文化祭~003

 晩飯は普通だったが、国枝君はえらく喜んでいっぱい食べた。

 お袋も作った甲斐があると、喜んでいたから、まぁ良いけど。

 そして一息付いていた時に、ヒロが徐に立った。

「よし、隆、やるか」

「え?何やるんだ?」

「何って、ミット打ちだろ」

 鞄からミットを取り出しながら呆れて言う。

「そうか。大沢君はそもそも練習する目的で緒方君の家に来たんだよね」

「国枝も練習見たいから付いて来た筈だろ…」

 そう言えばそうだった。

「えっと…遅くなるけど…見てく?」

「迷惑じゃなければ」

 一緒に飯食った仲で、迷惑とか思わないよ。

「じゃあ庭に行こうぜ」

 勝手知ったるヒロは、先頭切って庭に出る。

「バンテージくらい巻かせろよ…国枝君、先庭に行ってて。ちょっと部屋からバンテージ取ってくるから」

「バンテージって、ボクサーが拳に巻く、包帯みたいなやつかい?」

「そう、怪我防止にな。俺はハードパンチャーみたいだから、会長に練習するなら絶対巻けって言われているんだよ」

 言って部屋へ戻る。練習で怪我しちゃ洒落にならないしな。会長の言うとおりにするに越したことはない。

 バンテージを巻いて庭に出ると、ヒロがシャドーしていた。

「何やってんの?」

「いや、身体あっためなきゃと思って」

「スパーする訳じゃねーんだから…」

 とか言いつつ、俺もシャドーを開始。

「大沢君、緒方君の型と君の型、若干違うね?」

「ああ、隆はインファイトメインだからな。普通は偏らないようにミドルやアウトレンジも練習すんだが。因みに俺はミドルレンジ主体だな」

「俺はプロになる訳じゃねーからな」

 とは言っても、会長の方針で色々練習はしているけどな。インファイトだけじゃ勝てないし。

「よし、ヒロいいぞ」

「こっちもだ」

 ヒロがミットを構える。そこに寸分違わぬパンチを当てる。

 ミットが横から飛んでくるが、それをダッキングで躱し、リバーにあるミットに左フックを打ち込む。

「なんだあ隆!!キレが無ぇなあ!!」

 ミットを左右から振るヒロ。それを全て躱してアッパー。

「おおいっっっ!?」

 ヒロが後ろに仰け反り、距離を置いた。

「てめ、チンにミット置いてねぇだろ!!」

「いや、がら空きだったからつい…」

 狙った俺も何だが、躱したヒロは凄い。

 完全に虚を突いたアッパーだったからだ。

 因みにミットはテンプルの位置に置かれていた。

「にゃろう」

 ミットで左ガードの上からバンバン叩くヒロ。

 隙間を縫って右フックを放ったが、見事ミットに捕らえられる。

 ヒロの目がギラッと光った。

 やべー!とか思って、ガードしながら一歩下がる。

 両腕に痛みを感じたと同時に、ガードが跳ね上がった。

 ミットをつけての本気の左ジャブ、いや、左ストレートでガードが破壊された。

 がら空きの顔面に右ストレートが来た。ミットをつけたまま。

 俺はガードを壊されて体制不十分。

 モロに喰らうタイミングだが、そこはグローブじゃなくミットだ。

 スピードが若干遅い。

 なので、少し顔を逸らせて右ストレートを躱す。

 同時に俺も右ストレートを放った。

 カウンターだが、さっきも言った通り、体制不十分な俺の右。威力もスピードも大した事は無い。

 ヒロはダッキングで簡単に躱し、後ろに飛んで距離を置いた。

「おま、バカじゃねーか!?ミット打ちじゃなくてスパーじゃねーか!?」

 抗議する俺。

「お前が構えた所に打ってこねぇからじゃねぇか!!」

 逆抗議を喰らう羽目になった。

「あー、やめだやめ。ミットじゃなくグローブ持ってくれば良かった」

 ブツブツ言いながらミットを外すヒロ。

「お前とスパーとか、何の罰ゲームだよ…」

 中学の頃は、ヒロと練習と言えばスパー。

 ヒロがジムを辞める頃には何とか勝てるようになっていたが、最初の方はフルボッコだった。

 対戦成績だけなら10対1でヒロの勝ちだ。

「お前とスパーは俺も勘弁だな…負けてリングで大の字になってみろ。俺ガキの頃からやっていたのに惨めすぎるだろ」

「ダウンは俺の方が圧倒的に多いんだが…」

「最後の方じゃ、お前からKO勝ちはねぇよ!ギリ判定勝ちって所だろ」

「逆に言えば、俺の方がパンチ貰い過ぎって事になるんだが…」

 ヒロは左の使い方がうまかったので、ジャブの差し合いなら俺の完全負けだった。

 ボクシングの試合なら、俺よりもヒロの方が勝てるだろう。

 対抗戦(?)を代わって欲しいくらいだ。

「いや、二人共凄いね!!初めて間近でボクシングを見たよ!!」

 国枝君が目を輝かせて、拳を握りながらブンブン振っていた。

 興奮し過ぎだろ。

 それに、これはボクシングじゃないしな。練習ですら無い。

「単なるじゃれ合い…」

「だよな。真面目に練習してはいないよな。少なくとも」

 意見が見事に一致した。

「本番はもっと凄いのかい!?」

「あー…本番はなぁ…」

「二人共ムキになって、殺し合い寸前まで行った時あったよなぁ…」

「それは…何と言うか…アホだよね」

 呆れた国枝君。

 まぁ、殺し合い寸前は言い過ぎだが、時間無制限一本勝負完全KO決着ノーダウンルールを適用してスパーした時はある。

 何回ダウンしてもカウント内で立てば続行と言う、修羅のルールだった。

 因みに結果は、会長が出張から帰ってきて、二人共本気の拳骨を喰らって引き分けになった。

 単純に判定ならヒロの勝ち。俺はパンチ貰い過ぎたし。

「スパーすれば、あの修羅ルールが復活しちまうから、やっぱりスパーはやめた方がいいよな?」

「だよな。ミット打ちでもこの有り様だしな。ヒロ、今日ジムに行ってサンドバック持ってきてくれよ」

「あんな重くてデカい物持ってこれるか!!」

 まぁそうだな。無難に筋トレとかのメニューに付き合って貰うのが一番現実的だな。

「つか、お前が構えた所に打ってくれば問題ないんだが」

「だって構えた所より隙あれば狙っちゃうだろ。会長や先輩方にはそんな無礼な真似できないから尚更だ」

「俺にはやってもいいのか…」

 絶対躱すと解っているから安心なんだよ。とは口が裂けても言わない。

 緒方隆はツンデレを目指しているのだ。

 嘘だけど。

「ふぅん…まぁ兎に角、明日も何かしらの練習が見られる訳だよね。結構楽しみだよ」

「地味だよ?楽しくは無いよ?」

 腹筋を鍛えている姿を見て、楽しく思う筈が無い。逆に引くと思われる。

「じゃあ今日はこの辺でお暇させて貰うよ。作業も明日から少し忙しくなると思うから、よろしく緒方君」

「じゃーな隆。塾が無い日は練習に付き合ってやっから」

 そう言いながら、家から出るヒロと国枝君。

 軽く手を振って見送り、やがて二人の姿が見えなくなると、隣に麻美が参上した。

 俺はジト目で麻美を睨む。

「……お前、国枝君に何言ってくれてんだよ?」

――隆、私が他の男子と話したからって、焼き餅やくのは良くないよ?

