出陣命令

 クラルデン大銀河。

 直径1億光年に及ぶ、9つの銀河において最大の広さを有する巨大な銀河である。


 その巨大な銀河は、一つの星系間国家によって統一されていた。


 惑星トランテスを発祥とするこの絶対君主制国家は、大銀河の名にちなみ国名を[帝政クラルデン]と称している。

 一時内乱により急速に勢力を衰えさせたものの、内乱とクラルデン大銀河の再統一の覇業から、統一帝の異名を持つ第三代皇帝アスラの時代にクラルデン大銀河の覇者として返り咲いた。




 そして今、亡き統一帝の後を継いだ第四代皇帝クレアのもと、帝政クラルデンは新たな時代を迎えていた。


 衰退の原因となった兆円銀河における宇宙連邦政府との戦争、そして国を無数に引き裂いた内乱の時代を経て、帝政クラルデンは9つの銀河の覇者に手が届きそうだったかつての栄光の時代を失った。

 そしてクラルデン大銀河の統一を果たし、再び最大版図を持つ国家としてその威光を取り戻しつつあったが、その内情はかつての栄光の時代とは程遠いものとなっていた。

 かつての英雄たちの多くは消え、皇帝直属の軍である[帝轄軍]を率いる最高位の将帥の地位[軍帥]の席は、現在12の座のうちわずかに4つしか埋まっていない。

 クラルデンの最盛期を支えたこの英雄たちは既に亡く、これらの地位は次世代の若き軍帥たち継いでいた。

 その1人であるルギアス艦隊軍帥の地位にあるトランテス人の元に、ある日皇帝からの勅命が届いた。


 その者の名は、レギオ。帝轄軍の一つ、ルギアス艦隊の軍帥の地位にある軍人である。

 彼は、クラルデンの発祥にして中核をなす種族トランテス人である。

 トランテス人の特徴である2メートルを優に超える体躯と、白い肌、そして頭に伸びる羊のようにねじ曲がった双角を持つ。

 彼は、トランテス人の中では穏やかな気質である。その顔立ちは、右目のすぐ下と左の頬に銃創がある割に、その内面を移すように冷静と静寂を映す繊細なものだった。

 そんな優男の顔つきと厚手の軍服で分かりにくいが、戦闘民族として知られるトランテス人の軍人である彼は、その高い身長に見合う逞しい身体つきをしている。


 レギオは、トランテス人の中ではかなり若く、本来ならば軍帥という地位には似合わない。

 そんな彼を若くしてこの地位につかせたのは、本人の高い能力だけではない。

 統一間もなく人手不足に陥り、能力主義の政策に転換した帝政クラルデンの体制改革。

 そして、初代ルギアス艦隊軍帥であり、クラルデンの全盛期を築いた二代皇帝バグラが親友と称し最も信頼したという英雄、ルギアスの実の孫という血筋にある。

 クラルデンの黄金時代を作り上げた英雄の孫であり、教え子でもある生粋の軍人。それが、レギオを軍帥の地位にこの若さで置かせる最大の理由である。


 クラルデンの絶対君主である皇帝の勅命。

 その知らせを受け、レギオはすぐに回線をつなぐように命令を出す。

 ルギアス艦隊の旗艦である[タルギア]の指揮所、そのメインモニターにある人物が映し出された。


丞相閣下プロストネミス……」


『久しいな、レギオ』


 映し出されたのは、帝政クラルデンの司法・治安・軍事機関のトップである、左丞相だった。

 軍事機関のトップではあるが、左丞相の権限が及ぶのは治安維持組織と中央、辺境、地方の軍であり、皇帝に仕える帝轄軍にはその権限が及ばない。

 地位こそ上とはいえ、皇帝の勅命でのみ動く帝轄軍における最高位である軍帥に対する命令権がある人物ではない。

 だが、統一帝の時代から仕える忠臣である左丞相は、アスラから直々に娘である現皇帝クレアを支えてくれと託された人物でもある。

 軍帥に対する命令権はないが、皇帝の側に仕えている立場から、軍帥に対して勅令を伝える役割を担うこともある。

 今回も、皇帝の勅命をレギオに伝えるために出た様子だった。


「陛下の勅命、ですか」


『然り。皇帝陛下よりルギアス艦隊に対し出陣命令が出された』


 不可侵協定の破棄により交戦状態となっているヒュペルボア星団の支配者ロストン合衆国との戦役に、ゴルザ艦隊とガトノ艦隊は従事している。

 それにより、現状艦隊戦力をすぐに動かせる帝轄軍はルギアス艦隊、そしてポラス艦隊となっている。

 シヴィナリー星系の制圧命令を果たし、さらに増強されたルギアス艦隊はいつでも動ける状態だった。

 それを考慮すると、今回の勅命は急ぐべき内容ということになる。


「何処の制圧を?」


 しかし、レギオは生粋の軍人である。

