勉強会~002

「くわあ~…」

 翌日、俺は欠伸全開で登校した。

 夜遅くまで槙原さんに付き合ってもらって勉強したのだ。。

 帰ったのはホント終電間際。

 なかなか立とうとしなかったから、このまま泊まって行くつもりか!?と焦った。

 まあ、俺が強引に駅まで送って行って、事なきを得たのだが。

 因みに、朋美の姿は流石に無かった。でも一応は警戒して歩いたが。

 その後もちょっと勉強して、朝は普通に起きてランニング。

「眠くない訳が無いなこりゃ…」

 若干後悔し、目をガシガシと擦って学校に向かう。

 勉強して睡眠不足になって、授業中に寝ちゃう羽目になったら、本末転倒もいい所だ。

 期末まで一週間を切った。

 寝てしまって授業を聞き逃してしまったら後悔もいいところだ。

 範囲は何となく解っているけども…

 …

 ……

 ………

「はっ!!?」

 上体を起こしたら、古典の教師が目をパチクリさせていた。つか、その目と目が合った。

「緒方、随分ぐっすりだったな?」

「うえ!?」

 どっと沸きあがる笑い声。

 そりゃそうだ。古典の授業は三限目。

 どんだけ寝るんだ俺!?

「起きたらいいんだ。ノートを取っとけよ」

「………はい」

 超高速でノートを取る。自分でも情けなくて仕方が無かった。


「うえ?なに?このミミズが張ったような汚い字?」

 昼休みに国枝君から借りて、ノートを書き写していた俺の前に、暇潰しかなにかで遊びに来た楠木さんが、しかめっ面を拵えてそれを見た。

「いや、色々あって…」

「ふ~ん」

 どっかと俺の前の席の椅子に座る。脚を組んで。

 パンツ見えるぞ。ピンクのパンツだって、バレちゃうぞ。

「隆君成績いい…て訳じゃないけど、そこそこでしょ?一日くらいノート取り忘れても大丈夫だと思うけど?」

「その、そこそこに上がるまで、凄い大変だったんだよ。怠ったら残念頭に戻っちまう」

 実際大変だった。

 春日さんと槙原さんがいなかったら、俺は未だに赤点地獄だっただろう。

「残念頭…なんか懐かしいな」

 一番繰り返した一年の夏。楠木さんとの関係。

 頭が残念過ぎて、俺の夏休みがほぼ潰れていた。

 それを懐かしいとか、俺にはちょっと困ってしまう黒歴史だ。

「ねね、繰り返してきた夏でさ、私が隆君に勉強教えて補習回避したってエピソードないの?」

 ずずいと顔を近付け、笑う。

 可愛いなあ。だけどだ。

「いや、まったく無かったな」

 そりゃそうだろう。当時は俺を利用しようとしていただけなんだし。

「え~?んじゃ、今回は頑張る!!」

 両手を握り、頑張るポーズの楠木さん。

「何を頑張るんだ?」

「そりゃあ、隆君に勉強教える事だよ」

 ……………

「えーっと、俺の記憶が確かなら、楠木さんってそんなに勉強頑張って無かったような気がするが…」

 赤点回避できればいいやレベルじゃなかったか?

「だってムカつくじゃん。春日ちゃんや遥香は隆君の役に立っているのにさ…」

 いじけて椅子の上で体育座りをして背中を丸めた。

 だからパンツ見えるってば。ピンクのレースだってのがバレバレだぞ。

「だって…春日ちゃんメガネ外したし、遥香だって須藤に脅しかけたりしているし…」

 槙原さんが昨日俺ん家に来た事を知っているのか。

 いや、別に内緒って訳じゃ無いが、この罪悪感は一体何だろう?

「私なんかピンクのパンツ、チラ見せする程度の事しかできないし…」

「ちょっと待て!!アレか?わざと見せていたのか!?」

「え?そうだけど…なんか不都合でもあるの?」

「不都合ってか、いや不都合はないが…」

 ある筈が無い。寧ろ得しかしていない。

「でしょ?春日ちゃんは裸見せたり、遥香は胸当てたりしているし」

「それを教室で言うな!!」

 流石にヤバイ。ヤバすぎる!!