「どんな思考だそれ!?つか…朋美の事も伝えられたのか?だったら…」

 国枝君を介して朋美が何をしたのか、何を企んでいたのかが解る。

 淡い期待を持ちながら言ったが、やはり淡い期待でしか無かった。

 麻美が首を振って否定したからだ。

――朋美の思念が隆に憑いているから、そこから漏れ出ただけ。詳しい事は彼にも解らないよ

 俺以上に残念そうな麻美。やっぱりそんな都合の良い話は無いか…

 写メの拡大をプリントアウトして貰えるだけでも、有り難いからいいけどな…

 ふと疑問に思ったので聞いてみる。

「国枝君は、その、霊感?凄いのか?」

――凄いよ。彼の言う『霊感占い』は、私みたいな霊魂と交信して教えて貰う、みたいな感じ。修行していないから、祓うとかは出来ないけどね

「守護霊と交信みたいな?」

――そう。でも修行していないから、私みたいに自分から交信しないと聞こえない事もあるみたい。自分からは積極的に聞けないしね。ほら、もしヤバい霊と接触したら困った事になるから

 成程、取り憑かれるみたいな感じか。

 麻美も俺に取り憑いているみたいなもんだが、所謂善霊だから聞く耳を持ったって事なんだろうな。

「じゃあ霊感占いは当たる確率高いじゃん」

――それもちょっと違うかな…守護霊が教えてくれない場合もあるし、応えてくれない場合の方が殆どだろうからね。そう簡単に修行していない人間が話せるものじゃないよ

 それで当たるも八卦、当たらぬも八卦か…

 ちゃんと言っていたしな。外れても文句言うな的な事を。

 統計学云々は体の言い断り文句って事なんだろうな。

 で、ここからが本番だ。

 真剣な顔を作り、麻美を見て聞いた。

「国枝君は朋美の思念が俺に取り憑いていると言った。お前…知っていたのか?」

 麻美は少し迷う素振りをしたが、仕方無いと口を開く。

――うん。知っている。寧ろそれが規定の大部分かな?私へのペナルティーが彼女の罪を暴く事みたいな?

「それは…前言っていた、『死ぬ筈だった俺の代わりに死んだお前への罰』の事か?その罰を償う為に『元凶の罪を暴く事』だって意味?」

――いや、元凶はあくまでも私だよ。勝手に身代わりになったんだし。彼女は『理由』。何かあったら必ず理由があるでしょ?その理由を彼女が作った

 う~ん…よく解らんが…

「結局は真相を俺が暴かないと、麻美はその儘で俺が死ぬって事だけは変わらないんだよなぁ…」

――そう。繰り返していた過去と現在は全く違う。それは彼女が関わっている事が解ったって事もあると思う。大体過去の文化祭は無視していたし、国枝君と仲良くなった事も無いし、大沢が彼女持ちになった事も無い。加えて隆の死に関わった女子三人とも、仲良くなったのも初めて

 確かに今までと全く違う。

 それは朋美が何かしら関与していると知った事も、関係しているのは間違い無いだろう。

 麻美と話してから少し。

 やはりヒロとの練習はじゃれ合いでしかなく、ロードワークをきっちりこなし、自宅でできる筋トレをやりで、身体を無理やり疲れさせる羽目となった。

 せめて実践練習ができればなぁ。とか思ったが、ヒロとのスパーはやっぱり洒落じゃなくなるからな。マジ強いからムキになるんだよ。

 ヒロには別に負けてもいいけど、できるなら勝ちたいしな。国枝君も何か楽しみにしているみたいだし。

――そう言えばさ、国枝君、昔隆に助けられた事あるって

「え?初耳だな…俺には記憶が無いが…」

 タオルで汗を拭いながら、乏しい脳みそを回転させるが、思い出せない。

――中学三年の時に、駅で絡まられていた所を助けて貰ったんだって。助けるつもりは無かったみたいだけど、結果的には助けられたって言ってた

 中学三年の頃か…

 あの頃は糞共が目に入ったら、必ずぶち砕きに行っていたからなぁ。

 危ない奴に見られたんだろうが、助けられたって思ってくれていたのか…

 荒んでいた中学三年の頃だが、そう思ってくれた人が居るだけでも有り難かった。


「ふぅ~ん。隆君のクラスは占いかぁ…」

 図書室の一角で、小さいお弁当箱を広げながら楠木さんが感心したように言った。

「楠木のクラスは何やるんだ?」

 既に弁当を広げながら、楠木さんに聞いたのはヒロだ。

 世界一図書室が似合わねー男が、女子と一緒に飯食うと言うドキドキイベントに顔を出すとか、非常にムカつく。

「Cはメイド喫茶。ありきたりだよね」

 つまらなそうな楠木さんだが、楠木さんのメイド姿なら見たいから良い。

「……た、隆君は…裏方さんかな?」

 さっきゲットして渡したカスタード&生クリームDXを、大事そうに千切りながら、口に運んでいた春日さんが聞いてきた。

「うん。俺は設備作りだよ。占いなんてできねーし。なぁ、国枝君?」

「う、うん、そうだね緒方君…」

 凄い居心地悪そうに、サンドイッチを摘まんでいる国枝君が、相槌を打つ。

「あはは~。隆君は裏方さんの方が性に合っているかもね。因みに春日ちゃんのクラスはおばけ屋敷だっけ?Dは射的だったかな?どっちにしてもありきたりだよね~」

 あんパンとコーヒー牛乳な槙原さん。実に張り込み刑事的な昼飯だが、それには訳があった。

 しょーもない訳だったが。

 国枝君を図書室の食事会に誘ったのは、実は槙原さんなのだ。

 近頃の俺と国枝君の接近が、槙原さんの野性の勘に反応し、さり気なく観察していた所、例の朋美の家から写メってきた、画像の拡大の存在を知ったのだ。

 そこからは、まぁ、槙原さんの独り舞台。

 交渉で槙原さんに勝てる奴はいない訳で。

「……ごめんよ緒方君。下手打って…」

「いや、いいよ。槙原さんは裏で色々頑張ってくれている筈だしな。だけどヒロには…」

 チラッとヒロを見ると、平然として返してきた。

「波崎がそれとなく遠回りに教えてくれていたからなぁ。俺を利用した須藤も腹立つし、隠し事していたお前にも腹立つが、事情が事情だし、勘弁してやるよ」

「え?お前知っていたの!?知っていて今まで知らん顔してくれていたのか!?」

「じゃなきゃ楠木やら春日ちゃんやら槙原と、こうやって一緒に飯食う事が異常だろが。俺は俺で女子を守ってんだよ」

 なんと!!ヒロが主要女子三人と昼飯食っていたのは、朋美から守る為だったのか!!

「それ口実で、普通にみんなでご飯食べたかったんだよね」

「……………はい…」

 波崎さんから色々聞いているであろう槙原さんには、ヒロのハッタリは通用しなかった!!

 俺は思いっ切り騙されたけど!!

