文化祭~006

 翌日も休み。だけど学校には行く。

 文化祭の出し物は、クラス一丸となって挑まねばならないからだ。

 ……と、以前の俺は決して思わなかっただろうなあ。と、遠い目をして、思いに耽る。

「緒方ー。手、空いているなら資材運び手伝ってー」

「おいよー」

 と、今はクラスメイトにも普通に接し、接せられ。だ。

「緒方君、昨日衣装のデザインしてみたんだけど、男子の目から見てどう思う?」

「えーっと、そうだなー」

 と、今はクラス女子にも怖がられていないし。

 まあ、漸く普通に戻りつつあるのだ。

 今までが異常過ぎたので、多少のリハビリは必要だが。

 そのリハビリの一環として、今日はクラスで級友と共に昼飯を食う事にした。

 以前はヒロと、もしくは楠木さん、春日さん、槙原さんと、決まった人と食うか、一人で食うかだったが、みんなでワイワイ言いながら食うのも結構楽しい。

 つか、小学時代もこんな感じだった筈だが、朋美によって孤立させられたんだっけな。

 そう考えると、朋美に対してムカムカが止まらなくなるが、今は我慢の時だ。

「緒方君、何ニヤニヤしてんの?」

 黒木さんに不審がられるも、普通に首を横に降って否定。何でもないよと言って返す事も、今の俺には可能だ。

 つか、以前なら、話しかけられる事すらあんま無かったんだけどな。

「と、言うか、女子が裁縫とか無いわー。私あまり得意じゃないし。緒方君の仕事と変わってよ?」

「黒木さんに角材運びとか無理だと思うが…その前に裁縫なんて技術、俺には皆無だから交代も出来ないけど」

 ああ、良きかな普通の会話。

 今までの修羅の立場がどれだけアホらしいかが解る。

 夜はいつも通りヒロとのスパー。

 今日は春日さんがバイトのシフトの関係で来られないが、ギャラリーがいつもの倍以上になっていた。

 夜の作業を手伝うクラスメイトが増えたのだ。

 セコンドについている国枝君も若干驚いている。

「作業の手伝いは嬉しいけど、この分じゃ明日はもっと増えそうだね…」

 スパーを見て興奮したクラスメイトが、それぞれの友達にメールしたり、電話したりと、宣伝活動していたのだ。

「おい。言っとくが、緒方と大沢のスパーは夜に手伝いに来てくれる奴のみの特権だからな!!タダ見は張り倒して追い出すからな!!」

 蟹江君が夜間特権として、俺達のスパーを売ったー!!

「だが女子は歓迎する」

 吉田君が本心を露呈したー!!

「おい、どうするよヒロ?」

 俺は別に構わないが、見世物扱いはヒロが面白く無いだろう。

 おかしな力技を行使する前に、一応伺いを立ててみる。

 ヘットギアを外しながら答えるヒロ。

「別に構わねえだろ。俺が勝った雄姿を、沢山のギャラリーに観られんのも悪くない」

 全て判定勝ち、しかも僅差のくせにご満悦かよ。

「じゃ、良いよ。蟹江君の言った通りで」

 蟹江君に向かって言ったら、一度頷いてみんなに向かって言った。

「聞いたかお前等。働きに来た奴だけだぞ!!」

 おおー。と小声で了承するクラスメイト。夜だから、近所迷惑を考えての事だろう。

「いや助かった緒方。人手をどうやって確保したらいいか悩んでいたんだ。このままじゃ、日程的にヤバかったからな」

「そんなにヤバかったのか…だけど、役に立てたんなら良かったよ」

 スパーで作業員を呼べるなら安いもんだ。

 じゃあ、明日は派手なKO劇でも見せてやるかな。

 勿論俺のKO勝ちの。

 授業が終わったら家で作業。

 終わったらスパー。

 部屋で朋美の事を話し合い。

 と、多忙な日々を送っている最中、ある日からギャラリーに入っている黒木さんから話しかけられた。

 因みにギャラリーのみに入っている女子はクラスの半分。他クラスの女子もギャラリーに入っている。

 因みに因みに、他クラスの男子もギャラリーOKだが、ちゃんと仕事はしてもらうと言う。

「昨日Aクラスの須藤って子に話しかけられたよ。毎日毎日騒がしいって」

 遂に動いたか朋美…

 俺は涼しい顔で返す。

「へ?でも朋美もギャラリーに参加していただろ?」

「うん…そうなんだけどね。そう言ったら、そもそも緒方君の家に来たのは、この頃うるさいから苦情言いに来たのが切っ掛けだって」

 ……これはなんか探りを入れているのか?それともただの文句か?

 槙原さん曰く、人が多いなら私達の存在が霞むから、これは追い風!!らしいが。

 ならば、朋美の苦情(?)も追い風になるのだろうか?

「ん?でも、朋美の友達の里中さんも来ていた筈だよな?確か二人で。苦情を言う為に里中さんを誘ったってのか?」

 里中さんはギャラリーの中でも、声がデカいから直ぐに解った。

 因みに対極は言うまでも無く春日さんだ。

「さあ?解らないけど、相変わらず我儘だなあ。って思っただけ」

 肩を竦める黒木さん。

 我儘ってか、車で轢かれそうになったくらいだぞ黒木さん。

 まあ、言えないけどな。せめて解決するまでは。

「解った。確かにこの頃人が多くなって、ご近所からやんわりと言われたりしているからな。みんなにちょっと静かにするよう、お願いはしなきゃなと思っていた所だし」

「まあね。私も人の事言えないけど」

 てへへ、と頭を掻く。

 いや可愛い。実に。

 そして少し言い難そうに躊躇って、意を決して言った。

「あの、他校の生徒来ている時あるよね?南女の子。大沢君の彼女なのは解るんだけどさ、私も他校の友達連れてきていいかな?」

 うーん…正直これ以上人が増えるのはなあ…

 だけど、黒木さんには、間接的に協力してもらったようなもんだし…

「…解った。いいよ。でも沢山はかんべんな?」

「そりゃあ勿論!!ありがとう緒方君!!」

 めっさかわいい笑顔になった黒木さん。

 いやいや、惚れそうだよ。マジで。


「うわあ…これはマジで規制しなきゃならないな…」

 ちょっと用事があり、少し遅れて家に着いた俺は、いきなり唖然とした。

 俺ん家の狭い庭に30人以上来ていて、野郎共は蟹江君の指示で、既に作業している。

 夕方の今の時間でもこれだ。夜には女子も増え、もっと人数も多くなるだろう。

「お。緒方。遅かったな?掃除当番か?」

 俺を発見した吉田君が呑気にそう言った。

「いや、まあ…つか、この人数…」

「ああ。おかげで今日中にはここでの作業は必要無くなったよ。後は現地…教室で、微調整で大丈夫だ」

「え?文化祭まで一週間もあるのに?」

 驚愕だ。

 当初の予定では、ギリギリ間に合うかどうか、と蟹江君が言っていた。

 それが一週間も前に終わるとは…

「緒方と大沢のスパーのおかげだな」

「いや…役に立てて良かったよ」

 本当にスパー目当てで手伝いに来たのかは定かでは無いが、赤坂君はギャラリーの女子目当てで手伝いに来ていたが、取り敢えずは良かった…のだろう。

「だけど明日からは学校で作業続行だから、まだ気は抜けないけどな」

「確かに。全部出来るまでは気が抜けないな」

 そう言えば、女子の方はどうなっているのだろう?

 スパー見学で衣装が間に合わないとかなったら本末転倒だろ。

 と、丁度そこに黒木さんが見知らぬ女子を伴って現れた。

「ヤッホー野郎どもー。今日は差し入れ持って来たぞー」

 スーパーの袋を掲げる黒木さん。

 つか、両手に袋を持っている。

 見知らぬ女子も一袋持っている。

 どんだけ買ってきたんだ?

