海にて~007
パンパンになったお腹をさする。
やっぱり納豆がどうしても食べたかったので、結局三杯もご飯を食べてしまった…
ヒロも木村も国枝君も似たようなもんらしくて、野郎四人で腹をさすっている状態だ。
「おそまつさま!!全部たべてくれたんだね!!作った甲斐があったよ!!」
女子は結構残しているが、メインで立ち回っていた楠木さんはご満悦だ。
つか、勿体無い。昼に食べるから、弁当にしてくれ。
「……コーヒー、飲む?インスタントだけど」
俺達は全員で頷く。だが…
「俺はブラックでお願い」
コックリ頷き、了解した春日さん。ほっとけば、超甘々なコーヒーが出てきかねん。
俺が注文したのが切っ掛けになったのか、それぞれ自分好みのコーヒーをオーダーした。
春日さんはコックリ頷いて台所に向かったが、あの注文の数を完璧にクリアできるのか?
暫くして、お盆に紙コップを乗せて、春日さんが戻って来た。
いの一番に俺にコーヒーを渡してくれた。
お礼を言って一口飲む。完璧なブラックだ。濃さも申し分ない。
木村もブラック。ヒロと国枝君は砂糖一つ。
「うん、丁度いいよ春日さん」
国枝君がお礼を言う。砂糖一つも完璧だったようだ。
因みに女子は、楠木さんがミルクと砂糖二つ。槙原さんが砂糖一つ。黒木さんがミルクたっぷり砂糖二つ。川岸さんがミルク少々砂糖一つ。波崎さんは何も言わずだった。
その全てのオーダーをミスする事無く、完璧にこなした春日さん。黒木さんが感嘆を漏らす。
「凄いな…メモしなくても、オーダーミスしないなんて…」
「そりゃ春日ちゃんはウェイトレスさんだもん。これくらい当然でしょ」
何故かは解らないが、誇らしげな波崎さん。
同じ店でバイトしているからなんだろうか?
ウチの店は優秀なバイトがたくさんいるよ~。的な。
食後のコーヒーを終えて、野郎共プラス川岸さんはまったりモード。女子達はお片付け。
川岸さんが、何故野郎共と共にゴロゴロしているのか解らないが、兎に角スマホゲームに興じている最中だ。
「隆、確か夕方に帰るんだったか?」
ヒロの問いに答える俺。
「確かそうだな。電車時間が五時頃だった筈」
それまでは自由時間。さて、また海に行こうか?
「ああ、言い忘れていたが、俺は単車だから早めに出るからな。三時くらいに」
「僕も木村君と一緒に帰るよ」
そうなのか。なら、野郎共とつるめるのは、三時前までって事だな。
「あ~、私親戚のお家にいかなきゃいけないから、午後一に出るからね~」
スマホから目を離さずに、川岸さんがアピって来た。
用事があるのなら仕方が無いか。川岸さんも午前中でお別れか。
なんか寂しいな。夏休みが終わるみたいな寂しさだ。
実際もう直ぐで終わるけど。
「じゃあ、みんなで遊ぶ時間は、もうあんま無いじゃねぇか」
ヒロが少し不満気に言う。
ヒロも友達が少ないから、大勢でガヤガヤやる機会なんて、ジムの合宿くらいしかないからな。
「そう言う事になるね。どうする?海に行く?」
国枝君の提案だが、確かに海には行きたいが、昨日の雨で水が濁っているんじゃないかな。野郎共だけで行くんなら、俺も全く気を遣わないが。
「つか、私お土産買いに行きたいな」
川岸さんの提案に成程と頷いた。お土産か…家とジムのみんなに…
俺が考えていると、川岸さんが意味ありげに言う。
「緒方君は思い浮かぶ人の他にも、余分に一個お土産買った方がいいよ」
「それってどういう…」
聞こうと思ったが、スマホに夢中で、我関せずの表情になっていた。
どうしたもんかな…言われた通りにした方がいいのか?
