文化祭~005

 もっと沢山聞きたかったが、文化祭の準備の時間となり、俺はサボったロードワークの代わりに学校まで走った。

 休日だというのに、他クラスの連中も結構登校していた。

 どのクラスも休日返上しないと間に合わないのか。

 そんな事を考えながら、Aクラスの前に差し掛かる。

 ちょっと教室を覗いてみたら、朋美は来ていなかったが、里中さん事さとちゃんが張り切って、鉄板焼き班に指示を出していた。

 彼女は料理が出来ないが、知識だけは豊富だとか。

 朋美の友達だが、全然深入りせずに付き合っているらしく、朋美をあまり頼りにしていないらしい。

 ファミレスの猿芝居を引き受けてくれたのが、奇跡的だそうだ。

 何故そんなに詳しいんだ。だって?

 ソース槙原だからだ。

 槙原さんは、何らかの手を使って里中さんを此方側に引き入れている。

 Aクラスにおける、朋美へのスパイの役割を担っているらしい。

 Bクラスの前を通る。

 春日さんも早起きして、出し物の手伝いをしに来たようだ。

 隅っこで一人、チクチクチクチクと裁縫中だ。

 Bはお化け屋敷だったか。あれはお化けの衣装なんだろう。

 つか、Bは何故春日さんに一人作業をさせている?

 いや、春日さんが好んで一人になっているんだろうが、男子は春日さんの素顔見たら絶対放っておかないだろが。

 この頃は楠木さんや槙原さんと仲良くしているから、そこそこ認知されているけど。

 春日さんは、その存在感の無さが売りらしいので、暫くは素顔は絶対晒さないと槙原さんと約束したらしいが、一体何をさせる気なんだろう?

 春日さんと槙原さんとの約束を聞いた俺は、とっても残念な気分になり、破棄を薦めたが、春日さんは俺が知っているだけでいいと、超可愛い事を言って頬を染めた。

 まあ、考えたら、春日さんの素顔を知っている男子は俺だけって言う役得もあるので、春日さんが納得済みならそれでいいけど。

 次はCクラス。確かメイド喫茶だっだか。

 楠木さんは、ありきたりでつまんな~い。とか言っていたけど、楠木さんのメイド姿を見られるのなら、俺的には全然オッケイだ。

 その楠木さんは登校していない。

 まだ来ていないのか、休日だから来ないのかは謎だが。

 俺に薬の件がバレてから(知ってた)楠木さんはぶりっ子キャラをやめて、素の楠木さんで学校に来ている。

 周りの目が変わって、ハブられたり虐められたりするんじゃないかと心配したが、あまり変化は無いようだ。

 ブリキャラ時代も男子受けが良くて結構告られたが、今もちょっこちょこ告られるらしい。

「私は隆君一筋って言って断っているんだけど、結構頑張る男子もいるよ。どっちにしても玉砕コース確定なんだけど」

 と、ヤバいくらいにドキッとさせて貰った。

 しかし、変わるもんだなあ…

 薬漬けで槙原さんを刺殺した事もあったのに、俺の運命を変える事は、他の人の運命も変える事になるんだ。

 責任は重大だな。あらゆる意味で。。

 Dクラスの前に差し掛かる。

 Dは、あまり人は来てないな。

 確か射的だっけ?お祭りの屋台とかで見るやつ。

 槙原さんはありきたりだと言っていたけど、俺的には結構興味がある。

 祭なんて中学の一年の時以来、行ってないからなー。

 二年の時は糞先輩共にボコられの毎日で、祭なんかに行く余裕は無かったし、三年の時は、ヒロと糞共をぶち砕く為だけに出かけていただけだったな。

 楽しみではあるが、人の少なさから、そんなに力を入れるつもりが無いのかも。

 その槙原さんも来てないし、なんかつまらん。

 まあ、よそのクラスより自分のクラスだ。

 と、言う訳で自分のクラスだ。

「おー、緒方、早いなあ」

 物づくりクラブの蟹江君と吉田君が、もう既に材料をある程度形にしていた。

「おはよう。やっぱ凄いな二人とも。俺達逆に手伝わない方が捗るんじゃないか?」

「アホ言うなよ。こう言うのは人海戦術じゃねえと期限まで終わらないもんなんだ」

 そんなもんなのか?まあ、手伝いは面白いからやりたいし、俺ってクラスのみんなと、こんな風に協力した事無かったから、新鮮で楽しいし。

「つか緒方、すげーのはお前だこの野郎」

 吉田君がジャブの真似事で俺に拳を放つ。受け止めながら苦笑いする。

「大沢も凄かったよな!彼女かわいかったし。勝ち組かあいつは」

「確かに波崎さんは可愛いが、ヒロは勝ち組じゃないと思うけど…」

 勝ち組は塾に通ってクラス平均では無いだろう。決して。

「そうか?女っ気全くない俺達物づくりクラブに比べたら…」

 一気にズーンと暗くなる蟹江君と吉田君。

 二人ともいい奴だから、彼女くらい直ぐ出来ると思うが。

 黙々と作業に準じていると、ヒロが今更ながらノコノコと登校したきた。

「おせーよ。今何時だと思っているんだ」

「まだ九時過ぎたあたりじゃねえか。強制じゃねえんだから、固い事言うなよ」

 ……まあ、そうだが…

 国枝君も来てないし、蟹江君なんか来てくれただけで有り難いと言っているし。

「ちっ。命拾いしたなヒロ」

「何訳解んねえ事言ってんだ残念頭。それより、今日もお前ん家でスパーだからな」

 俺は釘を打っていたハンマーの手を止めてヒロを見た。

「随分熱心だな?俺にそんなに気を遣わなくても…」

「お前に気なんか遣うか馬鹿。俺の為だよ。実践のカンを少しでも早く取り戻したくてな」

「そっか…馬鹿って言った分は、今日のスパーで落とし前付けて貰うからな」

 そう返したが、ヒロが戻ってきたのも俺の為。

 本当に有り難くて、涙が出そうだ。

 四限目終了の予鈴が鳴る。

 昼飯だ。と言っても、弁当は持ってきていない。学食も休み。購買も休み。

「ヒロ、飯どうする?」

 ヒロは得意げに胸を張り、紙袋を大仰に机に置く。

「弁当持ってきた俺は勝ち組!!」

「あ、ちくしょう。遅く登校してきたのは、弁当買っていた為か」

 今度は口尻を持ち上げ、腕まで組んでの得意げな顔。

「その紙袋がコンビニかスーパーの物だと思ってんのか愚か者が」

 愚か者って…

 だが気になり、紙袋をよく観察した。

「……これ、あのファミレスの紙袋?」

「そおおうだ!!俺にはあそこでバイトしている可愛い可愛い彼女がいるからな!!休校日の昼飯くらいは簡単に手に入るって寸法だ!!」

 これ見よがしに威張るヒロだが、単に波崎さんに昼飯頼んだだけじゃねーか。

 しかし昼飯は羨ましい。

 ちょっと面倒だが、外に出て食うしかないか…

 教室から出て直ぐに食い物の匂いが鼻に付く。

 メイド喫茶のメニューの試作でもやってんのか?

