海にて~007

 パンパンになったお腹をさする。

 やっぱり納豆がどうしても食べたかったので、結局三杯もご飯を食べてしまった…

 ヒロも木村も国枝君も似たようなもんらしくて、野郎四人で腹をさすっている状態だ。

「おそまつさま!!全部たべてくれたんだね!!作った甲斐があったよ!!」

 女子は結構残しているが、メインで立ち回っていた楠木さんはご満悦だ。

 つか、勿体無い。昼に食べるから、弁当にしてくれ。

「……コーヒー、飲む?インスタントだけど」

 俺達は全員で頷く。だが…

「俺はブラックでお願い」

 コックリ頷き、了解した春日さん。ほっとけば、超甘々なコーヒーが出てきかねん。

 俺が注文したのが切っ掛けになったのか、それぞれ自分好みのコーヒーをオーダーした。

 春日さんはコックリ頷いて台所に向かったが、あの注文の数を完璧にクリアできるのか?

 暫くして、お盆に紙コップを乗せて、春日さんが戻って来た。

 いの一番に俺にコーヒーを渡してくれた。

 お礼を言って一口飲む。完璧なブラックだ。濃さも申し分ない。

 木村もブラック。ヒロと国枝君は砂糖一つ。

「うん、丁度いいよ春日さん」

 国枝君がお礼を言う。砂糖一つも完璧だったようだ。

 因みに女子は、楠木さんがミルクと砂糖二つ。槙原さんが砂糖一つ。黒木さんがミルクたっぷり砂糖二つ。川岸さんがミルク少々砂糖一つ。波崎さんは何も言わずだった。

 その全てのオーダーをミスする事無く、完璧にこなした春日さん。黒木さんが感嘆を漏らす。

「凄いな…メモしなくても、オーダーミスしないなんて…」

「そりゃ春日ちゃんはウェイトレスさんだもん。これくらい当然でしょ」

 何故かは解らないが、誇らしげな波崎さん。

 同じ店でバイトしているからなんだろうか?

 ウチの店は優秀なバイトがたくさんいるよ~。的な。

 食後のコーヒーを終えて、野郎共プラス川岸さんはまったりモード。女子達はお片付け。

 川岸さんが、何故野郎共と共にゴロゴロしているのか解らないが、兎に角スマホゲームに興じている最中だ。

「隆、確か夕方に帰るんだったか?」

 ヒロの問いに答える俺。

「確かそうだな。電車時間が五時頃だった筈」

 それまでは自由時間。さて、また海に行こうか?

「ああ、言い忘れていたが、俺は単車だから早めに出るからな。三時くらいに」

「僕も木村君と一緒に帰るよ」

 そうなのか。なら、野郎共とつるめるのは、三時前までって事だな。

「あ~、私親戚のお家にいかなきゃいけないから、午後一に出るからね~」

 スマホから目を離さずに、川岸さんがアピって来た。

 用事があるのなら仕方が無いか。川岸さんも午前中でお別れか。

 なんか寂しいな。夏休みが終わるみたいな寂しさだ。

 実際もう直ぐで終わるけど。

「じゃあ、みんなで遊ぶ時間は、もうあんま無いじゃねぇか」

 ヒロが少し不満気に言う。

 ヒロも友達が少ないから、大勢でガヤガヤやる機会なんて、ジムの合宿くらいしかないからな。

「そう言う事になるね。どうする?海に行く?」

 国枝君の提案だが、確かに海には行きたいが、昨日の雨で水が濁っているんじゃないかな。野郎共だけで行くんなら、俺も全く気を遣わないが。

「つか、私お土産買いに行きたいな」

 川岸さんの提案に成程と頷いた。お土産か…家とジムのみんなに…

 俺が考えていると、川岸さんが意味ありげに言う。

「緒方君は思い浮かぶ人の他にも、余分に一個お土産買った方がいいよ」

「それってどういう…」

 聞こうと思ったが、スマホに夢中で、我関せずの表情になっていた。

 どうしたもんかな…言われた通りにした方がいいのか?

