過去からの招待状
とりあえず、ご飯に罪はない。
食事は出来るだけ笑顔で。
一人きりでない食事は、天涯孤独な私にとって、本当はそれだけで嬉しいのだから。
そもそも、私がゲストヒロイン様に嫉妬すること事態、おこがましい。例え小説の展開と無関係であっても、あれ程の美女相手に太刀打ちしようなんて、オリンピック選手と対決する幼稚園児のようなものだ。
「どうぞ。出来ましたよ」
気分を切り替え、笑顔を作る。人間、どんな環境でも、ご飯の前なら笑顔になろうと思えばなれるのだ。
だいたい、如月や柳田のような美形を鑑賞しながらご飯を食べられるというのは、ラッキーである。
「うわぁ、美味そう」
少々わざとらしい感じもするが、柳田はうれしそうにそう言った。
「今日だけですよ。私は、防魔調査室の食堂のオバサンじゃないですから」
ふう、と息をつく。
「いただきます」
丁寧に頭を下げ、如月が手を合わせる。
「マイちゃんが食堂に居たら、俺たち、外食しないけどね」
ニコニコっと柳田が笑う。
「あ、この漬物、家庭の味って感じで美味しいね」
わざとらしく、漬物を褒める柳田。
私は、微笑する。
「ありがとうございます。それは、うちの会社の主力商品「おつけさん」でございます。おひとり暮らしのお方に、おふくろの味を提供させていただいております」
スマイルと共に能書きを述べる。
「……マイちゃんの会社、こういうの作っているの?」
ごめん。私の手作りだと思って褒めてくれたのだろうけど。最近は家庭の味は、パックで売っているのだ。
「そ。漬物とか、和え物系のお惣菜の会社だから、社割で、安く買えるの」
私は、ソーメンに手を伸ばす。
「焼きナスが旨い」
如月が、ひたすらにナスを食べている。ナス好きだとは知らなかった。
「マイちゃん、料理上手いね。いつでもお嫁に行けるよ」
ニコニコっと、柳田が社交辞令を吐く。そんなふうに言われたら、勘違いする女性は山ほどいるだろう。
「そーゆーことゆーなら、柳田さんが貰って下さい」
私はニコリと笑い、そう言った。
「え?」
柳田と如月が、異口同音に絶句した。
二人の箸が止まり、私をじっと見る。
あまりに真剣なリアクションに、私は焦った。
「じょ、冗談ですよ。」
急に恥ずかしくなった。
「ご飯を作らせて、そんなセリフを言ったら、言いたくもなりますよ」
柳田は、私の言葉に、大きく首を振った。顔を赤く染めて、焦っている。
「マイちゃん、あのね、世の中には、言って良い冗談と悪い冗談がある」
如月は、しかめっ面のままだ。
なんか、空気がアヤシイ。
「すみません。そこまで不快にさせるとは思っていませんでした。」
そうか。それほど奇をてらった冗談じゃないと思ったけど。やっぱり美人でないとダメって冗談ってあるのだと反省する。
「いや、不快じゃない! というか、結構、いや、だいぶ嬉しい……ケド、ああ、えっと」
柳田は、私と、如月を見比べるように、慌てふためく。
「マイは、自己評価が低すぎる」
如月がボソッと呟いた。
「それに、鈍い。霊力がそんなに高いのに、感知する能力が極端に低いのは、たぶん、自己評価が低すぎるせいだ」
感知する能力? ああ、そうか。結界がどうとか言っていたことかな。全然、気が付かなかったけど。
「マイは、自分が思っているよりずっと魅力的だ。それをもっと自覚しないと、痛い目にあう」
真剣な眼差しでみつめられ、心臓が止まりそうになる。
如月は、すっと手を伸ばし、私の手を握りしめた。
「危なっかしくて、見ていられない」
如月の目がとても優しい。
ああそうか。と、私は思った。
如月は、ずっと私を守ってくれていたから、すっかり保護者の心境なのだろう。
そう考えれば、私に赤の絆をつけた理由も理解できる。
少なくとも、如月にとって、ただの隣人から被保護者に、私はクラスチェンジをしていたようだ。意外と情が深い人なんだな、と思う。
「如月……一応、俺もいるから。口説くのはまた今度にしてくれないかな」
コホン、と柳田が咳払いをする。
ん? 私、口説かれていた? どこで?
