体育祭~002

 それから暫くは、特に何でも無い日々が続いた。

 ヒロが日増しに鬱陶しくなったのと、春日さんや槙原さんと一緒に昼食を取る時間が減ったのと、楠木さんと何度か一緒に帰ったのと、朋美と里中さんが微妙に距離を置き始めたのを除けば。

 麻美は相変わらず朋美の話はしない。朋美の話をしたい時は絶対に出て来ない。

 木村からも安田の居場所は掴めないとしか連絡が来ないので、もういいと言ったが、おかしなプライドが働いているのか、決してうんと言わなかった。

 何か逆に申し訳無く思ったが、そればかりあまり考えてはいられない。

 今日は体育祭の出場種目を決める日だからだ。

 いつもなら借り物競争に出ろ的なアクションを、槙原さんと朋美から受けるが、今回は全く無い。

 しかし油断は禁物だ。

 朝に槙原さんの具合が悪くなって、保健室に連れて行って、ホームルームに間に合わずに借り物競争に抜擢されると言う流れが、過去に何度もあったからだ。

 俺は結構ビビりながら学校に入った。

 まるで不審者のように、おどおどしながら。

 靴を履き替えて、そーっと廊下を見る。

 槙原さんの姿は無い。

 胸を撫で下ろしたその時、後ろから背中をポンと叩かれた。

 脂汗を掻きながら、ゆっくり振り向く…

「隆君おはよう……って、なんか顔色悪いけど大丈夫?」

 楠木さんだった。

 小首を傾げて可愛さアピール、、いや、もう癖だなコレ。実際可愛いけど。

「いや、ほら、今日ホームルームで体育祭の種目決めるだろ?なんか面倒臭くてさ」

 取り敢えず惚けてみる。

「ああ、体育祭か。そうだね。面倒っちゃ面倒だよね。私としては、体育祭の後の文化祭の方が楽しみだけど」

 そうなのだ。この学校は10月に体育祭、11月に文化祭と、立て続けにイベントが発生するのだ。

 二年生になったら文化祭の後に修学旅行もある。

 何故一年の後半に行事を詰め込んだのかは不明だが、お祭り好きには堪らない学校だろう。

 俺は面倒で仕方ないけど。

「でも、隆君なら運動神経もいいから、何に出たって活躍できるんじゃない?」

 それは以前、春日さんも同じ事を言われだが。

 因みに、と聞いてみる。

「楠木さんは何に出るの?」

「私はチアかな?ミニスカチア萌えない?」

 スカートの裾を持ち上げて、ポーズを決める楠木さん。

 俺は即答した。

「萌える」

「でしょー?」

 いやいや、そうじゃなくてだな。

「要するに応援だろ。それはクラスみんながやる事じゃねーか」

「まぁそうなんだよね。でも応援合戦も立派な競技だよ?ポイント入るし」

 そうなのか。初耳だ。

 つか、Cはチアか…確か俺達のクラスは学ランだった。繰り返し時はそうだった。

 チアいいなぁ…

 じゃねぇよ。

「だから、個人競技は何に出るかって聞いてんだけど」

「個人競技か…あんま興味ないからなぁ…大玉転がしとか?」

「あるのかよ大玉転がし!?小学校か!!」

 思わず突っ込んでしまったが、あるのだろう。借り物競争もあるくらいだしな。

 そんなお喋りをしていると、Cの前に着いた。

「じゃね隆君。どんな競技でも、私が応援してあげるから」

「ミニスカチアで頼むよ」

 要望を出して別れた。

 ミニスカチアは必要だ。

 需要もかなりあるだろう。学ランより遥かに。

 つか、槙原さんの腹痛が無かったな。あれがあれば、ホームルームに間に合わずに借り物競争出場だったんだろうけど、ひとまず助かったかな。

 安堵して教室に入ると、ヒロが既に着席していた。

「オス、ヒロ。早いな」

 挨拶すると、俺を一瞥して直ぐに正面を向く。

 その態度にムッとして訊ねた。

「なに無視してんだよお前?」

 訊ねたら、物調ズラで返された。

「話し掛けるな。俺は今集中してんだ」

「何にだよ?」

「俺は100メートルに何としても出なくてはいけない。100メートル枠を確保する為にだ」

 意外だった。体育祭にそんなに拘るとは、このウニ頭に一体何があったのか?

「100メートルなんて簡単に取れるんじゃねーの?お前足速いし」

「100メートルでトップ取らなきゃなんねぇから、最低クラスで俺より速い奴出ねえように念掛けてんだよ」

 ……それは間違えいるぞヒロ…同じクラスの奴と競う事は無いんだ…

 しかし、何故こいつが100メートルに拘るのか、そこには興味があった。

「………南女…白浜が体育祭の時休みなんだよ…」

「……は?」

 いきなり何言ってんだこいつは?

