須藤朋美~001

 春日さんの家から帰る時も思ったが、惜しい事したかな?との思春期全開の想いを胸に、電車に乗る。

 泊まりたい気持ちもあったが、思春期故に、確実に強制的に選ぶことになってしまう。

 それだけは避けなければならない。あまりにも無責任過ぎる。

 おっと、やばいやばい。今考える事はそれじゃない。

 赤点回避してクリパに参加する事。

 先に進むためにと、朋美に付け入らせない為に。

 ……駅に着くまで単語帳でも開くか。

 しかし、期末テスト如きでこんだけ慎重になるなんて、どこの進学校だよ。

 呆れながらも苦笑いする。

 そうこうしていると、駅に到着。単語帳を閉じて降り、そのまま家に向かって歩く。

 その途中、俺のキャリアが警報を鳴らした。

 キャリアとは、糞共をぶち砕いた経験値。

 それが警報を鳴らしたって事は、待ち伏せされて、後を付けられている事を意味する。

 中学三年の時、誰彼構わずぶち砕いた時によくあったのだ。

 その経験値から、付けて来ているのは三人。一人はメールを打っているのも解った。

 仲間を呼ぶつもりだな。

 どうしようか…家まで付けられたんじゃ、後々面倒だしな…どっか人気の無い所に行くか…

 前はこんな事しょっちゅうあった。俺も慣れたもんだ。

 久し振りだな、こんな展開。

 知らず知らずに拳を握り固める。

 この小道を右に曲がると、人気も街灯も無い、ちょっとした空地がある。

 そこに誘導するように歩くと、案の定、その後を付いてきた。

 さて、目的の空地にもう直ぐ着く。

 何の目的か、誰に頼まれたのか、きっちり口を割らせなきゃな…

 さて、空地に到着だ。街灯も無い、ただの広っぱ。

 俺はくるんと振り向く。付けていた三人がビクつくのが解った。

「俺になんか用か?」

 ちょっと待ったが返事は無い。

「仲間、何人呼んだ?」

 ざわつく三人。小声で「バレてるよ、やべえな…」と聞こえた。

 やがて諦めたのか、一人が前に出た。

 見るからにチンピラの風体。ああ、俺の大っ嫌いな人種だ。

「呼んだのは二人だ。来るまで待ってくれんのか?」

 ケツのポケットからメリケンサックを出して、それを装着させながら言う。

 呼応するように、残りの二人も武器を出す。つか、ナイフじゃねーか。あぶねーだろ。

 まあいいや、と軽く息を吐き、言った。

「武器まで出したんだ。最低病院送りは覚悟しとけ」

 正当防衛、成立だ。

 一気に気が楽になった。

 やり過ぎに注意しなくて良くなったんだから。

 と、その前にだ。

「誰に頼まれた?」

 気絶されちゃ聞けなくなってしまう。だから先に口を割らせよう。

 目の前のメリケンサック野郎が鼻で笑った。

「言うと思うか?」

「ああ、それだけ聞けたらもういいや」

 単独じゃない、誰かに頼まれたって事が解ったからな。

 幸運にも、気を失っていない奴から、頼んだ奴を聞けばいい。何なら入院先に出向いて聞けばいい。

 な?慣れたもんだろ?

 俺はメリケンサック野郎に向かってダッシュした。

「!!?」

 素人が。易々と懐取られて焦っていやがる。

 メリケンサック野郎が反応する一瞬前、俺のボディが奴を貫いた。

「か…!!」

 阿呆が、腹を押さえて前屈みになりやがった。

 ボディブローは痛いと言うより、苦しい。

 じゃあ楽にしてやろうか。

 がら空きの顎にアッパーを放つと、簡単に白目を剥いた。

 二発。時間にして一秒くらいか?まさにあっという間に片付いた訳だが、ナイフの二人組は何が起きたのか理解していないらしく、使う気もない凶器を、ただ持って茫然としている。