 慌てて周りを見るが、特に変わった事は無かった。

 マジで焦った…

 額に滲んだ汗を拭い、安堵の溜息を付いた。

「まあ、解ったよ。今日の放課後でも良ければ、勉強に付き合うよ」

「うん?その言い方だと、隆君の方が、勉強の面倒を見るように聞こえるけど?」

 いや、そこまで自惚れてはいないが、実際俺と楠木さんは多分どっこいどっこいの成績な筈。

 お互い得意不得意科目を教え合うくらいならできるんじゃねーか?って意味合いで、付き合うと言ったんだが…

「でもいいか。一応放課後デートだもんね」

 その時の楠木さんの笑顔。マジで可愛かった。

 天使が舞い降りたって表現も、決して大袈裟じゃない。

「どしたの?ボーッとして?」

「あ、いや…じ、じゃ、放課後にまた…」

 もう視線を外して、しどろもどろだった。

 過去の俺も、こんな感じだったなあ…と、しみじみ思う。


 そして放課後。

 教室から出ると、既に楠木さんがドア付近で待っていた。

 驚いた。終了のチャイムが鳴ってから、数秒も経っていないのに。

「え?は、早過ぎじゃね?」

「せっかくの放課後デートだもん」

 答えになっているような、そうじゃないような返答を貰い、じゃあ行くか。となった。

「………ちょ…楠木さん」

「うん?」

 楠木さんの息がとても近い。

 そりゃそうだ。楠木さんは俺の腕に、身体を密着させて絡めているのだ。

 周囲の視線がとてつもなく痛い!!

「あ、あの、校内じゃそれは…」

「え?なに?」

 小首を傾げて惚ける。絶対に確信犯だろ。

 こりゃ早く校内から出た方が無難だな…

 その方が早く解放されそうだ。

 俺は楠木さんを引き摺る勢いで、校外へ速やかに出た。

 取り敢えず向かう先は駅、その前に…

「ち、ちょっとだけ離れて…歩きにくい…」

「え~?」

 渋々ながらも絡め捲っていた腕の力を緩めてくれた。

 チャンス!!

 その一瞬の隙を付いて、楠木さんの密着から脱出する。

「なにそれ!?酷くない!?」

「い、いや、下校時はな?もうちょっと白浜高生の姿が見えなくなったら…ね?」

 視線痛すぎるんだもん!!針のムシロとは、よく言ったものだ。。

 それでなくても素顔オープンの春日さんや、爆乳槙原さんの事で結構嫉妬されているし!!

