勉強会~002
「くわあ~…」
翌日、俺は欠伸全開で登校した。
夜遅くまで槙原さんに付き合ってもらって勉強したのだ。。
帰ったのはホント終電間際。
なかなか立とうとしなかったから、このまま泊まって行くつもりか!?と焦った。
まあ、俺が強引に駅まで送って行って、事なきを得たのだが。
因みに、朋美の姿は流石に無かった。でも一応は警戒して歩いたが。
その後もちょっと勉強して、朝は普通に起きてランニング。
「眠くない訳が無いなこりゃ…」
若干後悔し、目をガシガシと擦って学校に向かう。
勉強して睡眠不足になって、授業中に寝ちゃう羽目になったら、本末転倒もいい所だ。
期末まで一週間を切った。
寝てしまって授業を聞き逃してしまったら後悔もいいところだ。
範囲は何となく解っているけども…
…
……
………
「はっ!!?」
上体を起こしたら、古典の教師が目をパチクリさせていた。つか、その目と目が合った。
「緒方、随分ぐっすりだったな?」
「うえ!?」
どっと沸きあがる笑い声。
そりゃそうだ。古典の授業は三限目。
どんだけ寝るんだ俺!?
「起きたらいいんだ。ノートを取っとけよ」
「………はい」
超高速でノートを取る。自分でも情けなくて仕方が無かった。
「うえ?なに?このミミズが張ったような汚い字?」
昼休みに国枝君から借りて、ノートを書き写していた俺の前に、暇潰しかなにかで遊びに来た楠木さんが、しかめっ面を拵えてそれを見た。
「いや、色々あって…」
「ふ~ん」
どっかと俺の前の席の椅子に座る。脚を組んで。
パンツ見えるぞ。ピンクのパンツだって、バレちゃうぞ。
「隆君成績いい…て訳じゃないけど、そこそこでしょ?一日くらいノート取り忘れても大丈夫だと思うけど?」
「その、そこそこに上がるまで、凄い大変だったんだよ。怠ったら残念頭に戻っちまう」
実際大変だった。
春日さんと槙原さんがいなかったら、俺は未だに赤点地獄だっただろう。
「残念頭…なんか懐かしいな」
一番繰り返した一年の夏。楠木さんとの関係。
頭が残念過ぎて、俺の夏休みがほぼ潰れていた。
それを懐かしいとか、俺にはちょっと困ってしまう黒歴史だ。
「ねね、繰り返してきた夏でさ、私が隆君に勉強教えて補習回避したってエピソードないの?」
ずずいと顔を近付け、笑う。
可愛いなあ。だけどだ。
「いや、まったく無かったな」
そりゃそうだろう。当時は俺を利用しようとしていただけなんだし。
「え~?んじゃ、今回は頑張る!!」
両手を握り、頑張るポーズの楠木さん。
「何を頑張るんだ?」
「そりゃあ、隆君に勉強教える事だよ」
……………
「えーっと、俺の記憶が確かなら、楠木さんってそんなに勉強頑張って無かったような気がするが…」
赤点回避できればいいやレベルじゃなかったか?
「だってムカつくじゃん。春日ちゃんや遥香は隆君の役に立っているのにさ…」
いじけて椅子の上で体育座りをして背中を丸めた。
だからパンツ見えるってば。ピンクのレースだってのがバレバレだぞ。
「だって…春日ちゃんメガネ外したし、遥香だって須藤に脅しかけたりしているし…」
槙原さんが昨日俺ん家に来た事を知っているのか。
いや、別に内緒って訳じゃ無いが、この罪悪感は一体何だろう?
「私なんかピンクのパンツ、チラ見せする程度の事しかできないし…」
「ちょっと待て!!アレか?わざと見せていたのか!?」
「え?そうだけど…なんか不都合でもあるの?」
「不都合ってか、いや不都合はないが…」
ある筈が無い。寧ろ得しかしていない。
「でしょ?春日ちゃんは裸見せたり、遥香は胸当てたりしているし」
「それを教室で言うな!!」
流石にヤバイ。ヤバすぎる!!
