リベンジ
3連衝核砲がツラファントに向けて放たれる。
しかし、直撃コースを正確に放たれたその砲撃は、その途中で直進するはずの軌道が大きくそれてしまい、ツラファント背後にある空間の中心点と思われる謎の赤い巨大な球体に吸い込まれるように曲がってしまった。
立て続けに2発目、3発目が放たれるが、これらも直撃することなく巨大な球体に向かって軌道がそれる。
「……外れた!?」
衝核砲の砲手が驚愕の声を上げる。
一方でレギオはその明らかに異常な軌道を取る衝核砲と、その直撃を受けたのになんの反応もない謎の球体を見る。
「……星の類ではない。何だ?」
ツラファントもタルギアも航行には影響を受けていない。光線の軌道さえも曲げて飲み込むほどの重力を発生させているわけではないと推測できる。
理由は不明だが、衝核砲をこの安全距離で撃ち続けても無駄な砲撃になるだろう。
どういう空間なのかも把握できていない以上、こういう事態があろうとも適応するほかない。
「軍帥、これでは敵艦に攻撃を当てられません」
「落ち着け。まだ敵にとっては射程圏外だ」
ヒストリカ級航宙巡洋戦艦の主砲であるあの中性子パルスメーザーでは、まだこの距離を狙撃することはできないだろう。
こちらの攻撃が使えないとはいえ、まだ敵も攻撃を当てられる距離ではない。
「……艦速機構を減速に切り替えろ」
「
空間の性質も気になるが、タルギアにはほかにも攻撃手段がある。
向こうの砲撃も曲がるなどという保証もないので、ひとまず敵艦の射程に入らないように安全距離の確保を優先させる。
「衝核砲による攻撃は中断。後退しつつ、タルギアの射角をあの球体と敵艦の軌道に乗せる。艦速機構、反速に切り替えろ」
「
タルギアを後退させつつ、あえてあの球体の衝核砲を飲み込む謎の力を利用し、ツラファントに対して曲がる軌道で直撃コースを形成できるように砲撃データをもとに動く。
対してツラファントもレギオの狙いを読んできたらしく、艦体を動かしてその軌道に乗せないように動く。
「チョコマカと……!」
狙いが定まらず、衝核砲の砲手が悪態つく。
まだツラファントの射程圏に入っていないため、ソルティアムウォールの展開をする必要もない。
焦って外せばそれだけ敵にも思惑が伝わってしまうだろう。
接近すれば当てられるが、レギオはわざわざ敵の射程に入ることはせず、あくまで安全な距離から牽制を交えつつ衝核砲を放つように命じる。
「距離を詰められるな。牽制とともに射角の修正を行う。3連衝核砲、砲撃再開」
「
衝核砲を撃ちながら、砲撃の軌道を修正するデータの参考にする。
幸運でも一発掠めれば、通常のヒストリカ級航宙巡洋戦艦であればそれで沈めることができる。
射程圏外から一方的な砲撃を行いながら、同時にツラファントの疲弊を誘いにかかった。
射角を修正しながら、ツラファントに向けて衝核砲を連射する。
しかしハルコルという名の敵将による巧みな采配なのか、衝核砲の砲撃をかわし続けながら距離を詰めようとしていた。
「狙いが定まらねえ……!」
「軍帥、艦艇が影響を受けないならば、光学兵器にのみ作用する性質と思われます。亜光速誘導弾による攻撃を」
焦れてきたのか、砲雷長が具申をしてきた。
しかし、誘導兵器のロックオンシステムは何かの妨害電波に類するものが覆い尽くしているのか、通信を含めて機能しない様子である。
索敵システムに影響がないのが幸いだろうが、通信ができないということは味方の増援を呼ぶこともできない状況にある。
空間といい、あの球体といい、わからないことも多いが、まずは目の前の目標を殲滅するべきである。
誘導兵器が使えないならば無誘導の質量兵器を持ち込む必要があるだろう。
レギオは主砲の操作桿を握ると、大口径コイルガンの砲角度を動かした。
「亜光速誘導弾は必要ない。大口径コイルガンで狙う」
「
確かに、衝核砲などの光学兵器のみに作用することを考えれば、重力場よりも納得がいく。
実際、艦艇は互いに精密機器も含めてあの赤い球体の影響を受けていないらしい。
大口径コイルガンならば、威力も十分な上に、誘導性能も持っていない砲弾である。亜光速誘導弾と同様に、あくまで推測だが空間の影響を受ける可能性が1番低い。
レギオの腕ならば、タルギアが動いている中でも正確に敵艦に直撃するコースを見切ることができる。
「……………」
無言で砲撃命令のコードを打ち、大口径コイルガンをツラファントに向けて発射した。
……だが、確かに直撃コースを突き進んでいた巨大な質量砲弾は、ツラファントに直撃する寸前にまるで幻のように消えてしまった。
「質量弾……消滅!?」
報告した索敵担当の動揺した声が指揮所内に響く。
他の乗組員たちも動揺している。
質量弾は、消失した。衝核砲のように軌道が曲げられたわけではなく、突然消えたのである。
「……落ち着け」
