後夜祭~001

 教室に戻って、眼鏡実行委員の横井さんが、労いの言葉やら、集客数やら色々喋っていたが、あんま頭に入らない。

 よく考えたら、楠木さん達とそれぞれ学祭回ったんだ。その時に何らかのアクションがあってもおかしくはない。

 だが、無かった。

 と、言う事は、全てが終わるまで待つとか言う、彼女達の約束事がちゃんと働いていると言う事だ。

 それなら何も不安に感じる事は無い。

 無いが…

 何だ?このザワザワ感?

 勘は鋭い方じゃないが、それなりに修羅場を潜ってきた。

 そのキャリアが、何か警鐘を鳴らしている…

「……ではそろそろ時間なので、体育館に向ってください。校長先生の有り難い長話がありますので」

 っと…考え事をしている間に、結構な時間が経ったのか…

 皆が歩き出すが、何故か俺の身体が動かない…

 いよいよ以てヤバい?

「どうしたんだい緒方君?」

「何ボーっとしてんだ隆?」

 国枝君とヒロが、おかしな顔をして俺を見る。

「ああ…いや、何でも無い…」

 無理やり引き摺るように足を踏み出し、俺も漸く歩き出した…

 

 校長先生の有り難くも長いお話も、ちっとも耳に入らなかった。

 まあこれはいつもの事だが。

「ウチのクラス、集客数4位だってな!!」

 ヒロが興奮しながら言っていた。

「4位は良かったけど、疲れたよ。正直もうやりたくないかな」

 国枝君はいっぱい頑張ったから疲労度が段違いなんだろう。愚痴くらい言っても良い。

「…お前なんか変だぞ?愛想笑いで無理やり応えているような感じだが…」

 そうなのか…俺、そんな感じになっているのか…

「ホントどうしたんだい?心配事でもあるのかい?」

「さっき言った、カップルがどうのってのは、冗談だからな?」

「いや…ただなんか嫌な予感がするだけで…」

 顔を見合わせるヒロと国枝君。

「……国枝、日向はなんか言っているか?」

「……いや…逆に困っているよ。緒方君の不安が何なのか解らない。って」

 麻美も解らないのか。

 じゃあ、やっぱり俺の単なる気のせいなのか……?

 麻美にも特定できない、意味が解らない俺の不安。

 それは一向に治まる気配は無い。

 それどころか、時間が経つにつれて、どんどんと加速していく。

 心配したヒロと国枝君がずっと張り付いてくれているが、やっぱり消える事は無い。

「隆、後夜祭フケるか?」

「いや。大丈夫大丈夫」

「緒方君、冗談抜きで後夜祭は参加しない方がいい。単純に顔色が悪いよ。体調不良と言っても問題ないよ」

「そんなに酷い顔色なのか…単に具合が悪いのかな…」

 力無く笑って応える。

「冗談じゃなくてだな…」

 ヒロが何か言おうとしたその時、横井さんの号令が出た。

「はーい。じゃあ校庭に集合してくださーい。後夜祭始まりまーす」

 ヒロと国枝君は物凄く悩んだが、取り敢えず校庭に出て、状態を見て決める事にしたようで、やはり俺に張り付きながら外に出た。

 薄暗い中、校庭のど真ん中、でっかい炎が立ち昇っていた。あれで看板等を燃やすのだろう。お焚きき上げみたいなもんだろう。

 学祭は終わったが、まだ屋台が数点出店している。

 学生じゃない、本物の屋台。わざわざ後夜祭の為に出店しているのだろう。

「隆、なんか食うか?」

 気を遣ってか、それとも自分が腹減っているのか、ヒロが屋台まで俺を引っ張って行く。

 連れて行かれた先は焼きそばの屋台。物凄い混み様だ。他の屋台も似たようなものだった。

「いいよ。お前波崎さんと約束してんだろ?俺に構わず、そっちに行ってやれ」

「着いたらメール来る予定だ」

 まだ来ていないって事か。

 後ろから国枝君が話し掛けてきた。

「緒方君、運良くたこ焼きが買えたよ。こっちで一緒に食べないか?」

 気を遣って貰って有り難いなあ。

 そう思いながら振り返る。


 ドクン!!


