文化祭~008

 こんな調子で一週間はあっという間に過ぎ、とうとう文化祭当日だ。

 朋美はあれから学校に来ていない。お袋に聞いても、新しい情報は入って来ない。

 まあ、破門したチンピラを使って人殺したんだから、親父もマジ切れしたんだろ。

 絶縁した奴に金払って人殺させるとか、やっちゃいけない事なんだろう。

 御咎めなしじゃ、組の人にも示しがつかないだろうしな。

 それならそれでいい。寧ろ永遠に隔離とか軟禁とかされたらいい。

 麻美がまだ居るから、終わった事にはならないんだろうが、少しは気が休まる。

 そんな訳で、文化祭を満喫しますかね。

 いつもより早めの登校。

 クラスのみんなと何かに打ち込んだ事なんて無かったから、テンションが少し上がっている。

 スキップ気味の歩調がその証拠だ。

 いつもより早い登校。学校指定の登校時間より、一時間も早い登校。

 にも関わらず。

「俺が一番遅いだと…っ!?」

 すっかり出来上がった占いの館1年E組、占いの館には、クラス全員が揃っていた!!

「おう緒方、遅かったな」

 蟹江君が朝食と思しきアンパンを齧りながら言ってきた。

「遅かったって!?」

 ビックリした。だって1時間も前に登校したのに、遅かったとか!!

「はあ?何いってんだ?昨日言われただろ?最後の打ち合わせの為に1時間早くクラスに集まる事って」

 え?聞いてない…

 俺、やっぱ怖がられているから、誰も教えてくれなかったのかな…

「大沢に伝えてくれって頼んだ筈だけどな」

「ヒロおおおおおおおおおおお!!!」

 こそこそ隠れるヒロをとっ捕まえて、ガクガク揺さぶった!!

「どういう事だ?おい?」

「え?言ってなかったけ?」

 目が泳いでいた。思い切り忘れていやがったんだこの野郎は。

「お前、たまたま早く出たから良かったものを…」

「ま、まあ、怪我の功名だな」

 もう最高に意味が解らん。

 毒気を抜かれるには充分だった。

「塾通いしていてそれか?……はあ、もういいや」

 ヒロを解放し、壁に寄り掛かる。

「……えー。そろそろ打ち合わせ、いいですかー?」

「あ、ごめんなさい」

 姿勢を正す。

「えー、予定通り、ブースは2つ。星座占いと霊感占いです。中央のブースはおみくじの販売となります」

 ふむふむ。最初の予定と同じだな。目立ったトラブルも無かったし、良かった。

「星座占いの最上さん、霊感占いの国枝君は交互に休憩を取って貰います。今日と明日、ほぼ出突っ張りになりますが、頑張ってください」

 ギリシャ神話に出てくるようなコスの眼鏡少女の最上さんと、神主みたいなコスの国枝君に視線が注がれる。

 二人とも黙って頷いた。なんかカッコイイ。

「おみくじは一回百円。責任者の角田君はしっかり管理宜しくお願いします」

 学校指定の制服で頷く角田君。普通だ。

「それでは二日間、頑張りましょう!!」

 最後に実行委員らしく横井さんが締める。

 おう!!と一斉に気合を入れる我が1年E組。

 青春してる!!嘘みたい!!

 今まで糞共相手に立ち回っていたのがアホらしい程だ。

「それでは開店です!!主要三人以外は、チラシを持って来場者に宣伝してください!!」

 チラシなんていつの間に作ったんだ?

「ほら、これ緒方君のノルマ。一緒に配ろ」

 黒木さんから束にされたチラシを預かり、腕を引っ張られる。

 つか何?この尋常じゃない量?

 町内の人全てに配るとかじゃないよな?

「くおおおおお!!お、重い!!」

「何言っているの?男子でしょ?緒方君でしょ?」

 いや、男子で緒方だけど、見た所黒木さんは一枚も持ってないよな?

「いい?緒方君が持って私が配る。説明は私がするから、緒方君は常に愛想笑しておいて」

 あー成程。ここでも力仕事担当って事ね。

 そう思い、気を付けて見てみると、E組男子は俺と同じ量のチラシを持たされていた。男女ペアは、それぞれの仕事を分担したって事か。

「僕の相手は誰かな~?」

「あ、もう女子埋まったみたい。赤坂、一人で回って」

「ブヒッ!?」

 ………赤坂君…代わってやりたいけど、俺にはセールスは無理だ。

 俺には黒木さんが必要なんだよ。だから…すまん!!

「おし!!黒木さん、校門に行こうぜ!!来場者に手当たり次第配るんだ!!」

「お?その意気だよ緒方君!!よし、その案採用!!」

 涙目の赤坂君をこれ以上視界に入れるのは切なすぎる。

 俺はなるべく赤坂君と距離を取るように提案したのだった。

 そして、自分で提案しておいて何だが、黒木さんが来場者にあーだこーだと説明していると言う事は、少なくとも興味を示した人が居ると言う事だ。

 まあ、占いは女子に人気ありそうだし、実際黒木さんは他校の女子に囲まれているし。

「で、お兄さん、星座占いで恋愛は占えるの?ちょーっと気になる人がいるんだよねー」

「いやー…多分大丈夫なんじゃないかなと…」

「ねえねえ!!この霊感占いって守護霊と交信みたいな!?」

「いやー…どうでしょうか…はは…」

「学祭でおみくじ100円て、ちょっと高くない?どうせ君達が書いたヤツを折り畳んで入れているんでしょ?」

「いやー…神社から仕入れたみたいですから…」

「よく見たら結構イケてんじゃん。君、ちょっと学祭案内してよ?」

「いやー…ちょっと無理ですねー…ははは…」

 要するに、あぶれた来場者(主に女子)が俺に説明を求めるのだ。

 断じてコミュ障ではないが、結構きつい物がある!!

 誰だ!!校門で客引きしようと言ったのは!?

 他ならぬ俺だが。

「緒方君チラシ!!はい、これどうぞ!!」

「君、彼女いるの?」

「おう!!って、違う!!いや、チラシはい!!すんませんがノーコメントで…」

「は!?チラシもう無いの!?」

「いや、あるある!!はい!!」

「おにーさん、三年の教室は何処ー?」

「三年より一年E組へどーぞ!!」

 ぜいぜい、ぜいぜい…か、カオスすぎる!!

 チラシを持っている腕が馬鹿になりそうだ!!

「あ、あの黒木さん…」

「君、その子の彼氏?」

「ちが…黒木さん、ちょっと」

 休もう、逃げようと続けるまえに、どんどん俺の方に何か聞いてくる人が増える。

「おにーさん。チョコバナナどこで売ってんの?」

「チョコバナナより占いどーぞ!!」

 もうチラシが無くなるまで自由は無い!!

 俺も必死にセールスをした。一刻でも早く、チラシを無くするために。


「意外と早く捌けたね」

 校庭の屋台で買った、一杯50円の謎のジュースを持ち、中庭で休憩を取る俺達。

「そ、そうだな…喉カラカラで腕パンパンだけど…」

 謎のジュース(黄色)で、その喉の渇きを潤しながら返した。

 つか、なんだこのジュースは?

 家電研究会の屋台だったから、ジューサーで作った生ジュースかなんかだと思って買ったが、全然安っぽい。

 まあ50円だし、仕方ないっちゃ仕方ないが。

「……う~ん…メロン味はイマイチ過ぎるなあ。緒方君のレモン味の方はどう?」

「これレモンジュースだったのか?」

 違う違うと人差し指を振りながら。

「レモン『味』ジュースだよ」

「ああ。シロップとか使って作っているのか」

「うん。かき氷シロップね。……なに?その悔しい感じの顔は?」

 そうか。俺はそんな感じの表情をしているのか。

 そりゃそうだ。いくら50円とは言え、かき氷シロップを水で割った物なのを知っていたら買わなかっただろうしな。

 普通にお金を払って、自販機で缶ジュース買うわ。

 取り敢えず気を取り直してだ。

「チラシ配り終えたし、この後の仕事は?」

「午前は終わり。午後からまたチラシ配り」

 またかよ…つか、そんなに来場者いるのか?