「要するに買い物か。俺はそれでもいいいぜ。」
木村が同意する。こいつも土産買うキャラじゃ無いんだが。
「僕も家族に買って行こうかな」
国枝君はそういうキャラだな。家族大事に、的な。
「俺は…」
「お前も家に買ってけよ…」
多分ヒロは買わないと言いそうだったから、先回りした。
「いや、買うよ?勿論!!」
「嘘つけ…買わなくてもいいかな~、って言おうとしただろ」
ジト目で咎める俺。
「まあ…その通りだけど…」
「白状すんの、はええな…」
木村は感心するやら呆れるやらだった。
「そうと決まれば女子にも言わなくちゃね。確か朝市があった筈だから、そこに行ってみようよ」
国枝君が纏めてくれた。
朝市ならいい干物があるだろう。親父もお袋も好きだったしな。
朝市はあの温泉のすぐ近くにあった。なので、徒歩で向かう。
女子達は買い物好きなのか、キャッキャウフフしていたが、朝市でもそのテンションなのか?まあいいけど。
到着した先は、ちょっと大きなスーパーと言った感じ。外観的には朝市に見えない。看板にそう書かれているから、解っただけだ。
入ってみると、成程、鮮魚を扱うだけはある。空調バリバリで、ちょっと肌寒いくらいだ。
「おお~!!すごいすごい!!魚いっぱい!!貝も!!これナマコ!?すごいすごい!!」
一番テンションが上がったのは、意外にも楠木さんだった。切り身じゃ無い魚に、マジ感動している。
「美咲ちゃん、鮮魚はお土産は無理だよ?」
イナダ一匹丸ごと買いそうだった勢いの楠木さんを心配したのか、槙原さんが窘める。
「解ってるよ。いや、マジ買いたいけどさ。知ってる?青魚には頭を良くするナントカが入っているんだよ!!」
「うんうん。美咲ちゃんには必要だよね~」
温かい眼差しの槙原さん。
だけど、それ結構な禁句なんじゃ…
「……お土産なら…あそこ」
春日さんが指差した先には、干物が沢山並べられていた。確かに干物が妥当だろうなと、そこに向かってみる。
「うわ!!アマダイの干物たっか!!これは手が出ないなあ…」
つか、干物全般高すぎだろ!!なんだ一匹九千円って!!
「アジなら何とか…」
アジは一匹500円か…
「イカの生干しってのもあるよ。500円だって」
じゃあアジ、イカあたりになるのか?
「干物とはいえ生干しだからな。保冷剤入れとかねえと保たねえぞ」
「保冷剤程度で大丈夫かなあ…宅急便の方が安全じゃない?」
「送料高いよ…ちょっと駄目かなあ…」
段々と女子達のテンションが落ちていく。変わらないのは春日さんくらいだった。
結局、差しさわりの無いお菓子で済ませた。
俺だけじゃ無い、全員が。買わなかったのは木村だけ。
曰く「菓子を欲しがる奴は身内に居ない」だそうだ。それを言ったら、身も蓋も無いような気もするが。
春日さんと波崎さんは、連名で、バイト先の同じバイトの子達の分を、結構多めに買っている。
俺も家の分とジムの分は買った。が…
「足りるのそれで?」
川岸さんがまた意味深に言って来る。
「余分に一個買って行くように、って言ったよね?」
「言われたけどさ、何で余分に?麻美の墓にか?」
「………ああ、そっか。じゃあ、その分も多めに買うのよ」
……どうやら麻美の分じゃ無いようだ。
だったら何故?
「考えている暇あったら、ほら、買って来る!!」
どん!!と背中を押されて、よろめきながら店の前に行く。
さっきも来たが、珍しい物は全くない。クッキーやらビスケットやら、どこにでもありそうなご当地土産だ。
しかし麻美の分か…麻美はマカロンが好きだったな…
マカロンを探すと、それはあった。ただのマカロンにパッケージだけ変えた、ご当地お土産が。
それを一つ手に取る。
もう一つ…か…
言われた通り、適当に手に取る。ウエハース系の安価なやつ。
お金を支払い、戻ると、早速川岸さんが袋の中を覗き込んできた。
「……マカロンが彼女ので、そっちの安いのが?」
「言われたヤツだよ」
「他に買ったのはクッキーだよね?無意識で被らせないとは、なかなかやるね」
褒められた。なんで?
