勉強会~001

 その週の土曜日。

 いつものように早朝ランニングし、シャワーを浴びて、朝飯を食う。

 ホントいつも通りの朝だ。土曜日は学校も休みだからマッタリして過ごそう。

「あ、隆君、ご飯おかわりは?」

「うん。貰おうか」

 せっせとご飯を装い。俺にはいと渡す。

 あ~うまい。やっぱ日本人は白米だよなあ。

 ある種の幸せに浸りながらご飯をかっこむ。

「あ、私のハム、食べない?」

「お~。頂戴頂戴」

 自分のお皿から焼いたハムを箸で摘まみ、俺の皿にトッと乗せる。

 これで俺の目玉焼きがゴージャスになった!!

 俺はハムを食べながら訊ねた。

「なんで俺ん家にいるの?槙原さん?」

 槙原さんは味噌汁を啜るのをやめ、ニカッと笑って俺を見た。

「なんでって、そりゃお家に入れて貰ったからだよ」

 もうホント、そのまんまだった。入れてくれなきゃ入れないしな。

 じゃねえ!!じゃねえよ!!

「なんで俺ん家に朝っぱらから来たのかを聞いているんだけど」

「え?昨日約束したじゃん?土曜日勉強見てあげるって。サボってたから期末ヤバいんでしょ?」

 うん。言ったな。確かに。

 サボっていた訳じゃないが、学祭からなんか調子が出ないと言うか。やる気が欠落し始めたと言うか。

 でも、ちょこちょこやってんだぜ。クラスの真ん中はキープしたいからな。

「そうか。そうだったな。ありがとう」

 俺は深々と頭を下げる。

「いえいえ。どういたしまして」

 槙原さんも意趣返しよろしく、頭を下げた。

「だから、じゃねえよ!!朝っぱらから押し掛けてくる理由がそれか!?」

 乗り突っ込みを炸裂させた。朝っぱらから。

 槙原さんはキョトンとしていた。思い切り素だった。

「だって隆君、勉強したいんだよね?」

 だからわざわざ気を遣って早朝から参上したと。

 軽く眩暈がし、眉間を摘まむように押さえた。

「隆!!わざわざ遥香ちゃんが朝から来てくれたんた!!礼を言って然るべきじゃないのか!!」

 何故か怒られる。

 つか、親父は槇原さん一押しだったけな。

「ホント、ウチの愚息が、お手間掛けさせてごめんなさいねえ」

 お袋まで頭を下げる。まるで俺の代わりに謝罪していると言った体で。

「いえいえ。愛するダーリンのお願いですから」

 いやあ、と頭を掻きながら照れ笑いの槙原さん。

 つか、さらっとダーリンとか言うんじゃねーよ。

 親父もお袋も流されてんじゃねーよ。何頷いてんだよ。アホみたいに笑いながら。

 呆れてその光景を見ている俺の視線に気付いたか、親父が真剣そのものの顔で俺に耳打ちをしてきた。

「隆、お前は実の所はどうなんだ?」

「何だよ、実の所って?」

 声が大きい!!と小さな声で怒鳴り(器用な親父だ)更に声を低くし、聞いてくる。

「ほら、美咲ちゃんとか、響子ちゃんとかいるじゃないか?」

 なんでアンタが名前で馴れ馴れしく呼ぶんだ…

 俺ですら苗字で呼んでいるってのに…

「美咲ちゃんはほら、社交的と言うか、人懐っこいお嬢さんじゃないか。響子ちゃんは自信無いのかいつも俯いているが、素顔は一番可愛いし」

「どうでもいいけど、息子の同級生を細かく分析すんなよ…」

「まあ聞け。父さんが言いたいのは、誰と付き合ってもいいが、父さんは胸の大きいお嬢さんが好きなんだ!!」

「知らねえよ!!誰がアンタの好みを聞いてんだよ!!」

 自分の好みで息子の恋人を決めるのかこのオッサンは。

 後でお袋にチクってやろうと心に決めて、俺は出されたお茶を一気飲みした。

 そして、無言で自分の部屋に上がる。

「あん。ちょっと待ってよ」

 ……甘い声を出すな。可愛いだろうが。

 なので途中で待ってしまった。

 とん、とん、と軽く足音を立てて、俺の後を追う槙原さん。

 俺が待っているのを確認し、ニカッと笑う。

「ご飯の後はちょっと休憩ね。血の巡りが胃に行っちゃって、勉強に不向きだから」

「う、うん」

 素直に納得したので素直に従う。

 そのまま二人で、と言っても俺のすぐ後ろに居るんだが、とにかく俺の部屋に入った。

 ぱたん、とドアを閉じると、ボスンとベッドにダイブした槙原さん。

「食った後すぐ横になると牛になるぞ」

「あはは。それは迷信。横になった方が逆にいいんだよ。ホントに寝ちゃったらダメだけど」

 そうなのか。知らんかったぜ。

 とは言っても、俺もベッドにダイブする勇気は無く、それを背凭れにして座った。

「う~ん…ただ休憩ってのもなんだよね?運動する?」

 なんだってなんだ?よく解らんが、軽いストレッチなら…

「丁度ベッドもあるし」

「どんな運動するつもりだ!?」

「え?ベッドに寝転がっている私、エロくない?寒いのにミニ穿いてきたんだよ?」

 そう言って、しなを作る槙原さん。ミニから覗いた美しい脚が、実に官能的だ。