 お金も大変だろうし、逆に申し訳無いのだが…

 その差し入れに群がる野郎共。

 黒木さんと見知らぬ女子は、袋を放り出して、俺の近くに避難してきた。

「うわこっわー!!襲われるかと思った!!」

「いや、それは流石に無いだろ」

 言いながら見知らぬ女子にチラリと目を向ける。

「あ、この子がスパー観たいってお願いした、私の中学の時からの友達」

 ぺこりとお辞儀する女子。実に礼儀正しい。

 スポーティな黒木さんに対して物静かな子だ。

 ……意外と可愛いぞ。

「この子の家、酒屋やっていてね。廃棄寸前のジュース大量にくれたんだ」

「え?じゃ、差し入れのジュースは?」

「そ、この子。ほら、あいさつ」

 せつかれて一瞬戸惑い、しかし再びお辞儀しながら。

「川岸と言います。本日はご無理を聞いて戴き、有難う御座います」

 肩で揃えた黒い髪が、ぴょんと跳ねる、勢いあるお辞儀だった。

 つか丁寧だ。ご無理って!!

「どうかいたしましたか?」

 不思議そうに俺を見る川岸さん。

 慌てて首を横に振った。

「い、いや、ようこそ川岸さん。でもなんでスパーなんか観たかったんだ?」

 どちらかと言うと、古今和歌集とか万葉集とか読みそうな雰囲気だが。

「いえ。私は単純にスポーツを見るのが好きなんです。ボクシングなんてテレビでしか見られないから、楽しみにしていました」

 観戦専門のスポーツ好き、でいいのかな?

「確かに。ここいらの学校じゃボクシング部はないからな」

「はい。私の通っている学校は、ボクシング部は愚か、空手部も柔道部もありませんし」

「へえ。おかしな同好会とか研究会がいっぱいある白浜とえらい違いだなあ」

 因みに白浜にも空手部や柔道部は無い。

 ゴッドハンド研究会やコマンドサンボ同好会はあるが。

「白浜も部活動はあまり無いですよね。くろっきーもラクロス同好会ですし」

「ちょっと、くろっきーはやめて!!」

 黒木さんだからくろっきーか。

 あんま捻りはないが、なかなか面白い。

 恥ずかしそうに俯く黒木さんもなんか可愛いし。

「緒方君、そろそろ…」

 迎えに来た国枝君。

 川岸さんをチラ見。

 驚いた表情で二度見。

 川岸さんは、そんな国枝君に微笑を向けた。

「こんばんは。くにゅえだ君、お久しぶりです」

 礼儀正しく深々とお辞儀し、挨拶をする川岸さん。

 ん?

「くにゅえだ君!?」

 知り合いなのか?それ以前に何そのあだ名!?

 くにゅえだ君、もとい、国枝君は困ったように頭を掻き、溜息を付く。

「そのくにゅえだはやめてくれと、何度言ったら解るんだい?」

 げんなり、と言った感じである。

「あ、私達同じ中学だから知り合いなのよ。特に景子と国枝君は同じサークルだったから」

 ふうん、川岸さんは景子と言うのか。

 それにオナ中か。白浜は俺の中学の学区内に一番近い高校だが、オナ中はヒロと朋美しかいない。

 俺が白浜受けると決めて、他の連中が白浜受験を避けたのだ。

 ………物凄い嫌われようだ…

 あの修羅状態の俺とは関わりたく無いんだろうな。

「いえ、違いますよ。緒方君を避けた訳では無いようですよ」

 ギョッとして川岸さんを見る。

 川岸さんはニコニコして、微かに首を傾げている。

 見た感じ、ただ笑っているように思える。

 だが、何か違和感がある………

 観察するように見ていた俺に…

「ああ。こうすると、よく聞こえるんです」

 ???何が何だか?

 不思議がっている俺の肩を、ちょんちょんと指で突っつく国枝君。

 耳元で、小声で。

「彼女と僕は同じサークルに属していたのを、さっき黒木さんが言ったよね?そのサークルはオカルト研究会なんだ」

 !!何だって?つまり…

「彼女も視える人って事!?」

 頷いて肯定。更に付け加えた。

「僕より上だよ。かなりね」

 驚愕だった。

 国枝君だって相当なものだろう。

 現に、波崎さんも暗にそう言っていた。

 その国枝君の更に上…

「ん?今日はおなじみ三女が居ないね?」

 思考をぶった切る切っ掛けをくれたのは黒木さんだ。

「おなじみ三女って?」

「メガネのレンズが凄い子と、性格変わった子と、物凄い胸持っている子」

 春日さんと楠木さんと槙原さんの事か。

「用事あるんじゃない?自分のクラスの出し物の手伝いもあるだろうし」

 本当はバイトと情報収集と自重だが。

 頻繁に俺ん家に来たら、朋美に勘ぐられる可能性があるからの自重だ。

 現に黒木さん曰くの『おなじみ三女』で、春日さん達が頻繁に出入りしている事はバレバレだし。

 女子の深層心理に詳しい(自称だが)楠木さん曰く「須藤が私達を気にするのは隆君ラブなの知っている為だからイラついてんの」らしい。

 裏で探っているのまでは気付いていない、もしくはそんな余裕は無い。と言う事だ。

「ふーん。でもボクシングはやるんでしょ?」

「スパーはやるよ。練習だし」

 今は人材確保の意味合いが大きくなったみたいだが、練習試合の為にスパーを始めた訳で、その理由が文化祭の準備で練習時間が取れないからの苦肉の策なんだけどな。

「わあ。楽しみです。ボクシング観るの初めてですから」

 ぱちぱち、と拍手する川岸さん。ホントに楽しみにしてくれているみたいだ。なんか有り難い気持ちでいっぱいだ。

「ところで川岸さん」

「なんですか?くにゅえだ君」

「………くにゅえだ君はやめてくれと言ったはずだけど…君、今何か聞こえるかい?」

 探るように川岸さんを見る国枝君。

 川岸さんは首を少し傾げて一つ頷く。

「うん。後でね?解った」

「…そうか、彼女応えたのか」

 安心して頷き、「宜しく頼むよ」と川岸さんの肩を叩いた。

「うん。でも私必要かな?くにゅえだ君一人でも充分だと思うけどね」

「僕にも話せない事は沢山あるだろう?その点君は同じ女子なんだ」

 互いに微笑する二人。

 一緒に居る黒木さんが、素で首を傾げていた。

 