「要するに買い物か。俺はそれでもいいいぜ。」

 木村が同意する。こいつも土産買うキャラじゃ無いんだが。

「僕も家族に買って行こうかな」

 国枝君はそういうキャラだな。家族大事に、的な。

「俺は…」

「お前も家に買ってけよ…」

 多分ヒロは買わないと言いそうだったから、先回りした。

「いや、買うよ?勿論!!」

「嘘つけ…買わなくてもいいかな~、って言おうとしただろ」

 ジト目で咎める俺。

「まあ…その通りだけど…」

「白状すんの、はええな…」

 木村は感心するやら呆れるやらだった。

「そうと決まれば女子にも言わなくちゃね。確か朝市があった筈だから、そこに行ってみようよ」

 国枝君が纏めてくれた。

 朝市ならいい干物があるだろう。親父もお袋も好きだったしな。

 朝市はあの温泉のすぐ近くにあった。なので、徒歩で向かう。

 女子達は買い物好きなのか、キャッキャウフフしていたが、朝市でもそのテンションなのか?まあいいけど。

 到着した先は、ちょっと大きなスーパーと言った感じ。外観的には朝市に見えない。看板にそう書かれているから、解っただけだ。

 入ってみると、成程、鮮魚を扱うだけはある。空調バリバリで、ちょっと肌寒いくらいだ。

「おお~!!すごいすごい!!魚いっぱい!!貝も!!これナマコ!?すごいすごい!!」

 一番テンションが上がったのは、意外にも楠木さんだった。切り身じゃ無い魚に、マジ感動している。

「美咲ちゃん、鮮魚はお土産は無理だよ?」

 イナダ一匹丸ごと買いそうだった勢いの楠木さんを心配したのか、槙原さんが窘める。

「解ってるよ。いや、マジ買いたいけどさ。知ってる?青魚には頭を良くするナントカが入っているんだよ!!」

「うんうん。美咲ちゃんには必要だよね~」

 温かい眼差しの槙原さん。

 だけど、それ結構な禁句なんじゃ…

「……お土産なら…あそこ」

 春日さんが指差した先には、干物が沢山並べられていた。確かに干物が妥当だろうなと、そこに向かってみる。

「うわ!!アマダイの干物たっか!!これは手が出ないなあ…」

 つか、干物全般高すぎだろ!!なんだ一匹九千円って!!

「アジなら何とか…」

 アジは一匹500円か…

「イカの生干しってのもあるよ。500円だって」

 じゃあアジ、イカあたりになるのか?

「干物とはいえ生干しだからな。保冷剤入れとかねえと保たねえぞ」

「保冷剤程度で大丈夫かなあ…宅急便の方が安全じゃない?」

「送料高いよ…ちょっと駄目かなあ…」

 段々と女子達のテンションが落ちていく。変わらないのは春日さんくらいだった。

 結局、差しさわりの無いお菓子で済ませた。

 俺だけじゃ無い、全員が。買わなかったのは木村だけ。

 曰く「菓子を欲しがる奴は身内に居ない」だそうだ。それを言ったら、身も蓋も無いような気もするが。

 春日さんと波崎さんは、連名で、バイト先の同じバイトの子達の分を、結構多めに買っている。

 俺も家の分とジムの分は買った。が…

「足りるのそれで?」

 川岸さんがまた意味深に言って来る。

「余分に一個買って行くように、って言ったよね?」

「言われたけどさ、何で余分に?麻美の墓にか?」

「………ああ、そっか。じゃあ、その分も多めに買うのよ」

 ……どうやら麻美の分じゃ無いようだ。

 だったら何故?

「考えている暇あったら、ほら、買って来る!!」

 どん!!と背中を押されて、よろめきながら店の前に行く。

 さっきも来たが、珍しい物は全くない。クッキーやらビスケットやら、どこにでもありそうなご当地土産だ。

 しかし麻美の分か…麻美はマカロンが好きだったな…

 マカロンを探すと、それはあった。ただのマカロンにパッケージだけ変えた、ご当地お土産が。

 それを一つ手に取る。

 もう一つ…か…

 言われた通り、適当に手に取る。ウエハース系の安価なやつ。

 お金を支払い、戻ると、早速川岸さんが袋の中を覗き込んできた。

「……マカロンが彼女ので、そっちの安いのが?」

「言われたヤツだよ」

「他に買ったのはクッキーだよね?無意識で被らせないとは、なかなかやるね」

 褒められた。なんで?

