海にて~005
ほぼ全員がダッシュでコテージに避難する。
結構濡れてしまった。それ程強い雨だ。
「……バーベキューのコンロとか取り込んでないけど…」
「まあ仕方ないよ。片付けは明日にしよう」
コックリ頷く春日さん。タオルを俺に渡す。
「……いっぱい濡れてるよ?」
受け取らない俺(春日さんが使っていると思ったからだ)に、こしこしと軽く髪を拭いてくれた。なんかいいな。こんなの。
「緒方は全員避難するまで外に居たからな」
木村が御苦労さんとばかりに缶コーヒーを寄越した。有り難く頂こう。
風で飛びそうな物は片付けないといけないからな。こればかりはしょうがない。
「……ごめんね。一人でやらせちゃって…」
申し訳なさそうに俯く春日さんに、俺は慌てて手をバタバタと振って否定した。
「たまたま俺が一番近くにいたからだよ。春日さんだって、みんなの分のタオルを用意してくれただろ?」
春日さんはコテージ入り口に一番近くに居たので、一番に避難できた。そしてみんなの分のタオルを速攻で用意したようだ。
今、みんなが身体とか拭いているタオルは、春日さんが用意した物か。
「そうそう。隆は脳筋だからな。それくらいはやらないとな」
憎まれ口を叩いたヒロ。こいつは何もやってない。ただ避難しただけだ。
だが、その憎まれ口が有り難い。春日さんも少しは申し訳無さが薄れた筈だ。
だって何にもしてないヒロがそう言ったのだ。内心、お前が言うなと思っているだろう。因みに俺は全力でそう思っている。
「お前は何もしてねえだろうが」
ほら、木村なんかちゃんと口に出しているぞ。
「お、俺はコンビニ袋を二つ持っていたから…一つは花火だし…」
花火は雨厳禁だからな、仕方ない。って、その花火の袋、黒木さんが持っているし!!
「おいヒロ、花火は黒木さんが持っているぞ!!」
「あ、あー…ほら、お菓子の方は俺が…」
「そっちはお前の女が持っているじゃねえか」
よくよく見ると、もう一つの袋は波崎さんが避難させた。と言うか持っていた。
ヒロはただコテージに逃げ込んだけだった!!
「しかし、こんな天気になったんじゃ、外では遊べないね」
濡れたシャツが身体にへばりついて、爆乳がより強調された槙原さんだが、暗くて良く見えない。勿体無い。
「花火したかったけど、しょうがないね」
その花火を守りながら言う黒木さん。まあ、雨だからな。
「じゃあもう寝るか。早いけど」
俺の提案は全員一致で却下された。九時に寝るとか有り得ないだの、どこの爺さんだのと言われ放題だった。
「じゃあ何するっつうんだよ?何もできないだろ?」
ムッとして言い返す。黒木さんが小声で返した。
「胆試しとか…」
「どこで?雨だろ?このコテージ内でか?胆は冷えねーし、雨で身体が冷えているつうの」
もう返しも刺々しかった。
「コテージ内での胆試しは無理じゃ無いよ」
言ったのは川岸さん。ちょっと待って。洒落になんないから!!
「どう言う事?」
楠木さんが食い付いた!!いや、マジで彼女の場合、洒落になんないからヤメテ!!
川岸さんは得意そうに、人差し指を振りながら言う。
「このコテージに幽霊が住み着いているのよ。その場所を……うん?」
全員川岸さんから離れて隅に固まった。国枝君以外は。
「川岸さん、あまりそんな事を言うのは…」
「なによ?くにゅえだ君だって知っているんでしょ?あのトイレの前の部屋に…」
「だからそれ以上は言うな!!」
たまらず俺が飛び出して、それ以上言うのを阻止した。
だが、女子達はもうカタカタ震えるだけだった。
雨も降ったし、寒いのも手伝ったんだろうけど。
丁度良いタイミングで雷が鳴り、稲光が走る。
「きゃああああ!!」
「わあああああ!!」
「…………………………!!」
楠木さん、槙原さん、春日さんが、俺に飛びつき、抱き付いてきた。
頑張って踏ん張ったが、軽いとはいえ女子三人の全力…あえなく床に下敷きになる。
「ち、ちょっと退けて…」
「怖いいいいいいいい!!」
「寒いいいいいいいい!!」
「………………………………………!!」
駄目だ、聞いちゃいねえ。
柔らかくて気持ちいいが、今回の死因は圧死とか、全く洒落にならん。
強引に上体を起こし、どうにか圧死からは逃れた。
相変わらず三人にしがみ付いたままだが、これはこれで役得で良い。
そう言えば、明かりも点けてないが…
「おいヒロ、電気付けてくれ。俺は動けん」
「わりぃな。俺も無理だわ」
そんな事を言いやがるので、ヒロの方に視線を向けると、あいつも波崎さんにしがみ付かれていた。
しかも鼻の下が究極に伸びきっている。あの状態でヒロに動いてくれと頼んでも、却下されるだろう。つか、波崎さんって霊感あるんじゃなかったっけ?幽霊が視えようが、怖いモンは怖いのか?
じゃあ木村にでも…と、思ったが、こっちは案の定と言うか想定内と言うか、黒木さんにしがみ付かれていた。だが、木村ならば動いてくれるだろう。
「おい木村、電」
「怖いよ~!離れちゃいやだ!!」
……黒木さんの演技バレバレな言葉に、俺の頼みは掻き消された。絶対怖くないだろ。
じゃあ川岸さんか国枝君に、と思ったら、あの二人は既にスイッチをパチパチとやっていた。浮かない顔で。
「ど、どうした?国枝君、川岸さん?」
ゆっくりとこちらに振り向く二人…無駄な溜めが怖いんだけど!!
「……電気点かない…」
「ええ!?」
「このコテージだけじゃ無いようだね。辺りが真っ暗だ。どうやら停電しているらしいね」
辺りって…この辺はド田舎だから、明かりが届かないだけなんじゃ…
ともあれ、心霊現象じゃなくて良かった。
三人にしがみ付かれながらも、馬力を振り絞って立ち上がり、どうにか窓に視線を向けた。
「……街灯も点いてないな…」
マジ停電か…困ったな…
柔らかいし、いい匂いするし、気持ちいいが、いかんせん暑い。
せめて拘束(?)だけでも解いて貰いたいんだが…
「でもまあ、直ぐに復旧するでしょ」
楽天過ぎるだろと突っ込みたいが、この手の停電なら、掛かって十分くらいだろ。
それまで柔らかいのと、いい匂いなのと、気持ちいいのを堪能するのも悪くない。
「あ、街灯が灯ったよ」
早いな!!いや、いいんだけど!!
再びパチパチとスイッチを弄る二人だが、明かりは点かない。
「ど、どうした?」
「……このコテージだけ停電って事は無いと思うけど…」
「この建物だけ電気点いてないの!?」
頷く二人。
「ブレーカーが落ちたかな?ちょっと見て来るよ」
ダッシュする国枝君。多分入り口付近にブレーカーが設置してあるんだろう。迷いなく玄関に向かった。
程なくして戻って来た国枝君だが、明かりが点いていないが…
「ブレーカーじゃないね。どこかの線をネズミが齧ったのかも…」
「え?それじゃ漏電しているんじゃ?」
火事になるんじゃね?それマズイよ!!
「ま、槙原さん、此処の管理人さんに電話した方がいいんじゃない?」
「ん?ん~ん…」
なんか唸りながらも離れない!!
おい!!いつからだ!!抱き付いているのが目的に変わっちゃっているぞ!!つか、停電如きで怖がる槙原さんじゃ無いよな!?
そんな槙原さんを強引に引っぺがす川岸さん。
「漏電している可能性あるんだから!!火事になってからじゃ遅いんだよ!!そんな真似をしている暇は無いでしょ!!」
そりゃそうだという表情をして、渋々と俺から離れる。
そしてスマホを取り出して、どこかに電話した。
一人離れて少しは自由が利くようになった。
「楠木さん、ちょっと離れて…」
「え~?」
お前もかよ!!停電に怖がるキャラじゃねーもんな!!
「春日さん、春日さん」
「………」
こっちは返事もしねー!!こうなったら力技だ!!
強引に立ち上がり、強引に腕を振ると、きゃん、と可愛い悲鳴と同時に離れた二人。御不満な表情だった。
それに突っ込んでいちゃ、朝になっちまう。
「おいヒロ、木村、懐中電灯探そうぜ」
「お、おう。おい、離れろ」
腕を突っ張り、黒木さんを引き剥がす木村だが、ヒロはデレデレして波崎さんを離そうとはしなかった。
文句を言おうか、と思ったが、波崎さんが微かに震えているので、ガチに怖がっているのを察し、其の儘にしておく事にした。
さて、どこを探そうか。
槙原さんに聞けば心当たりくらいはあるんだろうけど、今は生憎と電話中だし。
「緒方、戸棚にはそれらしき物は無いそうだ」
「あれ?まだ開きもしないで、なんで解る?」
「もう国枝がチェック済みだとよ」
おお…流石国枝君。この状況でも冷静だ…
「トイレの前の部屋は探しとくってよ」
あのお化けが居る部屋な…うん、素直にお願いしようか。
「じゃあ取り敢えず二階探すか…お前、其の儘一階頼む」
俺は木村にそう言って二階に向かった。
停電と豪雨の相乗効果で、暗さがより暗く感じる。うっかり怪談を踏み外しそうになるくらいだ。
ここは寝室?四畳半の何もない部屋。ここを探してみようか…
本当に何もないが、戸棚だけは一つある。
開く。
……暗くてよく解らん…くそ、ちょっとだけでも光があれば…
そう念じた時、俺の真横に炎が灯った。
おっ、これで見えるぞ、ラッキー!!
ごそごそと探すも…無い…
そりゃそうか。あるとしたら一階だろうしな。俺は念の為に探しに来たようなもんだし。
おっと、そろそろ火を消さなきゃ、火事になってしまうな。
「やっぱ無かったよ。もうマッチ消してもいいよおおおおおおお!!?」
俺はバッタの様に、仰け反って下がった。
それはマッチの火じゃない。ライターの火でもない。火の玉…人魂だったのだ!!
あの、テレビとかで見るような、宙にプカプカ浮かんでいるアレだったのだ!!
心臓がバックンバックン言っている。
俺は壁に背中を預けて座り込んだ。へたり込んだと言ってもいい。人魂からは目を離さずに。
その人魂は蒼白い炎を燃やしてプカプカ浮き、時には左右に揺れたり、上下に動いたりしていた。
最初はマジビビったが…
考えてみれば、俺は幽霊と同居しているのだ。人魂如きは怖いものじゃない。
……いや、やっぱこええよ!!なんなんだよこれ!!
川岸さーん!!助けてー!!
と、叫んでいる筈だが、声が出ない。と言うか、身体も動かない。
これって金縛り!?
うおー!!マジこええええ!!つか、ヤバい所はトイレの前の部屋って言っていただろ!!
そこまで叫んで(実際は唇さえも動かせなかったが)気が付く。
そのトイレの前の部屋の真上が、この部屋なのだ。
関連性があるのかどうかは解らないが、心当たりと言えばそれくらいだ。
つか、俺に詳しい事は解る筈も無い。
俺はどこにでもいる、幼馴染に取り憑かれて、何回も高校生をやっている、平凡な男に過ぎないのだから。
ぼう、と、人魂が炎を弱めていく。
もしかしたら、消えてくれるのか?と期待したが、それは大きく裏切られた。
人魂の向こうに、人影が見え始めたのだ。
最初は輪郭程度だったが、それが男だと分かった瞬間、容姿まで見えるようになった。
全く整えていない髪。バーコードに近い髪、と言うか頭。
その上にロープが見える…
そのロープを辿ると、それは首に括られていた。
男ってかオッサンは、俺を恨めしそうに、上目使いでじっと凝視している…
恨めしそうに見ているオッサンを、ビックリするくらい目を剥いて凝視する俺…
どれだけの時間が経ったのか。突然オッサンが戦慄の表情になる。
何故だ?俺は何の力も持っていない、ただの高校生…川岸さんみたいに、お祓いできる訳じゃ無い。
そこで気が付く。オッサンは俺じゃなく、俺の後ろを見て慄いている…
金縛りに遭っているので、後ろを向く事も出来ない。だが、後ろには俺の記憶にある気配が一つ…
麻美だ。麻美がオッサンに何かしているのか?いや、オッサンよりもおっかない存在なのか?
兎に角、麻美の出現で、俺の恐怖は解けた。相変わらず金縛りには遭っているが。
俺は安心したのだ。麻美の存在に。
――安心しちゃ駄目
理解したと同時に麻美から拒否られる。
――私はあっち寄りになっちゃったから。おじさんが私を怖がっている事で解るでしょ?
言われてみれば…
オッサンの悪霊レベルがどれくらいなのかは解らないが、そのオッサンに恐れられている麻美だ。
少なくともオッサンよりは悪霊レベルが上なんだろう。
背後で麻美が苦笑いするのが解る。
――悪霊レベルって…随分面白い事考えるんだね
それは自虐的な意味合いも混ざっていた。
麻美は認めているのだ。自分は悪霊なのだと。
だったらとっとと成仏しろよ!!俺の事は心配いらない。上手くやっていくさ!!
――心配させるから、私が残っているんだよ?
だから秋までには決着付けるって!!
――信じているよ、勿論。だけどやっぱり心配なの。朋美の方もそうだけど、あの三人も…
楠木さん、春日さん、槙原さんの何が心配なんだ?
前みたいに俺を殺すって言うのか?いくらなんでもそりゃあ…
「言い過ぎだろうが麻美!!」
驚いたのはオッサンだけじゃない。麻美もだ。
俺は金縛りから自力で脱出したのだ。
だから俺も驚いた。だが、驚いている場合でもない。
ぐるんと振り向く。
一瞬、目がおかしくなったかと思った。
麻美の顔が…目が吊り上って、隈まで出来ていて…別人になっている…
「……それが今の麻美の顔か?」
顔を背ける麻美。
――見ちゃ駄目だって、前に言ったよね?
「知るか。それが悪霊化ってヤツなのか?」
――そうだと思う…
川岸さんの話だと、まだ完全に悪霊にはなっていないが、時間の問題だと言う…
今の顔よりも、もっと鬼気迫る感じになるのだろうか…あの麻美が?
「あのロリ顔の麻美が?」
――声に出ているんだけど…
しまった。ついうっかり。
「いやいやいや。お前、俺の心読めるじゃねーか?つーことは、本音駄々漏れって事だ。今更だ。うんうん」
問題は全く無い。いつも通りだ。平常運転だ。
クックッと麻美が笑った。
なんだ…ちっとも変ってなかった。
いつもの麻美だ。多少見てくれが変わろうが、同じだ。
ふと寂しそうな表情になる。
「いや、ちょっと待て。あのオッサンをどうにかしてから、ゆっくり話そうか」
オッサンの幽霊の存在をすっかり忘れていた。プライベートの話を、見ず知らずのオッサンに聞かれたくない。
麻美は頷いてオッサンに目を向ける。
オッサンはびくびくしながら、スウ、と消えていった。
「おお、大したもんだな麻美」
――格が違うんだよ。ただの自殺した浮遊霊と、運命を覆す為に何度も繰り返した悪霊とはね…
それは…
「俺のせいだよな」
――違うっ!!
声を振り絞っての否定に、今度は俺だけが驚いた。
――私が望んだから!!私が願ったから!!
「だけど、ここまで時間が掛かったのは俺のせいだろ。言い訳もできないくらいだ」
麻美だって最初は喜んだ筈だ。これで俺が死ぬのを回避できると。
だが、それはやがて焦りへと変わった。俺がいつまでもグダグダやっていたから。
そこへ俺の残念な頭のおかげで、朋美が黒幕だって事がなかなか解らなかった。あれだけヒントを貰っていたのに。
解らなかったから、麻美は悪霊化してしまった。全部俺のせいだ。
――隆が馬鹿でニブチンなのを、私は知っていた。知っていたけど、何も出来なかった!!隆が馬鹿なせいじゃない!!
「お前要所要所酷いな!?」
俺のメンタルが弱いなら、朝刊の紙面をにぎわせるレベルだぞ!!
地方紙限定になるが。
だが、酷い事を言われた筈の俺の心は、穏やかだった。麻美の方が不思議がっていたくらいだ。
――……なんで笑っているの?
そう。俺は笑っているのだ。自分でもはっきりと解る、自然の笑顔だ。
――まさか!!隆はこんな隈がついた、やさぐれた女の子がタイプなの!?
「なんでそうなるんだ!?本当に残念なのはお前だ!!」
驚愕する麻美。やがてワナワナ震えて、床に手を付く。
――ま、まさか隆に残念だって言われるなんて…っ!!
「そんなにショックなのか!?そこまで思われていたなんて、俺の方がショックだよ!!」
――だってあの隆に言われたんだよ!?これがどんなに屈辱か、隆には解るでしょ!?
「解るかコンチクショウ!!本人目の前に、そこまで言うかお前は!?」
もう心が折れそうだった。
事実、俺は瞳に涙を溜めていただろう。視界が霞んで見えるのだから。
俺は折れそうな心を、どうにか繋ぎ止めて言った。
「お、お前、何にも変わってないのな。悪霊になったって言いながらさ」
俺の為にいつだって頑張ってくれた麻美。生前と何も変わっていない。何度も繰り返した過去でもそうだった。
「だからさ、変わるのは俺なんだよ」
俺の頭の出来はさて置いて、変わるのは心。腕っぷしが多少強くなった事なんか、自慢にもならない。
「何度も言うが、お前は秋までどーんと構えてりゃいい」
俺にはこれしか無い。これで麻美が安心できるなら、そうするまでだ。
――だから信じているって…
「だったら大人しくしてろ」
――だっておじさんの地縛霊が…
「あんなもん、川岸さんが何とかしてくれるだろ」
危険だったら警告していただろう。俺が一人で二階に行こうとするのも止めていただろう。
大した事は無い。大事に至らない。そう判断したから、川岸さんは放置したのだ。
何の事は無い。俺は麻美に頼りっきりで、麻美は俺を構い過ぎているだけだ。
お互い依存している状態だ。そんな事じゃ、秋にちゃんと相手が見付かったとしても、麻美は決して安心できず、俺も麻美に甘える事になるだろう。
だから敢えて言う。
「麻美、もう出て来るな」
麻美は顔を上げる。
「俺は大丈夫…じゃないが、大丈夫になるよう努力する」
麻美は何も言わないで、ただじーっと俺を見ている。
「朋美の方も出来れば無視して、大人しく秋まで待って欲しいが」
漸くリアクションをする麻美。それは首を横に振っての否定。
――あの子はもう無理だから…無視しても身体は元に戻らない。だったらいっそ、彼女の業も私が…
優しいね麻美。朋美相手でもそう言うか。
だからお前は変わっていないんだよ。変わるのは俺の方なんだ。
ならば尚の事、秋までに完璧に蹴りを付けなきゃならない。これ以上麻美に罪を重ねさせない為にも。
俺は麻美を直視して言う。
「麻美、今度出て来る時は、秋にさよならを言う時だけだ」
――できれば今直ぐにさよならしたいんだけど…
「お前折角カッコよく決めたのにそんな事言うなよ!!今決められないから、秋まで大人しくしとけって事だろうが!!」
――優柔不断がより明るみになっただけだと思うけど…
「台無しだ!!いや、その通りだけれども!!」
俺は天を仰いで涙した。床に膝も付けて。
―――天井見てないで、私にちゃんと顔みせてよ?
「ああ?」
思わず声を荒げて麻美を見る。
――秋まで会わないんでしょ?だったら今、ちゃんと顔見せて
それは、確かに顔が変わったが、紛れもなく麻美の笑顔…
俺の大好きだった笑顔だった…
麻美の手のひらが俺の頬を挟む。
冷たい手…だが、温かい手…
――頑張ってね隆
「誰に向かって物を言っているんだ。俺は頑張る事が大好きな好青年だ」
ふふ、と笑う。
――これから先は私の助言無し。間に川岸さんも入れない。本当に出て来ないから。それでも大丈夫?
「俺が大丈夫だった事があるか。大丈夫じゃ無いから頑張るんだよ」
――物凄い頼りにならないんだけど、なんか頼りのなるような言い方…
しまった。バレたか。
「不安なんていつもある。常に隣り合わせだ。だから頑張るんだ。解ったか」
――なんでそんなに偉そうなの!?だけどまあ…
とびっきりの大好きな笑顔。それが俺の目の前にいっぱい広がって…
――秋までじゃあね…
溶け込むように消えた…
あるのは真っ黒な静寂。だが……
そこには確かに温かさがあった…
暫く放心し、床に尻を付けていた。
放心、じゃないな、心に留めているんだ。麻美の事を。
とん、とん、と、階段を上がってくる足音に、漸く部屋の外の方を見た。
「や、お別れはちゃんとできた?」
それは川岸さんだった。なんか無理に笑顔を作っているようだった。
「……まだお別れしてねーよ」
「うん。でもさ、もう頼れないって気持ちにはなったよね?」
川岸さんと見つめ合う。どちらも目を逸らさずに、其の儘暫く見つめ合った。
「……そういう意味じゃ…お別れか…」
先に目を逸らせて、そう呟いた。
「そういう意味じゃお別れだよ」
此処で互いに目を伏せた。
何時までもグダグダやっている俺に、覚悟を決めさせるために仕掛けたのか。
そして、それを多少なりとも後ろめたいと思っている。俺じゃ無く、麻美に対してたろうが。
だが、まあ…麻美はあの顔を俺に見せたくなかったとしても…
「麻美の苦しさが解って良かったよ…」
「良くは無いけど、緒方君的には良かったね」
全くその通り。麻美は全く良くないだろうが、俺にとっては良かった。これで心置きなく麻美を送ってやれる。
「今は夏休み中だけど、これからどうするの?」
「さてな…どっしよっかな…」
「ホント、頼りないねえ緒方君」
苦笑する川岸さん。
「そうだな…あの三人に嫌われてみるか…」
「嫌わないよ、あの子達は」
「じゃあ…いっそ三人とも付き合ってみるか?」
「そんな器量は皆無じゃん」
だよな。ホント頼りないな、俺。
だけど一つ解った事がある。
傷を付けずに解決なんてありえない。甘々だったって事を。
麻美はあんなになるまで頑張っていたのに、俺だけ都合のいい事を考えて、良い訳が無い。
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