 そんなこんなでスパーが終わり、みんなそれぞれ家に帰って行くが…

「あれ?黒木さんは帰んないの?」

 片付けが終わった後、誰かの忘れ物が無いかチェックしていた時、人が居なくなった頃を見計らったように、車庫の奥から黒木さんと川岸さんが出てきた。

 川岸さんはニコニコしていたが、黒木さんは申し訳なさそうに俯き、上目使いでソロソロと前に出る。

「ご、ごめんなさい。景子がどうしても残るって…」

「あら?くろっきーには先帰っていいと言った筈ですが?」

「帰れる訳ないでしょ!!私が無理に頼んで連れてきたってのに、緒方君に迷惑かける真似されちゃたまんないわ!!」

「迷惑なんて、そんな」

 コロコロ笑う川岸さんだが…

「あんたじゃなくて緒方君にだっ!!」

 みごと突っ込む黒木さん。

 ふうむ、川岸さんは天然さんか。なかなか興味深い。

 しかし、どうしたもんか…

 チラリ、と、今日の面子に目を向ける。

 ヒロ、波崎さん、国枝君、全員困ったように顔を見合わせている。

 正直川岸さんのは話を聞きたいが、黒木さんを巻き込むのはちょっと…

「優、ちょっと槙原に聞いてみろよ」

 ヒロが波崎さんに促した。

「………優?」

 ヒロがヤバいと、焦った表情を一瞬作ったが、直ぐに開き直る。

「波崎の名前だ。別にいいだろが」

「いや、悪くないが…」

 そりゃ恋人同士。名前で呼ぶのは自然だし。

 ……俺なんか恋人になってないのに、名前で呼ばれているしな。

「………今から出て来られる?って」

 波崎さんが槙原さんの代弁で聞いてくる。

 一応聞いてみると、川岸さんが呑気な口調で「はい~」と了承し、黒木さんが何が何だか解らないままに「あ、う、うん…」と頷いた。


 指定された場所へ向かう。

 電車で移動中、黒木さんが不安そうに聞いてくる。

「緒方君、どこに行くかくらい教えてよ…」

 そう言えば、言っていなかったか。

「えっと、べいはんバーガーっていう…」

「え!?あんな遠い所!?ほぼ隣町じゃん!?」

 そうなのだ。てっきり味が普通のファミレスに集まると思ったが、ハンバーガー屋に集合とは、俺も驚いている。

 しかも他のハンバーガーチェーン店ならそんな遠くに行く必要は無いのだが、わざわざそんなマニアックな店を指定するとは…

「確か米粉のバンズを使っている創作ハンバーガー屋さんだよね?美味しいって聞いた事はあるけど、今の時間からわざわざ?」

「いや、食べに行く訳じゃ…」

 多分、朋美や須藤組の方々に発見されるリスクの軽減を狙ってんだろうとは思うが…

「困ったなあ…今から食べちゃ、太っちゃうのに…」

 腕組みしながら、言葉とは裏腹にニヤニヤしている黒木さんだった。

 食べる気まんまんなのが良く伝わった。

 場所はよく解らなかったが、波崎さんが知っていると案内を買って出てくれた。

 つか、直ぐに解った。

 駅の真ん前だったからだ。

 こんな目立つ場所、朋美の目から逃れる為で指定した筈は無い!!

「………槙原さんのお父さんの知り合いの店か?」

「凄いね緒方君!!なんで解ったの!?」

 一瞬ぱちくりとし、大仰に褒められた。

 ヒロが凄い目で睨んでいるが、気にせず続けた。

「何かの無料チケ大量に持ってるとかか?」

「当たり!!いやホント、超凄いよ緒方君!!遙香の事、なんでも知っているね!!」

 いや、確かに知っているっちゃ知っているが。

 伊達に何度も高校生活を繰り返して無いんだぜ?

 ……つか、その繰り返しを終わらせるんだろうが。

 少し自己嫌悪に陥っている俺を余所に、他の人達はハンバーガー屋さんに入って行った。

 因みに先頭は黒木さんだった。どんだけ楽しみにしてたんだよ。

 意外と広い店内。

 カウンター席とテーブル席があり、その一番奥のテーブル席に、槙原さんは居た。

 既に何か食いながら、まったりとしていた。

 その槙原さんに波崎さんが声を掛ける。

「連れて来たよ遥香」

 ん~?と眠そうな眼を俺達に向け、俺に向かって来い来いと手招きをする。

 何だろう?と近寄ってみると、腕を掴まれ、ぐいっと隣の席に座らされた。

「こんばんは隆君。ちょーっと寝不足だから、あんま顔見ないでね?」

「んじゃ、隣に座らせんなよ…」

 行動と台詞の一致が、どこを探しても無いじゃねーか。

「あはは~。そこはほら、乙女の心情ってやつで」

 言いながらヒロ達も席に座らせる槙原さん。

「あ、新しい人~。私の真ん前に座ってね~。親睦親睦!!」

 親睦って、とてもそんな風に歓迎しているような目つきじゃないが…

 寧ろ見定めているような、そんな感じだ。

 因みに槙原さんの真正面に座ったのは川岸さん。その隣は黒木さんだ。

 黒木さんは俺の真正面になった形だ。

「初めまして~。そっちは黒木さんだよね。隆君のクラスメイトの」

「うん。だから初めましては無いわ~。宜しくね、にしよう」

 うんうんと互いの顔を見合って頷く。

 そしてチラッと川岸さんの方を向く。

「こっちは間違いなく初めましてだよね。槙原遥香です。ダーリンがお世話になっています」

「誰がダーリンだ!!」

 ビックリしながらも、ちゃんと突っ込んだぞ。

 つか、慣れたもんだった。何回繰り返しうんたらかんたら。

 川岸さんは姿勢を正し。

「初めまして。北白浜商業高校一年の川岸景子と申します。本日はお招き戴いて有り難うございます」

 ピッシー!!とした美しいお辞儀だった。

 その美しさに見惚れ…る事は無かった。

 お辞儀の最中にメニューボードをガン見していたのを、少なくとも俺と槙原さんは見てしまったのだから。

 やや硬直し、槙原さんが口を開く。

「あ、あはは~。もうみんなの分頼んじゃった。ごめんね~」

「え!?もう!?」

 もの凄い驚いた顔で、槙原さんの方を向いたのは、黒木さんだった。

「うん。無料チケいっぱいあったからさ。だからここはオゴリね。選べないのは勘弁ね」

「いやいやいや。初対面なのに御馳走になる訳には「遥香ちゃん、セット六つ、おまたせ」頂きます!!」

 店のマスターがバーガーセットを運んできたと同時に、美しいお辞儀をした川岸さん。

 つか、さっき遠慮しようとしなかったか?

 つか、もう食い始めているし!!

 一口が小さいので、一生懸命モグモグ噛んでいるし!!

「……ふう。一安心かな」

 その様子を眺めながら、槙原さんが軽く息を吐く。

「一安心?」

「うん。まあ、この様子なら問題ないでしょ」

 何が問題だったのだ?

 俺は正面の二人に交互に視線を送りながら、首を傾げた。

 そんな俺に隣に座っていた国枝君が言った。

「槙原さんは新たなライバル出現を懸念していたんだよ。波崎さんが大雑把に説明しただろうけど、可能性を否定しきれなかったんだね」

「ライバル?何だそれ?」

「そりゃ、楠木さんと春日さんだろ?もう一人、もしくは二人増えるかもって心配してたんだよ」

 呆れられた俺。ジト目である。

 つか、そんな心配いらん!!

「国枝君の言う通り!!でも、色気より食い気が勝っているし、好きな男子の前じゃ、こんないい食いっぷりはないでしょ」

 食いっぷりと言われてもだ。

 正直よく解らん。もっとガツガツ頬張っているなら解りやすいんだろうけど。

「例えば美咲ちゃんなら、もっと可愛く食べるよ」

 それは演技と言うやつか。

「例えば春日ちゃんなら、もっと恥ずかしそうに食べるよ」

 それは確かにそうかも。

 なんとなく納得した所で、俺もハンバーガーに噛り付く。

 もちもちしたバンズ、じゅわっと広がる肉汁!!

 なにこれチョーうまい!!