 取り敢えずCクラスの窓を覗く。

 ………やっている…

 オムレツ?オムライス?多分どっちかだな。

 楠木さんは………いないな。

 来ないのか、それとも昼の休憩取っているのか。

 見学したいが、知り合いのいないクラスに単独で入るのはちょっとな…

 俺が危険人物だと言う風潮は消えていないし、怖がる人も未だに居るからな…

 自業自得とは言え、ちょっと切ない。

 なら、知り合いが登校していたBクラスに行こうかな。

 春日さんが飯まだだったら、一緒に外に食いに行けるかもしれないし。

 そうしようと、Bクラスに向かう為、身体を向けたその時。

「あれ?緒方君じゃん。登校していたの?

 俺が登校していた事を、実に不思議がっていた里中さんと出くわした。

 苦笑いして答える。

「うん。力仕事担当だからな」

「それ理由になってないけど、そっか。緒方君も文化祭の仕事かぁ」

 わざとらしく納得したように腕を組み、目を固く瞑って頷く里中さん。

「里中さんのクラスは焼きそばだっけ?」

「そう!!私の求める焼きそばが、なかなかできなくて困ってんのよ!!全く、焼きそば如き、ぱぱーっと作って貰わないと困るんだけど!!」

 ……確か里中さんは知識だけで料理は出来なかった筈では…

 自分の事を棚に上げて、苦虫を噛み潰した顔になっているよ…

「そ、そうなんだ。大変だね。じゃあ」

 取り敢えず相槌を打って、場から離れようとした。

 機嫌が悪そうな女子と話せる技量は、俺には無いからだ。

「あ、そうだ。緒方君、ちょっと来て」

 逃げようとした俺の腕を取り、自分のクラスに入っていく里中さん…

 なんだ?何か怖い。

 ほぼ無理やり引っ張られた形で、Aクラスに入った。

 朋美は…やっぱ来ていない。

 少しホッとするが、何故俺がAクラスに連れて来られたのが解らん。

 クラス中、俺を見る目が、あからさまにビビッてるし。

 そうじゃない奴も迷惑そうだし、要するに居心地悪い。

「ちょ、里中さん。いったい何?」

 早く去りたい俺は、用事を速攻で済ませたいので、促すよう言った。

「んとね、ちょーっとこれ食べて?」

 出されたのは焼きそば。

「試食しろって事?」

「うん。そう」

 これは結構ラッキーだ!!昼飯代が浮く!!

 渡された割り箸を割ると同時に、里中さんが口を開く。

「お客さんに出すんだから、ちゃんと感想は述べてね」

 述べるのか…

 だが、要するに、ちゃんと感想言えって事だよな。

 俺は頷き、やきそばを口に運んだ。

 む、これは…

 凄い弾力だ!!コシがあるなんてもんじゃない!!

 具は…ホルモンとキャベツか。

 キャベツは兎も角、ホルモンはソースにイマイチ合わないかな…

 だけど、乗っかっている半熟目玉焼きがうまく絡み合い、違和感はそんなに無いかな?

「…ど、どう?」

 不安そうに尋ねてくる里中さん。

 ちゃんと感想を言わなきゃな。

「うまいよ!この富士宮風津山ホルモンうどんパクリの横手焼きそばのパチモン!!」

「パチモン違うわ!!」

 正直に感想言ったらキレられた。

 ビックリだったが、クラス中がとてもとても共感したように頷いている。

 みんなそう思っていたんだな…

「くそう…未だかつて無い焼きそばだった筈なのに…」

 がっくりと膝を付き、項垂れる里中さん。

 ちょっと可哀想な気もするが、ちゃんと感想は言わないとだし…

 慰めの言葉も、ちょっと思いつかないし。

「だろ?麺を蒸すってのは富士宮焼きそばの特徴だし、ホルモン入れるのは津山焼うどんで有名だし、目玉焼き乗せるのは横手焼きそばが流行らせたし…」

 項垂れる里中さんを慰めているのは、このクラスの男子だ。名前は知らないが。

「解っているわよそんな事。解っているけど!!」

「ぶっちゃけ、焼きそばはもうやりつくされているんだよ。町興しに必死な所なら兎も角、俺達高校生がこれ以上進化させるのは無理だよ」

 里中さん以外のクラスの人は、既に、ってか最初から諦めている様子だった。

 まあ、気持ちは解るが…

 ん?ちょっと待て。

「なあ、朋美が今日来ないのは、最初から期待してなくて、新型焼きそばなんかできっこないと思っているから?」

 里中さんは一瞬呆けたが、ああ、と言った表情になる。

「成程、そういう事ね。別にいいけど」

 ……里中さんもドライだな…

 一応友達だと言うのに、やっぱ朋美を最初から信用していないんだろうな。

 だけど、そう言う事なら、とことん里中さんに協力したくなった。朋美の鼻をあかす為にも。

「……麺に何か練り込むのは?」

 俺が発言した事によって、ざわめくAクラスの面々。

 しかし里中さんはやっぱりドライだった。

「とっくに発売しているよ」

 まあそうだろう。俺の浅知恵で出てくる案なんか、既出だろう。

 だが、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるだ。

「んじゃ具の方。たらこ和えるとかは?」

「ソースに合わないんじゃない?」

「だから塩にするとか…油も普通のサラダ油じゃなくして」

「う~ん…そうなっちゃうと単価がね…」

 解ってはいるが、それでも案を出し続ける。

 Aクラスの人達も、釣られて案を出し始める。

「つけ麺ならぬつけ焼きそばとか?」

「汁焼きそばってのは既にあるな」

「あんかけ!!…あんまり新しくないか」

「いやいや、待て待て。あんかけのあんを工夫すれば…」

 なんか盛り上がってきた!!

 里中さんも、さっきの大袈裟な失意の顔から、徐々に笑みを復活させていく…

「おお。みんな盛り上がってきたな。こりゃEクラスも負けてられない。じゃ、里中さん、俺クラスに戻るよ」

 折角の士気を邪魔しちゃいけない。そう言って立ち上がる。

「う、うん!!ありがとね緒方君!!私、私達やるよ!!そして総合優勝勝ち取るよ!!これお礼ね!!」

 しっかと俺の手を握り締める里中さん。そして試食で食べた焼きそばを大量に持たせられた。

 つか、総合優勝ってなんだ?初めて聞く単語だが。それよりも、この焼きそばの量は…

 貰った焼きそばを校舎裏で全部処理して、いやいや、ちゃんと食べたぞ?教室に戻った。

「あれ?国枝君?」

 国枝君が登校し、設備作成を手伝っていた。てっきり今日は来ないと思っていたが。

「ああ、緒方君。午前中はちょっと用事があってね。手伝えなくてすまない」

 深々と頭を下げる国枝君。顔を上げさせるのに一苦労だった。

「で、でも、別に強制じゃ無いんだから」

「しかし、手伝いには来ないで、晩にお邪魔するのには気が退けるだろ?」

 メガネのフレームを人差し指で持ち上げながら言いきった。

 来るつもりだったのか。いや、嬉しいけど。少ない男友達だし。

「……そういや、小学時代にも俺にも居たな。男友達…」

「うん?何か言ったかい?」

「いや、別に」

 今考えると、友達は朋美にみんな奪われた、って事になるのか…?