 皇帝の思惑がどうあれ、その勅命とあれば身一つで恒星に突撃するのも厭わない覚悟と忠義を常に持っている。

 何のためらいもなく命令の内容を尋ねるレギオに対し、左丞相は珍しくその強面をほころばせた。


『その軍人然とした物言い。亡き御祖父のようだな……』


「過分なる評価、恐れ入ります」


 一礼し、顔を上げたレギオに対して、綻ばせた表情を戻した左丞相は勅命の内容を告げる。


『陛下の勅命は、シャイロン星雲辺境、カミラース星系の制圧と古代遺跡の確保である。当宙域にはバラフミア王朝が頻繁に艦隊を派遣しており、これらの駆逐も任務の一つだ』


「カミラース星系……」


 その内容に、レギオは耳に入った噂が本当であることを確信した。

 クラルデンの軍人の中でもトップクラスの地位にある家系の出自であるレギオの元には、様々な情報が入ってくる。

 その一つに、最近のバラフミア王朝の動きに関する情報もあった。


 自由浮遊惑星テュタリニアの情報漏洩。

 サメット艦隊を宇宙連邦政府の外惑星防衛艦隊との決戦で失っていたバラフミア王朝は、テュタリニアの奪取を目的としたアストルヒィアと大規模な戦争に発展していた。

 物量において他勢力を圧倒するアストルヒィアにより、サメット艦隊という強力な戦力を失っていたバラフミア王朝は、劣勢に追い込まれているという。


 そんな中、テュタリニアの航跡記録から特に重要性が高く極秘に運用されていたとみられるデータが流れ出たという噂があった。

 それによれば、バラフミア王朝は劣勢の戦況にもかかわらず、シャイロン星雲辺境であるカミラース星系に何度も艦隊戦力を派遣しているという。

 その理由が、カミラース星系にて発見された古代文明の遺跡に、失われた古代文明の技術、ロストテクノロジーによって生み出された超兵器が眠るという。

 それを用いて、バラフミアはサメット艦隊に代わる決戦兵器を手に入れようとしている、というものだった。


 どこからそんな情報が出てきたのか。

 それが噂となりレギオの耳の届いたもの。

 バラフミアの遺跡調査団の一人が、にクラルデンへその情報を流したというものである。


 たった一つでも戦争をひっくり返す存在である古代文明の遺産。

 遺跡のことといい、それを奪取するのを阻止しろというものだろう。

 つまり、その噂が本当のことという確証だった。


 しかし、テュタリニアの情報漏洩といい、バラフミア王朝は他勢力に知られれば戦争に発展するだろう情報を立て続けに、それも大国に流した。

 まるで、バラフミア王朝が弱るのを狙っているように。

 どちらの情報も、漏洩させた人物は自殺していると聞く。

 噂が真実であったことを知ったレギオにとって、それは全く別の勢力の思惑が作り出した状況であるという予感がしていた。

 皇帝の勅命である。バラフミアにその超兵器を握らせるつもりも毛頭ないので、当然レギオには勅命に従いカミラース星系の制圧を行うことに異論を唱えるつもりはない。

 だが、まるで誘われているような、なんらかの思惑が作り上げたように見えるこの戦場は、バラフミアとクラルデンの単純な超兵器の眠る星系をかけた攻防戦とは思えなかった。


了解しました、丞相閣下クァンテーレ・プロストネミス


『陛下の勅命だ。その忠義、陛下に捧げよ』


 勅命を伝えた左丞相は、通信を切った。

 左丞相は決して暇な職ではない。統一間もないクラルデンにおいて、他にやるべきことは山積みのはずである。



「……………」


 カミラース星系とバラフミアにて暗躍する見えない思惑に関しては、こちらで対策を練るべきだろう。

 現状のバラフミア王朝では、起死回生にこの超兵器を頼りとしているならば、劣勢の戦況に反しカミラース星系に大規模な艦隊を送り込んでいることが予想される。

 クラルデンがバラフミアと戦を再開した場合、利を得ることができる存在は何か……。


 それらの対策と協議も進める必要があると、レギオは判断する。

 敬礼を解いたレギオは、艦長席に座る部下に命令した。


「2〜17番艦隊の司令官を招集しろ」


了解ですクァンテーレ


 タルギアの艦長がルギアス艦隊の各艦隊指揮官に対し、タルギアへの招集命令を出す。

 再び前を向いたレギオは、この戦況を作り出している存在に対し、まずは一人で思案を巡らせていく。







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