文化祭~004

 何故か俺の部屋に居る槙原さん、春日さん、楠木さん。

 それと、ヒロと国枝君と波崎さん。

 どうせなら、みんなに部屋で休憩して貰ってから、帰ったら良かったんじゃないか?

 あと三人なら、狭いながらも余裕はあるし…

 波崎さんが持って来たビニール袋から、ペットボトルのお茶を出す。

「緒方君、悪いけどコップ出してくれる?」

「あ、ああ…」

 立ち上がり、コップを取りに行こうとした所。

「あ、コップならもう借りちゃったから。あとこれ隆君のお母さんから差し入れ」

 いつの間にか、コップとお菓子数点をお袋から貰ってきていた楠木さん…絶対後で何か聞かれる!!

 コップにお茶を注ぎ、全員に行き渡ったのを確認し、波崎さんが口を開いた。

「私、少し、ほんの少しだけどさ。霊感あるのよ」

 槙原さんと国枝君以外は目を点にしている…いきなりそんな突拍子な事を言われてもだ。

「波崎は中学の頃は幽霊探知機扱いでさ、よく心霊スポットに引っ張られていたもんだよ」

「そうそう。私は霊感があるだけで何にも力が無いのに、除霊を頼まれたりね」

 うんざりな表情の波崎さん…

 勝手に担ぎ出して勝手に期待して勝手に失望されて…

 そんな事がよくあったそうだ。

「で、国枝君だっけ?君も視える人なんでしょ?」

 波崎さんにいきなり振られて引き攣る国枝君。そんな国枝君に他意の無い笑顔で言う。

「緒方君の後ろの方、チロチロ見ていたでしょ。中学生くらいの女の子を」

「……君も彼女が視えるのかい?」

「視えるだけだけどね。それもいつも視える訳じゃない。体調?条件?まぁ、そんなのに左右されて、視えたり視えなかったり」

 波崎さんに麻美が視えていた…

 その事実の方に驚いた。

 そっと後ろから肩に手を置かれる感覚を感じる。

 麻美…

 出て来てもいいのか?

 答える代わりに力が籠もった麻美の手…

 大丈夫、問題無いよと言っているようだった。

 次に槙原さんが口を開く。

「隆君、前家に遊びに来た時」

 じろりと楠木さんと春日さんに睨まれた。

 自分の部屋なのに、超居心地悪いんだけど…

 そんな俺の心境を無視して、続ける槙原さん。

「その時チラッとアルバム見ちゃったんだけど、言い難いんだけど、麻美さんて、おかっぱの小さい女の子だよね?」

「……そうだよ」

 色々調べているであろう槙原さん。麻美の容姿も既に調査済みって事だった。

 次に口を開いたのは波崎さんだ。

「大沢君にも確認したけど、緒方君の後ろに居るのは麻美さんだよね?」

「……そうだ」

 ヒロは俺から目を逸らし、お茶をカプカプ飲んでいた。

俺のプライバシーを勝手に喋った事を気に病んでいるようだ。

「ちょっと待ってくれないか。彼女は別に悪い霊じゃなく…」

 庇うように身を乗り出した国枝君を制する波崎さん。

「大丈夫。解っているから。私にも良い霊悪い霊の違いくらい解るよ。だから今まで何も言わなかったんだから」

「じゃあ何故このタイミングで…」

「国枝君ってさ、文化祭の準備から緒方君と仲良くなったよね?」

「そうだけど…」

「そして遥香に、須藤さんの部屋から盗み撮った写メのプリント、見られたよね?」

「そうだけど…」

「麻美さんに言われたの?」

「……そうだけど…」

 波崎さんはやっぱりと頷く。彼女なりに推理したのだが、その通りだ。

「……隆、俺は別に幽霊とかどうでもいい。害が無いなら尚更だ。でもな、そこそこ長い付き合いだぜ俺達。お前…『何を隠している』?」

 問い詰めるようなヒロの視線。

 隠しているとか言われても…

 言っても信じないだろうし、何より俺の問題だから黙っているだけだが…

 俺が話す事を渋っているように見えたんだろう。波崎さんが国枝君を向いて訊ねた。

「国枝君、彼女は何て言ってる?私は視えるだけで、言いたい事は解らないのよ」

 国枝君は俺の後ろの麻美を語り掛けるように見て、溜め息をついた。

「……言ってもいいって。信じるかどうかは解らないけど。だって」

 確かに麻美もそう言っていた。だけど言った所で信じる筈も無い。俺だったら信じない。

「緒方君、僕も是非聞きたい。君が実年齢よりも、何故歳を重ねているように思うのか…」

 それは初めて話した時にも言われたな…

 暫く考えた後、俺の腹は決まった。

 顔を上げると、みんな微かに頷いた。

 みんな何かしら、俺に対して、少なからず疑問を抱いている。それを知る鍵が、これから話す事実にある。

「……中学時代の事は?」

「それはいい。日向の事は俺も知っているが、軽々しく話す事じゃないだろ」

「私は調べて知っているし、美咲ちゃんや春日ちゃんにも軽く話しているから…」

 何だかサラッと個人情報を漏らされているみたいだが、今は追求するまい。

 中学時代は端折って話す事にしよう。

 それから俺は努めて無表情で話した。

 麻美の力で何回も人生をやり直している事を…

 一年の夏に楠木さんに告られて付き合った事。その後ヒロが真実を知り、追い込んで俺が電車に轢かれた事。後を追うように楠木さんとヒロが自殺した事。

 一年の冬に借り物競争で『気になる異性』を引いて春日さんと付き合った事。春日さんの過去を知った槙原さんが、春日さんを揺さぶって追い詰められて、俺を刺殺した後自分も服毒自殺した事。

