バラの花束
※アフター麻衣。如月視点。時系列は、第五章になります。
「でもさあ、如月。言いたくないケド、彼女のアンタへの好意って、芸能人に会ってうれしい! ってレベルの好意なんじゃない?」
あの日から、ほぼ三か月がすぎた。
仕事が終わり、防魔調査室の休憩室で、コーヒーを飲んでいると、杉野は俺にくぎを刺すようにそう言った。
「さすがに、そこまでってことはないと思うけど」
柳田は、そんな杉野をみながら首を振った。
「何が言いたい?」
俺は、硬いソファに腰掛けた。
「お前はさ、積年の想いが降り積もっているけど……どうも、俺には彼女へお前の想いが伝わっているようには見えない」
それは、悔しいが自覚はある。どこか、暖簾に腕押しをしているような、手ごたえのなさだ。
「やっぱり、マイは、あの同僚が気になっているのか」
駅で待ち合わせた時に彼女と歩いていた男の姿が脳裏に浮かぶ。実直そうな青年だった。
もしそうなら、絶対にかなわない、と思う。
俺が女に溺れていた過去を、田中舞は当然、知っている。
鈴木麻衣が小説でどれだけ俺のことが好きだったかはしらないが、作られた世界の俺は、現実の俺より人間が出来ているに違いない。どう考えても、マイナスポイントのほうが多そうだ。
それに、嫌われてはいないとは思うが、逃げられているような感覚はある。
手を伸ばしても、彼女との距離はいっこうに縮む気がしない。
「あんたさあ、女を本気でオトシたことないでしょ」
杉野が呆れたように、俺を見た。
「マイさんみたいな真面目な子は、流し目一つで、ベッドに倒れ込んでくれるわけじゃないのよ」
「杉野、おめー、もう少し、言葉を選べ」
柳田が苦笑する。
「まあ、マイちゃん、俺たちを嫌っているわけじゃないし」
「あ、さりげに、『俺たち』って言った! 柳田、あんたも、マイさんに魅かれている訳?」
「わ、杉野、そこ突っ込むな! 如月の機嫌が悪くなる!」
柳田が慌てている。
「あれだけ霊的魅力が高いとねー。一緒にいると、好きになっちゃうわよね。私も、この前のことで、マイさん気にいっちゃったもの」
「お前が言うと、マジで、百合っぽいぞ」
眉をしかめる柳田に、杉野はニヤリと笑う。
「何よ、ふたりともヘタレのくせに。ボーっとしていると、他の男にかっさらわれるわよ。私は親友ポジションってやつを狙うから」
俺は首を振った。
高い霊力を持ち、充分に戦えるのに、マイは今の仕事を辞める気はない。
それは、あの同僚が関係しているのかもしれない。そう思うと俺の心は嫉妬で膨れ上がる。
「如月?」
柳田が心配そうに、俺に声をかける。
「帰る」
俺は、そう言って片手を上げた。
会えないまでも、家に帰って彼女の気配を身近に感じたかった。
エレベータの扉が開くと、男が、マイに花束を渡しているのが見えた。
会話はよく聞こえないが、男は、マイの手をとり、口づけをしている。
心臓が凍り付く。
片手を上げ、俺の横を通り過ぎる男。茶色の髪で、タキシード姿。ホストのようにキラキラした雰囲気で、男の俺が見ても、二枚目だ。
マイは、紅色のバラの花束を抱え、放心したように、俺を見た。
「マイ、どうした? その花束」
「えっと、頂きました」
死ぬほど恋焦がれている……確か、そんな花言葉のバラの花束。それを、彼女はあの男から受け取ったのだ。
「さっき、すれ違ったホストみたいな男か?」
「たぶん」
告白のバラの花束を手にしているくせに、マイはのほほんとしている。
「誰?」
「占い師です。本業は呪言師だそうで。先日、占いに行ったら、スカウトされました」
占いでスカウト? 俺は耳を疑う。彼女が、俺の顔を見て後ずさりをした。
「断りましたよ。もちろん」
彼女は慌ててそう言った。あまりにも的外れなマイの答えに、俺の中で、ふつふつと行く当てのない怒りが込み上げる。
「何故、家を知っている?」
「占いの受付で住所を書いたから?」
相変わらず、マイは無防備だと思い、ため息が出た。
「呪言師のスカウトに、紅色のバラの花束?」
つい詰問調になる。
彼女の顔が苦痛に歪む。
その時になって初めて、俺は気が付いた。
俺の嫉妬に狂った霊力が、赤の絆を通じて流れ、彼女に苦痛を与えていた。
「ごめん」
俺は、マイの鎖骨に触れる。
「最低だな、俺」
彼女の顔がマトモに見られない。
彼女は気が付いていないかもしれないが、今のは、完全にDVだ。
マイに無許可でつけた、赤の絆。