つか、ただ安いから買っただけで、被るとか意識した訳じゃ無いんだが…
ぽん、と俺の肩を叩き、口尻を持ち上げる川岸さん。
「時間だから先帰るね。キャンプ結構楽しかったよ」
「え?もうそんな時間?じゃあ途中まで送るよ」
「いいのいいの。緒方君、ちゃんとしてね。彼女の為にさ」
それは勿論。
麻美の為に、ちゃんとする。
迷う事無く、力強く頷く。
「相談には乗るからね。尤も、日向さんの事に関しては、力になれそうもないけどね」
一瞬微笑んでから木村やヒロ、女子達に挨拶に行った。
もうあんま頼れないのかもな。麻美にも出て来るな、って言ったし。全て俺次第になっちまったか…
少し寂しい気持ちで、去っていく川岸さんの後ろ姿を眺めていた。
お土産も買ったし、朝市にはもう用は無い。
俺達はぞろぞろと移動する。と言っても、行く当ても無い。
海に行きたいが、木村達は俺達よりも先に出るらしいし、あんま遊ぶ時間が無い。
「じゃあコテージでマッタリすっか…」
ヒロの気の無い提案に、全員一致で頷く。
いや、テントやらコンロやらも片付けなきゃいけないし、意外と忙しいのかも。
「あ、外に出ていたコンロとかは、僕達が片付けたから」
「え?いつ?」
驚いて国枝君を見る。
「緒方君達が走りに行った時だよ」
言われてみると、帰った時に全て無かったような…
「言ってくれれば俺も手伝ったのに…」
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
コテージに戻ったら戻ったで、女子達がパタパタ掃除して、俺達野郎の居場所は無かった。
ゴミ出しに呼ばれたくらいだ。後はなーんも無い。邪魔だから外で遊んでて。とまで言われる始末。
「でも、もう少しで昼飯の時間だよ?今朝の残り物とか食べないの?」
そう訊ねたら、「捨てた」と言わたので、
「じゃあみんなで昼飯食いに出ようか?」
そう提案したら、「今朝食べすぎたからお昼いらない」と却下された。
朝飯旨かったし、つい食べ過ぎたのも納得だが…
そんな訳で、御言葉に甘えて外に出る。
昨日春日さんと行った喫茶店が近くにあるが、そこ行こうか?
「そういや朝市の近くになんかあったな…ラーメン屋か?」
木村の言葉に頷く。確かにあった。朝市より温泉の近くだったが。
「……正直また戻るのメンドい…」
ヒロの言葉に全員一致で頷いた。
何回あっち方面を行ったり来たりすりゃいいんだ?って事で。
「どうする?海の家なら、直ぐそこに沢山あるけど…」
国枝君の提案だが、けどなあ…
「昨日から食っているからなあ…」
そう。正直飽きた。ああいうのは、海に入って遊んだ後に食べるのが美味しいと思うし。
「コンビニあるぞ。ちょっと遠いけど」
昨日お前が行ったコンビニか。コンビニなら弁当もある。
「遠出してコンビニって何か…」
国枝君の言葉に同感だった。うん、なんか違う。コンビニなら地元にも沢山あるし。
「取り敢えず、そのコンビニの方向に行くか?何も無かったら、諦めてコンビニ弁当でも買えばいいんだし」
まあ、それしか無いよな。選択肢が物凄い狭い。
諦めて女子に付き合って、昼飯抜かすなんて真似は出来ない。
俺達は、育ち盛りの男子高校生なのだから。
結局コンビニまでの道のりの途中に食べ物屋は無く、コンビニでおにぎりや弁当を買って、近くの公園で食べる事になった。
まあ、いつも食べている味だから、安心っちゃ安心だが、折角海に来たのに、なんか勿体無い気もする。
俺はお握り一つにお茶。育ち盛りの男子高校生にはちょっと少ないかも知れんが、これには理由がある。
ヒロの馬鹿が、それこそ馬鹿みたいに弁当を買ったのだ、その数5つ。他にチキンとか唐揚げとか、兎に角沢山だ。
他にカップうどんも買っちゃったもんだから、最低でもそれは食べなきゃいけない、絶対残す。
木村もそれを見越して、サンドイッチと野菜ジュースのみ。国枝君は肉まんとオレンジジュース。
狙っている。ヒロの弁当を。
俺達は顔を突き合わせて微かに笑う。
「俺はあの牛丼を狙う」
「僕はビーフンがいいな」
「じゃあ俺は焼きうどんな」
実に悪い奴等である。目当ての物に手を付けないように、誘導しているし。
まず、ヒロが牛丼を手に取ると…
「大沢、そっちの幕の内を先に食った方が良くねえか?煮物も入っているし、傷んじまうかも知れねえからな」