慌てて周りを見るが、特に変わった事は無かった。
マジで焦った…
額に滲んだ汗を拭い、安堵の溜息を付いた。
「まあ、解ったよ。今日の放課後でも良ければ、勉強に付き合うよ」
「うん?その言い方だと、隆君の方が、勉強の面倒を見るように聞こえるけど?」
いや、そこまで自惚れてはいないが、実際俺と楠木さんは多分どっこいどっこいの成績な筈。
お互い得意不得意科目を教え合うくらいならできるんじゃねーか?って意味合いで、付き合うと言ったんだが…
「でもいいか。一応放課後デートだもんね」
その時の楠木さんの笑顔。マジで可愛かった。
天使が舞い降りたって表現も、決して大袈裟じゃない。
「どしたの?ボーッとして?」
「あ、いや…じ、じゃ、放課後にまた…」
もう視線を外して、しどろもどろだった。
過去の俺も、こんな感じだったなあ…と、しみじみ思う。
そして放課後。
教室から出ると、既に楠木さんがドア付近で待っていた。
驚いた。終了のチャイムが鳴ってから、数秒も経っていないのに。
「え?は、早過ぎじゃね?」
「せっかくの放課後デートだもん」
答えになっているような、そうじゃないような返答を貰い、じゃあ行くか。となった。
「………ちょ…楠木さん」
「うん?」
楠木さんの息がとても近い。
そりゃそうだ。楠木さんは俺の腕に、身体を密着させて絡めているのだ。
周囲の視線がとてつもなく痛い!!
「あ、あの、校内じゃそれは…」
「え?なに?」
小首を傾げて惚ける。絶対に確信犯だろ。
こりゃ早く校内から出た方が無難だな…
その方が早く解放されそうだ。
俺は楠木さんを引き摺る勢いで、校外へ速やかに出た。
取り敢えず向かう先は駅、その前に…
「ち、ちょっとだけ離れて…歩きにくい…」
「え~?」
渋々ながらも絡め捲っていた腕の力を緩めてくれた。
チャンス!!
その一瞬の隙を付いて、楠木さんの密着から脱出する。
「なにそれ!?酷くない!?」
「い、いや、下校時はな?もうちょっと白浜高生の姿が見えなくなったら…ね?」
視線痛すぎるんだもん!!針のムシロとは、よく言ったものだ。。
それでなくても素顔オープンの春日さんや、爆乳槙原さんの事で結構嫉妬されているし!!
「ぶー!!まあいいいよ。その約束は絶対守ってもらうからね!!」
力なく頷く。この下校時の安息と引き換えなら、仕方が無い。
仲良く並んで電車に乗る。
空いてて良かった。俺はつり革を使って立つのがあんまり好きじゃない。
つり革に掴まるくらいなら、歩いた方が若干マシだ。
「良かったね。座れて」
「だな。タイミングも良かった。俺達の後にぞろぞろ乗って来たからな」
そう言った矢先、お年寄りが、何やら重そうな荷物を背負いながら、フラフラしているのが目に入った。
見渡すと…流石に空席は無い。隣の車両は解らんが。
仕方ない。ここは俺がカッコつけて…
「あ、ここどうぞおばあちゃん」
俺より先に楠木さんが、席を立ってお年寄りに譲る。
マジビックリだった。
少し呆けたが、女子ばかりに立たせる訳にもいかない。なので、俺も席を立って言う。
「荷物どうぞ」
お年寄りは何度も頭を下げて、腰を掛けて荷物を置いた。
その後凄く優しい笑顔で言った。
「ありがとうねえ。お嬢さん、彼氏さんも」
彼氏じゃないと訂正する前に、ぎゅむっと腕を絡めて来た。
「やっぱ彼氏に見えちゃいますぅ?」
「ええ、ええ、そりゃあ勿論」
「いやー。どうしよう隆君?彼氏に見えちゃうんだって!!」
そりゃ、抱きつくように密着してんだ。そう思われても全く不思議じゃない。
「取り敢えず恥ずかしいから離れてくれ」
やや強引に身体を捻って脱出する。
むう。と不機嫌さをアピールした楠木さんだった。
その後も、やいのやいのとお年寄りを話す楠木さん。
なんつーか、意外だった。もうちょっとドライかと思っていたのだが。
で、五つ先の駅で降りる。
お年寄りとはここでさようならだ。楠木さんが手を振り捲ってさよならアピール。
電車が行った後、ふう、と一息つく。
「いやー、可愛いおばあちゃんだったね」
「うん?そうだな」
「いやー、お似合いだって終始言ってたね?」
「う、うん。そ、そうね」
「じゃあいっそのこと付き合っちゃう!?」
「考えとく」
これ以上粘られたらマズイような気がして、先に歩き出す。
結構離れたのに、チッと舌打ちが聞こえた。
少し歩いて向かった先は、例の図書館。
ここなら静かだし、勉強も捗るだろう。多分。
「へえ~。図書館なんて久しぶりに来たよ~」
俺は精一杯ドヤ顔を拵えて言う。
「知っているか?図書館は静かにしなきゃいけないんだぞ?」
「ああ、都市伝説的な伝承では、そう聞くよね」
楠木さんの方が一枚上手だった。
見事な切り替えし。天晴だ。
「んじゃ行こうか」
「は~い」
俺の後ろをてこてことついて来る楠木さん。春日さんに負けず劣らずな、小動物的動きだ。
そういや背も低いよな。春日さんより若干高いくらい。
本当はお茶でも飲みながら勉強したいところだが、生憎図書館は飲食禁止だ。
「え~?自販機無いの?」
不満を口にする楠木さんに、俺は再びドヤ顔で言う。
「図書館は書物を汚されないように飲食禁止なんだよ」
「ああ、地方自治体で違うローカルルールだよね」
え!?そうなの!?