彼女を守るためだと言い訳をしていたものの、結局のところ、彼女に対しての所有欲を抑えられなかっただけだ。
俺は、首を振り、部屋に入った。
「おい、何、葬式みたいな顔、している?」
柳田に注意される。自覚はある。昨夜はよく眠れなかった。書類の束を繰りながら意識を集中させようとしているのに、上手くいかない。
「郡山の使った術の断定できたか?」
柳田の言葉に、俺はいくつかの書類を抜き出した。
「霞言流か、朧、もしくは、不知火ってあたりだとは思うが、なにぶん、素人の付け焼刃だ。自己流の部分もかなりあるから、断定は難しいな」
俺は、各流派の資料を見比べる。
「郡山は、素人だが、資質は充分にあった。特定流派に属していない分、発想が柔軟だったようだな」
マイと、政治家の左門家をターゲットにした霊的事件の犯人である、郡山は、少なくとも霊能力集団に属していた経歴は見当たらない。本人の自供や調べによれば、館林(たてばやし)という男に、呪術書を勧められて購入したのがきっかけらしい。
館林の指導の元、郡山は呪術にハマっていったらしいが、この、館林と言う男の身元がなかなかつかめない。
「霞言流は、最近、後継者でもめているらしい」
柳田が、ふうっと息をついた。
「ま、どこの流派も、大きいところはよく揉めるから、郡山の件とは関係なさそうだが」
「そう言えば、左門は、不知火と交流があったな」
俺がそう言うと、柳田が頷く。
「防魔調査室への依頼は、不知火経由だった。ということは、不知火は白か?」
「どうだろう? まず、館林を見つけないことには、何ともいえんな」
「物見の陣は、使えるか?」
「ここでは無理だ。手がかりも少ない。家でなら……」
言いかけて、俺は、またマイの姿を思い浮かべた。
自分の身勝手さに恥じ入りながらも、彼女が他の男のものになるという恐怖が、頭の中をぐるぐる回る。
「どうした? 如月」
不審そうに、柳田が俺を見る。
「マイが求愛されている現場を見た」
ぼそり、と呟いた。
「まさか、マイちゃん?」
「いや、ひょっとしたら、マイは、気が付いていないのかもしれない」
マイの、キョトンとした困ったような顔を想い出す。
「紅色のバラの花束を抱えて、占い師にスカウトされたと、言っていた」
柳田の目が呆れたように見開く。
「マジか?」
「……たぶん」
俺は首を振る。
「相手はどんな男だ?」
「ホストみたいな二枚目だった。呪言師だそうだ」
「へえ。ご同業さまか」
柳田は目を細めた。
「バラの花束で告白ねえ。実在するンだねえ、そんな人種」
信じがたいほどキザであるが、あの男はそれがサマになっていた。
マイに限って、そんなことはないとは思いつつ、あんな男にあんなふうに迫られたら、落ちない女はいないのではないかと思う。
「柳田、これ、新しい保護観察リストな」
通りかかった田野倉が、ヒョイと紙束を柳田に渡す。
「あれ? マイちゃんの名がないケド…」
「ばーか。防魔調査室にスカウトしている人材を保護観察リストに置いておけるわけないだろ?」
田野倉は呆れたようにそう言った。
「早く、マイちゃんを連れて来い。お前らばっかり狡いぞ、そもそも、田中舞は俺の担当だったのに…」
ぶつぶつと田野倉は呟く。田野倉は、俺と柳田が担当になる前に、舞の担当だったから、マイへの関心が高い。
「あら、また、マイさんの噂? もう、如月、早くこっちに就職させちゃいなさいよ」
杉野がくすくすと笑いながら、そう言った。
「――俺が言ってどうこうなるものじゃない」
言いながら、俺は杉野を見上げた。
「なあ、杉野、お前、男から紅色のバラの花束を渡されたらどう思う?」
杉野は目を丸くした。
しばらくの間が空いて、彼女は噴き出し、大爆笑をした。
「ちょっと、何、その少女漫画シチュエーション!」
ケラケラ笑いながら、俺の肩をどんどん叩く。
「ま、アンタなら、似合うかもしれないね。やるだけやってみたら? マイさん超ニブだからそれくらいやったほうがいいかもしれないわ」
笑い転げる杉野に、柳田がコホンと咳ばらいをした。
「杉野、如月の話じゃない。それをマイちゃんにやった男がいたらしい」
「え? マジ?」
杉野は顔をこわばらせた。
「それで、マイさんは?」
「……断った、とは、言っていた」
「ふうん」
杉野は首を振った。
「その言葉が、信じられないの?」
俺は、言葉に詰まる。
「しっかし、マイさんはともかく、アンタ、どーしてそんなに自分に自信がないの? 妖魔相手みたいにグイグイ行けばいいじゃん。一応、世間一般では、ハイスペックな部類だと思うし」
