脳内で相談中
「へぇ、マイちゃん、私が式神だってわかるの?」
ベッドに腰掛けたまま、愛らしく桔梗が微笑む。白い花嫁のような和服姿。和服姿で窮屈だろうに、そんな感じは微塵もしない優雅なしぐさだ。
私は、空になったチューハイの缶を水洗いして、冷蔵庫からおかわりに手を伸ばした。
「……否定してほしかった」
ついポツリと、そう呟く。
「この年で異世界トリップとか、マジ、やめてほしかった」
他人様のまえで、恥ずかしげもなく言うセリフではないが……相手は式神なので気にしない。
私は頭を掻いた。
「それに、どうせなら西洋風の乙女ゲーム風の世界とかが良かったなあ。 化け物が闊歩する世界ってあり得ない」
田中の知識、意識によれば『化け物』なるものは、認知されていない。
世間の幽霊や妖魔の類についての考え方は、ほぼ鈴木の世界と変わらない。田中は、化け物なんていないと思っているが、目の前にいるのは、式神の美少女だ。
「ふうん。もうひとりのコは、異界の子なのね。異界渡りが連れてきちゃったのかな」
桔梗が小首を傾げる。
「不幸な事故だったわね」
そう結論付ける。
って。
「いや、過去形にしないで。なんとか助けてくださいませんか? それから、えっと。どうして貴女、ここにいらっしゃるの?」
「うーん。残念だけど諦めて。異界渡りなら可能かもしれないけど、アレ、意志疎通不可能だし。そもそも、アレは人の魂を食うために界渡りしているの。だから、あなたはエサなのよ? もう一度会ったら、今度は喰われて終わりじゃないかしら」
あまり嬉しくない情報を桔梗は教えてくれた。その情報は少しというかかなり、ショックな情報だ。
「それから。私がこの部屋にいるのは、いつものことよ。この部屋、居心地がよいのよね」
「え? いつもって、いつも一緒にいたってこと?」
私は驚愕する。私(田中)に身に覚えは全くない……が、そう言えば、寝ていると妙に身体が重かったりすることが、多々あったような気がする。
「桔梗さんは、如月悟さんの式神さんでしょ? なんでこの家にいるの?」
桔梗は私の顔を見て、ぷっと笑った。
「だって、悟さまの部屋、居心地悪いのよねー。そこら中にいろんな陣が張ってあるし。しょっちゅう女連れこむし」
「……。」
「いちいち、ヒト型に戻してくれれば、話は簡単なのよ? でも、悟さま、私を使用人代わりに使っているから、私としても居場所に困るわけよ」
なるほど。と思う。小説でも、桔梗は悟の食事の用意や部屋の掃除などをしている描写があったような気がする。
「さすがにあまり遠いと、呼ばれると厄介なのよね。距離的にもマイちゃんのおうちがベストってわけ」
我が家は、式神さんの控室扱いなわけね。
「でも、見えるようになっちゃったってすると、ちょっとばかり厄介よね。見えるひとから姿を消すのは、こっちも力を消費しないといけないから。プライバシーがお互い守られなくなっちゃう」
「……この部屋に来ないという選択肢はないのでしょうか?」
私の言葉を、聞いているのか聞いていないのか。小首を傾げながら、桔梗が立ち上がった。
「あ、悟さまが呼んでいるわ。じゃあね、マイちゃん。また来るわ」
「……また?」
「今日は、違和感多いと思うけど、そこまで同調しているのだから、明日は魂同士、ずいぶん馴染むと思うから」
言いたいことだけ言うと、桔梗は立ちあがり、ふわりと壁の中に消えていった。
桔梗が消えてから。私は酒を飲んでいるのに、酔って逃避することもできず。
頭の中であるが、鈴木と田中で、情報交換をすることにした。
この際、ややこしいので鈴木を私、田中を田中と呼ぶ。(もちろん、田中は身体の持ち主であり、そう言った意味では私という一人称は、田中のほうがふさわしいのではあるが)
正直、田中の人生は恐ろしいほど私と酷似している。
違うのは、私が青春をささげた小説は『闇の慟哭』だが、田中の青春は『青の弾丸』というハードボイルドSFだということくらいか。
収入も、学歴も、それこそ家財道具も大差はない。食の好み、服の好みなど、他人とは思えないくらいだ。
そもそも、この世界は本当に『闇の慟哭』の世界なのだろうか?
如月悟、そして、式神の『桔梗』。そして、隣人の田中。
そもそも、小説であるから『顔』をみて確信が持てない。『闇の慟哭』は、一般書籍であるから、挿絵などはまったく入っていない小説である。文字で書かれたものだけを手掛かりに、正確に同じ人物をイメージするには、その人物を知っていなければ、かなり難しい。例えば、小説がドラマ化された時、当てられた俳優が『当たり役』と大半の人間が思ったとしても、「なーんか違うのよねー」と思う人は必ずいる。
小説の実写化と考えれば、先ほどの如月、桔梗は、私としては「うん、イメージ通りだね!」という感じではある。
田中については……誰も気にしないから、どうでもいい気はする。そう思うと、ちょっと田中の意識がへこんだ。
「しかし。仮に、この世界が『闇の慟哭』と同じもしくは類似した世界だったとして」
私に、元の世界に帰るすべはあるのだろうか。
ここで、『闇の慟哭』第一話『異界渡り』について説明しよう。
冒頭で、隣人田中を襲った『異界渡り』は、如月に撃退されるも、界渡りをして逃れる。ちなみに、如月は政府の秘密機関『防魔調査室』に勤めており、国民に秘密裏に妖魔退治をしているが、まれに個人的にも依頼を受け化け物退治したりもする。
話を戻そう。第一話については、その後、政府の依頼で如月は『異界渡り』の追跡調査をする。その調査の途中、同じマンションの『雪野さやか』がストーカー被害にあっていて、如月に救われる。そして、そのストーカーの犯人は、彼女に近づくための手段として、『異界渡り』をこの世に召喚した男であった。最後は男が『異界渡り』に取り込まれ、如月は男もろとも『異界渡り』を倒すのだ。
正直、この第一話に、田中舞が出てくる要素はもはやない。
この話が現実だとしたら、私としても、わざわざストーカー事件や妖魔退治に積極的に関わりたくはない。
しかし。私の魂が、田中の中に入った原因が『異界渡り』にあるとしたら。
やはり、帰るには『異界渡り』に遭遇するしかないのではないか。
ストーリーの時系列的に、まだ如月と雪野さやかは接触していないと思われる。
――明日、一度、如月悟に会ってみよう。
ついでに桔梗が、田中の家を控室扱いしている点についても抗議しなくては。
――ああ、それにしても。
ここが『闇の慟哭』の世界ならなおさら。
「最終巻、読んでおきたかった……」
私は思わずそう呟いた。
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