 じゃねえよ!!いや、脚は綺麗なんだけどさあ。

「エロいしナイスサービスなのは解ったが、下に親いるだろうが」

「じゃあいなかったら…」

「しねえよ!!したいけどしねえよ!!」

 つい本音が出てしまった。

 健全な高校生の証だった。

 懐かしいやり取りだが、付き合った過去に比べて穏やか、いや、セーブしている節がある。

 楠木さんや春日さんに遠慮しているのだろうか?それとも、意図的に踏み込まないようにしているのか?

 つか、朝っぱらから家に来る時点で、結構踏み込んでいるように思えるんだが。

 まあいいや。あまり考えないようにしよう。

「休憩はもういいや。折角だから勉強教えてくれ」

「え~?せっかちだなあ。もうちょっと休もうよ~」

 なんだこの甘えているような口調?

 惚れてしまうだろうが。

 俺は仕方ないと言った体で頭を掻く。

「じゃあゲームでもやるか?」

「え~、お喋りがいい」

「じゃあお題を提供してくれ」

「そうねえ…春日ちゃんが前髪上げてコンタクトにした理由、とかはどう?」

 ギクッとした。いや、別に何もしていないが、なんか後ろめたい気分だ。

 どう言って切り抜けようか。と思案しながら、槙原さんをチラ見する。

 にこやかな笑顔がそこにあった。

 だが、瞳は全く笑っていなかった。

 え?なにその咎めるような瞳?マジでなんもやってないよ?

 一応平静を装いながら、会話を試みてみた。

「か、春日さんが素顔を晒した理由か?そ、そうだな、気分転換的な?」

「気分転換、ね」

 鼻で笑われてしまった。つか、実際の所、俺にもよく解らないのだが。

「先週、春日ちゃんとなんかあった?」

「あったような、無かったような…」

 頭皮が剥げんばかりに髪を掻く俺。確実にキョドっている。

「ふ~ん…何があったの?教えてよ~。春日ちゃんの部屋に行ってお茶したとか、服脱がせたとかじゃない限り驚かないから」

「既に知ってんじゃねえか!!いや待て待て待て!俺が脱がせたわけじゃないからな!!」

 突っ込んだ俺に、漸く咎めるような瞳を解除し、ケラケラ笑う槙原さん。

「あはは~。焦ってた焦ってた!!うん、知ってる。春日ちゃんから聞いたからね」

 からかっていたのかよ…

 肩を落として安堵した。

 まだ誰とも付き合ってないと言うのに、修羅場とか、おかしいだろ。

「だけどね、私達結構焦ったんだよ?」

 焦ったって、何に?

 続きを促さんばかりに槙原さんの顔直視をした。

「春日ちゃん、素顔にコンプレックス持っているんだよ」

「ああ、自分の嫌いな所が素顔だってヤツか。まあ、な」

 言葉を濁す。

 春日さんはあの容姿だ。とても可愛い。

 だが、それが仇となって父親に性的虐待を受けていた。

 加えて母親が看護師で、夜勤の場合や急患とかあって、なかなか一緒に居られなかった。

 父親に行為を断ると、多分父親は家から出て行ったのだろう。プチ家出みたいな感じで。

 一人で居たくなかったら言うこと聞け、みたいな、ある意味脅しで。

 身体のあちこちに傷や痣があったから、暴力で無理やり、って事もあったかもしれない。

 兎も角、母親があまり帰ってこなかった春日さんは、父親も帰って来なくなると脅迫概念に駆られ、父親の要求に成すが儘となってしまった。

 まあ、結局母親にバレて、父親は本当に帰って来なくなってしまったが。

 要するに、自分の素顔のせいで家族がバラバラになった。なので、素顔を隠せば解決。だから顔が隠れるように瓶底メガネを掛けて、前髪で顔を覆っていたのだ。

 しかし、そのコンプレックスが無くなったから、素顔を晒すようになったんだろう?

「良い事じゃないか?」

 悪い事には思えない。

「うん。良い事。春日ちゃん、B組で人気急上昇」

「じゃあなんで焦るんだ?」

 槙原さんはキョトンとして、俺の顔をまじまじと見て、思い切り深い溜息をついた。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~………まあ…それが隆君で、そんな隆君だからこそ、なんだよねぇ………焦った私達が馬鹿みたいじゃない…」

「?よく解らんが、馬鹿にしているのか褒めているのか、どっちかにしてくんないか?」

 今度は大袈裟に首をぶんぶん振る。

「いいのいいの。容姿で選ぶ訳じゃないのは解っていたんだし」

「さっきから何言ってんだ?」

「だから、いいのよ。さって、お勉強しましょうかねえ?何教えてほしい?」

「…………全教科…」

「……いや、いいんだけどね?もう直ぐ期末なのは解っているんだよね?せめて苦手科目か、それを捨てて得意科目とか…」

 槙原さんの俺を見る目が、可哀想な子を見る目になっていた。

 自分の家なのに、居心地が悪いように感じるのは何故だろうか……?