 俺は男らしくがっついた。

 もう、がつがつ、がつがつと。

 うまかった。マジで。

 ほうっと一息付き、改めて槙原さんにお礼を言う。

「槙原さん。ありがとう。マジ旨かった!!」

「そう?なら良かった。ここ親戚のおじさんがやっているんだ。また食べに来ようね。二人っきりで」

 にこっと超可愛く微笑まれると、一も二も無く頷いてしまいそうになるが、グッと堪えてへらへら笑って濁した。

 みんなを見ると。食い終わったのは俺とヒロだけで、女子達はキャッキャキャッキャしながらまだ半分も食っていない。国枝君は八割ってとこか。

 先に来ていた槙原さんも、その様子を嬉しそうに眺めながらポテトをつまんでいる。

「嬉しそうだな?」

「そりゃあね。自分の身内が経営している食べ物が喜ばれているんだよ。嬉しいに決まっているでしょ」

 そんなもんかな?いや、そうかもな。

 俺の立場だったら、やっぱ嬉しいかも知れない。

 やや時間は経ったが全員が食い終わり、ポテトをつまんだりジュースを啜ったりして寛いでいた。

 見計らったように槙原さんが口を開く。

「ね?川岸さんて、国枝君と同じって考えていいのね?」

 ジュースを啜っていたストローを口から放し、頷く川岸さん。

「はい。そうですね。ですから、大体は彼女から聞いて把握しています」

「つまりは、日向さんがあなたにも助けを求めているって事?」

「はい。と、言うより味方は多い方がいいと言う事でしょうか。くろっきーを先に帰さなかったのも、そういう意味です」

 いきなり名前が出て驚く黒木さん。

「ち、ちょっと?私はアンタが隠れたから引っ張り出そうと…」

 しかし、無視するように、割って入るのは槙原さん。

「黒木さんも被害者だから?」

「そうですね。それに、今一番奴の風当たりが強いのがくろっきーですから、守ってあげてと言う意味合いもあるようです」

 なんか物騒な単語が出て、目をまん丸くする黒木さん。何が何だか理解できないでいる。これは一旦整理する為にも教えてやらないと。

 俺は黒木さんに信じて貰えないかも知れないけど。と前置きし、今までの事を話した。

 一通り話終え、じっと黒木さんを見つめる。

 黒木さんは一度大きく息を吐く。

「いや、流石に無理があるでしょ…それを信じろって言われてもさ…」

 遠慮気味に言ったのは、自分以外がこの話を信じていると言う空気に配慮したからだろう。

 本来ならば、笑い飛ばしていた筈だ。

「まあそうだよな。俺がそんな事言われても信じないだろうし」

 ごく普通の反応だと思った。だから黒木さんの反応を肯定した。

「………ちょっと…マジなの?」

 身を乗り出して、なぜか小声で聞いてくる。肯定したのが信憑性を増したのだろうか?

「くろっきー、今お財布に二千三百十四円入っている?」

 いきなり質問され、戸惑いながらも財布をひっくり返した。

 数えると、二千三百十四円だった。

「………ぴったり…なんで!?」

「聞いたから」

「だ、誰に!?」

「さっき話に出ていた日向麻美さんに」

 真っ青になって茫然とし、俺を見る黒木さん。

 大丈夫か?巻き込まなかった方が良かったんじゃないか?

「は…はは………そっか、景子、私の財布の中、どっかで見ちゃったんだ?そうでしょ?そうだよね?」

 首を横に振って否定する川岸さん。黒木さんは追いすがるように口を開こうとした。

「黒木さん、和英辞典に挟まっているらしいよ」

 いきなり国枝君が意味不な事を言って、黒木さんの動きを止めた。

「な…なにそれ?」

「なんだろ?…うん?鍵?」

 俺の後ろの麻美と会話している。

 これは事情を知らない人は怖いだろ。やめろ麻美。

「!!机の引き出しの鍵!?」

「……そうだって言っている。一昨日から探しているって」

 真っ青だった。もう倒れそうだった。

「麻美、やめろ。受け入れられない人は、こういうのはただ怖いだけだ」

 俺は声に出して言った。国枝君と川岸さんに向けたのもあるから。

 察した二人は、軽く頭を黒木さんに下げる。

 ごめん、と言う意味だろう。

「まあ兎に角」

 一度話をぶった切る為に、別の話題を出そうとした。

 だが。

「川岸さんは、国枝君が何らかの事情で参加できない時に、代わりに麻美さんと話させてくれる人でいいの?」

 あんまり流れを変えない槙原さんの質問だった。

「ち、ちょっと槙原さん?」

「黒木さんが信じないのはいいよ。だけど折角来てくれたんだし、これははっきりして貰わないと。後々困る事になるかもだし」

 ……いや、元々川岸さんはそのつもりで来たんだからいいだろうが、黒木さんはとばっちりだろ。

 せめて家に帰してからでも…

「それに、こうして御馳走もした事だし。黒木さんは少し退屈だろうけど、我慢してね」

 ……無料チケの元を取ろうってか。

 だから巻き込まない代わりに、大人しく待っていろと。

 この遠回りの恩着せの言い回しでは、帰りたいのに帰れない黒木さんだった。

 麻美(幽霊)話の後では、夜に一人で帰れないのだろう。涙目ジト目で俺に訴えている。

 そんなジト目の黒木さんを余所に、会話を続ける川岸さん。

「元々私はボクシングを観る為に緒方君のお家を訪ねたんですが、麻美さんからどうしても協力してくれと頼まれましたので…麻美さんの代弁はくにゅえだ君で充分事足りている筈ですが、なにか私にやって貰いたい事でもあるのでしょう」

「それは確かにそうかもね…なにかやって貰いたい事か…」

 くにゅえだ君を完全スルーして、なにやら考え込む槙原さん。

 流石としか言えん。あれを突っ込まないとは。

「因みに、国枝君とおんなじ力を持っているの?」

「いや、僕より霊感は強いよ」

 代わりに答える国枝君。

 一瞬だが、槙原さんの目が鋭くなったような気がしたが、一体?

「……ふうん…まあいいわ。じゃ、これから宜しくね景子ちゃん」

 いきなりフレンドリーになり、握手を求めた。

「こちらこそ。宜しくお願いしますね遥香っち」

 こっちもいきなりのあだ名!!

「あはは~。いいね。いいね景子ちゃん。くにゅえだ君共々期待しているよ!!」

 ここで突っ込んだ。いや、蒸し返したー!!

 国枝君が微妙に引き攣った笑い顔を作った!!

 俺はこっそりと槙原さんに囁いた。

「川岸さんを引き入れて大丈夫かな?」

 朋美に狙われないかを心配しての発言だ。

 現に黒木さんは俺と二人三脚する事になって、未遂とは言え、車に轢かれそうになったのだ。

「大丈夫じゃないかな。今隆君のお家には沢山人が来ているでしょ?一個人だけなら解らないけど、あんなにいっぱい居たんじゃねえ」

 ギャラリーの一人としか認識しないんじゃないか。と言う事だ。

「でも、これまでの行動で、理屈が通じないっての解るよね?」

 小学生時代、感情まかせで行動して、俺を孤立させるに至った経緯がある。

「今は高校生だから、それなりに理性が働くし、なによりストッパーがいるからね」

「ストッパー?」

「うん。里中さん。暴走しないように宥める役やってるの」

 里中さんが陰で暗躍していたとは驚きだ!!

 いつそんな約束を取り付けたのか?

 今更ながら、槙原さんには恐れ入る。

「じゃあ、黒木さんの事だけど…」

 一応被害者だし、川岸さんの友達だから招き、訳を話したのだが、彼女は巻き込まれたくないと拒絶している。

「大丈夫大丈夫。ここに来たって事は、やるべき事があるからだよね国枝君?」

 いきなり振られるも、メガネを持ち上げて、努めて冷静に答えた。

「そうだね。呼ばれたから」

 一応気を遣ってか、黒木さんに聞こえないように小声だった。

「と、言う事は、川岸さんも呼ばれたって事?」

「うん。やるべき事の為にね」

 川岸さんのやるべき事って何だ?

 国枝君より霊感強いってのが関係あるのか?

 そりゃあ麻美の言葉をみんなに伝える役目は、一人じゃキツイかも知れないけど…

「隆君は気にする事は無いよ。自分に出来る事を頑張ってやればいいんだよ。私生活でもこの件でも」

 それは…そうするしか無いけど…

 と言うか、その口ぶりから、槙原さんは何か気付いたな。

 川岸さんのやるべき事を。

 それからみんなで朋美の件の事を話した。

 情報の集約、と言う奴だ。

 槙原さんは全部集めて管理し、戦略を立てる役目故把握しているが、俺やその他は疎らだから集まったなら丁度いいとの事で。

「木村君から。須藤組のチンピラは表立っての動きは無いようだって」

「そりゃ、須藤の我儘にいつも付き合ってやる程暇じゃねえだろ」

 吐き捨てるように言うヒロ。

 昔は朋美に協力的だったが、今は立派な嫌朋美だ。

 利用されていたってのが腹に据えかねるらしい。

「あ、木村君ちゃんと約束守ってくれているよ。店にも南女にも西高生来なくなったし」

「当たり前だろ。これ以上俺達と揉めたくねえだろうし、この取引は奴にとっては結構渡りに船だったんじゃねえの?」

「いや、彼はやると腹を括ったら突き進むタイプだよ。楠木さんに頼まれた時だって結構悩んだ筈さ。結果引き受けたら役目を全うしたんだろ?」

 少ししか会っていないのに、国枝君の分析は的を得ていた。

 これも霊感の成せる技だろうか?

