勉強会~003

 相も変わらず腕に絡みつかれて超歩き難い状況下、ハンバーガー店から歩いて30分。

 結構なマンションの入り口に俺達はいた。

 暗証番号を入力すれば、、自動ドアが開くタイプだ。

「お高そうなマンションだな…」

「結構なお値段だったらしいよ。おかげで、両親共働きで夜遅いし。私のお小遣い少ないし」

 愚痴を言いながら暗証番号をポチポチと。

 自動ドアが静かに開き、中に入ると静かに閉じる。

 続いてエレベーター。ここは暗証番号無しでも乗れた。

 なんかセキュリティー中途半端だ。

 そして楠木さんは三階を押す。

「なんか三階が一番安かったんだって。自殺があった階らしいよ」

 そんなプチ情報いらん!!

 怖いだろうが!!お化けが出たらどうすんだ!!

 つか、現在お化けに取り憑かれている状況に近い俺が言う事じゃないか…

 んで、三階に着く。

「私の家は306号ね。因みに309号は開かずの間。なんでだろうね?」

 さっき言った事故物件が309だっつう事じゃねーか!!

 だけど良かった。309の前を通らずに家に行けて。

 さて、306の前だ。鍵を差し込み、回すと、ガチャンと開錠された音が結構響く。

 帰ってきたのバレバレじゃねーか。やっぱセキュリティー中途半端だな。

「さ、どうぞ~。言っておくけど、男子を家に入れた事は初めてだかんね?」

 初めて…なんか甘美な響きだな…

 やや緊張し、「おじゃまします」と言って中に入る。

 重いドアが勝手に閉じる。

 ガチャン。と施錠された音!?

「オートロックか!?」

「うん。一応ね」

 実際お高かったんだろうと素直に思った。お化けが出そうな階だけど。

「どしたの?靴脱いで上がったら?」

 キョトンとされて促されたので、言われるが儘、その通りにした。

 楠木さんに付いて行き、部屋に到達。

「ちょっと散らかっているけど、適当に座ってて?お茶煎れるから」

「う、うん。お構いなく」

 一応遠慮してみるが、パタン、とドアが閉じた。

 ……女子の部屋はこれで四人目だな…

 一人は麻美、もう一人は朋美。最近は春日さん。

 楠木さんの部屋は、三人の部屋よりもいい匂いがする。

 なんか香水でも振ってんのか?と思うばかりに。

 取り敢えず、若草色のクッションに座って見渡してみる。

 ベッド、テレビ、ぬいぐるみ…ここら辺は他の女子と共通しているが、なんと!!小型だが冷蔵庫が設置してあった!!