 黙々と勉強した結果、気が付くと昼はとうに過ぎていた。

「うわ…一時過ぎた…」

 どおりで腹が減っている筈だ。休憩も取らなかったし。

「集中していたからね。うん、いい傾向だ」

 槙原さんが子供をあやすように俺の頭を撫でた。

 恥ずかしいからやめて欲しい。まあ二人っきりだが。

 俺は文字通り、それからするりと逃げて、取り繕うに言う。

「あ~っと、昼飯食うか。取り敢えず下に行こう」

「そうだね。つか、お昼御馳走になっていいのかな?」

 申し訳無さそうな槙原さんだが、それを言うなら早朝から押し掛けて、朝飯食っている事に違和感を覚えようじゃないか。

「まあいいからいいから。ほら、行こう」

「うん」

 立ち上がり、俺より先に下に行く槙原さん。

 全然申し訳無さそうじゃねえし。

「………誰もいねえ…」

 降りたら親父もお袋も居なかった。

 暖房も止めていた事から、夫婦でお出かけしたと安易に推理できる。

 買い物かなんかだろうな。そうなると飯どうしようか?

「おばさんもおじさんも居ないね?ご飯どうする?なんか作ろうか?」

 おおう、槙原さんの手作りご飯か。これはレアイベントですよ!!

「じゃあ頼むよ!!槙原さんのご飯食いたい!!」

 槙原さんは一瞬だけ固まったが、俺から視線を外して頬を染めた。

「う、うん。が、がんばるね…」

 しおらしい槙原さん。レアイベント盛りだくさんだな!!

 俺は椅子に座って、槙原さんの調理を後ろから見る事にした。

 こんなレアイベ、滅多に無いからな!!

 冷蔵庫を開けて中身をチェック。

「……簡単にできるのはチャーハンかなあ…」

 取り出したのは卵と長ネギ、豚肉。シンプルな具材で攻めますな。

 ニンニクも取り出したが、暫く迷って冷蔵庫に戻していた。

 ニンニクは香り付けにいいし、俺は好きだが、女子はニンニク臭を避けたいのだろう。残念だが、致し方なし。

「あ、わかめスープみっけ。お味噌汁の手間省けた」

 味噌汁は無しか…まあ、昼も過ぎたし、早いトコ昼食にしたいから、これも致し方なしだ。

 材料を手際よく切り、フライパンに油を敷いて熱する。

 うん、家庭的だ。女子力たけーかも。

 材料を炒める香りが鼻腔をくすぐり、減っていた腹が更に減った。

 チャーハンはいいチョイスだったかも。

 時間もあんま取らないから、すぐ食べられるし。

 調理開始から10分くらいか?

「おまちどお~さま!!」

 槙原さんお手製のチャーハンが運ばれた。

「おおう!!うまそうだ!!」

「遅い時間だからね。何でも美味しそうに見えるんじゃない?スープもインスタントだしね」

 少し照れての謙遜。いやいや、マジうまそうですよ!!

 つか、女子の手料理は二回目だなあ。

 春日さんのオムライスもうまかった。

「どうしたの?早く食べよ?」

「あ、う、うん。戴きます!!」

 感動に浸っている場合じゃない。チャーハンは熱々をかっ込むのだ。

 スプーンで掬って口に入れる。

「おおおおおおお…うまい…マジうまい!!」

 具材は三種類なれど、シンプルでちゃんと纏まっている。

 腹も減っていたし、夢中でかっこんだ。

「落ち着いて食べなよ」

 呆れながらも笑っている槙原さん。その笑顔は物凄く可愛かった。

 そして不意に話し掛けられる。

「ねえねえ」

「ん?」

「春日ちゃんのオムライスと、どっちが美味しい?」

 噴き出しそうになった。

 堪えて思い切りむせてしまったが。

「げほげほ!!げほっ!!」

「ねえねえ、どっちが美味しい?」

「こ、このタイミングでそれを聞くか…つか、春日さんから聞いたのか…」

「うん。ほら、私達仲良しだし。嬉しい事があったら聞いて貰いたいし、言って欲しいし?」

 仲良し。

 なんつう素敵な言葉だ。

 この一言で、全ての秘密が共用されてしまう!!

「オムライスとチャーハン、どっちが美味しいのかなあ?洋食と中華、どっちが好み?」

 尚も食い下がってくる槙原さん。

 ウゼえ…つか、どっちも美味いに決まっているだろうが。

 その旨を伝えればいいのか…

「どっちも美味し」

「どっちもは却下~」

 なんでだよ!!材料も似たようなもんだろうが!!