知らなかった…
「まあ、知らないけどさ」
「適当かよ!!」
思わず思い切り突っ込んでしまった。
同時に利用者の皆さんが、一斉に俺を睨んだ。
「知ってる?隆君、図書館では大声禁止なんだよ?」
「………知っています…ごめんなさい…」
声を殺して笑う楠木さん…なんかやられっぱなしだった。
まあ…案外心地いいけど。
俺達は適当に空いている席に座った。
持って来た教科書と参考書は…数学と物理か…
「隆君、理数系苦手なの?」
「いや、苦手科目は全教科」
またまた声を殺して笑う楠木さん。今回は勝ったな。どう勝敗が付くか、さっぱり見当も付かないが。
ひとしきり笑った後、自分のカバンを開けた。
取り出したのは…ぷ、プリント一枚!?
一体何しに図書館に来たんだ!?
唖然とする俺に、そのプリントをスッと伸ばした。
「それ、今回の期末の範囲ね」
「いや、範囲くらい俺も知っているけど…」
「ちょ、ちゃんと見てよ?」
言われてよくよく凝視した。
すると、教科書の何ページから何ページとか、英語はこれ重要とか、細かく分類され、絞り込まれていた。
「これ何?」
「期末の範囲だってば。そこだけ覚えてれば+30点は取れるよ」
ぷ、プラス30!?
それは魅力的だが、本当かそれ!?
だってこれ、所謂ヤマ張ったってヤツだろ!?
半信半疑の俺に、楠木さんが悪戯顔で笑う。
「まったく信用してないでしょ?」
半信半疑じゃなく全くだった。
しまった。顔に出ていたか。
「だってヤマ張っただけだろ?」
「そうだよ。でも、よーく考えてみて?」
何を考えればいいんだ?楠木さんのパンツの色か?
