第三章 封印しなきゃ 25 驚
「社員旅行、葵と同じC班に決まったよ」
会社のお昼休みに二人でお弁当を食べながら蛍が葵に言う。
場所は蛍の机だ。
椅子だけ引き、葵がやって来るのが、いつの間にか習慣になる。
「あっ、そう。で、翔くんは……」
葵が首肯き、ついで蛍に問う。
「翔くんもC班。新入社員は全員C班に纏めたみたいね」
「……みたいね、って、アンタたち、社員旅行実行委員会が決めたんでしょ」
「ううん。わたしは会議の席にいただけよ。例年のことらしいわ」
「ふうん、そうなの」
あの夜以来、蛍と葵の関係はギクシャクする。
が、二週間もすれば普通に会話ができる状態にまで改善される。
蛍には葵の本心まではわからない。
けれども葵の立ち居振る舞い見ていると最初の踏ん切りは着いたように感じる。
そのこと自体は良いのだが、少し寂しい気も蛍にはする。
人の心は複雑なようだ。
「ところで蛍、お盆休みはどうするの……」
葵がおかずのブロッコリーを食べてから蛍に問う。
慌ただしく暑い七月も過ぎ、もう八月だ。
夏本番……。
「計画有給予定日に一日いただくことにしたわ」
葵に蛍が答える。
計画年休制度により、事業場の労使協定に基づき、年休の計画的な取得が可能となっている。
蛍の会社では、それを正月、お盆休み、年末にそれぞれ割り当てている。
一般的に有給休暇は会社に入社し、半年が経過してから使えるようになるが、蛍の勤めるキリシマ・インスツルメントでは入社一年目の新人(準社員扱い)にも、入社時に三日間の有給休暇を与える総務規定となっている。
だから入社後半年経たないお盆休みにも、蛍たちは有給休暇が取れるのだ。
十月一日以降に、さらに七日間が与えられ、入社一年目の有給休暇数は計十日となる。
「そう。で、何処か行くの」
葵が海苔弁当を口にしながら重ねて蛍に訊ねると、
「健斗は海でも行こうって言うけど暑いだけだし……」
蛍が葵に答える。
「……って、蛍は婆さんかよ」
空かさず葵が突っ込む。
「実際、暑いだけじゃない。まだ山の方がマシ。で、葵の予定は……」
「慌ただしく田舎に戻るかな」
葵の田舎は福岡だ。
だから行って、休んで、帰って、終わり。
確かに慌ただしい。
「わたしは通勤圏内に実家があるから何時でも行けるしね」
蛍が言うと、
「実家が近くだと却って頻繁に帰らなくなるらしいよ」
葵がそんなことを言う。
「健斗さんの実家も通勤圏内でしょ」
「昔はご近所だったけどね」
「どっちにしても結婚後の実家巡りが楽でいいわね。」
「まあね」
「あたしの先輩にいるけど、北海道と高知だから、お盆は一年置き……」
蛍と葵が世間話をしていると辺りの空気が急に変わる。
鈍感な蛍は空気の変化に気づかない。
が、葵は気づき、総務フロアの出入口を見る。
すると、そこに立っていたのは……。
葵が蛍の腕を小突く。
蛍が葵に小突かれ、フロア出入口の方を向くのと、
「済みません、華野さん、いらっしゃいますか……」
山口翔が蛍に呼びかけたのが同時。
「ああ、いたいた。あの、そっちに行ってもいいですか」
翔が蛍に問い、
「翔くん、何で……」
蛍が思わず翔の名を口にする。
「まあ、いいから来なよ」
すぐに翔を呼んだのは葵だ。
ついで葵が翔に、来い、と手招きする。
許しが出たので翔が二人のいる総務一課の席まで近づいて行く。
蛍と葵以外の総務フロアにいた女性社員全員が、そんな翔に熱い視線を送る。
「あの、相談があって……」
翔が蛍に問いかけ、
「何だったら席を外そうか」
葵が蛍に気を使う。
「いえ、中村さんがいらっしゃって困る話でもありませんし……」
翔が葵に言い、蛍に視線を移す。
蛍の頭の中は真っ白だ。
翔の姿を一目見て、胸がキュンとし、ついで心臓がドクドクと鳴り始める。
葵と二人で泣いた、あの夜以来、蛍は山口翔を想い切ると覚悟をしている。
けれども出勤や帰宅時、また書類運びなどで社内を移動するとき、蛍の目は思わず翔の姿を探してしまう。
そして偶然、翔を見つけたときは、その姿を目で追いかけてしまう。
自分の覚悟とは裏腹に蛍の『好き』がどんどん大きくなっていく。
決して結ばれることがないことのない相手なのに蛍は翔と二人でいる未来を夢見てしまう。
「蛍、なんて顔してんだよ」
葵に指摘され、蛍は目に力を入れる。
きっと泣きそうな表情を見せていたんだ。
そうに違いない。
すると蛍の頑張りを応援するかように葵が蛍の腕をちょっと小突き、
「で、山口さんの相談って何なのさ」
と翔に問いかける。
蛍がまだ口を利ける状態ではないと判断したのだろう。
「ええと、華野さんに折り紙を教えて貰いたいんです」
蛍本人にではなく、まるで蛍のマネージャーのような葵に翔が相談事を伝える。
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