衝核砲といい、非現実的な事象にタルギアの乗組員たちが混乱する中、別の索敵システムを用いて解析をしていたレギオはわずかな時間でそのカラクリを看破していた。
乗組員たちに落ち着くように指示を出し、索敵担当にそのデータを送る。
「軍帥、これは……?」
「熱源探知による索敵システムの解析映像だ。質量弾の喪失は、敵艦の前方に発生した高熱により蒸発した」
なぜ突然そのような現象が起きたのかは不明である。
しかし、現に突如としてツラファントの前方に出現した次元峡層にて発生した高熱により、質量弾が瞬時に蒸発してしまった。結論を言えばこうなる。
タルギアに向けてそれを使用していないとなると、この空間に偶然発生した何らかの現象が起こしているのかもしれない。
レギオとしてもこの謎の空間は初めて見る世界なので、何が起きたとしてもおかしくはないと割り切っている。
「……大口径コイルガンも無駄となると、やはり衝核砲で狙い撃ちするしかないのでしょうか?」
「いや、故意に起こせる現象ならばタルギアに直接放てばいい。それをしてこないとなると、連中の意思によらない何らかの偶然による現象か、もしくは攻撃手段として使用できないということだろう」
次元峡層が発生したということは、高次元世界の現象を干渉させていることになる。
通常、自然に次元峡層が発生することはありえないため、この空間の独特の現象か、ツラファントが発生させたという可能性の2つに1つが正解だろう。
次元峡層の影響か、索敵システムも熱源の正確な温度の測定は不能だったが、一瞬であの巨大質量弾を消すとなるとガントレイド砲並の熱量を有している可能性がある。
それを有していると仮定すれば、直接タルギアを狙うはず。
「亜光速誘導弾を無誘導で放つ。それに対応できるかどうかで、判別はつく。軌道データを出した」
次の攻撃で、ツラファントによるものか、空間特有の現象によるものかをはっきりさせる。
「
レギオから受け取ったデータをもとに、ツラファントに対する直撃コースで無誘導の亜光速誘導弾を発射する。
加速信号を受信してツラファントに狙いを定め加速した亜光速誘導弾は、しかし今度はツラファント自身の放つ主砲に撃ち抜かれて破壊された。
「亜光速誘導弾、破壊されました!」
「……………」
「やはり偶然か! 次弾の発射準備–––––」
「待て」
敵が迎撃したことで単なる偶然の現象によるものだと判断したらしい砲雷長が、すかさず次の亜光速誘導弾を発射しようとする。
しかし、それをレギオが止めた。
困惑しながらレギオの方を向く砲雷長に対し、レギオはそれを無視しながらツラファントの持つ手札に思案を巡らせる。
判断が難しいところだが、使用できる範囲に限りがあるか、もしくは制約のようなものがあると仮定すれば、あり得ないことではない。
むしろそれに調子付き、迎撃しにくいように接近を試みてさらなる攻撃を加える瞬間を狙っているのではないだろうか?
先ほど亜光速誘導弾を迎撃したツラファントの主砲は、その出力がレギオの知るヒストリカ級航宙巡洋戦艦の主砲に比べ、かなり高かった。
その上、射程も相応にあるようで、衝核砲よりは短いが、しかし亜光速誘導弾の迎撃が難しいだろう距離まで近づくと圏内に入るほどはある。
ソルティアムウォールを使用すれば接近も可能だが、敵艦の装備に関して情報が不足している中接近を試みるのはリスクが高い。
勝敗も重要だが、レギオにとっては配下の安全が優先される。リスクを冒すつもりはない。
トランテス人が特に好む接近戦の判断は取り下げ、衝核砲によるアウトレンジ攻撃に集中する。
「衝核砲の攻撃に切り替える。敵の主砲の射程も長い。近づかせず、衝核砲の攻撃角度を確保しろ」
「
たとえ意見具申を却下されたとしても、レギオが勝利を捨てることになっても配下を重んじる将であることを知っているタルギアの乗組員たちは、その判断を信じるし不平を漏らさない。
「操舵を代われ」
大口径コイルガンによる狙撃を諦めたレギオは、その手に握るのを主砲の操作桿からタルギアの操舵桿に代え、謎の球体に引き寄せられることで変わる衝核砲の射線にツラファントが狙えるように、しかし距離を詰められないようにタルギアを操作する。
「ソルティアムウォール4番並びに5番を展開しろ」
次元峡層が偶然発生する空間特有の現象と仮定すれば、どこから現れるかわからない。
念のため、ツラファントと睨み合う左舷の反対側、右上部と艦体下部にソルティアムウォールを展開するよう命令を出し、ツラファントに対峙する。
一方的に攻撃できる間合いを譲らずに味方の攻撃も支援し、その上でタルギアの周囲に起きるかもしれない現象にも目を光らせる。
不眠不休の疲労が隠しきれていないが、変わらぬ無表情のまま神経をすり減らされるような巨艦の操舵を続ける。
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