 その時、すっと川岸さんが挙手した。

「あのう…その西高の方に、北商にも来ないように頼めますか?」

 聞けば、西高被害は北商にもあるらしい。

 男子より女子の方が多いから狙われたんだな。

 つか、西高の奴等って、どこでも誰にでも迷惑掛けてんのな。

「う~ん…その話は隆君が木村君にしてくれるかな?多分一番話聞いてくれるの、隆君だろうから」

「いいよ。しかし西高に秩序齎すのは大変じゃねーか?木村が仕切っても限界あるだろ」

「今は一年生だから物凄く大変だろうけど、二年になったら少しはやり易くなると思うよ。先輩ごっそり居なくなるから」

 まあ、今の二年も木村が掌握しているようなもんらしいし、そうかも。

 暫く西高談義が続くが、黒木さんが俯いて退屈そうにストローを弄っていた。

 そりゃそうだろう。場違い、蚊帳の外、無関係。

 そう言うポジションだ。こんな話はつまらないだろうな。

 俺は財布を開いて中を見る。

 ……一万もある!!

 この頃家が賑やかになって、親父がみんなにジュース買えとか言って、小遣いくれたんだっけ。

 黒木さんと川岸さんが差し入れしてくれたおかげで、そのジュース代が丸々浮いたんだっけ。

「よし、場所を変えよう。幸いここに一万円札がある」

 バーンとテーブルに一万円を張り付けると、おお~。と歓声があがる。

「これで、七人で遊べる所に連れてけ」

 ヒロに向かって言った。

 つか、この面子じゃヒロにしか偉そうに言えないし。

 偉そうと言うのは、アイアムスポンサーだからだ。

 黒木さんが驚いたような顔で俺を見たのはスルーしたが。

「一万か…フリードリンクで一時間のカラオケならいけるか?」

「ちょっと待って。七人で一時間は足りないよ?」

 波崎さんのダメ出しが入りました。

 恥ずかしながらカラオケって行った事無いんだが、一時間じゃ足りないのか。

「うん。確かに七人なら四時間は欲しいよね」

 槙原さんが恐ろしい事を言いました!!

 四時間!?喉潰れねーかそれ!?

「でも、これから四時間だと、帰るのは深夜になってしまうよ。僕達男子は兎も角、女子は駄目だよ」

 確かに…今でも結構な時間だし、これ以上女子を引き止めるのはマズイかな?

「あー。私は平気。深夜勤もたまにするし」

「隆君が家に泊まれって、いつか絶対に言ってくるから、その時に備えてアリバイは確保しているよ」

「いわねーよ!!つか、波崎さん、高校生なのに深夜勤とかするの!?」

 槙原さんの大胆発言に、つい見逃す所だった。

「あ、私も平気です」

「……川岸さん、夜遊びするタイプなのか…」

「いえ、まあ、夜遊びになるのでしょうが、私はオカルトサークル員なので、たまに深夜の活動があったりしますから、そこら辺は親も諦めていますから」

 なるほど。しかしこっちの気は退けるが。

「……え?私?」

 なんか自然とみんなの視線が黒木さんに向いている。

 後は黒木さんが良いと言えば、カラオケに行くような雰囲気だった。

 いや、お金どうすんだよ?

 言っとくが、俺は一万しか持ってねーぞ?

「いや、私はほら、部外者だし…」

 物凄く困った顔で、愛想笑いしながら手を振った。

 その手を掴んだのは槙原さん。一瞬黒木さんがビクッと身を固めたのが解った。

「部外者がどうとか聞いているんじゃないよ?時間大丈夫かって聞いているんだよ?」

 結構な迫力の槙原さんに、押されるように頷く。

「う、うん。まあ、ウチは放任主義だから…」

「じゃ、決まりね」

 もう、惚れそうなくらい、可愛らしい笑顔で言った槙原さん。

 だが、先立つものが乏しい事実が、壁となって立ち塞がる。

 訳では無かった。

 テーブルにバン、と叩きつけた半額チケット。

「七人で一万でもお釣りくるよ」

 おお~と歓声が上がる。

 つか、その財布にどれだけチケット入ってんだ。

 見た目は普通の財布なのに。四次元ポケットにでもなっているのか?

 善は急げとばかりに、ハンバーガー屋から出る。

 しかし槙原さんがなかなか出てこない。

「やっぱ無料チケだけで飲み食いすんのマズかったかな…」

 親戚のおじさんに叱られているのでは?と考えたのだ。

「いや、大丈夫でしょ。実は廃棄寸前のハンバーガーだし」

 しれっと波崎さんが暴露した!!

 でも、そうなら幾分気が楽だ。廃棄寸前とは言え、旨かったし。

「ごめんごめん。お待たせ」

 槙原さんが、なんか晴れやかな顔で店から出てきた。

「遅かったね?」

「うん。ちょっとね。さあ行こう!!もう行こう!!今すぐ行こう!!」

 俺の腕を取って、引っ張って先頭を歩く槙原さん。

 なんか上機嫌になったようだ。

 なら、このまま引っ張られておくか。

 槙原さんに案内して貰って、カラオケ屋に到着。

 店長らしき人が、槙原さんに恭しく頭を下げて、広い部屋に案内する。

 聞けば店で一番広いとか。

 しかし、あの店長の態度…

 俺は恐る恐る聞いてみた。

「槙原さんて、実はお嬢様とか?」

 キョトンとした後、両手をパタパタ振って否定した。

「違う違う。ウチはしがないサラリーマンの家庭」

「そうなの?それにしては、やけに腰が低かったけど…」

「ああ、ここの店長さんて、お父さんに頭上がんないみたい。なんか若い頃に色々助けて貰ったんだって」

 ふーん。と、納得する振りをするが、お父さん何者なんだ?

 沢山持っている無料チケや割引チケって、お父さんから貰ったヤツだろ?

 もの凄い気になったが、既にヒロがマイクを持ってスタんばっている。

 取り敢えず楽しもうか、と、そっとドアを閉じた。

 小一時間程騒いだ。

 俺はこういうのは疎くて、みんなが歌っているのに手拍子したり、拍手したりしかしなかったが、女子の盛り上がりが半端ねー。少し引く程に。

「ふー。喉渇いたー!!」

 超熱唱していた黒木さんが、ソファーに凭れるように座る。

 そして、ごくごくと一気にウーロン茶を流し込んだ。

「あ、もう無くなっちゃった。おかわりもってこよー。緒方君の分も持ってこようか?」

「あ、うん。お願いしようかな…」

「おっけー。アイスコーヒーでいいのよね?」

 そう言ってグラスを持ち、ドア前に立った。

 同時にドアが開く。

「え?あの…ここは私達の部屋ですけど…」

「知っているよ。つか、また増えやがったのか?」

 不機嫌そうな男の声…不審者か?

 立ち上がり、ドア前に行く俺。

「おい。ここは俺達の…え?」

 驚きで固まった。

「だから、知っているって言ってんだろうが。早く入れろよ緒方」

 苛立つ男、それは木村…

 え?なんでこいつがここに来たの?

 全く意味が解らん!!