 二年の春に槙原さんとプールに行った後に付き合った事。麻美の墓参りの時、槙原さんによって退学に追い込まれた楠木さんに刺殺された事。俺は春日さんに刺殺され、楠木さんはダンプに撥ねられて、春日さんも自殺。そして…朋美も自殺した事を…

 話し終えた時、全員放心し、それでも納得したようにスッキリした表情になっていた。

「そっかぁ。だから私の告白拒んで木村と裏で会っていたんだね。でも付き合っていたとか、地味に嬉しいなぁ…」

「……私の素顔知ってたの解ったよ…私の過去も…選んでくれた時もあったんだね…」

「いや~…実に私らしい事していたんだねぇ。普通なら笑い飛ばしていた所だけど、信憑性が段違いだよ」

 楠木さんも春日さんも槙原さんも、どこか信じられない気持ちを持っているだろうが、辻褄が合いすぎる事で納得し、感心していた。

 信じる、信じないは別として、全員モヤモヤが晴れたような顔をしていた。

 ヒロを除いて。

「……俺が自殺した?」

 そこが信じられない事なんだろう。

「死んだ後の事は、俺は解らないけど、麻美がそう言っていたから間違い無いだろうな…」

「俺が自殺…」

 譫言うわごとのように。

「多分、目の前で俺が肉塊になったからだろう」

「………そっか…」

 ある種の納得、いや、自分で言い聞かせているのか。

 自殺なんて弱者のする事だと、うそぶいていた事もあったからな。

「それにしても…楠木の告白…が嘘だと知りながら相手していたのかよ?」

「うん。もしかしたら、本気で好意持ってくれるかも知れないだろ」

 何か楠木さんの目がトロンとしてきたが、気付かない振りをした。

「春日ちゃんとの…その…ゴニョゴニョは…その…良かったか?」

「え?う、うーん…」

 真っ赤になりながらも上目使いで俺を見る春日さん。

「よ、良かったよ…」

 こう言うしかねーだろ!!

 つか、言った俺も何だが改めて聞くんじゃねーよ!!春日さんお湯が沸きそうなくらい、湯だってんじゃねーか!!

「槙原の黒くて汚ねぇ部分を知りながらも付き合ったのかよ?」

「そりゃあ、全部白状、しかも自分からしたんだ。どんな覚悟が必要だと思う?それは比例して俺の事…」

「大好きですから」

 しれっと言い放つ槙原さん。

 絶句するヒロと国枝君。

 悪鬼の如くの表情になる楠木さんと春日さん。

「でもそっかぁ。今の話を聞く限りじゃ、隆君とキスしてないの私だけじゃん。今しよっか?」

 楠木さんの発言で、春日さんと槙原さんにのこめかみに青筋が立った。

「しねぇよ!!」

「……あ、あの…」

 コソッと耳元で囁く春日さん。

「……わ、私…裸…傷だらけだけど…嫌じゃなかった?」

「ぜ、全然嫌じゃなかったよ!すげぇ可愛かったし!!つかちょっと待て!!お前等落ち着け!!人の、しかもパラレルの俺の色恋沙汰は置いといて!!」

「でも一番付き合ったのは私だよね?」

「……わ、…私は…さ、最後まで…した…もん………」

「ずっと見続けていたの、私だよね~」

「だからちょっと黙れって!!」

 女子三人、何を張り合っているのか…

 大事なのは今だろ!!今後だろ!?

「あの。ちょっといいかな?」

 このグダグダな騒ぎに挙手して、取り敢えず場を鎮めてくれたのは、国枝君だった。

 国枝君が天使に見える…

「その、僕は確かに緒方君に憑いている麻美さんと、ある程度会話ができるから此処に居させて貰っているけど…」

「居させて貰っているんじゃないよ。本当に助かっているよ国枝君!!」

「はは…緒方君、まず君も落ち着いて聞いて欲しいんだけど、今の話からして僕はイレギュラーな存在らしい。実際僕は楠木さん達を知らない訳だから。そんな僕を前に、君達の過去…本質を喋ってしまっていいのかい?」

 最後は申し訳無さそうに声が小さくなった国枝君だが、でもそうか。

 楠木さんが薬欲しさに身体まで張っていた事や、春日さんが父親に性的虐待を受けていた事や、槙原さんが個人情報調べ捲って裏取引していた事や…

 流石にはっきりとは言わなかったが、ぼんやりボカして言ったが、国枝君が察するに充分だ。

 部外者たる国枝君が、そこまで聞いてしまったのが、少なからず後悔したんだろう。

 本当に申し訳無さそうだった。

 証拠に、メガネの輝きが薄れていたような気がする。

 しかし女子三人はしれっと。

「ああ~…まぁ過去の事だしね。しかも隆君の友達だし」

「……隆君の友達なら…他の人に喋らないと思うから…」

「いや、本当の事だから、むしろ女子に幻滅したらごめんねぇ?」

 ……なんで当事者が気にしない!?

