26 縁
「ふうん、芸は身を助く、だね」
葵が蛍に言うが、それが聞こえなかったように蛍が翔に問いかける。
「翔くんが、わたしに折り紙を習いたいっていうの……」
そう口にしてから言い直す。
「ええと、山口さんが……」
蛍の背後から射るような視線が襲いかかる。
痛っ……。
「お盆休みに親戚の子供が上京して来るんです。目的はDランドなんですけど、華野さんに折ってもらった兜の話をすると自分でも作りたいって言い出して……」
翔が事情を説明する。
「それで山口さんが教えることになったんですか」
蛍が問うと、
「あいつ、オレに懐いてるもんで……」
翔が蛍に答える。
もう葵の方は見ていない。
「まあ、仕方ないかと……」
「だけど兜なら簡単だし、折り方はネットにも上げられていると思いますが……」
蛍が冷静に翔に指摘をすると、
「ええ、確かに兜だけならそうなんですけど、折角だから他にも覚えて教えようかな……と思って調べていたら、いろいろあって迷って……。ズルいですけど、それならば専門家に訊く方が早いと……」
「専門家だなんてとんでもない」
蛍は言うが、
「いえ、折り紙の素人から見れば立派な専門家ですよ」
翔は譲らない。
「折角だから引き受けたら……」
葵が横から口を挟む。
「昼休みも半分を切ったし、あたしたちのお弁当も残ってるので、引き受けるか、引き受けないか、だけを今決めて、後は追々メールでもすれば……」
葵が続け、蛍の顔を見る。
くるりとした葵の目は笑っているが、どういうつもりだろう。
蛍は惑うが判断できない。
が、翔の頼みを断る明白な理由は何処にもない。
あるとすれば、あなたの傍にいるとわたしの心が辛いから……だ。
が、そんなことは口が裂けても言えない。
「わかりました。お引き受けします」
考えた末の蛍の判断だ。
「その先は、さっき中村さんが考えてくれたようにメールか何かで……って、わたし、山口さんのメールを知らない」
蛍が慌てると、
「じゃ、番号を交換しましょう」
翔が落ち着いて蛍に言う。
「考えれみれば、最初のあの日、スマホ番号を交換しておけば良かったですね。まるで思いつきませんでした」
翔が続けると、
「わたしも……」
蛍も同意する。
「華野さんと話をするようになったきっかけがスマホだったっていうのに……」
「確かに……」
「じゃ、時間がないので華野さんのスマホを出してください」
翔に言われ、蛍が鞄からスマートフォンを取り出す。
ついで翔とスマホ番号を交換する。
その間、翔が蛍のスマホに飾られたかピパラとウサギを優しい目で見つめる。
「じゃ、また後で……」
送受信が終わると翔が笑顔で蛍に言う。
ついでクルリと反対側を向き、足早に総務フロアを去る。
その後姿を総務課の女性社員全員が熱く追う。
「蛍、繋がったね。翔くんとの縁……」
お昼ご飯を再開した葵が小さな声で蛍に言い、
「もしかしたら蛍、翔くんと運命の糸で結ばれているかも……」
と続ける。
「ちょっと、冗談は止してよ」
葵の言葉を、すぐさま蛍が否定すると、
「でもさ、蛍、最初の不意打ち以外は平気そうだったね」
葵が蛍の翔に対する態度を褒める。
「ちゃんと、そう見えた」
と蛍。
「自分ではわからなかったけどね」
「本人が目の前にいれば、案外平気なんじゃないの」
と葵。
「本人が目の前にいないときの妄想の方が危険だってこと……」
「なるほど」
「運命の糸で繋がっているんじゃなければ、慣れるしかないよ」
「そうね」
「しかし、まあ、あたしはいったい誰と運命の糸で繋がっているのかな」
葵が言い、少し悲しそうな顔を蛍に見せる。
蛍は何も言い返せない。
頑張って、と応援するのも、筋違いだ。
すぐに、いい人が見つかるよ、とも口にできない。
態度には示さなくとも葵のいい人はまだ蛍なのだ。
そんな残酷なことは言えないだろう。
「蛍、お弁当を急がないとトイレに行けないよ」
葵が蛍に指摘し、自分もせっせと海苔弁当を口に運ぶ。
「うん、そうだね」
蛍は葵に言うが、翔の来訪が胸に刺さり、お弁当の続きを食べる気になれない。
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