「私のパンツは取り敢えずいいから。気になるなら、後でいくらでも見せてあげるし」
「なんで俺の心を読めるんだ…」
恐ろし過ぎるわ。おちおち妄想も出来ない。
「私の学力は高くない。勉強嫌いだし。でも、赤点は取った事が無い」
「それは地頭がいいだけだろ…」
自慢かそれは。どうせ俺は頭が末期だよ。
「地頭がいいかは知らないけどさ、今、いきなり実力テストやったら、多分隆君より点数悪いよ。それこそ真っ赤っ赤な点数取れる自信ある」
自虐か自慢かよく解らないが、俺の相槌も待たずに楠木さんは続けた。
「でも、学校のテストは問題を考える先生の癖があってね。その癖を読むの、ちょっと得意なんだ」
プラス30点くらいの微々たるものだけどね。と、はにかむ。
しかし成程、そうか。
確かに先生の癖は存在するし、俺でもある程度なら勘が働く程だ。
ヤマには変わらないが、実績はあるんだろうな。
ならばと、俺はプリントを受け取る。
「ありがとう楠木さん。活用させてもらうよ」
「あ、でもちゃんと勉強はしてよね?補習でクリパ来られないとか、嫌だよ?」
………なんか真剣に心配されているが…
さっき自分で俺より頭良くないって言わなかったか?自分の心配をしろよ…
「じゃあこの問題やってみ?俺もやるから」
問題集から適当にチョイスして楠木さんに渡す。
「うん。いいけど…私の頭の悪さ知って、引かないでよね?」
そう言って小動物のように、せこせこ問題に取り込む楠木さん。
俺も同じ問題を解く。
さて一時間後…
まだ余白があるが、キリがいい時間にと答えを照らし合わせた。
「……なんてこった…俺と同じ点数だと…?」
そりゃあ俺は、確かに頭は悪いが、そこそこちゃんと勉強していたつもりだ。
加えて楠木さん本人から、俺より頭悪いと情報を貰った。
だから圧勝は無理でも、そこそこの点差は付くと思っていた。
それがこれかよ…
「楠木さん、実は予習とかしているの?」
「へ?していないよ?つか、50点くらいだったら、授業聞いていたら普通に取れるでしょ?」
……俺は普通に取れないんだが…
だがそうだよ。先生の癖を読むとか、言い方はヤマ張っているように聞こえるが、その癖が解るって事は、授業はちゃんと聞いているって事だ。
入学してまだ一年にも経ってないんだ。癖が解るにはちょっと時間が足りないだろ。
って事は、やっぱ俺より頭いいんじゃねーか。
納得しつつも安心した。
楠木さんは、補習は受ける事は無い。だからクリパにはちゃんと参加できる。
しかし、そうなると、やっぱネックは自分だけだ。
流石に赤点は無いとは思うが、元の頭がアレだから油断はできない。
「よっしゃ。じゃあ折角の図書館だし、集中してやるか!!」
腕まくりしてやる気をアピった。
「あ、もう閉館みたいよ?」
「な、なに!?」
びっくりして辺りを見渡す。
利用者の方々は、帰り支度をしているのが八割。ギリギリまで粘ろうとしているのが一割。残りの一割は何となく居る、って感じだった。
「マジか…いつもより閉館早いんじゃねえ?」
「なんか清掃が入るみたい。入る時見たけど、入り口にそう書いて貼ってあったよ」
そうだったのか!!つか、それすら見逃していた俺って一体…
「項垂れるのはいいから、どうする?帰る?もう少し時間あるみたいだから粘る?」
「……帰ろうか…」
粘ったところで十数分。末期の頭には、少なすぎる時間だった。
「そっか。じゃあ帰ろう」
光の速さでカバンに本を片付ける楠木さん。
俺もそれに何となく倣った。光の速さで。
で、図書館を出た瞬間、例の絡みつくような腕組みを開始される。
「ちょ…ちょっとハズい…」
「えー?折角の放課後デートだよ?もっとハードにしたいんだけど、我慢しているんだよ?」
ぎゅうぎゅうと腕を絡めながら言われた。
我慢していたのか…これで…
「ま、まあ我慢しているんなら仕方ない…かな?」
「そうそう。仕方ない仕方ない。んでどこ行く?晩御飯にはちょっと早いからゲーセン行って時間潰す?」
「晩飯食うのは確定なのか…」
やべ、財布にいくら入っていたっけ?
飯代くらいは入っている筈だけど、ゲーセンなんていくらでも金使えるぞ?
「ねね、プリクラ撮ろうよ?いいでしょ?」
プリクラならそんなに金使わないかな?
俺は頷き、楠木さんに引っ張られるがまま、ゲーセンに向かった。
こんなに楽しがられたんじゃ、まさか嫌とは言えまい。
俺もなかなか空気を読むからな。
女子相手限定で。
連れて行かれた先のゲーセンに入る。
迷う事無くプリクラに真っ直ぐ向かう楠木さん。当然俺も引っ張られた。
「さ!!早く撮ろ撮ろ!!」
もうグイグイと。例の画面の前に着いた。
「どのフレーム!?」
「いや…解んないからお任せで…」
「そう?じゃ、張り切っちゃおうかな!!」
腕まくりして、鼻息も若干荒くなった。
「ち、ちょっと、あんま恥ずかしいのは…」
「解ってるって。春日ちゃんと遥香にしか分けないから」
分けるのかよ…何?修羅場希望なの?
それとも例の訳が解らん協定の一環?