 さっきも他の奴が渡したチラシを持っている人と結構被っていたぞ。

「嫌そうな顔しているね。なんなら受付に回る?」

「えー?受付はちょっとなあ…」

「なんなら教室前で客引きでもいいけど。緒方君、顔だけはいいから」

「だけって何だ。つか、顔もそんなに良くない」

 だがしかし、客引きもなんかヤダ。

「午後もチラシ配りでお願いします」

 何だかんだで、これが一番俺に合っているような気がする。

「そう?じゃ、午後も一緒に頑張ろう!!」

 握り拳を作って突き上げる黒木さん。その可愛らしさに、自然と顔が綻んだ。

「そうと決まれば、午後に備えて腹ごしらえ!!緒方君、お勧め何かある?」

 立ち上がり、エエ顔で俺を見下ろす黒木さん。

 時間はまだ昼時では無いが、働いて腹減ったんだろう。俺も同じだ。

「Aで究極の焼きそばってのを出してるよ。そこでどう?」

 途端に表情が曇る。

 あ、そっか。来ていないとは言え、Aは朋美のクラス。あまりいい気はしないのだろう。

 また復活した時、Aの誰かに、俺と焼きそばを食いに来た事を言われるかも知れない。ここは行かぬが吉か?

 それこそ国枝君の霊感占いで占って貰いたいくらいだ。

「二年か三年の教室行くか。なんかあるかも」

「うん。そうだね。同好会の部室でもなんかやっているし、あ、ちなみにラクロス研究会は似顔絵描いてるよ」

「似顔絵はイラスト研究会とか漫画研究会の仕事じゃ…」

 ラクロス全く絡めてねー!!

 どころか、イラ研と漫研に喧嘩売っているようにしか見えねー!!

 苦笑いしている俺の手を取り、グイグイ引っ張る黒木さん。

「いこ。お腹減ったよ」

 それに全面的に同意した俺は、腰を上げて、思うが儘に引っ張られた。

 二年の教室。

 Aから順番に、和装喫茶、輪投げ、甘味処、パターゴルフ、金魚すくい。

 飯食いに入るのならば、Aの和装喫茶一択になるが…

「喫茶なんだから食い物もあるだろ?」

「いや、ケーキとドリンクだけの場合もあるよ。そうなったら、ご飯食べられない」

 喫茶だからな。その可能性もあるか。

「甘味処は?」

「私はいいけど、緒方君のお腹に溜まるのは無いと思うよ?」

 まあ、ぜんざいとかあんみつ食っても、腹はいっぱいにならないな。胸焼けはしそうだが。

 あ、明日春日さん誘ってここに来るのも手だな。甘いの好きだからなー。

「ニヤニヤしてないで、三年の教室行ってみない?」

「ニヤニヤしていたのか俺…」

 つい想像して、だらしない顔になったらしい。

 顔を手で擦って表情を戻し、俺達は三年の教室へ向った。

 三年の教室。

「……二年には知っている先輩居るからそうでもなかったけど、上級生の教室はやっぱ緊張するね」

「うん」

 と、相槌を打つが、全く緊張していなかった。

 中学時代、糞先輩をぶち砕く為に、昼休みは勿論、放課後、はたまた授業中でも、上の教室に通ったもんだ。今更である。

「お?でも結構食い物屋あるよ」

 Aはうどん、そば。Bはハンバーガー。Cは執事喫茶。なんだこれ?微妙に興味が出たぞ。Dはダーツ。Eは写真展と。

 AとB、大穴でCと言った所か?

 だが黒木さんはあまり乗り気じゃないようで、微妙に表情が固い。

「入らないの?」

「う~ん…やっぱ上級生の教室は…」

 そんなに気になるもんなのか?祭りだし、三年も収益になるからウェルカムだろうけど。

「じゃ、別探そうか。何なら学校から出てもいい」

「え?外出るのはマズイんじゃ…」

「じゃあチラシ持って出よう。飯食った後に、そこら辺で配ればいいさ」

 客引きは別に校内だけってルールも無い。

 学祭のポスターも商店街に貼ってあるし、問題ないだろう。

「おお!!緒方君にしてはナイスアイデアだよ!!そうしよう、そうしよう!!」

「頭撫でるな。だから引っ張るな」

 既に口頭で伝えた通り、俺は黒木さんに引っ張られて三年の教室を後にした。

 階段なんて2段飛ばしで降りていたぜ。

 黒木さんはラクロス同好会。一応スポーツ女子だから、この降り方が可能なんだろう。

 引っ張っている相手が俺じゃなかったらコケて転がっているだろうに、一向に気にしていない様子。

 俺を信頼しているのか、単なる天然かは解らないが、そのまま教室に戻り、チラシを一束俺に預けて、再び引っ張って教室から出た。

 だから重いから半分持って欲しい。


「あー…疲れたー…」

 帰宅早々ベッドに突っ伏す。

 あれから駅に行った俺達は、適当に飯を食い、そのままチラシ配りをした。

 持って来たチラシは順調に消えたが、いかんせん数が多過ぎだし、冷やかしもかなり居たので、疲労度が半端ない。

 その明らかに冷やかしと思われる奴等にも、懇切丁寧に営業をした黒木さんの方が疲れたとは思うが。

 黒木さん曰く、冷やかしでも何人かは興味を持ってくれるでしょうと。その何人かは実際来てくれるでしょうとの事だ。

 いやはや、頭が下がる。俺は終始気を遣ってこのザマだって言うのに、終わった後ラクロス同好会の方にも手伝いに行ったなんて、凄すぎるわ。

 まあ、おかげでノルマは全てクリアしたらしいので、明日は丸一日自由になったのはありがたい。

 帰り間際、楠木さんと出会い、「明日ちょっと時間があるから一緒に回ろう」と誘われて、OKしたり。

 靴箱付近で春日さんと出会い、「……あ、あ、あの…明日…少し時間が取れそうだから…あの…」と、ごにょごにょ言っていたから、先回りして「その時なんか食べにいこうか?」と誘い、真っ赤な顔で頷かれたり。

 校門に差し掛かった辺りで槙原さんと出会い、「やっほー。明日射的やりに来てよ?その後一時間ばかり時間取るからデートするよね?」と、俺の事情お構いなしで、済し崩し的に了承したりと、明日は大忙しだし、もう寝ちまおう。

 ……被らないよな?大丈夫だよな?

 被ったら俺どうなっちゃうんだろ?

