マイとともに

※五章、湖畔デート~界弾き をメインの如月編です。

一部、割愛しているので、話が飛んで読みにくいかもしれません。


時間が遅いということで、杉野を帰し、柳田と俺は、俺の部屋で物見の陣を張ることにした。

「あ、思い出した!」

 術の用意をしていると、柳田が、突然大声をあげた。

「どうした?」

「バラ男! 日野陽平、だったよな?」

 柳田は、そう言って、鞄からノートパソコンを取り出した。

「こいつだろ?」

 霊能力者のファイリングの資料を開く。茶髪の端正な顔の男の顔写真と経歴が表示された。その顔は、俺の記憶と一致した。

「霞言流の、お家騒動の原因になっている男だよ」

 柳田はそう言った。

「霞言流の家元は、春日井桔平(かすがいきっぺい)。跡継ぎは、息子の義彦(よしひこ)ということになっているが、日野は、桔平の妾の子だ」

「妾ね……」

「これが、明らかに義彦より出来がいいらしい。義彦は、まあ、中の上って程度の霊能者らしいが、日野陽平は、桁違いという噂だ」

「ふむ」

「普通に考えれば、日野陽平が霞言流を束ねるほうがいい。霊能力集団と言うのは、実力社会だからな」

 柳田は言いながら、首を振る。

「問題は、春日井桔平は、入り婿だ。ようするに、日野は、霞言流の直系の血を引いていない」

「ふうん。由緒正しきお家柄と言うのは、面倒だな」

「お前が言うか?」

 柳田が苦笑する。

「うちは、そもそも、霊能力集団など率いてない」

 あっちが大企業なら、こっちは個人経営の自営業みたいなものだ。

「日野が、マイに絡むのは、お家騒動がらみか?」

「……どうだろう? マイちゃんをものにしたところで、継げる訳でもないだろ。春日井家としては、義彦に継がせ、日野に補佐をさせたいみたいだ。下についている人間は、いくつかの派閥に分かれているらしいが」

 柳田は首をすくめた。

「日野派は、春日井家の血筋の人間を日野に嫁がせ、後を日野に継がせるという案もあるらしい。案外、日野自身に政略結婚を回避したいという意図はあるのかもしれない」

 バラの花束を持って告白するくらいだ。もちろん計算しての行動ではあろうが、案外、恋愛に夢を持っているタイプなのかもしれない。

「日野の話は、置いておこう。まずは、仕事だな」

 俺は、館林の名刺を陣の中に置く。

 部屋の明かりを消し、ろうそくをともし、座禅を組む。

 名刺に残る霊波の残滓をたどる。

「見えた。若いな」

 ぼんやりと物見の鏡に男の姿が見える。郡山から聞いた人物の特徴と一致する。

「どこだ?」

 どうやら自宅のようだ。開いたPCをみつめている。

 リビングのテーブルの上に、ダイレクトメール。

『夏八木 篤』という名が記入されている。柳田が俺の横で、住所と名前のメモを取る。

 書斎と思われる本棚には、呪術書がならんでいた。

 俺は、片手で鏡面を払い、術を打ち切った。

 部屋の明かりをつけ、桔梗にお茶を入れさせる。

「どうする?」

 俺の問いに、柳田が首をすくめた。

「明日は、朝一でこの住所の確認だな」

 ふうっと柳田が息をついた。

「しかし、名刺一枚でよく、引っ張り出したな。お前の霊力には、恐れ入る」

 俺はそっと首をすくめる。

「マイが近くにいると術の安定度が違う。暴走の危険が格段に減るから、安心して術が使える」

 マイの霊的魅力によって作られる『場』のなかでは、俺は自分の限界値まで神経を研ぎ澄ますことが出来る。

「お前、それ、マイちゃんに言ったら?」

「ダメだ。そんなことを言ったら、俺がマイを気にかけるのは術のためだって、勘違いする」

 マイは、相手の好意を恋愛以外のものだと変換するのが大得意である。

「ふう。確かに否定できないな。彼女、自分はただの隣人だって言い張っているからなあ。隣人には違いないが、お前が隣人にしたことは知らないから、仕方ないが。しかし、杉野じゃないが、まどろっこしい」