 女子と一緒に昼飯食いたかっただけのヒロは置いといて。

 弁当を食い終わった俺は、蓋をパタンと閉じて槙原さんを見る。

「国枝君を呼んだ理由、教えてくれんだろ?」

「あ、うん。じゃ、はい」

 ペラリと一枚のプリントを俺に渡す槙原さん。

「……国枝君がプリントアウトしてくれたヤツだよな?」

「そうだね」

 まじまじと仰視する。

 トップには示談書と銘打たれていた。

 甲やら乙やらなにやら面倒くせー事が書かれていたが、要約すると、金払うからこの件はこれで終わりな。あと絶対に口外すんなよ。口止め料も入ってんだから。 みたいな感じだ。

 それより問題は…

 阿部正明 以下甲とする

 黒木綾子 以下乙とする

 押し黙った俺に、遠慮がちに国枝君が言った。

「緒方君、黒木綾子はウチのクラスの黒木さんの本名だよ」

 知っている。つまりこの示談書は、体育祭に事故に遭いそうになった黒木さんへの示談書だ。

「……隆、阿部正明って、あの阿部の本名だよな…っ?」

 言葉に詰まるヒロ…

 俺は相当怖い顔になっていたようだった…

「はぁ。やっぱあの子は詰めが甘いわ。私なら焼却処分にするけどなぁ」

 此方も元悪党の楠木さん。半ば呆れながら椅子に背を預ける。

「……た、隆君…ちょっと…怖いよ?落ち着こ?」

 小動物のようにオドオドしながらも、気を遣って俺の顔を敢えて覗き込んできた春日さん。

 いや、落ち着いている。自分でもびっくりする程に。

 解っていたのが改めて確信できた。

 ただそれだけ。

 それだけなのに、俺はそんな酷い表情になっていた。

「どうする?警察に相談するかい?」

「いや~、それは駄目でしょ。隆君が家捜ししたのが罪になるからね」

「じゃあ須藤をぶっ飛ばすか」

「大沢君も隆君に負けず劣らずだねぇ。波崎が悲しむような事はしない」

 槙原さんが男子二人の提案を却下した。それも、ぐうの音も出ないように。

「……取り敢えず確信できただけでも一歩前進だ。これからはもっと証拠を集めるよ」

 槙原さんはニッと笑う。

「そうそう。それでこそ隆君だよ。私ももちろん協力するから」

 バンバンと背中を叩かれる。頼もしい事この上無い。

 まあ、それはともあれ。

「で、槙原さん。俺が掴んだネタをタダ見する訳じゃねーよな?」

 じろりと槙原さんを見ながら訊ねた。

「タダ見って…まぁそうだね。情報交換?」

 頷く。せめて何かしらの情報を貰わなきゃ割に合わんわ。証拠集めとは言え、勝手に戸棚の中身を漁った罪悪感もあるし。

「う~ん…まぁそうだね。じゃあ今日の放課後にでも集まって話しよっか?みんなにも話しておきたい事もあるし」

 それは願ったり叶ったりだが…

「文化祭の準備があるんだが…」

「そうだね。それに下校時間が過ぎても、大道具は緒方君の家で作る事にしたから、時間はちょっと取れないかな?」

「それにボクシングの練習もあるしよ。話なら簡単に済ましてくれたら。例えば須藤をぶっ飛ばせとかよ」

 ヒロが言い終えたと同時に、槙原さんのメガネが光った。

 ような気がした。

「下校時間過ぎたら隆君の家で作業続行?ボクシングの練習?」

 言いながら俺の方を向く。

「う、うん。ちょっと時間足りないから、学校から近い俺ん家で続きする事になったんだよ。ボクシングの練習ってのは、ジムが対抗戦みたいなものやるから、でも文化祭の準備でジムで練習できないからヒロが相手してくれるって……」

「ふむふむ…隆君の家でそんなイベントが…ところで春日ちゃん、今日バイトは?」

「……え?…今日はシフト入ってないから…」

「美咲ちゃんは?」

 楠木さんはただ頷くのみ。槙原さんと互いに悪い顔で笑い合っている。

「ふむふむ、そんなに忙しいんじゃ仕方無い。あー仕方無い仕方無い。おっと、お昼休み終わっちゃうね。教室戻ろ」

 椅子から腰を上げた槙原さん。同時に楠木さんも立ち上がる。

 そして二人で春日さんを挟んで、図書室から足早に出て行った。

 その様子をぽかんと眺める俺達…

「……なんなんだ一体?つか槙原、全然情報渡さなかったな」

「うん…でも俺は何か嫌な予感がしてならない」

 不安しか感じない。その不安が的中するのは、下校時間が過ぎた後だった。

 

 文化祭の準備作業、大道具作りで俺ん家に集まる筈だったクラスメイトだが、やっぱり俺はあんまりクラスに馴染みが無く、今日集まってくれたのは五人だった。

 まぁ、今日は材料を運ぶだけだし、明日は休みで丸一日作業できるからと、蟹江君が少数でいいと言った結果でもあるが。

 国枝君も一緒に角材等をリアカーで運んでくれた。有り難い。

 のだが…

「ヒロの野郎、サボりやがって…」

 ヒロは放課後に電話が入って、急用ができたとか何とかでダッシュで帰りやがったのだ。よって今日集まってくれた五人の中にはいない。

「用事ができたんなら仕方無いよ。その代わり明日頑張って貰おう」

「明日か…つか、明日学校休みだけど、やっぱり学校で作業するのか?」

「衣装班は持ち帰って作業できるからどうかな?僕達は七時まで学校に居る事になるけどね」

 ふむ、そうか。まぁ、時間も無い事だし、進められるなら学校に出るしか無いか。

「全く、体育祭の後に文化祭とか、忙し過ぎるっつーの」

 ぼやきながらリアカーを押す蟹江君だが、別に不満は無いようだ。寧ろ楽しそうだった。

 学校と家を何往復したのだろうか。

 ゴツい柱材全て家に運んだ所で大の字になる。

「お、終わった!!」

「お、お疲れ~!!」

 野郎五人で夜空を見上げながら、息を落ち着かせる。

 暫くした後、蟹江君が口を開いた。

「今日は運搬だけだが、明日から作業開始だ。気合い入れてけよ」

「「「「お~」」」」

 蟹江君以外、気の抜けた返事であった。

「毎日走ってスタミナは結構あると思っていたんだが…かなり疲れた…」

「緒方君でも疲れたのか…僕が立てなくなる訳だ…」

「いや、しかしやっぱり緒方はすげぇよ。鍛えているだけはあるなぁ」

「そうそう。角材を運ぶ時だって一人で五本持っていたもんなぁ」

「いや~、それ程でも…」

 褒められるのは照れるものだ。それが男子であろうともだ。

 力仕事担当、緒方隆は、全うに役目を果たしたと言える。

 暫く大の字で話をしていた。その時、家の庭に入ってくる人影…

 三人だ。誰だろうと、上半身を起こして凝視する。シルエットはスカート?女子か?

「あ、いたいた。やっほー隆君」

 手を振りながらパタパタと駆け寄って来たのは、楠木さんだった。

 超ミニで脚晒しまくりだった。

 あれ寒いよなあ…

 じゃねーよ!