どっちにしても、俺が最低男なような気がするが…
「ポーズはこうで…」
「あ、あんまくっつかない方が…」
「早く腰に手回して!!」
「え?お、俺が?」
「そう!!」
なにか鬼気迫るような表情に怯んで、言われるがまま、腰に腕を回した。
腰細っそ!!ちゃんと飯食ってんのか?
「もっとくっ付いて!!」
「はあ…」
回した腕に力を込めて引き寄せる。
「お、おおう…いいよいいよ…じゃ、撮るよ!!」
自分で指示しておいて真っ赤になった楠木さん。
可愛い。なんかいい匂いもするし。
思わず顔を近付けて匂いを嗅いだ。
同時に。
カシャ
出てきたプリクラに、それが完全に写っていた………
そのプリクラをマジマジと見て、ニヤァ…と笑った。
「ほうほう。このプリクラ、良いよ。凄く良い。ほら、隆君が自分から接近しているのが解るし」
「お、おう…」
「なんつーの?女子はいい香りがするっての?あー、高いシャンプー使った甲斐があったなあー」
やっぱバレテル!!バレテルわー!!
「ち、ちょっと楠木さん。提案があるんだが…」
「何?撮り直しならしないけど?」
交渉の余地がねえ!!
「どこに貼ろっかなー?やっぱスマホ?」
誰かに見せる気満々だー!!
多分具体的には春日さんと槙原さんにだろうが。
マズイ!!いや、マズイ事は無いが、あの二人なら兎も角(秘密の共有とかいう協定の関係でどうせバレる)他の人達に晒されるのはマジ勘弁だ!!
「あ、あの…スマホはちょっと勘弁して欲しいなあ…」
「えー?じゃあペンケースとか?」
ペンケースか…それならいいか…
えっと、例えば授業中に机からペンケース落とす。中身ぶちまける。周りの人が散らばった消しゴムとかシャーペンとかを拾ってくれる。その時ペンケースに目が向く。プリクラ貼ってある。
駄目だ。却下。
「ペンケースもちょっと…」
「え!?じゃあどこならいいの!?」
どこって…そりゃあ…
「どこにも貼らない方がいい」
「うわ~、我儘だな~…」
何とでも言え。ジト目で見ても、俺は揺るがないぞ。
楠木さんの視線が痛いが、後の晒し首よりは遥かにマシだ。
俺の鋼の如くの意思を読みとったか、楠木さんは諦めるように肩を竦めて首を振る。
「解った。貼らない。代わりにご飯奢って」
「そりゃもう!!」
そんな程度でいいのなら、願ったり叶ったりだ。
「じゃあちょっと早いが飯食いに行こう!!あの味が普通のファミレス…」
「ふざけんな」
クワッと凄まれ、マジで怯んだ。
え?なんでふざけんな?そんなにお気に召さない?
「あ、あの…まさかお値段がリーズナブルだから、ふざけんな?」
恐々とお聞きした。対しての反応が、頭痛を堪えるように頭を擦っての大きな溜息だった。
「あのね、あそこには春日ちゃんと波崎さんが働いているでしょ?なにが悲しくて、放課後デートのお食事を、恋敵のお店で済ませんのよ?」
………こ、恋敵!?
えーっと…波崎さんは違う…ああ、槙原さんの親友だったか。
槙原さんにチクられたら、下手すりゃ乱入されるかも。って事なのか?
「こ、ここ?ホントにここでいいの?」
連れて来られた先で、予想外の事態にテンパる俺。
「いいよ。つか、高校生のお小遣いの範囲内でしょ?」
範囲内も範囲内。
だって、ここは全国に展開している、超有名なハンバーガー店なのだから。
もう少し奮発してもいいんだが、それを言う前に楠木さんが店内に入ってしまった。
慌てて俺も入店する。
スマイル0円でのいらっしゃいませ攻撃を見事に無視し、チキンバーガーセットを頼んだ楠木さん。
俺は…どうしようか…
あのハッピーセットとやらに物凄く興味を引かれるが、あれは子供の物だから、俺が手を出すのはどうかなあ?