 どんな手を使ったか知らないが、そこで離れていく友達だったんなら仕方ない。

 残った友達が、よりかけがえの無い存在になるだけだ。

 ヒロとか、麻美とか…

 下校時間になり、みんなひとまず家に帰って準備してから、俺ん家に集まることになった。

 と、言う訳で、俺も早く還って準備しなければならない。

 飯とか風呂とか、済ませておかなくちゃだ。

 家の近くの駄菓子屋付近に差し掛かった時、肩を叩かれ、振り向いた。

「…朋美か………」

「うん…どうしたの隆?機嫌悪そうな顔しちゃって?」

「いや…別に…」

 咄嗟の事だったから、嫌悪感が顔に出てしまったか…

 無理やり顔を戻し、再び朋美の方を向く。

「お前、今日学校に来なかったな?」

「うん。今日は究極の焼きそばとやらの試作だから、人数そんなに必要無かったんだ」

「あー、確かに」

 沢山居たら邪魔になっていただろうし、ああ言うものは、やる気のある奴だけ集まればいい。

 里中さんのテンションに付いていける奴とかな。

 残念ながら、朋美はどっちも失格だろう。やる気も無いだろうし、里中さんには外ヅラだけの付き合いだろうしな。

 チラリと朋美を見る。

 手にはコンビニ袋。数日間、俺ん家の前に置いてあったヤツだ。

「買い物か?」

「あ、うん。お菓子とジュースだけど」

 わざわざ取り出して中身を見せる。

 カロリーオフのオレンジジュースとポッキーみたいなヤツ。どうでもいいけど。

「隆、夜にクラスの人、家に来ているんだって?」

「ああ。文化祭の大道具作る為に、学校から一番近い俺ん家に集まってんだよ」

 意外そうな朋美。

「中学の時は友達いなかったのに、そんな社交的になったんだ!!」

 その中学時代、俺の周りから人を遠ざけていたのはお前だ。

「おかげさまでな。いつまでも尖っている訳にもいかねーだろうし」

 言いながら棘出しまくりの俺。

 自分で言って、自分で苦笑した。

「ふーん。それはおめでたい事かもね。差し入れ持っていってあげようか?」

 俺の顔を覗き込みながら言う。

「そりゃありがたい。ヒロも喜ぶな」

「……大沢も来るんだ。そりゃそうだよね。唯一中学の時からの友達だもんね」

 なんか一瞬暗くなったな…

 ヒロの奴、なんか言ったんじゃねーだろうな?

「親友だからな。お前とおんなじだよ」

 と、心にも無いことを言ってみる。

「親友…か…」

 尚更暗くなってきたな…

 ちくしょう、選択肢間違えたか?

 こんな事ならギャルゲーやっとけば良かった!!

 いや、ギャルゲーなら攻略対象になるからまずいのか?

「おっと、そろそろ帰らねば!!気が向いたら差し入れよろしくな朋美!!」

 俺は逃げるように、いや、逃げたんだが、そそくさと小走りで立ち去った。

 朋美が微かに頷いたのが、辛うじて見えた。


 夜。大道具作成も本日の作業は終わり、クラスメイトの見ている前での3ラウンドのスパーを終え、地面に大の字に寝転がった。

 今日もヒロの判定勝ちってとこだが、あの野郎、KOしてもおかしくないテンプル喰らっても耐えやがった。

「今日波崎さん来なかったのに、頑張りやがって…」

 ジト目でヒロを睨む。

「ギリギリだった…ヘッドギヤ着けてなかったら、間違いなくテンカウントだった…」

 逆に悔しそうなヒロ。

「ほんと凄かったよ緒方君!!大沢君!!」

 興奮しながら俺達のグローブを外してくれた国枝君。

 蟹江君は相変わらずシャドーの真似事をしているし。

「今日も大沢が勝ったんだよな?あの…フック?もろに喰らっても倒れなかったのが勝因?」

 吉田君が2ラウンド終盤で、俺が放った右フックの真似事をしながらヒロに訊ねる。

「いや、グローブのデカさのおかげだな。えーっと…簡単に言うと、スパーのグローブは本番のよりデカいから、意外と耐えられるんだよ」

 俺はそのグローブ、ヘットギヤ着用でもKO狙ってやってんだけどな。

 まだまだ破壊力が足りないのか、ヒロがタフなのかだ。

「はいはーい。今日もお疲れ!!隆君のお家のご迷惑になるから、もう撤収しましょう」

 何故か、学校に来ていなかったのに俺ん家に来た槙原さんが、手をパンパン叩いて帰宅を促す。

 まあ、明日も作業あるし、夜も遅いしだからな。

 つか、女子が先帰れって話だが。

 ヒロが送っていくから心配はいらないか。

「もうそんな時間か…長居するもの悪いしな。続きは明日だな」

 蟹江君の一言で片付けを開始する。

 さり気なく接近してきた槙原さんが耳元で囁いた。

「今日も話の続きしよ。大丈夫だよね?」

 無言で頷いて肯定した。

 槙原さんの持ちネタが少しでも聞ければと思っての肯定だったが、女子が部屋に居るってのは華やかで良い。

 無言だったのに、脊髄反射の如く反応したのが証拠だ。


 家に入って、シャワーを浴び、上がったら、食卓がやたら賑やかだった。

 ヒロ、国枝君、槙原さん、春日さんが晩飯を食っていたのだ。

 俺を差し置いて!!

「はははは。遥香ちゃんは相変わらずおもしろいなあ~。響子ちゃん、いっぱい食べなさい。遠慮しないで」

 親父がもうデレデレだった。

 JKだからか?単に娘の方が良かったからか?

 前者なら引く。息子としての立場で思いっきり引く!!

