文化祭~002

 少し罪悪感があるが、俺は足早に朋美の家から離れた。

 今の俺を支えている背骨バックボーンの一つが、ボクシングだ。

 だから口実とは言え、言ってしまったからには、ジムに顔を出さなければならない。

 そんな訳で、電車に揺られてジムで汗を流した。

 サンドバックを叩いている時、会長が話し掛けてきた。

「隆、学校祭が終わるまで、もう来ないのか?」

 叩いていた手を休めて、会長に返事をする。

「そうですね…忙しくなるから」

「そうかぁ。まぁ、楽しそうだから仕方ねぇか。やっぱり断るか」

「断るって、何をっすか?」

「いや、隣街にな、俺の知り合いがジム作ったんだよ。若手しかいねぇが、これまた立派なジムでよぉ」

「ああ…ウチのジムは、丹下ジムみたいっすからねぇ…」

「馬鹿野郎が。世界チャンピオンになって、ジム建て直してやるくらい言えねぇか?」

「いやいや、俺は世界どころかプロの器もねぇっすよ。先輩方に頑張って貰いましょう。あと、ヒロを無理やり連れ戻すとか」

 ヤバい藪蛇だ。

 会長は俺をプロにしたがるから、何かの会話の拍子に、こう言う流れになってしまう。

「まぁいい。そんで若手しかいねぇから、スパーも儘ならねぇってんで、ウチに願い出てきたんだよ」

「若手って、プロになったばかりか、練習生しかいないって事ですか?確かに長年プロで戦ってるウチの先輩方とスパーすれば、いい経験になりますね」

「馬鹿野郎が。ウチのプロをホイホイ貸し出せるか」

 え?出稽古みたいなもんじゃねーの?

 新しく立ち上げたジムだもの、ドンと胸貸してやればいいのに、ケチくせーな会長。

「つかよ、向こうが同じキャリア同士でやらせたいとよ」

「同じキャリア同士って…練習生と?」

 頷く会長。顔が苦々しい。

「要するに、テメェんとこの練習生に自信つけさせてぇんだよ。同じジムの練習生同士やらせりゃ、どうしても格差が出てくる。強くなれない、弱いと思っちまったら辞めるだろ?」

 だから他ジムの練習生相手に、自信つけさせようとしてんのか。

 ふぅん、つまり…

「ウチ、舐められていません?」

「舐められてんだよ馬鹿野郎。ウチの練習生を、テメェんとこの練習生の当て馬にしようとしてんだよ」

 軽くキレている会長。そりゃキレるわ。俺だってムカつくもの。

「そこでお前がそいつ等全員ぶっ飛ばしてだな。舐められた借りを返したいって寸法だったんだが、まぁ学校祭があるんじゃ仕方ねぇ」

 あからさまに落胆している会長。

 いつかこのジムから世界チャンピオンを!!と頑張って来た会長だ。

 知り合いとは言え、新設ジムに下に見られて悔しかったんだろう。

 俺だって悔しい。つか、ムカつく。

「会長、それって学校祭終わってからじゃ駄目ですか?」

「うん?どう言うこった?」

「俺がそのジムの練習生、ぶち砕いてやりますよ!!」

 拳を突き出した。それもストレートのスピードで。

「そうか!それなら日程をずらして貰おう!!頼んだぞ隆!!なぁに、お前なら6人くらい簡単にKOできる!!」

 俺の両肩を掴んでの激励!!期待!!

 其処までやられちゃ応えなければならない………

「へ?6人?」

「よおし!!隆!学校祭で忙しいと言って、練習に手ぇ抜くなよ!!ジムはいいから毎日練習はしとけ!!」

 上機嫌になりながら会長は携帯を取り出し、どこかへ電話をかけた。

 ……つか、6人…

 喧嘩じゃない、試合で6人?