まあ、無難に同じものを頼もう。飲み物だけコーヒーにして。
流石の全国有名ハンバーガー店。5分と経たずに頼んだ物が出てくる。
それを持って、空いている席に座った。
「結構空いてて良かったね」
「うん。つか、ここで良かったの?もう少し奮発しても…」
さっき思った台詞をそのまま言った。
「充分奮発してくれているよ?バーガーセットより高いじゃん?」
まあそうだけど。
「つか、私チキンサンド一番好きなんだ」
そう言ってかぶりつく楠木さん。
気を遣ってくれているのだろうが、それを感じさせないようにしている。
しかし美味しそうに食べるなあ。
その顔に釣られて俺もかぶり付いた。
油っこいし脂っこいバーガーだったが、これはこれでなかなかだった。
ちょっと欲を言えばレタスをもう少し挟んで欲しかったが、高校生の晩飯にしては軽めなソレは、瞬く間に俺の胃袋に収まる。
楠木さんはまだ半分くらいだ。
食べ終わるのを待っているのも何なので、セットに付いてきたポテトをこれまた一気に食べた。
うん。ポテトは美味い。身体に悪そうだが。
「あ、ポテト食べていいよ。これ身体に悪そうだし」
「有り難く戴くが、それ俺も思った」
そして身体に悪そうな物を俺に食わせる、と。
勿体無いから食べるけど。
うん。美味い。だけど絶対身体に悪い。沢山食べるもんじゃねーな。
思いながら、もしゃもしゃと食べる。
「食べるの早いね」
「そりゃ男子だからな」
まだ三分の一残っている楠木さんを尻目に、俺は最後のコーヒーを一気に啜った。
「だから食べるの早いってば。こういう所では、お喋りしながら食べるもんだよ?」
「食事中は喋るな。と躾けられたもんで」
思いっ切り嘘だ。
そして楠木さんもそれは嘘だと知っている。
学祭前に俺ん家でしょっちゅう晩飯食べていたから解るのだ。
証拠に俺を睨んでいる。三白眼で。
「まあ、ジャンクフードにしては、まあまあだったな」
三白眼が怖いので強引に話を逸らした。
「高校生のお小遣いじゃあ、これも結構な出費なんですが…月いくら貰っているの?バイトもしてないよね?」
「俺は使わない時は全く使わないからな。意外と小金持ちなんだよ」
「小金って所が悲しいけど、そっか。隆君ゲームもしないし、外にも出ないから」
「いや、そこそこ出たりはするんだが…」
どんな引き籠もりだ。俺は。
そして俺の印象どんなんだ。
「私はバイトしなきゃなあ。お小遣いだけじゃ服も買えない」
背凭れに体重を預けて天井を見る楠木さん。
楠木さんがバイトとか言ったら、薬の時を思い出して、素直に働けと言えない。
過去とはいえ、俺にとっちゃ結構なトラウマだ。言う程じゃないけれど。
「うん。働けばいいよ。あのファミレスとかはどう?学祭の時のメイドコス可愛かったし」
「あそこはなあ…春日ちゃんも働いているからいいんだけど、西高の馬鹿達が来るからなあ…」
「来ても面倒な事にはならないよ。木村ともそう約束したし」
「その木村が嫌なの」
まあ…楠木さん的には木村は黒歴史だろうしな。俺がらみでもそうだろうし。
「まあ、バイトなんてどこでもあるし、焦って決めなくてもいいだろ」
「だよね。どうせ高校生のバイトなんて、接客業が殆どだろうし」
一応超早朝もあるぞ。
パン工場だが。朝3時から、だったっけ。
流石に勧めはしないけど。
適当に喋っていたら、結構な時間になった。
「ちょっと遅くなったな。送ってくよ」
がたり、と椅子から立ち上がる。
「えー?まだ早いよー」
「早くない。帰って勉強しなきゃだろ」
あと数日で期末テストだ。コケたらクリパがパーになる。
「赤点免れればいいんでしょ?」
「万が一があるだろ。ちゃんとやったって言うバックボーンが無ければ、ひどく脆いもんだぞ?」
勉強もボクシングもだ。
俺はどんなに忙しくても、ちょっとの復習は必ずやるし(ノート1ページでも復習は復習だ)、柔軟とランニングは欠かした事は無い。(学校までダッシュするのもランニングの一環だから問題は無い)
「う~ん…解った。じゃあ家まで送って?」
「おう。任せろ」と、胸を張る俺だが、よく考えてみれば、楠木さんの家は知らなかった。
……まあ、エスコートして貰おう…
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