 因みに南女とは、南白浜女子高等学校の略称だ。

 野郎ばっかの西高生は、ここの女子を狙っている奴が大半だった。

 かく言う俺も、西高生をぶち砕く際に、偶然ながら何度も助けた事がある。

 結果『助けた』なんだけど。

「つか、南女が100メートルと何の関係が…」

 ヒロの眼光が鋭さを増し、俺を捉えた。

 何この殺気?怖いんだけど?

「……波崎が見にくるって言ってんだよ…」

「うん?」

「だから、南女が休みだから、波崎が体育祭を見にくるんだよ」

「………波崎さんは南女だったのか。はぁ、つまりお前、格好いいとこ見せたいと…」

 頭痛がしてきた。

 そして手の甲でヒロを叩いて言った。

「中学生かお前は!!」

「やかましい。だから隆、お前絶対に100メートルに出るな。もしお前が100メートルに選ばれたら、俺は力付くでお前を排除する」

「だから同じクラス同士は競わないと何度も…だが解ったよ…100メートルには出ない。誓う」

 もう面倒臭くてかなわない。

 俺は朝から疲労した身体を引き摺って、自分の席に座った。


 そんなこんなでホームルーム…

 ヒロは念願の100メートルをゲットし、他のエントリーのクラスメイトもヒロより早い奴は居なかった。

 ガッツポーズを取るヒロを薄目で眺めながら、俺は何に出ようかなぁ、とか考えていた。

 そういや楠木さんは大玉転がしだったか…

「次…2500メートル走…は…誰か立候補いませんかぁ?」

 長距離か。長距離が一番人気無いんだよな。

 まぁ無難にこれにするか。

 手を上げると、進行係が困った表情をした。何だ?

「えっと…4人も立候補してくれてありがたいんだけど、枠は3名までなんで、じゃんけんで決めて下さい」

 何?2500メートル走に4人も?

 振り返って挙手した奴等を見る。

 ……マラソン同好会の連中が全て挙手していたとは…

 つか、マラソン同好会やめて陸上部入れよ!!

 しかし、マラソン同好会は、体育祭でしか存在アピールする場か無いので、可哀想だな…

 俺は辞退した。

 別に2500メートルが好きって訳じゃないし、借り物競争以外なら何でも良かったからだ。

 

 ……困った…

 スプーンリレーは卵料理同好会に譲り、大玉転がしはスカラベ研究会に譲り、譲り、譲り、譲り…

 もう残っているのは借り物競争と二人三脚しか無い!!

 ちょっと待って!?なんで!?

 なんでこの二種目が残ってんの!?

 借り物競争は論外だとして、二人三脚って、女子とだよな?

 俺みたいな怖がられている奴と、組んでくれる女子が居るのか!?

 つか、卵料理同好会とかスカラベ研究会とかなんだよ!!

 この学校ボクシング部も無いのに、意味不明だろ!!

 しかしマズい…何としても二人三脚をゲットしなければ…

「次は二人三脚に立候補の方ぁ」

 当然手を上げる。

「二人三脚は、男子は赤坂君と緒方君、女子は黒木さんと佐藤さんと山岸さんですね。女子の方が多いので、じゃんけんで決めて下さい」

 流石に二人三脚研究会とか同好会は居なかったー!!

 俺の遥か前の赤坂君に目を向けると、バンダナを巻いた小太りメガネの赤坂君が、俺に笑みを向けながら親指を立てている…

 赤坂君あっち系の方だったー!!

 え?女子は?

 司会の女子に促されて、黒木さんと佐藤さんと山岸さんが壇上に渋々と立った。

 ひそひそと話声が聞こえる…

「ねぇ…どうする?緒方君はいいけど赤坂来ちゃったよ…」

「えー…私別に借り物競争でもいいけど…」

「だよね。赤坂はちょっと勘弁…あの邪なメガネキモイし…」

 赤坂君嫌われ過ぎだろ!!可哀想だろ赤坂君!!

 そんな赤坂君は女子の言葉が聞こえないのか、終始ニヤニヤしていた…

「あ」

 司会の女子が(つか、体育祭実行委員だ)プリントを見てバツが悪そうに言った。

「すいません。二人三脚は一組でした。赤坂君と緒方君もじゃんけんお願いします」

 何だって!!じゃあ負けたら…

「ち、ちょっと、じゃんけん負けたら借り物競争になるのか?」

「まぁ、そうですね。借り物競争は男女混合でも構わないようなので」

 ここで借り物競争出場の可能性が出てきた!!

 ヤバい!借り物競争はヤバい!!

 真っ青になって震える俺…

 赤坂君は既に壇上に上がっている。

「ふふふ…緒方君…残念だけど二人三脚は渡さないよ…ふふふ…」

 めっさやる気の赤坂君だが、女子は明らかに嫌そうな顔をしている!!