 ……結局不安でよく眠れなかったようだ…

 うとうとした時には、もう直ぐ夜が明ける時間だった…

 今日も打ち合わせがあると言うので、早めに出た。

 だが眠い。チョー眠い。

 隠す事も無く大欠伸する俺。

「緒方君疲れているね?昨日頑張り過ぎたからかい?」

「いやあ…国枝君の方が頑張っているよ。出突っ張りだろ」

「まあね。昼食も満足に取れなかったよ。緒方君と黒木さんのおかげでね」

 口尻を僅かに持ち上げながら言う国枝君。

 今日の分までチラシを配ったんだ。今日の分まで昨日占いしたようなもんだ。

「なんか…ごめん」

「いやいや、なに謝っているのさ?僕の方こそごめん。言い方が嫌味みたいだったね」

「いやいやいや、そんな事ないよ。全然嫌味じゃない」

「あー、国枝君、緒方君、聞いてますかー?」

 やばい。実行委員の横井さんに睨まれた。

 俺達は苦笑しながら、すんませんと頭を下げた。

 打ち合わせも終わり、俺は教室から出る。

 みんなには悪いが、丸々一日自由行動を許された身、存分にエンジョイしなければだ。

 因みに、俺と同じく一日自由行動を許された黒木さんは、同好会の方に行ってしまった。

 あっちはあっちで仕事があるようだ。

 多少の後ろめたさを感じ、俺はDクラスへ向かう。槙原さんとの約束を守る為に。

 朝一開店と同時に来店した形となった俺は「おお~…」と感嘆した。

 射的だと言っていたから、祭りの夜店とかでよく見る、コルクの弾を飛ばして景品をゲットするアレとばかり思っていたが…

「あ、隆君。いらっしゃい!!」

 俺を見つけた槙原さんが、腕を取ってグイグイ引っ張る。

「早速来てくれたんだね。嬉しいなあ」

「はは…約束したからね。それにしてもこれは…」

 教壇から縦に仕切られた壁。レーンが二つある形だ。

 しかし肝心の景品はどっちのレーンにも無い。在るのは紙の的だけだった。

 そして肝心の銃だが、射的用のコルク銃では無かった。

 エアガン。弾はBB弾使用。

「まさかこう来るとは…」

「え?射的でしょ?」

 まあそうだが。

「で、どっちやる?」

「え?どっちって?」

「右側がリボルバー式の44マグナム。左がM92F」

 名前言われても解らんわ。

「マグナムってのは聞いた事あるな。じゃあそっち」

「はい、6発100円ね。真ん中が100点。順番に50点、20点、10点。枠外は0点ね。点数によって景品変わるから」

 Dクラスのハッピを着た男子が、ゲームの説明をしてくれた。

 俺はその男子に100円支払い、右のレーンに入った。

 だがちょっと待て。

 俺はお金を財布から出しながら、ややどもった口調で言った。

「エアガンて、年齢制限あったような…」

 お金を受け取ろうと手を伸ばしていた男子が、ビクッと身を縮こませた。

「な、何の事かね?」

「やっぱあったんだ年齢制限…はい100円」

 硬貨を掌に降下させる俺。

 咄嗟に思いついたから言ってみただけだ。年齢制限もダジャレの方も。

 さて。一応真ん中の100点を狙って…


 パン!パン!パン!パン!パン!パン!


 一気に六発。撃鉄を引く余韻なんて俺には解らんし。

 槙原さんが的を回収して俺に見せる。

「全部で70点。あまりこういうの興味無いみたいだね」

 ちょっとシュンとした槙原さん。

 あんまやる気無かったのがバレたようだ。

 もうちょっと盛り上がってもよかったかな。

 70点の景品はペンギンのぬいぐるみ。UFOキャッチャーで取った物だと思われる。

 正直言っていらん!!

「じゃ、ちょーっとデートで抜けるから~」

 鼻歌混じりでパッピを脱いだ槙原さんは、そのまま俺の腕を引っ張って教室から出た。

「ちゃんと断らなくていいの?」

「うん。昨日既に言ってあるから。それより隆君、ぬいぐるみなんていらないよね?頂戴」

 そう言えば、このぬいぐるみを選んだのは槙原さんだったな。

「ひょっとして、自分が欲しかった?」

「うん」

 成程やれやれ。

 苦笑してぬいぐるみを渡す。

「ありがとー!!このキャラのグッツ、オークションでも落とすの難しいくらい人気なんだ!!」

「え?マジ?」

 あのUFOキャッチャーの景品は、名があるキャラだったのか!!

 しかも入手が難しいとか!!

 まんまと嵌められた気分だが、腕から伝わる、槙原さんの柔らかい爆乳が、その気持ちを簡単に忘却させた。

「さて、一時間私を独占できる訳だけど、どこに連れて行ってくれるのかな?」

 槙原さんは実行委員。自由時間も限られているんだろう。ウチの横井さんも、なんやかんやで忙しそうだし。

「ほんじゃや…」

「あ、因みに食べもの屋さんは却下ね。まだ朝ご飯消化してないし」

 むう…早速Aの焼きそばが潰されたな。

 しかし、他には…あ。

「ラクロス同好会で、似顔絵描いてくれるらしいよ」

「え?ラク同で?イラ研じゃなくて?」

「うん。黒木さんが言ってた」

「ふーん…じゃ、そこ行こっか?」

 イマイチ微妙な食い付きなれど、自由時間も限られている状態。悩むより行動した方がいいと言った感じだ。

「んじゃ、こっち」

「うん」

 絡めている腕に、更に密着させてくる槙原さん。

 おっぱい当たってる~!!バリバリ当たってる~!!

 おっぱいの感触に浸りつつ、ラクロス同好会の部室前に到着した。

 手書きの看板に『似顔絵描きます!!200円!!』と、でっかく書かれている。しかも男らしい字で。

「似顔絵ってイラストだよね?せめて看板に腕前披露した方が良かったんじゃない?」

「いや、俺に言われても…」

 まあ、同感だが。取り敢えず入ってみる。

「いらっしゃいませ~!!って、なんだ。緒方君か」

「なんだとは御挨拶だな…」

 普通にヘコむぞ、それ。

「こんにちは~。ダーリンの奨めで、似顔絵描いて貰いに来ました~」

「ダーリン言うな」

 普通にハズいわ、それ。

「あ、槙原さん、いらっしゃい!!どうぞどうぞ!!」

 丁寧に槙原さんを部室にご案内する黒木さん。

 俺の時とえらい違うが、仕方ないので、静か入店した。

 入ってみて解ったが、壁に貼られてある内装、その全てが萌えキャラだった。

 いろんなアニメのキャラが吹き出しに『いらっしゃいニャン』とか『き、来たのね。まあゆっくりしていけば?』みたいな、現実世界では有り得ない台詞を言っている。

「あはは~。なんか個性的な同好会だねえ」

 辺りを見回して、そう呟く槙原さん。

「ちゃんとラクロスもやっているから。で、これ、君の彼氏?」

 俺を指差すショートカットの目つきの鋭い女。

 ムッとするが、

「そうなんですよ~。いや~、照れ照れ。」

「まだ違うだろ!!肯定すんな!!」

 と、突っ込みで有耶無耶になった。

「そうか。じゃあ彼氏さんとのツーショットでいいかい?その分お金は5割増しになるけど」

「だから彼氏じゃ…」

「それでお願いします!!」

 俺の否定より早く、財布からお金を出し、ショートカットに渡した。

「じゃ、彼氏さん、彼女さんの横に座って」

 すかさず黒木さんが椅子を持って、俺を無理やり座らせる。

「おい」

「しっ!!ここから先は口開いちゃダメ!!先輩の集中の邪魔になるから!!」

 知らんがな。つか、ショートカットは先輩なのか。

 隣の槙原さんが、徐に腕を絡めてきた。

「おい」

「しっ!!先輩の集中うんたらかんたら」

 さっきの黒木さんの台詞をパクろうとして失敗しやがった。

 まあ、おっぱい当たっているから良いが………


「ふう。できたよ」

 じっとして30分。晴れやかな顔で見せられた二人の似顔絵。

「………似てない…」

「まあ、ちょっとデフォルメしたからね」

 いや、デフォルメって表現やめろ。これは単にイラストだ。

 槙原さんなんて、メガネと三つ編みと爆乳が描かれてなきゃ、誰か解んねーし、 俺なんか髪型さえ似ていない。

「う~ん…想像していたのと違う…」

 槙原さんも不満のようだ。

「はいお疲れ様でした。又のご利用、お待ちしておりますね~」

 黒木さんにグイグイ部室から押し出される俺達。

 その目は、ゴメンと言っていた。

 暫しラクロス同好会の入り口で茫然とする。

「……行こっか」

「そうだな。追い出されたし、営業の邪魔になるし」

 何故か、とぼとぼ歩く俺達。

 別に何も悪い事していないのに、何となく失敗した感がたたよう。

 何つーか、デートに失敗した感じ。まんまじゃん。

「う~ん…このイラスト、私の方は辛うじて、頑張れば私だって見えるけど、隆君の方は似ても似つかないねえ。これじゃ、彼氏と似顔絵描いて貰ったって自慢できない」

「まだ彼氏じゃねーが、間違いなく俺じゃないよな。この絵」

「そう。そして私にはもうあまり時間が残されていない。クラスに戻って仕事しなきゃだし。だからあれで最後にしよう」

 槙原さんの指さす先は、写真部。

「写真部か…展示とかじゃないか?」

「いや、確か貸衣装で写真撮って貰える筈」

 ここで挽回しようと言う気位が、槙原さんから感じられた。

 どうしても俺とのツーショットの何かが欲しいのか?