 長ネギと玉ねぎ、豚肉と鶏肉、卵に至っては、包んだか混ぜたかの違いでしかない。

「俺はケチャップも醤油もバターもごま油も好きなんだよ」

 ほら、調味料の差しかないじゃん。

 強いて言うなら、春日さんの時は腹いっぱいだったのに無理やり詰め込んで、槙原さんの時は空腹だって事だ。

 そうなれば優劣は決まってしまうが、これで優劣が決まってもおかしいだろって事になる。

「ふ~ん…まあ、引き分けでもいいけどね」

 ニカッと笑って、浮かせていた腰を下ろした。

 ち…からかわれたなこりゃ。

 まあいいけど。チャーハン美味いし。

 また困った質問が来る前、にかっ食らおう。

「あはは~。慌てない慌てない。誰も盗らないから」

 誰が盗るって言うんだ。ここには俺と槙原さんしかいないだろ。

 っても、美味いから夢中で食べているところもあるんだけどな。

「っっっっっかああああ~…うまかった~!!ご馳走さま!!」

「早いね~?私まだ半分だよ?」

「ゆっくり食べてよ。コーヒーでも淹れるからさ」

 食器を持って台所へ行き、お湯を沸かすついでに食器も洗う。

 本当は豆から挽いて旨いコーヒーを淹れたかったが、面倒臭くてドリップ式のにした。

 これはこれで香りもいいし、ありだと思う。

 俺も槙原さんもブラックだから、カップに注いで直ぐに持って行く。

「あ、私の分も淹れてくれたんだ?ありがと」

「いや、普通だろ。逆に自分のだけ淹れたら、俺どんだけ嫌な奴なんだよ」

 槙原さんの前にカップを置き、その対面に俺は座った。

 チャーハンも丁度食べ終わったところだったようで、タイミング的にはスーパーナイスだ。

 槙原さんは俺が淹れたコーヒーを、ふーふーしながら一口啜る。

「うん、丁度よい濃さ。流石だね!!」

 親指立ててウインクするも、量り通りに淹れたんだから、俺の手柄じゃないんだが…

 まあ、褒められて嬉しいのは当然の事なので、俺は薄く笑って頷いた。

 それから、他愛のないお喋りに、少々時間を費やして。

 槙原さんが洗物している姿を、後ろから愛でて。

 ちょっとウトウトしてしまった時に話し掛けられて、覚醒した。

「ちょーっとお疲れのようですねえ」

 隠す必要もないので頷く。

「午前中、超集中していたからねえ」

「おう。珍しい事にな」

 自分でも奇跡に近いと思う。それ程時間を気にする事も無かった。

「シェスタして仕切り直した方がよくない?眠たいのを我慢してまでやっても、効率は悪いよ?」

 昼寝したい気分も確かにあるが、せっかく槙原さんが来ているんだ。勿体無い真似はできん。

 否定の意味で首を振る。

 槙原さんは暫し考え…

「じゃあ、気分転換にお出かけしよう」

 そう、いい笑顔で言った。

 誘われた俺はと言うと、全力で『はあ?』ってな顔をしていたと思う。

 期末テストまで一週間足らず。それをクリアしないとクリパに参加も儘ならない。

 赤点取っちゃったら、追試の補習が待っている。

 今の俺の学力なら赤点は取らないと思うが、基本残念な脳みそ。油断はできない。

「どしたの?『はあ?』って顔して?」

「いや、実際そんな心境なんだが…」

「だって、シェスタしたくないんでしょ?」

「だからって出かけるのか?」

「気分転換は必要だよ~」

 NOを負わせぬ勢いで、俺の背中を押す槙原さん。

 つか、このまま行くのか?

「ち、ちょっと待って。せめて財布とか、持って行きたいんだけど…」

「ああ、そうだよね。私もスマホ持って行かなきゃ」

 今度はダッシュの勢いで、俺の部屋に上がって行った。

 唖然としながらも、俺も財布を取りに二階に上がった。


 そして今、俺は槙原さんに引っ張られるように、外を歩いている最中。

 槙原さんの機嫌がすこぶる良い。可愛い笑顔だ。

 だが、これだけは言っておかなきゃならない。

「言っておくけど、あんま時間は取れないからな?」

 水を差すようで悪いが、俺は槙原さんみたいに出来は良くない。

 足りない学力は努力で補わなければならない。

「解っているって。コンビニに行くだけだから」

 コンビニに行くだけか。と、ホッとしてはいけない。

 家から一番近いコンビニは、駅の方にある。

 歩けば30分近くかかるのだ。

 ちっとも直ぐそこじゃないのだった。

 往復一時間、コンビニで物色。これに、更に時間を取られてしまう。

 近所の駄菓子屋なら5分で済むのだが、まあ、これも息抜きか。

 仕方ない。諦めて買い物を楽しむ事にしよう。

 楽しくお喋りしている内にコンビニに着く。

 槙原さんは「頭使えば糖分欲しくなるよね」とか言って、コンビニスィーツを物色し始めた。

 じゃあ俺は飲み物でも買おうか…

 オランジーナとかいいな。これ超うまい。

 ついでにポテチも買っちゃおう。

 俺の買い物はこんなもんだが、槙原さんはと言うと、まだ物色中だ。

「あの、槙原さん、飲み物何がいい?」

「ん~?隆君と同じのでいいよ」

 答えは帰って来るが、俺の方を一切合財見ないと言う…

 どんだけスィーツに熱心なんだ。

 俺はオランジーナをもう一本取り出し、カゴに入れて槙原さんを待った。

 …

 ……

 ………

 まだ?もう20分は悩んでいるぞ?