「ぶー!!まあいいいよ。その約束は絶対守ってもらうからね!!」

 力なく頷く。この下校時の安息と引き換えなら、仕方が無い。


 仲良く並んで電車に乗る。

 空いてて良かった。俺はつり革を使って立つのがあんまり好きじゃない。

 つり革に掴まるくらいなら、歩いた方が若干マシだ。

「良かったね。座れて」

「だな。タイミングも良かった。俺達の後にぞろぞろ乗って来たからな」

 そう言った矢先、お年寄りが、何やら重そうな荷物を背負いながら、フラフラしているのが目に入った。

 見渡すと…流石に空席は無い。隣の車両は解らんが。

 仕方ない。ここは俺がカッコつけて…

「あ、ここどうぞおばあちゃん」

 俺より先に楠木さんが、席を立ってお年寄りに譲る。

 マジビックリだった。

 少し呆けたが、女子ばかりに立たせる訳にもいかない。なので、俺も席を立って言う。

「荷物どうぞ」

 お年寄りは何度も頭を下げて、腰を掛けて荷物を置いた。

 その後凄く優しい笑顔で言った。

「ありがとうねえ。お嬢さん、彼氏さんも」

 彼氏じゃないと訂正する前に、ぎゅむっと腕を絡めて来た。

「やっぱ彼氏に見えちゃいますぅ?」

「ええ、ええ、そりゃあ勿論」

「いやー。どうしよう隆君?彼氏に見えちゃうんだって!!」

 そりゃ、抱きつくように密着してんだ。そう思われても全く不思議じゃない。

「取り敢えず恥ずかしいから離れてくれ」

 やや強引に身体を捻って脱出する。

 むう。と不機嫌さをアピールした楠木さんだった。

 その後も、やいのやいのとお年寄りを話す楠木さん。

 なんつーか、意外だった。もうちょっとドライかと思っていたのだが。

 で、五つ先の駅で降りる。

 お年寄りとはここでさようならだ。楠木さんが手を振り捲ってさよならアピール。

 電車が行った後、ふう、と一息つく。

「いやー、可愛いおばあちゃんだったね」

「うん?そうだな」

「いやー、お似合いだって終始言ってたね?」

「う、うん。そ、そうね」

「じゃあいっそのこと付き合っちゃう!?」

「考えとく」

 これ以上粘られたらマズイような気がして、先に歩き出す。

 結構離れたのに、チッと舌打ちが聞こえた。


 少し歩いて向かった先は、例の図書館。

 ここなら静かだし、勉強も捗るだろう。多分。

「へえ~。図書館なんて久しぶりに来たよ~」

 俺は精一杯ドヤ顔を拵えて言う。

「知っているか?図書館は静かにしなきゃいけないんだぞ?」

「ああ、都市伝説的な伝承では、そう聞くよね」

 楠木さんの方が一枚上手だった。

 見事な切り替えし。天晴だ。

「んじゃ行こうか」

「は~い」

 俺の後ろをてこてことついて来る楠木さん。春日さんに負けず劣らずな、小動物的動きだ。

 そういや背も低いよな。春日さんより若干高いくらい。

 本当はお茶でも飲みながら勉強したいところだが、生憎図書館は飲食禁止だ。

「え~?自販機無いの?」

 不満を口にする楠木さんに、俺は再びドヤ顔で言う。

「図書館は書物を汚されないように飲食禁止なんだよ」

「ああ、地方自治体で違うローカルルールだよね」

 え!?そうなの!?

 知らなかった…

「まあ、知らないけどさ」

「適当かよ!!」

 思わず思い切り突っ込んでしまった。

 同時に利用者の皆さんが、一斉に俺を睨んだ。

「知ってる?隆君、図書館では大声禁止なんだよ?」

「………知っています…ごめんなさい…」

 声を殺して笑う楠木さん…なんかやられっぱなしだった。

 まあ…案外心地いいけど。

 俺達は適当に空いている席に座った。

 持って来た教科書と参考書は…数学と物理か…

「隆君、理数系苦手なの?」

「いや、苦手科目は全教科」

 またまた声を殺して笑う楠木さん。今回は勝ったな。どう勝敗が付くか、さっぱり見当も付かないが。

 ひとしきり笑った後、自分のカバンを開けた。

 取り出したのは…ぷ、プリント一枚!?

 一体何しに図書館に来たんだ!?

 唖然とする俺に、そのプリントをスッと伸ばした。

「それ、今回の期末の範囲ね」

「いや、範囲くらい俺も知っているけど…」

「ちょ、ちゃんと見てよ?」

 言われてよくよく凝視した。

 すると、教科書の何ページから何ページとか、英語はこれ重要とか、細かく分類され、絞り込まれていた。

「これ何?」

「期末の範囲だってば。そこだけ覚えてれば+30点は取れるよ」

 ぷ、プラス30!?

 それは魅力的だが、本当かそれ!?

 だってこれ、所謂ヤマ張ったってヤツだろ!?

 半信半疑の俺に、楠木さんが悪戯顔で笑う。

「まったく信用してないでしょ?」

 半信半疑じゃなく全くだった。

 しまった。顔に出ていたか。

「だってヤマ張っただけだろ?」

「そうだよ。でも、よーく考えてみて?」

 何を考えればいいんだ?楠木さんのパンツの色か?