 いや、あまり気にしていなかったが、あのイラストで火が点いたと言った所か。

 意気揚々と、写真部の部室のドアを開ける槙原さん。

 眼鏡のぽっちゃり男子が、チラリとこっちを向く。いらっしゃい、も何も無く。

「こんにちは。ここで貸衣装とかで写真撮って貰えるって聞いたけど?」

 無言で頷くぽっちゃり眼鏡。

「ペアでも大丈夫?写真貰える?」

 今度は二度頷く。無愛想だな。

「じゃ、貸衣装はいいから、写真だけ撮って」

 頷いて手を伸ばし、漸く聞いたぽっちゃり眼鏡の台詞。

「500円」

 意外とお高い。俺はお金をぽっちゃりに渡す。

「そこの白い壁の前に立って。好きなポーズ取って」

 すかさず槙原さんが腕を絡めて、俺に身体を預けた。

 引き攣っていた俺に、ぽっちゃりが写真部ならではの注意を与える。

「おい、男の方、もうちょっと笑え」

「あ、うん」

 ぽっちゃりに怒られ、素直に笑う。

「じゃ、いきまーす」

 パシャ

 パシャ

 パシャ

「はい、終わり。ちょっとこっち来て座って」

 お高そうなデジカメで三枚撮り終えると、パソコンの前に俺達を座らせた。

「背景はどれにする?」

「成程…合成写真か…」

 白い壁は背景を抜く作業の為に必要だったのか。

「え~!?結構素敵!!隆君、何がいいかな?」

 目を輝かせて、背景素材を吟味する槙原さん。可愛いなあ。

「あ、ひまわり畑あるよ!でも今なら紅葉かなあ?でもでも!!夜空も素敵!!これ南十字星!?ニュージーランド!?」

 もうテンション上がりまくりのはしゃぎっぷりである。めっさ可愛い。

「隆君!!真剣に考えてよ!!」

 おっと、怒られちゃった。

 もっと槙原さんがはしゃぐ様を見てみたかったが、まあ良い。

 いつかの機会に、じっくり堪能させて貰おう。

 俺もパソコンの画面に顔を近付けて、画像を吟味する。

 槙原さんが近過ぎて、いい香りがして、正直何でも良いとか思った。

 選んだのは、観覧車をバックにした遊園地の背景。

 学校の制服の俺達じゃ、アイスランドのオーロラとか、グランドキャニオンとかじゃ合わなかったからだ。

 そこで貸衣装か。成程なあ。

 良く考えてある。あのぽっちゃり、徒者じゃないな。

 もうちょっと宣伝すれば、繁盛するだろうに。実に勿体無い。

 Dクラスへの帰り道、槙原さんに聞いてみる。

「でも良かったの?遊園地なんてありきたりじゃ?」

「ありきたりだけど、今は二人きりで遊園地に行ってくれないでしょ?」

 それを言うか?

「いつか絶対に行くんだから!!それまでこの写真見てシュミレーションするの」

 それは改めての決心のようだった。

 なんか火が点いちゃったみたいだ。

「あ、もう教室だ」

「そうだな。時間も頃合いだ」

「うん。ちょっと寂しいけど、またね」

 凄い切なそうに笑顔を作りながら、手を振る槙原さん。

 可愛すぎる。そして胸がちくちく痛む。

 罪悪感にも似た胸の痛みを払拭するように、俺も手を振り、早々に背を向けた。

 槙原さんと別れた後、目的も無くぶらぶらしていると、ヒロと波崎さんに出くわした。

 ヒロはノルマクリアしていなかったが、多少の自由時間は存在するのだ。

「よおヒロ。デートかい?」

「当たり前だ。文化祭だぜ?」

 ニヘラニヘラとにやけてやがった。

「こんにちは緒方君。遥香と文化祭みて回った?」

「うん。さっき別れたばかりだよ」

「そっか。実行委員になっちゃって忙しいとか言っていたけど、ちゃんと文化祭楽しんだようだね」

 うんうん頷く波崎さん。なんか嬉しそうだった。

「ところでもう直ぐお昼なんだけど、お勧めの食べ物屋さんある?」

 心情的にはAクラスのグローバル焼きそばをお勧めしたいが、あれは単なるソース焼きそばだしなあ。

「うーん…全部見て回った訳じゃ無いから解らないけど、食べるだけなら、どこも似たり寄ったりじゃないかな?」

 やっぱりそうかと、若干ガッカリする波崎さん。

 あまり二人の邪魔をするのも何だからと、外に行けばいいとアドバイスして、ヒロ達と別れた。

 さて、お昼となった事だし、約束通り春日さんを誘って昼飯食いに行こう。

 と、言う訳で、Bクラスに出向く。

 Bクラスは、教室全体を使ったお化け屋敷だ。

 教室の入り口付近に机を置いて、受付をしている女子に話し掛けた。

「こんちは。春日さんはまだ仕事かな?」

「あ~、Eの緒方君だ~。なになに?春日さんとおデートの約束でもしてんの?」

 からかうように言う女子。

「はは。デートってか、昼飯一緒に食いに行く約束をしただけだよ」

「え~?それをデートって言うんだよ~。でも、あんな大人しい子が緒方君と仲良しなんてね~。羨ましいなあ~」

 頬杖付いて溜め息まで付かれた。俺と仲良しで羨ましいものなのだろうか?

 だったらヒロと国枝君も羨ましがられているのだろうか?

 …やめよう。根拠がない自画自賛のようで、虚しくなる。

「はは…で、春日さんはまだ仕事かな?」

 気を取り直して、改めて訊ねた。

「えっとね…もうちょっとで交代の時間だから。なんなら入って暇潰しとく?100円だけど」

 入場料100円か。

 衣装係だった春日さんの仕事の出来栄えにも興味あることだし、俺は100円支払ってBクラス、もとい、お化け屋敷に突入した。

 入ってみると、オレンジの電球に微かに照らされていて、仕切りでちょっとした迷路みたいになっていた。

 しかし、言っちゃなんだが、たかが教室。少しでも長く歩かせようと目論んだであろう仕切り。

 狭い!!

 カップルで入る場合、彼女が腕にしがみ付くと言うイベントが来ないだろ。じゃあつまんねーよ。

 一人で進むのにも苦労する狭さだし。

 と、いきなり出てきた…お化け?