 それはちょっと厳しいんじゃ…

 ちょっと待ってと言う前に、会長は雑音がうるさいと外へ出ていった…


 ジムからの帰り道、俺は項垂れながらトボトボと歩いた。

 喧嘩でなら6人程度普通に戦っている。

 だが、ボクシングの試合となると別だ。

ボクシングはルールがあるスポーツ。練習生とは言え、鍛えているプロの卵だ。何でもありの喧嘩とは全く違う。

 そして俺は確かに先輩方とスパーを何度もやっているが、6人連続は流石に無い…

 俺のスパーは試合が近い先輩方の練習相手がほとんどなので、仮想敵を演じながら行っている。

 なので、俺のスタイルではあんまりスパーはやった事が無い。

 しかも学校祭があるので練習もあんまできない。そもそも学校祭で忙しいから、ジムにしばらく顔出せないから、今日行った訳で。

「……俺…ヤバいんじゃね?」

 時間無制限何でも有りなら勝てる自信があるが、ルールがあるスポーツなら話は別だ。

「……安請け合いしたかな…」

 どう考えてもそうだ。例えば同じ相手とフルラウンド戦うなら、慣れや戦略もできてくるが、今回は練習生のスバーリングだ。

 1人3分3ラウンドだとして6人で18ラウンド。

 時間にすれば54分?

 それも入れ替わり立ち替わりだ。

 フルラウンド使えばヤバい事になる。判定狙いは駄目だ。

――でも、私としては良かったかな、って思っているけど

 麻美さん。街灯があんまついてない場所で出てこられたら怖いんですが。

 あなた基本オバケでしょ?

 それは取り敢えず置いといて…

「なんで良かったんだよ?」

――隆が殴る為じゃなくて、試合で拳使うから

「いや、試合だけどボクシングは殴り合いだろ?」

――今までの憎しみで使う凶器じゃない、柔らかいグローブで包まれた、お互いハンデ無しの立派な試合じゃない?

 うーむ…言わんとしている事は解るが…

「でも練習時間もあんま取れないし、普通に負けちゃうかも知れない」

――試合だから勝つ時も負ける時もあるじゃん。実際ジムの先輩とのスパーでもKOされた事あったしね

「だからほら、今回はジムが舐められているから、是が非でも勝たなきゃならない訳で…」

――だから勝つように努力すればいいんだよ

 ……駄目だこいつ。地の文全く読んでねー。いや、ボクシング解ってねー。いや、全てのスポーツを甘く見ているなぁ…それも仕方がない事かも知れないけれどさ。

「いやだからな麻美、スポーツ故練習しないと勝てない訳で、その練習時間が学校祭であんま取れない訳で、だけどジムのメンツの為に絶対勝たなきゃならない訳でな」

――だから、限られた練習時間で、効率良く、濃密な練習すればいいんだよ

 ……簡単に言うなぁ…だがまぁ…

「実践練習…ヒロに付き合って貰うか…」

 やれる事はやろう。結果負けても仕方無い。

――うん!その意気だよ隆!!

 麻美は、すっごい良い顔をして頷いた。

 そっか。麻美は頑張る俺が好きだったんだよな…

 それも未練の一つかも知れない。

 こうやって、一つ一つ未練を消していけば…

 ただ乗り越えるよりも、充実して気持ち良く成仏できるかもだ。

「おう。スパーは放課後にヒロに付き合って貰って、実践の感を研ぎ澄ましてだ。ミットとサンドバックは諦めるとして…まぁ、考えられるだけはトレーニングするよ」

――うん。それに写メもちゃんと分析してよね?

「解ってるって」

 とは言ったものの、すっかり忘れていた。

 朋美の家から逃げ出す口実のジムだったと言うのに…

 それに国枝君から色々聞く事も、すっかり頭から抜けていた。

 自分の鶏頭が憎すぎる…

 

 ………はぁ…

 今日の放課後、物作りクラブの蟹江君から貰った図面に倣い、木材を切りながら溜め息をつく。

 昨日家に帰った後、朋美の部屋で撮ったおかしな書類を分析しようとしたのだが、焦ったのかブレてよく見えなかったのだ。

 ただでさえ字が小さいから尚更見えない。

 ならばとパソコンで拡大しようと思ったが、長い間開いていなかったパソコンは、何か不具合で起動しない。

「せめてブレさえ無ければ…」

 完璧に俺のポカだ。自分の無能さが嫌になる。

「寝不足かい緒方君?」

 後ろから声を掛けられて振り向くと、国枝君がメガネを中指で持ち上げて立っていた。

 メガネが光って無駄に格好良いが、知的キャラを演じているのだろうか。

「ああ、国枝君。ちょっとミスしてね…」

 すると国枝君は微かに笑いながら、俺の耳元に近寄って囁いた。

「須藤さんの家に行った事かい?」

 ぞくりとして身を翻し、国枝君と距離を取る。

 クラスメイトは何があったのかと作業の手を止めて、俺達を見た。

 国枝君は微笑を崩さず、俺にノコギリの柄を向けた。

 恐る恐るそれを受け取る…

「いや、忙しいんならいいんだ。占いで使う椅子とテーブルは僕一人で運ぶよ」

 ……これは…話したい事があるから出ろ、って事か…?