「え!?なんで楠木さんが俺ん家知ってんの!?」

 テンパる俺!!これはまさか、所謂ストーカー的な?

「それは私が案内したからでーす」

 槙原さんが、ひょこっと楠木さんの後ろから顔を出した。

「槙原さん!?なんで!?」

「……あ、あの…差し入れを持って来たの…」

 おずおずとコンビニ袋を重そうに持っている春日さん。

 男子がいっぱい居るので、相変わらず顔を伏せてはいるが、夜目でも頬が赤くなっているのが解る。

「あ、ありがとう…」

 やはりキョドりながら受け取る。

「あれ…違うクラスの女子がなんで差し入れ?」

「蟹江君、ここは緒方君の家で、彼女達は緒方君に会いに来たんだよ」

「……あ、そっか…緒方君って…結構人気あったんだよなぁ…そうか…リア充か…は、ははは…」

 赤坂君が死んだ魚のような目になり、乾いた笑い声をあげる。

 つか、五人の中に赤坂君が居るのが一番意外だった。

 コンビニ袋の中身は10数本の缶ジュース。

「じ、女子から差し入れ貰えるとは夢にも思わなかったっっっ!!」

 夜空を見上げて号泣するのは、実は今日初めて話した吉田君だ。

 蟹江君と同じものづくりクラブだ。ただし部員はこの二人しかいない。

 国枝君は袋から適当にジュースを取り出してみんなに配る。

 が…

「国枝君っ!ぼっ、僕は女子から直に手渡しで貰いたいなっ!でっ、できれば楠木さんでっ!」

 赤坂君が両手を後ろに回して、国枝君のジュースを拒否りだす。

 ご指名された楠木さんは、あからさまに嫌な顔をした。ついでに身体を後ろに仰け反らせた。

「あはは~。美咲ちゃんは好きな人いるから、ごめんね~」

 楠木さんを庇うように前に出る槙原さん。

「だ、だったら…槙原さんでもいいよ!ぐふ!ふふ!」

 俺達は必死な赤坂君を肴にしてジュースを飲んだ。

 身体を引いた楠木さんと春日さんにジュースを渡して、手招きでこっちに呼んだ。

 受け取り、コソコソと俺の後ろにしゃがむ。

「……いやぁ、あの太っている人必死だわぁ…」

 カシュッと炭酸が抜け、溢れる泡を啜りながら楠木さんが感心した。

 笑顔で真っ向から拒否る槙原さんに対して、手渡しをしつこくせがむ赤坂君。遠目で見る分には面白い。

「緒方ぁ。お前誰が本命だぁ?」

 蟹江君が肩を組んで耳打ちするが、明らかにみんなに聞こえるようなボリュームで言った。

「本命って…俺達そんな…う?」

 同意を求めようと二人を向くと、楠木さんは小首を傾げた上目使いて可愛さアピール。屈んでいるので胸の谷間も見える。いや、見せている。

 春日さんは正座して真っ赤になって両手でジュースを支えている。微かに震えているから、シュワシュワと炭酸が溢れていた。

「蟹江君、この状況で察してあげなよ。緒方君が、はっきりしないからこその状況じゃないか」

「はっきりって、じ…」

 言葉を詰まらせる俺。

 麻美を通して事情を知っている国枝君だ。

 知っていてわざと言っているのだ。

 国枝君って、結構ドSだ!!

 証拠に、この状況を楽しんでいる。ニヤニヤしてんだもん。誰だって解るわ。

「確かに昼休みに他のクラスの女子が来てたのは知っていたが…まさかのハーレムエンド狙いとはな…妹キャラは誰?」

 何気に赤坂君に近い吉田君が、楠木さんと春日さんを交互に見る。

「妹キャラはいないなぁ。因みに私は腹黒ぶりっこキャラね」

 はにかみながらの自虐ネタの楠木さん。開き直っている。明らかに。

「ああ、楠木さんはそんな感じだよな。じゃ…えっと…」

 春日さんを見ながら固まる吉田君。

 春日さんは目立たなくて地味だから、名前が出ないようだった。まぁ他クラスだしな。

「春日ちゃんはあれだよ。小動物だよ。知的メガネは槙原ね」

 小動物って…もっと言い方は無いのか?

 因みに、俺的にはヤンデレカテゴリーに位置している。刺殺されたし。

「確かに庇護欲を掻き立てるな…」

「でしょ?でも春日ちゃんは本気出せば凄いんだから!!私、初めて負けたと思ったもん!!」

 言いながら春日さんの瓶底メガネを取ろうとしたが、春日さんの決死の首横振りで阻止された。

 素顔晒そうとすなっつーの。

 まだ勇気が出てないんだから、そう言うのはゆっくりとだ。

「あはは~。ホントしつこいね~。抹殺するよ?社会的に」

 赤坂君の執拗なアタックに、遂に苛立ったか、槙原さんのこめかみに血管が浮き出ている。

「社会的に抹殺…て事は、一緒の墓に入ろうと言うフラグ!?」

 どう受け取ればそうなるのか理解できないが、赤坂君、女子からジュースを受け取るだけで、なぜそこまで斜め上に行く?

 見るに見かねて止めようと立ち上がる。

 その前に、赤坂君が槙原さんの後ろを凝視して固まった。

「なんだ?」

「誰か来た?」

「二人だね…」

「つか、ヒロじゃねーか」

 やってきたのはサボってどっかに行ったヒロ。隣にはなぜか波崎さんがいる。

「お?来た来た」

 槙原さんが波崎さんに親指を立てる。波崎さんも親指を立てて応えた。

「なんだぁヒロ?用事って波崎さんとデートかよ。それならそうと言えよな」

 言いながらヒロに近寄るが、何かを投げ渡されて受け止めて、歩みを止めた。

「……グローブと…ヘッドギア?」

 ヒロを見ると、何故かたぎっている。

 なんつーか、闘争心バリバリだった。

「隆、スパーだ。支度しろ」

 ガンくれながらバンテージを巻くヒロ。

 対して俺は口を全開に開いていた。

「大沢君、緒方君とスパーはしないと言っていた筈だが…ムキになるからと。いや、僕としては見たいんだけど」

 グーを作ってチラチラ俺を見る国枝君。やってくれと言っているようだ。

「やほ。緒方君」

「波崎さん、なんかヒロがやる気になっているけど、なんか吹き込んだ?」

「うん?私は大沢君のカッコいい所見たいなぁ、って言っただけだよ?」

 ふむふむ。カッコいい所ね。

 そりゃ好きな男のカッコいい所は見たいだろうし、好きな女子にカッコいい所見せたいだろうし。

 んで…

 ぐるんと首を回して槙原さんに顔を向ける。

 さっと視線を外して、わざとらしく口笛を吹いた。

「……槙原さん…」

「あ、ものづくりクラブの蟹江君と吉田君だよね?これから隆君がボクシングの練習をするから、簡単なリングを作ってくれない?」

「……槙原さん…」

「緒方と大沢のスパーか!見たいなそれ!吉田、杭四本。あとロープあったっけ?」

「丸太杭ならなぜかある!なぜか!!ああ、丁度いい所にロープもあるぞ!!」

 テキパキと。実に手際良く簡易リングを作り出す、ものづくりクラブ…

 既に槙原さんと交渉済みだったか…!!