 ともあれ、ヒロと国枝君の間に座り、まだ装っていない茶碗を凝視する俺。

「お、上がったか隆。飯食ったらシャワー貸してくれ」

「…うん」

「やあ緒方君。先に御馳走になっているよ。このとんかつおいしいね」

「そうか。良かった。俺の前にはとんかつはないけど」

 あるのは鯖の水煮の缶詰。しかも開いてない。

 なんか悲しくなる。

「あ、ヤッホー隆君。お茶碗貸して?ごはん装ってあげる」

 優しい槙原さんのご厚意に甘えて、茶碗を伸ばす。

 そして槙原さんの前にも、とんかつがある。

「………お、お椀ちょうだい?お味噌汁を…」

 優しい春日さんのご厚意に甘えて、お椀を伸ばす。

 春日さんの前には鰈の煮付け。鯖缶とは大違いだった。

 因みに親父も鰈の煮付け。お袋はとんかつだ。

「せめて大根おろしをっっっ!!」

 お袋がキョトンとして言う。

「大根無い?」

 ……無いなら仕方ない…

 鯖缶を開ける。一人寂しく。

「あ、隆、ごはん食べたらケーキ買ってきて。七個」

「おつかいまでさせるのかよ!!踏んだり蹴ったりだ!!」

「隆、友達にデザートを食べさせたいとは思わないのか!!」

「鼻の下伸ばしながら威厳演出すんじゃねーよ親父いいいい!!」

 いや、行くけどな。せっかく来てくれた女子に少しでも喜んで貰えたら。

 ヒロは除くが。勝手に食ってろって感じだ。

 と、言う事なので、晩飯を早々に切り上げ、ってか、鯖缶でテンションが下がったからだが、ケーキ買いに行って帰宅。

「おう。ご苦労」

 頭から湯気を出しているヒロが偉そうに出迎えてくれた中、俺はケーキの箱を開けた。

「おし!俺モンブラン!あいて!!」

 早速モンブランを取ろうとしたヒロの手をぺしっと叩く。

「女子からだ馬鹿が」

「馬鹿は余計だが…まあ、女子からだな」

 モンブランを名残惜しそうに見ながら、女子に取るよう促すヒロ。

「優しいねえ大沢君。じゃあ私モンブランね」

「優しさの欠片もねえな槙原!!」

 涙目だ。たかがケーキで。

「………隆君はどれがいいの?」

 優しいねえ春日さん。だけど。

「俺はなんでもいいよ。好きなの取りなよ」

 頷いてモンブランを取る春日さん。

「春日!お前もか!!」

 血涙が出そうな抗議だった。たかがケーキで。

「国枝君はどれがいい?」

「僕は何でもいいよ」

 国枝君も俺と同じく、特に甘いものは欲しない派か。

「じゃあモンブランでいいよね」

「たかしいいいいいいいいいっ!?」

 絶叫すんな。夜なのに近所迷惑だろが。

「ほら、先に選んでいいぞ」

「もうショートしかねえじゃねえか!!」

 仕方ねーだろ。ケーキ屋閉店する寸前だったから、余りものしかなかったんだよ。

「居間に行けば、親父が抹茶ケーキでお袋がチョコケーキだぞ。気に入らないなら取り替えて貰え」

「さすがにケーキ交換してくれとは言えないだろ…」

 もう愚図りながら、いちごショートを取るヒロ。

 たかがケーキで。小学生かお前は。

 取り敢えず食いながら。

「今日は楠木さん来なかったな。学校にも」

「あー。美咲ちゃんは別口の用事があってね」

 モンブランを食いながら答える槙原さん。

 別口の用事ね。

 槙原さんが知っているって事は、やっぱ裏で何かしているんだろうな。

「ヒロ、お前朋美になんか言った?」

 帰宅途中に出くわした朋美の様子について、ヒロにカマをかけてみた。

「あん?ああ、また協力しろと言ってきたから、利用すんなと断っただけだ。俺はお前がいいならそれでいいって言っただろうが」

 なんと。再び猿芝居を頼まれたのか。

「つか、今日須藤来ていたのか?その質問は、須藤と何かしらの会話をしていないと出てこないと思うが」

「いや。来てない。帰りに駄菓子屋で遭った」

「遭ったって…言い得て妙だね」

 さすが槙原さん。地の文を見切るとか、凄すぎだ。

 槙原さん以外は、ぽかんとしているのが、その証拠だ。

「………それはそうと…あの子。駄菓子屋で30分待ってたよ」

 ギョッとして春日さんを見る。

「………何度も何度も携帯開いて、時間気にしてた」

「春日さん、クラスの出し物の準備終わって直ぐに俺ん家目指したの?」

 コックリと頷く。

「………明日からバイトのシフト、遅くなっちゃうから…」

 なるべく長く俺と一緒に居たかったって事か…

 ジーンと胸が熱くなる。

「ん?じゃあ春日ちゃんも駄菓子屋に居たって事?」

 またまたコックリと頷く。

「………まだ隆君、学校で頑張っていたから…先にお邪魔するのも何か違うし…」

「いや、それより気付かれずに存在したって事が凄いわ…春日ちゃん、そのスキルでグッジョブする時あるからね」

 恐ろしい子を見るような目で、春日さんを見つめる槙原さん。

 以前、その『影の薄さ』で助けられた俺にとっては、物凄く心強いのだが。

「はいはーい。じゃ私から」

 いきなり槙原さんが挙手した。

「なに?槙原さん?」

「安田先輩の現住所ゲットしました」

 実にあっさりと言われて、色々情報が追い付かない。

 だから首を捻って訊ねた。

「……もう一回言ってくれる?」

「ん?ああ、そっか。言い直します。安田先輩の現住所とメアドとケー番ゲットしました」

 ふーん…

 木村や西高の連中が頑張って捜しているってのに?

 全然接点がないのに、個人情報をゲットしたのか。

「……どうやって?」

「隆君、首吊るよ?ちょっと姿勢戻そうよ、って、大沢君も国枝君も!!なんと、春日ちゃんも首吊るってば!!」

 どうやら俺だけじゃないようだった。

 喜びより疑問が先に立っていたのは。

 別に難しい事じゃないと、一つ咳払いし、説明を始めた。

「ほら、私って神尾先輩の個人情報握っているじゃない?で、神尾先輩を脅し…お願いして、安田先輩が出入りしていたSNSから捜してね」

 SNS…ネットのサイトから…

「だ、だけどよ、神尾と安田の付き合いは中学卒業までな筈だぜ?つまり二年前までの付き合いだ。メアドやケー番は携帯変えていないなら解るかもしれないけど、サイトのハンドルネームなんか簡単に変えられるだろ?隆は兎も角、俺がそこらへん押さえない筈は無い」

 なんか言っている事が解らんが、要はヒロもサイトで安田の事を追っていたみたいだな…

 木村達も、武蔵野辺りから、そこら辺の情報は引っ張っている筈。

 それでも解らなかったって事は、携帯代えてケー番すら代わっていたと言う事だし、それは既に調査済みで確認済み。サイトにも当然いけない。引き継ぎしているなら、今までのハンドルネームで動いている筈だし、ハンドルネームが変わっていても、ページは変わらないし。

 つまりサイトから辿り着くのは相当難しいだろう。

「確かに安田先輩は携帯変えていたし、ケー番も変わっている。だけどSNSに嵌っていた人なら、必ず戻ってくる。ハンドルネーム代えて、新規でね」

「だから、その新規を見付けるのが厳しいんだろ?」

 ヒロの反論に一同頷く。だが槙原さんは不敵に笑う。

「別に携帯代えても、一度退会しても、そのアバターもマイペも消滅する訳じゃないよ?そしてSNSによっては、足あとが見れるものもある」

「訪問履歴か?その足跡を追って捜したってか?だけど嵌っていた奴は友達も多いだろ?絞り込むのは難しくねえか?」

「だからさ、所属していたサークルとか、コミュとかあるじゃない。フレンドに居ない、新しい足跡で、そのユーザーが同じコミュに属していたり、フレやトモリスが同じだったり、そのフレとの会話を見たり、コミュやサークルでの書き込み見たりで、意外と見破れるものなのよ」

 俺と春日さんはよく解らずに首を捻っていたが、ヒロと国枝君は感心するやら青ざめるやらで、急がしそうだった。

 更に人差し指を振りながら続ける槙原さん。

「あとは、当たりを付けたユーザーに接近して、たわいの無い話から徐々に仲良くなって、メアドゲットして、直メしてー。そこから更に個人情報引っ張ってくれば終わり。万が一安田先輩じゃ無かった場合は、繰り返せばいつか辿り着くから問題ないよ」