「やあやあ、待ってたよ木村君。ささ、こっちへ」

 槙原さんが引きずり込むように木村を引っ張り、招き入れた。

 黒木さんはグラスを持って固まり、ヒロ達は唖然とする。

「あ、隆君、木村君のソフトドリンクお願いね~」

「う、うん…」

 槙原さんに促され、ドリンクを取りに行く俺。ついでに黒木さんの分も取ってきた。

 幾ら呆けていたとは言え、それくらいの配慮は出来るのだ。

 戻ってみたら、カラオケ中の筈なのに静かな事。

 木村は見た目がモロだから、初めて会った黒木さんや川岸さんは敬遠するだろうし。国枝君もまだ一度しか会った事が無いから微妙な感じだし。

「ほら。アイスコーヒーでいいだろ」

「なんでもいい。つかお前、どこでもコーヒーなんだな」

 余計なお世話だ。俺はコーヒーが好きなんだよ。

 まあいいや。ところで…

「槙原さんに呼ばれて来たのか?」

「その他にどんな理由があるんだ?電話で済む話だっつうのに、わざわざ呼び出されて迷惑してんだよ」

 仏頂面でコーヒーを啜る木村。

 なんだかんだ言いながら、付き合いがいい奴だ。

 だが、槙原さんに連絡したのには変わるまい。

 何かしらの情報を得たって事だ。

「で、何が解ったんだ?」

 面倒くさいので、単刀直入に聞いてみる。

「流石隆君!!そこまで読めたんだ!!」

 もう、あからさまにワザとらしく感心する。

「つか、槙原さんが呼び出したの、ハンバーガー屋から出る時だろ。出で来るの遅かったからな」

 あのタイミングでしか連絡はできない。

「うん。おじさんからお小遣い貰っていた時に、丁度メール来てね。じゃ、直接言ってもらおうかと。あと、新しい人と顔見せも兼ねて」

「ふーん。小遣い貰ったんだ?」

「うん。私に彼氏できだ記念だって言ってくれたの」

 ……だから、まだ付き合ってねーだろ。

 引き攣りながら苦笑いする。

「そ、そうか。木村、何が解ったんだ?」

 話を強引に戻す。

 槙原さんが残念そうな顔を作ったが、気にしないようにした。

「わざわざ会って話す事じゃ無いとは思うがな」

 やはり不機嫌な木村。

 そりゃそうだ。メールで済まそうと思ったら夜に呼び出し。

 そこキレていいんじゃねーか?俺だったらそこまでしない自信はあるぞ。

 それでも来てくれる木村はお人好しってか、何と言うか…

「お前等もうすぐスパーやるんだろ?対抗戦みたいな」

「あ、うん。何かジムの会長の知り合いが新人に実戦経験させたいらしくて…」

「そこのジムに佐伯って奴がいるのは知っているな?」

 知っているも何も…その佐伯を殺してしまわないように、ヒロが見張り役みたいな感じでジムに戻って来た訳で…

「知らねえ筈は無いよな。佐伯って奴はお前がぶっ殺したいであろう仇の一人。内心楽しみにしているんだろう」

「おい。俺は別に…確かにぶち砕きたいが、今は別の目的があるし…」

 おいおい。黒木さんが俺を狂人だと思ってしまうだろが。

 そんなデマをだ、いや、ちょーっとだけホントだが…

 俺がそんな事を思っていると、それを打ち壊す衝撃の言葉が木村から出た。

「佐伯って奴な。死んだよ。交通事故だそうだ」

 時が止まったように思える程、全てが固まった。

 俺も固まっているのだろうか?

 死んだ…

 交通事故で佐伯が死んだ…

 全く頭が付いていかない。

 ヒロが「マジか…」と漏らしたのが、漸く耳に届き、少し引き戻った。

 木村がポケットから煙草を取り出す仕草が見えた。

「木村君、ここ禁煙室」

 槙原さんの言葉で、更に引き戻される。

「そうかよ。仕方ねえな…で、佐伯を轢いた奴だが、去年須藤組を破門されたチンピラだってよ」

 須藤組…

 朋美…!!

「…………もしかして須藤が…?」

「うん?お前は知らねえ顔だな。新しい奴だな?」

「……あ、うん…黒木……西高の木村君だよね?同級生が西高行ってて、それで…」

「ああ、いい。どうせ陰口聞いたか何かだろ?聞く価値もねえ」

 興味が無いとコーヒーを啜り出す木村。対してしょぼんとする黒木さん。

「取り敢えず、今解ってんのはこれだけだ。明日になったら、もう少し情報も集まるだろう」

 成程、メールだけで済む話じゃないみたいだ。

 まだ何も解っていない。朋美が関わったのかも。

 だが、俺は今、どんな顔をしているのか?

 誰も俺に話し掛けない。あの、繰り返した時のように…

「……どうした緒方?酷ぇツラしてんぞ?」

「……そうかよ。やっぱそんな顔しているんだ、俺…」

 木村に指摘されるまでも無かったが、確認は取れたか。

「今、須藤って女とばったり出くわしたら殺しそうだな?言っておくが、その女が指示した裏は無い。まったくの偶然っつう可能性もある」

 それは…気休め程度の希望だな。

「それに、知り合いのジムって所に佐伯が在籍し、更にお前とスパーをする可能性があると言う情報はどうやって得る?」

「それは…朋美も何回かギャラリーに入った事があるから…」

 ………待て…

 対抗戦の話は確かにしたが、佐伯のジムとやるとは一言も言った事は無い…?

 ヒロ達もそこら辺はかなり気を遣っていたから、うっかり口を滑らせたとかは考えにくい…

 じゃあ、ホントにただの偶然なのか…?

「偶然とは思えないよね。轢き殺したのは予想外だろうけど」

 槙原さんの発言。全員そちらを見た。

 ジュースを一口含んで喉を潤し。続ける。

「隆君のお家に、沢山の人が出入りするようになった理由は、調べればすぐ解るでしょ。どこのジムとやるかは、隆君のジムの人から聞けば直ぐに解るし、そのジムに在籍している人も調べれば簡単に解る。ただ、須藤がそこまでするかって言えば、そこは疑問だけど」

「だよな。須藤は別に計算高いわけじゃねえし、対抗戦も今回初めてじゃねえから、そんなに気にするとは思えない」

 ヒロの返しに頷く。

 調べるのは簡単だが、調べる手間は掛けない。そこは同感だ。朋美は感情で動くからな。

「……ふうん…成程…」

「ああ、そうか。そういう意味があるか」

 国枝君と川岸さんが、同時に得心がいったとばかりに頷いた。

「お前は国枝っつたか。確か緒方の幽霊と話ができる奴だよな。まさかその女もか?」

「うん。川岸さんもそっち系だよ」

「どおりでな。二人同じタイミングで納得した訳だ。緒方の幽霊から何か聞いたな?」

 木村が見定めるような目で二人を見る。

 その目は失礼だろが。

 思わず拳を握り固めてしまった。

 いかん…ちょっとムカムカが大きくなっている…

 素直に反省し、拳を緩め、二人の言葉を聞く。

 木村の目に気付いていないのか、敢えて無視したのか、川岸さんはいきなり話し出した。

「好きな人が夢中になっている事で、結果残したら嬉しいよね」

「……どういう事だそりゃ?つかお前、どこ見て話してんだ?」

 首を傾げながら俺…いや、俺の後ろを見ている…

 そうか。木村を無視した訳じゃないんだ。麻美と話している最中なんだ。

「木村、ちょっと静かにしてろ。今会話中みたいだから」

「会話って…お前の幽霊とか?そりゃあ…うん。邪魔は良くないな」

 大人しく従い、コーヒーを煽る。

 こいつ、もしかして、お化けとか怖いのか?

 もしそうなら凄えウケるんだけど。

 掃き溜めの西高の有名人が、お化け怖いとか!!

「なにニヤニヤしてんだ緒方?」

「あ、いや、何でもない」

 やべえ、笑っていたのが顔に出ていたのか。

 一先ず厳しい表情を作り、やり過ごす事にしよう。

「今、川岸さんが彼女と話しているんだけど、僕から説明させて貰うよ。須藤さんはスパーリングのギャラリーに来た時に、対抗戦がある事を知ったようだ。それは彼女が見ていたから間違いは無いって」

 麻美が見ていた…

 つか、その時何で言わないんだ?