「いや、大丈夫だよ。いいよなみんな?」

 一応同じ作業をしている男子に、了解は取らなきゃならない。

「ああ。備品は早い者勝ちだからな。緒方なら力もあるし、デカい机と椅子運べるだろ?」

 みんなも賛同してくれたので、じゃ行くかと腰を上げる。

「すまないね緒方君。僕はあまり力に自信が無いから」

「いや、力仕事は任せろと言ったんだから。気にしないで大丈夫だよ。じゃ、ちょっと行ってくる」

 先に歩く国枝君の後ろを追う形で、教室を出てドアを閉じる。

 放課後は他クラスも準備で賑やかだ。

 要するに話すチャンスが無い。

 国枝君もそれを承知のようで、一つも言葉を発せずに黙々と歩く。

 俺はやっぱりそれを追う形だった。

 人の波を縫うように先行する国枝君。

 向かった先は用務員室。今は用務員さんそのものが学校にいないので、そこは物置となっている。本当にテーブルと椅子を準備するようだ。

「流石に手ぶらじゃマズいだろうからね」

 そりゃそうだ。備品確保の為に俺を連れ出したんだから。

「国枝君、なんで俺が朋美の家に行った事が解ったんだ?」

 国枝君は一度だけ微笑を浮かべて、直ぐに備品を物色する真似をした。

「緒方君、君も探している振りをしなよ。彼女の仲間がどこで聞いているか解らないからね」

 慌てて俺も物色の真似をした。

「……君に憑いている女の子が教えてくれたんだよ。書類を写メしたまでは良かったけど、ブレて見えなかったってね」

「……麻美が…」

 それはつまり、国枝君を頼れと言う事か?

 俺は携帯を取り出して、昨日撮った写メを添付して国枝君に送った。

 国枝君のポケットから着信音がして、国枝君はそれを確認する。

「……僕のパソコンで拡大しておくよ」

「うん、頼むよ。俺のパソコン調子悪いんだ」

 それからは一言も話さずに、本当に物色した。

 結論から言えば、国枝君のお眼鏡に叶ったテーブルと椅子は無かった。

 無いものは仕方無いので、手ぶらで教室に戻る。

「おっ、国枝、テーブルと椅子は?」

「……いや、残念ながらもう無かったよ。仕方無いから、僕がそれっぽいのを、どこからか調達するよ」

 そこで俺を一瞬だけ見る国枝君。

「あ、うん。その時呼んでくれれば手伝うよ。重いんだろ?」

「そうかい?じゃあお言葉に甘えるよ。見つかったら連絡するから」

 どうにか空気は読めたようだ。国枝君の絶妙なアイコンタクトの賜物だが。

「あ、緒方、材料足りないから、悪いけど持ってきてくれないか?」

 今度は別のクラスメイトに、普通に運搬を頼まれた。

 力仕事担当、緒方隆である。嫌とは言えない。言うつもりも無いけれど。

「あ、うん。何を持ってくればいいんだ?」

「えっと…この角材を2つと…ビスもあったら適当にかっぱらってきて」

「了解。じゃ、ちょっと行ってくるよ」

 嫌な顔一つ見せずにクラスの為にパシる俺。

 別に嫌いじゃない。寧ろ頼られて嬉しいくらいだった。


 五時を回って下校を促される。

 作業時間が圧倒的に足りない。こんなんで間に合うのか?と不安に駆られていると、朗報が舞い込んできた。

「明日から七時まで残っていいってさ!!」

「おお七時!!まだ足りない気もするが、それでも助かるなぁ!!」

 クラス中が安堵感に包まれる。

 何でもクラスの出し物なら担任が、クラブの出し物なら顧問が、と、七時までは残って面倒を見てくれるらしい。

 俺は国枝君と校門まで歩きながら話した。

「でも七時でもキツくない?」

「うん。衣装担当の女子は家に持ち帰って続けるらしいね。僕達も持ち帰り作業可能な物はそうしなきゃならないだろうね。先輩達もそうやってきたようだし」

「でも、俺達のは大道具みたいなもんだろ?家に持ち帰るのにも限界があるような…」

「その時は誰かの家に集まって作業を続ける事になるだろうね。例えば庭か倉庫のある、学校から近い家の人に頼むとか」

 学校から近い家か。そりゃそうなるな。庭とか倉庫は、作業スペースと借り置き場に使うから必要だし。

 だが、その条件になると限られてくる。

 学校から一番近いのは…多分俺ん家。

 俺ん家には小さいながらも庭があり、借り置き場にはなるか…?