 すげーな女子。こんなに吟味しなきゃなんないのか?

 俺は軽く驚嘆したと同時に、結構呆れた。

 焦れて焦れて、それでも黙って待っていた。

 漸く決まり、手に取ってレジに向かった時には、泣く程嬉しかった。

 女子の買い物には付き合ってはいけない。

 よく聞く都市伝説だと思っていた。よしんば真実でも、俺には関係ない話だと。

 実際体験してみて、苦行レベルだと思った。

 コンビニスィーツでこのレベルなら、服とかだったら次の日まで悩むんじゃねーか?

 恐ろしくて、想像もしたくない。

「さって、帰ろっか?」

 ガクブルしていた俺を現実に引き戻した槙原スマイル。

 慌てて俺もレジで精算する。

 コンビニを出ると同時に、腕を絡めてきた。

 恥ずかしいんだが…そんな可愛い笑顔を向けられたら、何も言えないじゃないか。

「ねえ?何買ったの?」

「えっと、オランジーナとポテチ。槙原さんは?」

「ダブルシューとタルト」

「え?二つも食べるの?」

「普通だよ?私は太りにくい体質だから、三つはいけるけど」

 などと他愛の無い会話を楽しみながら、腕に当たっているおっぱいの感触を堪能しながら、家へ向かった。

 そして、家まであとちょっと。と言う所で…

「隆!!」

 怒号に近い感じで呼び止められた。

 ヒステリックな声のトーン。聞くのは久し振りだ。

 振り向く。

「よう朋美。どこか行くのか?せっかくの休日だしな」

 朋美がポニテを乱しながら、憎悪に満ちた瞳で俺達を見ていた。

「あ~、須藤さん。こんち~。お出かけいいなあ。私達は期末の勉強。余裕がある人が、うらやましいわ」

 流石の槙原さん。嫌味と挑発が、超うまかった。

 朋美はいつもの作り笑いもせず、ずんずんと俺達に向かって歩いてくる。

 ちょっとビビッて身体を引いた俺だったが、槙原さんが腕を組んでいたのであんまり下がれず、つか、おかげで下がってしまった事に気付いたんだが、まあ兎に角、その爆乳を、更に押し付ける結果となった。

 そして俺達の前にビタッと止まり、血走った瞳を、その絡めている腕に向ける。

「隆、離れな」

 いきなりの命令だった。流石にムッとした。

「お前に言われる事じゃ無いだろ」

 朋美の表情が、信じられないと言った感じに変わる。

 え?私が離れろと言ったのに?逆らうの?なんで?ってな感じだ。

 だからもう一度言う。

「別にお前に関係無いだろ。俺が誰と腕組もうが」

 蒼白になり、わなわな震える朋美。

 ちょ、マジ怖いんだけど。

「隆は…」

 震えながら朋美が言う。

「隆は、槙原が好きなの?」

 え~っと…どう答えようか…

 好きだけど楠木さんも春日さんも好きだし、これ言っちゃうと、俺ド最低だよな?