「ところで、マイ、最近は、変わったことはないか?」
如月は首をすくめ、私の手を離し、事務的な口調でそう言った。
「えっと。お陰様で、妖魔に襲われることもなく……つつがない日常を」
言いかけて、社長に言われたことを思い出す。
「妖魔とは関係なく、平穏な日常が覆される事件はありましたが」
「何?」
私は、苦笑した。
「社長命令で、川森商事さんのイベントの担当にさせられてしまって」
「社長命令?」
柳田が目を丸くする。
「はい。事務しか経験がないのに営業をしろと言われて……でも、あくまでアシスタントですが」
「マイちゃん、優秀だね」
柳田の言葉に私は首を傾げた。
「いえ、そういうわけでは。嘘みたいな話ですが、先方が私にヒトメボレとかいう話で」
「な?」
驚愕する、柳田と如月。そりゃあ、驚くよと私も思う。
「ちょっと、待て。そんな理由なら、断るべきだろう」
如月が怒ったような口調でそう言った。
「断りましたけど、社長命令ですから。でも、きっと社長の勘違いだと思います」
私の言葉に、柳田が疲れたような顔をした。
「マイちゃん……如月の話、聞いてなかったみたいだね……」
首を傾げた私に、ふたりは顔を見合わせて、深いため息をついた。
「ところで、参考までに、麻衣の知っている小説だと、この先、どんな感じだ?」 食事が一通り終わると、如月は桔梗を呼び出して、私の代わりに後片付けをするように告げた。
私は、もう小説の話はあまりしたくなかった。そもそも、現実と小説は全然展開が違う。
「杉野さんと、如月さんが、
「へえ、杉野、その小説とやらでも出てくるの?」
柳田が、面白そうにそう言った。
「ええ。火川につきまとわれ、さくらの依代にされそうになったところを、防魔調査室の面々に救われる、という役どころでした」
「で、マイちゃんは?」
お決まりの、桔梗のツッコミ。
桔梗は、本当に私の立場を理解してくれていない。
自分の立ち位置を再確認してしまうから。その質問はしてほしくなかったなあと思う。
「そうね。小説的には、もう私の出番は終わったの」
私は苦く笑う。
「出番?」
不思議そうに視線を向ける如月から、私は思わず目をそむける。
「どうでもいいです。それより、そういったような事件はあるのですか?」
「
「泉波……」
私は、息をのむ。
「マイ?」
不思議そうに、如月が問いかける。
私は、目を閉じて、心を落ち着かせるために深呼吸した。
「ごめんなさい……私の出身地なので、少し動揺しただけです」
もう、あれから六年の月日が経とうとしている。膨れ上がる、私(田中)の中の恐怖と悲しみを、私(鈴木)がしっかり抱きしめて。
「マイ、左門、という名字に心当たりは?」
「……ないと思います」
私は、考えを巡らせ、そう答えた。
「しばらく、俺も、柳田もそちらの事件にかかりきりになりそうだから……くれぐれも、気をつけろ」
心配そうに、如月は私を見つめる。
この目も、保護者としての慈愛だと思えば納得できる。
「大丈夫ですよ。妖魔以上の厄介なんて、そうそうおこるはずもないですし」
私は首を振った。私が、もはやストーリーに関わる可能性はないのだ。
「仕事に失敗して首になったら、『防魔調査室』さんに拾ってもらいますから」
「おっ。そりゃあいい。相手の男になんかされそうになったら、ぶん殴って、会社やめていつでもおいで」
冗談めかした私の言葉に、物騒な言葉を並べ、柳田が嬉しそうに笑う。
「とにかく。その男に限らず、男と二人きりで会うな。遅い時間まで出歩いたりするなよ」
如月が心配そうにそう言う。
「……心配性のお父さんみたいですよ、如月さん」
私がクスリと笑うと、如月は複雑な顔をして顔をしかめ、柳田は如月から顔を背けて噴き出した。
「意外とできるな、田中」
川森商事のソファに腰掛け、熊田が私に耳打ちする。
大手商社だけに、応接室も、広くて豪華だ。
