない。
艦隊旗艦クラスの弩級以上の戦艦や、2隻以上の艦艇が入り込んでいるようなら、最悪の事態である。
「……マジかよ!?」
索敵システムの方を見てみれば、予感は的中。
デステリカ級らしき、間違えなく弩級戦艦クラスのクラルデンに識別される艦艇が一隻、射程圏外に入り込んでいた。
「クラルデンの弩級戦艦だ!」
「!?」
航宙長もその最悪の想定が的中した事に驚きの表情となる。
通常の方法では入れないだろうから、ヴィオランテとしても驚きの事なのだろう。
彼女が驚く姿を見るのは新鮮ではあるが、そんな事に気を回してはいられない。
とにかく敵艦がなんであるかを確認するべく、クラルデンの艦艇データと照合を試みる。
だが、想定外の答えが表示された。
「艦種は……なんだこれ、照合するデータがねえぞ。まさか、新型の弩級戦艦なのか!?」
艦種データに合致する艦艇が確認されない。
つまり、バラフミア王朝にとっては未確認の艦艇、新型のそれも弩級戦艦という事になる。
データがないとなると装備も予想できない。
弩級戦艦なら、衝核砲を備えていたとしてもおかしくはないだろう。
衝核砲を主砲に持っているとすれば、一撃掠るだけでも巡洋戦艦のツラファントは撃沈してしまう。
「白銀の艦艇……?」
「クラルデンの艦艇である事は確実なんだがな……」
艦種は不明だが、所属は間違えなくクラルデンの艦艇である。
「しかし、こいつどこかで……?」
しかし、同時にハルコルはその姿を確認した時、その白銀の艦艇に見覚えがあると感じた。
データに照合する艦艇は存在しない。
だが、ハルコルの頭の中には、同じシルエットの艦艇を確かに見たという記憶がある。
「いや、待てよ……!」
該当データがなければ、直近で接触した艦艇だと思う。
そう感じた時、ハルコルの中で合点がいった。
間違えない。
あれは、カミラース星系に襲来した100隻以上からなるクラルデンの大艦隊の総旗艦。
最後にハルコルが通信を交わした、あの白銀の艦艇だった。
「あいつか……!」
因縁を感じずにはいられなかった。
そして、それを知った時、あの無情な瞳が見せるアルフォンス司令の艦隊を一方的に葬り去った冷酷で非凡な蛮族の将の姿が頭に浮かぶ。
あいつには、この遺産を渡すわけにはいかない。
今この場であの艦艇を止められるのは、ツラファントだけである。
……やらせねえ。渡すわけにはいかねえ。
刺し違えたらこの遺産は封印できなくなる。しかし、刺し違えるほどの覚悟でもなければあの艦艇を倒す事はできない。
……それでも、あいつにだけは渡すわけにはいかない。
ハルコルは、操舵桿を握りめた。
単艦とはいえ、蛮族の侵入を許したことに航宙長は動揺を隠しきれない。
「ガイルの炉の封印の前に接触されるわけには……」
弩級戦艦が相手ではその戦力差は圧倒的である。
勝てるわけがない。
そう言おうとしたヴィオランテだったが、その前にハルコルが操舵桿を握る。
そして、ツラファントの艦首をクラルデンの艦艇へと向けた。
それが何を意味しているのか、ヴィオランテはすぐに察する。
「まさか……単艦で挑むつもりですか!?」
乗組員も部下も巻き込んで勝てるわけもない戦いに挑もうとするハルコルに、ヴィオランテが止めようとする。
それに対し、振り向いたハルコルは吹っ切れたような表情を見せた。
「言ったよな、命がけで全部手に入れるって」
「艦長……?」
前を向き直ったハルコルは、データはなくとも見覚えのあるそのクラルデンの弩級戦艦に向き直った。
「お前らにだけは譲れねえんだよ、ここだけはな!」
≡≡≡≡≡≡≡
敵艦は降伏勧告に応答しない。
ハルコルは戦う選択を覆さないらしい。
巡洋戦艦であるツラファントと、弩級戦艦のタルギア。
火力の差は歴然としながら、立ち向かうその姿勢。
無謀か、蛮勇か。
……それとも、何らかの勝算があるからこそ挑むのだろうか。
ハルコルの意図は不明だが、タルギアが球体に接近することを許さない様子である。
蛮勇、無謀、確かにその可能性が高い。
だが、レギオは確率が低くともリスクは可能な限り避ける主義である。
このような空間にとらわれることになったが、それでも彼の中の優先順位は変わらない。
「火力はこちらが圧倒的に上です。衝核砲の餌食にしてやりましょう」
まずは敵の戦力を把握する。
傲慢に足を掬われ配下を死なせる事があれば、それはレギオにとって変えがたい汚点となる。
油断はしない。
「敵艦の主砲の射程外から先手を打つ。3連衝核砲でいくぞ」
「
ヒストリカ級の主砲とタルギアの3連衝核砲では、その射程距離にかなりの差がある。
わざわざ敵の射程に近づいて戦う愚行を犯すつもりはない。
撃たれる前に一方的に殲滅する。
兵器の撃ち合いは、威力以上に射程がものをいう。
それは太古の時代より多くの先人たちの記録が残してきた確かな戦場の掟のひとつと言える。
「敵艦、射程圏内に到達」
索敵担当が衝核砲の射程に入った事を通達する。
それに首肯したレギオは、命令を発した。
「攻撃開始」
通常兵器においては、クラルデンにおいて最強の破壊力を有する衝核砲。
それを3つ組み合わせたタルギアの3連衝核砲が、ツラファント目掛けて放たれた。
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