 考えている俺だが、その隙を付いて、槙原さんが割って入った。

「隆君は悩んでいるんだよね~。だからこうやって積極的にアピってんの」

 もうギュウギュウと。

 腕に当たっているレベルじゃない。抱きついていると言っても過言じゃない。

「へえ?槙原の一方的なアピ?痛いよそれ?」

「なんで?好きな人に振り向いて貰う為だったら、何だってするよ?須藤さん、アンタもでしょ?」

 更に目を見開いた朋美。

 対して槙原さんは薄く笑っている。ただし目は全く笑っていなかった。

 だから、こえーって…

 押し黙る朋美。何か言いあぐねているようにも見える。

 槙原さんは、さっき行ったコンビニの袋を持ち上げて、朋美に見せた。

「期末テストで遊びに行く余裕のない私達は、コンビニで買い物する程度が息抜きなのよね~。だから、もう行っていいかしら?」

 余裕綽綽だった。もう、意地悪い笑顔だった。

 漸く引き攣りながらも返す朋美。

「へ、へえ?買い物ねえ?何買ったの?」

 無理やり話題に乗っかる。会話の最中に突破口を探すように。

 対して槙原さん。

「なに、他愛の無い物よ~。あ、そうそう。コンビニと言えば、夏あたりに隆君の家の前に、よくコンビニの袋が捨てられてあったのよ~。須藤さん、なんか知らない?」

 朋美の顔色が変わった。

 どうにかやり込めようとして、会話を続けたのが、裏目に出たんだ。

 つか、槙原さんすげえ…

 俺なんか、コンビニ袋の事なんか、すっかり忘れていたのに。

「さ、さあ、知らない…」

 朋美は思い切り目を逸らして返す。いくら俺でも嘘だと解る程だ。

「へえ~そう?あ、今気付いたんだけど、捨てられていた袋と同じだ、これ」

「……………」

「しかし迷惑よねえ。他人の家の前にゴミ捨てて行くなんて。ねえ、そう思わない?『た・に・ん!!』の!!家の前に!!『わざわざ』捨てて行くなんてねえ?」

「……………」

「どうしたの須藤さん?黙っちゃって?」

 やはり意地悪い笑顔の儘、朋美に問う。

「や、別に?そうね、わざわざ捨てた訳じゃ無いんじゃない?偶然とか、車の窓からポイ捨てしたとか?」

「あ~、そうかもね。これは失敗しちゃったかな?」

「失敗?」

「うん。刑事の親戚に相談した事あるのよ~」

 あはは~。と槙原さん。対して朋美は、あからさまに表情を硬くした。

「け、刑事に知り合いがいるの?」

「うん。おかしいと思ったら、直ぐに相談しちゃうんだ。悪い癖だよね~。あはは~」

 悪い癖はその駆け引きじゃないかと思ったが、口には出さない。出せない。

 俺も槙原さんに、警察の伝手があるのを、初めて知ったからだ。

「あ、ああ、そ、そう…」

 思い切り目が泳いでいる朋美。かなり居心地悪そうに、身をくねらせている。

「あ、ごめんね須藤さん。なんか雑談に時間取らせちゃったね。用事あったんでしょ?」

「あ、う、うん。ちょっと本屋さんに行こうと…」

「そっかあ。参考書か何か買うの?」

「え?えっと…う、うん。期末の英語、自信無いからさ…」

 絶対嘘だ。しかも参考書なんて買うタマじゃない。せいぜいBL小説を隠れて買う程度だろ。

 地頭はいいからな。授業で習った事なら、問題なく解けるのが朋美だ。

 チラッと槙原さんに目を向ける。

 ゾクッとした。

 顔は笑っているのに目が笑ってないのは相変わらずだが、口尻がいつもより持ち上がっている。

 なんつーか…邪悪な笑顔…って言ったらいいのか?

『せっかくだし、もっとイジってみようかな?』

 その邪悪な笑顔が、そう言っていた。

「英語が不安なんだ?そうだよね、不安があるなら、予習くらいするよね」

「そ、そうそう。やっぱどうしても苦手科目があるしさ」

「万が一赤点取っちゃったら、後が大変だからね~。補習とか追試とか」

「そうそう!!」

「補習になったら、冬休み潰れちゃうしね」

「そう!!そうなのよ!!」

「私達も赤点を取らないように頑張らなきゃね。冬休み潰れたら、クリパにも行けなくなっちゃうからさ」

「!!!?」

 テンポよくしていた会話が、ぶっつり途切れた。

 やはり槙原さんは邪悪な笑顔。

 朋美は作り笑いの儘固まった。

「ふ、ふうん?クリパ?いいねえ?」

 引き攣った笑いしか出なかった朋美。だが、意を決して口を開いた。

「そ、そのクリパ、私も…」

 その先を言う前に槙原さんが喋った。

「もう定員以上になっちゃったからなあ。私の友達も参加したがっていたけど、無理だったし」

「………………」

 もう黙るしかなかった。

 頼み込むなんて真似は、プライドの高い朋美には無理だろう。

 更に自分の友達も参加不可能だと言いきったのだ。朋美の我儘が通る道を塞いだ形だ。

 俺は心底感心した。

 槙原さんかっけー!!だけどこえー!!

「そ。そう?結構な人数が来るんだね…」

「うん。他校生も沢山来るみたいだよ。須藤さんも早く参加希望出していたら良かったのに。あ、須藤さん『程の』女子が私達に混じって馬鹿みたいに騒ぐ訳ないね。ごめんごめん」

 正にテヘペロの槙原さん。朋美のプライドを刺激する言葉を交えての牽制。

 もう朋美には打つ手が無いだろう。

 その朋美はポニテを手で払い、当然よ。とばかりに見下した目を作った。

「クリパに行くほど暇じゃないしね。なんつうの?暇な子供が羨ましいってのはあるかな?」

 どこのお嬢様キャラだそれ?

 笑いたいのを必死に堪える。

「そうだよね。私達子供の集まりなんかに、興味ある訳ないよね」

「そうそう」

「あ、また話し込んじゃったね?ごめんね須藤さん」

「え?あ、ああ。うん。本屋に行くだけだったから、大丈夫だよ」

「ホント、引き止めてごめんね?気を付けて行ってきて?」

 槙原さんは、ここで一呼吸置き、更に邪悪な笑顔を作り、睨み上げながら言った。

「………交通事故、とか」

「!!!???アンタ一体どこまで知………!!」

 うっかり出そうに口を真一文字に結び、俺達に背中を見せて無言で歩き出す朋美…

 今回、槙原さんの圧勝だったと言っていい。

 これからの朋美の動きにも、更に楔を打ち込んだ形にもなった。

 朋美の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、槙原さんは俺を強引に引っ張り、家の中に駆け込むように入った。