「……今日帰ったら親に聞いてみるよ」

「うん?何をだい?」

「俺ん家なら学校から近いし、庭もあるからな。みんなで作業していいか聞いてみる」

「本当かい緒方君!!助かるよ!ありがとう!!」

「いや、親が駄目って言ったら諦めなきゃだから、過度な期待は…」

「まぁそうだね。だけと緒方君のご両親は、断る事はしないと思うけどね」

 俺を見ないで、俺の後ろを見ながら、確信したように言う国枝君。

 ……麻美と話しているのか。つか麻美がなんで確信してんだろう?

「あと、さっきの写メ、明日拡大して持ってくるよ」

「うん…助かる」

 俺のヘマを見事帳消ししてくれ国枝君。マジ頼みます。

「……おっと、大沢君が校門で待っているようだね。何か持っているようだが…」

「あ、本当だ。ヒロだ」

 国枝君が気付いたヒロは、脇に大きめなバッグを持ちながら、校門に佇んでいた。

 そういや、今日は作業を早めに切り上げて、どっか行ったんだったな。

 あのバッグの中身を取りに出たのか。

 俺に気付き、そろそろと近付いてくるヒロ。心なしか表情が厳しい。

「なんだヒロ?機嫌悪そうだな?」

「悪くもなるぜ…お前、文化祭が終わったら他のジムの奴とスパー6連チャンやるらしいじゃねぇか?」

「そうだけど…なんでお前が機嫌悪くなる訳?」

 ヒロが苦々しくそっぽを向き、続けた。

「オッチャンにそれを聞いて、じゃ俺にもやらせろっつったんだけど…お前はジム辞めたから無関係だろと断られたんだよ」

 それは…なんつーか…

「その通りだろ…」

 経験者とは言え、辞めたヒロは素人扱い。下手に怪我させる訳にはいかない。

「お前、俺が練習生如きに負けるとか思ってんのか!?」

「いや、ヒロが負けるとは思っていないが、辞めた今は部外者だしな…」

「……………」

 正論にぐうの音も出ない様子のヒロ。戻ってくれば、練習生同士のスパーくらい普通にやらせてくれると思うが…

「戻ってくりゃいいじゃん」

 俺の誘いに反応せずに、ヒロはバッグを下ろして中を開けた。

 その中身を国枝君が覗き込む。

「これは…ミットってやつかい?」

「お、国枝、知ってんのか?」

 得意気になったヒロは、ミットを両手に嵌める。

「文化祭が終わるまでジムに顔出せないだろ。ミット打ちとシャドー程度しかできないが、やらないよりマシだろ」

「お前協力してくれんの!?」

 いや、トレーニングを頼むつもりだったが、どうやって切り出したらいいもんかと考えていた所だ。

 それを自分から、しかもわざわざジムに行って、ミットを取ってきてくれたのか…

 ありがたくて涙が出てくる。

「6連チャンははっきり言ってキツいからな。オッチャンも無茶なもん受けたよなぁ。それだけお前に期待しているんだろうが」

「大沢君、緒方君はどれくらいのレベルなんだい?」

「そうだな…日本チャンピオンにはなれるんじゃぇかな?」

「チャンピオン……!!緒方君、強かったんだなぁ!!」

 俺が熱い友情に涙している間に、とんでもない期待がのしかかって来たのか解った…

 チャンピオンになんかなれねーっつーの。

 あれは真摯にボクシングに打ち込んできた人が目指す高みであって、俺みたいな奴が目指していいもんじゃない。

 ヒロがミットを構える。リバーとチンの位置だ。

「打ってこい、隆!!」

 滅茶苦茶格好いい台詞だが、本当に有り難い熱い友情だが…

「取り敢えず場所移動しねーか?」

 今は下校途中の校門前で、文化祭の準備の為に学校に残っている生徒が一斉に帰宅している最中。

 もの凄く目立っていて恥ずかしい!!

