35 突

「えっ、同じ会社で働いてんの……」

 コーラを飲み終えた純が驚く。

「普通に勤め人なんだから、そんな理由でもないと友だちができないだろ」

 すぐに翔が答え、

「サッカーとかのクラブにでも入ってれば別だけど……」

 と続ける。

「ところでオマエ、まだお盆前なのに、もうこっちに来てるのか」

 翔が純に状況を問う。

「うん。さっき、あかねおばさんの家に着いたんだ。お母さんが出てくるのは、おぼん休みの予定だけど……」

「じゃ、一人で来たのか。やるな」

「ううん、そうじゃない。小学校で同じクラスの子が早めにこっちに行くっていうから、いっしょに来た」

「子供二人でか」

「まあ、そう」

「お母さんとお父さんが心配しただろう」

「そうでもないけど、道順、しっかり書いてくれたよ」

「迷わなかったか」

「それくらいの気おく力はあるよ。お正月に来たとき覚えたもん」

「ふうん。で、一緒に来たもう一人の子は、その子の親戚の家か」

「うん。新宿駅で別れた」

「帰りはどうすんの」

「ぼくはお母さんたちと、いっしょに帰る。皆川さんも、そう言ってた」

「皆川さん……ってことは女の子なのか」

「そうだよ」

「純の彼女とか」

「いや、それはない」

 純が即座に否定し、コーラを口に運ぶ。

 その様子を眺めながら蛍が想像する。

 純くんはその子のことが好きじゃなくても一緒に来た子は純くんのことが好きかもしれない、と……。

 子供とはいえ、男女が一緒に遠出したのだ。

 夏休み中であっても噂が広まるかもしれない。

 が、純には一切気にした様子がない。

 その辺りが翔の態度とそっくりだ。

 さすがは親戚というべきか。

 それとも単に、この二人が似ているだけなのか。

 蛍の思考はとりとめがない。

「当然蛍さんは知らないだろうけど、さっき純が言った茜叔母さんの家が、オレの家の近くにあってね。オレの父親の妹なんだ」

「ああ、そうなの」

 急に翔に会話を振られ、蛍が焦る。

 が、頓珍漢な返事をしなかったので安心する。

 内心では翔から投げられた言葉に一喜一憂している自分に苦笑いをしながら……。

「オマエ、せっかくだから直接折り紙を習っていかないか」

 すると翔の不意打ちだ。

「ここで蛍さんと出会ったのも何かの縁だし、難しい恐竜だって教えてくれるぞ」

「ああ、ちょっと待って……」

 と蛍。

「恐竜は本当に難しいから……」

「大丈夫ですよ。蛍さんは教えるのが上手いから……」 

 翔が蛍を持ち上げ、次いで純に、

「オマエが良ければ、オレから茜叔母さん連絡するよ」

 純に意向を訪ねる。

「じゃ、そうする」

 純の即断だ。

「蛍お姉さん、お願いします」

 しかも礼儀正しい。

「じゃ、引き受けるかな」

 蛍の方が小学生のようだ。

「でも恐竜を折る前に翔くんに教わって兜を折ってみて……。それで純くんの実力を測るから……」

「何だ、テストかよ」

「まあ、そういうな。相手のレベルがわからなきゃ、教え方だってわからないだろう」

 蛍の言葉に純が瞬時拗ね、翔が取り成す。

 この二人は本当に仲が良いようだ。

 見かけが似ているので年の離れた兄弟にも見えるが、年に数回しか会わない間柄だから互いに負の面が見えず、仲良しが続くのかもしれない。

 蛍がそう考え、不意に健斗のことを思い出す。

 二十二年間ほぼ毎日会ってきたが、健斗に表裏がないのか、負の面が見えない。

 もしかしたら、それは凄いことなのかもしれない、と……。

「ああ、茜叔母さん、オレ、今、純と一緒にいるんだけどさ」

 さっそく翔が親戚の家に連絡を入れる。

「うん、じゃあ、そういうことで……」

 すぐに話は着いたようだ。

「だけど五時前には帰って来いってさ」

 翔が純にそう告げると、

「まさか、そんなにかからないわよ」

 困惑した顔で蛍が言う。

「コイツが不器用だったらわからないでしょ」

 翔が純の頭を撫ぜながら蛍に言葉を返し、

「それにコイツ貪欲だから折り紙候補を全部覚えたいって言うかもしれない」

 と続ける。

「折り紙候補って、何……」

 空かさず純が翔に問う。

「兜以外にもう一品、お前に教えようと思って蛍さんに頼んだら、いくつかの折り紙を選んでくれたんだよ」

「ふうん、そうなの。例えば……」

「蝶々とか、花とか、風船とか……」 

「面白そう。ところでショウお兄ちゃん、ナツミお姉ちゃんは……」

 やや唐突な流れで純が翔に訊ねると、

「夏海は今や作家だからな。今日は編集者の所へ個人レッスンを受けに行ったよ」

 少し寂しそうな表情を見せ、翔が妻の状況を純に伝える。

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