杉野は呆れたように、そう言った。
「目が暗い! 他の男に色目使われたくらいで、鬱に入らないでよ、鬱陶しいなあ」
「杉野、言い過ぎだぞ」
「だって、柳田」
「いいから、ちょっと来い」
まだ何か言いたげな杉野を、柳田が引きずるように俺から引き離す。
俺は、大きくため息をついた。
館林と言う男が置いていったという、名刺を借り受けることが出来ることになった。
名前と、メールアドレス、携帯番号の他には、何も書かれていない。
メールアドレスも携帯番号も既に解約されていた。
僅かな霊力の残滓でもあれば、霊視は可能かもしれない。
俺は、柳田とともに、弁当を買い、自宅へと向かう。途中、なぜか、柳田がケーキを買うと言いだした。
理由を問うと、「マイちゃんの様子を見に行く口実」と言われ、その心づかいのきめ細やかさに、俺はまた自分の至らなさを痛感する。
マイのうちに上がり込み、食事の支度をしながら、台所に昨日のバラが大切に活けられているのに気が付いた。
胸がチクリと痛む。
お茶を入れるのを桔梗に任せ、マイが俺たちの傍に座るのを見て、「言っておくことがある」と、柳田は話を切り出した。
「マイちゃん、『保護観察リスト』から、外れることになったから」
「保護観察?」
「『防魔調査室』は、妖魔に襲われる危険度の高い人物をリストアップしているのだけど、マイさんは、立派な霊能力者だから、保護観察リストから外すことに決定したの」
杉野の言葉に、マイはキョトンとした顔をする。
「つまり、如月さんの監視下でなくなるということですか?」
「一応そういうことにはなるかな」
柳田が、俺の顔を見た。何か言いたげだ。
「悟さまが、マイちゃんを守るの、仕事じゃないから」
桔梗がにっこり笑いながら、口をはさむが、マイは、柳田の言葉に納得したように頷いた。
「でも……私、自分で自分を守れるようにならないといけませんね」
まるで、決別を決意されたかのようなセリフに、俺は不安になる。
「マイは、俺に守られるのは、迷惑なのか?」
「迷惑って……私の方が迷惑をかけてばかりだと思いますけど」
マイは、困ったように首を傾げた。
「あー、まどろっこしいなあ。いい大人のくせに、イライラするっ!」
杉野が突然、そう言って立ち上がった。
「如月も、欲しいなら欲しいで、さっさと押したお――」
杉野の口を柳田が慌てて抑えた。ハグハグと声にならない杉野が暴れる。
「へ?」
「あー、悪い。杉野はちょっと品がないンだな。男社会が長いとダメだねー」
ヘラヘラと柳田が取り繕うように笑う。杉野の視線が不満げに俺を睨む。
言いたいことはわかる。俺の優柔不断な態度が、一番いけないのだろう。
その後、マイに、例の小説の話を聞くも、『結論を知らないから』と歯切れが悪い。
桔梗の話をきっかけに、柳田は、さりげなくマイに問いかけた。
「参考までに、どんな奴? バラの花束持ってくるキザ男って」
「ホストみたいな感じの、茶髪の二枚目です。占い師で、本業は呪言師だそうです」
「バラの花束で告白する人種って、実在するのねー」
杉野が感心したようにそう言った。俺には大笑いしたくせに、随分と態度が違う。
「……付き合うのか?」
視界の隅に、花瓶に活けられたバラの花が見えた。
「いえ、断りました。断ったつもりです」
マイは、はっきりとそう断言する。
「でも、住所だけを頼りに花束持って突撃しに来たって、相当、情熱的よね」
杉野が面白そうにそう言った。
「情熱的かなあ。二枚目のくせに、私に交際申し込むって、それだけで怪しくないですか?」
いつもながら、どうしてそういう発想になるのか、理解に苦しむ。
「そういえば小説だと、私、バラ男と付き合うみたいだったな」
ぼそりと呟いたマイの言葉が俺の胸をチクリと刺した。
「男の名前は?」
俺は、思わず、そう聞いた。
「日野陽平ですが……どうかしましたか?」
「住所を知られている以上、用心した方がいい。家に帰る前に俺に電話を入れろ。桔梗に様子を見させるから」
「心配しすぎでは?」
「マイは、トラブルに巻き込まれやすい癖に不用心だ。ストーカー体質の男だったらどうする?」
マイは、納得したように頷いた。
「私にいわせりゃ、如月も、アブナイ奴だとおもうけどねー」
杉野が、俺の本心を見透かしたように、そう言った。
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