 逆にビビるよ、俺も国枝君も!!

「隆が信用したからな。俺も当然信用する」

「私は…まぁ、遥香が好きな人で、彼氏の友達が信頼したから」

 なんでこんな突拍子の無い話で俺を信じんの!?

 俺が国枝君を信頼しているのは解るよ。簡単だよ。麻美が視えるし話もできるから!!

 だけどお前等違うだろ!!

「成程、緒方君に信頼されたから信用に値すると評価されたんだね。それなら納得だ」

「国枝君もそこで納得しないでよ!?普通おかしいと思うでしょ!?」

 思わず突っ込んだ。俺だけがこの状態を異常と認識している…一番異常なのは俺なのに。

「で、話を戻すけど、麻美さんが成仏できないのは、緒方君の代わりに死んだから。それなのに緒方君は何回も死を経験している。回避するには原因を取り除かなければならない。その原因が須藤って子なんだよね?」

 見事にバッサリ話題を変えた波崎さん…

 見事と言うか、流石と言うか…兎に角感心した。

「う~ん…麻美が言うには、俺が死ななければ終わるって言っていたけど…」

 それはつまり、今の状態でも死ぬ可能性がある訳で。

 死なないようにする為には、原因であろう朋美の企みとか、今までやってきた事を認めさせて二度とやらないと誓わせるとかしないといけない訳だけど、難しいな…

 証拠揃えるのですら難しいのに…

 そもそも朋美がホントに元凶なのかもまだ解らんし。疑惑から抜け出せていない。

「なら、須藤をぶっ飛ばして自白させたらいいだろ」

 ヒロが物騒な事を言い出す。

「証拠も無いのにぶっ飛ばすとか、どんな暴虐だ。それに朋美ん家は政治家とか暴力団とかじゃねーか。ガキのお前じゃ報復されて終わりだ」

「確かに、先輩達も遠くに引っ越しさせたしね…」

 顎に指を当てながら、槙原さんがそんな事を漏らした。

 …………………って!!

「糞先輩達が引っ越したのは朋美の仕業か!?」

 槙原さんは一瞬『あ』と表情をしたが、やがて開き直って大きく頷いた。

「そう。麻美さんの死の原因である五人の先輩は、中学卒業後に地元から消えた。須藤が親の力を使って、お金抱かせて家族ごと引っ越させたの」

 絶句した。

 だがしかし、何故朋美が糞先輩を庇うような真似をする必要がある?

 あの儘地元に居たら、俺が永遠にぶち砕くだけの事だろうに?

「それに関しちゃ英断じゃない?隆君が顔見る度に殴られ続けたら、いつか死んじゃうし」

 楠木さんの言う通りなら、俺を庇ったって事か?

 しかし槙原さんは首を横に振って否定した。

「須藤が先輩達を引っ越させたのは、隆君の報復で根負けして、口を割る事を嫌った為」

 …………

 場が静まった。

 楠木さん達は何となく解ったようだが、俺にはチンプンカンプンだ。

「……その顔は何でって顔だね…まぁ…隆君は鈍いから…」

 春日さんが心底残念そうな顔をする。

「ちょっと待て。春日さんにそんな顔されちゃ、俺が悲しくなる!!」

「緒方君、春日さんが言っているのは、鈍いから自分達がガッカリすると言う意味だよ」

「国枝君、悪いがさっぱり解らない!!」

「えっと、緒方君は遥香達と過去…って言うか、何回もやり直した時に、それぞれ付き合った事があるんだよね?だから遥香達が好意を持ってくれている事が解るんだろうけど、これが初めてだったらどうかな?」

 ……………

 やり直していた時にも思ったが…

 なんで俺なんかに構ってくれんだろう?と毎回思っていた…

 もし今回も記憶が無かったら、俺に好意を持ってくれている事を解らなかっただろう…

 嘆息したヒロが割って入ってくる。

「隆、須藤がお前に好意を持っている事は解るよな?」

「お前、前に朋美から頼まれて、女子の告白を俺に通さなかったって言っていたからな」

 憮然と言い放つ俺。それも疑わしいけれど。朋美が俺に好意ねえ、と思ってしまう。

「お前を虐め倒していた五人の先輩と、須藤が繋がっているのも解るよな?」

「そりゃあ…安田とファミレスで何やら話していたようだしな、何となくは解るよ」

 なんの話をしていたのか気になるが。

「多分だが…証拠は無いが、お前を虐めるように指示を出したのは須藤って事だ」

 脳天に雷が落ちたような衝撃!!

 しかし逆に冴える頭もあった。

「そ、それが事実なら、何故そんな真似をする!?『好きな子を虐めたい』ってレベルを凌駕しているぞ!?」

 実際あの頃の糞先輩の虐めは酷かった。自殺を考えたのも一度や二度じゃない。

「それは…確かにやり過ぎだとは思うが、須藤なりの何らかの計算があったんじゃねぇのか?」

 計算って…

 あの頃は朋美とは確かに話してはいたが、少し疎遠だった。

 それ故に虐めを利用して、好感度アップを狙うみたいなギャルゲーみたいな真似は不可能な筈だが…

  はい。と楠木さんが手を上げる。

「上級生に虐めを受けていた時、須藤に相談した事とか無い?」

「……いや…どっちかって言うと、朋美の方から慰めてきた事ならある。だけど、それは本当に差し障りの無い…『大丈夫?』とか『相談に乗るよ?』とか…あと、『報復するならウチの者向かわせるから言って』ってハードな事も言ってきたかな…」