 なんと!!と言う程でもないが。

 つか、冷蔵庫があるんなら、わざわざお茶煎れなくても、ここから取り出せば…

 悪いと思いつつ、小型冷蔵庫を開けてみる。

 大量のオロナミンCが入ってあった。小型とは言え、冷蔵庫パンパンに。

「え?オロC好きなの?意外だな…」

 オロC飲んでいるの見た事ないんだけど…

 パタンとドアを閉じた時、横に無造作に置かれているビニール袋が目に入る。

 そのビニール袋に、これまた大量にチョコやらお菓子やらが入っていた。

「買い過ぎだろ…」

 半ば呆れたその時、楠木さんがコーヒーを淹れて部屋に戻って来た。

「おまち~」

 上機嫌でガラステーブルの上にマグカップを二つ置き、例のビニール袋を引っ張り出す。

 そしてガラステーブルの上にそれを置いた。

「好きなの食べて。なんなら全部持って行って」

「え?食べる為に買いこんでいるんじゃないの?」

 楠木さんは心底うんざりした感じで首を振る。

「これ、パチンコ屋さんの景品」

「え!?楠木さんパチンコやるの!?」

 今度は違うとばかりに首を振る。そりゃそうだ。高校生だし。

「ウチの母、パチプロなのよ」

 ……それは…なんと言っていいのか…

「あー…うん…そ、そう…」

 こんな返ししかできねーわ。

「父はまともな職業なんだけどね」

「そ、そう?因みにご職業は?」

「ホームセンターの店長さん」

 ん~と…突っ込みする隙も無い程の、普通のご職業だな。お母さんの方は満載だけど。

「でも、収入は母の方が多いんだよ。このマンションのローンも母が返済しているって言っても過言じゃない」

 はあ…俺にはギャンブルで勝ち続けるなんて、どうにも信じられんのだが…

 現にギャンブルに負けて、何回も高校生やり直しているようなもんだし。

「あ、コーヒーの他にオロCもあるよ。なんなら全部持って行ってもいいよ」

「いや…全部は…」

 押し付けようとすんな。

 母にいらないとか、別が良いとか要望出せよ。

「あ~?その顔、母に別の品を要求したらいいだろ。とか思った顔だ!!」

「だから心を読むな」

 突然楠木さんが寂しそうに笑った。

 俺の身体が一瞬竦すくんだ程の、寂しそうな笑顔だった。

「パチプロってさ、帰って来る時間が凄く遅いのよ。よく解んないけど、明日も勝つために色んな店偵察したり、癖読んだり、仲間と情報交換したり」

 まあ、勝ち続ける為にはかなりの努力が必要だわな。パチプロに限らず、みんなそうだ。

「朝も狙い台取る為に、場合によっては日も出てないうちからホールに並んだりさ。要するに、あんまり母とは顔合わせ無い訳」

「じゃあ父は…」

「父もさ、一応ながら責任ある立場でさ、小さいホームセンターだから何でもやらなきゃいけないし…父ともあんまり顔を合わせない訳さ」

 だから一人の時間は沢山あると、楠木さんは自嘲気味に笑う。

「春日ちゃんの寂しさに比べたら全然甘ちゃんだって思うけど。ほら、私か弱いし」

 だから薬…か…

 か弱いかって言われたら疑問だが、楠木さんが薬に逃げた理由が少し解ったような気がした…

「多分この景品のお菓子は、母も申し訳ないって気持ちから取ってきていると思うし、マンションのローンの返済で、父が頑張っているのは理解してるんだけどね」

 それでも寂しいのには変わらない。

 言い訳は見苦しいが、薬に頼ったのは、少なからずこの事情があったからと、暗に言っている。

 まあ、俺としては、終わった事はもういいし、反省しているならそれでいいと思うが。

 兎に角だ。

「か弱いってのは訂正して貰おうか」

 楠木さんがビックリして俺を見る。

「乗り越えて戻って来た人間は強い」

「うわ…カッコイイ台詞を…恥ずかしくない?」

 馬鹿だな。そんなもん…

「ハズいに決まっているだろ!!」

 素直な俺に、更に驚く楠木さん。

 だってハズいもんはハズいし。

「乗り越えた人間、か…じゃ、隆君もカッコイイんだね。」

「いや、俺は乗り越えていない!!」

 自虐で胸を張る俺に、またまた楠木さんが驚いた。

 目ん玉零れ落ちるから、見開くのはやめろ。

 そもそも、俺は辛さから目を背けているだけだ。

「俺は力に対して力で対抗しただけだ。麻美の事は全く吹っ切れていない。証拠に、あの五人の糞共は、見たら確実にぶち砕く」

 強い人間なら、反省していると、詫び入れたいと願うなら許すだろう。

 だが、俺は反省しようが、詫び入れようが、泣こうが喚こうが許しはしない。

 誰かが止めてくれなければ、確実に撲殺している。

 槙原さんやヒロに感謝だな。殺人者一歩手前で踏み止まっているのは。

「そっか…やっぱ死んじゃった人には敵わないのかな…」

 今まで見た中で一番寂しそうな笑顔を浮かべた楠木さん。

「何言ってんだ?死んだ人間より生きている人間だろ?死んだ人間はその時点で勝ち組にはなれないよ」

 何回も死んだ俺だからこそ言える台詞だ。

 説得力があるかどうかは解らないが。

「そっか…そうだよね…だったら永久欠番の一番は諦めるにしても、二番目指す気持ちでいけば…」

 一人納得する楠木さん。しきりに頷いている。

 つか、なんだ永久欠番て?巨人の背番号3みたいなもんか?