 柳田は深く息をついた。



 その日は、大忙しとなった。

 夏八木篤という男は、霞言流の末端の一派で、昨今、暗躍している『幻視』のメンバーだった。

 午前中に居場所を確かめると、午後は、夏八木の身辺調査をし、夕刻には、夏八木を逮捕。

 その後は、家宅捜査へと次から次へと、仕事が続いた。

「悟さま、大変! マイちゃんが倒れちゃった」

 本部に戻り、夏八木の家から押収したものを確認していると、桔梗が血相を変えてとんできた。

「よくわからないけど、たぶん……霊傷がある」

「マイが?」

 俺は、押収品にうずもれながら、俺は顔を上げる。

「如月、悪いがダメだ。仕事が終わってからにしてくれ」

 真田が苦い顔で俺を見た。

「桔梗、悪いが、今日は戻れそうもない。明日の朝には顔を出すから」

 事はスピードを要する。せっかくつかんだ『幻視』のしっぽである。時をあければ相手は必ず、「しっぽきり」をして、本体にたどり着かない。

「杉野、代わりに……」

 ファイルの束を持って歩いている杉野に声をかける。

「ごめん。私も残業予定。田野倉の書類待ち」

 杉野はそう言って、首を振る。

「霊傷って心配だけど……そもそも、マイさん、前から悩みがあったンじゃない? そうでなければ、占い師のところなんていかないわよ」

「え?」

「アンタ、マイさんにプレゼントひとつしたことないらしいジャン。当然、告白もしてないンでしょ。女性関係が激しかったこともバレているのに。それなのに、あんなふうにベタベタされたら、マイさんじゃなくても、遊ばれていると思って当然よ」

 あまりにも、正論過ぎて言葉を失う。

「女が占い師の門をくぐるのは、不安なときよ。アンタは、昔からモテすぎていたから、今までは、いらなかったのかもしれないけれど、マイさんに関して言わせてもらえば、肝心な言葉が足りないと思うわ」

 杉野の言葉が、胸に刺さる。

 彼女が日野に会うきっかけになったのが、俺の態度にあるとしたら。彼女が日野を選んだとしても、自業自得というやつだ。

「おい、如月、ちょっと霊視をしてもらいたいものがあるンだが」

 田野倉が書類の束を抱えて入ってくる。

「杉野、待たせたな」 田野倉は、ホイっと、杉野にファイルを一冊渡すと、俺にはポケットからビニール袋に入った土鈴を手渡してきた。

「なんだ、これ?」

「夏八木のリストに載っていた連中が持っていた。たぶん、術具だと思う」

「わかった。柳田、手を貸せ」

 俺は、土鈴を受け取ると、いつもの執務室へむかった。

その後。

結論を言えば俺のメンタルの弱さが露呈した、と言っていい。

 マイが倒れたというのに、そばにいてやれないというのも、辛かったし、杉野に言われたことが胸に刺さって息苦しかった。

 杉野に言われたとおり、はっきりとマイに告白したことはなかった。

 女遊びの激しい男から、何も言わずにキスをされたら遊ばれていると思われても無理はない。拒絶されて、嫌悪されなかっただけ、幸運だった。

 それに比べて、キザすぎるとはいえ、日野はきちんと手順を踏んで告白から始めている。どちらが紳士的かは考えるまでもない。

 土鈴の霊視は、一応成功はしたが、術が暴走した。柳田が抑止に動いてくれなければ、物理的に何かが壊れただろう。

 土鈴は、どうやら異界の穴に働きかける霊的な微動な振動を出すことがわかったが、さすがに穴をあけるほどではない。しかし、彼らの目的を断定するほど、精密には、霊視できなかった。

「如月、明日、お前はマイちゃんと恋雲湖に行ってこい」

 ふーっと柳田が呆れたようにため息をついた。

「しかし……」

「マイちゃんも霊傷があるんだろ? 一応、幻視の目的はいまだ謎だ……それに、お前がそんな風では、いざというときに困る」

 それは、俺にも自覚がある。このままでは、足手まといだ。なまじ霊力が高い分、暴走したときにかける迷惑が謝って済む問題ではない。

「ま。夏八木が霞言流の一派ということは、幻視と日野は何か関係する可能性も高い。真田課長には、そう説明しておく。場合によっては、マイちゃんにも日当が出るようにしておくから」

 もっとも、日当が出るような事態だったら、連絡しろよ、と柳田は口角を少しだけ上げた。

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 その女は、星村麗奈と名乗った。その名に記憶がある。マイが「ホテルのラウンジで会う」と言った女だ。