 ハッタリとは言え、ナイフを持っているんだ。

 ちゃんと覚悟してくれなきゃなあ。

 俺は間髪入れず、ナイフのアホにダッシュして距離を詰め、ナイフを蹴り落とした。

「え!?」

 もう一人の糞がその様子に何が起こったのが理解する前に、左ストレートで鼻を潰す。

「いてええええ!!」

 ナイフの二人の手にはもう何も無い。

 ハッタリの刃物は地面に転がった。

 これで万が一にも刺される可能性は無くなった。

 俺はナイフを拾い、思いっ切り遠くへぶん投げた。

「さて…呑気に転がっている場合じゃねえぞ?凶器まで用意して狙いやがったんだ」

 この中で一番強くて立場があるのは、恐らくメリケンサック野郎だ。

 先ずはその立場を潰す。

 俺はメリケンサック野郎の胸座を掴み、無理やり立たせた。

 気絶から半覚醒したメリケンサック野郎の顔面を、至近距離からぶち抜いた。

「あがっ!?」

 吹っ飛ぶも、胸座は掴んであるので、引き寄せてぶち抜く。

 また吹っ飛ぶ。引き寄せる。ぶち抜く。

 それを数回繰り返すと、無様にも「も、もう勘弁してくれ…」と言い出した。

「もう二人来るんだろ?せめて応援が来るまで耐えろよ糞が!!」

 勝手に喧嘩売っておきながら、随分と調子いいな…

 ムカついて、胸座を離して、とどめの左ストレート。

 糞は悲鳴を上げる事すら無く、仰向けに倒れた。

 そして俺はナイフの二人組の方を向く。

「「ひ!!」」

 二人同時に情けない悲鳴を上げる。ビビるくらいなら、こんな真似すんじゃねえよ。

 ムカついて腹を蹴った。

「うごっ!!」

 蹴りはあんまり得意じゃないが、それでもくの字にさせる事はできる。

「おい。誰に頼まれた?」

 見下ろしながら訊ねた。

「し、知らな…ぶへっ!!」

 返事が終わる前に、フックで頬をぶん殴る。俺は誰に頼まれたか聞いているんだ。知らねーって答えを期待した訳じゃない。

「おい、もう一人の糞。お前なら言ってくれるよな?誰に頼まれた?」

 もう一人の糞はビクビク震えて、だが、一応は答えた。

「し、知らない。ほ、本当だ。後から来る二人なら、知っているかも…」

 こいつも知らねーのか。本当に糞は使えねーな。

「仕方がない。じゃあ待つか。お前等も付き合うよな?」

 嫌と言わせるつもりは無い。

 俺の凄味に、ナイフの二人組は力無く頷いた。

 待つ事暫し。

 相変わらずメリケンサックは伸びていて、ナイフの二人は正座している最中、暗闇の方からこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえる。

 小声ながら会話も聞こえた。

「ちょっと遅かったかな?もう片付いてんじゃねえ?」

「……まあ、それならいいんだけどな」

「なんだお前?渡部のパンチ力は知ってんだろ?念の為に、折戸と今川にはナイフを持たせたし」

「……お前等には悪いけど、俺にはあの三人が緒方を何とかできるとは、どうしても思えないんだ…」

 俺を知っている奴がいる?