 つか、ただ安いから買っただけで、被るとか意識した訳じゃ無いんだが…

 ぽん、と俺の肩を叩き、口尻を持ち上げる川岸さん。

「時間だから先帰るね。キャンプ結構楽しかったよ」

「え?もうそんな時間?じゃあ途中まで送るよ」

「いいのいいの。緒方君、ちゃんとしてね。彼女の為にさ」

 それは勿論。

 麻美の為に、ちゃんとする。

 迷う事無く、力強く頷く。

「相談には乗るからね。尤も、日向さんの事に関しては、力になれそうもないけどね」

 一瞬微笑んでから木村やヒロ、女子達に挨拶に行った。

 もうあんま頼れないのかもな。麻美にも出て来るな、って言ったし。全て俺次第になっちまったか…

 少し寂しい気持ちで、去っていく川岸さんの後ろ姿を眺めていた。

 お土産も買ったし、朝市にはもう用は無い。

 俺達はぞろぞろと移動する。と言っても、行く当ても無い。

 海に行きたいが、木村達は俺達よりも先に出るらしいし、あんま遊ぶ時間が無い。

「じゃあコテージでマッタリすっか…」

 ヒロの気の無い提案に、全員一致で頷く。

 いや、テントやらコンロやらも片付けなきゃいけないし、意外と忙しいのかも。

「あ、外に出ていたコンロとかは、僕達が片付けたから」

「え?いつ?」

 驚いて国枝君を見る。

「緒方君達が走りに行った時だよ」

 言われてみると、帰った時に全て無かったような…

「言ってくれれば俺も手伝ったのに…」

 申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 コテージに戻ったら戻ったで、女子達がパタパタ掃除して、俺達野郎の居場所は無かった。

 ゴミ出しに呼ばれたくらいだ。後はなーんも無い。邪魔だから外で遊んでて。とまで言われる始末。

「でも、もう少しで昼飯の時間だよ?今朝の残り物とか食べないの?」

 そう訊ねたら、「捨てた」と言わたので、

「じゃあみんなで昼飯食いに出ようか?」

 そう提案したら、「今朝食べすぎたからお昼いらない」と却下された。

 朝飯旨かったし、つい食べ過ぎたのも納得だが…

 そんな訳で、御言葉に甘えて外に出る。

 昨日春日さんと行った喫茶店が近くにあるが、そこ行こうか?