「……凄いな…初めて会った時、緒方君の繰り返しを聞いた時に、槙原さんは情報を武器にするってのを聞いた時はピンと来なかったけど…そういう意味だったんだ…」

 納得する国枝君だが、やっぱり俺にはよく解らん。

 物凄い手間と忍耐が必要だってのしか、理解できなかった。

「あはは~。ありがと。そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。私は友達には全然甘々だから」

「警戒なんて…だけど、良かったよ。緒方君と友達になれて」

 朗らかに笑う国枝君と槙原さん。

 しかし、何故俺の名が出てくるのか解らん。

「まあ、兎に角、安田先輩の住所も解ったけど、乗り込むにはちょ~っと遠いんだよね。だからメールだけで情報引っ張ることになるから、そんな突っ込んだ話は聞けないけど」

「遠いって、安田は今どこ?」

「北海道」

「……そりゃあ…遠いな…」

 とてもじゃないが、一介の高校生が行くにはキツイ。

 飛行機か新幹線、いずれにしても、移動だけで一日潰れてしまう。その前に旅費が無いけど。

「………あ、あの…」

 おずおずと春日さんが挙手する。

「どうしたの?春日さん?」

「………あ、あの、私バイトしてて…お給料も使い道があまりなくて、ずっと貯めていたから…」

「ち、ちょ!!それはいくらなんでもお願いできないよ!!」

 春日さんが貯めに貯めたお金を、安田に会いに使わせるなんて、そりゃ無茶苦茶だろ。

 しかし、春日さんが自ら乗り出すと言うとは…

 俺は驚きながらも頼もしく思えた。

 あの引っ込み思案で、他人の目を気にする春日さんが…成長したなあ、と。

 しかし春日さんはキョトンとしながら言う。

「………え?こっちからお願いしているのに?」

 ん?意味解らん?

「え?春日さん、わざわざ北海道まで行って、安田に聞いてくるって言ったんじゃないの?」

 ふるふる、と首を横に振っての否定。

「………私が…お金出すから…隆君、一緒に北海道に行かないかなあ、って…」

「却下だ!!何が悲しくて女子に旅費出して貰わなきゃならないんだ!!行くなら俺が金出すわ!!」

「………それは…一緒に行ってくれるって事?」

 ずい、と接近してくる春日さん。

 その可愛らしい瞳から、無理やり目を逸らして言った。

「いや、北海道に行くのは安田の口割らせる為にで、そもそも金無いから行けないって結論がある訳で」

「………安田って人に一緒に会いに行けばいいでしょ?お金なら私が…あ、で、でも、なるべく節約しなきゃだから、と、ととと、泊まる部屋は一部屋で、ベッドもダブルにしなきゃだし…」

「だから、いかねーって!!」

 なんか強引に旅行になりそうだっだ。

 いや、春日さんとなら、いつかは行きたいけども。

最低旅費割り勘で、単なる遊びには行きたいが。

「あはは~。言うね春日ちゃん。だけど、そんな羨ましい事はさせないからね。絶対」

 ニコニコ笑顔の槙原さんだが、目が全然笑っていない。

 思えば過去に、自分の敵は二人と、宣言していたからな。

 本能的ってか、人智の及ばぬ何かで感じ取っているのかも知れん。

 一人は言わずもかな、春日さんで、もう一人は麻美である。

 麻美は…この通り、俺の永久片思いみたいなものだから、槙原さん的には、敵は実質春日さん一人みたいな事を言っていた筈だ。

 しかし流石の切り替え。

 直ぐにちゃんとした、普通の笑顔に戻って言う。

「それに、安田先輩と直に話したいなら焦る事ないよ。来年には確実に会えるから」

「来年?」

 俺だけじゃない、全員が頭上にハテナマークを浮かべた。

 槙原さんは知らないの?と言った表情になり。

「来年の修学旅行、北海道だよ」

 それは盲点だった。

 じゃねえよ!!

「え?もう来年の修学旅行の行先決まっているの?アンケとか取らねーの?つか、今時国内?」

「うん。ウチの学校ほとんど北海道だし。それに、修学旅行は学校行事。国内の事も満足に知らないのに海外とか、どうかと思うしね」

 ……まあ、言わんとしている事は理解できるけど…

 ああいうのは、今年はどこかな~とか、海外だったらいいな~、とか、想像するのも楽しみの一つだろ。

「ああ、そういえば思い出したよ。だけど稀に京都の時もあったはずだけど、断言できるのかい?」

 メガネを持ち上げて指摘する国枝君。

「うん。来年度の旅行の視察終わったばかりだから。多分旅行会社から賄賂と、地元から過剰接待受けて戻ってきた筈だし」

「なんで解るの!?」

「ん?まあ、色々と」

 物凄く含みのある笑顔で、答えを濁した槙原さん…

 もう色々と怖すぎて、突っ込む気になれなかった。

 そして槙原さんが続ける。悪い顔の儘。

「で、提案なんだけど、修学旅行にとどめ刺すように戦略立てていい?その間、安田先輩と神密度上げておくからさ」

「来年の秋まで須藤と普通に接しろって事か?我慢できるかな俺…」

 既に若干やらかした感があるヒロ。本当に自身なさそうだった。

「大丈夫だよ。波崎いるから」

「そっか。そりゃそうだよな」

「どこが納得できる材料なのか俺にはさっぱり理解できないが、お前が平和だと言う事だけは解った」

 ちくしょう、リア充が。

「緒方君、なんか親の敵を見るような目になっているけど、大丈夫かい?」

「あ、うん。問題無い。で、具体的には、これからどうしたらいいんだ?」

 槙原さんの提案を飲む形で、指示を仰ぐ俺。

 頭が残念な俺には、作戦なんて考えるのは無理だ。

 だから信頼できる仲間に精一杯頼ろう。

 そして、やれる事を精一杯頑張ろう。

「うん。取り敢えず今まで通り。情報収集。証拠集め」

 それだけ?

 不安な表情をしたのだろう。槙原さんは優しくも悪戯な笑顔を向けて言う。

「まだ時間に余裕があるからね。隆君は今と同じように、須藤から情報引っ張ってきてくれたらいいよ…いや、逆か…須藤から情報を得られるのは、隆君にしかできない」

 そうだな。俺くらいだろうな。朋美の家に入れるのは。

「で、少しでも気になった事があったら、必ず私に言って。隆君は絶対に他で動かないで」

 …真剣だ。怖いくらいに。

「いいけど…代わりにちゃんと教えてくれよ?」

「ん?何を?」

「進行状況。何も知らないのは不安だからさ」

「あ、そうだよね。じゃあ、現在のこっちの戦力からね、隆君、大沢君、国枝君に私、春日ちゃん、美咲ちゃん、波崎に里中さん」

 わざわざ指を折って数える槙原さんだが…

「里中さんを抱き込んだのか…」

「うん。元々大沢君の友達だっだし。あとは、美咲ちゃんが西高の木村って人と、現在交渉中」

 俺の表情が強張った。

 楠木さん、今日来なかったのは、木村に会いに行っていたからか!!

 しかし…木村と楠木さんは、浅からぬ因縁が…

 そして、木村の協力を得ると言う事は、俺の繰り返しを話すと言う事…

 あんな荒唐無稽な話、果たして、あの木村が信じるのか?

 いや、俺の心配はそこじゃない。

 この件に木村を巻き込んでもいいのか?って事だ。

この件に木村は関係ない、そもそも、裏切って朋美側に付くかもしれないじゃないか?

――木村君は裏切る人じゃないよ。隆も知っているでしょ?

「麻美……」

 振り向き。呟いた。

 同時にヒロ達がざわめく。

「隆、今、麻美って言ったか?日向がいるのか?そこに?」

 俺の後ろに視線を注ぐヒロ達。

「い、いや…」

 誤魔化そうと言葉を探していると………

「居るよ。緒方君の右側の後ろ」

 国枝君があっさりと白状した!!