打ち合わせの途中で、先方が急用で席を外したので、現在、部屋には私と熊田だけである。
目の前には、先ほど綺麗な女の子が持ってきてくれた、有名ブランドのお菓子とお茶。
場所が違ったら、目の色を変えて食べたくなる代物だが、さすがの私も自重する。
「思ったより営業、イケルタイプじゃねーの?」
熊田がくすりと笑う。
「資料に強いだけだよ。そのつもりで資料、私に頼んだんでしょ?」
「しかし、よく覚えているな、お前」
あれから、一週間。熊田の指示で、私は資料をまとめ上げた。熊田は、感心したようにお茶に手を伸ばす。
「先生が良かったのよ」
私がそう言うと、熊田は照れ臭そうに顔をそむけた。
ソファの横には、立派な観葉植物が置かれていて、絵にかいたようなオフィスの応接室だ。
――なんだか、『闇の慟哭』っていうより、オフィス小説みたい。
「どうした?」
沈黙した私を、不思議そうに熊田が見る。
「ん? こんな立派な応接室、入ったことないから、ドラマみたいだなあって思っただけ」
私の言葉に、熊田はふうん、と相槌を打つ。営業の熊田は、他社に行くことが多いから、こんなことで感慨にふけったりはしないのだろう。
「田中、俺と一緒の時以外は、郡山さんとあまり話すなよ」
ぽつりと、熊田がそう言う。
「うん。わかっている、私、失言の可能性大だもん。熊田の足、引っ張らないようにする」
私がそう言うと、熊田は首を振った。
「……そう言う意味じゃないが。ま、いいか」
そう言う意味じゃないって、どういう意味? と、聞きたかったけれど。扉がノックされたので、私はその質問を口にできなかった。
「それでは、こんな感じでお願いします」
「ありがとうございました」
郡山が、提示した資料を受け取り、私と熊田は頭を下げた。
思ったより、順調に条件提示が終わり、私は胸をなでおろす。
目の前のクールな二枚目は、別段、色恋にトチ狂った感じは全然なく、ヒトメボレ情報は、社長の勘違いだったのだろうと私は結論付けた。
熊田も、ほっとしたようで、顔が朗らかになっている。
「ところで」
郡山は、私に視線を向けて切り出した。
「田中舞さん、
「え?」
私は虚を突かれ、言葉を失う。私の様子に驚いて、熊田がどうすべきかと逡巡しているのがわかった。
「田中さん、覚えていらっしゃらないかもしれませんが、私は泉波小学校の体育館で貴女と会ったことがあります」
泉波小学校。私は、胸を締め付けられる記憶に私は、息が止まりそうになり、そして、思い出す。
「佐久間さんの、弟さん?」
六年前。
私の実家は、大雨の土砂災害で流された。
その日、たまたま旅行に出かけていた私は、難を逃れたものの、家族も、家も、水に流されていた。
佐久間亜紀は、泉波小学校の避難所で、茫然としていた私に、手を差し伸べてくれた女性だ。
「そうです……思い出して頂けて、光栄です」
郡山は、静かに微笑む。
「この前、お会いした時は、すぐに貴女と確信が持てなくて。それに貴女にとっては辛い想い出でしかないですし。でも、どうしてもお話がしたくて」
それで、ヒトメボレなんてあり得ない言い訳をしたのか、と得心した。
「佐久間さんには大変お世話になりました。きちんとご挨拶に行かなくてはいけませんのに、申し訳ございません」
私は、深々と頭を下げる。
「いえ。貴女もマスコミに追いかけられたり、大変だったでしょう」
郡山の言葉に、熊田がギョッとしたような顔で私を見る。
そりゃそうだ。私がマスコミに追いかけられるなんて、想像できないだろう。
「佐久間さんはお元気ですか?」
「ええ。一度遊びに行ってやってください。貴女の事、ずっと気にかけていましたから……もちろん、私もですが」
優しい笑みを向けられて、私は、知らず、涙がこぼれて「はい」と小さく頷いた。
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