「でも、隆君はかなり追い詰められていたんでしょ?なんで報復依頼をしなかったの?」

「それは…麻美が居たから…麻美が毎日俺を助けてくれたから…」

 実際、麻美が殴られてボロボロの俺を毎日待っていてくれて、傷の手当てしてくれたり、先生に相談してくれたりしていたからだ。

 麻美が居たから、朋美に縋る必要は無かった…

 暴力団に報復依頼なんて出さなかった。

 麻美が居たから耐えられた。

 大好きな麻美がいつも傍に居たから、耐えられたんだ。

「多分須藤はそれが面白く無かったんじゃない?『なんで私に頼らない?』って思っていたと思うよ。それが須藤の計算違いだった部分でもあるんじゃないかな」

 ………

 よく解らない…

 そんな遠回りな事をわざわざ…なんで…

 胸のムカムカが始まってきた……!!

 国枝君の表情が強張る。

 俺は気が付かないってか、思考がそれどころじゃなかったので、それを指摘した槙原さんの方を向く形で気付いた。

「国枝君、今何か言われた?」

 国枝君は俺の方じゃなく、俺の後ろの方を見ながら言う。

「………何と言ったか……『規約』とかが今ので更に緩くなった…とか…」

 俺も直ぐに後ろを向く。

 麻美の気配はするが、姿は見えず、声も聞こえず…

 国枝君がどうやって麻美とコンタクトを取っているのかが不思議だ。

「それだけじゃないでしょ?」

 槙原さんが含みのある質問をする。

「……槙原さんは既に辿り着いているんじゃないかな?」

 互いに腹の探り合い?

 いや、迷っているような…

「なんだよ?俺に解りやすく教えてくれよ?」

「隆君にはねぇ…つか、私のはまだ憶測の段階だし」

「僕も遠慮させて貰うよ。どうしてもと言うのなら、彼女本人に聞いてみてよ」

 二人で苦笑いしながら答える。

 そう言われても、麻美が教えてくれるものか、そもそもそれが可能なのか?

 そして楠木さんが、あっと声を漏らし、春日さんが更に俯いたのも気になるんだが…

 

 追求する俺だったが、もう夜も遅いと言う事で、みんなそれぞれ帰ってしまった。

 お袋や親子が何故かえらく感動して送り出していた。なんなら全員泊まっていけとも言っていた。

 女子三人が結構乗り気だったが、波崎さんに促されて、渋々退散したのが印象に残ったが。

 どちらにしても明日は休みなのに、学園祭の準備で学校に行かなければならないし、女子三人も泊めるのは俺の思春期上にも、かなりの悪影響を及ぼす可能性が大なので、助かったとも言える。

 そして俺はみんなが帰った後、風呂に入り、歯を磨き、ベッドの上で座りながら言った。

「麻美、出て来い」

 ……………

「反応が無いっつっても、傍に居る事は解ってんだよ。出て来い麻美」

 すうっと、諦めたように麻美が姿を現す。

 俺は麻美を見据えて言った。

「かなり虫食い状態だが、大体出揃った」

――そうだね

 麻美の肯定。

 しかし、成仏する気配が全く伝わって来ない。

 つまりはまだ、俺は死ぬ可能性があると言う事で、朋美がどんな関与をしているかを看破していないからに他ならない。

「麻美、朋美が糞先輩に俺を虐めるよう仕向けた理由はなんだ?」

 取り敢えず聞いてみる。

――隆に自分を頼らせる為。それによって隆が負い目に思う事。かな?

 大体俺の想像通り。つか、さっきみんなで話した時に、それは結論が出ている。

「俺が朋美に借りを作ったとして、朋美にどんな利点がある?」

――自分から離さないようにしたいからじゃない?

 それはつまり…俺が朋美に告る事が前提となる話だが…

「俺は朋美と確かに親しかったが、異性として見る事は無いぞ?」

――だろうね

「そんな俺が朋美に告る事は無いし、そもそもそれが理由なら、俺と朋美はそれなりにいい感じになっていなきゃおかしいだろ?」

――そうだね

「俺が朋美に告る事になりえる事は?」

――隆、佐伯と試合するんでしょ?

 実に強引に話を変える麻美…

 何か含む所は当然あるのだろうが、今の俺には解らない。基本的に頭が残念なんだから。 

 だから取り敢えず麻美の話に乗る事にした。

「佐伯とやる事になるかは解らない。対抗戦だしな。しかも俺の順番は決まっているようだし。佐伯がわざわざ俺と当たる事はしたくない筈だしな」

 中学時代、何回佐伯を追い込んだと思っているんだ。

 他の四人のリーダー格だった佐伯は、最後の最後まで俺に抵抗した。

 つまり一番俺にぶち砕かれたって事になり、トラウマも他の四人より深く植え付けたつもりだ。

 病院送りにも一番したし、ヒロも佐伯を何度も襲っていたから、正直俺の顔は愚か、声すら聞きたくない筈だが。

――佐伯はきっと隆と試合する。自ら望んで中堅になる

「とは言うけどな。仮に佐伯が試合に出ても、オーダーは結局ジムのトレーナーか会長が決める事なんだし…」

 望んでも、ジムの方針で順番は変えられる。大体、俺と佐伯では階級が違うのだ。

 練習なら同じ階級か、近い階級とやらせたいだろう。それはウチのジムも同じだ。

 ………寧ろウチの会長は上階級とやらせたがりそうだが。

 では、と、質問を変えてみる。

「佐伯が俺と戦いたいのだとして、その理由は?」

――普通だよ。自分に負けを認めさせたんだから、リベンジしたいってやつ

 あの糞がそんなスポーツマンみたいな事考えるのか?