「私のパンツは取り敢えずいいから。気になるなら、後でいくらでも見せてあげるし」

「なんで俺の心を読めるんだ…」

 恐ろし過ぎるわ。おちおち妄想も出来ない。

「私の学力は高くない。勉強嫌いだし。でも、赤点は取った事が無い」

「それは地頭がいいだけだろ…」

 自慢かそれは。どうせ俺は頭が末期だよ。

「地頭がいいかは知らないけどさ、今、いきなり実力テストやったら、多分隆君より点数悪いよ。それこそ真っ赤っ赤な点数取れる自信ある」

 自虐か自慢かよく解らないが、俺の相槌も待たずに楠木さんは続けた。

「でも、学校のテストは問題を考える先生の癖があってね。その癖を読むの、ちょっと得意なんだ」

 プラス30点くらいの微々たるものだけどね。と、はにかむ。

 しかし成程、そうか。

 確かに先生の癖は存在するし、俺でもある程度なら勘が働く程だ。

 ヤマには変わらないが、実績はあるんだろうな。

 ならばと、俺はプリントを受け取る。

「ありがとう楠木さん。活用させてもらうよ」

「あ、でもちゃんと勉強はしてよね?補習でクリパ来られないとか、嫌だよ?」

 ………なんか真剣に心配されているが…

 さっき自分で俺より頭良くないって言わなかったか?自分の心配をしろよ…

「じゃあこの問題やってみ?俺もやるから」

 問題集から適当にチョイスして楠木さんに渡す。

「うん。いいけど…私の頭の悪さ知って、引かないでよね?」

 そう言って小動物のように、せこせこ問題に取り込む楠木さん。

 俺も同じ問題を解く。

 さて一時間後…

 まだ余白があるが、キリがいい時間にと答えを照らし合わせた。

「……なんてこった…俺と同じ点数だと…?」

 そりゃあ俺は、確かに頭は悪いが、そこそこちゃんと勉強していたつもりだ。

 加えて楠木さん本人から、俺より頭悪いと情報を貰った。

 だから圧勝は無理でも、そこそこの点差は付くと思っていた。

 それがこれかよ…

「楠木さん、実は予習とかしているの?」

「へ?していないよ?つか、50点くらいだったら、授業聞いていたら普通に取れるでしょ?」

 ……俺は普通に取れないんだが…

 だがそうだよ。先生の癖を読むとか、言い方はヤマ張っているように聞こえるが、その癖が解るって事は、授業はちゃんと聞いているって事だ。

 入学してまだ一年にも経ってないんだ。癖が解るにはちょっと時間が足りないだろ。

 って事は、やっぱ俺より頭いいんじゃねーか。

 納得しつつも安心した。

 楠木さんは、補習は受ける事は無い。だからクリパにはちゃんと参加できる。

 しかし、そうなると、やっぱネックは自分だけだ。

 流石に赤点は無いとは思うが、元の頭がアレだから油断はできない。

「よっしゃ。じゃあ折角の図書館だし、集中してやるか!!」

 腕まくりしてやる気をアピった。

「あ、もう閉館みたいよ?」

「な、なに!?」

 びっくりして辺りを見渡す。

 利用者の方々は、帰り支度をしているのが八割。ギリギリまで粘ろうとしているのが一割。残りの一割は何となく居る、って感じだった。

「マジか…いつもより閉館早いんじゃねえ?」

「なんか清掃が入るみたい。入る時見たけど、入り口にそう書いて貼ってあったよ」

 そうだったのか!!つか、それすら見逃していた俺って一体…

「項垂れるのはいいから、どうする?帰る?もう少し時間あるみたいだから粘る?」

「……帰ろうか…」

 粘ったところで十数分。末期の頭には、少なすぎる時間だった。

「そっか。じゃあ帰ろう」

 光の速さでカバンに本を片付ける楠木さん。

 俺もそれに何となく倣った。光の速さで。

 で、図書館を出た瞬間、例の絡みつくような腕組みを開始される。

「ちょ…ちょっとハズい…」

「えー?折角の放課後デートだよ?もっとハードにしたいんだけど、我慢しているんだよ?」

 ぎゅうぎゅうと腕を絡めながら言われた。

 我慢していたのか…これで…

「ま、まあ我慢しているんなら仕方ない…かな?」

「そうそう。仕方ない仕方ない。んでどこ行く?晩御飯にはちょっと早いからゲーセン行って時間潰す?」

「晩飯食うのは確定なのか…」

 やべ、財布にいくら入っていたっけ?

 飯代くらいは入っている筈だけど、ゲーセンなんていくらでも金使えるぞ?

「ねね、プリクラ撮ろうよ?いいでしょ?」

 プリクラならそんなに金使わないかな?

 俺は頷き、楠木さんに引っ張られるがまま、ゲーセンに向かった。

 こんなに楽しがられたんじゃ、まさか嫌とは言えまい。

 俺もなかなか空気を読むからな。

 女子相手限定で。


 連れて行かれた先のゲーセンに入る。

 迷う事無くプリクラに真っ直ぐ向かう楠木さん。当然俺も引っ張られた。

「さ!!早く撮ろ撮ろ!!」

 もうグイグイと。例の画面の前に着いた。

「どのフレーム!?」

「いや…解んないからお任せで…」

「そう?じゃ、張り切っちゃおうかな!!」

 腕まくりして、鼻息も若干荒くなった。

「ち、ちょっと、あんま恥ずかしいのは…」

「解ってるって。春日ちゃんと遥香にしか分けないから」

 分けるのかよ…何?修羅場希望なの?

 それとも例の訳が解らん協定の一環?

