僕は隣の斎藤デス 1
宅配便が持ってきた箱を眺めて、僕は途方にくれた。
田舎から、大量に送られてきた『りんご』である。
独り暮らし、自炊も時折しかしない息子に、りんご。
まあ、ビタミンはとれそうではある。
「お友達や、ご近所さんに差し上げて」と、両親からのメッセージ。
いや、あのね……。
学生じゃあるまいし、月に一度も会わない友人とか、顔もほとんど知らないご近所さんにどうやって差し上げろというのだ。
僕は、ふうっと息を吐いた。
ピンポーン。
その時玄関のインターフォンがなって、顔を出すと、おとなしそうな女性がぺこりと頭を下げた。
「こんど、隣に越してきた田中舞です」
彼女は丁寧に、菓子折りを差し出した。そういえば、先日、引っ越し屋が入っていたなあと思う。
「斎藤です。ご丁寧にどうも」
僕は菓子折りを受けとりながら、ふっと思いついた。
「あ、リンゴ、田中さん、リンゴ食べます?」
「え? ええ」
彼女は、びっくりして頷いた。
僕は、戸惑う彼女に、『お菓子のお返しです』といって、袋一杯のリンゴを押し付けた。
「なんか、かえってすみませんでした。ありがとうございます」
彼女は丁寧に頭を下げて、帰っていった。
三日後、夜中に家に帰宅すると、玄関に白いビニール袋が下げられていた。
中を見ると、
『ありがとうございました。頂いたリンゴでジャムを作りました。良かったらどうぞ 田中』
可愛らしい瓶に、手書きのメモ。
手作りのジャムは、甘くて、とても美味しかった。
新しくご近所さんになった田中さんは、とても感じの良い女性だった。
何よりうれしかったのは、エレベータで、601の如月さんと僕と彼女が乗り合わせた時、挨拶の仕方が、ほぼ同じ、いや、むしろ僕の方に微笑みを向けてくれたことだ。今まで、そんな女性に会ったことはなかった。
その後、僕は田舎から何かが送られてくるたびに、彼女におすそわけするようになったのだった。
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