「ちょ、なんでそんなに慌てて…」

「いいからこっち!!」

 自分の家なのに、槙原さんに引っ張られて、自分の部屋に入れられる。

「何だよ一体?」

「しっ!!」

 いつの間にか閉じられていたカーテンを、少しだけ開けて外の様子を窺う。

「………いた!!」

「え?誰が?」

「ほら、あそこ」

 差された所をじっと見る。

「………おい、あれ…」

「うん。流石のストーカーっぷりだよね。見事な程、気持ち悪いわ」

 俺の家から一つ角を曲がった所に、朋美が中腰で立って俺の家を見ていた。いや、観察していた。

 視線の先は、間違いなく俺の部屋に向いていた…

「念の為に、カーテン引いておいて良かった」

 少しだけ開いたカーテンを戻して座った槙原さん。

「カーテンを引いたのは、万が一を想定してか…」

「うん。須藤は近所なんでしょ?」

 凄え…心底凄え…

 ここまで徹底的に考えているなんて、槙原さん、ホントはどんだけ敵がいるんだ?

 この徹底ぶりは経験則からだろ、絶対。

「う~ん…居座られちゃ近所迷惑なんだけどなあ…」

「朋美も近所だからな…単に散歩している程度にしか思われないんだろうな…」

 それが厄介なところだ。外ヅラはいいからな、朋美は。

 加えて親父がアレだから、多少の悪さも見逃して貰っているだろうし。

「さって、どうしようか?いくらなんでも一日中監視しているって事は無いだろうから、無視して勉強再開しちゃう?」

 そうだな。それがいいかな。夕方には親父たちも帰ってくるだろうし、その時槙原さんを送ればいいだろう。

「それとも抱いちゃう?丁度ベッドあるし」

「抱かねーよ!!それともって何だよ!!」

 ちょっとついでに抱いてみる?ってのやめろ。本気で困るから。

「あ~、カーテン閉め切っているから熱いなあ」

 そう言って上着を脱ぐ。

「今は冬だし、カーテン閉め切っているせいで熱いんじゃねーよ!!暖房止めたらいいだろが!!」

 暖房を止めようとスイッチに指を伸ばした。

「あ、そっか。寒くしてお互いの体温で温め合おうと?」

 スイッチを押すのをやめる。実際熱くないから、暖房は必要だし。

「先にシャワー浴びていい?」

「残念だが、今ボイラーが壊れているんだ。だからシャワーは自分の家で浴びてくれ」

「今朝ランニングがら帰った時、シャワー浴びていたよね?」

「その時壊れたんだ。偶然にも」

「そんな偶然が…」

 ある訳無いが、その爆乳は青少年にはキツイんだ。

 だからマジに誘って来るのをやめて欲しい。常に前屈みになってしまう。いろいろ想像して。

 プッと噴き出す槙原さん。

「何だよ?」

「いや、春日ちゃんの裸見ても、理性失わなかった隆君には、誘いが甘かったなあ、と」

「待て。誤解するな。俺は春日さんの裸は見ていない。いや、背中は見たが正面は見ていない」

「いや、知っているけど…冗談だったんだけど…自白しちゃうんだ…」

 三白眼になった槙原さん。なんかヤバい雰囲気だ。

 なので、俺は強引に話を変えた。

「さて、朋美はどうしたかな?」

「まだいると思うけど…」

 カーテンをすこーしだけ捲る。

 ………やっぱまだいやがった。

「ふう。まあ仕方ないか。さて、勉強を再開しよう」

「なんか無理やりじゃない?」

 笑いながら俺の横に座る槙原さん。

 なんだかんだ言いながらも、ちゃんと仕事は果たしてくれるのだった。


 暫くして、下からお袋が「ご飯だよー」と呼んだ。

 つか、いつ帰って来たんだ?気付かない程集中していたんだな。

 言われてみれば腹も減っているし。

「んじゃ槙原さん、飯食いに行こう」

「晩御飯にまでお呼ばれされちゃうなんて…ご両親公認の関係…」

「早朝から家に上り込んで、朝飯まで食ったのに、今更!?」

 本当に今更過ぎて、逆に驚いた。

「公認は認めちゃうんだ?」

「三人の内の一人ってな」

「う~む…厳しいなあ…」

 そう言いながらも笑っている所に、余裕を感じるのは気のせいか?

 まあ兎に角、飯だ飯。

 下に降りる途中、鼻腔を擽るスパイスの香り。

 どうやら今日はカレーのようだ。

 うん。カレーだ。間違いない。

 問題は、槙原さんのカレーにトッピングが乗っていて、俺のカレーには乗ってないって事だ。

「おいお袋。俺にはソーセージは無いのか?」

「え?いるの?」

 素でビックリしているお袋…いや、別にいらないんだが。

「あ、すみませんおばさん。私がソーセージ好きだって言ったから…」

「いいのいいの!!遥香ちゃんの為に買ってきたんだから!!」

 そうか。買い物にソーセージが含まれていたのか。槙原さんに食べさせる為に。

 じゃあ、まあ、仕方が無い…のか?