「ちょ!!国枝君…」

「緒方君、彼女も話に加わりたいようだ。君を一番心配し、助けようとしているのは彼女なんだから」

 ……それを言われると返す言葉が無い…

 俯き、黙ると、国枝君が頷き、みんなの方向く。

「木村って人…緒方君はあまり信用していないようだね。それを彼女が窘めている」

 今のやり取りを解説する国枝君…

 俺は麻美を睨んだ。

――そうだよ。私が頼んだの。私の言葉を伝えてって

 ほう、しれっと言いやがった。俺からは伝わらんと諦めたのか。

「緒方君から彼女の言葉が伝わらない、伝えられない?…ああ…えっと…」

「もう言っちゃえよ国枝君。俺は諦めた」

 丸投げである。寧ろ俺と麻美のいつもを伝えられるんなら、悪い事じゃないと判断しての事だが。

 国枝君は気まずそうな顔をして、再びみんなの方を向く。

「えっと…緒方君にはみんなに伝える能力…要するに、馬鹿だからちゃんと伝えられないからだって」

「そんな酷い事言ったのか麻美いいいい!?」

 能力不足とは前からそれとなく言われていたが、そんな裏があったのか!?

「……なるほど、日向だ。マジで」

「納得すんなヒロおおおおおおお!!」

 昔馴染みの共通感で、何となくだが納得しやがった!!

 ここから弄られタイムに突入か?

 ハラハラし、国枝君の続く言葉を待った。

「えっと、木村って人は、緒方君が元々嫌いなタイプで、和解?したんだけど、信じ切れていない、って」

 成程、と、一同頷く。 

「それならそうと言え馬鹿」

「いや、言いたいんだが言葉にし難いって言うか…」

 言っちゃったら、なんか悪いような気がして。

「あれ?でも、美咲ちゃんの話しじゃ、追い込まれた時に仲良さそうだったって…」

「いや、木村はそこそこ信用しているよ。糞じゃないなとも思っているよ。だけど取り巻きは違うだろ?西高は糞の吹き溜まりだ。木村が裏切らなくても、取り巻きが裏切るかも知れないだろ?

 成程と頷くヒロだが、槙原さんが不敵に笑った。

「違うってのか槙原?」

「うん。このネタは木村君にしか話さないから。彼、口は堅いんでしょ?」

「う~ん…多分、としか答えられないな…」

 多分大丈夫だとは思うが、本当に多分だ。そんなに絡んだ事も無いし。

 繰り返し中は、ぶち砕いただけの関係だったし。

「じゃあ問題無いよね?西高生からも情報欲しいし、なにより彼の組織力が欲しい訳だし」

 西高の人数を狙ってんのか。それを束ねられるのは木村しかいない。と。

「だけど、上手く行くのかなあ…」

 一抹の不安を感じる。

 俺はやっぱり糞共は信用できない。

「不良は信用できない、と言っているようだよ」

「心の中までバすな麻美いいいいいい!!」

 そんな所まで晒されたら、恥ずかしい過去とか思い出せなくなっちまう。

 無になるしか無い。

「……言っていいのかな…春日さんの、えっと…裸が可愛かった……槙原さんの爆乳は気持ちいい。だって」

「だから言うなよ麻美いいいいいいいいいい!!」

 もう嫌だ。もうダメ。

 春日さんと槙原さんを直視できない!!

 なので、チラ見した所、春日さんは真っ赤になって俯きながらも俺を激しくチラ見し、槙原さんは俺に向かって胸を張り、その爆乳を強調させていたのだった。

 ヒロが舌打ちをして話を戻す。

「リア充の変態馬鹿は置いといて、木村ならへた打たねえだろ。俺は賛成だが、楠木が木村を説得できるか?」

 あの場に居たヒロならではの疑問だろう。

 楠木さんは木村を結果騙していた訳だし。

「まあ、何とかなるでしょ。美咲ちゃん、ああ見えて根性座っているから」

「いや、根性云々の問題じゃなくて…」

 木村が楠木さんの話を信じるか、って事なんだが…

「まあ、そんなに心配なら…」

 スマホを開き、誰かにコールする槙原さん。

 相手は直ぐに出たようだ。

「あ、美咲ちゃん。様子はどう?」

 木村と話している真っ最中と思しき楠木さんに掛けていたのかよ。

「うん、うん…あ、そうなんだ?じゃ、待っているから」

 何度か相槌を打って、電話を終えたと同時に俺をみて、ニッコリと微笑む。

「今から連れてくるって」

「うん?何が?誰を?」

「勿論、木村君だよ」

 当たり前だと逆にキョトンとされた。

 俺は何が何だか色々着いていけず、ひたすら首を傾げるばかりだった…

 電話から10分くらいたった。

 呼び鈴が鳴り、お袋がまあまあとはしゃいでいるのが玄関から聞こえた。

 その直後、たんたん、と、階段を上って来る二つの足音。

 ガチャリとドアが開き、入ってきたのは…

「いや~。ごめんごめん。こいつ信じなくてさあ」

 頭を掻きながら困った笑いの楠木さんと…

「……お前、マジで緒方と和解していたのか…」

 今の今まで楠木さんを疑っていた様子の木村だった。

「やあやあ美咲ちゃん、ご苦労様。木村君だよね。寛いで~」

 俺ん家なのに仕切られながらも、木村の座るスペースを開ける俺。

 俺達はマジマジと顔を見合う。

「…お前、よく来たなあ。俺ならなんかの罠だって勘ぐって来ないけど…」

「罠なら居た奴全員やっちまえばいい話だから、そこはどうでも良かったがな。強引に引っ張られて来たってのが正しいが」

 なんかいい匂いがする紙袋をヒロに渡す木村。

「なんだこれ?」

「ファミレスの店員がお前等に持ってけって…何?お前、あそこの店員と付き合ってんのか?」

 中身は多分廃棄間際のハンバーガーとか、ポテトフライとかだと春日さん。

 成程、廃棄するんなら持って帰れのタイプの店か。

 つか、楠木さん、木村とあのファミレスで話したのかよ…

 色々あって居心地悪いだろうに。

 紙袋の中を漁りつつ、楠木さんが言う。

「隆君、この前の話、こいつにしてよ。こいつ全然信じなくてさあ。ファミレスに呼び出すのも一苦労だったんだから」

 アップルパイを発見してご満悦ながらに。

「あんな与太話、信じろって方がおかしいだろ。そもそも俺はお前の事なんざ一ミクロンたりとも信じてねえからな」

 ヒロから受け取ったハンバーガーの包みを無造作に開けながら言う木村。

「こいつ酷いよね隆君!!やっぱ隆くんが一番だわ!!」

「緒方、気をつけろよ。こいつは自分の利の為なら何でもする女だぜ」

 バチバチと睨み合う木村と楠木さん。こいつ等一応元恋人じゃ無かったっけ?なんでこんなに険悪になれるんだ?