 プールから上がり、ホテルのロビーで、マイを待っていた俺に、女は妖艶に微笑んだ。

「ねえ、よろしかったら、散歩をご一緒しませんか?」

 色を含んだ誘い。切れ長の瞳に艶やかな光を宿す。男を誘って、断られたことがない、そんな女性だ。

「あいにく、連れがおりますので」

 俺は、突き放すようにそう言ったが、彼女は、くすり、と笑った。

「きっと、楽しいですわよ」

 彼女の言葉の中に、僅かに霊力を感じ、俺は、じろりと彼女を睨んだ。

 これは、呪言だ。

 彼女の色香と呪言が組み合わされば、たいていの男ならば、簡単に誘いに乗ってしまうだろう。

「俺に何のようだ?」

 麗奈は、俺の目をむけ、もう一度微笑む。

「お連れの方の霊傷について、私が知っていると申し上げたら、お付き合い頂けますか?」

「日野の手のものか?」

 俺の言葉に、麗奈はニコリと笑う。

「日野陽平は、私の婚約者ですわ。私たち、利害が一致すると思うのですが?」

「婚約者?」

「ええ」

 切なそうな彼女の瞳から透けて見える、日野への憧憬が、本物だったからかもしれない。

 俺は、彼女に誘われて、ホテルの中庭へと歩いて出た。

「それで、話とは?」

「そうですわね」

 彼女は、俺の腕に手を絡め、自らの胸を俺の腕に押し付けた。「ゆっくりとお話しません?」甘く、耳元で囁く。

「何の真似だ」

 俺は、彼女の手を振りほどく。嫌な予感がした。

「マイ!」

 俺は、麗奈の手を引っ張るようにして、ホテルのロビーに戻る。

 どこにも、マイの姿はない。

「マイをどうした?」

 麗奈は、口をつぐむ。

「言え」

 俺は、言葉に霊力を込める。

 彼女の顔が驚愕に歪んだ。

「俺だって、呪言を使える。俺が術者だと日野から聞いていないのか? 今は手加減した――わかるな?」

「……」

「言え。言わないと、頭の中を強引に覗く」

 麗奈の顔が青ざめ、唇が震えた。

「たぶん七階の日野さんのお部屋に」

 言葉を聞くなり、俺は彼女の手を握ったままエレベータに乗りこみ、神経を集中して、マイの気配を探る。このホテルの中にいる限り、俺がマイの気配がわからないはずがないのに、マイの位置がわからない。

「案内しろ」

 部屋の前までついたのに、彼女の気配を感じない。

 怯えた麗奈の様子から見て、嘘をついているようには見えないから、中に強固な結界が張られていることが予想された。

 ドアノブに手をあてるも、結界のために、鍵を破壊するのは時間がかかりそうだ。

――マイ!

俺は、必死でマイの名を呼ぶ。赤の絆が俺とマイを繋いでいるなら、俺の声は届くはずだ。

――マイ! 俺を呼べ! 

応えてほしい。日野でなく、俺を選んでほしい。祈るような想いで、俺は叫ぶ。

――如月さん! 助けて!

マイの声が俺の中に響く。それに応えるように、俺は力を注ぎ込んだ。

 結界が壊れた感触。

 俺はドアのロックを破壊した。

 部屋に入ると、日野に組み敷かれたマイの姿が目に飛び込んできた。

「マイを返せ」

あられもない姿で泣いているマイと目が合う。

「もう一度だけ、言う。マイを返せ」

俺が日野を睨みつけると、日野は、ニヤリと笑った。

「嫌です」

日野は、マイを抱き起す。

マイの顔が苦痛に歪む。

「麗奈を代わりに差し上げます。なかなかにイイ女でしょう?」

「陽平さま……」

日野の言葉に、泣きそうな女性の呟き。婚約者という話はともかく、日野への思慕は本物だったようだ。

「最低だな」

俺は呟く。

「何と言われても構いません。舞は、私を選ぶと『約束』したのだから」

マイに目を向ける。マイの目は、俺を見ている。彼女は、日野を選んではいないと確信した。

「本当に彼女に惚れているなら、なぜ、術で縛る? 心のない木偶人形に愛されて満足ならば、誰でもいいだろう?」

 じわじわと大気に力が満ちてくる。俺は、力を張り巡らすと、日野は、応えるようにぶつけてきた。

 くっくっと、日野が笑う。

「木偶であろうが、傀儡であろうが、私は彼女が欲しい。」

日野はマイの鎖骨をそっと指で示す。

「術で彼女を縛っているのはそちらも同じでしょう?」

 日野の言葉に、俺は顔をしかめた。

「俺の術は、彼女が受け入れなければ発動しない。お前とは違う」

「私の術も、彼女自身が受け入れているからこそ、効くのです」

ニヤニヤと日野が笑う。俺はイラついた。

「深い霊傷を与えて、塩を塗りこむような手口を、承諾と呼ぶのか?」

「傷を負わせたのは、私じゃない。」

日野はマイを抱きしめたまま、手を伸ばした。

ずんっと空気がきしむ音がする。気温が下がっていく。

力を込める。ほぼ、互角だ。

「もういいです…如月さん」

突然、マイが擦れる声でそう言った。

「来てくださってありがとうございます。本当にうれしかった」

「マイ?」

 戸惑う俺に、彼女は透明な優しい笑みを浮かべた。

「こんな意味のない戦い、する必要ありません。如月さんにはしなくてはいけないことがいっぱいあるのだもの」

その言葉に、俺はゾッとした。嫌な予感がした。

「日野さん、異界人の私がいなくなった私は、あなたにとって価値があるかしら」

その言葉は、鈴木麻衣を田中舞が分離してしまう、と言う意味だ。

「だめだ、マイ! やめろ!」

俺の背筋が凍り付く。

「何を?」

日野はマイが何をしようとしているのかわからないなりに、俺の動揺から異変に気が付いたようだ。


臨・兵・闘・者


マイの九字が聞こえる。

「やめろ! マイ! 俺を置いていくな……行かないでくれ」

必死だった。

俺は、確かに田中舞に魅かれた。

でも、今、俺の心に住むのは、舞でも麻衣でもない、田中マイだ。彼女が彼女でなくなるということは、どういうことなのか、もはや考えたくなかった。

その時、ヒシヒシと大気がきしんだ。肌を刺すような妖気がじわじわと広がる。地震のような激しい揺れを感じた。

界弾きだ。

立っていられずによろめいたマイを、俺は必死の思いで抱き留めた。

空間がのたうつように揺れる。黒い霧のようなシミが宙に広がり、強い妖気が吹き込んで、 調度品である、ベッドや机が横倒しになった。

マイの目が遠くを見つめている。恐怖を感じた。

「マイ! 頼むから……俺の傍に居てくれ」

 マイの焦点の合っていない瞳に、俺は呼び掛ける。

「やっと、陽の光に当たれた。やっと、戦う意味が見つかったんだ」

そう。彼女がいたから、俺は自分を立て直せた。

「マイが好きだ。マイがいないと、だめなんだ……」

 マイの身体を俺は必死で抱きしめる。格好悪いかもしれない。でも、たとえすがってでも、彼女を失いたくはなかった。

「如月さん……」

 マイの瞳に、俺の顔が映った。

「如月さん」 マイが俺にしがみついてきた。

 俺は……界弾きのさなかということも忘れ、柔らかなマイの身体を抱きしめた。


 


 エレベータを降りて、エレベータホールに立つ。

「マイと初めて会ったのは、ここになるのかな」

 時が流れて。

 俺の腕に、彼女が身体をよせている。

「そうね」と、マイは笑って頷いた。

 異界渡りから救い出した時、まさかこんな風に彼女と過ごす日が来るとは思わなかった。

「あの時に、助けてもらった記憶はないんです。きっと、麻衣がきたのはそのあとなのでしょうね」

 マイは苦笑した。

「……俺は、最近、君が「ふたり」って考えなくなった。もうマイはマイだから」

 俺は彼女の腰をそっと抱き寄せる。

「うん」

 彼女が頷く。

「引っ越し、準備できた?」

「だいたい。そっちは?」

「こっちも。」

 マイは、クスッと笑う。

「二軒いっぺんにお引越しって、変よね」

 一日くらい、ずらしても良かったンじゃない? とマイが俺の顔を見上げる。

「嫌だ。マイと一日だって、離れたくない」

 言いながら、俺は彼女の身体を抱き寄せた。彼女の顔が朱に染まる。

「……バカ」

 マイは恥ずかしそうに呟く。

「絶対に離さないから」

 俺の言葉に、彼女はコクンと頷く。

「ホント?」

 くすり、と、マイが俺を見上げる。

「浮気したら、絶対に許さないから」

 その言葉に思わず俺は、彼女にキスを落とす。

「もう!」

 唇をとがらせておこるマイを抱き、俺は家の扉を開く。

 荷造りを終えた部屋で、彼女を抱きしめながら、マイと出会ってからの日々を想う。

 俺が愛しているマイは、田中舞なのか、鈴木麻衣なのか……それはよくわからない。ただ、これから俺が愛するマイの名前ははっきりとわかる。

 彼女は、如月マイになり、これからは、隣人でなく、妻になる。

「マイ、大好きだ」

 俺は、幸せを噛みしめる。彼女とともにあること。それだけで満たされていく想いを分かち合いながら、彼女の唇にキスをした。


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