 ガン!!と、仕切りに頭をぶつけた。

「狭いのに勢いよく出てくるから…」

 頭を押さえて蹲るお化けに手を差出し、立つ手助けをする。

「ど、どうも」

 お化けにお礼言われちゃったよ。

「春日さんは?」

「あ、三つ目の角に陣取っているよ」

 つか、普通に教えてくれるんだ…どんだけぬるいお化け屋敷なんだ。

 と言う訳で三つ目の角。

 バッ!!と勢いよく出てきた…えっと…のっぺらぼう?が、思い切り躓いて転ぶ。

 そりゃ、のっぺらぼうだから、前が見えないよなあ…

 一応小さい覗き穴はあるんだろうが、この暗さ、ちゃんと見える訳じゃないだろう。

「大丈夫?春日さん?」

「……その声は隆君?」

 着ぐるみ宜しくなのっぺらぼうの被り物を取る春日さん。

「いいのかよ、被り物取っちゃって?」

「……!!」

 指摘すると、慌てて再び被った。

「良くなかったみたいだな」

「……うん…」

 被り物が重いのか、反省したからか、兎も角俯いた。

「なんか受付でもう直ぐで交代だって言われてさ、迎えに来たんだけど」

「……うん…」

 益々俯く春日さんだが、被り物が重いのか、はたまた恥ずかしいからなのか、外見では判断が付かなかった。

「えーと、あとどれくらいで交代なの?」

「……このお客さんで交代…だから,隆君が文字通り迎えに来てくれたんだよ?」

 ……被り物で表情が全く解らん。頬を染めたと、脳内変換しておこう。

「じゃあ、えっと、出口で待っていればいいのかな?」

 コックリと頷くも、被り物が重いのか、ドカン!!と言った感じだった。ぶつかると、それなりに破壊力がありそうだ。

 つか、そんな被り物を被っているって、春日さんも結構力持ちだな。

「じゃ、出口付近で待っているから」

「……うん…」

 パタパタと手を振る春日さん。

 被り物故どんな表情か解らないが、名残惜しそうと脳内変換しておこう。

 俺はその儘出口を目指した。

 途中途中の角で、吸血鬼?やら、狼男?やらが脅かしに出てきたが、全てスルーした。

 お化け屋敷から出て暫く。

 春日さんが出口から制服に着替えてやってきた。

「流石に白装束じゃないか」

 冗談めかして言う。

「……白装束じゃなくて雪女のコスだよ。男子がのっぺらぼうのお面作ったから、雪女からのっぺらぼうになっちゃったけど」

 そういや前に覗いた時に、雪女の衣装を作っているって言っていたな。

 メイクか何かで雪女の儘なら、可愛かっただろうに。

「……でも、被り物になって良かった。メイクなら眼鏡外さなきゃだし…素顔は隆君だけがいいし…」

 ぞくぞくする。

 眼鏡を外した春日さんの可愛らしさはチートレベル。男子は多分俺だけしか知っていない。女子でも楠木さんと槙原さんだけじゃないか?

 そんな春日さんが、俺だけにしか素顔を許さないとか、まさに天にも昇る気分だった。

 そんな春日さんが喜ぶようにエスコートしなくては。

 と言う訳で、一応聞いてみる。

「春日さん、なに食べたい?御馳走するよ」

「……なんでも…いいよ?一緒に食べられるなら…」

 春日さんを食いてえ!!

 いやいや、寧ろ以前食われた側だし。

 あんま過激な事は、ねえ?

「え、えっと、食事にならないかもだけど、二年に甘味処あったよ。そこ行ってみる?」

 こっくり頷き、ちっちゃい手で俺の手を握る。

「……休憩、一時間しかないから…早く行こ?」

 おお…いい!!かなりいい!!

「じ、じゃ、行こうか」

 俺は春日さんの歩くスピードに合わせて歩いた。

 二年の甘味処まで、ほんの僅かな時間だが、それを大事にするように。

 昨日黒木さんと徘徊して見つけた、二年の甘味処に到着。

「……甘い匂いがする」

 鼻をヒクヒクさせて、若干嬉しそうな表情をする。

 基本春日さんは表情が乏しいと思われがちだが、付き合いが長い(繰り返しでのトータルだが)俺には解るのだ。

「じゃ、入ろうか。だけど所詮学祭の甘味処だから、あんまり期待はできないかなあ」

 甘味処のドアを開ける。

「いらっしゃい!!」

 出迎えたのは、タンクトップのむさ苦しい野郎共の集団だった。

 日焼けマシンで焼いたであろう、褐色の肌が、より引き立つマッチョ集団だ。

引く!!

 春日さんは超ドン引きだった。

「甘味処『マッスルM』へようこそ!!」

「聞いてねえよ!!看板にはマッスルなんて書いてなかったよ!!」

 つい上級生に突っ込んでしまった!!

 いや、俺はあんま上級生を敬うキャラじゃないが。

 マッチョ先輩に案内され(空いてる席へどうぞ!!と言われただけだが)と真ん中のテーブルに着席する。

 つか、客がいないから席選び放題だ。

 下がったテンションの儘メニューを見る。

「………」

 俺とは対照的に、春日さんの分厚い眼鏡の奥にある瞳が輝く。

「なんか興味引く物あった?」

 こっくり頷き、メニューに指を差す。

「何々…三種の羊羹メープルシロップ漬け生クリームを添えて?」

 ………それは甘々そうだな。

「じゃあそれだな。飲み物は?」

「……抹茶ミルク蜂蜜がけがいいかな?」

 飲み物まで甘々か!?

 驚愕しつつも、マッチョ先輩を呼び、それを注文。

「彼氏さんはどれにするんだい!?」

「声でけーよ!!つか春日さん!!顔真っ赤!!ちょっち落ち着け!!」

「だから彼氏さん!!注文は!?」

「だから声でかい!!一番甘くないヤツとお茶!!」

 もうマッチョ先輩を黙らすのは注文しかなかった。

 マッチョ先輩はかしこまり!!とか言ってポージングをした。

 もしかして、それはサービスかも知れない。

 だとしたら、チョーいらねえ!!

 ふう…慌ただしかったなあ。

 気を取り直して、品が来るまで雑談と行こうか。

「ねえ春日さん、あ」

「おまちどおさまあ!!」

「はえーよ!!話する間も無かったよ!!」

 注文してから5秒しか経ってねーじゃねーか!!

「はい三種の羊羹メープル漬け生クリーム!!と!!抹茶ミルク蜂蜜!!」

 出された物は、普通の羊羹、柿羊羹、栗羊羹をカットした物を、メープルシロップにひたひたと漬かっている物に、生クリームをモリモリと乗せている、マジでこれ食うの?と疑問を抱かせる物体…

 春日さんは目を輝かせているが。

「はい!!彼氏さんのはところてんの酢醤油ね!!」

 確かに甘味処にはところてんの黒蜜がけがあるが、酢醤油はどうだろう?

 注文通り、一番甘くないヤツだろうけど。

 ごゆっくりどおぞお!!ど、これまたデカい声を上げて去ったマッチョ先輩。

 伝票を面にしたまま。

 こういうには普通裏返しにして出すもんだろ。と思いながら伝票に目を向けると、三種の羊羹が、なんとまさかの二千円!?

 高い!!羊羹切ってメープルシロップに漬けて生クリーム山盛りにしただけなのに!!

 ……材料費高そうだな…二千円は妥当なのか?学祭で設定する金額じゃないが。

「……いただきます…」

 フォークで柿羊羹をぶっ刺して口に運ぶ。

「……美味しい!!!」

「ウソ!?」

「……ホントだよ?一口…はい、あーん…」

 恥ずかしいが、せっかくだから味見をと…






「はっ!?」

「……一瞬固まったようだけど…美味しくて感動したのかな…」

 成程、俺は一瞬意識を失ったようだ。

 この一口で糖尿になりそうな甘味の前に。

 口直しとばかりにところてんを食う。

 酢醤油のサッパリ感で甘々が洗い流され…

 ねえよ!!まだ口の中が甘いよ!!

「なんつう破壊力…!!」

 脂汗を拭きながら戦慄する。

「……うん。なかなかパンチが効いている甘さだよね。でも、少し物足りないかな?」

 マジか!!あれで甘さが足りないと!?

「……蜂蜜とか、かけてくれないかな…」

 更に蜂蜜を御所望ですか!?

 真っ青になりながらも、マッチョ先輩(つか、ここの教室全員マッチョだ。気色悪い)蜂蜜を頼んでみる。

「トッピングで200円だよ!!」

 ドン!!とお皿に並々注がれた蜂蜜が、テーブルに置かれた!!