「……国枝君は知っていたのか?」

「いや、僕は知らない。多分赤坂君も知らかっただろうね。女子の方にばかり目が行っているから」

 ワクワクが止まらないと鼻息を荒くしながらも、答えてはくれた。

 まぁ、ボクシングの練習、それも実践練習できるなら、ありがたいっちゃありがたいが。

 問題はヒロがガチモードな事だ。

「隆、一応3分1ラウンドで3ラウンドだ」

「お前が意外と冷静で助かったが、コングやらレフリーやらはどーすんだよ?」

 バンテージを巻いた手で槙原さんを指差すと、槙原さんはいそいそとホイッスルを首に掛けていた最中だった。

 コングの代わりにホイッスルか…

「レフリーはいないから申告制だ」

 それはつまり、3ラウンド終了後に、勝ったと思った方が手を挙げるってヤツだな。

「セコンドは?汗くらい拭きたいだろ?」

「俺のセコンドは波崎に決まってんだろ。お前は好きな奴指名しろ」

 好きな奴って言われてもな…

 女子に汗拭かせるとか…いや、むしろ拭いて貰いたいが、出血とかしたら春日さんは引くだろ。

 楠木さんに頼みたい所だが、なんかちょっと恥ずかしい。

「緒方君、セコンドは僕がやろうか?」

 凄い乗り気で立候補した国枝君。他に頼める人も居ないし、お願いしよう。

「じゃあ頼むよ」

 グローブと一緒に投げ渡されたバンテージを巻きながら頼んだ。

「う、うん」

 まぁ、汗拭くのを頼む程度だし、大丈夫だろ。マジにやって血だらけになったら話は別になるけど。そうなったら周りはどん引きだろうな。

 グローブを嵌め、ヘッドギアを着けて…

「準備終わったぞヒロ」

 バンバンとグローブ同士を叩きつけ、俺も気合いを入れる。

 ヒロとのスパーは久し振りで、俺は負け越している。

 それに加え、波崎さんにカッコいい所を見せたいと言う私的、それも思春期全開の自己都合で、かなり張り切っているであろうヒロ。

 油断していたら、あっという間に飲み込まれて負けてしまう。

 ブランクがあるヒロに、早々のKOとかになったら立ち直れないしな。

「柔軟も無しだから、1ラウンドは軽く慣らすか」

「そうだな。そうしよう」

 ファイティングポーズを取る俺達。

「じゃあ行くよ~」

 お気楽な槙原さんがホイッスルを鳴らす。

 慣らす?

 確かに言われた。それに同意した。

 だけどホイッスルが鳴ったと同時に、そんなもんは飛んでいった。

 ヒロのマジの左ジャブ!!

 俺はそれを搔い潜って懐を狙う。

 入れさせまいとスピードに乗るジャブ。

 入ると脚に力を込め、ガードを固めた。

 多少の被弾なんかガードで凌ぐ!!