 規制ってヤツがまだ働いているのか?この期に及んで?

「で、その対抗戦で緒方君が勝てば嬉しいだろうと、須藤さんなりの善意で調べたそうだ」

「ちょっと待て。須藤の善意で隆の練習試合調べるって、どういう意味だ?」

「スパーの相手にお金を渡して負けて貰う。八百長を頼もうとしたんだよ」

 一度は治まったムカムカがぶり返す。

 八百長だ?俺が負けるか!!しかも佐伯相手に!!

「調べ方は、さっき槙原さんが言った通りだね。ジムの人から相手ジムの名前を聞き、そのジムに行く。まあ、最初は偵察程度で行ったんだろう。でもそこで見てしまった。知ってしまった。佐伯が選手で出る事を」

「ふん。それで破門したチンピラに殺させたかよ。須藤って奴は随分狂っているな」

 木村も胸糞悪いのか、吐くように言う。

「これも槙原さんの言った通り。黒木さんの時と同じ事を狙ったと思うよ。いくら須藤さんでも、いきなり殺そうとは思わないだろうし」

 つまり、予定より強く撥ねて、運悪く死んだ…

 聞けば聞く程ムカムカする…

 場に居た全員が、ある種の嫌悪感を抱いただろう。

 麻美と話している国枝君、川岸さんを除いては。

 しかし黒木さんだけ真っ青になり、震えていた。歯をカチカチ鳴らして。

「ど、どうした黒木さん?」

 俺の言葉で、尋常じゃないその様子に、みんなが気付いた。

 目に涙をいっぱい溜めながら、俺を見るなり言う。

「す、須藤は私も轢こうとした、って言ったよね?一歩間違えたら…」

 ああ、そうか。

 さっき一通り説明した時、信じきれていない、と言うか、どこか他人事のように感じていたのが、今の話で一気に信じざるを得なくなったのか。

 それで急に怖くなったんだな。

「す、須藤はまだ私を狙っているのかな?警察に相談した方がいいのかな?」

 もう必死だった。

 縋れる物には全て縋る勢いだ。

「ん~、現在の隆君じゃ、須藤が個人を狙うのは、ちょっと無理だよ。隆君の周りには沢山の人間が集まっちゃったから」

 発言した槙原さんを高速で見る黒木さん。やはり必死だ。

「ど、どういう事?」

 問われた槙原さんは一度頷き、話を続けた。

「隆君は須藤のAクラスでも、ちょっとした人気者になっているし、好意を持った子も確実にいるだろうし。消すには多過ぎるから、滅多な事じゃ手は出せないでしょ」

 好意を持っているかどうかは解らんが、夏休み前の俺ならば、ヒロ以外と行動したら、かなり目立っただろうな。

 槙原さん、楠木さん、春日さんが今までスルーされていたのが不思議なくらいだ。

「で、でも私、体育祭で二人三脚する事になったから狙われたって…」

「今はほら、スパーのギャラリーで女子もかなり来ているから。ギャラリー中に須藤に嫌味言われたのだって、単に顔を知っていただけだからだろうし。それに、さとちゃんが上手く宥めているしね」

「槙原さん達は?何かやられてないの?」

「そりゃもちろん。言われているよ。普通に嫌味とか」

 え?そうなの?知らんかったよ…つか、何で無事なんだ?

「え?じゃ、なんで無事なの?」

 俺と黒木さんの疑問が一致したようだ。

「そりゃ、私『達』が本気だからだよ。本気の私達とガチでやるなら、殺しかねない。麻美さんのようにね」

 麻美!?

 ここで麻美の名前が出てくるのか?

 驚いたと同時に、麻美の温かい気配が、俺の後ろから立ち昇った…

 多分その気配に気付いたのは俺だけだろう。証拠に誰も反応はしない。

 槙原さんが話の続きを進めるのも、証拠の一つだろう。

「須藤に雇われた先輩達は、やり過ぎて麻美さんを矢面に立たせてしまった。結果不幸な事故が起った」

「……つまり、やり過ぎちゃう可能性があるから手を出せない?」

「そう。怖いのよ。また人を殺しちゃうのが。色々姑息な事している割には小心者だよね~」

 あはは~と笑う槙原さんだが、怖いだろ普通に。

「だが待て。巨乳の論が正解なら、佐伯はくたばらねえんじゃねえか?」

「だから、殺せとは命令してないでしょ。詳しい状況が解らないから、今は多分と付け加えるけど」

 巨乳はスルーか槙原さん。

「まあそうだな。その点は同感だ」

 俺も槙原さんの巨乳には同感だ。

 ……さっきまで温かかった麻美の気配が、急激に冷えたのは気のせいだろうか。

「あの」

 さっきまで麻美と話をしていて、輪に入っていなかった川岸さんが挙手した。

「な、何かな?」

「うん。西高の人にお願いがあります。少し発言宜しいでしょうか?」

 木村は一気にうんざりした顔になったが、言えと顎を杓った。

「有り難うございます。私の学校は北商なのですが、西高の生徒さんが度々訪れては、女子に絡んで困っています」

「北商か…南女と同じ狩場だな…」

 困った顔だ。南女とファミレスにはちょっかい出さないように、糞共を押さえ付けているであろう木村。

 加えて北商もとか、かなりキツイだろうな。

 だが飲んで貰わなければならない。俺って基本的に糞は大っ嫌いだし。

「木村、西高の糞共にだな…」

「解っているようるせえな。いずれ何とかしなきゃならねえ問題だったんだ。お前に言われるまでもねえ」

 どうやら快く応じてくれたようだ。

 非常に面倒そうな顔をしているが、快く応じてくれて助かったよ木村。

 まあ頑張れ。お前の学校だし。

「兎に角、明日情報入ったら巨乳にメールしとく。そして、いちいち呼び出すな面倒くせえ」

「いや、呼び出したのはきょ…槙原さんだが…」

 なんか俺のせいで仕方なく来たと言わんばかりだな。

 そんな事を考えていたら、木村が徐に立ち上がった。

「どうした?トイレか?」

「帰るんだよ。用事は終わっただろ」

「帰るって…」

 カラオケに来たのに歌わずに?

「お前等だって、カラオケどころじゃねえだろ」

 言われて周囲を見ると、殆どの奴がどんよりし、何か考えていた。

「……そうだな。人ひとり死んだんだ。カラオケどころじゃないな」

 それに事故とは言え、そこまでやった朋美に対しての恐怖感か…

 意識せず、平常だったのは槙原さんと川岸さんだけ。

 この二人、凄いわ。

 ドアを開ける木村。立ち上がり、頭を下げる川岸さん。

「あの、お願い聞いて戴き、ありがとうございました」

 振り向きもせず、ただ右手を上げて、其の儘ドアを閉じる。

 足音が徐々に遠くなる。

 本当にただ報告だけに来たのかあいつ。

「………私も一歩間違えたら…」

 黒木さんがポツンと漏らした。

 一歩間違ったら死んでいた。殺されていた。

 それも、たかが二人三脚の相手になっただけで。理不尽な嫉妬によって。

「黒木ちゃん。そんなに神経質になる事無いよ」

 いきなりフレンドリーになる槙原さん。

 俺達は知っているが、黒木さんは困惑気味だ。

「黒木ちゃんは一度警察沙汰まで行ったんだから、いくら須藤が直情馬鹿のノータリンだとしても、二度目は無いでしょ。なんかあったら細かく詳しく調べられるし」

 所謂足が付くというヤツだな。

「それに、今回破門したチンピラを使ったのも、多分今まで事件事故を揉み消したお父さんから叱られたからだと思うし」

 成程、つまり……………

「どういう事?」

 全員がコントのようにこけた。まるで示し合わせたような、見事な統一感で。

「……もしかして、気付いてないのは俺だけ?」

 これまた、全員が寸分の狂いも無く同時に頷いた。ちょっと寂しい。

「あのな、日向の件から、もしかするとそれ以前から、須藤の頼みを代議士で組長の須藤の親父が、組のモンにやらせて、それを揉み消しているってのは、確かにまだ疑惑の段階だが知っているな?」