「………………」

 無言ながらニコニコして、その蜂蜜を羊羹にドロ~ン、と…

 駄目だ。見ているだけで胸焼けしそうだ。

 約40分掛けてじっくり堪能した春日さん。

「……御馳走様でした…ほう…」

 吐息がめっさ色っぽいんだけど。

 どんだけ満足したんだ。いや、満足してくれたなら良かったけど。

「んじゃ出ようか?」

 伝票持って会計をする。

 学祭なのに三千円オーバーですか…

 四千円支払ってお釣り20円ですか…

「毎度ありっ!!またそうぞっ!!」

 最後までポージングのサービスをしてくれたマッチョ先輩達。

 もう来ないと思うが、頑張ってください。

「……美味しかった…」

「そうか。なら良かった」

 満足したならいいさ。四千円くらい。

「……あ、もうちょっと一緒にいたいけど…」

「うん。もう休憩終わりか。じゃ、送って行くよ」

 コックリ頷き、俺の袖を撮む春日さん。

 俯いてはいるが、その染まった頬が、俺をにやけさせてくれた。

 春日さんと別れ、少し手持無沙汰だが、俺にはまだやる事がある。

 甘味じゃ腹は膨れない。

 要は昼飯を食おうって事だが、昨日のリサーチで既に見限っている。

 じゃあ外に出ようかな~とか思ったが、Cクラスのメイド喫茶に行って無かったな。

 楠木さんのメイドコスはもう見たが、接客もして貰いたい。

 と、言う訳で、Bクラスから徒歩1歩程のCクラスヘ。

 がらりとドアを開けると、結構繁盛しているのが解った。

 席は全て埋まっている。お客の大半は赤坂君みたいな人だが。

 マッチョ先輩の甘味処に、少し分けてやりたい。

 出直そうか迷っていると…

「いらっしゃ…あ!!隆君!!」

 メイドコスの楠木さんが、子犬のように嬉しそうに近寄ってきた。

「やあ楠木さん。繁盛しているな」

「いやあ、Eの占いよりは劣るよ。凄い集客数じゃない?」

 そうなの?中は全く手伝って無いから、解らなかった!!国枝君達大変過ぎるな!!

「で、デートのお誘い?うんうん。昨日の約束、ちゃんと守ってくれようとしてんだね」

 満足そうに頷く楠木さん。

「はは。まあそんなとこだ。ちょっと小腹が空いたんで、楠木さん待つついでに軽食取ろうと思ったんだが、席無いしな。出直そうかと思っていたとこ」

「出直す?そんな面倒臭い事しなくていいよ。ちょっと待ってて」

 言うや否や、近くのカウンター席に座ってメイドさんの接客受けている最中の…赤坂君…居たのか。その赤坂君の後ろ襟を掴み。

「アンタ、コーヒー一杯で一時間も粘ってるとか、営業妨害だから!!もう帰った帰った!!」

 赤坂君、そんなに粘っていたの!?しかもコーヒー一杯で!?

「ブヒッ!?コーヒー一杯とは心外!!萌え萌えじゃんけん8回!!メイドさんとのツーショット写メ16人!!計五千円は使っているじゃないか!!」

 赤坂君、お金の使い方間違っているよ!!ホントのメイド喫茶に行ったほうが絶対いいよ!!

「うるさい!!早く帰れ!!チョー邪魔!!」

「君とツーショット撮らせてくれたら帰るって言っているじゃないか!!」

「ふざけんな。私はそんな安い女じゃないんだよ。私とツーショット撮れるのは隆君だけ!!」

 最後は蹴って追い出した。

 学祭とは言え、接客業としていいのか?あれ?

「さっ!!席空いたよ!!」

 物凄くニコニコして、赤坂君の居たカウンター席に俺を誘う。

 つか、俺より先に待っていた人いたんだけど、いいのかな…視線が痛いんだが…

「どうしたの?早く座りなよ?」

「あ、うん」

 キョトンとされて促されちゃ仕方が無い。

 先客の視線くらい我慢しよう。

 と、徐にネコミミを装着する楠木さん。

「いらっしゃいませにゃん」

 御叮嚀にグーを握って手首を傾げ、猫の手まで作ってのポーズ。

 よくよく見ると、お尻のあたりに、猫のしっぽまで装備されていた。

「どう?可愛い?」

「正直言って可愛い」

「そっか、へへ」

 いやあ…その照れ笑いの方が何百倍も可愛いが…

 へへ、とか。ズギュンと来る。

「軽食だよね?オムライスとかどう?」

 オムライスか…悪くない。

「じゃ、それ一つ」

「はーい。メイドのドリンク、どうしますかあ?」

 ん?今何か訳が解らん事を聞かれたような?

「あ、えとね、この喫茶店はメイドのドリンクを注文すると、そのメイドがお帰りまで接客するシステムなんだよ。親が夜のお店経営している子の案」

「夜のお店っ!?」

 いやいやイカンだろ!!学祭だぞ!!生徒のモラルってか、何と言うか…

「勿論注文するよね?私隆君とお喋りしたい」

「……ああ、そうね…じゃ、メイドさんのドリンクと、ついでに俺にも何か適当なのを…」

「はーい。少々お待ちをー」

 めっさはにかんでオーダーを伝えに行く楠木さん。

 あの笑顔見るんなら、嫌とは言えないだろ。

 厨房の方からじゅうじゅうと音がして、卵を焼く匂いがしてくる。

 学祭の出し物でガスは使えないので、ホットプレートでの調理となるが、さて、ちゃんと半熟になるのか。結構楽しみだ。

「はい、おまち~」

 飲み物を持って楠木さんが来た。

 オムライスと一緒に来るものだと思っていたが、まあいいか。

「隆君はコーヒーだよね?インスタントで悪いけど、はい」

 流石にちゃんとしたコーヒーは期待していない。お値段も100円だし、問題無い。

「楠木さんのは…お茶?」

「うん。ウーロン茶。メイドさん用のドリンクは一杯100円ね」

 ぼったくり価格じゃ無かった事に胸を撫で下ろす。

 学祭だから、それは無いだろうが。

 そして俺の横にちょこんと座って、ニコーと楠木さん。かわええ…

「や、やっぱ指名とかあるの?楠木さんなら売れっ子じゃない?」

 咄嗟に質問した。なんか恥ずかしくなったからだ。

「指名は確かに入るけど、私は誰の接客にも入った事ないよ?」

 やっぱ指名は入るんだ。可愛いしな。

「因みに、萌え萌えじゃんけんも写メモしないよ」

「え?それっていいの?一応仕事じゃない?」

 それは意外だ。結構ノリいい方な筈だし、学祭と言う祭りを楽しむ方だと思ってたし。

 楠木さんは寂しそうに微笑し、口を開く。

「男子とは隆くんとだけって決めたから」

 それは…普通に嬉しいが…

「あ、女子とは萌え萌えじゃんけんしたよ。槙原と」

「なにやってんだ…」

「波崎さんとも」

「マジで?その時ヒロはどうしてたんだ?」

「なんか百合萌える!!って騒いでた」

 どんな脳内変換したんだヒロ!!

 つか、萌え萌えじゃんけんなるものは、一体どういうじゃんけんなんだ?

 そんな俺の思考を読んだの如く、やや小悪魔気味に笑った。

「萌え萌えじゃんけん、してみる?」

「いや、いい…」

「因みに一回300円」

「マジでいらないからな!?」

 そんなもんに300円とか、有り得ないだろ!!

「まあ隆君ならタダでいいけど、一応学祭の売り上げだし、特別に三回やらせてあげるよ」

「だからやらないって言ったよな!?」

 ヤバいカモられる!!

 そんな様子を見てケラケラ笑う。

「だよね!?こんなのにお金使うなんて、意味解んない!!」

「からかったのかよ…参ったな…」

「でも、ホントにやるって言ったらどうしようって思ったよ」

「いいからオムライスはまだか」

 これ以上弄られてたまるか。

 俺は楠木さんを追い出すように、オムライスの様子を見に行かせた。

「丁度できてたよー」

 見に行かせて帰ってきたら、オムライスが付いて来た。

 しかも結構うまそうだ。早速スプーンで食べようとすると…

「ああ、ちょっと待って」

 徐にケチャップを持ち、「美味しくなあれ~」と言ってハートを描いた。

「これ、じゃんけんで勝った時の景品」

「勝った時って…負けた場合は?」

 腕をバッテンの形にして言った。

「無し!!」

 300円払って負けたら景品無し!?

 凄い暴力的なシステムだ!!