 どっちにしても、俺が最低男なような気がするが…

「ポーズはこうで…」

「あ、あんまくっつかない方が…」

「早く腰に手回して!!」

「え?お、俺が?」

「そう!!」

 なにか鬼気迫るような表情に怯んで、言われるがまま、腰に腕を回した。

 腰細っそ!!ちゃんと飯食ってんのか?

「もっとくっ付いて!!」

「はあ…」

 回した腕に力を込めて引き寄せる。

「お、おおう…いいよいいよ…じゃ、撮るよ!!」

 自分で指示しておいて真っ赤になった楠木さん。

 可愛い。なんかいい匂いもするし。

 思わず顔を近付けて匂いを嗅いだ。

 同時に。


 カシャ


 出てきたプリクラに、それが完全に写っていた………

 そのプリクラをマジマジと見て、ニヤァ…と笑った。

「ほうほう。このプリクラ、良いよ。凄く良い。ほら、隆君が自分から接近しているのが解るし」

「お、おう…」

「なんつーの?女子はいい香りがするっての?あー、高いシャンプー使った甲斐があったなあー」

 やっぱバレテル!!バレテルわー!!

「ち、ちょっと楠木さん。提案があるんだが…」

「何?撮り直しならしないけど?」

 交渉の余地がねえ!!

「どこに貼ろっかなー?やっぱスマホ?」

 誰かに見せる気満々だー!!

 多分具体的には春日さんと槙原さんにだろうが。

 マズイ!!いや、マズイ事は無いが、あの二人なら兎も角(秘密の共有とかいう協定の関係でどうせバレる)他の人達に晒されるのはマジ勘弁だ!!

「あ、あの…スマホはちょっと勘弁して欲しいなあ…」

「えー?じゃあペンケースとか?」

 ペンケースか…それならいいか…

 えっと、例えば授業中に机からペンケース落とす。中身ぶちまける。周りの人が散らばった消しゴムとかシャーペンとかを拾ってくれる。その時ペンケースに目が向く。プリクラ貼ってある。

 駄目だ。却下。

「ペンケースもちょっと…」

「え!?じゃあどこならいいの!?」

 どこって…そりゃあ…

「どこにも貼らない方がいい」

「うわ~、我儘だな~…」

 何とでも言え。ジト目で見ても、俺は揺るがないぞ。

 楠木さんの視線が痛いが、後の晒し首よりは遥かにマシだ。

 俺の鋼の如くの意思を読みとったか、楠木さんは諦めるように肩を竦めて首を振る。

「解った。貼らない。代わりにご飯奢って」

「そりゃもう!!」

 そんな程度でいいのなら、願ったり叶ったりだ。

「じゃあちょっと早いが飯食いに行こう!!あの味が普通のファミレス…」

「ふざけんな」

 クワッと凄まれ、マジで怯んだ。

 え?なんでふざけんな?そんなにお気に召さない?

「あ、あの…まさかお値段がリーズナブルだから、ふざけんな?」

 恐々とお聞きした。対しての反応が、頭痛を堪えるように頭を擦っての大きな溜息だった。

「あのね、あそこには春日ちゃんと波崎さんが働いているでしょ?なにが悲しくて、放課後デートのお食事を、恋敵のお店で済ませんのよ?」

 ………こ、恋敵!?

 えーっと…波崎さんは違う…ああ、槙原さんの親友だったか。

 槙原さんにチクられたら、下手すりゃ乱入されるかも。って事なのか?


「こ、ここ?ホントにここでいいの?」

 連れて来られた先で、予想外の事態にテンパる俺。

「いいよ。つか、高校生のお小遣いの範囲内でしょ?」

 範囲内も範囲内。

 だって、ここは全国に展開している、超有名なハンバーガー店なのだから。

 もう少し奮発してもいいんだが、それを言う前に楠木さんが店内に入ってしまった。

 慌てて俺も入店する。

 スマイル0円でのいらっしゃいませ攻撃を見事に無視し、チキンバーガーセットを頼んだ楠木さん。

 俺は…どうしようか…

 あのハッピーセットとやらに物凄く興味を引かれるが、あれは子供の物だから、俺が手を出すのはどうかなあ?