「言われてみればそうか」
素直に幕の内の蓋を開けて食べる。
焼うどんに手を掛けよう物なら…
「ヒロ、カップうどんが先だろ?伸びちゃうぞ?」
「そりゃそうだな」
素直にうどんを啜る。
ビーフンに目を向けたなら…
「大沢君、唐揚げ冷めちゃうよ?お弁当と違ってお店で揚げたヤツだから、冷めちゃ勿体無いよ」
「そっか。アツアツの方がうまいからな」
何の疑問も持たずに唐揚げを頬張る。
可愛そうな子を見るように生暖かい瞳を向けながら、目当ての弁当を開かないように監視していた。
「……買い過ぎたかな…」
案の定、弁当を残しやがったヒロ。買い過ぎも何もだろう。アホの子丸出しだ。
「お前結構残してんな。牛丼とビーフンと、焼うどん。焼き鳥もか?なんで大根サラダまで買ったんだ?弁当に野菜が入っているだろうに?」
「いや、食いたかったから…」
本能の儘かよ。まあいいや。俺達のお目当ては残っているのだから。
「お前等、これ食わねえ?」
案の定泣きついてきた。狙い通りだ。
「仕方ないなあ…じゃあ焼うどんは手伝うよ」
「捨てるのも勿体無いしな。よし、牛丼は任せろ」
「じゃあ僕はビーフンを片付けるよ。残りは大沢君、何とか出来るかい?」
「まあ…小物ばっかだからな…」
全て自業自得だ。だが、弁当だけは有り難く戴く。
狙い通りの弁当で腹も満たせた。持つべきものはアホな友人だ。
ヒロは涙目でフランクフルトとの格闘中。つか、まだ食っていたのかこいつは。
「お前一応ボクサーなんだろ?体重とか平気なのか?」
木村が呆れながら訊ねた。
「……俺の場合…趣味みたいなもんだから…試合にもあんま出たくないし…」
涙声で返すヒロ。ホントアホだなこいつ。
「ふうん…緒方もプロにはなんねえんだっけ?強いんだろお前等?勿体ねえな」
「プロになったら人殴れないだろ」
「ああ、そっか。喧嘩できなくなるんじゃ、仕方ねえな」
こいつも大概だ。お前の学校の連中みたいな糞をぶち砕く為に始めたんだっつーの。忘れんなよなあ。
「的場んトコとやり合った時みたいな事件、また起こらねえかな…」
「冗談言うな。的場とはもうやりたくねーよ。あのレベルも勘弁だ」
だからギリギリだったっつったろーが。ホント忘れっぽいな、こいつ。
漸く全て片付いたが、ヒロは当分動きそうもない。
なので、もうちょっと公園で時間を潰す事にした。
「ちょっと喉渇いたね。ジュースでも買って来るよ。みんなはどうだい?」
じゃあお言葉に甘えて、コーラでも買ってきてもらおう。
お金を渡してお願いする。
「俺もコーラ頼む」
木村もお金を放り渡した。
「……お、俺は…アイスを…」
「「「まだ食うの!?」」」
見事な三人同時の突っ込み。
「お、大沢君、別にいいんだけど、せめて飲み物にした方が良いよ?」
「あ、アイスがいい…」
「あのな、アイスは溶けちまうだろ?その腹でアイス食切るのは、きついだろ?だがペットボトルの飲み物だったら、蓋をすれば後で飲めるだろ」
「あ、アイスが…いい…」
駄目だこいつ。ブレやしねえ。
今回は親切心で言ったんだが、聞き入れないなら仕方が無い。
国枝君もそう思ったのか、それ以上は言わずに、素直にお金を受け取った。
程なく、国枝君が戻って来た。
コーラ三本と…
「国枝君…ヒロはハーゲンダッツを頼んだのか?」
「うん…どうしようかと思ったんだけど、頼まれてお金も受け取っちゃったし…」
何故か申し訳無さそうな顔の国枝君。いいんだ。アホのヒロが頼んだんだから。
「まあ…高いシェイクを飲んでいると思えばいいんじゃねえか?」
最早木村は呆れて適当にしか言ってなかった。
コーラを受け取り、改めて座り直す。ヒロだけはベンチでひっくり返って動かないが。
「眞鍋君はあれから見つかったのか?」
話題振りで気になっていた事を聞いてみる。眞鍋君は単なる家出だと川岸さんから聞いていたが、実際家に帰っているのかどうかも知りたかった。
「知らねえな。馬鹿の面倒は見きれねえ」
本気で興味が無い感じだった。噴き出したコーラの泡を処理する方に夢中だった。
そうか。こいつは一旦縁が切れれば、そうなるタイプか。
確かに、眞鍋君は、どう転んでも自業自得にしかならないが。
「それよりも、お前どうするつもりだ?」
ベンチに寝転びながらヒロが聞いてきたが、何の事だ?
