外伝 花嫁衣裳は誰が着る

古木村

「ああっ! すごく良かったわね、マイさん!」

 国城エリカは、ただでさえ美しい瞳をキラキラと輝かせながら、私の手を取る。

「はい! もう、南条、最高っ! あの役者さん、すごくハマりまくってました!」

 スタッフロールが終わり、明るくなった映画館で、私とエリカは手を取りあって、感動に打ち震えていた。

 あのSFの名作『青の弾丸』が、ついに、実写映画となったのだ。ファンの間では、実写化不可能と言われ、『映画化反対』運動までおこった作品である。

 しかし。初日の今日、舞台挨拶のある小さな劇場にはたくさんのファンが詰めかけた。映画監督が、作者に土下座して映画化したというだけあって、気合が入りまくり、予算はそれほどないはずなのに、実にうまい構成で、低予算ならではのアイデアが光っていた。主人公である、二人の男性は、まだ、ほぼ無名の俳優さんであったが、とにかく超がつくほどカッコ良かったのであった。

「……でも、やっぱり、楠は、奈津美さんの楠のほうが、楠よねー」

 映画館を出ながら、エリカはしみじみと呟く。エリカは、ふんわりとした素材の白のコートをはおっている。まるで、天使だ。

「奈津美さん、残念でしたねー。一緒に来たかったのに」

 私は、本来、いっしょに見るハズだった、悟の妹、……最近『如月さん』と呼ぶと彼に怒られるので、私は『悟さん』と呼ぼうと努力中である……奈津美を思う。彼女は、主役の一人にそっくりに、式神を作ってしまったほど、『青の弾丸』に夢中なのだ。

「急なお仕事だもの、仕方ないわ」

 エリカは残念そうに目を伏せる。

「結婚式……間に合うといいけど」

 ぽつり、と、心配そうに呟く。

「大丈夫ですよ! 奈津美さん、根性で仕事をねじ伏せて来ますよ」

 二週間後は、ついに、国城エリカと悟の兄、如月徹が結婚するのである!

 エリカと私は、徹とエリカのお見合いの席であって以来、意気投合し、とても仲良くなった。ゆえに、私は『花嫁友人』として、結婚式に呼ばれている。

 その披露宴の席次で、悟が親類席に座らせたいと言って、エリカさんを困らせたとか、そんな話もあったのだが。私と悟は、現在、お隣さんで仕事の同僚、ついでに恋人! だけれども、親類席に座る関係では、まだない。

 正直に言えば、悟の私への気持ちを疑ったりする気はないものの、未だに彼に運命の美女が現れて、私から去ってしまうのではないかと、怯えているところがある。

 私と悟のカップルは、たぶん他人から見たらちぐはぐだろう。それは今でも、ずっと思っている。

 それに比べて、エリカと徹は本当にお似合いだ。二人が並ぶと、どこのドラマ撮影か? というほど、絵になる。

 美男美女で、周囲がキラキラしている感じで、しかも、ラブラブ。みているだけで、うっとりものだ。

 私とエリカは、映画館の近くのオシャレなカフェに入って、お茶をすることにした。

 いかにも女子っぽく、ケーキと紅茶を頼む。エリカは、本当にキラキラしているから、こんなオシャレなカフェがよく似合う。私一人なら、たぶん、食堂でしめ鯖つっついているほうが、にあっているけど。