 驚愕しつつも、震える手でスプーンを持つ。

「あ、待って」

「今度は何!?」

 俺からスプーンを奪ってオムライスを掬い「あ~ん」とやる。

「え?なになに?なんなの?」

 キョドっている俺に微笑みながら言う。

「これもじゃんけんの景品。負けたら当然無し」

 こおおおおお…赤坂君はこの為に頑張っていたのか…

 コーヒー一杯しか頼まなかったんじゃない。

 じゃんけんで勝って景品が充実するまで、コーヒー一杯で粘っていたんだ。

 そうなると、とんだけ負けたんだ、って事になるが、まさかあいこでも景品無しとか、修羅のじゃんけんだったのでは?と、推測した。

 しかし、今楠木さんにやって貰っているサービスは、じゃんけんの景品な訳だが…

「俺じゃんけんやってないよ?」

「うん。彼氏には当然だし」

 彼氏じゃねえよ!!少なくとも今現在はっ!!

 仕方がないと、財布から500円玉と100円玉を出して支払った。

「?」

 小首を傾げる楠木さん。

「いくらなんでも景品をタダで貰う訳にはいかないよ。赤坂君、かなりお金使っても、コレをゲットできなかったんだろ?」

「いや、それはそれ、これはこれとか…で、納得しないって顔だよね」

 大きな溜息を付き、素直に600円受け取る楠木さん。

「ま、そんな隆君だから好きになっちゃったんだけどね」

 おお…その憂い顔、普通に萌えるわ…

 顔に出たか、熱く感じた。

 それを払拭するように言う。

「だ、だけど勝った訳じゃないし、負けた訳でもないから、フェアじゃないと言われたらそれまでだけどな!!」

 そんな俺を見切ったかの如く、クスクス笑いながらボソッと言った。

「もう負けているからいいんだよ」

 ……

 ヤバいです。顔が熱いです。

 誤魔化す為に、オムライスをかっ食らう事しか道が無かった。

「そんなに慌てて食べなくてもいいよ」

 クスクス笑う。そんな楠木さんの方を見る度胸は無い。

「あ、ねえねえ。私もう直ぐで休憩入れるから」

「あ、うん。元々迎えに来たようなもんだし」

「じゃあそれ食べたら一緒に出よ」

「え?着替えとかしなくていいの?」

「うん。コスも宣伝だってさ。学校から出ないから、別にいいかって感じ?」

 因みにこの会話の間、一切楠木さんの顔を見ていない。

 恥ずかしいからだが。

「じゃあ速攻で食い終わるよ。って、もう終わった」

 所詮学祭のオムライス。味はまあまあ、量は少ない。完食までそんなに時間はいらない。

「うん。じゃ、食器下げてくるからちょっと待ってて」

 ガチャガチャと慌ただしく食器を下げる。

 逸っているんだな。そんなに嬉しいもんかな…

 ちょっとキュンキュン来てしまった。

 と、言う訳で、休憩に入った楠木さんと並んで歩いているのだが…

 み、みんなの視線が痛いっ!!

 メイドコスの楠木さんが、腕を絡めて必要以上にくっついているのが主な原因だ。

「ち、ちょっと離れないか?」

「え?なんで?デートじゃん?」

 小首を傾げられてもっ!!

 つか、過去にはこんな接近して来なかったのに?

 本気の楠木さんはこうなのか?

「さあ、みんなが羨む激カワメイドさんを、どこに連れて行ってくれるのかな?」

「自分で言うなよ…休憩はやっぱ一時間か?」

「そう。ウチも繁盛しているからねえ」

 繁盛していない様子のBクラス春日さんも一時間だったが。

 休憩は一時間が基本らしいな。国枝君もそうだったし。

「一時間じゃ劇は無理だな」

「食事系もヤダよ。つまみ食いでお腹いっぱいなんだから」

 つまみ食いすんなよ!!

 じゃあどうしようかなあ…

 そう言えば、まだ自分のクラスに顔出して無かったな。

 あそこならメイドさんを連れて行っても、俺のホームだ。

 ……より一層酷い事になりそうな気がしないでもないが。

「E組に行くの?でもさ、隆君のクラス、ウチ以上に繁盛しているじゃん?」

「まあそうだが。あ、並びたくないって事?」

 贔屓して横入りさせるような真似は絶対しないから、30分は並ぶ事になる。

 並びたくないなら別に行く事になるが…

「いや、私は全然いいけどさ。これってデートだよね?」

「デート…うん、まあそうだな」

「隆君も一緒に並ぶ事になるよね?」

「当たり前だろ?」

 一気にご機嫌MAXになり、更に引っ付いてくる楠木さん。

「ならいいよ。へへ」

 対する俺はハテナマークをびっしり頭上に浮かべる。

 しかし、楠木さんの言った意味が、直ぐに解る事になった。

 自分で言って何だが、ウチは一年で一番繁盛している。

 順番待ちで実に30分。その間、メイドコスの楠木さんに、ずーっと引っ付かれた儘だ。

「し、視線が痛いっ!!」

 可愛い可愛いメイドさんにデレられた状態の俺を、嫉妬や羨望、好奇、その他諸々の視線が穿つ!!

 そう言えば、この視線に耐えらえなかったからクラスに逃げ込もうとしたんだった!!

 自分の残念な脳が忌々し過ぎる!!

 やはり30分程の責め苦(?)を受け、漸くクラスに入る事が出来た。

 ホッとしたのも束の間、今度はクラスメイトが俺をイジり倒す。

「緒方が女子と一緒に占いにやってきたぞ!!」

「Cの楠木じゃん!!そう言えばスパーのギャラリーにいつもいたよね!?」

「ブヒッ!?萌え萌えメイドさんが緒方君と一緒にっ!?」

 最後のは赤坂君だが、みんな知っててイジってやがる…

 苦虫を噛み潰したように苦笑いしながらやり過ごす。

「緒方君、お客様連れてきてくれたのね」

 めがね実行委員の横井さんが、クラスメイトを割って俺の前に来た。

「ああ、うん」

「そう、それじゃこの『占いの館』のシステムを説明するわ。占いには霊感占いと星座占いの二種類があり…」

「ち、ちょっと横井さん。俺もEクラスで一応仕事一緒にしたんだから…」

 今更システムの説明をされても、である。

「あらそう。それは失礼」

 謝罪だろうけど、軽い!!

 これも横井さんなりのイジりなのかも知れないが…

「で、どっちにするのかしら?霊感占い?星座占い?」

 聞かれて楠木さんの顔を見る。

「う~ん…恋愛運見るのはどっちの占い?」

「どちらでも可能よ。寧ろお客様の大半は恋愛運を希望するわ。あの赤坂でさえも!!」

 いや、別に赤坂君も恋愛運見て貰ってもいいだろ。

 なんでそんな眉根を寄せて歯を食いしばるの!?

「霊感は国枝君だったよね?彼とは顔見知りだから新鮮味がないし…星座占いで」

「そう。見料100円よ。リラックスすると的中率が高くなると言うから、ハーブティーを飲むことをお勧めするわ。一杯100円よ」

「星座占いでリラックスすると的中率上がるってどうなのよ?まあいいけど…」

 財布から200円出そうとした楠木さんを制して、俺が200円支払う。

 まあデートだし、これくらい…

「緒方君、お二人様400円よ」

「俺も入ってるの!?」

 吃驚だった。見て貰うつもりは無かったのに…

 だが、これもクラスの売り上げ貢献の為だ。素直に400円支払う。

 つか、結構金使っているな…

 赤坂君には及ぶまいが。

 仕切っている星模様の青いカーテンを開けると、これまた眼鏡の占い師、最上さんが短めの髪を疲れたように乱しながら見据える。

「いらっしゃい…ん?んん??緒方君?」

 わざわざ眼鏡を持ち上げての確認。

「やあ最上さん。だいぶお疲れのようだね」

「そりゃ疲れるっての。昨日からご飯も碌に食べれてないし」

 首を傾げると、ゴキゴキと骨が鳴った。疲労がパねえと言う訴えだ。

「こんちわ~。彼との恋愛運を見てくれる?」

 狭いブース内だが、必要以上にくっついてくる楠木さんだった。

「はいはい。彼と貴女の星座教えてね~」

 答える楠木さん。つか、俺の星座を知っているとは驚きだった。

「ふんふん…その星座同士なら相性がいいね」

 何か書き記したノートを見て、速攻で結論を出した。

 物凄い簡単だ。

 呆気に取られる程簡単だ。

 これじゃあ朝のニュースの占いと何ら変わらない。

「そうなんだ~。ふ~ん」

 逆に機嫌が更に良くなる楠木さん。こんな簡単でいいの?