「ね、隆君」

 くるんと俺の方を向き、視線を俺の目にぶつけた。

「な、なにかね?」

 ちょっと怯んでしまって、及び腰になる。

「私、二番目でいいから」

「うん?」

 ……言わんとしている事が、解ったような解らないような…

 しかし、その瞳の覚悟に、俺はすっかり怯んでしまった。

「……何言っているか解ったような解ってないような、って顔してる」

「心を読むなと言っているのに…」

 いや、そんな表情をしているって事か。

 溜息を一つつき、ご丁寧に解説を始めた。

「えっと、隆君はまだ麻美さんの事が好きなんでしょ?」

「まあそうだな」

「あっさり肯定されちゃうと、それはそれでショックなんだけど…まあいいや。兎に角、隆君の中では麻美さんが一番って事でしょ?」

 そうなの?いや、そうとは言えないと思うが…

 麻美と同じくらい、楠木さんも春日さんも槙原さんも好きなんだけど…

 それ言っちゃうと、ド最低だから言えないが。

 なので、押し黙る。

 構わず楠木さんが続ける。

「だったら私は二番でいいよ。二番でいいから、好きになってよ?」

「えっと…一番も二番も無いんだが…」

 最低過ぎるから言えないだけで、楠木さんも好きなんだよ…

 そして、まだ口に出す事も出来ない。

 まだ朋美との結着がついていないから。

「私、お得だよ?」

「なにがお得?」

「すぐにエッチできる。今にでも」

 それはお得だな…

 じゃねえよ!!俺は一体どんな目で見られているんだよ!!

「誤解のないように言っとくけど、隆君がやりたい盛りの思春期だって言っている訳じゃ無いよ?その年の男子は頭の中は、殆どその事を占めている。所謂一般論で言っているんだよ?」

「前半がえらい無茶苦茶な言い方だったが…」

 なんだやりたい盛りって。

 そりゃ思春期だから、その、いろんな所に目が行くのは否定しないが。

 俺は軽く溜め息をつき、言った。

「そりゃ、エロい目で女子を見る時はあるが、盛りの付いた動物じゃあるまいし、仮に楠木さんと付き合う事になっても、直ぐには手を出さないよ…」

「大丈夫。知っているから。男子の性欲は」

 駄目だ聞きやしねえ。

「あ、でもそうか!!」

「何がだよ?」

「隆君、春日ちゃんの裸見ても襲わなかったんだよね?性欲をコントロールできる、数少ない男子だったっけ」

 ………いや、あの後思い出して一人でしようと…

 でも麻美いるし…要するに、常に悶々としているんだが。

 ボクシングの練習で発散している部分も否めないし。

「私のパンツも極力見ないように努めているし」

「ホントは凝視したいんだけどな」

 つい本音を漏らしてしまう。

 男子にとって、女子のパンツは名画よりも尊いのだ。

 まあなんだ、と咳払いして仕切り直す。

「俺は確かに麻美の事がまだ好きだが、楠木さんの事も好きだ」

 楠木さんの瞳が潤んだ。

「同時に春日さんの事も、槙原さんの事も好きだ」

 一気に三白眼に変わる。

「そして前にも言ったと思うが、朋美の件が解決しない事には、俺は先に行けない」

「……終わったら、誰か必ず選んでくれるんだったっけ?」

「その言い方じゃ、俺がどんだけの立場だっつう話だけどな…」

 そもそも選ぶとかの立場じゃないような気がするが、別の言い方が思いつかない。

「だから、全て終わるまで待ってくれ。その時楠木さんを選んだら…とびっきりの勝負パンツを凝視させてくれ」

 言い方がえらくアレだが、真剣に答えた。応えたと言ってもいい。

 それも正面から、肩を掴みながら言い切ったのだ。

 ……せめてもうちょっと、いい台詞を使いたかったとの後悔はあるけども。

 楠木さんはしんみりした訳でも無く、比較的あっさりと返した。

「うん。解った。いいよそれで」

 逆に拍子抜けした。春日さんはもうちょっと雰囲気が重かったような…

「なに?あっさりしているなあ、って思ってる?」

「なんで俺の心がそう簡単に読まれるんだ…」

 怖いわ、普通に。俺、声に出して無いよな?

「多分そう言われると思っていたからね。春日ちゃんにも似たような事言ったんでしょ?」

 言ったな。そういや筒抜けだったっけ。

 せめて赤裸々は勘弁して欲しいなあ…

「とびっきりの勝負パンツは流石に想定外だったけどね」

「いや…まあ…その、なんだ」

 言葉出て来ねえ!!