 そいつが俺を襲うように頼んだ奴か?いや、そんな雰囲気は無いな…

 寧ろ俺と関わりたくないような感じだが…

 それにしてもと、ナイフの一人を小突く。

「おい、どっちが折戸って奴?」

「……あ、はい…俺です…」

 じゃあ、あっちが今川か。んで、メリケンサック野郎が渡部、っと。

 つか、こいつらの名前なんかどうでもいいけどな。

 俺を襲うように頼んだ奴を付き止める事が最優先だし。

「GPSじゃ、この辺りの筈だな。おい!!渡部!!折戸!!今川!!」

 馬鹿が無防備で空地に入ってくる。

「おい、もう少し慎重になれよ柏…」

 俺を知っているっぽい奴が注意を促すも、馬鹿は気に留めず、ずんずん進む。

 アホだこいつ。折角仲間が教えてくれているってのに。

 俺は暗闇に乗じてそいつに急接近した。

「え!?」

 奇襲によって、アホ面全開で呆けるそいつに、ストマックブローを放った。

「ぐはああっ!?」

 簡単に蹲ったそいつの髪を掴み上げ、俺を視線と同じ位置に持ってくる。

「えっと…柏だっけ?さっき知った名前だから、自信ないが」

「て…てめえが…緒方…?じゃあ、あいつらは…」

「ああ、ナイフの糞共はあそこで正座中。メリケンサック野郎は伸びている最中だよ」

 言い終えた俺は、もう一度そいつのストマックを叩いた。

「ぐうえええええ………」

「おい、汚ねえなあ?何食ってきたか知らんが、全部戻しているじゃねえか」

 もう一度ストマックブロー。

「は!!がは!!」

 なにか忙しい奴だな。吐いたり呻いたり。

「さて、俺は平和主義者なんだ。これ以上弱っちい糞共をいたぶるのは心が痛む。どうだろう?素直に俺を襲うよう頼んだ奴の名前を言ってくれない?」

「………………」

 だんまりか。まあいいや。もう一人居る事だし。

 掴んでいた髪を放すと、腹を抱えながらしゃがみこむ糞。

 その顔面に爪先キックをくれてやろうとした。

「ちょっと待て緒方…言うから…」

 残った一人が覚悟したように前に出た。

 暗くでよく顔が見えないが…

「……待っていろよ?いきなり襲うんじゃねえぞ?伸びちまったら、お前が聞きたい事も聞けなくなっちまうからな?それ位解るよな?」

 やけに念を押し、そいつはすり足で俺に近付いてきた。

 なんだ?その言い方だと、俺の昔の(言う程昔じゃないが)追い込みを知っているような感じだが…

 星明りで顔が見られる程、そいつは近付いて、それでも俺のパンチが届かない距離で止まった。

 この用心深さ…そしてそのツラ…

「阿部かああああああああ!!!!!」

 そいつは麻美を殺した五人の内の一人。

 中学卒業後、地元からいち早く姿を消した糞だった!!

 我を忘れ、阿部の顔面を捉えるべく、ダッシュした。

「待てって!!話聞きたくねえのか!!」

 その台詞に辛うじて理性が働く…

 握った拳、その内側がやけに痛い。この糞相手に我慢とか、物凄い苦行だからだ。超握力で握りしめている証拠だった。

 阿部は冷や汗を掻きながらも安堵する。

「変わってねえな緒方…いや、変わったか?前のお前なら、俺の言葉なんか聞かずに、ぶん殴っていたかもな」

「おい糞…!!お前と世間話するつもりは無いんだよ…何なら病院のベッドの上で話聞いてもいいんだぜ…?」

 何を呑気に懐かしんでいやがるんだこの糞は!!

 ヒロや槙原さんがいないんだ。俺の理性が保っている間に進めやがれよ…

 イライラばかりが湧いてくる…!!

 俺の剣呑の雰囲気を察知してか、阿部は更に一歩下がった。

 こいつ、昔からこうだったな。

 命乞いをする武蔵野をぶち砕いたのを見て、じっと顔を伏せてやり過ごそうとしていたし、反撃しようとして倍返しされた佐伯を見て、仕返しの案に絶対乗らなかったようだし。

 病院もこいつだけは転々と変えていたな。夜討ち朝駆けを避けるように。

 今考えると、黙ってやられっぱなしの安田や神尾よりも怪我は少なかったな。要領が良いと言うか、何と言うか…

「ふう…やっぱ変わってねえな…まあいいや…いいか?そのままだぞ?いいな?」

「うるせえよ糞が!!さっさと先に進め!!」

 俺の怒号に、阿部を除いた全員がビクッと跳びはねる。伸びているメリケンサック野郎は別だが。

「解ったよ…えっと…順を追って説明した方がいいよな?」

 無言で頷く。

「じゃあ…」

 いきなり阿部は座り込んだ。

 逃げも隠れもしないとの意思表示なんだろう。

 これから言う事は信用しろと、暗に言っているようにも思えた。

「まず、俺は今、この街から二県隣にいる。こいつ等もそうだ」

「あ?お前等俺から逃げ出した割には地元に近いな?安田なんかモロ地元に留まっていたぞ?」

「それは仕方ない。紹介された仕事が、ここから二県隣りが限界だったからな。神尾も武蔵野も隣の県だろ?」

 武蔵野は県境だったな。まあ、隣の県と言っても差し支えは無い。

 それよりもだ。

「紹介って、誰に紹介されたんだよ?」

「それは追々話していく。つか、話す事になる。この件の説明に不可欠だからな」

 勿体ぶりやがって…ムカつくが、話すつもりなら、まあいい。

 俺は顎をしゃくって続きを促した。

「こいつ等とは、その仕事先で知り合ったんだ。っても物騒な仕事じゃない。お前も知っているだろ?白浜建設。その子会社だ」

「地元の建設屋じゃねえか?二県先に子会社があったのか?」

「小さいけどな。こいつ等全員その会社じゃねえが、まあ、同じ現場で知り合ったりした仲だ。しょっちゅうツルむようになってな」

 ふーん。つか、こいつの近況なんかどうでもいいんだが。

 時間稼ぎか?それならそれでいいが、その後はきっちり後悔させてやる。

「そんで、結構真面目に勤めていたんだが、やっぱ中卒は給料が安くてな。暇を見つけては荒事のバイトをしているんだ。例えば『あなたに代わって恨み晴らします。謝礼金は応相談』とか、ネットに書き込んで、とかな」