「でも、緒方君モテるから大変よ?」

「あー。うんうん、そうなんだよね。ちっと強敵が二人いるんだよねー。どうすれば出し抜けるかな?」

「まずは緒方君の好みを見切ればどうかな?」

 ………これは…恋愛相談じゃねーか!!占い関係ねー!!

「ねえ緒方君。緒方君の好みの髪型は?」

 呆けていると、いきなり聞かれたので、咄嗟に素直に喋った。

「え、えーと、似合っていれば特に…」

「胸は大きい方がいい?」

「い、いや、拘らないけど…」

「萌え萌えメイドさんのコス着た子はどう思う?」

「可愛いと思うけど…」

 一通り質問し、瞼を閉じて頷く最上さん。

「良かったね!!脈ありだよ!!」

 親指を立てて、力強く言い切った。

「ウッソ!!きゃー!!やったー!!」

 喜ぶ楠木さんに申し訳ないが、楠木さんに絡めている質問は、最後のメイドコス以外に無いんだが…

 こんなんで本当にいいのか?と、我がクラスの出し物ながら疑問に思った。

 結局占いは恋愛相談。いや、それですらも無い、単に喜ぶような言葉を並べただけ。

 なんか納得できん。

「いやー、気休めのサービストークだったけど、結構面白かった!!」

 仕切りカーテンから出て、直ぐにネタバラシしたと言う。楠木さんも重々承知だったか。

「……もし、ちゃんと占って欲しかったら国枝君の方に…」

 最後まで言わせずに首を横に振る。

「だって変な結果出たら嫌じゃん?」

 それは…そうかも知れないけど…

 なんでそんなに寂しそうな顔するんだよ?

「さって、結構時間使っちゃったな。もう行くね」

 軽く伸びをし、退出しようとする楠木さん。

「ちょっと待って」

 俺は若干慌てながらおみくじを引いた。

 一回100円。神社で使っている、正統物らしい。

「これ、お土産。ってか、こんなのしか無いけど…」

 さっきの寂しそうな笑顔が吹っ飛び、本当に嬉しそうな笑顔になった。

「ありがとう!!開けていい?」

 うん。と言う前に開いた。

「大吉だ!!」

「そりゃ良かった」

「うん!!ありがとう!!じゃあね!!」

 勢い良くドアを開け、駆け足で帰って行く。

 良かった。喜んでくれて。

 俺自身もなにか嬉しくなった。

 さて、本当に暇になってしまった。

 楠木さんが帰った後、手伝うと申し出た所、却下された。

 理由は充分働いて貰ったからだ、と。

 これ以上お客増やすな、と。

「う~ん…サービス業で客いらねとか言われてもなあ…」

 まあ学祭だしな。程よい忙しさがベストなんだろうな。

 だが、暇だ。知り合いもいないし。

 川岸さんやら木村やらが来ていれば、暇は潰せたんだが。

「おう隆、暇そうだな」

 声をかけられ、振り返ると、ヒロだった。

「あれ?波崎さんは?」

「帰ったよ。俺はノルマクリアしていなかったから、まだ仕事が残っていたからな。後夜祭にまた来るってよ」

 後夜祭?はて?

 新たなイベント出現なれど、そんなイベがあったとは知らなかった。

 因みに、と、聞いてみる。

「その後夜祭って何やるんだ?」

「あーっと…確か風船飛ばしたりするんじゃなかったか?」

 なにそれ?炎を囲ってフォークダンスとかはやらねーの?

「それより、漸くノルマクリアしたんだが、いきなり暇になってよー」

「そうか。じゃ、どっか行くか」

「だな。今体育館でどっかのクラスの劇やっているらしいが…」

 と言っても、野郎と仲良く劇なんて鑑賞したくない。

 せめて軽音楽部の演奏とかなら良かったが。

 俺はヒロに聞いてみる。

「腹は?」

「結構食ったからなあ…」

 そりゃ波崎さんと歩いたんだから、色々食べたりしたんだろうな。出し物も、見て回る物なら大体見ただろうし。

「なんか面白い物あったかよ?」

 ヒロが聞いてくる。女子と出掛けたのが、そこはかとなくバレているようだ。

「全然似てない似顔絵と、合成写真。マッチョが経営する激甘甘味くらいかな?」

「……聞いただけでは興味をそそるが、お前のその苦虫噛み潰したような顔じゃ、禄なもんじゃねえようだな…」

 まあ楽しかったけどな。女子と一緒だったからだろうけど。

「じゃあお前はどうなんだ?」

「あーっと…視聴覚室で…」

「映研?それはなかなかおもしろそうだな!!」

「……ハムカツ売ってた…」

「………」

 なにも言うまい。

 ラクロス同好会が似顔絵やっているくらいだ。映研がハムカツ売ってもいいじゃないか。

 物凄く釈然としないけど…

 取り敢えず、通路で話し込んでも仕方が無いので、何か面白い物が無いかと校内を見て回る事にした。

「つか、優と歩いた時は、もっと楽しかったんだが…」

「文句言うな。だったら一人寂しく見て回れ」

「そうしたら困るのはお前だろ」

 ……そうかも。

 黒木さんにコミュ障認定されたからな、俺は。

「そ、そういや練習試合はどうなったんだ?ヒロには話くらい行っているだろ?」

 何となく話題を逸らしてみる。

「ああ、向こうから事故で練習生亡くなったから、今回は中止に。と来たらしい。今回はお流れだ」

 そうか。やっぱりな。だが中止なら中止と、俺に一言あってもいいんじゃね?

 元々練習試合は、会長が嫌味を言われてキレた事から始まったんじゃないか。

 ともあれ、校内一周したが、特に面白い物は無かった。

 ある意味面白い物はあったが。はたらくくるま研究会のオカマバーとか。

 つか、寧ろ、はたらくくるま研究会の活動内容に興味芯々だったが。

「ただ冷やかしに見て歩いただけでも、結構時間潰れたな」

 そう言われてみれば、もう直ぐで夕方だ。

「と、言う事は、学祭も終わりか…」

 色々あったが、結構面白かったなあ。あ、まだ後夜祭ってのが残っていたんだっけ。

「お前後夜祭どうすんだ?」

「どうするって?」

 聞き返した俺に意味深な笑みを向けるヒロ。

「なんだよ?」

「いや、学祭ってのは結構なイベントでな。カップル生産率がナンバー2だって話だ」

 ………ほう…

 それはなかなか修羅な、いや、喜ばしい事を聞いたな。

 知らず知らずに冷や汗が流れているのが解る。顔は笑っているのにだ。

 因みに聞いてみる。

「じゃあナンバー1はなんだ?」

「修学旅行だよ」

 なんか納得だ。一緒に見て回りたいしな。

「俺は既に相手がいるし、他の女子からは何のアプローチも無かったから問題ないが、お前はどうかな?」

 ………

「おいおい?どうした隆?顔色が紫だぜ?」

 肩を竦めてニヤけるヒロ。

 こいつ性格悪いな!!しかもなんか余裕だし!!

「ま、まあ特に約束もしなかったし、別に俺は一人でもいいし、何なら一人の方がいいしな」

「そりゃ一気に修羅場よりは、一人の方が全然ましだよな」

 ……なんかヤバい…

 楠木さん、春日さん、槙原さんと、一気に来られたら、今の俺では対応できん…

 物凄く困っている俺を余所に、学祭終了のチャイムが鳴る。

「お、終わったな。さて、一度教室に帰ろうか。集計計上して、一位を後夜祭で発表するらしいからな」

 集客数云々は確かに気になる所だが、それ以上に気になる事が出来た俺は、胃がキリキリと痛んだ…

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