 激しく後悔した。やっぱもう少し気の利いた事言えばよかったと。

「勝負パンツ、楽しみにしてて」

 絶賛後悔中の俺に、はにかみながら言う楠木さん。

 えっと、俺的には深く考えて言った訳じゃ無いんだが、なんでそんなに頬を赤らめているんだ?

 ちょっと言葉の意味を考えてみるか…

 勝負パンツとは、所謂アレだ。勝負パンツだ。そのまんまの意味だ。

 それを見せてくれって事はだ…

 その前にどこで見る?まさか学校とかじゃないだろう?周りの目があるし。

 と、なると二人っきりの時だよな。

 うん。

「俺は別に邪な意味で言ったんじゃないからな!!そ、そりゃエロい事はしたいが、彼女になってから直ぐってのは抵抗あるって言うか、身体目当てと思われたくないと言うか…」

 今度は俺が赤面しながら弁解した。

 そうじゃない!!いつもパンツ見せようとするから流れで言った訳で!!

 ああああ!!死にたい!!いや、死にたくねえわ!!死なないように頑張っている最中じゃねえか!!

 じゃなくて!!あーもう!!地の文までテンパっているとか、俺一体どんだけなんだ!!

 悶絶するように、頭を抱えてぐにゃぐにゃと暴れている俺。

 そんな俺を慰めるように言う楠木さん。

「勿論そんな深い意味で言ったとは思ってないから安心して。春日ちゃんが裸で遥香が胸と脚なら、私はパンツで勝負するって事だから」

「なんのフォローにもなっていないように思うが、ありがとう…」

 つか、それぞれの武器が怖いわ。

 槙原さんの胸と脚が一番良心的だわ。

 なんだ春日さんの裸って?マッパで勝負とか、確実にやられるだろが。

 パンツも充分ヤバいが。

「さてと。じゃ、今度は胃袋で勝負しよっかな」

 言いながら徐に立ち上がる。

「ん?胃袋って?」

「春日ちゃんはオムライス、遥香はチャーハンでしょ?負けてらんないよね、乙女として」

 ……何を食わせたとかも言っているのか…

 マッパも言っているんだから、当たり前なのかなあ…

「んじゃ、ちょっと待っててね~」

 手をひらひらさせて退出しようとする楠木さんを呼び止める。

「ちょっと待って!!さっき一緒にハンバーガー食べたよね!?」

 確かに軽い晩飯だが、他ならない楠木さんが言った筈だよな?これは晩御飯であると。

「大丈夫。私は食べないから」

 そう言って部屋を出た。

 俺も晩飯として食べたんだけど…まあ…まだ全然お腹に余力があるから入るけど…

 しかし、楠木さんが料理…全く想像できないなあ…

 いつも持って来ている弁当はお母さんが作っているんだったな。おかずは自分で詰めているんだろう。

 しかし、さっきの話を踏まえると、早朝におかずだけ作って出かけているんだよな…

 ちゃんと、と言って良いのかどうかは解らんが、母親はしているって事だ。

 春日さんに比べたら甘え。って言っていたのは、そういう所もちゃんと見ているって事だ。

 改めて楠木さんって凄いなあ、と思った。

 俺だったら、そんな事鑑みないで不幸だって思うだろう。

 そんな事を考えていると、鼻腔を擽るバターの溶けた香り。玉ねぎを炒める甘い香りも漂ってくる。

 何作っているんだ?とわくわくしてきた。ハンバーガー食ったって言うのに。

 その香りにコンソメも混ざって来た。

 野菜をコンソメで炒めているのか?まさか今から手の込んだ物作るとか言わないよな…

 ちょっと不安になってきたが、大人しく待ってみる。

「できたよ~」

「早いな!?」

 思いの外早く出てきて、つい口に出してしまった。

「だって明日学校あるじゃん。ホントはもっと凝った料理出したいんだけどね」

 部屋のテーブルに置かれたのは…チャーハン?いや…

「エビピラフで~す。ホントはお米から炊きたかったけど、時間がないから炒めたのに変更ね」

 おお~…と感嘆を漏らす。

「そんな大袈裟に…スープもコンソメ使ったし、ホント手間掛けてないから」

 照れ笑いする楠木さん。

 俺が感心したのは、この短時間で料理作れるって事だったんだが、それは見くびり過ぎだろ。と言われそうだったので、言うのをやめた。

「旨そうだなあ…でもなんでピラフ?」

「それはホラ、お米料理で勝負しようとね」

 また勝負か。春日さんのオムライスと槙原さんのチャーハンと張り合ってるんだろうなあ。

 何はともあれ、いただきますを言って一口…

「……うまい…」

 え?マジうまい!!

