47 蛍
「すごーい、きれーっ」
パーティー会場のあちこちで歓声が上がる。
「これって、蛍のアイデアなんだよね」
中村葵が言い、
「へへへ……」
華野蛍が照れる。
季節は巡り、C班の社員旅行だ。
現地への移動と観光を終え、ホテルに戻り、一息吐き、会社主催のパーティーが始まる。
要するに各支店メンバーの交流会なのだが、蛍の提案で幻想的な光景が浮かび上がる。
幹事と上役からの挨拶が終わるとパーティー会場の照明が落とされ、そこに色が現れる。
ブラックライトを当てられたカクテルと各種飲料、それに蛍光剤を染み込ませた折り紙だ。
折り紙は、すべて蛍が折っている。
だから種類も多い。
折り紙素人の思い付きなら鶴が並ぶだけだろうが、そこは蛍だ。
鶴、亀、兎、猫、犬……。
金魚、マンタ、鯨、海蛇、飛魚……。
桜、薔薇、梅、水仙、チューリップ……。
兜、風船、星、箱、手裏剣……と多種多様。
さらに複数の番号入りココットまで置かれているので(占い結果の紙も……)、子供の頃を思い出し、手を伸ばす社員も少なくない。
飲み物の色の方は流石に種類が少なく殆んどが青色系だが、折り紙の方は、青、赤、黄、オレンジ、緑と鮮やかで美しい。
ブラックライトのレンタルについてホテル側と調整したのも蛍だ。
蛍が考えたディスプレイのアイデアを聞き、ホテル側が俄然乗り気になる。
その結果として、レンタル料が格安となる。
さらに蛍のアイデアを今後も使わせて欲しいとホテルの副支配人に請われまでする。
無論、蛍に断る理由はない。
が、一応会社にいる(C班の旅行には参加していない)総務一課長の吉川正敏に相談すると、
『ああ、あれ、華野くんだったのか。綺麗だったな。何が商売に繋がるかわからないから上には伝えとくけど、まあ、いいんじゃないの』
という返事。
とりあえずOKなので、それをホテル側に伝えると、
『あなたを我がホテルの折り紙コーチとして迎えたい』
という本気か嘘かわからない、お言葉を頂く。
それには曖昧に返事をし、遂に、この日に至ったわけだ(A及びB班では蛍が指導した社員が担当。傷んだ一部の折り紙は蛍が折り直す)。
パーティー会場のセッティングがあるので蛍の観光時間は半分以下。
けれども、それは、まあ仕方がない。
お酒系では、トニックウォーター系カクテルとビールが強い蛍光を放つ。
ウィスキーは年代物ほど明るく光る。
保存樽からの流出物が関係するのだろうか。
日本酒(カクテルを含む)は種類により光の強さが異なる。
「お酒が飲めない人には、お茶などがあります」
幹事が社員全員に説明する。
アセロラ飲料、アミノサプリ飲料は強い蛍光を発する。
ジャスミン茶は薄っすら、お茶は濁り系が薄っすらだが、多成分からなるお茶では割と強く光り、護摩麦茶で最強となる。
ライチ系飲料は強く、炭酸オレンジやグレープ系はそこそこだ。
また飲み物ではないが形を崩し、グラスに入れた蒟蒻ゼリーもキラキラと妖しく耀く。
蒟蒻ゼリーの場合、色が無色に近いピーチ味の方が光り方が美しい。
サラダ用のレモン系ドレッシングは程々、穀物酢は強く、羅漢果(ラカンカ)系の甘味料(これはコーヒーや紅茶のために用意)も強い。
蛍光飲料でお決まりのビタミンB2入り滋養強壮剤は、その日の殆どが青色蛍光の飲み物の中では異色の強い黄色に光っている。
また遊び感覚で一緒に用意された消息錠剤も強く光る。
「みんな喜んでくれてるみたいで嬉しい」
最初に照明を落としたときより明るくなったパーティー会場でバイキングを愉しみながら蛍が葵に言う。
「うん、とても綺麗だよ」
葵も蛍のアイデアが実り、嬉しそうだ。
「あんたたち二人でくっついてないで、こっちへ来なよ」
同期入社の新入社員が蛍と葵を呼ぶ。
その輪の中には山口翔もいる。
「知らないうちにすっごく仲良くなってるじゃん」
「そうそう」
「まあ、喧嘩するより良いけどね」
「蛍さん、お疲れさま」
不意に翔に声をかけられ、蛍が思わずキュンとしてしまう。
最初は九人いた本社採用の新入社員だが、すでに三名辞めているので残りは六名だ。
山口翔も、その中の一人。
蛍にとって大切な同僚だ。
仮に翔に恋心を抱いていない場合でも……。
「あれ、いつから、蛍さん、なんて呼んでんの……」
翔の発言を聞き咎め、開発部の栗山咲が翔に迫る。
相当な勢いだ。
「それは最初に一緒に帰ったときから……」
「えっ、最初ってことは何度も一緒に帰ってるわけ」
「いや、二回だけ……」
記憶を探るように翔が呟く。
「最初のときには折り紙を折ってもらったから印象が強いかな」
「折り紙って何、今日のパーティーの伏線……。じゃ、付き合ってんじゃないのか。良かった」
常人とは異なる思考回路で結論を下し、栗山咲が安心したように言う。
すると葵が、
「……てかさ、翔くん、結婚してるよ」
と爆弾発言。
会社では無口な翔が自分で広めないから、そのことを知らない社員も多いのだ。
栗山咲も知らなかったようで口をあんぐりと開けている。
「うそっ、あたし、知らない」
経理部の百田明音が小さく叫びながら言う。
「道理で難攻不落なわけだ」
「まあ、それを言ったら蛍も結婚してるけどね」
飄々とした口調で葵がその場にいた全員にバラす。
「相手は幼馴染でさ。だから蛍は恋を知らないのよ」
「ちょっと待って、葵……」
慌てて蛍が葵を止める。
「あっ、そっちは知ってる」
百田明音と他数人がウンウンと首肯く。
「何よ。じゃ、どっちも知らなかったのって、あたしだけ……」
と栗山咲。
「ひどーい」
「まあ、開発部の人間は他の部の人間と違って、お喋りしないからね。情報通じゃないのも仕方がないよ」
がっかりした表情の栗山咲を慰めるように葵が言う。
「咲ちゃんも翔くんが好きなら頑張らないとね」
葵がそう続けると咲ではなく蛍の方がビクッとする。
「あれでもさ、葵、さっきから、山口くんのことを、翔くん、って呼んでない……」
急に気づき、咲が葵を睨む。
「まさか、葵も結婚しているとか」
咲に問われ、葵が、
「それはない」
あっさりした声で答える。
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