 いただきますを言い、カレーを食べる。

 うん。肉は豚肉だな。カレーには豚だ。鶏も牛もいいが、豚には及ばない。

 黙々とカレーを堪能している時、お袋が何気なしに言った。

「そう言えば、帰ってくる途中、朋美ちゃんと会ったわよ。ウチの近くの角でばったり!!」

 あいつ…一体何時間見張っていたんだ…?

 嫌な汗が噴き出てくる…

 げんなりしている俺。だが、槙原さんが、何故か活き活きとした表情になる。

「おばさん、朋美さんって須藤さんの事ですよね?」

「あら?遥香ちゃん知っているの?」

「いやいや、学校の同級生としか。クラスも違うし」

 知っているも何も、敵対していますがな。

 とは、とても言えない。

 俺は成り行きを見守る為に、黙々とカレーを口に運んで静観を決めた。

「そうかぁ。そうよねえ。朋美ちゃんA組だしねえ」

「ええ。ほら、学祭の前に、ここのお家の庭で隆君ボクシングの練習やっていたじゃないですか?その時ちょっと話した程度ですし」

 さっき、挑発と警告していただろ。

 とは、やはり言えない。

 やはり黙々と口にカレーを運ぶしか無かった。

「ああ、あの時は楽しかったわ~。隆にあれだけ友達がいたなんて、思いもよらなくて…」

 目頭を大仰に抑えるお袋。いや、うん。ごめん。マジ心配かけた。

「そうですよ~?隆君は人気者ですから。沢山の女子から言い寄られるし、気が気じゃないですよ~」

 言い寄られてないわ!!

 ……いや、三人は沢山だ。俺はいつの間にか、この状況が当たり前だと錯覚していたようだ。

 深く反省。

「まあ、この子は目つきがアレだけど、私に似て顔だけはいいからね~。頭はお父さんに似て残念だけど」

 ちょっと待て!!親父って会社で結構なポジションじゃなかったか?

 それで頭が残念なの?大学まで出ているのに!?

 じゃあ俺の残念レベルって一体…?

 遂に俺はカレーを運ぶ手を休めてしまった。

 結構ショックだった事と、全て食べ終えたからだった。

 仕方ないので、自分でお代わりを装った。

 カレーなら二杯はイケる。

「ところで、須藤さん、どんな様子でした?」

 キランと瞳を輝かせながら訊ねた。

「どんな様子…ああ、なんか慌てていたような…でも、いつもそんな感じよ?」

「いつも?」

 グイッとお袋に寄った。

「ええ。たまに家の前でバッタリ会う事があるんだけど、挨拶もそこそこに愛想笑いして去って行くような感じ?嫌われているのかしら…」

「ほほう…成程…いや、須藤さんがおばさんを嫌う理由は無いですよ。ちょっとびっくりしたんじゃないかな~?」

「そうかしら…そうならいいんだけど…」

 マジに落ち込むお袋。

 ガキの頃は良く遊びにも来ていたんだから、避けられているような素振りをされては、当然だろう。

「そうですよ~。あ~、カレー美味しい」

 急にカレーを食べ始める槙原さん。

 急いで完食しようとしている感じだった。

 本当に急いで食べたようだった。

 完食まで5分。ご馳走さまを言い、食器を洗い出すまで数秒。なんだ?

「食器洗い終えました~。さって隆君、勉強の続き続き~!!」

「お、おう…」

 背中を押されて部屋に戻る。いや、戻される。

 パタン。と、ドアを閉じた瞬間。

「確信した!!あの子暇見つけてはこの部屋見ている!!」

 興奮気味で俺に詰め寄って来る。

「お、おう…つか、何となくだけどそんな感じだったじゃないか?コンビニ袋をわざと捨てたりさあ…」

「そうだけど、おばさんを避けているって事は、多分しょっちゅう覗いているって事じゃ無い?一度や二度なら世間話もしようものだし、用事があって急いでいるなら、ちゃんとその旨を言うだろうし。あの子、ご近所では外ヅラはいいんでしょ?」

 まあ、言われてみればそうかな?

 だけど、ここまでテンションが上がる理由が解らない。

「この調子だと、ご近所さんも気付いている人がいるんじゃない?『緒方さん家の隆君の部屋を覗き見している須藤さん家の朋美ちゃん』の事を?」

 まあ、多分そうだろうな。つか、それが解ったから、どうする?

 激しく首を傾げる。

 槙原さんは苦笑いして続きを言った。

「まあいいよ。それは私の仕事だしね」

「なんかやるつもりか?」

「まあね」

 含み笑いをしながら、漸く教科書を開いた、

「今は取り敢えずテスト勉強だね。クリパ参加して、須藤に苦々しい思いさせなくちゃ!!」

「その動機は兎も角、赤点はぜったいに嫌だし、順位もなるべく上げたいから、テスト勉強は賛成だ」

 学力は高い方がいい。別におかしな理由もない。単純に順位が上がる事が嬉しいし。

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