「……近くの公園行くか…」

 そそくさとミットを外すヒロ。

「興味深いな…僕も見学していいかな?」

「いいけど、つまんないよ?」

 国枝君の興味を引いたのが意外だが。

「よっしゃ、取り敢えず移動だ」

 そんな訳で、野郎三人で近くの公園に移動。

「……結構人気があるね。それもウチの生徒が大半だ。カップルとか…」

「……まぁ、学生カップルは金が無いからな…」

「波崎さんとの経験則で言っていんだろお前…波崎さんはバイトしているから、お前より金持っているだろう…」

「男には見栄ってのがあるんだよ…塾通っているからバイトできねぇし、だからと言って女子に奢られるのはちょっと…」

 ヒロの葛藤は兎も角、学生カップルばっかの場所で野郎三人…

 悲しい!!声を上げて泣きたいくらいだ!!

「…で、どうするよ隆?この居た堪れない場所で、空気読まずに熱血するか?」

「いや…俺はそんな強メンタルは持ち合わせていない…」

 基本ヘタレですから。

 糞共を目の前にするなら、関係ねーけど。

「そうか。じゃあ今日は緒方君の練習を見られないのか。残念だな」

 本当に残念そうな国枝君。何がそんなに彼の興味を引き出しているのだろうか?

 同じ疑問をヒロも持ち、国枝君に聞いた。

「国枝、隆の練習にそんなに興味あったのか?」

「うん。いや、最初は別にそうでも無かったんだけど、やたらと自慢されてね。練習中が一番格好いいって」

 誰がそんな事を!?

「へぇ?それ言ったのは楠木か?槙原か?待てよ…Bの春日とも仲良かったよな隆?」

「いや、彼女達じゃないよ。中学生くらいの女子がね」

 ……麻美か…

 一気に顔が火照る。

「隆、中学生のファンいたのか?」

「わ、解らないな!!と、取り敢えずカップルの邪魔になるから早く出よう!!」

 誤魔化すように、ヒロと国枝君の背中を押して公園から出る。

 麻美…ちょっと夜に話あるから出てこい。

 と、心の中で騒ぎながら。


 逃げるように公園から飛び出したのはいいが、さて、どうするか。

 時間も早いし、やっぱり少し練習したいなぁ…

「そういや…」

 ヒロが思い出したと手のひらに拳をポンと置く。

「隆、お前ん家に庭あったよな?」

「あるにはあるが、猫の額みたいな小さい庭だぞ」

「でも、ミット打ちくらいならできるだろ」

 成程、庭でか…

 少しでも練習できるに越したことは無いしな。

「……頼めるか?」

「その為にジムから持ってきたんだしな。だけど毎日お前ん家じゃ無理があるから、やっぱり練習場所は探した方がいいよな」

 そりゃそうだ。せっかく持ってきてくれたから、ミット打ちくらいはしたいし。

「緒方君の家か…図々しいけど、僕もいいかい?」

「国枝君、そんなに興味持たなくても…」

「いや、さっきから是非に是非にと誘われてね」

 やはり俺の後ろを見ながら言う国枝君…

「国枝、誰に誘わ」

「よし!そうと決まれば行こう!!早く行こう!!」

 ヒロに説明しても解らないだろうし、信じてはくれまい。

 何より、俺自身が中学生女子の幽霊と同居しているとか言いたくなかったので、有無を言わさずにヒロと国枝君の背中を押しながら歩いた。

 