首を捻ると――
「須藤の事だよ。お前、女子三人にキャッキャウフフされて、浮かれているのも解るが、根本を解決しないと意味ねえだろ」
キャッキャウフフは兎も角、確かにヒロの言う通り。
加えて麻美にも出てくんなと言った手前、自力でどうにかするしかない。
だが、前に槙原さんが阿部と約束した事がある。
阿部の潜伏先は京都で、俺達の修学旅行も京都。そこでお金を受け取って俺を虐めていた証拠の領収書(?)を貰う約束をしている。
「修学旅行まで待てば武器が揃うから、それを突き出して縁を切るつもりだ」
「修学旅行ねえ…」
鼻で笑うヒロ。ムッとした。お腹いっぱいで動く事も儘ならないアホに、鼻で笑われるなんて、どんな屈辱だ。
俺が文句を言う前にヒロが続ける。
「随分呑気だな?そりゃ武器は欲しいだろうが、それは決定打にした方がいいだろ。それまでお嫌いだって事を、縁切りたい事を言っておくべきじゃねえのか?」
「言っている意味が解んねーよ?決定打って何だよ?今動いたらみんな危ないかも知れないじゃないか?だったら動かぬ証拠を突き付けて、その場で終わった方がいいだろ?なんでわざわざ嫌いだの、縁切りだのを言いに行かなきゃならないんだ?」
逆恨みで楠木さんや春日さん、槙原さんが危ないかも知れない。最悪殺されるかも知れない。
俺一人死ぬなら兎も角、女子に危ない橋を渡らせたくない。
「成程。緒方、お前逃げているな?」
「木村?お前まで?だから女子が危ない」
続ける言葉を遮ったのが国枝君だった。
「緒方君は決定的な証拠を掴んでいないかも知れないけど、それに近い証拠は手に入れているじゃないか?写メとかさ?」
朋美の家に呼ばれた時に、撮った写メの事か?
だが、あれじゃ弱い。槙原さんもそう言っていただろう?国枝君だって知っている筈じゃないか?
ヒロは呆れたように溜息を付く。いや、お腹がいっぱいで、ふうふう言っているだけかも知れないが。
「お前は槙原を選ぶな」
槙原さんを?いや、それならそれでいいんだが…
「槙原さんはいい子だし、おっぱいもデカいし、脚も綺麗だから俺得だろ?もし選んでも何もおかしくは無い」
「じゃなくて。お前、槙原の言う通りに行動しているだろ」
それは…そうかも知れないが…
「巨乳の言う通り、か。そういや俺達もさり気なく誘導されているよな。いろいろ制限されていたりな」
「槙原さんは誘導している訳じゃ無い。そうした方がいいって言っただけだろ?そして、それは間違ってない」
「そうだけど、最終的にそれが生きるかも知れない、って大沢君は言っているんだよ。僕達も槙原さんの提案に反対はしていないから、偉そうな事は言えないけどさ」
「そこまで見越しているとは言わないが、成程、此の儘なら巨乳を選ぶ可能性がデカいわけだ。摺り込みみたいなヤツか?緒方が良いなら何でもいいが」
まさかそこまで計算している訳じゃ無い…と思うが…
何か段々と怖くなってきた…
じゃあ、と、俺は相談のように聞いてみる。
「俺はどうしたらいいんだ?朋美相手に警戒は怠らないし、なるべく接したくない気持ちもあるが、確かに俺の意思は、殆ど槙原さんが決めているように思える」
「直接対峙すりゃいいだろ。たがが病人の女だ」
ヒロらしい明確さだが、問題もあるだろ。
「朋美の家はどうする?ヤクザで代議士だぞ?他県にも影響力があるんだ。実際人殺しを揉み消しているだろ?」
「それこそ巨乳が担保を取っているんだろ?疑惑段階でしかない証拠だろうが何だろうが。そもそも、須藤の尻拭いでしか動いていないんだろ。親の事はあんま気にしなくてもいいと思うがな」
木村も矛盾しているじゃないか。槙原さんに誘導されているとか言って、否定しながらも、槙原さんに頼るなんて…
「仮に、家の件が全て何でもなくなったとしても、俺は朋美になんて言えばいいんだよ?」
「普通に自分の気持ちを言えばいいんじゃないかな?嫌いでも関わるなでもさ」
女子相手にそんなキツイ事を俺に言え、って言うのか?