 心臓が高鳴った。

 国枝君の後ろ…

 白浜の制服の女子…が…

 ゆっくりと此方に近づいて来る…

 ポニーテールを揺らしながら…微笑を溢しながら…

「どうしたんだい?緒方君?」

 首を傾げる国枝君。

 俺に気付き、俺の視線を追ったヒロも表情を強張らせた。。

「隆…ありゃあ…」

 頷きながら、目を見開きながら…俺は小声で言った…

「朋美……」

 小声なれど国枝君に伝わったようで、彼も首を傾げたまま固まった…

 じりっ、じりっと近付いて来るにつれ、より一層朋美の表情が読めてくる…

 口元は確かに微笑を溢しているが、目が全然笑ってない…

 焦点も定まっていない感じだ。

 緊張に耐えかねたか、ヒロが口を開いた。

「よ、よう須藤…学校休んでたってな?体調良くなったかよ?」

 朋美はヒロに目もくれず、それでも俺に近付きながら言う。

「体調?ああ、ああ、うん。ちょっとメンタル的なものだったから手こずっただけだから。うん。心配してくれてアリガトね」

 とても有り難うとは思っていない、反射のみで出た言葉…

 ここで漸く国枝君が振り返った。

「……………っ!?」

 国枝君の顔すれすれに接近していた朋美。そしてあの表情の儘言う。

「邪魔よ」

「っ……………!!」

 奥歯を噛みしめながら道を譲る国枝君。

 やはり国枝君の方を見ずに言った。

「ありがと」

 反射のみで出た感謝の言葉を…

 ばち、と、朋美と目が合う。

「隆…」

「……おう」

 強がっていた。

 精一杯虚勢を張っていた。

 口での余裕な返しとは違い、心臓の鼓動が有り得ないくらい高鳴っていたから。

「久し振り」

 ここで朋美は、瞳孔が開いたような目をやめて、普通の朋美の目に戻った。

 安堵した。俺だけじゃない、ヒロもだ。

「お前、長い事休んでいたな。良くなったのか?」

 俺もヒロと似たような事を言う。社交辞令だな、これは。

「うん。ちょっと落ち込む事があってね。だけどホラ、私Aの文化祭実行委員だし」

「……学祭は終わっただろ。それに里中さんが充分頑張っていたからな」

「うん。さとちゃんには、後でちゃんと謝らなきゃな、って思ってる。だけど後夜祭には絶対に来なきゃならなかったからね」

 後夜祭に?一体何の用事で?

 嫌な予感が脳内をグルグル回る…

 少し俯き、上目使いで俺を見る朋美。

「知ってる?文化祭でのカップル成立度は、白浜高校で言えば2番目だって事」

 それは、ヒロから聞いた。

 しかし頷きもせず、ただ黙った。

「でも、それはちょっと違うの。本当は、後夜祭時に成立したカップルが二番目に多い」


 ざわり


 背筋が寒くなった。

 まさか…

 この無駄にプライドの高い朋美が、俺に告る?

 もしもここで告られて、それを拒んだ場合、どうなる?

 必死に朋美全体を観察するように見た。

 ポケットに刃物を仕込んでないか?軽く握っている拳の中に、劇薬の小瓶を持っていないか?」

「あのね、私…」

 待て!!まだ言うな!!武器の有無を確認するまでは!!

 そんな祈りも空しく、徐々に言葉となる朋美の唇の動き…

 と、その時!!

「ちょっと待ったあ!!告るなら、私を倒してからにしなさい!!」

 声高らかに、女子の頼もしい台詞が聞こえた。

 未だ固まっている国枝君を押しのけて、カッコよく現れたのは…

「楠木さん…」

 その大き目な瞳を微かに吊り上げ、口尻を持ち上げながら朋美を見て通り過ぎ、俺に密着するように腕を絡めた。

「ちょっ…」

「須藤だっけ?春頃にちょーっと面識あったよね?」

 にい、と、実に好戦的に笑う。

「……Cの楠木だったっけ?あのお薬大好きなビッチの」

 朋美は朋美でカラカラ笑い、射殺すように楠木さんを見据えた。

「そーです。お薬大好きビッチの楠木でした。『でした』よ?解るよね?この意味?」

「解るも何も…今はご立派に更生なさった、て事かな?アンタの事なんか心底どうでもいいけど」

 どうでもいい割には結構調べているよな、お前。

「そう。立派に更生なさったのよ、私は。隆君の愛のおかげでね」

 更にぎゅうぎゅうと密着する楠木さん。

 ちょっと痛いし、怖い。

 おっぱい当たって幸せだけど~。

 つうか、なんだ俺は?こんな状況で?自分で自分のアホさ加減が嫌になるわ…

 俺の反省を余所に、朋美の目が更に据わる。

「楠木、アンタが愛とか、なんの冗談?薬欲しさに誰彼構わず股開いていた女が?」

「いやあ。人間は真実の愛を知ると変わるものですよ~。アンタは?何か変わったの?変わらないよね?私の事、色々調べてくれちゃっているようだけど、逆も考えた事無い?」

 うおお…マジ怖ええ…

 何この強気?朋美は間接的とは言え、二人殺してんだぞ?