 思わず首を捻った。

――佐伯は一応私達の中学の番長みたいな奴だったよね?

「番長って…まぁ…そうだな」

 取り敢えず一番強いとか言われていたか。

 実際はヒロの方が段違いに強かったけどな。

――その佐伯はお金で隆を虐めていたよね?

 まぁ…そうだな…

 俺の虐めが朋美の財布から出ていたバイトだって事だ。

 ……もう朋美の尻尾云々はいいんじゃねーか?

 普通にこの事実を突き立てたら…証拠が無いから駄目なんだっけか…

――実は佐伯は、地元から逃げ出るのを最後まで拒んだの

「それは…初耳だな…何故知っている?」

――私が死んだ後だからだよ

 あっけらかんと言い放つ所がもう…

 未練無き幽霊とか意味不明だろ。

 いや、未練はあるのか。未練じゃないか。

 ただ俺が心配なだけなんだよな。死ぬかも知れないと言う心配を。

「で、それがどうした?佐伯が最後まで拒もうが何だろうが、俺を一番ぶっ叩いたのに変わりない。逆に一番ふち砕いたけど」

――試合すれば、佐伯に直接聞けるんじゃない?

 ……俺が佐伯に聞く?

「力付くでって事か?」

 これしか浮かばん。あの糞と仲良くお話なんて考えられない。

――交渉したらいいよ。頼めば槙原さんがしてくれるだろうしね。そうなれば、あの子に試合の事を知られる訳にはいかないよね

 成程、朋美が知ったら、試合がぶち壊されるかも知れないって事か。

 逆に佐伯に刺客を送って、口封じとか有り得るかもな…

「なら朋美を家に近付ける訳にはいかないな…」

 いつだったか、張り込みの真似して追い込んでくれたしな。それを回避しないと…

「朋美とちょっと距離を置くか…」

――そうしたらストーカー紛いの事したじゃん。逆だよ逆

 呆れて溜め息を付かれる。

 だがそうだな…つかず離れず…

 難しいが、やるしかないか…


「隆は本当に不細工!!私くらいじゃない?相手してくれる女子って?」

 いきなり小学生のガキに、面と向かって暴言を吐かれた。

 つか、何だ?この生意気な小学生は?

 見下ろすようにマジマジとその顔を見る。

 ん?見下ろす『ように』?

 俺の視線は、そのガキとほぼ同じな事に気が付いた。

 背が縮んだ!?

 慌てふためく俺に、ガキがふふんとツインテールを靡かせて、斜に構えながら言った。

「大丈夫大丈夫!私は優しいから!ちゃんと隆の面倒見てあげるから!!」

 ガキが生意気そうな吊り目を、更に吊り上げる。

 この吊り目…朋美だ…

 小学生の頃の朋美。

 ツインテール時代は確か四年生の頃だったか…

 そう言えば、こんなガキの頃にそんな事言われたような…

 辺りを見回す。

 夕暮れの公園。

 他のガキ…友達はブランコに乗ったり、かけっこしたり…

 これは…夢だ。

 俺が ガキの頃体験した出来事が、夢になって現れているんだ。

 俺の脳の奥底から記憶を引っ張り出しているんだ…

「隆くん、遊ぼー」

 朋美の横から、同い年くらいの女の子が三人、何かの遊びに俺を誘った。

 露骨に不機嫌になる朋美。

 この子の顔は知っている。多分家も知っている。

「隆君昨日テレビ見たー?面白勝ったよねー?」

 俺は頷く。

 何かを女の子達に話している。

 笑いながらだ。多分テレビの内容なんだろう。親しげに沢山会話しているみたいだ。

 ちっ!!

 舌打ちが聞こえた。

  朋美だった。

朋美は女の子達に近寄り、どん!と、力いっぱい押した。

 一人の女の子が倒れた。

 俺は慌てて助け起こす。

「不細工な隆を嗤い者にして!」

「隆くんは不細工じゃないよ!」

 一人の女の子が抗議した。

 朋美はしゃがみ、石を手に持ち…

「隆に近寄るなっっっ!!」

 腕を振り下ろしたと同時に、抗議した女の子が倒れた。

 そちらに駆け寄り、身体を起こす手助けをした。

 頭から血が流れていた。

 女の子は大声で泣いた。

「ちょっと血を流したくらいで!大袈裟なんだよっ!!」

 朋美は持っていた石を投げつけた。

 別の女の子に当たり、その子も声を上げて泣いた…


 一転、景色が変わる。

 俺は椅子に座って、机に教科書等を片付けている最中だった。

 ここは学校だな。小学校か。

 鼻腔をくすぐる良い香り…給食の準備の最中だ。

 机上を片付けたのは給食を食べる為だったようだ。

「隆」

 呼ばれて振り返る。

 朋美だった。

 朋美は生意気そうな吊り目の顔を、俺に突き合わせる。

「今日はプリンがあるって!!」

 プリンか…

 今の俺にはそんなに心躍る事では無いが、当時の俺は文字通り踊っているようだった。

「一人風邪で休んでいるから、じゃんけんでもう一個貰えるかも」

 朋美も嬉しそうだ。

 あいつは今もプリンは好きなんだろうが。

 暗転。

 配膳が終わり、一個余っているプリンを賭けてじゃんけんをするようだ。

 男子はほぼ全員。俺も混じっている。

 女子の姿もちらほらと見える。朋美の姿も見える。

「最初はグー!!じゃんけん…」

 給食当番の号令で、みんな空中に手を翳して振っている。

「ぽん!!」

 給食当番はグー。俺はパー。

 チョキを出したクラスメイトは脱落、零しながら席へ戻った。

 朋美も残った。はにかみながら他の女子と話をしていた。

 その後も給食当番とじゃんけんを重ねる。

 俺は残念ながら、三回で負けて席に戻った。

 残り五人、その中に朋美もいる。

 凄いなぁと感心しながら勝負の行方を見守っていた。

 その頃には給食当番はタッチせず、当事者だけでのじゃんけんだった。

「ぽん!!」

 朋美のチョキ。他男子はグー。

 朋美の脱落だ。

 朋美は出したチョキをじっと見ながら呟いた。

「…納得いかない…」

 教室がざわめいた。

「何が?」

「あんた達、後出ししたじゃん!!男のくせに卑怯よ!!」

 さわめきがより大きくなる。

「してないよ!」

「負け惜しみ言うなよ!!」

 当然勝ち抜いた男子達が非難をした。

「うるさい!うるさいうるさい!!後出ししただけじゃ無くて、たった一人の女子を寄ってたかって虐めるなんて最低よっ!!」

 唖然とした。俺だけじゃなく、クラス中が。

 朋美は残ったスープを蹴り倒したからだ。

 床にたまごスープが溜まっていくのを見ながら、俺は、いや、クラス中がその光景に、いや、朋美の行動に怯えた…

 朋美が不当だ不正だと騒ぎ建て、卵スープは愚か、残ったおかずの入れ物まで蹴り倒した。

 誰も言葉を発しない…

 単純に怖かったのだろう、勝ち残った男子の一人が無言で席に戻った。

 それを見た残りの男子も、しぶしぶながら席に戻る。

 朋美とプリンと床にぶちまけた卵スープとおかずの容器だけが、俺達の前にあった。

 朋美は頭を掻きながら困ったように笑った。

 やり過ぎたと思い起こしたみたいだ。

 取り敢えずプリンを手に持つ朋美。

 それを何故か俺の机に静かに置いた。

 俺は物凄く驚いて朋美を見上げ、クラスメイトはざわめきながら、俺達に視線を注ぐ。

「隆、プリン欲しかったんでしょ。取ってきてあげたわ」

 俺は立ち上がり、それを拒んで朋美にプリンを押し付けたが、朋美は両腕を後ろに回し、受け取りを拒否する。

 終いにはキレて「隆が欲しいって言ったんじゃん!!」と、俺の為に無理やり奪って来たと言わんばかりだった。

 俺はクラス中から、気の毒やらムカつくやらの視線を一斉に受け、食事が全く喉を通らなくて、器に盛られた儘の給食を、黙って見ているしか術は無かった。

 暫くの間、クラス中から無視された。

 朋美も無視されていたが、あいつは図々しくも無視した連中に話しかけていた。

 そっか。俺が孤立したのはその頃からだったな。

 だけどまだ、俺には話をする友達がいたっけ。


 場面変わって朝の登校。

 雪を踏む感触と肌に突き刺さる寒さ…冬か。

 おはよー、おはよーと挨拶を交わして、靴箱に靴を入れる為に扉を開けた。

中に何か入っていた。

 ピンクの包装がしてあり、ブルーのリボンがあしらっている小さな箱だ。

 あ、俺、心臓がドキドキしている。

 そうか。今日は…

 辺りを見回すと、男子が慎重に靴箱を開ける姿が、かなり目に付いた。

 今日はバレンタインデー…

 女子が勇気を絞り出す日で、男子が浮わつく、小学生にはちょっと大人になる、特別な日だ。

 俺は慌てながらポケットにそれを捻じ込んだ。

 今ならば自慢対象になるが(ヒロにだが)当時は恥ずかしくて、他人に見せびらかす事なんて想像すらできなかった。

 チョコを隠して多少の余裕ができた俺は、改めて周りを見回す。

 チョコの渡し主がまだ近くにいるかもしれない。

 しかし、靴箱には、やたらとザワザワしている、挙動不審な男子しかいなかった。

 いや、女子もいたが、男子の姿に失笑や冷笑を浮かべている輩しかいなかった。

 ともあれ、俺は速やかに、かつ努めて冷静に小走りで教室に入った。

 そしてカバンから教科書等を出し、机の中に入れ、空いたカバンに小箱を入れた。

 小箱は形が多少崩れていたが、中身は多分無事だろう。

 一息つけた俺は、今度は教室内を見回す。

 男子がさり気なく机の中を確認したり、何故か女子に優しくなっている奴をチラホラ見かける。

 あとは…その様子を余裕で眺めている男子の姿。

 彼等は既に貰った側なのだろう。俺と等しく勝ち組なのだ。

「おはよ隆」

 振り向くと、朋美だ。

 朋美はやはり俺を覗き込み、生意気そうな吊り目を更に吊り上げ、笑いながら言った。

「あんた、今日チョコ貰えないんじゃない?隆は不細工だからね」

 いや、貰ったけど。とは言わない。言えない。

 朋美は腕を組み、踏ん反り返る。何故か眉毛を吊り上げて、目を瞑りながら。

「隆を相手してくれる女の子なんて私だけなんだから。だ、だから…」

 だからなんだと続く言葉を待つ事暫し。

「な、何でもないわよ!!じゃあね!!」

 何故かキレて自分の机に帰った。

 朋美を目で追っていると、朋美と比較的仲の良い女の子が、朋美の席に行き、笑いながら話していた。

 時折、その子が俺を見る。

 チラ見だが、確実に俺に意識を向けている。

 何だろう?首を捻って応えるが、その子は高速で俺から視線を外して、素知らぬ素振りだ。

 この子に限らず、まあ、よくあった事だったので、気にしないよう努める事にした。

 そして時間は過ぎて行き…

 チョコをくれたのが誰か解らない儘、下校時間となった。

 お礼を言いたかったが…誰か解らないのであれば仕方がない。

 俺は机から教科書を取り出し、カバンに入れようとした。

 そこで気が付く…

 チョコが無い。

 カバンを逆さにして振ってみるが、チョコは落ちてこない。

 どこに行った!?どこに!?

 慌ててあらゆるポケットに手を突っ込んでみたが、無いものは無い。

 と、その時、朋美が朝話していた女子と一緒に、俺の前にやってきた。

「隆、ちょっといい?」

 よくない、忙しいと拒否した俺だったが、問答無用で引っ張られる。

 渋々従って着いて行った先は、掃除が終わり、人気が全くない焼却炉だった。

 まだ炉に火が灯っている所から、用務員のおじさんは所用で席を外しているだけだろう。

 しかし朋美、何か知らんが怒っているようだし、一緒に来た女子が何故か泣きそうだしで、場の雰囲気は最悪だった。

 そして朋美が徐に話した。

「隆、今日チョコ貰った?」

 ギクリとしたが、場には三人しかいない。

 恥ずかしさも薄れている事から、俺は朋美の質問を頷いて肯定する。

 ギリッ…

 少し離れていた俺の耳に届いた朋美の歯軋り。

 いや、幾らなんでも聞こえる筈は無い。

 朋美の表情から、それを読みとっただけに過ぎない。

 朋美は口元に笑みを浮かべながら、俺に聞いてくる。

「へ、へえ…誰から貰ったの?」

 俺は怖くて咄嗟に後退りした。

 笑っている朋美だが、目だけは笑っていなかったのだ。

 それどころか怒っている。しかも激しく怒っている。

 朋美が、俺が退いた分だけにじり寄り、再び言った。

「誰から貰ったの?」

 俺はただ首を横に振る。後ろに下がりながら。

「誰から貰ったか解らないの?」

 にじり寄る朋美の顔が、遂に俺の視界を全部奪った。

 なんでそんなに怒っているのか解らなかったが、俺はチョコゲットの顛末を教えた。

 靴箱に入っていた事。

 慌ててカバンに隠した事。

 そして、チョコがカバンから無くなっていた事を。

「へえ…そう…」

 漸く朋美が俺から退いた。しかし直ぐに自分のポケットを乱暴に探る。

「ところでさ、こんなの拾ったんだけど」

 凄く邪悪な笑みを浮かべ、ポケットから取り出したのは、握り潰されてボロボロのぺたんこになった小箱。

 もとは綺麗にラッピングしていたであろう痕跡が辛うじて見える…

「もうやめてよ!!」

 今まで黙って俯いていた女子が、いきなり大声を上げた。

「なぁに?よしこちゃん。何をやめればいいの?」

 背筋が凍った。

 朋美は確かに邪悪な笑顔だったが、女子に向けた笑顔には、明らかに殺気が籠っていたからだ。

 よしこちゃんとか言った女子はまたまた俯いた。今度は歯をカタカタと震わせながら…

 よしこちゃんは朋美の友達だった筈だ。

 今朝も朋美の席に行き、親しげに話していた筈だ。

 その彼女が、なぜこうも怯えているのか…

 俯いて、何も言わないよしこちゃんに背を向け、再び俺の方を向く。

「あのね隆、これは隆のカバンに入っていたものだよ」

 俺の鞄に入っていたものが、何故そこにあるのか?

 俺はそれを追及したが、朋美は薄く笑いながら無視をする。

「これはチョコだよ隆。アンタが欲しがっていたチョコ!!」

 問いの返事の代わりにそれが何だったのかを話した。

 酷く醜く歪んだ顔で。

 何故それがチョコだと知っている?