「そういや朝市の近くになんかあったな…ラーメン屋か?」

 木村の言葉に頷く。確かにあった。朝市より温泉の近くだったが。

「……正直また戻るのメンドい…」

 ヒロの言葉に全員一致で頷いた。

 何回あっち方面を行ったり来たりすりゃいいんだ?って事で。

「どうする?海の家なら、直ぐそこに沢山あるけど…」

 国枝君の提案だが、けどなあ…

「昨日から食っているからなあ…」

 そう。正直飽きた。ああいうのは、海に入って遊んだ後に食べるのが美味しいと思うし。

「コンビニあるぞ。ちょっと遠いけど」

 昨日お前が行ったコンビニか。コンビニなら弁当もある。

「遠出してコンビニって何か…」

 国枝君の言葉に同感だった。うん、なんか違う。コンビニなら地元にも沢山あるし。

「取り敢えず、そのコンビニの方向に行くか?何も無かったら、諦めてコンビニ弁当でも買えばいいんだし」

 まあ、それしか無いよな。選択肢が物凄い狭い。

 諦めて女子に付き合って、昼飯抜かすなんて真似は出来ない。

 俺達は、育ち盛りの男子高校生なのだから。

 結局コンビニまでの道のりの途中に食べ物屋は無く、コンビニでおにぎりや弁当を買って、近くの公園で食べる事になった。

 まあ、いつも食べている味だから、安心っちゃ安心だが、折角海に来たのに、なんか勿体無い気もする。

 俺はお握り一つにお茶。育ち盛りの男子高校生にはちょっと少ないかも知れんが、これには理由がある。

 ヒロの馬鹿が、それこそ馬鹿みたいに弁当を買ったのだ、その数5つ。他にチキンとか唐揚げとか、兎に角沢山だ。

 他にカップうどんも買っちゃったもんだから、最低でもそれは食べなきゃいけない、絶対残す。

 木村もそれを見越して、サンドイッチと野菜ジュースのみ。国枝君は肉まんとオレンジジュース。

 狙っている。ヒロの弁当を。

 俺達は顔を突き合わせて微かに笑う。

「俺はあの牛丼を狙う」

「僕はビーフンがいいな」

「じゃあ俺は焼きうどんな」

 実に悪い奴等である。目当ての物に手を付けないように、誘導しているし。

 まず、ヒロが牛丼を手に取ると…

「大沢、そっちの幕の内を先に食った方が良くねえか?煮物も入っているし、傷んじまうかも知れねえからな」

「言われてみればそうか」

 素直に幕の内の蓋を開けて食べる。

 焼うどんに手を掛けよう物なら…

「ヒロ、カップうどんが先だろ?伸びちゃうぞ?」

「そりゃそうだな」

 素直にうどんを啜る。

 ビーフンに目を向けたなら…

「大沢君、唐揚げ冷めちゃうよ?お弁当と違ってお店で揚げたヤツだから、冷めちゃ勿体無いよ」

「そっか。アツアツの方がうまいからな」

 何の疑問も持たずに唐揚げを頬張る。

 可愛そうな子を見るように生暖かい瞳を向けながら、目当ての弁当を開かないように監視していた。

「……買い過ぎたかな…」

 案の定、弁当を残しやがったヒロ。買い過ぎも何もだろう。アホの子丸出しだ。

「お前結構残してんな。牛丼とビーフンと、焼うどん。焼き鳥もか?なんで大根サラダまで買ったんだ?弁当に野菜が入っているだろうに?」

「いや、食いたかったから…」

 本能の儘かよ。まあいいや。俺達のお目当ては残っているのだから。

「お前等、これ食わねえ?」

 案の定泣きついてきた。狙い通りだ。

「仕方ないなあ…じゃあ焼うどんは手伝うよ」

「捨てるのも勿体無いしな。よし、牛丼は任せろ」

「じゃあ僕はビーフンを片付けるよ。残りは大沢君、何とか出来るかい?」

「まあ…小物ばっかだからな…」

 全て自業自得だ。だが、弁当だけは有り難く戴く。

 狙い通りの弁当で腹も満たせた。持つべきものはアホな友人だ。

 ヒロは涙目でフランクフルトとの格闘中。つか、まだ食っていたのかこいつは。

「お前一応ボクサーなんだろ?体重とか平気なのか?」

 木村が呆れながら訊ねた。

「……俺の場合…趣味みたいなもんだから…試合にもあんま出たくないし…」

 涙声で返すヒロ。ホントアホだなこいつ。

「ふうん…緒方もプロにはなんねえんだっけ?強いんだろお前等?勿体ねえな」

「プロになったら人殴れないだろ」

「ああ、そっか。喧嘩できなくなるんじゃ、仕方ねえな」

 こいつも大概だ。お前の学校の連中みたいな糞をぶち砕く為に始めたんだっつーの。忘れんなよなあ。

「的場んトコとやり合った時みたいな事件、また起こらねえかな…」

「冗談言うな。的場とはもうやりたくねーよ。あのレベルも勘弁だ」

 だからギリギリだったっつったろーが。ホント忘れっぽいな、こいつ。

 漸く全て片付いたが、ヒロは当分動きそうもない。

 なので、もうちょっと公園で時間を潰す事にした。

「ちょっと喉渇いたね。ジュースでも買って来るよ。みんなはどうだい?」

 じゃあお言葉に甘えて、コーラでも買ってきてもらおう。

 お金を渡してお願いする。

「俺もコーラ頼む」

 木村もお金を放り渡した。

「……お、俺は…アイスを…」

「「「まだ食うの!?」」」

 見事な三人同時の突っ込み。

「お、大沢君、別にいいんだけど、せめて飲み物にした方が良いよ?」

「あ、アイスがいい…」

「あのな、アイスは溶けちまうだろ?その腹でアイス食切るのは、きついだろ?だがペットボトルの飲み物だったら、蓋をすれば後で飲めるだろ」

「あ、アイスが…いい…」

 駄目だこいつ。ブレやしねえ。

 今回は親切心で言ったんだが、聞き入れないなら仕方が無い。

 国枝君もそう思ったのか、それ以上は言わずに、素直にお金を受け取った。

 程なく、国枝君が戻って来た。

 コーラ三本と…

「国枝君…ヒロはハーゲンダッツを頼んだのか?」

「うん…どうしようかと思ったんだけど、頼まれてお金も受け取っちゃったし…」

 何故か申し訳無さそうな顔の国枝君。いいんだ。アホのヒロが頼んだんだから。

「まあ…高いシェイクを飲んでいると思えばいいんじゃねえか?」

 最早木村は呆れて適当にしか言ってなかった。

 コーラを受け取り、改めて座り直す。ヒロだけはベンチでひっくり返って動かないが。

「眞鍋君はあれから見つかったのか?」

 話題振りで気になっていた事を聞いてみる。眞鍋君は単なる家出だと川岸さんから聞いていたが、実際家に帰っているのかどうかも知りたかった。

「知らねえな。馬鹿の面倒は見きれねえ」

 本気で興味が無い感じだった。噴き出したコーラの泡を処理する方に夢中だった。

 そうか。こいつは一旦縁が切れれば、そうなるタイプか。

 確かに、眞鍋君は、どう転んでも自業自得にしかならないが。

「それよりも、お前どうするつもりだ?」

 ベンチに寝転びながらヒロが聞いてきたが、何の事だ?