「そういえば、南条の役者さん、沢渡浩司さわたりこうじだっけ。なんとなく、悟くんに似ていたわね」

 くすくすと、エリカが私の顔を覗きこむ。

「そうでしょうか。そんなふうには感じませんでしたが」

 私は首を傾げる。沢渡という役者さんは、南条のイメージには似ていたけど、悟とは全然違うタイプにみえる。

「そう? そもそも、悟くんって、南条っぽいと思うわけ」

「はあ」

 エリカはニコニコと笑う。

「一途だし、嫉妬深いし。心配性な感じで」

「心配性だとは思いますが、別に、悟さんは、嫉妬深くはないですよ」

 私が口をとがらすと、エリカは声を立てて笑った。

「あら? でも、私、今、悟くんに嫉妬されている気がするのよね」

「へ?」

 あまりの言葉に、私は間抜けな声を出す。

 どうして、エリカが悟に嫉妬されなければならないのか、理解に苦しむ。

「だって、今日は、マイさん達、久しぶりの休みなのでしょう?」

「はい。でも、私達、職場でいつも会っていますし、家だって隣です」

 私がそういうと、エリカさんはパクリとケーキを口に運びながら、苦笑した。

「悟くん、映画なら自分が一緒に見たかったンじゃない?」

「えーっ? だって、そ、それなら、徹さんだってそうですよ。しかも、エリカさんなんて、二週間後に結婚式じゃないですか!」

 私がそういうと、エリカは、「ちがうわよ」と、指を立てて振った。

「結婚の近い女が、友達と会うのは、自然なことよ? きっと徹も友達と会っているわ」

 そういうものだろうか。

「でも、この映画は、エリカさんと見たかったンです! 悟さんとでは、この高揚感は、共有できないだろうし……」

「そうよね」

 だいたい、物語に入れ込んでキャーキャー叫ぶ姿は、恥ずかしくて悟にはみられたくない。

 いや。それを言い出したら、鈴木麻衣が『闇の慟哭』の如月悟にキャーキャーのめり込んでいた、異世界むこうでの黒歴史をこれ以上、知られたくない。本人に会う前から好きだったとか、恥ずかしすぎる……それに。今、私が好きなのは、まぎれもなく、現実の如月悟なのだから。

「でも、マイさん、悟くんに、相手が私って、きちんと話した?」

「へ?」

 私は思わず首を傾げた。

「話しましたよ?」

 どうしてそんな話になるのだろう。

「ま。恋人が、おめかしして、しかもウキウキしてでかけたら、気になってもしかたないわね」

 くすくすとエリカは笑った。

 なんのことやらさっぱりわからない。

「マイさん、霊視るほう、本当に弱いのね」

 エリカは、私の後ろに視線を投げて、白磁のティーカップに手を伸ばした。

「まあ、わからないくらいの方が、重くなくてよいのかもね」

 それ以上エリカは答える気がないらしく、私は彼女の見た空間に目をやったものの、何も見つけられなかった。



「行ってほしいのは、古木村こぎむらの、佐中さなか神社だ」

 真田が、私と如月悟、そして、柳田と杉野を呼んでそう言った。

 防魔調査室に就職して、ほぼ一年が立つ。本来、私は杉野と同じサポート扱いなのだが、大きな事件と思われる場合、悟と組まされることが多い。理由は、悟の霊力が安定するかららしいが、私の霊力では如月の背を守ることはできないので、結果、この4人で行動することが多い。

「まだ、大事には至ってはいないのだが、心霊現象の報告が続いている。佐中神社は、五日後に、三十年に一度の大祭がある。おそらく、それにからんでのことであろう」

 真田が資料の束を柳田に渡した。

「佐中は、蛇神信仰の神社だな」

 柳田がざっと目を通しながらそう言った。

「ああ。大祭では、『贄姫』が花嫁として差し出されることになっている」

 真田は苦い顔をした。

「古い神社の祭りってのは、やっかいだ。外に出るべきでないものが表に出てくる」

 日本の神社は、太古の昔から『力』を祀っている。それそのものは、悪でもなく、正義でもない。

 祭りという行事は、その力を良き方角へと向けるために編み出された儀式だ。

「えっと。蛇神ということは……稲のカミサマでしたっけ?」

 私の問いに、柳田が頷いた。

「そうだ。たぶん、大物主おおものぬし系だろう。この二十一世紀に本当に贄姫が必要になるかどうかはわからんが、蛇神ってのは、強くて厄介だ」

「贄姫って何するの?」

 杉野の質問に真田が頭を振った。

「晩酌の準備―─あとは、舞の披露」

とぎは?」

 あっけらかんと、杉野は突っ込む。大事な要素ではある。古い祭りにおいて、巫女は神の花嫁だ。

 実際に『何』の花嫁だったかは、わからないけれど。

「……公式な祭りの届け出の要項にはない。ただ、古文書レベルではあるかもしれない。神社秘伝、ってやつだ」

 防魔調査室には、各地の祭りのイワレや儀式のデータベースがあるが、すべてを網羅しているわけではない。

 すでに失われた祭りもあるし、秘事として伝わっている行事も多く、実際に行ってみないとわからないことも多い。

「古木村っていうと、相当な山奥だな」

 悟が柳田から資料の一部を受け取りながら、そう言った。

「秘境じゃないか。観光地でもない……泊まる場所はあるのか?」

 事件が長引けば、当然、滞在するベース地を確保しなければならない。防魔のための調査というのは、かなりの体力がいる。安心して眠れる場所を確保するというのは、私たちの『安全』の確保の為に必要なことだ。

「村に、ひとつだけ民宿はある。あとは、一応、キャンプ場はあるが」

 真田は苦笑した。

「ただ、珍しく映画の撮影が来てて、その民宿は満室だそうだ。何の映画知らんが、タイミングは最悪だな」

「映画?」

よりによって、そんな田舎で何の映画を撮るのだろう?

「ま、一応、佐中神社から来た話だから、神社側と交渉してみろ」

 真田はすまなそうにそう言った。

「宮司の家が大きいといいのだが」

 悟は首をすくめる。

「私、この時期に、キャンプ場は嫌よ。寒いから」

 杉野の言葉に、私も大きく頷く。真田が、ふうぅと息を吐いて、『そんな感じで、よろしく頼むわ』と他人事のように呟いた。


 古木村は、深い山の奥にある村だ。

 現在は、過疎化が進み、小学校が廃校になってからというもの、子供のいる家庭は集落から姿を消したと聞く。

 以前は、棚田の広がる美しい光景だったらしいが、現在は耕作放棄された水田が多く、藪に埋もれてしまったものが多い。昔はそれなりに栄えた村ではあったらしい。

 平地が狭いため、農地を大きくとることが出来ず、街からも遠いため、ひとびとは次第に村を離れ始めた。

 中途半端に栄えたことがある山の村というのは、自然はそれなりに破壊されてしまっていて、観光としてみると、あまり魅力がない光景しか残っていない。水は清く、緑は濃くても、目を見張るべきものがない『田舎』は、観光地としてやっていくのは難しく、外から来る人間は、ほぼいなくなってしまう。

 それにしても、こんな山深いところで、いったい何の映画をとっているのだろう?

 仕事と全く関係ないとはいえ、少し、興味がある。

「……この先だ」

 悟の運転で、私たちは、古木村へと入った。助手席に柳田。私と杉野は後部座席に座っている。

 佐中神社は、村の北東にある、佐中山のふもとにあるらしい。

 古き村は、佐中山と、ふたこぶ山の間を流れる栗川くりかわの谷沿いにある。

 峠を降りていくと、棚田の底に、小さな集落が見えた。村に不似合なアスファルトの道がまっすぐにのび、それが、大きなスギ林のある山まで伸びている。

「あら、綺麗」

 杉野が、栗川に目をやった。キラキラと光る美しい清流だ。

「古木村は、実は日本酒の隠れた産地として、有名なの」

 杉野が私にこっそりと耳打ちする。

「杉野さん、日本酒、好きなのですか?」

 普段の杉野は、意外と、お酒は飲まない。

「おい、杉野、飲酒禁止だからな」

 苦々しく柳田が口を開く。

「もちろん、勤務中に飲むつもりはないわよ」

 ぷうっと杉野が口を膨らます。とても、可愛い。

 相変わらず、杉野は美人で、何をやっても絵になる。

「勤務外でも飲むな――トラブルの元だ」

「トラブル?」

 私が首を傾げる。

「あ、マイはしらないか。杉野は、キス魔だ。酔うと、誰かれ構わずキスをする」

 悟が明らかに苦笑しながらそう言った。

「へえ。でも、杉野さんからキスされたら、男の人、悪い気はしないのでは? 私がやったら、嫌がらせと思われそうだけど」

 私がそういうと、一瞬、ギュインとアクセルが踏まれて、びくりとした。

「マイちゃん。不用意なことを言わない――運転手の気をそらさないように」

 柳田が私の方を振り向いて、注意する。

「あー、本当、マイさん、未だに無自覚よねー」

 杉野は私の肩をポンと叩いた。

「……ついたぞ」

 なんとなく不機嫌に悟が呟く。村に不似合いなほど立派な赤い鳥居がみえた。

「あら? 噂の映画ってやつかしら?」

 杉野が首を傾げた。神社の駐車場に、大きなバスとバンが停まっている。

 車を降りて、玉砂利を歩いていくと、撮影スタッフと思われる人たちが、本殿の隣の小さな祠のそばで何かしていた。機材を持った人の他に、狩衣を着た人物が見える。時代劇か何かだろうか?

 ぐわん。

 大気が変化した。

「あれ?」

 私は、思わず立ち止まった。

 肌がザワザワする。

「まずいっ!」

 悟と、柳田が、走り出した。

「キャー!」

 悲鳴が上がる。さっきの撮影の人たちの方だ。

 ザアッ、と音がして、黒いものが祠から噴き出している。

すがさんっ!」

 巫女装束の女性が黒い塊に縛られるように捕らわれた。

「いやあ!」

 狩衣を着た男が、女性を助けようと手を伸ばす。

「触れちゃダメ!」

 私は思わず叫んだ。

 黒の塊は、瘴気で穢れている。


 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前


 悟のテノールの声が響いて、世界が黄金色に輝き、女性をからめていた塊が蒸発するように消えていく。

「閉鎖っ!」

柳田の声が響き、祠に何かが戻っていった。

「蛇神ね」

 ぽつり、と杉野が呟いた。

 巫女姿の女性が、どさりと大地に倒れ落ち、茫然とした男たちが、私たちを、見つめてる。

 瘴気が消え、空気がゆっくりと澄んでいった。

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