 まあ、無難に同じものを頼もう。飲み物だけコーヒーにして。

 流石の全国有名ハンバーガー店。5分と経たずに頼んだ物が出てくる。

 それを持って、空いている席に座った。

「結構空いてて良かったね」

「うん。つか、ここで良かったの?もう少し奮発しても…」

 さっき思った台詞をそのまま言った。

「充分奮発してくれているよ?バーガーセットより高いじゃん?」

 まあそうだけど。

「つか、私チキンサンド一番好きなんだ」

 そう言ってかぶりつく楠木さん。

 気を遣ってくれているのだろうが、それを感じさせないようにしている。

 しかし美味しそうに食べるなあ。

 その顔に釣られて俺もかぶり付いた。

 油っこいし脂っこいバーガーだったが、これはこれでなかなかだった。

 ちょっと欲を言えばレタスをもう少し挟んで欲しかったが、高校生の晩飯にしては軽めなソレは、瞬く間に俺の胃袋に収まる。

 楠木さんはまだ半分くらいだ。

 食べ終わるのを待っているのも何なので、セットに付いてきたポテトをこれまた一気に食べた。

 うん。ポテトは美味い。身体に悪そうだが。

「あ、ポテト食べていいよ。これ身体に悪そうだし」

「有り難く戴くが、それ俺も思った」

 そして身体に悪そうな物を俺に食わせる、と。

 勿体無いから食べるけど。

 うん。美味い。だけど絶対身体に悪い。沢山食べるもんじゃねーな。

 思いながら、もしゃもしゃと食べる。

「食べるの早いね」

「そりゃ男子だからな」

 まだ三分の一残っている楠木さんを尻目に、俺は最後のコーヒーを一気に啜った。

「だから食べるの早いってば。こういう所では、お喋りしながら食べるもんだよ?」

「食事中は喋るな。と躾けられたもんで」

 思いっ切り嘘だ。

 そして楠木さんもそれは嘘だと知っている。

 学祭前に俺ん家でしょっちゅう晩飯食べていたから解るのだ。

 証拠に俺を睨んでいる。三白眼で。

「まあ、ジャンクフードにしては、まあまあだったな」

 三白眼が怖いので強引に話を逸らした。

「高校生のお小遣いじゃあ、これも結構な出費なんですが…月いくら貰っているの?バイトもしてないよね?」

「俺は使わない時は全く使わないからな。意外と小金持ちなんだよ」

「小金って所が悲しいけど、そっか。隆君ゲームもしないし、外にも出ないから」

「いや、そこそこ出たりはするんだが…」

 どんな引き籠もりだ。俺は。

 そして俺の印象どんなんだ。

「私はバイトしなきゃなあ。お小遣いだけじゃ服も買えない」

 背凭れに体重を預けて天井を見る楠木さん。

 楠木さんがバイトとか言ったら、薬の時を思い出して、素直に働けと言えない。

 過去とはいえ、俺にとっちゃ結構なトラウマだ。言う程じゃないけれど。

「うん。働けばいいよ。あのファミレスとかはどう?学祭の時のメイドコス可愛かったし」

「あそこはなあ…春日ちゃんも働いているからいいんだけど、西高の馬鹿達が来るからなあ…」

「来ても面倒な事にはならないよ。木村ともそう約束したし」

「その木村が嫌なの」

 まあ…楠木さん的には木村は黒歴史だろうしな。俺がらみでもそうだろうし。

「まあ、バイトなんてどこでもあるし、焦って決めなくてもいいだろ」

「だよね。どうせ高校生のバイトなんて、接客業が殆どだろうし」

 一応超早朝もあるぞ。

 パン工場だが。朝3時から、だったっけ。

 流石に勧めはしないけど。

 適当に喋っていたら、結構な時間になった。

「ちょっと遅くなったな。送ってくよ」

 がたり、と椅子から立ち上がる。

「えー?まだ早いよー」

「早くない。帰って勉強しなきゃだろ」

 あと数日で期末テストだ。コケたらクリパがパーになる。

「赤点免れればいいんでしょ?」

「万が一があるだろ。ちゃんとやったって言うバックボーンが無ければ、ひどく脆いもんだぞ?」

 勉強もボクシングもだ。

 俺はどんなに忙しくても、ちょっとの復習は必ずやるし(ノート1ページでも復習は復習だ)、柔軟とランニングは欠かした事は無い。(学校までダッシュするのもランニングの一環だから問題は無い)

「う~ん…解った。じゃあ家まで送って?」

「おう。任せろ」と、胸を張る俺だが、よく考えてみれば、楠木さんの家は知らなかった。

 ……まあ、エスコートして貰おう…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る