 首を捻ると――

「須藤の事だよ。お前、女子三人にキャッキャウフフされて、浮かれているのも解るが、根本を解決しないと意味ねえだろ」

 キャッキャウフフは兎も角、確かにヒロの言う通り。

 加えて麻美にも出てくんなと言った手前、自力でどうにかするしかない。

 だが、前に槙原さんが阿部と約束した事がある。

 阿部の潜伏先は京都で、俺達の修学旅行も京都。そこでお金を受け取って俺を虐めていた証拠の領収書(?)を貰う約束をしている。

「修学旅行まで待てば武器が揃うから、それを突き出して縁を切るつもりだ」

「修学旅行ねえ…」

 鼻で笑うヒロ。ムッとした。お腹いっぱいで動く事も儘ならないアホに、鼻で笑われるなんて、どんな屈辱だ。

 俺が文句を言う前にヒロが続ける。

「随分呑気だな?そりゃ武器は欲しいだろうが、それは決定打にした方がいいだろ。それまでお嫌いだって事を、縁切りたい事を言っておくべきじゃねえのか?」

「言っている意味が解んねーよ?決定打って何だよ?今動いたらみんな危ないかも知れないじゃないか?だったら動かぬ証拠を突き付けて、その場で終わった方がいいだろ?なんでわざわざ嫌いだの、縁切りだのを言いに行かなきゃならないんだ?」

 逆恨みで楠木さんや春日さん、槙原さんが危ないかも知れない。最悪殺されるかも知れない。

 俺一人死ぬなら兎も角、女子に危ない橋を渡らせたくない。

「成程。緒方、お前逃げているな?」

「木村?お前まで?だから女子が危ない」

 続ける言葉を遮ったのが国枝君だった。

「緒方君は決定的な証拠を掴んでいないかも知れないけど、それに近い証拠は手に入れているじゃないか?写メとかさ?」

 朋美の家に呼ばれた時に、撮った写メの事か?

 だが、あれじゃ弱い。槙原さんもそう言っていただろう?国枝君だって知っている筈じゃないか?

 ヒロは呆れたように溜息を付く。いや、お腹がいっぱいで、ふうふう言っているだけかも知れないが。

「お前は槙原を選ぶな」

 槙原さんを?いや、それならそれでいいんだが…

「槙原さんはいい子だし、おっぱいもデカいし、脚も綺麗だから俺得だろ?もし選んでも何もおかしくは無い」

「じゃなくて。お前、槙原の言う通りに行動しているだろ」

 それは…そうかも知れないが…

「巨乳の言う通り、か。そういや俺達もさり気なく誘導されているよな。いろいろ制限されていたりな」

「槙原さんは誘導している訳じゃ無い。そうした方がいいって言っただけだろ?そして、それは間違ってない」

「そうだけど、最終的にそれが生きるかも知れない、って大沢君は言っているんだよ。僕達も槙原さんの提案に反対はしていないから、偉そうな事は言えないけどさ」

「そこまで見越しているとは言わないが、成程、此の儘なら巨乳を選ぶ可能性がデカいわけだ。摺り込みみたいなヤツか?緒方が良いなら何でもいいが」

 まさかそこまで計算している訳じゃ無い…と思うが…

 何か段々と怖くなってきた…

 じゃあ、と、俺は相談のように聞いてみる。

「俺はどうしたらいいんだ?朋美相手に警戒は怠らないし、なるべく接したくない気持ちもあるが、確かに俺の意思は、殆ど槙原さんが決めているように思える」

「直接対峙すりゃいいだろ。たがが病人の女だ」

 ヒロらしい明確さだが、問題もあるだろ。

「朋美の家はどうする?ヤクザで代議士だぞ?他県にも影響力があるんだ。実際人殺しを揉み消しているだろ?」

「それこそ巨乳が担保を取っているんだろ?疑惑段階でしかない証拠だろうが何だろうが。そもそも、須藤の尻拭いでしか動いていないんだろ。親の事はあんま気にしなくてもいいと思うがな」

 木村も矛盾しているじゃないか。槙原さんに誘導されているとか言って、否定しながらも、槙原さんに頼るなんて…

「仮に、家の件が全て何でもなくなったとしても、俺は朋美になんて言えばいいんだよ?」

「普通に自分の気持ちを言えばいいんじゃないかな?嫌いでも関わるなでもさ」

 女子相手にそんなキツイ事を俺に言え、って言うのか?