 それを暗に知っているって言うか普通?

 俺の心配を余所に、表情を変えず固まる朋美。

「……何をどう知っているか知らないけど…証拠は無いよね?対してアンタの過去は沢山証拠揃っているんだけど?」

「だから、さっきから自白してんじゃん。ちゃんと聞いていましたかぁ?そしてその事を全て知りながらも、愛を受け入れてくれたのが隆君よ」

「受け入れてねーだろ!!」

 流れに身を任せたらとんでもない事になりそうだったので、突っ込んだ。

「でも、保留してくれたんでしょ?」

 大きな瞳をパチクリさせ、聞いてきた。

 いや、確かにそういうニュアンスで言ったような感じだが、細部が違うだろ、細部が。

 しかし、何故か一瞬だが、動揺を見せた朋美。

 楠木さんのハッタリ(でも無いが)を聞いても、ピクリともしなかったのに?

「……保留って?」

「うん?ああ、私の敵はアンタじゃないって事よ」


 ざわざわ…


 何か雰囲気を盛り上げる為に、わざと風が吹いた。

「……へえ?眼中に無いって?一番隆を知っている私に対して?」

 見据えていた目が吊り上る。

 朋美がキレた!!ヤバい!!

 咄嗟に楠木さんを庇うように前に出る。

「おまたせ~」

 と、背後から呑気な声。

 振り向くと、波崎さんと、槙原さんが、屋台で仕入れてきた食べ物の山と一緒に現れた。

「なんだ槙原じゃん。波崎さんはいらっしゃい~」

 波崎さんに『だけ』歓迎の意を表す。

「あはは~。なんか絶好調だねえ美咲ちゃん。理由はそこのA組の子かな?」

 にこやかながらもすんごい細目で朋美を見ている…

 怖さ二倍!!

「Dの巨乳…!!」

 キレていた朋美に動揺の色が見えたが…?

「やあやあ、須藤さん。ここの所お休みの様だったけど、体調不良かな?まあまあ元気に登校出来て良かったねえ」

 ぷいっとそっぽを向き。

「まだ元気じゃないわ。ちょっと気怠いもの」

「へえ?それは大変だ。じゃあ早く帰ってお大事にした方がいいんじゃない?隆君は私が面倒見るからさあ?」

「いやいや。ちょっと槙原、ここは私に任せて先に行ってよ?」

「いやいや。美咲ちゃんこそ。私に構うな、振り返るな、よ」

 ……なんか解らんが、台詞がカッコイイ。

 対して朋美はなぜか顔色が悪くなる。

「………確信は持てなかったけど…アンタ達、『仲間』になったのね…」

 仲間?いや、結構前から友達状態だったぞ。楠木さんと槙原さんは。

 ふん。と、槙原さんが鼻で笑う。

「言ったじゃない?美咲ちゃんと春日ちゃんと私は本気だってさ?本気だからこその友達だよ。解るよね?」

 ……なんか俺の預かり知らん所で、朋美と槙原さんが何か話したようだが…

 チラリと楠木さんを見ると、物凄い勢いで顔を背けられた。

 ヤバい事していないだろうな?冷や汗が出てくる…

「根暗眼鏡も『友達』ね?アンタ達と毛色がかなり違うけど?」

 今度は楠木さんが鼻で笑った。

「あの子が一番ヤバいんだけど?正直言って、友達になって良かったって思っているよ」

 春日さんが一番ヤバいのは同感だな…

 ヤンデレ状態なら、躊躇なく人を刺し殺すのを知っているし…

 超険悪なムードの中、波崎さんがヒロの腕を引っ張った。

 ヒロが「?」と波崎さんを見ると、ウインクして微笑しする。

「なんか皆さんお話が長引きそうですが、せっかく買った食べ物が冷めちゃうのは、惜しいと思いませんか?」

「お…おお、そうだな!!面倒臭い痴話喧嘩は一先ず置いといて、隆、優がせっかく買ってきてくれたんだ。ゴチになろうぜ」

 肘でゴンゴン、俺を叩きながら言う。

「お、おお…そ、そうか、そうだな。そうしよう」

 朋美の告白(?)から逃れる為、楠木さんや槙原さんを朋美から離すため、乗っかる俺。

「そう言えば、国枝君もたこ焼き買ってくれたんだよな?」

「う、うん…すっかり冷めちゃったけどね…」

 ここで固まっていた国枝君が、漸く動けるようになる。

「僕のたこ焼きも仲間に入れてもらえるかな?」

 少しエキサイトしていた楠木さんと槙原さんが、ああ。と、同意して頷いた。

 どうやらここらがやめ時。と判断したようだった。

 しかし、改めて朋美を見据えながら言う楠木さん。

「聞いての通り、私達これからディナーなんだ。アンタも迷惑掛けた自分のクラスに謝罪に行ったり忙しいだろうから、今日はこれでヤメ」

 ディナーとな!?

 この屋台の食いもんが!?

 驚いたが、肝心な所はそこじゃない。

 自分のクラスに謝罪…

 こっちくんな!!あっちいけ!!と、暗に、強烈に言っている。

 しかし、確かにクラス実行委員なのに、忙しい中、暫く学校を休んでいたんだ。先ずはクラスのみんなに謝るのが先。それは流石に朋美も承知だろう。

 凄い苦虫を噛み潰したような顔になりながらも、一呼吸して振り返る朋美。

「馬鹿馬鹿しい事に時間使っちゃった。さとちゃんに謝らなくっちゃ。じゃあね隆。また後で」

 こっちを見ずに、そう言って歩き出す。

 ホッとするも、めっさ疲れた…こええよ女子…胆の据わり方は、俺達男子より遥かに上だわ…


 炎が辛うじて見える所に位置する教師専用駐車場に、槙原さんがブルーシートを敷く。

「下がアスファルトだから、ちょーっと固いけど、我慢してね」

 俺達男子は別に気にしないが、女子はどうかな…

 心配している俺を余所に、靴を脱いでトコトコと上がる楠木さんと波崎さん。

「うん。ちょっとお尻痛いけど、我慢できない程じゃない」

「だねー。校内とか芝生とかじゃ、また須藤とかち合うかもだし、こっちの方が全然いいよ」

 ……やっぱ女子の方が豪胆だな…

「春日ちゃんが飲み物持って合流するまで、食べ物はお預けねえ」

 そうか。朋美とのゴタゴタの時に、春日さん居なくて良かったな。間違いなく泣きそうだし。

 そう言えば、と、槙原さんが人差し指を掲げて言う。

「さっき須藤の所に乱入する前に、春日ちゃんに電話したんだけど」

「ああ、危険だから来るなって?」

「うん。そしたら『丁度カッター持っているから』って言うから、必死に止めたよ~」

 ……カッターを何に使うつもりだったんだろうなあ…

 引き攣りながら笑っている自分が、そこに居た。

 対して楠木さんは、本当に愉快そうに笑う。

「ははははは!!春日ちゃんならマジやりかねないからね。ほんと、友達で良かったよ!!」

 ……実際刺された経験のある俺だったら理解できるが、楠木さんは、春日さんの病み具合をどうやって知ったのだろう…

 深く考えまい…

「しかし、須藤さんだけど、なんか妙な迫力があるよね」

「おお…昔っから知っているが、なんか吹っ切った感があったよな。覚悟決めたって言うか」

 国枝君とヒロが素直にビビった旨を言い合う。

「そりゃあ二人目だし、もう小賢しい手使えないからでしょ。今度しくじったら終わりだろうし」

 ケロッと言い放つ槙原さんだが、それは、逆に言えば、小細工なしの真っ向勝負に出る。と宣言しているようなものだが…

 程なくして、春日さんがジュースの山を持って現れた。

「あ、春日ちゃん。ごめんねえ。一人でジュース買いに行かせて」

 槙原さんの謝罪に、フルフルと首を横に振って応えた。

「……これくらい大丈夫だよ」

 よいしょ。とジュースの入った袋を置くと、コロン、とカッターが落ちた。

「か、春日さん、カッターは危ないから、持ち歩かない方がいいよ?」

 コックリ頷き、そのカッターを大事そうにポケットに入れる。

 多分紙か何か切る時に活用するんだろう!!絶対そうだ!!