 公園から少し歩くと、そこはもう俺ん家。

 ヒロが感慨深く頷きながら言う。

「隆の家も久し振りだな。最後に来たのは中三の冬の時だったか…」

「糞共を毎日追い込んでいたから、毎日傷だらけだったよなぁ…」

 中三の冬。俺は糞共から恨まれ、一般人からは怖がられと、立派なクズに成長し終えた頃だ。

 ヒロだけは俺ととことん付き合ってくれたが、同級生とかは巻き添えを喰らわないように、俺にぶち砕かれないように距離を置かれていた。

 虐められた時に見てみぬ振りをした連中だったから、全く困らなかったけど。

 その悪名高き俺が、家から近い白浜高校に入ると言うので、俺の中学の同級生の殆どは白浜に来ていない。

 其処まで俺は避けられていたと言う事だ。

 逆に言えば、そこまで俺は恐れられていたと言う事。

 そして多分、朋美が白浜を避けるように暗躍していたんだろうな。何かおかしな噂とか流してさ。

 その辺も中学の同級生に聞いてみたいものだが。

「結構広いね。これなら文化祭の作業持ち込みできるね。君のご両親が了承してくれればいいんだけど」

 そうか、それもあったんだ。

 ガレージを覗くと、既に親父の車が置いてある。

 帰宅しているなら、丁度いいから練習前に頼んでみるか。

 玄関を開けると、夕飯の匂いが鼻に付く。支度途中か終わったのか。

 取り敢えず「ただいま~。友達連れてきた」と言って家に上げる。

と、台所からお袋がエプロン着用で現れる。

「おかえり~。ヒロ君久し振りねぇ。そちらの彼は新しい友達?」

 国枝君は礼儀正く、姿勢を正しながら頭を下げた。

「はじめまして緒方君のお母さん。国枝と言います。夜分遅くお邪魔して申し訳ありません」

 お袋は感動して目を潤ませた。

「隆に…こんな礼儀正しい友達ができるなんて…」

「感動してんじゃねーよ…」

 逆に呆れる。

「遥香ちゃんと言い、国枝君と言い…隆も高校に入って社交的になったねぇ…」

「ちょ!!槙原さんの事は言うな!!」

「隆、槙原を家に呼んだのか?」

「ちが…勝手に来た…」

「勝手に来た?緒方君、それはかなりの勇気を要するよ。君はそれをちゃんと尊重しているのかい?」

「尊重とか言われても…」

 何故か国枝君に弄られる。

 麻美がなにか吹き込んだのか?

「そ、そんな事より、ちょっと話があるから、ちょっと親父呼んでくれ!!」

「呼ぶも何も、お父さん居間でお茶飲んでいるから、そっちに行けばいいじゃない」

 ……そりゃそうだ。

 俺は居間へと歩を進める。

 何故かヒロと国枝君も着いて来たが。

 居間に行くと、親父がわざとらしく新聞を広げながら、茶を啜る風景が目に飛び込んできた。

 威厳とやらを演出しているようで痛々しい。

 玄関での話を聞いていたんだろう。話があるに身構えているようでもある。

「親父、ちょっと頼みがあるんだけど」

 これまたわざとらしく新聞を閉じて、溜めながら俺の方を向く。

「帰ったか隆。この父に頼みとはなんだ?」

「今までそんな台詞言った事無かったよな!?」

 帰ったかじゃなくて、おかえりならよく言うし、寧ろジム帰りなら、親父より遅いし。

 この父って何なんだ?何かの漫画の影響か?

 唖然としている俺だが、やはり国枝君が礼儀正しく姿勢を正しながら、頭を下げる。

「こんばんは緒方君のお父さん。僕は国枝といいます。遅い時間にお邪魔して申し訳ありません」

 あまりの礼儀正しさに親父の声が裏返る。

「う、うん?よ、よく来たね国枝君?」

「なんでテンパるんだよ…」

「だってお前にこんな賢そうな友達がいるとは想像もできなかったし…遥香ちゃんだけでも奇跡だと言うのに…」

「槙原さんの事は置いといてよ!!だからちょっと頼みがあるから聞いてよ!!」

 余計な事を喋られる前に、親父を俺の方に顔を向けさせる。

 自分家なのに、こんなに気苦労するとは夢にも思わなかった。

「文化祭の準備がさ、放課後だけじゃ足りないんだよ。で、家が一番学校から近いし、庭もあるしで、作業していいかな、と………」

 そこまで言ったら、何故か親父がぶわっと涙を流した!!

「な、何!?どうしたんだ親父!?」

「い、いや…お前がクラスの為に私に頼み事するなんてなぁ…成長したなぁ…と思って…」

 感動しているとか、俺どんだけ扱い酷いんだろう?