「ま、まあまあ…取り敢えず楠木さんから粗方聞いているとは思うが、俺の『繰り返し』の事を話すよ。勿論、信じるも信じないもお前の自由だ」

 俺はあまり乗り気じゃない様子の木村に全て話した。

 信じるかどうか自由とは言ったが、木村には信じて欲しい。

 だから真摯に、真剣に話した。

 一通り話し終え、喉を潤そうとコップに手を伸べた時、木村の表情が明らかに変わっていたのに気が付く。

 どうした?と聞こうとする前に、木村から口に出した。

「…そういや…お前あのファミレスで、俺や的場と話した時…楠木が死ぬ、としきりに言っていたな…」

「あ、あら?信じちゃうの?」

 逆に信じられん…こんな荒唐無稽な話を受け入れたとか。

 暫く悩んだ素振りを見せたが、木村はやっぱり首を横に振る。

「…悪いな、無理だ。オカルトにハマっている奴なら信じるだろうが…」

「だよな!!俺だって」

 信じない、と続けようとしたが…

「半分しか信じられねえ」

「半分も信じるのかよ!!」

 思いっ切り突っ込んでしまった。

「だってよ…」

「うん?だって、何だ?」

「だって、俺がお前に勝った事が無えとか、喫茶店で身を引いたとか、信じられる訳無えだろ?」

「そっちでかよ!?お前が勝った過去があれば信じるのかよ!!」

 オカルト否定みたいな言い方したが、こいつノリノリじゃねえか!!

 糞の吹き溜まりの西高トップに一番近いんだろ!?

 そんなんで、あの糞共を束ねられるのか!?

「で?俺は何すりゃいいんだよ?」

「協力してくれんの!?いや、有り難いけど、もうちょっと考えようよ!!」

 逆に俺の方が動揺するわ!!

「ありがとー木村君。君には須藤の家の事、調べて貰いたいのよ」

「だから!!ちょっと落ちうこうよ!!ポンポン話進めんなよ!!」

「須藤って、さっきの緒方の幼馴染か?須藤組の娘とか…」

「お前なんでそうノリノリなんだよ!!さっきの話、聞いてなかったのか!?俺は何回も死んでんだよ!!俺だけじゃない、国枝君を除いたここに居る人間、みんな死んでんだ!!お前も間違えば死ぬかもしれないんだぞ!!」

 一応俺の叫びが奏したか、場はシンと静まった。

 木村が項垂れて言う。

「そうだな…早計過ぎたか…」

 ホッとした。

「解ってくれたらいいんだ。この問題は…」

「要するに、ウチのモンに、それとなく須藤組の悪事を聞きゃいいんだろ?」

「結局やんのかよ!!」

 突っ込み過ぎて、肩で息をする俺。

 槙原さんが笑いながら俺に話しかける。

「別に木村君に危ない事させるつもりはないよ。西高は…ほら、あんな学校だから、暴力団の噂話が入手しやすいでしょ?須藤を叩くのは、彼女本人だけじゃなく、お家の事まで巻き込もうって事。隆君の話で、娘の我儘沢山聞いているようだからね」

 それは…代議士のお父さんのスキャンダルをネタに取引しようって事か?

 そんな事が可能なのか?

 槙原さんはクスリと笑う。

「そっちの戦略は考えなくていいよ。それは私の仕事だもん。隆君は隆君の出来る事を頑張ってくれたらいいよ」

 木村がそれに相槌を打つ。

「協力っても、踏み込めるトコまでだ緒方。さっきも言ったろうが。半分しか信じられねえってよ」

 半分『も』信じてくれた上に協力まで…

「俺は死ぬ可能性あるから付き合っているだけだ」

 嘯くヒロ…

「私も死にたくないからね。殺したくも無いし」

 と、楠木さん。

「………私は…いいよ。隆君とならどうなっても…」

 怖い事を言う春日さん。

 国枝君に顔を向けると、いつものメガネを持ち上げる仕草をして言った。

「僕が居ないと、日向さんの言葉を、みんなに伝えられないじゃないか」

 ……

 有り難くって涙が出そうになる…

 俺と麻美の為に、みんな…

「だけどタダで協力ってのは勘弁だな」

 木村が切り出したおかげで、零れそうになった涙が止まる。

「はあ?なに?あんた隆くんからお金取ろうって訳?」

 ものすんごい形相で木村を睨んだ楠木さん。

「金なんて取るか」

「じゃ、なに?どっかと揉めたら、隆君引っ張り出すとか?浅ましい男ね」

「薬欲しさに、色んな野郎に股開いていたお前に言われたくねえな」

 再びバチバチと睨み合う木村と楠木さん。慌てて口を挟んだ。

「いいよ!いい!!俺に出来る事なら聞くから!!」

 そうか、と楠木さんから視線を外し、俺を見る。

「緒方、ウチのモンに二度と手ぇ出すな。俺の仲間だけじゃねえ、西高全部だ。大沢、お前もだ」

 それは…自信無い…

 チラリとヒロに横目を入れると、ヒロも自信無さそうに首を捻っていた。

 返事をしないで俯いている俺達に溜息を付き、話を続ける木村。

「なんか腹に据えかねる事があったら、その時は俺に言え。捨て置けない状況になったら、俺の名前を出して引かせろ」

 全く譲歩する気は無いようだ。

 いや、困った。

 大っ嫌いな糞が目の前で悪さしていたら、ぶち砕くだろ普通。

 更に続ける木村。

「これは西高の連中の為だけじゃねえ。お前等の為でもある。俺はこれからお前に協力して、須藤組をそれとなく探る事になる。その巨乳の言う通り、ウチはその手の情報を集めやすい環境にある」

 その巨乳たる槙原さんが、ポンと手を叩いた。

「情報源をなるべく削りたくない?隆君にやられたら入院コースもあるかもだし」

「そうだ。まあ、西高のモンをやらせない為のこじつけみたいなもんだが、こいつ限度知らねえからな。いずれ頭になる俺が報復もしねえとか、ありえねえだろ」

 今は関係ない奴等も、いずれ自分の仲間になる事を見越しての条件か…

 なるほど、それは木村にとっちゃ、大問題だな。

 以前の俺なら笑い飛ばして蹴っていたが、今は何となく理解できる。

 こいつはこいつで守ろうとしているんだろう。

 西高を。仲間を。

 西高の頭にここまで言われたんだ。俺も誠意を以て応えなければならないだろう。

「解った。約束だ」

「ええ~…」

 ……露骨だヒロ。マジ嫌そうな顔すんなや。

 ヒロを睨むと、ガチ面倒そうな顔で返された。

「だって波崎のバイト先で迷惑かけてんだもんよ。西高の奴等よー」

 どうする?と、木村の方を向く。

「…あそこで悪さすんなと言っておく」

「………ちょっと無理かな…」

「うお!吃驚したあ!!」

 ぼそっと発言した春日さんにマジビビる木村。今の今まで存在を認識していなかったようだ。

「春日さん、無理って?」

「………あそこ、結構西高生を出入り禁止にしているけど…バイトの子を待ち伏せしたり、店の前でたむろしていたりで、迷惑行為全然やめる気配無いから…」

「…だってさ、木村」

 これは黙るしか無い木村。全く反論できないで、首を捻るばかりだった。

「波崎も結構待ち伏せされたりしてんだぜ。俺がたまに迎えに行くから、今は無くなったらしいが、それでも他のバイトは被害がある。西高だろうと何だろうと、俺の女狙ったら…後は解るよな木村?」

「…何とか押さえる。だから約束しろ大沢」

「それが違えたら?」

「俺からケジメ取りゃいい」

 そこまでの覚悟があるのならと、ヒロも渋々ながら頷いた。

 つか、そこまでして守る価値がある奴等とは思えんが…

「あ、そうだ木村。波崎は南女だからな。西高の馬鹿共にちゃんと言い聞かせろよ?」

「南女かよ…参ったな…」

 南女も西高被害が結構ある。

 女子高故に狙われやすいのかも知れない。

「解った。そっちも何とかする」

 できんのかよ。とも思ったが、こればかりは木村を信じるしかない。

「頼むぞ木村。全てお前に掛かっているんだ!!」

「……協力するはずの俺の負担がパネエんだが…」

 何となく腑に落ちないようだ。

 気持ちは解る。持ち出した約束が、結果自分の重荷になっちゃったんだから。

「あの…何なら今まで通りにする?お前の仲間だけには手は出さんから」

「今まで通りで協力はしろってか?」

 それを言われるとな…

「じゃ、協力もいいや」

「アホ言わないで隆君。これからは西高の協力は絶対必要なんだから。何のために美咲ちゃんが木村君に会いに行ったと思っているの?」

 それを言われるとな…

「やっぱ頑張れ。木村!!」

 俺には激励する事しかできない!!

「緒方…」

 げんなりする木村だが、なんで普通に断らないんだ?メリットなんて無いのに。

「ウチとしても、お前等みたいな狂犬とやり合わなくて済むならっつう事で、話聞きにきたんだぞ。お前等も我慢しろ。極限まで」

 ああ、メリットはそれか。つか、それしかないよな。

 特に俺相手には。

 だけど、俺もヒロも、取り敢えずは木村とは揉めたくないのは確実で。

 数える程度だが、つるんだ事もあったし。

 ヒロを見ながら言った俺。

「我慢する。力づくで排除はしない。俺達別に正義の味方って訳じゃ無いしな。だけど南女とファミレスには迷惑かけさせんな」

 ヒロが「えええええ…」と、小声で漏らした。

「いいだろ別に。お前は兎も角、俺は西高が単に気に入らないからって理由でぶち砕いていただけだし」

 要するに、この二つ以外の所では、見て見ぬ振りをすればいい。

「んな事言ってもよ、白浜はどうすんだよ?」

「西高が白浜に喧嘩売るか?俺達がどんだけトラウマ植えつけたと思ってんだ」

 ちょっと前まで、顔見ただけでぶち砕いていたんだ。

 少なくとも、関わりたくないくらいには思っているだろう。

「そりゃそうだな。仕方ない。頑張れよ木村」

「だからお前等も頑張れっつうの」

 苦笑いする木村。

 ともあれ、これで決着は付いただろう。

 俺自身、約束を破りそうで、かなあり不安だが。

 夜も遅いしと、集まったみんなが帰った。

 木村以外は。

「なんでいるのお前!?」

 素でビックリした。なので素直に訊ねた。

「仕方ねえだろ。ぞろぞろ帰って、万が一須藤って女とかち合った時、あいつ等はお前のツレって事で誤魔化せるが、俺だけはフォローできねえって巨乳が言うんだからよ」

「だから時間ずらして帰るって訳か…」

 さすが巨乳こと槙原さん。抜かり無さすぎだ。

「で、緒方」

 急ににやけた顔で接近してくる木村。

「なんだよ」

 ぶっきらぼうにペットボトルのお茶を煽りながら返した。

「お前、どれが本命なんだ?」

 ぶぶー!!っと!!お茶を木村に噴きかけてしまった!!

「うわ!!汚ねえなコラァ!!何しやがる!!」

「ゲホゲホ…!!お、お前がいきなり訳解んねー事言うからだろが!!」

 咽ながら切り返すも、動揺したのが丸解りだった。

 こいつと、こんな話をする日が来ようとは!!

「で、誰が本命なんだよ?楠木か?瓶底メガネか?やっぱ巨乳か?それとも…例の幽霊か?」

 タオルでお茶を拭きながら続ける木村。

 答えずに黙っていると、向こうから返って来た。

「楠木と幽霊はやめとけ」

「……麻美は兎も角、楠木さんが駄目な理由は?お前まだ引き摺ってんのか?」

「馬鹿言うな。俺は女に困ってねえんだ。今はそれなりに改心したんだろうが、薬に飢えていた時なんか、そりゃ酷かったんだぜ」

 利用する為には誰にでも抱かれるし、平気で裏切るんだったか。

「俺がどれだけチンピラや売人崩れをぶっ叩いたか知らねえだろ?」

 そう言う取引だったしな。と、いきなり遠い目になった。

「お前の話じゃ、俺はお前に勝った時が無かったようだが、楠木が持ってくる男のトラブルは、みんな俺がぶっ叩いて解決したもんだ」

 暗に負けた事がない。と自慢しているようにも聞こえるが…

「金欲しさにエンコーもやっていたしな。はっきり言って最悪な女だぜ」

 その最悪な女を守ってきたんだろ?

 最悪じゃない所もある、って事も知ってんだろ?

 じゃなきゃ、お前程の男がずっと守っていた筈が無いだろうに。

 だから俺ははっきりと言う。

「誰がどうとか、今は考えられない。正直それどころじゃないしな。だけど全てが終わったら…それまで彼女達がまだ俺に好意を持ってくれているなら、その時に考えるよ。勿論楠木さんも含まれている」

 春日さんも槙原さんも、勿論楠木さんも俺には勿体無い。

 選ぶとか、正直おこがましい。

 俺のどこがいいのか解らないが、気持ちにはちゃんと応えたい。どうしたって一人しか選べないが。

 木村は暫く黙った後、フンと鼻を鳴らして立ち上がった。

「まあ好きにすればいいさ。一応警告しただけだ」

 ガチャリとドアノブを回す。

「帰るのか?」

「もう大分時間も経っただろ。充分じゃねえ?」

 そうか。そうだな。

 見送りにと立ち上がろうとした俺を、手を翳して制する。

「お前馬鹿だろ。わざわざ時間ずらしたのは、須藤って女とかち合った時に俺が居たらマズイからっつたろうが。お前が見送りに出で、それを見られたらどうすんだ?」

 そりゃそうだ。そうだが…

「悪いな木村」

 色々と。

 木村は腕をチョイと上げて、振り返る事もなく部屋から出て行った。

 玄関の開く音も極力静かに。

 本当に気を遣っていた。

 あんな話を信じたばかりか、協力までしてくれ、更に気を遣ってくれて。

「あいつ、マジいい奴だな…」

 ポツリと呟く。同時に現れた麻美。

――木村君、なんだかんだ言って、楠木さんの事気にしているようだったね

「……そりゃそうだろう?仮にも付き合っていた仲なんだ。あの木村が、ただの取引だけで女と付き合う筈が無い」

 女には不自由していない。

 恐らくそのまんま、言葉通りだろう。

 その中で、一時でも楠木さんを選んだんだ。

――楠木さんと言えばさ、恨まれているであろう木村君によく会いに行けたよね

 俺の為にな。

 俺の為に、不快な思いするかも知れないのに、最悪殴られるかも知れないのに会いに行ったんだ。

 そんな所が…

「やっぱお前、見る目あるよ木村…」

 ボソッと呟いた俺。

 麻美がクスリと笑い、そうだね。と同意した。

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