「……随分いい仕事してんじゃねえか?丁度いいや。おい阿部、俺の恨み晴らしてくれよ?標的は解っているよな?200円なら即金で払ってやる」

 あまりにもふざけた事をしているので、俺の怒りは簡単にMAXになった。

 踏み出そうとした俺を見据えながら言う。

「だから待てって。最後まで聞かなきゃ解んないぞ?この件だけじゃない、あの時の一件もだ」

 あの時の一件…

 その言葉で辛うじて踏み止まる。

 それは俺が欲して止まない情報だからだ。

 だが、このまま主導権を握られっぱなしは、精神衛生上良くない。

「解った。じゃあ一発だけ殴らせろ」

「なんでそんな理屈になるのか解んねえが、御免だね。本当ならお前とは永久に関わりたくなかったんだ。中学の時のトラウマもある。ましてや的場をぶっ倒したと聞けば尚更だ」

 驚いた。こいつ、的場とやり合った事まで知ってんのか!?

「この話が来た時、俺はこいつ等を止めたし、来る気も無かった」

「……じゃあ…なんで来た?

 阿部は少し躊躇ったが、やっぱり口を開いた。

「中学の時の…あの子の弔い…みたいなもんかな?佐伯は兎も角、俺達は全員後悔していたんだ」

 麻美の事を…神尾もそれらしき事を言っていた…

 阿部は、俺と出会えば、どう言う行動を取るか知っている。それでも来た。と言う事は…

 そこそこ信じてもいい…のだろうか…?

「……落ち着いたようだな。話を進めるぞ。さっき言ったバイトはホムペで運営しているんだ。と言っても、なんでも請ける訳じゃ無い。俺達にもちゃんとした仕事があるし、このバイトの事がバレたらクビになっちまうからな。そこで一定の条件を設けた。地元じゃない事。しかし、あまり遠くない場所。これは単純に地元は顔バレがあるし、遠すぎると交通費でアシが出るからだ。そしてバイト料は依頼者から直接貰う。これは裏切りでポリに通報させないとか、顔バレのリスクを負って共犯者になって貰う事。要するに逃げられなくする為だ。で、一番重要なのが、俺達の手に負えない相手だったら依頼を断る。俺達は怪我したくないんでな」

「ふん…御大層な事を言っている割には、やっている事は無事な糞っぷりだけどな。で?俺は手に負える相手だったって訳か?」

 即座に頭を振る阿部。

「標的が白浜だってだけで断ろうとしたさ。お前だって知る前からな。だけどこいつらがやる気になっちまってな。理由は簡単、金がいいから」

 視線を向けられたナイフの二人組は、咄嗟に目を逸らす。

「一人の野郎を12月25日まで動けなくするって事がバイトの内容だ。脚の一本でも折ってやれば、仕事は終り。内容自体は簡単だろ?問題は相手がお前だってだけで。的がお前だって知って、俺は必死に止めたんだ。その甲斐あって、一旦はやめようってなったが、更に金を乗せられてなあ。もう止められなかったよ」

 12月25日まで動けなくする…

 クリパの日が25日…

 俺をクリパに参加させない事が目的?

 もしも、そんなしょうもない理由で、こいつらを嗾けるとしたら…

 一人だけ心当たりがあるんだが…

 阿部のネタバラシを待つ前に、俺が口を開いた。

「その依頼者って…朋美か?」

 阿部は驚いたように目を見開く。

「そうだ。須藤朋美。なんだ、心当たりがあったのか?」

「金払いが良くてそんな馬鹿げた事頼む奴、俺の知っている限りじゃ、朋美しかいないからな…」

 やっぱりか…何となく解っちゃいたが、やっぱショックだ。

 なんでそんなに俺に拘る?朋美なら、普通にしてれば可愛い顔しているんだから、男なんか幾らでも…

「じゃあ…中学時代、お前をいたぶるように頼んだ事も、もう知ってんのか?」


 ざわり


 それは槇原さん達からもそれとなく言われていた事…明言は避けてはいたが…

 麻美の気配が冷たく、そして鋭くなった…

 俺自身、背中に冷たい物を感じた…

 やっぱりそうじゃないかな、と。

 でも、まさかな、と。

 朋美はおかしいとは言え、そこまでしないよな、と……

 そんな風に思っていたのは事実。

 確かにぶん殴りたくなった事もあるが、止められていた事もあるが、それでも俺は朋美に対して、本気で拳を振るおうとは思っていなかった。いや、思っていなかったと、今気が付いた。

 槙原さんが言っていた。俺が知ったら正気でいられない相手だと。

 しかし、当事者の証言を聞いても、俺は至って冷静だった。

 やはりなんだかんだ言いながらも、心のどこかで確信していたんだろう…!!