 思わずがっつく。

「やた!!お気に召したようで!!」

「いや、御世辞抜きでうまい!!ハンバーガー食ったのも忘れるくらい、スイスイと入って行く!!」

 バクバクと牛丼のようにかっこむ。

 結構な大盛りだったピラフは、案外簡単に完食できた。

 それくらいうまかったって事だ。

「やっぱ男子って食べるの早いよね~」

 完食した俺を見て嬉しそうに食器を下げる。

「いや、ホント美味しかった!!ご馳走さま!!」

 満足になった腹を擦りながらお礼を言う。ちょっと行儀が悪いように思えるが、許して貰おう。

 つか、楠木さんって何気に女子力たけーな。

 よく見ると、部屋も綺麗に片付けられているし、何よりパンツ見せてくれるし。

 ……パンツは女子力とは言わねーか。

 ちょっと離れた台所でカチャカチャ食器を洗いながら、楠木さんが聞いてきた。

「コーヒー飲む?」

「あ。うん。貰うよ。ありがとう」

 食後のコーヒーまで淹れてくれるとは、惚れそうだ。もう惚れているが。

 惚れているのが三人なのが、大きな障害だけど。

 コーヒーを運んで俺の目の前に置き。その体面にもう一つマグカップを置いて座った。

 その時、やっぱりパンツは見えた。絶対わざと見せているんだ。

「ブラックでいいんだよね?」

「うん」

 ブラック以外は微糖だ。

 春日さんはおかしな好意で、生クリームやら蜂蜜やらメープルシロップやら入れてくれるけど。

 あれ純粋な好意だから、やめろとは言い難いんだよなあ。

 一口啜る。ちょっと薄いが、うまい。食後のコーヒーの至福な事よ。

 俺がコーヒーを堪能していると、楠木さんがふふっと笑った。

「私、結構いろんな男子と付き合ってきたけど、ご飯作ったりコーヒー淹れてあげたの、実は初めてなんだ」

「そ、そうか」

 それは嬉しいが、色んな男と付き合ったってくだりが…

 まあ、気にしてはいけない。過去は過去。俺も過去は褒められたもんじゃないし、おあいこだ。

「今、私と付き合うと、エッチできるし、夜明けのコーヒー飲み放題…」

「全部終ってから考えるって言ったろ」

 どいつもこいつも、隙あらば誘惑してきやがって。

 思春期真っ只中の男が欲望を押さえるのに、どれだけ苦労していると思っているんだ。

「チッ。防御力高いなあ…」

「舌打ちすんな。あと、デフィンスはあんま得意じゃない」

 俺はインファイターだからな。被弾覚悟で突っ込むのが、俺のスタイルだ。

 そんなこんなでコーヒーを飲み干す。

「さて…夜も遅いし帰るかな…」

 立ち上がると、楠木さんが「えええ~!?」と、あからさまにガッカリアピールし出す。

「もうちょっといいじゃん?」

「明日も学校あるし、なにより勉強したいんだよ」

 クリパに参加する為に、少しでも不安は取り除いておきたい。

 楠木さんは、何か言おうをしたが、それでも押し留めて、恐らく言おうとした事と、別の事を言った。

「そっか。赤点は駄目だしね。私もちょっと勉強しとこうかなあ…」

「そうしろそうしろ。赤点で全部台無しになっちゃうからな。少しでも点数を上げる努力をだな」

「解ったってば。実際隆君よりヤバいしね」

 ……地頭で負けているんだが、楠木さんも危ない事には変わるまい。

「じゃあ、また明日、学校で」

「あ、下まで見送るよ」

 流石にそれを拒否する程、俺もあっさりしていない。名残惜しい気持ちも確かにあるしな。

 その申し出を受け入れ、エレベータで下まで降りる本当に僅かの時間を楽しんだ。

「じゃ、明日」

「うん。ばいばい」

 見送ってくれた楠木さんは笑っていたが、本当に寂しげだった。

 もうちょっと一緒にいようかな…と、未練を残しながら、俺も後ろ髪を引かれる思いで、マンションを後にした。

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