 ヒロの分際で俺に優しく説明するとは…

 だが、屈辱だが、ここは大人しく頷こう。

「えっと…多分だけど、前回の黒木ちゃんの事故は隆君が写メした示談書とお金から考えるに、須藤がお父さんに内緒でやった事だと思う。理由は阿部を使ったった事。お父さんに頼めば、組の人にやらせる筈でしょ?素人にやらせる筈はない。重大な間違いが起こる可能性があるから」

 やはり槙原さんの声の方が、素直に耳に入るな。

 俺は正真正銘、素直に頷いた。

「多分だけど、須藤さんは黒木さんの事も、お父さんに頼んだんじゃないかな?だけど断られた。これ以上面倒みられん。みたいな感じで」

 成程、国枝君の補足で、俺の残念脳にも漸く繋がって来たぞ。

「だから阿部を雇ったのか」

「そう。今回佐伯って奴を殺しちゃったみたいな間違いが起こる前に、もうやめろと言われた筈だよ。それでも嫉妬に狂ってやっちゃった。そしてうまくいった。なら、佐伯も同じ手口で入院くらいはイケるんじゃね?と。そしてこの惨状」

 ホントにみんな何となくだが理解してんだな!!波崎さんまで丁寧に説明してくれるとは!!

「流石にお父様は揉み消すでしょう。殺人を犯した娘を助ける為に。しかし直接手を下していないとは言え、日向さんを含めて二人目です。今後一切、おかしな真似はさせないでしょう。それこそ監視を付けてまで」

 なんと川岸さんまで!!

 だがしかし、これ以上手は出せないってのは理解した。

 あくまで仮説が前提だが、恐らくそれは正しいに違いない。

 俺は精一杯頼もし気な表情を作って黒木さんに言った。

「黒木さん、聞いての通りだ。大丈夫、問題ないよ」

「うん。そうだね。完全に憶測だけど」

「でもまあ…麻美も何も言わないし、多分その通りだよ」

 麻美が背中を押している。微笑みながら頷いている。

 だから間違いは無い。

「……その麻美さんて、緒方君の傍に居るのよね…何年、と言うか、何回もやり直して?護っている、じゃなくて導いている?」

 導いている?そうなの?

――それはちょっと大袈裟かなあ。バッドエンドに行かないようにしているだけなんだけど

 照れ笑いしながらの否定。

 だがそれは、まさしく導いているだろう。俺を生ある未来へと。

「まあね。実際助かっているし」

 麻美は否定したが、俺は肯定する。

「そっか。うん」

 黒木さんが何やらほんわかして頷いた。

 なんだろう。何かのツボにハマったのか?

 そして俺、と言うより俺の後ろを見ながら、そこを意識しながら言った。

「私に何が出来るか解らないけど…私が必要だからここに招かれた…んでしょ?じゃあこれから宜しくね麻美さん」

 宜しく。と、笑いながら返した麻美…

 つか…

「え?いいの?不安感じない?」

「不安と言えば不安だけど…多分こっち側の方が安全だからね」

 確かに。朋美も大人しくなる筈だし、こっちは多方面から色んな情報貰っているし、安全だろう。

 つか、最初はそれが目的で誘ったんだっけか。

「やあやあ。同志よ。これから宜しく」

 槙原さんが馴れ馴れしくも握手を求めた。つか、もう手を握っていた。

「うん。マジで何が出来るか解んないんだけどね」

「いやいや。味方は一人でも多い方がいいでしょ。もっとも須藤には味方はいないけど。面倒なバックがいるだけで」

 あはは~と、今日一番の笑顔を見せる槙原さん。

 その場が笑いに包まれる。

 しかし、もしかしたら、全員本心で笑っていないのかも知れない。

 朋美は『また』人を殺した…

 その揺るぎ無い事実が、みんなの心の奥底にあるのだ。

 正直笑えないだろ………

 その後は時間が来るまで他愛の無い雑談をした。

 誰もマイクを取ろうとしなかったのだ。

 不謹慎だど、皆何となく感じたのだろう。俺もそう思ったから。

 もうちょっとで日付が変わる時間での帰り道、ふと思い出した。

「あれ?俺お金使って無いぞ?」

 支払いした記憶が一切無かった。

 念の為財布の中を見てみると、諭吉さんが神々しく鎮座なされていた。

「ああ。お前歌わなかったからな。仕方ねえから省いた」

「省いたって…何?」

「割り勘の人数からに決まっているだろ」

 衝撃の事実!!いつの間にか割り勘になっていたとは!!

「え?だって俺が誘ったんだし…」

「誘ったって、歌ってねえ奴からどうやってカラオケ代請求しろと言うんだ?おごりたかったら、お前も歌えば良かったんだ」

「だ、だってドリンクも飲んだし…」

「ああ。木村君もドリンク代置いていったんだよね。申し訳ないけど隆君、ドリンク代彼に返しておいてくれる?」

 俺の手を引き寄せてチョコンと五百円玉を乗せた槙原さん。

 つか、木村まで割り勘しやがったのか?

「ち、ちょっと待って!!木村まで置いて行ったんなら、俺は尚更だろ!!」

 何が何でもお金を払おうとした。超心苦しかったからだ。

「ちょっと待ちなよ緒方君。お金は一人当たり五百円程度だったんだから、一万円も必要なかったんだよ」

 財布に手を当てて払おうとした俺を止めていた国枝君から、再び衝撃の事実が!!

「え?な、なんで?」

「勿論、槙原さんの割引きチケットのおかげじゃないか」

 槙原さんに目を向けると、ニコッとしてVサインを向けられる。

「因みに学生は八割引きだったよ」

 八割引き!?そんなドリームチケットが存在するのか!?

「ついでにフリードリンク無料券も併用しました!!」

 敬礼し、言いきった槙原さんは、実に誇らし気だ。

 つかすげえ!!何がすげえって、学生八割引きチケとフリードリンク無料チケを併用できる店がすげえ!!

 絶対採算取れないだろ!!

 しかし俺だけ金払わないのは気が引けるな…

 黒木さんと川岸さんを招待した手前もあるし、その彼女達は金払ったんだろ?

「気に病む事は無いですよ。楽しんだのは事実ですし」

 川岸さんに先回りで言われた。

 俺が何を考えていたか解るのか!?

 霊感強い人はそうなのかな…

「いえ、日向さんから聞きました」

「だから麻美いいいいい!!ポンポンと俺の心を暴露すんなや!!」

 地団駄する勢いで、いや、実際したが、麻美に全力でアピった。

「まあまあ緒方君。君は大沢君と日向さんくらいしかイジれないんだから、ここは甘んじて受けるべきだよ」

「俺まだ凶悪なイメージあんの!?」

 それはショックだ。ショボーンとしてしまう。

 そんな俺に国枝君がいやいや、と訂正してきた。

「これからは大人しくなるであろう須藤さんだけど、他の女子達にイジられる君を見たら穏やかでは無いだろ?」

 まあ…そうなのかな?嫉妬が上回って何かされるかもって事だろ?

「まあ、槙原さん達は兎も角、なるべく事を荒立てないようにって事だよ」

「うーん…やっぱ朋美の息の根を止めなきゃ、俺は解放されないのか…」

 すなわち『また死ぬ』。そして次は無い。今回がラストだ。

「でも、具体的にどうすんの?まさか本当に亡き者にする訳にもいかないでしょ?」

 黒木さんの疑問に答えるのは槙原さんだった。

「須藤の悪行の証拠をがっちがちに固めて、警察に捕まえて貰おうかな。と」

「でも、お父さんがアレでソレなんでしょ?」

「うん。まあ、その辺も考えてあるから。心配しないで」

 コロコロ笑う槙原さん。頼もしいが、怖い!!

 せめて何を考えているのか聞きたかった!!

 

 

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