 いや、今までが今までだから当たり前だけど。

「そ、そんな訳だけど、いいかな?」

「………遥香ちゃんは?」

「うん?」

「遥香ちゃんは来るのか?」

「いや、槙原さんはDクラスだから来ないよ!つか、槙原さんの事はいいんだよ!!」

「だってお前、遥香ちゃんと付き合っているんだろ?」

「付き合ってねーよ!!つか、ヒロと国枝君の居る前で喋んなよ!!」

 やはり家に押しかけてきた、槙原さんのインパクトはデカかったのか…

「おじさん、隆は槙原だけじゃなく、Aの楠木とか、Bの春日とかとも仲良いんだよ」

「何言ってんだよヒロっっっ!!」

「それだけじゃないよ大沢君。この頃は同じクラスの黒木さんとも良く話しているよ」

「国枝くぅん!?」

 何言ってんの二人共!?

 俺イジられキャラだっけ!?

「ほう。隆、お前はハーレムエンドを目指しているのか」

「目指してねーよ!!なんだよハーレムエンドって!?歳考えろよ!!」

 親父は確か、会社では結構責任ある位置にいた筈だ。

 ハーレムエンドとか、間違っても言っていい立場じゃないだろ。

「しかしお前がなぁ…時に国枝君」

「なんですかおじさん?」

「同じクラスの黒木さんは可愛いのかい?」

「なにを聞いてんだオッサン!!黒木さんは女子部の方だから、家には来ねーから期待すんなよ!!」

 自分の親父がエロ親父だったとは、この歳になるまで気が付かなかった!!

 まさか槙原さんを性的な目で見てたんじゃねーだろうな!?

「しかし一人を選ぶなら、同じクラスの方が確率がいいじゃないか?」

「黒木さんはルートに入ってねーよっ!!」

「つまり…楠木さんと春日さんはルートに入っているのか」

「ルート解るの!?まさかエロゲやらギャルゲやらやってねーだろうな!?」

 想像しただけで恐ろしい!!

 そして突っ込み過ぎて喉が渇いてくる!!

「と、兎に角、場所を貸してくれるかどうかだけ教えてくれ…」

「お前が友達を連れて来るのに、この父が却下する訳無いだろう?友達が少ない、哀れな息子がクラスメイト連れて来るのにっっっ!!」

 めっさ力説された!!

 だけどまぁ、結構簡単に話しが終わって良かった…

「すみません、助かります」

 国枝君がぺこりと頭を下げる。

「おじさん、黒木にも来るように言っとくから」

「なぁにを言ってんだヒロお!?黒木さんは女子部だってば!!」

「女子は何やるんだっけ?」

 ヒロは国枝君の方を見て訊ねる。知らねーんだな、うん。

「女子は衣類関係だよ。カーテンとか小物も用意する筈だよ」

「衣類って、占い衣装か?」

「そうだね。まぁ裁縫だね」

「国枝君、女子はその…コスプレってヤツかい?」

「何を期待してんだ親父い!?エロいコスは着ないから期待すんな!!」

 そんなコスなら俺が見たいわ!!オッサンなんかに見せるもんか!!

「ヒロ君、国枝君、晩ご飯食べて行きなさいよ。丁度作りすぎちゃったのよね」

 お袋が居間に顔だけひょいと出して、そう言った。

「あ、すんませーん。ゴチなります」

「すみませんおばさん」

「意外と遠慮しないのな…」

 ヒロは兎も角、国枝君は意外だった。

「家庭料理を頂くのは久し振りだからね。嬉しいんだ」

 国枝君は本当に嬉しそうに笑った。

「あら、国枝君のご両親は?」

「二人とも忙しくて、食事はいつも一人なんです。コンビニとかスーパーの惣菜で済ませていますし」

「あらそうなの?じゃあいっぱい食べてね」

 お袋も微妙に嬉しそうだ。マズくなきゃいいけどな。

「じゃあ二人共、キッチンに行こうか」

 ヒロと国枝君を誘う親父。俺の方なんか見やしない。

 まぁ、友達少ない息子が二人も連れて来たんだし、何よりクラスの為に頼み事をしたんだ。親父にも思う所があるのだろう。

 だから俺は何も言わずに二人の後を追う。

 かなり納得できないが、まぁ仕方無いかもだし。


晩飯は普通だったが、国枝君はえらく喜んでいっぱい食べた。

お袋も作った甲斐があると、喜んでいたから、まぁ良いけど。

そして一息付いていた時にヒロが徐に立った。

「よし、隆、やるか」

「え?何やるんだ?」

「何って、ミット打ちだろ」

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