「……そのツラ、何となくって所だな」

「まあ、そんな感じだ」

 言い終えてから、俺は阿部に詰め寄る。

「なんで朋美は俺をいたぶるように頼んだ?」

「さあ?俺達はただ金を貰ったからやっただけで、理由は解らんな」

「お前等が揃いも揃って地元から姿消した理由は?」

「それは須藤の親父に言われたからだ。娘がした事をどうにかして隠したかったんだろ。他の奴は兎も角、俺に限って言えば、金も貰えたし、仕事も世話してくれたから、断る理由は無かったしな」

「なんで安田だけ?」

「解らんが、安田は常に監視されていたようだな。息苦しいとかボヤいていた」

「お前はその…俺にその事をバラして大丈夫なのか?」

「ああ。もっと遠くに引っ越す事になったからな」

 そんな簡単な話じゃないような気がするが…

 だが、俺が心配する事じゃ無い。

 もっとこいつから情報を引き出す事の方が大事だ。

「う、ううん…」

 その時、伸びていたメリケンサック野郎が覚醒した。

「やっと起きたか。だから言っただろ?緒方には関わらない方がいいって」

「あ…う、うん…」

 別に何も言っていなかったのに、自発的に正座するメリケンサック野郎。

「悪いがここまでだ。もっと話を聞きたいんだったら、これに連絡してくれ」

 そう言ってケー番とメアドが記されたメモを俺に渡す。

「信用できるか。安田だって連絡不能になったんだ。お前だって逃げるつもりだろ?」

「そりゃ信用できねえよな。でもして貰うぜ。これ以上地元に留まったらそれこそヤバい。須藤組が結構な情報網を持っているのは知っているだろ?」

 それ言われちゃ、返せないが…

「安心しろ。須藤は俺がこの件に関わっている事は知らないし、ちゃんと失敗したって報告はしておくから」

 どう安心すればいいのか皆目見当も付かないが、逃げないと言う保証はどこにも無い。

 なにか保険が欲しい所だが…

 やがて阿部が大袈裟に溜息を付いて、スマホを開きながらメモを取り、俺に渡す。

 見てみると、メモには安田、神尾、武蔵野の現住所とケー番、メアドが記されていた。

 消えた安田とも連絡取ってやがったのかよ…

「もうひとつ教えろ。お前、朋美に言われて女子を車で轢く真似したよな?」  

「ああ。わざわざ俺に連絡してきたよ。やりたくなかったが、チンピラに脅されてな。金もたんまり貰った。本気でビビりながらやったから、スピードは全く出ていなかったし、当てもしなかったけどな」

 これであの写メの裏は取れたか?しくったな、録音しとけば良かった。

「…兎に角、俺の住所も引っ越しが終わったら改めて教える。どうだ?少なくとも保険にはならねえか?」

「……これが本当ならな」

 適当にでっち上げて、この場を収めようとしているのかも知れない。

「心配ない。神尾だけなら直ぐに確認が取れる筈だ」

「なんで言い切れる?」

「お前の女の…えっと…おっぱいがやたらデカい女と通じている筈だからな」

 そう言えば、槙原さんは神尾から色々と情報を貰っているんだったか…

「つか、お前ホントに変わったな。おっぱいだけじゃなく、もう二人も女いるようだし」

「そうだ!!ちょっと待て!!一応このメモは信じるとして、なんでお前等が楠木さんの最寄駅に来た?」

 明らかに俺が楠木さんの家に行っている事を知っていた。

 これを教えなきゃ、やはりぶち砕くしかない。

 彼女達の身の安全の為に。

「ああ、それか。高校から付けてきたからだよ」

 ネタばらしは実に簡単だった。

 何の事は無い、こいつ等は放課後、学校のどっかで張っていて、俺の後を付けていたのだ。

 俺を確実に仕留める為、一人になる所を見計らって、人気の無い所で一気に襲う。

 俺はメリケンサック野郎をじろりと睨んだ。

「あ、あの女の家の事は誰にも言わないし、この後どうこうするつもりも無いから!!」

 聞いてもいない事を弁解じみながら言うとか…

 俺はメリケンサック野郎の腹を蹴った。

「うぐ!!」

 簡単に丸まった。

「おい糞、もしも楠木さんになにかあったら、例えそれがお前等と何の関係が無いとしても、俺はお前等を今度こそ病院送りにしてやるからな…何度でも、何回でも。お前等が死んだ方がマシだと思うまで、俺が飽きるまで!!」

「そ、そんな無茶苦茶な…ぐふっ!!」

 拒否権も与えるつもりも無い。俺は追い打ちとばかりにもう一度腹を蹴った。

 小声で阿部が「だから言っただろ…」と呟いた事も、聞き逃さない余裕を持ちながら。

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