 国枝君もなかなかキツイ…

「国枝の言い方はちょっとアレだが、本心をそのまま伝えるのは効果があるんだぞ。好意でも悪意でもな」

 そりゃ木村の言っている事も解るが…どうしよう?槙原さんに相談しようか?本末転倒な気がするが…

「かお前、さっき土産四つ買っていたよな?何で?」

「なんでって、土産だからだろ?俺が食べる為に買った訳じゃ無い」

「だから、なんで四つなんだ?」

 自分家と、ジムと、麻美の墓と…

「……もう一つ余計に買ったのは、川岸さんが買えって言ったからだけど…」

「じゃあ一つ余っている事になるな。それ持って須藤の見舞いに行けばいい」

「そうだな。見舞いついでに本心を言ってやればいい。迷惑だってな」

「流石川岸さんだね。そこまで気を配ってくれたんだ。凄いなあ」

 言われて気が付く。

 この土産はそういう事だったのか!!

 川岸さんも直接言いに行け、と言っていたのか!!

 川岸さんは知っている。麻美がもう出て来ない事を。

 そして自分もあまり助けられないとも言った。

 誰かの意見に流されるんじゃなく、案に乗っかるだけじゃ無く、自分で行動しろと。そう言っているんだ。

「つかお前、蟹江達の分は買わなかったのかよ」

 ヒロが痛い所を突いた。今は俺の大事な友達なんだし、土産くらい買っとくべきだった!!

 俺は念の為に聞いてみる。

「ヒロ、お前は蟹江君達の分は…」

「買う訳ねえだろ。なんで野郎に金使わなきゃならないんだ。馬鹿かお前は?」

「馬鹿はお前で、お前らしくて安心もしたよ…」

 こいつはそういう奴だった。俺にすら土産を買った事が無いっつーのに、何を期待してたんだ俺は。

 嘆息する俺。改めて買わなきゃいけないなあ…

 こういうのは気持ちだからな。気持ちは大事に、だ。

「おっと、そろそろ戻るか」

 木村がスマホを開いて時間を確認し、立ち上がる。

 ヒロも重たい身体をどうにか起こして立ち上がった。

「僕達は先に出発するからね。それまで掃除とか、出来る事は手伝わないと」

「手伝いいらねえって言われただろうが。もうとっくに片付いているだろ」

 誠意を見せようとする国枝君と、あくまでも言われたからやらない木村。

 対極にある筈のこの二人が相性いいのは意外だが、木村は眞鍋君とも友達だったし、自分と同じ不良カテゴリーに位置する連中に拘っていないんだろう。

「俺もバイクの免許取るかなあ…」

 ボソッと呟く俺。同時に国枝君と木村が俺を見た。

「おお、そりゃいいや!中型なら簡単だ!!免許取ってツーリング行こうぜ!!」

「そうだね!!ウチの学校はバイク通学を禁止しているだけで、免許は取っていいんだから、取ればいいんだよ!!」

 ずずずい、と近付く二人に後退りしながら、「お、おお…」と返す。

 木村は兎も角、国枝君はバイク仲間が欲しいんだろうな。

 免許OKとは言え、ウチの学校で持っている奴なんか、あんまいないだろうし。

 そうだな。ちょっと真面目に考えてみるか。

 全部終った後に、お祝いみたいな感じで、ツーリングに行ってもいい。

「で?いつ取りに行く?」

「はは…全部終わった後だな」

「じゃあ早く終わらせないとね!!」

「そうだな。予定の秋も、もう直ぐだ」

 秋には全部終らせなければならない。

 木村と国枝君ともツーリングの約束をした。

 これは本腰を入れなきゃな。今までのように、フラフラグータラしていられない。

 空を見上げる。

 雲がゆっくりと流れているのをぼんやり眺めながら、俺は改めて決意した―――

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緒方隆の廻愁奇談録~本章~ しをおう @swoow

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