 そう叫んで、朋美からチョコの小箱を引ったくる。

 箱は開けるまでも無く、中身がチョコだと教えてくれる形状になってしまっていたが、俺はそれを丁寧に開けた。

 最初は綺麗な形だっだであろうチョコは、朋美の手の熱で醜く変形し、小箱の破片も所々に付着していた…

 ガクリと膝を付き、チョコの変わり果てた姿に呆然とする…

 と、よしこちゃんが、いきなりしゃがんで顔を覆った。

「わああああああああああん!!!!!」

 号泣…

 俺はその意味が解らず、ただよしこちゃんの泣く姿を眺めていただけだった…

 朋美がそのよしこちゃんに近寄り、見下ろす形で言う。

「アンタが隆の靴箱に嫌がらせするから悪いのよ!!」

 朋美の方を向く。

 朋美は俺と目を合わせると、酷く苦々しい顔になった。

「隆、この子はね、モテない不細工なアンタを笑い者にしようと、わざわざ早起きして隆の靴箱にチョコを入れたの」

 何を言っているのか理解できなかった。

 笑い者にするために、わざわざ綺麗にラッピングするのか?

 笑い者にするために、わざわざ朝早く登校するのか?

「違う!違うよ緒方君!」

 涙でグシャグシャになって、朋美の発言を否定するよしこちゃん…

 勿論違うのかは解っている。大丈夫だよと言う前に、よしこちゃんから後悔の弁が発せられた。

「こんな事なら、朋美ちゃんに相談するんじゃなかった……」

「はあ?アンタ、あれは相談て言わないよ?アンタ、ただ私に言っただけじゃん。隆にチョコあげたって」

 吐き捨てるよう言う朋美…

 ああ、そっか。胸のムカムカはその時初めて患ったのか。

 よしこちゃんに聞いて、チョコがあるだろうカバンを勝手に開いて、チョコを持ち出して…

 そのチョコを滅茶苦茶にしてよしこちゃんを傷つけて…

 俺の信頼も、ここで失ったんだっけな。

 その後はよく覚えていないが、よしこちゃんは当然朋美と絶交し、俺とも何となくぎこちなくなり、話は愚か、目も合わせなくなった。

 俺も絶交を頑張ったが、朋美が平然と話しかけるし、遊びに誘うしで、なぁなぁになった。

 だけどそれからだった。

 朋美と疎遠になったのは…


 ……………


 スズメが囀り、朝日が部屋に差し込んでいた。

 あれは夢…いや、小学生の時の記憶。

 昔、朋美は自己中だった。いや、今もだが。

 あの事件から俺は朋美から距離を置こうとしていた。疎遠になったのは、そう言う理由だ。

――思い出した?

 枕元に正座して、俺を見つめていた麻美。

「…今のは麻美が見せたのか?」

――見せた…のとはちょっと違う。隆が思い出したがっていたから、記憶を引っ張り出したの

 そんな事できるのか…忘れがちだが、こいつ幽霊なんだよな。

 幽霊って、そんな技を持ってんだなぁ。

――幽霊はそんな技を持って無い。私の場合は、隆と記憶を共有しているから。ほら、何回もやり直したじゃない

「その理屈はよく解らんが、要するに俺と麻美だからこそ出来たって訳だな」

――それ思考放棄だよ。危険だよ

 たしなめる麻美。えいっと軽くチョップまでしてきた。

 だが、確かに。思考放棄で過去何度も死んだ俺だ。

 ここは深く反省し、引き締めねば。

「で、俺が思い出したがっていたとは?」

――あの子の本性。あの子をなんで拒絶するか。自問自答していたでしょ?

 していたかな?していたんだろうな。

 だがまぁ、俺が朋美と距離を置こうとした理由は思い出した。

 だが、それだけじゃない。

 今の夢に、何かしらのヒントが隠されている。

 麻美がそう『思い出させた』筈だ。

――隆は女子の好意に酷く醜く鈍感だよね?なんで?

 鈍感って…だがまぁ、今なら解る。

 よしこちゃんは俺に少なからず好意を寄せていた。

 あのバレンタインの時に勇気を出して、その好意を伝えようとしてくれていた。

 当時、一番俺と親しかった朋美に相談までして。

「…それは朋美に不細工、モテないと刷り込まれたからだ」

――正解。じゃあなんであの子は隆にそう思わせたの?

 それは…

――こらこら。首を捻らない。簡単でしょ?

「見た目中学生のお前に、諭されるような真似をされる俺って一体…」

 実際は同い年だけどな。

 だが、簡単か…

――昨日みんなから話聞けたじゃん!?まさか忘れちゃったとか言わなかったよね!?

「刷り込み…俺には朋美しか相手してくれる奴がいないって言う…」

 麻美がはち切れんばかりの笑顔になって、俺の頭を撫でる。

 いーこいーこと言いながら。

 見た目中学生の女子に頭撫でられる俺って…

 別に何も不快に感じない所がミソだ。

――隆、あの子の真実はたった一つ。それは隆を好きな事だけ。その他は正直言ってどうでもいいと思っている。例えば、誰が死のうとも

 ドキッとした。

 誰が死のうとも…

 だけど、なんで俺にそこまで固執する?考え過ぎもあるんじゃないか?

――自分さえ、自分の望みさえ叶えば、どんな手を使ってもいいと思っている

 それは…今までの情報から、何となく推測できるな…

――あの子は変にプライドが高い。大好きな隆に対しても。だから絶対自分から告白はしない

「だから俺から告らせようとした…している…?」

 頷く麻美。

 だいぶ『規制』が緩くなっているのか、今まで話せなかった事も言えるようになっているのか?

 それは、俺が死ぬ運命がかなり回避されていると言う事。

 俺が死ぬ理由が徐々解明されたと言う事。

 つまり、朋美が元凶だと言う事が揺るがなくなった事でもある。

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