 嫌な汗を拭いながら、渡されたジュースのプルトップを開けた。

 槙原さんが全員を見回して頷き、ジュースを頭上に掲げる。

「全員揃ったねえ。じゃあ、文化祭の打ち上げと言う事で、かんぱーい!!」

 かんぱーい!!と、ジュースが零れるくらい、勢いよく振り上げる。

 いろいろあったが、結構楽しかった。

 正直な感想だ。

 楠木さんがジュースを煽り終えて言った。

「ホントは黒木さんや川岸さんも来ればよかったんだけど、用事があるって」

「まあ仕方ないよ。ラク研の打ち上げもあるし」

 そういや他のクラスは、打ち上げなんかやるのだろうか?Eクラスは話出てないけど。

「僕達のクラスは後日改めて、と言う話だったんだけど、みんなのクラスはどうなんだい?」

 ああ、後で打ち上げやるんだ。俺は誘われるんだろうか?

 なんか不安だなあ…

「Cも後でやるって言ってたなあ。春日ちゃんのクラスは?」

「……Bは今やっているけど…私はこっちの方が大事だから…」

「Dは次の土曜日。私、実行委員だからさ、どうしても出なきゃなんないんだよねえ…」

 どのクラスも打ち上げやるんだ。

 ウチのクラスはどこでやるんだろう?

 楽しみだが、ちゃんと誘われるのか不安過ぎる…!!

 

 この日は校内だと言う事で、早めに解散した。

 言い出したのはヒロ。しきりに波崎さんとアイコンタクトしていたのが気になるが。

 まあ、祭りの後は確かに興奮しているが、疲れている事も事実。実際国枝君は打ち上げ最中ウトウトしていたし。

 クラスで頑張っていた楠木さん、春日さん、槙原さんも欠伸連発していたしな。

 と、言う訳で帰宅途中なのだが…

「なんでみんなついて来るの?」

 疲れている筈のみんなが(ヒロと波崎さんを除く)俺の後ろから、ぞろぞろとついて来ている!!

 カルガモ親子じゃあるまいし。

 俺の質問に、キョトンとした顔で返したのは楠木さんだった。

「だって須藤が復活したんだよ?帰り道に待ち伏せとかあるかもじゃん?」

「いや、あってもどうって事ねーよ。まさか、いきなり刺される訳でもないだろ」

 寧ろ、その可能性があるのはこの三人の女子の方だろ。

 国枝君が眼鏡を持ちあげて言う。

「いや、須藤さんは確かに次は無い状態だけど、だからこそ小細工しないだろうし。緒方君に告ってくるかもだよ?君は『あの状態』の須藤さんに、ちゃんと断れるのかい?」

 ……それを言われると…

 開き直った朋美は、なんか鬼気迫る迫力があったしな…

『うん』と言わないまでも、考えさせてくらいは言いそうだ。

「解った。じゃあ頼むよ」

 夜道に一人で帰れないみたいで、非常にみっともないが、ここは素直に甘えよう。

 槙原さんがバンバン俺の背中を叩く。

「任せなさい!!」

 女子に護られるのはなんか違うが、これはこれで…

「……カッター持ってるし…」

「それ使っちゃダメだからな!?」

 春日さんから何とかしてカッターを取り上げなければ…大惨事回避は俺の仕事だし…

 みんなに送られて家に着く。

 すぐさま部屋に行き、うつ伏せでベッドに倒れ込んだ。

 これから先の事が全く解らない。

 俺の一挙手一投足で、どう転ぶのか…不安で押し潰されそうだった。

――隆…

 久々に登場した麻美。

 上体を起こし、麻美を見ると、麻美も不安そうな顔をしている。

 なんて声を掛けようか…自分のヘタレさに苛立つ。

 俺が頼りないから、麻美を不安にさせるんだ。

 自分が不安だからと言って、突っ伏している場合じゃない。

 精一杯の強がりで口を開こうとすると――

――あの子、今までと違うよ?余裕が無くなって余裕がでてきた…

 あの子とは、朋美か。

 まだ『あの子』と言うからには、規制の類が働いているのか。繰り返しの原因は、ほとんど解けたというのに。

 しかし、、余裕が無いのに余裕が出てきたとは、なんだ?

 首を捻る俺に、あっと気が付く麻美。

――ああ、ごめん。開き直ったって意味

「ああ、それなら俺も感じた。槙原さん達とも同じ意見だ」

 槙原さん達は、裏で色々やっているようだけどな。

 当事者の俺は蚊帳の外とか。

「でも、俺のやるべき事は変わらないんだろ?証拠集め」

――うん。あの子の今までの悪事の証拠集め。

「でも、殆ど解けたよな?それでもまだ?」

――うん。槙原さん達の安全の為と『お前はこういう奴だから嫌い』と、明確に解らせる為。そして隆の心の問題かな?

 俺の心ってなんだ?つーか…

「嫌いだと今言っても同じじゃねーか?」

――言って諦めてくれるならね

 ……決定打が無いと諦めもしないって事かよ…

 本気でうんざりするなあ…

 だが、ちょっと待て。

「悪事の証拠を理由に断るってもよー。楠木さん達の事も知っているようだったよな?俺はそれでもいいよ。みたいな事言っている訳で、じゃあ同類だからいいじゃん。とかならない?」

――ならない。つか、自白は無い

「なんで?」

――あの子は隆に良く見られたいし、なによりプライドが高いから

 ……そうだな。自分下げなんかする奴じゃない。

 昔からそうだった。誰が見ても明らかに非があっても、他人にそれを平気でなすりつけられる。

「じゃあ、やっぱりプランは変わらずか…」

――うん。前みたいに家に入ったりしてね。

 あれまたやるの?

 かなりの難易度だったろ?

 ……軽く頭痛がして額を押さえて目を瞑った。

――それより隆

 悪戯な笑みを浮かべて、俺ににじり寄る麻美。

「なんだよ?」

――文化祭が終わったら、次はクリスマスなんだよね。

 クリスマスか…またまた難儀なイベントが…

――過去には誰とも過ごした事は無かったんだけど、今回はどうなるのかな?

「俺が知る訳ねーだろ。一つ解っている事は、ヒロは捕まらないって事だ」

 あの野郎は波崎さんと過ごすだろうからな。

 死ねばいいのに。

――楠木さん達に誘われるって事は、あの子も当然誘ってくると思うけど

 ……ふううううううう…

 俺はキリリと表情を引き締め、麻美に訊ねた。

「どう言って断ろうか?」

――顔と台詞のギャップが凄いんだけど…

 そりゃあ、言っている事はヘタレ全開だしな。間違っちゃいない。

 しかし、俺はこの手のイベントは、過去にもまともにこなしていないのだ。解らない事は聞くに限るだろう。

――断らなくてもいいんじゃない?

 ん?なにを言っているのだろう?

 俺に朋美とカップルイベを進めろと言っているのだろうか?

――その顔は誤解しているようだね。大方あの子と過ごせばいいのか?みたいな頓珍漢な誤解でしょ?

 半眼で俺を見る麻美。

 なにその呆れを通り越して怒りの寸前の顔?

「だって額面通り受け取ったらそうなるだろうが?お前も知っている筈だろ?俺は頭が残念なんだ」

――ごめん!!そうだった!!隆に自力で考える力なんか皆無だったの失念していたよ!!

 マジ土下座して謝罪する麻美。逆に物凄く悲しくなったんだが…

――泣きそうな顔しないでよ。ホント悪かったと思っているんだから

「今の一言で、更に落ち込みそうになったんだが…」

 どんどん傷を深く抉る麻美。

 付き合ってはいなかったが、俺達両想いだった筈だよな?

 せめてもう少し優しくしてくれても…

――だからごめんって!!そうそう、あの子の誘いを断るんじゃなくて、先に用事を作ればいいんだよ!!

 逸らす為に結論を言うか…

 まあいいけど。

「成程そうか。先に誰かと約束しておけば、断るも何も無い」

 良い手ではある。が…

「誰と約束すりゃいいんだよ?」

 カップルイベに誰かと約束したら、朋美が報復ってか、逆恨みで、その子を酷い目に遭わせるかも知れない。

 逆にクリスマスに誘える女子は俺には三人しかいないし、その三人から一人を選ぶ事になり、その後の状況が危うくなるのでは?

――だったらみんなで集まる事にすればいいんだよ。その方があの子も乱入できなくなるだろうし

 みんなでか…

 それは良い手だ。

「よし、その方向で動いてみるか。学校始まったら槙原さん達に相談してみよう」

 朋美が動く前に、なるべく早く。

 防衛は先手が基本だし。今決めたんだけどな。

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