「だからっ!お前は判定負けすんだよ!!」

 ムキになったようで冷静なヒロ。あからさまな懐狙いは、やはり簡単に看破されたようで、ステップをうまく使いながら俺の突進を躱そうとした。

 だが、こちとら毎日毎日走り込んでんだ。

「ブランクのある奴に逃げられるかよっ!!」

 間合いを一瞬で詰めるダッシュ。

「く…!!」

 後ろに逃げたヒロだが、そこはコーナーだ。逃げ道は無い。

 それはヒロも察したようで、両腕を固めてガードした。リバーの位置に肘がある。

 リバーブロー封じか。懐かしい。

 あそこに左ボディ叩き込んで、拳壊した事もあったっけなぁ。

 思い出に浸りつつも、左ボディ。

 だが、肘に当たる前に寸止めし、右ショートフックを顔面に放った。

 ガードに集中していたヒロは、このフェイントに一瞬遅れ、右ショートフックを喰らった。

 しかし手応えが浅い。首を捻って力を逃がしやがったなこの野郎。

 ムッとした俺のボディに痛み。ストマックブローかよ。

「く…」

 カウンター気味に入ったヒロのボディは、俺を退かせるに充分な威力だ。

 たん、と跳ねるように後ろに距離を取る。

 追撃を警戒してガードを上げるも、ヒロもショートフックのダメージからか、頭を軽く振ってコーナーから脱出している最中だった。

「こんのアホ!インファイトに拘るなって何度言ったら解るんだボケ!!」

「お前が俺のダッシュに捕まるから悪いんだろうが!!右に合わせてボディのカウンターとか、小癪な真似しやがって!なんだ、テクニック自慢か!!」

「狙った訳じゃねぇよ!!お前のフォローが甘いから入っただけだバカ!!」

 確かに手を出したら入ったって感じだったが、ブランクのある奴にカウンター喰らうとか。

 ちくしょうムカつく。無駄な塾辞めて大人しくジムに戻ればいいのに。

 コーナーから逃げたヒロは、軽くステップを踏みながらリングをくるくる回る。

 アウトボクシングだな。スピードとタイミング重視の。

 インファイトに拘る俺は、ステップを踏まずに、摺り足で距離を詰める。

「お前、だから判定で負けるんだぞ?」

 それはその通り。手数で負けるし、上手く合えばカウンターでKOも貰いやすい。

 でも、俺は判定なんかどうでもいい。

 忘れてんじゃねーよ。俺は糞共をぶち砕く為に拳を鍛えているんだよ。

 判定なんか、ハナから狙ってねー。糞同士が殴り合うのに、判定なんか要らないだろ。

 そう言うのはな…

「真面目にボクシングやっている奴が狙うもんだよ」

 お前みたいに。

 ブランクがあっても、あの動き。

 毎日何かしらの練習をしていないと出来ない動きだ。

 俺よりずっとボクシングが好きな癖に、何辞めてんだよ。

「お前も真面目にジム通いしてんだろが」

 逆にムッとしたヒロ。

 と、ヒロの左が伸びてくる。

 煩いくらいのジャブ。余程懐に入れたくないようだ。

 じゃあ嫌な思いをして貰おうと、ガードを固めて前に出る。ジャブを弾きながら前に出る。

「面倒臭ぇ突進力だな!!」

 ヒロは尚もジャブを放つが、俺は遂に再び懐に入った。

 同時に左頬にパンチが入った。

 ヒロがガードの隙間から右フックを放ったのだ。

 この野郎、狙ってやがったな。

 泳ぐ俺の身体に、ジャブを追撃しながら、再び距離を取った。

「脚使えバカ!!」

「使ってんだろ!少なくとも前には出てる!!」

「ダッシュだけじゃねぇかバカ!!」

 そうだ。昔、ヒロとスパーすれば、こうやって身体に教え込まれたんだったな。

 最初は全く相手にならなかったが、徐々にだが、俺のパンチが当たるようになって…

 だらん、と脱力をした俺。途端にヒロの顔が険しくなる。

 元々固めていたガードをしっかり固め直し、俺を見る…

 これはスパーだ。ヒロとのスパーだ。

『ボクシングのスパーリング』だ。

 糞共をぶち砕く暴力じゃない。殴り合いを極限まで高めた、スポーツなんだ。

たん。

 たたたん。

 ステップを踏む。右に左に移動し、硬くなった足を解すように。

「………」

 逆にヒロが摺り足になり、俺との距離をさぐる。

 たん、たたたん、たん。

 構わずにステップを踏み続ける。

 じり、と忍び寄るヒロ。同時にびょんと前に出た。

 合わせるように後ろに飛ぶヒロ。距離は縮まっていない。慎重だな。

 そりゃそうか。

 俺は『ボクシングをやり始めた』んだから。

 殴り合いじゃない。ボクシングを。

 肩を振りながら、頭を振りながら左右に動く。前に出る。簡単にジャブを喰らわないように。当てさせて調子に乗せない為に。

「……ち…」

 舌打ちするヒロ。やり難そうだ。

 まだ距離があるも、ジャブ。

 全く当たらずも、ヒロが身を翻す。

 だん!と強く踏み込んでのジャブ。これも勿論距離があるので届かない。

 だが、ヒロは大袈裟に仰け反りながら、それを避ける仕草をした。

 肩を揺すって右へ左へ。そして前へ。

 ヒロがその都度ジャブを放つも、牽制目的のジャブ。だがちゃんと力は入っている。

 牽制だと力を抜いたジャブなら懐に飛び込めるんだが、それを許さないって事だ。

 バリバリ本気だヒロ。目にちゃんと殺気が籠もっている。

 しかし、このままお見合いしていても仕方ない。

 打って出る!!

 たん!と軽く右へ飛び、ヒロが目で追っているのを確認しながら、返す刀宜しく!ちょっとだけ前に大袈裟に出てみると!!


 ぶん!!


 ヒロの左ストレート。

 やべって顔になった。俺のフェイントに引っ掛かったのだ。

 俺は左ストレートが戻るのと同時に前に出た。

 左が当たる距離!

 ジャブを二発、三発と放つ。

 ガードによって遮られたが、しつこくジャブ!!

 俺のジャブを嫌がってガードを固めるヒロ。

 ヒロの左が出なくなる。

 ガード越しから威嚇のある右ストレートを放つ。

 やはり遮られるが、ヒロの顔色が変わる。

 いくら威嚇とは言え、マジで当てるぞと意志を込めたパンチだ。

 俺の右拳同様に、ヒロのガードの腕もビリビリと痛む筈。

「ち!」

 嫌がって横に逃げるヒロを追いながらジャブ。それもしつこく放つ。上下に、左右に。

「左鬱陶しいなっ!!」

 言いながらヒロも左ジャブ。

 互いに頭を振っては躱す。

 フェイントを交えながら放つジャブ。勿論ヒロもだ。

「おー!!」

 ギャラリーの蟹江君達から歓声が上がった。

 これほどのジャブの応酬なのに、互いにヒットが無いからだ。

 それだけ俺達の精神的疲労も凄いって事になるが。

 いつしか足を止めて、ジャブの応酬になる。

 どっちかがクリーンヒットを貰えば、そのままズルズル行く。

 主導権を取る為にも、この左の差し合いは負ける訳にはいかない。

 そう思って身体が硬くなったか。


 ぱん


 ヒロの左ジャブが俺の右頬に当たった。

 ガード間に合わなかった!!

 ヤバい!!流れに乗られる!!

 焦ったが、その時ピピ~ッ!!と笛が鳴った。

 1ラウンド終了の合図…

 助かった…。

 ホッとした俺と対照的に、ヒロが苦虫を噛み潰した顔をしていた。

 コーナーに戻ると、いつの間にか用意されていた椅子があり、俺に座るよう促す国枝君。

 勿論お言葉に甘える。ってか結構本格的だな。

「いや、凄かったよ緒方君!!大沢君って強いんだね!!」

 興奮気味にタオルで汗を拭いてくれるが、本心では、うがいがしたい。そこまで求めるのは酷ってもんだが。

「ヒロはうまいからな。貰わないようにするのも一仕事なんだよ」

「試合好手ってやつかな?」

 そうだが、普通に喧嘩も強いぞ?俺の師匠みたいなもんだし。

「で、次のラウンドはどうするんだい?」

「う~ん…正直言って、左の差し合いは負けている感じがするからなぁ…」

 ブランクのあるヒロに差し合い負けているとか情けない限りだが、脚は俺の方が動いている。

 スタミナなら俺の方が上だが、3ラウンド勝負にスタミナも何もなぁ…

 このまま行けば判定で負けって感じだ。

 ブランクのある奴に判定負けとか、情けない限りだな…

「……取り敢えずボクシングは左ジャブが基本だから、このままやって隙みるよ」

 丁度笛が鳴り、コーナーを出る。

 いつも通りにやる。それだけを心掛けて。

 ファイティングポーズを取ってリング中央に向かう。勿論ヒロも同じだ。

「ブランクある癖にちゃんとボクシングやりやがって…」

 ボヤいてみた。

「お前の練習の為だろが。真面目にスポーツなんて柄じゃねぇのに…」

 逆にボヤかれた。

 ス、と左拳を持ち上げると、そこにヒロの左拳がこん、と当たる。

 同時に左を戻す俺達。

 この僅かの隙に左と右のワンツー!!

 ヒロのガードに阻まれる。想定済みなので後ろに下がる。

 追ってくるヒロ。踏み出したと同時にお返しとばかりにワンツー。

「いてっ!!」

 左は止めたが、右がテンプルを掠めた。

 追撃とばかりに再びワンツー。今度はどっちも押さえた。

 と、右テンプルに衝撃。

 ヒロの三発目、左フックがテンプルに刺さったのだ。

 うまい!つか、いてぇ!!

「にゃろう!!」

 追い払う為の大振りの右フック。

 簡単に躱されて、懐に潜り込まれてボディを連打された。

 鬱陶しいボディを嫌がり、つい大振りな威嚇フックを放つが、当然避けられる。

 デフィンスがうまいんだヒロは。ジムに通っていた頃はスタミナもあったしな。 俺が勝っているのはパンチ力くらいだ。

 しかし、うまい具合に威嚇フックでヒロが離れてくれたから、サイドステップで横に逃げる事ができた。

 追撃は…無い。距離を置いてステップを踏むだけだ。

 さっきのボディ連打じゃ、俺の体力は奪えないと思っているようだが、正解だ。

 一発一発が軽い連打じゃ俺は倒れない。

「もっと力入れろヒロ」

「こちとらブランクでスタミナが危ういからな。省エネだ省エネ」

 省エネって。

 しかし、3ラウンドでスタミナまで考えて戦ってんのかよ。

 ガチだガチ。いや、知っていたけどさ。

 だけどまぁ…

「スタミナに不安か?じゃあ…」

 ボディで動きを止めてやる。

 ステップを踏む俺。徐々にリズムに乗ってくる…

 じーっと俺の全身を見るヒロ。

 途中ブランクがあるとは言え、キャリアはヒロが上だ。次の動きを読んで流れを掴もうとしている。

 ガードを下げた俺。ぴくりとヒロの眉尻が上がる。

 肩を動かし、急に止めて、上半身のみでフェイントを仕掛けた。

 動かないヒロ。ならば一歩前に出る。

 半歩下がるヒロ。じゃあ右に横っ飛ぶ。

 左で牽制するヒロ。その左が戻るスピードと同じスピードで踏み込む!!

「読んでたよ!!」

 踏み込んだ俺の横っ面に右フック!!奥歯を噛み締めて耐える!!

「このバカまた…」

「来ると解っているパンチだ!耐えられる!!」

 リバーブロー!!

 同時にヒットするヒロのパンチ!!

「ぐ…」

 ヒロの身体が泳いだ。耐えた俺と放っただけのヒロ、その差が出た!!

 返す刀で右アッパー!!ヒロの顎が跳ね上がる!!

 まともに入ったアッパー。普通ならこれで終わる。だが、相手はヒロだ。

 俺は追い討ちとばかりにがら空きのボディを叩いた!!

「ぐふっっっ!!」

 ボディに突き刺さった俺の右ストレート!!リバー、アッパー、ストレートのコンビネーションだ。

 たまらずガードを固めながら下がるが、逃がさないとばかりに追撃。

 左、左、右!!

「ぐがっっ!!」

 ダメージがデカいようで、ガード越しからでも更にダメージを与えられた。

 しかしまだまだ。ヒロの目がまだ生きている。

 左、左、右!! 左、左、右!!

 辛うじてガードしているヒロが、遂にコーナーに追い詰められる。

 ヒロならあそこから逃げる事は可能だが、今はダメージがある。

 そのままコーナーに貼り付いて終われ!!

 左、左、右!!

「ぐ…!!」

 コーナーに邪魔されて膝がショックを吸収し切れないだろ?もたれてKO寸前だ。

 このまま行けば勝てる!!

 またまた左、左、右………

 とどめの右ストレートを放った瞬間、俺の目の前が真っ暗になった。

 な?なんだ?何が起こった?

 定まらない目の焦点をヒロに当てる…

 ヒロがコーナーに寄りかかりながら、息を整えながら、俺を『見下ろして』いた……


 わん


 つー


 すりー


 槙原さんがぎこちないカウントを取っている…

 朦朧としている意識、地面の冷たさが心地良い。


 ふぉー


 ふぁいぶ


 あの右ストレートにカウンターを合わせたのか。

 とどめの右だったから、更にダメージがデカい。

 つか、ダウンとか。

 判定なら微妙だったのが。これで俺がダウン取らなきゃ、完璧負けじゃねーか。


 しっくす


 せぶん


 カウント進めんな!

 俺は上半身を起こした。


 えいと


 立ち上がり、ファイティングポーズを取る。

「隆君、やれる?」

 心配そうに顔を見る槙原さん。

 ちゃんとレフリーやってんなぁ。やっぱ勉強したんだろうなぁ。

 頷いて応えると、少し躊躇した後に腕をクロスさせる槙原さん。

「ファイッ!!」

 フラフラしながらヒロを見据える。

「カウンターで終わったと思ったんだが…やっぱりタフだなお前」

「ヘッドギア無ければ終わっていたよ…ジムに戻ってくりゃ、会長喜ぶんだろうな」

 互いに見つめ合う中、2ラウンド終了の笛が鳴った。

 二人でフラフラしながらコーナーに戻った。

 国枝君が用意してくれていた、パイプ椅子に凭れる様に座る。

「だ、大丈夫かい!?」

 俺より焦りながら汗を拭く国枝君。

「いやぁ、大丈夫じゃないな…ダウン貰ったのはマズい。これで判定では限りなく勝ちが無くなったな」

「よく解らないけど…緒方君もダウン取ればイーブンじゃないのかい?」

「ヒロが一回ダウンしたら手数の多さでもヒロの僅差勝ちだな…俺が勝つ為にはダウン二回以上、俺もこれ以上ダウンしない様にしなきゃだが…」

 とか言いながらも冷静だった。

 俺がボクシングを始めたのは糞共をぶち砕く為。そこに判定勝ちなんて存在しない。元より、俺はKOしか狙っていない。

「口では弱気なようで、実は強気みたいだね…泣いても笑っても、あと1ラウンドだし、頑張って!!」

「そうなんだよなぁ…3ラウンドしか無いんだよなぁ…」

 げんなりしながら、笛の合図と共にリング中央に向かう。

 ヒロが本気で勝ちを狙いに来ているのなら、実は俺は詰んだも同然だったからだ。

 ヒロもリング中央に来る。

 表情からは読み取れないが、実際の所、どう思っているのだろうか?試しに聞いてみよう。

「おめでとうヒロ。このスパーはお前の勝ちだ」

 言われたヒロの表情が、見る見るうちに悪鬼羅刹の如くに変わった。

「お前…俺が最終ラウンドを逃げると思ってんのか!?」

 このラウンドは最終ラウンド。ヒロはポイントで俺を上回っている。なので、3ラウンドを逃げきれば勝利なのだ。

 危ない橋を渡る必要も無い。楽々勝利を収める事ができる。

 しかしヒロの反応を見る限り、逃げきる作戦は取らないようだ。

「お前バカだなぁ。せっかく楽に勝てるっつーのに…」

 右拳を軽く差し出す俺。

「これはお前の練習だっつうの。何回も言わせんな」

 ヒロも右拳を伸ばし、俺のグローブにコン、と当てた。

 瞬間、互いに右拳を引く。

 俺もヒロもジャブの応酬だった。

 ヒロはボディのダメージが抜けなかったから足が動かないので、仕方なくの乱打戦を選択。

 俺はポイント負けしているし、KO狙いは変わらないので、足を止めての打ち合い希望。

 微妙ながら利害一致したので、リング中央で足を止めての打ち合いとなったのだ。


 最終ラウンド…結果的には互いに有効打も無く、俺達の自主申告で、ヒロの判定勝ちとなった。

 槙原さんがヒロの腕を上げると、ヒロは崩れるように地面に尻を付けた。

 そしてグローブとヘッドギアを外し、大の字になる。

「つ、疲れた…」

「やっぱりブランクでスタミナは落ちたな」

 苦笑しながらグローブを外す俺。

「それだけじゃねぇよ。お前のプレッシャー、半端ねぇんだよ。一発喰らわないようにどれだけ神経使ったか、お前知らねえだろ」

 じろりと睨みながら言う。恨み事のように。

 俺はハードパンチャーらしいから、そりゃ一発は警戒するだろうが、大袈裟だろ。

「緒方君惜しかったね…うわ!?」

 労おうとした国枝君を押し退け、いや、マジに両手でどーんと押して、俺の前に駆け寄った女子二人。

「隆君凄かった!!マジ格好いい!!」

 両手をグーに握りながら、ぶんぶん腕を振る楠木さん。興奮し過ぎだろ。

「……あ、あの…大丈夫?顔少し腫れているし…わ、私、消毒薬とか傷薬とか持ってきているから…」

 本気で心配してくれている春日さん。

 優しくて涙が出そうだが、時折ヒロに殺気を籠った視線を送るのはやめて欲しい。

  ずっと観戦していた蟹江君と吉田君も俺に駆け寄った。

「ボクシング生で観たの始めてだ!プロってアレを10ラウンドやるんだろ!?」

 そうだけど、それはハイランカーの試合だから。

 苦笑いしながら答える。

「見た感じ緒方の方がパンチ喰らってたけど、大沢の方がバテてるな!!」

 それは、ヒロがブランクがあるから、体力が続かないだけだ。

 ジム通いしていない今でも練習は続けているみたいだし、それだけであそこまで戦える事の方が凄い。

 これも苦笑いしながら答える。

 リング中央に目を向けると、波崎さんに手を引かれて起こされているヒロが目に入った。

「隆君、本当に強いんだねぇ。試合でも」

 槙原さんがニヤニヤしながら言う。

 つか、なんだか引っ掛かる…『試合でも』って?