国枝君もなかなかキツイ…
「国枝の言い方はちょっとアレだが、本心をそのまま伝えるのは効果があるんだぞ。好意でも悪意でもな」
そりゃ木村の言っている事も解るが…どうしよう?槙原さんに相談しようか?本末転倒な気がするが…
「かお前、さっき土産四つ買っていたよな?何で?」
「なんでって、土産だからだろ?俺が食べる為に買った訳じゃ無い」
「だから、なんで四つなんだ?」
自分家と、ジムと、麻美の墓と…
「……もう一つ余計に買ったのは、川岸さんが買えって言ったからだけど…」
「じゃあ一つ余っている事になるな。それ持って須藤の見舞いに行けばいい」
「そうだな。見舞いついでに本心を言ってやればいい。迷惑だってな」
「流石川岸さんだね。そこまで気を配ってくれたんだ。凄いなあ」
言われて気が付く。
この土産はそういう事だったのか!!
川岸さんも直接言いに行け、と言っていたのか!!
川岸さんは知っている。麻美がもう出て来ない事を。
そして自分もあまり助けられないとも言った。
誰かの意見に流されるんじゃなく、案に乗っかるだけじゃ無く、自分で行動しろと。そう言っているんだ。
「つかお前、蟹江達の分は買わなかったのかよ」
ヒロが痛い所を突いた。今は俺の大事な友達なんだし、土産くらい買っとくべきだった!!
俺は念の為に聞いてみる。
「ヒロ、お前は蟹江君達の分は…」
「買う訳ねえだろ。なんで野郎に金使わなきゃならないんだ。馬鹿かお前は?」
「馬鹿はお前で、お前らしくて安心もしたよ…」
こいつはそういう奴だった。俺にすら土産を買った事が無いっつーのに、何を期待してたんだ俺は。
嘆息する俺。改めて買わなきゃいけないなあ…
こういうのは気持ちだからな。気持ちは大事に、だ。
「おっと、そろそろ戻るか」
木村がスマホを開いて時間を確認し、立ち上がる。
ヒロも重たい身体をどうにか起こして立ち上がった。
「僕達は先に出発するからね。それまで掃除とか、出来る事は手伝わないと」
「手伝いいらねえって言われただろうが。もうとっくに片付いているだろ」
誠意を見せようとする国枝君と、あくまでも言われたからやらない木村。
対極にある筈のこの二人が相性いいのは意外だが、木村は眞鍋君とも友達だったし、自分と同じ不良カテゴリーに位置する連中に拘っていないんだろう。
「俺もバイクの免許取るかなあ…」
ボソッと呟く俺。同時に国枝君と木村が俺を見た。
「おお、そりゃいいや!中型なら簡単だ!!免許取ってツーリング行こうぜ!!」
「そうだね!!ウチの学校はバイク通学を禁止しているだけで、免許は取っていいんだから、取ればいいんだよ!!」
ずずずい、と近付く二人に後退りしながら、「お、おお…」と返す。
木村は兎も角、国枝君はバイク仲間が欲しいんだろうな。
免許OKとは言え、ウチの学校で持っている奴なんか、あんまいないだろうし。
そうだな。ちょっと真面目に考えてみるか。
全部終った後に、お祝いみたいな感じで、ツーリングに行ってもいい。
「で?いつ取りに行く?」
「はは…全部終わった後だな」
「じゃあ早く終わらせないとね!!」
「そうだな。予定の秋も、もう直ぐだ」
秋には全部終らせなければならない。
木村と国枝君ともツーリングの約束をした。
これは本腰を入れなきゃな。今までのように、フラフラグータラしていられない。
空を見上げる。
雲がゆっくりと流れているのをぼんやり眺めながら、俺は改めて決意した―――
緒方隆の廻愁奇談録~本章~ しをおう @swoow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます