文化祭~007

 一夜明けて次の日。

 日曜日だが、文化祭の作業のみで学校に行く。

 流石に時間が無いらしく、他クラスも殆どの生徒が登校していた。

 ウチのクラスは、スパーのギャラリー効果で作業がかなり進んでいる為、休日にわざわざ出る必要は無かったが、まあ、空気を読んでの登校だ。

 つっても力仕事はまだある。

 俺ん家から作った部材を運ぶと言う、モロ力仕事が。

「おう緒方、大沢、お前等は留守番していてくれ」

 蟹江君が言ったので「うん」と応える。

 ん?留守番?教室にいろって事?

「え?なんで?力仕事担当緒方と大沢じゃん?」

「俺も入っているのか…」

 ヒロが些か不満そうだったが、無視する。

「ああ、教室でも仕事あるからな。それにほら、こんなに進んだのはお前等のおかげだし」

 まあ労いと褒美だよ。と一回笑って出て行った。結構な人数を引き連れて。

 女子がキャッキャキャッキャと作業している最中、居心地悪さMAXで椅子に座って項垂れている野郎二人。

 遂にヒロが小声で提案してきた。

「おい隆、他のクラスの様子見て来ねぇか?ほら、偵察は必要だろ?」

 賛成だ。物凄く賛成だ。

 だが、一応仕事(留守番)を言い付けられている手前がある。

「いやー…部材来たら搬入を手伝わないといけないだろ?いつ来るのか解らんけど…」

「だってお前、超居心地悪いだろ。せめて何かしらの仕事しているんならまだしも」

 同意だ。物凄く同意だ。

 今の俺達の状況は、女子が仕事しているのを、ぼけーっと見ている使えない子だ。

 そんなの辛い!!

「いいよ。行ってきなよ」

 後ろから言われて振り返る。

 黒木さんだった。

「いや、しかし…」

「他のクラスが気になるのは当然だよ。A組とか」

 ……成程そうか。

 昨日の今日、朋美がどんな状況か、そもそも学校に来ているのか。それを確かめる必要はある。

 教室から出た俺達は、取り敢えずは本当に偵察に行った。

 一応クラスの為になるかも。と言う事で。

「隆、どこから行く?」

「どこって、お隣からに決まっているだろ」

 そんな訳でDクラスの窓からこそっと覗き見る。

 階段みたいにコンパネ等を重ねて作った棚。

 床に置いてあるのはコルク銃か?それにしてはリアルだが…

「Dは射的だっけか。槙原が実行委員なんだよな」

「槙原さんがマジにプロデュースすれば、とんでもないのができそうだが…」

 見る限りは平凡な射的である。

 まあ、まだ作業も途中、完成してみないと何とも言えんが。

「国枝の霊感占いの敵じゃねえな」

「おっとお。それは聞き捨てならないなあ」

 背後から声を掛けられ、ビクッとして振り向いた。

 槙原さんが腰に手を当てて、不敵に笑いながら立っていた。

「うお!!ま、槙原…」

 たじろぎながら後退るヒロ。

 波崎さんと付き合い出してから、槙原さんに苦手意識があるようだ。

 一体波崎さんは。ヒロに槙原さんの事をどう言ったのだろう?とても気になる。

「国枝君の霊感占いの敵じゃないって?ふふん」

 もう得意満面である。

 もしかしたら、何かとっておきの秘密があるのか?

「槙原さん!!ひょっとして物凄い仕」

「まあその通りだよね。ただの射的だし」

 質問の前に答えられた!!しかも何の工夫も無しとか!!

「ん?なに落胆してるの隆君?」

「い、いや、何でも…」

「うん?そう?じゃ、お昼一緒に食べない?」

 思いっ切り関係ねー!!

 だが、断る理由も無い。

 俺は了承してその場から去った。

 ヒロを引き摺りながら。

 その足でCクラスを覗く。

 確かメイド喫茶だったな。

「ここは裁縫がメインのようだな。大掛かりな飾り付けは既に設置してあるし、意外と進んでいるんだな」

 ヒロが感心したように漏らす。俺も同感だ。

 正直ここまで進んでいるのは、ウチのクラスだけだと思っていたから。

「つか、あの衣装、例のファミレスのコスに似てねーか?」

「確かに。前に家で優に着て貰ったから細部まで解るが、本当に類似していやがる」

 ……

 ………

 ……………

 駄目だ。突っ込まないように我慢していたが、俺には無理だ。

「お前波崎さんを家に呼んであのコスさせたのかよ!!」

「ち!!違う!!わざわざそうしたんじゃない!!洗濯するから持ち帰った時にたまたま偶然俺ん家に来たんだ!!」

「うるせード変態が!!何のプレイを所望したんだ!!羨ましい!!」

 つい本音が出てしまった。と、その時、ガラッとCクラスのドアが開いた。

「そんなに羨ましいんなら、私がコス着てご奉仕させて戴きますわよ」

 言いながら出てきたのは、そのコスを身に纏った楠木さんだった。

  振り振りのピンクのメイドコス。猫耳のカチューシャ。そして絶対領域宜しくのニーハイ…

 何もかもが完璧過ぎる!!

 少しの間、ホントに見惚れた。

「ん~?隆君はこういうの好きなの?」

 クルンと回る楠木さん。ヒラッと短いスカートが舞い、目のやり場に困る。

 見るけど。

「いや~。そんなのガン見されちゃうと恥ずかしいなあ。嬉しいけど。だけど大沢は見んな」

 凄い目でヒロを睨む楠木さん。

「お、おお…わりい…」

「全く全く。そんなエッチな目で私を見る事が出来るの隆君だけなんだからね。だいたいアンタ、プロのが彼女じゃん」

「プロってなんだ!?」

「接客のプロじゃん」

「いや、あいつバイトだし、そもそもその言い方は風俗…」

 何かエキサイトしてきたヒロを引き摺り、俺はCクラスを後にした。

 名残惜しそうに手を振る楠木さん。マジで可愛いなあ、とか思いながら。

 Bクラス到着。時間にして僅か2秒。

 窓から覗こうと思ったが、ドアが全開だったので、そのまま立ち見する。

「Bクラスはお化け屋敷だったな」

 今は暗幕が開かれて日の光が差し込んでいるが、その時が来れば真っ暗な部屋になるのだろう。

 ここも大きな設備はまだ搬入していないから、進行状況が解らないな。

「……あ…」

「ん?」

 後ろから気配を感じ、振り向くと、春日さんが段ボールの束を抱えていた。

 俺達が邪魔で、クラスに入れないようだった。

「ごめん」

 慌ててヒロを引っ張って道を開ける。

「……見学?」

 素直に偵察だとは言えない。なので頷いて肯定した。

「……どうぞ」

 両手が段ボールで塞がっている春日さんは、珍しく行儀悪く、顎を杓ってクラスに入るよう促した。

「え?いいの?」

 コックリ頷く春日さん。

「おう。折角だからお邪魔しようぜ」

 遠慮を知らぬ我が親友は、そんな春日さんより先に入って行った。

「お邪魔します…」

 何か悪いなあと思いながらも、俺も続いた。

「ん?Eの緒方と大沢か。何だ?偵察かよ?」

 知った顔の男子が笑いながら近づく。 スパーのギャラリーにいた男子だ。

「ああ、うん。だけど忙しそうだから、直ぐ出て行くよ」

 マジで忙しそうだった。

 男子は段ボールを切った貼ったの最中、女子はお化けの衣装の裁縫。

「そうか、悪いな。適当に見て行ってくれ」

 そう言って作業に戻る男子。

 春日さんは段ボールを置いて席に戻り、裁縫を開始した。

「それ、春日さんの衣装?」

 コックリ頷く春日さん。

「春日さんもお化け役なんだ。何やるの?」

「……雪女…?」

 それなら白い浴衣かなんかで代用可能じゃないのか?

 だが和装(?)の春日さんも見たい。

「隆、そろそろ出るぞ。なんか邪魔そうだしな」

「あ、うん。じゃ、春日さん」

 コックリ頷き、裁縫に戻る。

 春日さんも忙しそうだ。邪魔はよくない。

 俺とヒロはなるべく足音を立てないように、そっとBクラスから出て行った。

 いよいよ本丸のAクラスだ。

 つか、いい匂いが教室からバンバン漏れている。腹減るわ。

「隆、A組はなんだっけ?」

「焼きそば屋だな。里中さんプロデュースの」

「成程。ソースの焼ける匂いだな、これは」

 そっと窓から様子を見る。

 内装関係はあらかた完成しているようで、真ん中で看板を作っている奴が数人程度。

 メイド喫茶みたいな大掛かり(?)な内装じゃないから早いのか?

 窓際でホットプレートを使って、焼きそばを焼いている人が、やはり数人。その中に里中さんもいる。

「……肝心の須藤がいねえな」

「だな。家に籠っいるのか、ただのサボりか。しかし、朋美も実行委員だった筈だ。今まで見た限りじゃ、仕事している姿は見た事が無いな」

「あの女の事だ。適当にやって、面倒事は誰かに丸投げなんだろうさ」

 吐き捨てるように言うヒロ。

 本気で嫌いになったんだなあ。ほんのちょっと前までは、朋美の味方側だったのに。

「兎に角、このままじゃ埒明かねえ。A組に突っ込むぞ」

「ちょっと待て。突撃してどうすんだよ?」

 聞いてみたら、ヒロが不敵に笑いながら返した。

「焼きそばの試食すんだよ」

 呆れ返った。

「お前、それは……素敵なアイデアだな!!」

 ソースの焼ける匂いを我慢できる男子はこの世に…まあ沢山居るだろうが、俺達には無理だ。

 僧でもあるまいし、ハードルが高過ぎる。

 そんな訳で、迷惑を承知で突入した。

「オース。やってるなあ」

 慣れなれしくヒロが右腕を上げながら入って行く後ろから、こそっと忍び寄る俺。

 Aクラスの人達は一瞬険しい顔を向けたが、俺達と解って急に態度を軟化させた。

「おお。緒方と大沢か。なんだ?お前等暇なのかよ?」

 群がってくるAクラスの人々。やはりスパーのギャラリーで見た顔だ。

「暇って言うか、いい匂いがしたからな」

 もう完全に朋美の事が、頭から抜けているように思うだろうが、これは演技だ。

 決してソースの焼ける匂いに、全ての思考を蹂躙された訳では無い。

 そんな俺達の前に、紙皿に盛った焼きそばを差し出した里中さん。

「別の目的もあったんでしょうが、この究極の焼きそばを試食したいって言うのは、人類として至極真っ当な本能だよ」

 大袈裟な言い方だが、かなり自信があるって事だ。

「さあ、冷めないうちにどうぞ」

「じゃあ遠慮なく…」

 先述の通り、匂いはソース。つまりオーソドックスなソースやきそばだ。

 具はキャベツと肉。特に目新しい物はない。

 割り箸を割って一口啜る。

「うまいな」

「うん、うまい。ごく普通の焼きそばだ」

 もう工夫もへったくれも無い、ただの焼きそばだった。

 その、ただの焼きそばを二人で啜る。それはあっと言う間に無くなった。

 試食故量が少ないのだから当たり前だが、少々物足りない。

 天使のスマイル宜しくで、里中さんが感想を聞いてくる。

「ね?どうだった?」

 どうもこうも、である。

「まあ、うまかったよ。なあ?」

「うん。うまかった。普通に」

 そうでしょうそうでしょうと満足げに頷き、空中で指を躍らせながら。

「そのキャベツは無農薬なのよ。農家から直接仕入れたの」

「へえ?じゃあ高かっただろ?」

「ううん。夏キャベツの売り物にならない、時期外れの余り物だから安かったよ」

 旬外れで無農薬?……絶対騙されているだろ、それ。

「そ、そうか。だけど肉に秘密があるんだろ?なんか…違ったし…」

 ヒロが色々言葉を選んでいる。

 肉が定番の豚肉と違ったような…味付け云々じゃなく、なんか、若干臭かったんだが…

「さすが大沢!!その通り!!あれは羊肉よ!!」

「羊!?ジンギスカンとかのどおりで…」

 臭かった訳だ。

「だ、だがなぜ羊!?豚でもいいだろ!?」

 ヒロの問いに待ってましたと得意げに返す。

「お客さんにイスラム教徒さんが来るかもしれないでしょ?豚はイスラムの人は食べられないのよ。まあ、OMOTENASIってやつ?」

 ……俺は確かにあんまり出かけないが、少なくとも、インド人やイラン人、要するに、イスラム教徒っぽい人は、片手で数える程しか見たことが無い。

 そんな少数のイスラム教徒が、学園祭にわざわざ遊びに来るものだろうか?

 絶対日本人客がほぼ100%だと思うが…

「A組は『今までに無い新しい焼きそば屋』をコンセプトにしているからね。国際的な焼きそばにした訳よ」

 こ、国際的ね…

 外食に困るイスラム教徒に配慮した点は立派だが…

「工夫が羊にしただけで国際的っつうのは、ちょっとなあ…」

 ヒロに同意だ。地方にありそうだし。ジンギスカン焼きそばとか、ラム焼きそばとかの名前で。

「ふふん。この私が羊だけでグローバルを謳っているとでも思ってんの?」

 勝ち誇っている。何に対して、誰に対してか解らないが。

「ふふん、知りたい?ねえ、知りたぁい?」

 唇を突き出せばキスできそうなくらい接近してきた。

 たじろぎながら、いや別に、と小声で漏らす。

「仕方ないなあ。緒方君がそこまで言うなら、仕方ない」

「だから、俺は別に…」

「それは油です。油が実に国際的なんですねえ~」

 いらんと言っているのにネタバラシする里中さん。どうにも面倒臭い。口には絶対に出さないが。

「油って、ごま油でも使ってんのか?」

 はあ~っと溜め息を付き、首を振る。

「ホント大沢は駄目な子ね。ごま油とか、凡人の発想だわ」

「悪かったな凡人で!!」

「んじゃ緒方君。どうぞ!!」

「え!?俺!?」

 いきなり振られてテンパる。油の種類なんて、サラダ油くらいしか知らねーよ!!

 暫く考えていると…

「やっぱコミュ障の緒方君には難しかったか」

「誰がコミュ障だ!!」

 思い切り失礼な事言われたぞ!?つか、俺って、そんな風に思われていたのか!?

「油はオリーブオイルを使っているのよ」

「……そ、そう…」

 ぶちゃけ、どんなリアクションを取ればいいのか解らん。

「オリーブオイル使用でイタリアとかギリシャとかのお客さんのハートを鷲掴みって寸法よ!!」

 これまた俺はあんま出歩かないので定かではないが、イタリアやギリシャから来た人を見た、もしくは聞いた記憶が無い。

 ヒロに視線を向けると、首を横に振った。ヒロも知らないようだ。

 居たとしても、学園祭に来る事は無いんじゃないかなあ…

 だが、まあ、良い。

 取り敢えず味は良かったし。恐らく、いや、ほぼ日本人のお客しか来ないだろうが、そこそこは通用するだろう。

 さて、ここからが本題だ。

 俺はシリアスな顔を拵えて里中さんを直視した。

「まあこんなとこ。後は今日『休んでいる』ウチの運営委員にお伺いを立ててから決めるわ。っと言っても、ほぼこの焼きそばで決まりなんだけど」

 空気を読んだか感じたか、里中さんの方から話題のネタを振ってきた。

「今日朋美来てないんだ。学校は休みだしな。無理強いも出来んだろ」

「そうね。明日『来られたら』いいんだけどね。なんか酷い風邪引いたみたいでさ。ひょっとして当分来られないかもね」

 大袈裟に肩を竦める里中さんだが、その目は俺を直視して離さない。

「……そうか。成程。解った」

「そうそう。酷い風邪だからうつしちゃったら悪いから、お見舞いにも来ないでってさ」

 ヒロと一瞬目配せする。

 昨日の読みがどんぴしゃだ。

「まあ、何か解ったらメールかなんかで教えるけど」

「そうか。うん、頼むよ」

 これ以上の情報は、今は無いって事だ。

 俺達は焼きそばのお礼を言ってAクラスから出る。

 蟹江君達が帰って来ているかも知れないので、取り敢えずEクラスへ向かう。

「……親父に泣きついて、こっぴどく怒られいてるようだな」

「……だな。だが、これで黒木さん達への嫌がらせの危険性はかなり下がった」

 これ以上は無理だろう。

 殺してしまったんだ。それも二人も。

 暫くは大人しくなる。ひょっとしたら、転校とか、地元から逃げる可能性だってある。

 そうなれば、俺は死ななくて済むかも知れない。

 しかし…

 大っ嫌いな糞、その最たる佐伯が死んで、代わりに俺が生き延びたと言う事も有り得る。

 そうだった場合、俺の命は、二人を犠牲にしなければ成り立たないものだろうか…


「ふ~ん。まあ予想通りよね」

 図書室で槙原さんと一緒に昼の休憩を取って、里中さん情報を話したら、この反応であった。

 特に驚く事も無い、本当に予想通りの結果故反応が薄いのだ。

 それよりはコーヒー牛乳を啜る方が大事とばかりに、可愛らしくチューチュー吸っている。

「つか、久し振りだよね。二人っきりってのも」

 椅子を俺側にずらしながら接近してくる。もう、おっぱい当たりそうな距離に迫っていた。

「そうだな。ヒロと国枝君は外に食いに出て行ったし、春日さんと楠木さんは忙しくてまだ昼取ってないようだしな」

 ついっと椅子を一つずらして座り直し、距離を取った。

「あん」

 不服そうに軽くほっぺたを膨らませる。

 いや、本心では、ぴとっと行きたいんだが、見られたら間違いなく修羅場になるので。

「まあいいよ。全て決着したら、こっちも決着するから」

 そうだなあ…俺が助かれば麻美がちゃんと成仏できる訳だから、それは決着したと言えるが、この三人も決着はその後になるのだが、俺マジに選べるのか?

 ハーレムエンドは…不味いだろうな。人として。

「なに深刻な顔してんの?」

「え?してた?」

 思いっ切り顔に出ていたようだ。慌てて顔を手で撫でまわす。

「大丈夫大丈夫!!私達恨みっこなしにしているから!!刺殺とか轢死とかないから!!」

「いや、それは信頼しているんだけどね…」

 一番信用できないのが俺だって話で。

「あ」

「ん?どうした?」

「ごめん。各クラスの実行委員の会合あるの忘れてた。うわ、遅刻しちゃう!!」

 時計を見ながら慌てる槙原さん。

「遅刻はマズイな。ここは俺に任せて先に行け!!」

「うん!!ツナマヨパンは任せた!!」

 自分のパンを俺に押しつけ、駆け出そうとしたが、ここが図書室だと思い出して静かに歩く槙原さん。

 何度も振り向いて、俺に名残惜しそうに手を振っていた。

 槙原さんも行ってしまったし、昼食も取った。

 未開封のツナマヨパンを片手に、俺も図書室から出る。

 普段はあまり生徒の来ない図書室だが、休日なれど文化祭の準備で登校する生徒が多いのだろう、資料探しか、俺と同じく昼食を取りに来る生徒が多かったので、席を譲ったのだ。

 そんな訳で教室に戻り、作業の手伝いを夕方までして、その日は帰宅となった。

 ところで、佐伯が死んでしまった訳だが、対抗戦はどうなるのだろう?

 ヒロに聞いてみる。

「対抗戦はやっぱ中止かな?5、6人で練習試合する予定だったから、一人居なくなっただけで予定通りかな?」

「まだ解らねえな。俺はほら、まだ佐伯が死んだ事を知らない事になっているだろ。勿論相手ジムは会長に話していると思うが」

 昨日の今日だし、会長にも連絡が来ているか怪しいが…

「まあ、中止なら今日にでも連絡来るだろ。取り敢えずスパーはやるか」

「でも、文化祭準備の大掛かりな物は終わったから、国枝君達が来るかどうかだぞ?セコンドもレフリーもいないんじゃ、俺とお前だけなら単なる殴り合いになってしまう可能性が…」

 ジャッジは自己申告で問題ないが、3分1ラウンドは守れそうもない。

 熱くなってそれどころじゃ無くなるからだ。

「なんならジム行くか?準備は終わったんだし」

 それもいいかな。だが、文化祭準備で結構身体が疲れているのも事実。

「うーん…今日は自主練にしとくよ。中休み取るのも悪くない」

「そうだな。なんやかんやで疲れもあるしな」

 そうと決まれば、国枝君達に連絡だ。

 万が一家に来てもやる事無いし。

 俺は国枝君、槙原さん、春日さん、楠木さんにスパー中止の旨のメールを出した。 ヒロは波崎さんに電話する。

「おう、俺俺。今日スパー中止だから。え?だってどうなるか解んねえだろ?ほら、一人居なくなったし…え?駄目?なんでだよ?」

 なんかヒロが波崎さんに窘められている。

 困っているヒロだが、見ている分には愉快だ。

 と、メールが来た。国枝君…いや、四人全員からの返信だ。

 みんな返事早いなあと思って開いてみる。

「………全員が全員、駄目だって。スパーしろって…」

「…おう…優も同じ事言ってた…」

 何故だ?中休みだと思えば問題ないと思うが…

 しかし多数に無勢。俺達の主張は却下され、スパーは通常通り行われる事になった。

 取り敢えず家に行ってみる。

 当然だが、誰も来ていない。まだ学校から戻っていない人もいるのだろうが、基本的に昨日で俺ん家祭り(なんだそりゃ)は終わったのだ。

「……まあ、取り敢えず入って休んどくか」

「だな。ついでに晩飯もゴチになるか」

 図々しく晩飯要求するヒロだが、俺以外親は歓迎だった。俺が友達連れてくるのが嬉しいらしい。

 ……里中さんにコミュ障とか言われたが、あながち間違いじゃないかもだな…

「まあ入れ」

 ドアを開けてヒロを促す。

「おう」

 お邪魔しますも言わねーで、ズカズカ入って来やがった。

「あらヒロ君。この所毎日ねえ」

 お袋がエプロンで手を拭きながら出迎える。

「こんちわ。ジムで練習できないっすからね。折角クラスのみんながリング作ってくれたし」

 そう言われてみれば、そうだな。

 蟹江君達の好意、無駄にはできない。

 いきなりお袋がおよよ、と、やや過剰な演技で泣く真似をした。

「隆にあんなに沢山の友達が出来たなんて…中学の頃は三人しかいなかったのに…」

「余計な事言うな」

 思わず素で突っ込んだ。

「ヒロ君に朋美ちゃんに麻美ちゃんしかいなかったのに…」

「だから過剰な演技はやめろ」

「麻美ちゃんの不幸から、隆は荒れちゃって…」

「いや、おばさん、荒れたんじゃなくていじけていたんだよ」

 ヒロまで…

 つか、麻美の件はヒロもタブーにしていて、少なくとも俺の前では名前も出さなかった。

 視えずとも居る麻美に、実はホッとしているんだ。

「そうそう。朋美ちゃんと言えば」

「いきなり話変えるな。っつても、中学時代の話も、もう要らんが」

 俺の突っ込みを見事にスルーして、お袋が言った。

「なんか身内に不幸があったらしくてねえ。暫く学校に行けないって三件隣りの青島の奥さんが言っていたわ」

 ………………

 そう言えば、ウチは朋美の近所だった…

 なんてこった。一番身近な情報源を失念していた!!

 俺とヒロは、お袋を感心したように眺めていた。

 もう少し何か情報を引き出そうと身を盛り出した時に、来客を告げる呼び鈴が鳴る。

 お袋がはいはい言いながら玄関の方に出向く。

「……まあいい。時間はたっぷりあるし」

「つか、考えればそうだよな。なんで幼馴染かって」

 何故か反省する雰囲気があり、二人揃って反省した。

「こんばんは国枝君。ささ、上がって上がって」

 来たのは国枝君か。

「あらあら、響子ちゃんも。あらー。お土産なんていいのよー。上がって上がって」

 春日さんも来たのか。今日はバイト無いのかな?

「まあまあ。美咲ちゃんに遥香ちゃんも」

 結局連絡入れた人、みんな来たのかよ!!

「おじゃまします」の声と共に、どかどかと足音がなだれ込む。

 俺の顔を見るなり、国枝君が溜め息をついた。

「困るよ緒方君。スパーをやらないなんて」

「え?でも、言っちゃなんだが、中休みってのも必要で…」

 割り込んで楠木さんが言う。

「それは解るんだけどさ、それならそれで、振りだけでもしなきゃ」

 え?そんなに責められる事なの?

 ヒロに目を向けると、さっぱりだとばかりに首を横に振る。ヒロにも意味が解らんらしい。

「……取り敢えずお部屋に…」

「あ、うん。そうだな」

 春日さんに促されて部屋に入る。

 と同時に、それぞれ勝手に寛ぎ出した。

 ヒロはテレビを点けて、楠木さんはベッドに寝転び、漫画を読み始め、春日さんなんて鞄から参考書取り出して勉強し始めやがった!!

「あ、あれ?国枝君と槙原さんは?」

「はいお待ち」

 ドアから国枝君と槙原さんが、お盆にコーヒーを乗せて遅れてやってきた。

 遂にお茶の準備までするようになりやがった!!

 槙原さんは兎も角、国枝君まで!!

「はいはいー。お砂糖ミルクはセルフでねー」

 そう言ってコーヒーを配る槙原さんと、助手の国枝君。

 受け取りながら、なんだかなーとか思ってしまうのは、俺が常人だからなんだろう。

 少し落ち着いたところでコーヒーを啜る。

「「「……………」」」

 みんな無言!!そんなにコーヒーに集中する事も無かろうに…

「スパーの事だけどさ」

 沈黙に耐え切れなくなった訳じゃ無いだろうが、会話のきっかけを槙原さんが作る。

「須藤はここの近所だよね?佐伯さんが居なくなったから、練習中止したかもって思われるかも知れないでしょ?」

 ああ、全ては保険のためか。合点がいった。

「それは須藤が、俺達が佐伯と試合する事を知っている場合だろ?」

 ヒロの突っ込み。それもそうだと一人納得し、頷く。

「そうだけど、あの子に理屈なんて通用するの?」

 ……もう、なにも言い返せなかった。

 もう、朋美がまともな思考を持っているとは、とても思えなかった。

 念には念を。朋美相手に、どんなに気を付けても大袈裟では無い。

「で、木村君からだけど…」

 徐にスマホを開く槙原さん。木村からのメールを読んだ。

「所詮噂を集めただけだから、ヤク中のチンピラがに困って人殺しを請けたとか、轢かれた奴が組の金持ち逃げしてヒットマンに殺されたとか、そんなゴシップみたいなもんしか無いだって」

「まあねえ。西高の馬鹿なんか、所詮そんなもんだよね」

 と、西高の頭を利用していた楠木さんが、嘲笑った。ケラケラと小馬鹿にした笑い声を交えて。

「だけど、最初に情報発信してくれたのは西高生だから、そこはやっぱ大したもんだよ」

 一応木村のメンツの為にフォローしといた。

「まあ、ちょっとは評価するけど」

 態度が軟化した楠木さん。ツッコミたいが言わない、言えない。

「……その情報、波崎さんからメールで貰って、お客さんの話に聞き耳立てていたけど、まだそれっぽい話は聞こえてこないの…ごめんね…」

 春日さんもバイトの最中、情報収集してくれていたのか!?

「いやいやいやいや!!謝らないでよ春日さん!!つか、そんな事してるなんて知らなくて、こっちこそごめん!!」

「つか優、抜かりない…」

 ヒロも唖然としている。

 まさか波崎さんが春日さんと連携していたなんて、思ってもみなかっただろう。

 よくよく考えれば、同じバイト先だ。

 当然と言えば当然、しかも男性客中心のファミレス。

 意外とその手の情報は入ってくるかもしれないが。

 取り敢えず晩飯が出来たとの事で、下に降りる。

「ささ、みんな、いっぱい食べてねー」

 お袋が張り切ってみんなのご飯を茶碗に装う。

「いつもすいません。おばさん」

「いいのよー。国枝君はウチのご飯美味しいって言ってくれるから、作り甲斐があるしね」

 国枝君はイケメンなので、褒められたお袋は嬉しいのだった。

「でも、毎回毎回ご迷惑じゃ?何なら私達自分の分のご飯買って来ますけど…」

「何を言うんだ美咲ちゃん!!私も娘が出来たようでとっても嬉しいんだ!!」

 楠木さんにビールを注がれて、超デレデレな親父だった。

「で、相変わらず俺の分は缶詰めか…」

 食卓に並んでいるおかずは唐揚げで、それぞれ一人前にサラダと共お皿に盛りつけられているが、俺だけ鯖缶!!

「なにを言っているんだ隆。ちゃんと大根おろしも添えられているだろ?」

「心外だって顔すんな親父。だったらその唐揚げとトレードしろ」

「……あの、私のおかずと交換しよ?」

「ほら!!アンタが我儘言うから、響子ちゃんが気を遣ったじゃないの!!」

「い、いや、俺はサバ缶が好きなんだ。だから交換はいいよ。だけどお袋、少なくとも窘められる覚えは無いぞ!!」

 お客さんにちゃんとしたおかずをってのは同感だが、だったら自分が鯖缶でいいじゃねーかと、激しく思う。

 

 賑やかな夕餉が終わり、ヒロとスパーして部屋で休憩。そしてみんな帰宅。

 このところ毎日こんな感じだ。

 つまり、おかしな点は無い。朋美でも、ちょっとでも違和感は覚えないと思う。

「それにしてもちょっとおかしいな?朋美が俺ん家にギャラリーでしか入ってなかったのは」

 空気も読まずに乱入して、みんなの輪の中にちゃっかり居座る。

 小さかった時からそうだったのに…

――来たら居心地悪いと思ったんじゃない?

 おっと麻美。このところ国枝君が代弁してくれていたから、随分と久し振りに感じるな?

――国枝君の代わりに隆がやってくれるんなら、毎回出てくるんだけどね?

 ジト目である。咎めるような目つきだ。実際咎めているんだろうけど。

 要するに、麻美が伝えたい事を読み切れず(所々に規制が掛かる為)、俺では力不足って事だ。

 いやあ、国枝君様様だ。

 川岸さんと黒木さんも仲間に引き入れられたのも、彼のおかげだ。

「ところで、川岸さんの役目ってなんだ?麻美の言葉を伝えるには国枝君で充分だと思うし、国枝君不在時の時の為ってのも説得力に欠けるが」

 そりゃ国枝君だって、毎日毎日俺に付き合ってばかりいられない。だからって緊急時に川岸さんが居るとは限らない。

 寧ろ川岸さん不在の割合の方が多いのでは?

――まあまあ。いずれ解るよ。彼女の役割は寧ろ国枝君より重要度が高いしね

 ………微笑みながら言う麻美だが、何か違和感が…

「おい。いずれじゃ無くて今言えよ」

――ダメダメ。規制が掛かっているから

「嘘言うな。川岸さんの何が規制になるんだ」

――嘘じゃないよ。だからさ、その時が来たら、ちゃんと川岸さんの言う事を聞いてね?

 やはり微笑みながらの麻美だが、その瞳に寂しさが見え隠れしていたような気がした。

 

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