「ま、まぁ一応ジムで練習しているのがボクシングだからな。喧嘩のやり方を教えてくれている訳でも無いし…」

 うんうん頷く槙原さん。

「じゃあ試合は大丈夫だよね?」

「いや、それは解らないけど…」

「いや、隆君は試合で勝たなきゃならなくなったんだよ。だから大沢君が協力してくれたんだから」

 ヒロは波崎さんに格好いい所を見せたかったんじゃないのか?

 そう思いながらヒロに目を向けるが、ヒロは直ぐに顔を背けた。

 なんだろう…何か悩んでいるような…

 言うべきか黙っているべきか、みたいな、ヒロの躊躇の目は…

 波崎さんがヒロの背中をくりくり押す。何か促しているようだが…

 やがて意を決して口を開く。

「隆」

「なんだ?」

「俺、ジムに戻る事にした」

 俺は歓喜か驚愕か解らない表情をして、腰を引きまくったに違いなかった!!

 えっと、こう言う時は何て言うんだ?おめでとう、じゃない、ごくろうさん、でも無い…

 そ、そうだ!お帰りだった!!

「お、おか…」

「んで、ジムの対抗戦に出して貰う事になった」

 更に俺は歓喜か驚愕か解らない表情をして、腰を引きまくったに違いなかった!!

「え!?よ、よく会長が許したな…」

 会長は俺に6人抜きやれとか無茶を言う割には、ブランクのある選手をリングに上げる真似はしない。

「まぁ、それはジムに戻るって約束でな…本当は試合だけ出たかったが、そりゃやっぱり虫が良すぎる話だし」

「試合に出たいが為に戻るってのか!?」

 そんなに試合したかったのか?つか、何でそんなにやる気になったんだ?

 少なくとも今日の放課後までは、そんな気配微塵も感じなかったのに!!

「で、6人抜きの話だが、やっぱりちゃんと対抗戦の形にすると決めた。隆、お前中堅な」

 中堅って、あの先鋒とか副将とかのアレか?つまり俺は三番目か…

「つか、何でそんな話になったの?」

「まぁ…向こうのジムの会長が、四回戦のプロ二人出すとか言って…」

「でも、それは何となくだが解っていた筈だぞ?向こうのジムは練習生と四回戦しか居ない新設ジムだし…」

 だが、まあ助かった。流石に6人抜きは無茶過ぎるだろ。

「じゃあお前は大将?」

「バカ言うな。出戻りでブランクある俺が大将やれるか。大将は六回戦の幸田さんだ。俺は先鋒」

 幸田さんか…

 名前負けして不幸な人で、試合前に何かしらのトラブルに遭って、勝てる試合落としているんだよな。

 同じ六回戦の青木さんは、新設ジム相手にするのはちょっと大人気無い人だし、バランスは取れているのかな…

「いやいや、だから、何でいきなりそんな話になったんだ?対抗戦は正直助かったが、お前、もしかしなくても、対抗戦にする為にわざわざジムに戻ったんだろ?」

「……」

 押し黙るヒロ…図星のようだが、何でわざわざそんな真似をする必要がある?

「隆君、リングではボクシングをするんだよね?」

 槙原さんがニコニコと、実に裏のありそうな顔で接近してきた。

 おっぱい当たりそうだったので、仰け反りながら答える。

「そ、そりゃそうだよ。リングの上でケンカとか有り得無いよ」

 確かに反則してくる相手にはイラッとするが、反則で返そうとは思わないし、何より会長に迷惑が掛かる。

 腕を組んで頷く槙原さん。満足したように。

「……それが一体なんだ?」

 ヒロがスパーしたり、ジムに復帰したり、対抗戦に変えたり…

 訝しんだ俺。対して槙原さんが、しれっとニコニコしたまま言った。

「向こうの練習生、佐伯さんが出るらしいのよ」

 佐伯?

 何を言っている?

 あの糞がスポーツなんかやる訳無い…

「中学生の頃、さんざん虐めた下級生がボクシングを始めてね。信じられない短期間の間に手も足も出なくなったんだって」

 だから何だよ…

 仕返しに自分もボクシング始めたってのか?

 もう一度ぶち砕かれたいのか…

 今度は一生病院に閉じ込めてやるぜ!!

 知らず知らずに握り締めた拳。その内側から血が滲み出る…

 爪で手のひらを傷つけるまで握り締めていたのに気づくのは、そのちょっと先の事だった。

 ヒロと並んでいた波崎さんが口を開く。

「大沢君がね。緒方君の過去知っているからね。緒方君に人殺しさせる訳にはいかないって。ほら、ボクシングは危ないスポーツだから事故があるでしょ」

「……それでリングの上ではボクシングするって言わせたのか…」

 佐伯を故意に撲殺させないために…

 6人抜きを対抗戦に変えたのも、佐伯と当たる可能性を低くする為か。

 俺に人殺しさせない為に、その条件でジムに戻ってきたのか。

 ヒロを見ると、わざとらしく頭を掻き、そっぽを向きながら言った。

「まぁなんだ。いくら塾通いしてもクラス平均だし、バイトもしたいし、ボクシングやっぱり好きだしで、別に他意は無い」

「どこのツンデレだお前…」

 とは言え、俺はやっぱりヒロに感謝しきれない程感謝した。

 俺の為にジムに戻ってきた…

 俺を守る為に…

「だからスパーもああ言ってしまったが、お前の練習の為だけじゃない。俺も練習しなきゃならないしって事だ」

「…そっか…」

 だけど自主トレは続けていたんだろ?

 だからあの動きだし、会長も出戻りにいきなり試合はさせない。やっぱり俺よりボクシングが好きなんだよ。

「よく解んねぇけど、試合は凄かったぞ。スパーであれなら本物の試合なんか手に汗握るんだろうな」

 蟹江君がシャドーの真似事をして、興奮を露わにした。

「槙原に頼まれてリング作ったけど、どうせなら本格的なリング作れば良かったな」

 吉田君…本格的なリングは、猫の額程の庭には置けないんだよ…

「全く解らなかったけど、ジュースは惜しかったよ!!」

 赤坂君は結局手渡しでジュースを貰えなかった。

 何が惜しいのか俺には解らない。

 ぱん!と槙原さんが手を叩き、辺りを見回す。

「さて、今日はもう遅いので解散!!」

「え?まだ八時ちょっと過ぎ…」

 返そうとした俺を目線で制する波崎さん。なんだ?

「そうだな…腹減ったから何か食ってくか」

「緒方、リングそのままにしとくから、用途あったら使ってくれ」

 蟹江君、吉田君、赤坂君と、家に帰ろうと門をくぐる。

「じゃあ僕も…」

 帰ろうとした国枝君の腕を、波崎さんが掴んで止めた。

 なんだ?なにかあるのか?

 訝しんだ俺に、槙原さんがにっこり天使の笑顔を向けて、言う。

「さて隆君。これからが本番。部屋に案内して」

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