 く…!俺のじゃんけんは、俺の運命のみならず、三人の女子の運命をも握っているのか!!

 勝たねばならない勝負、余計なプレッシャーは避けたいのに、三人の女子は祈りながら俺を見ている。

「隆、グーだ。気合いのグーで勝負しろ」

「気合いで確率はどうにもなんねーよバカ!!」

 他人事のヒロの適当なアドバイスを一蹴し、俺は運命の壇上に向かった!!

 赤坂君がメガネを光らせて、笑う。

「ぐふふふ…緒方君…残念だけど、二人三脚は渡さないよ…女子と密着してフラグを立てるのは僕だ」

 黒木さんも佐藤さんも山岸さんも、女子とは思えぬ顔で打ち振るえている。

 赤坂君、二人三脚を勝ち取ってもフラグを立てる事は不可能のようだぞ。

「赤坂君…俺は借り物競争に行く訳にはいかないんだ。文字通り命が掛かっているからな。赤坂君には思う所が何も無いが、ここは押して参る!!」

 腰を落として低く構える。

 拳を握った形の腕を伸ばす俺…

「最初はグーだぜ赤坂君…」

「ぐふふふふふ…その意気や良しだよ緒方君…僕の100パーセントを見せる時が今日此処で来るとは…」

 赤坂君は一度野球の投球フォームを作り、やはり拳を握った形を作ってゆっくり正面に置いた。

 女子の視線が俺に注がれている。

 祈っている。『勝って!!』と。

 暫くは静寂が場を支配した。

 その静寂を打ち破ったのが、司会の体育祭実行委員の女子だった。

「最初はグー」

 極限まで研ぎ澄まされた集中力。

「じゃんけん…」

 俺と赤坂君は同時に腕を上げた!!

 まばたきすら許されない刹那!!

 司会の体育祭実行委員女子が端的に放った言葉。

「ぽん」

 振り下ろした拳を無理やり正面に止める!!

 赤坂君なんて、汗まで飛び散らせていた!!

「……緒方君が二人三脚に出場ですね」

 俺のグーが赤坂君のチョキに勝った瞬間だった!!

 極度の緊張から解き放たれ、肩で息をする俺。赤坂君は両膝を床に付き、がくりと項垂れた。

「馬鹿な…僕の無敵のチョキが…!!」

「はあ!はあ!はあ!いや…ギリギリだったぜ…」

 俺は赤坂君に手を差し伸べた。

 項垂れていた赤坂君が顔を上げて、笑いながら俺の手を取る。

「完敗だよ緒方君。僕の代わりに女子と密着してフラグを立ててくれ…」

「いや、それはいい」

 そこはあっさりと断った。

 死闘を終えた俺と赤坂君は、別に友情が芽生えた訳もなく、普通に自分の席に戻る。

 特に拍手も起きなかった。

 ただ、じゃんけんで出場競技を決めた。

 それだけの事だった。

 女子の二人三脚出場者は黒木さんだった。

 女子のじゃんけんは別に熾烈を極めない、単なる運で決まった感じだ。

 黒木さんが席に戻る途中、俺の席に回ってきた。

「よろしくね緒方君」

「うん。よろしく」

 黒木さんは微笑んで席に戻る。

 良かった。別に嫌われている、怖がられている訳じゃなかった。

「隆、黒木ってエロくねぇか?」

 ヒロがそんな事を言った。

 うーん…肩まで掛かった髪を纏めて、上に止めているからうなじが見える。からエロい、のかなぁ…

「まぁ、胸はお前のお気に入りの槙原には及ばねぇが、そこそこデカいしな」

「誰がお気に入りだ。波崎さん関連でくっつけようとすんな」

「な、波崎は別に関係ねぇし…」

 その波崎さんに格好いい所見せようとして、100メートルにエントリーしたのは誰だ。

 お前なんて他のクラスの奴に負けてしまえ。

 クラスの点数に直結する競技なのに負けろとか思ってしまうのは、俺の心が貧しいからだろうか?

 恐らくそうだろうが、別に貧しくてもいいや。とか思った。


「へー。隆君は二人三脚かぁ」

 昼休みに、何故か俺のクラスに来た槙原さんが、サンドイッチを食べながら言った。

「色々あってね」

「こいつ馬鹿でさ。誰かと出場競技被ったら譲りやがってさ。最後に借り物競争と二人三脚しか残ってねぇの」

 ヒロがフレンドリーに槙原さんに経緯を話した。

「ふーん…二人三脚ねぇ…ねぇ、どう思う?春日ちゃん?」

「……え…うん…頑張ってね緒方君…」

 何故か槙原さんと一緒に来た春日さんに激励された。

 つか、いつの間にか本当に仲良くなっているし。

 つか春日さん、居心地悪そうだ。

 元々引っ込み思案なんだ。他のクラスで昼飯食べるなんて、結構キツいんじゃ?

「だから、お昼休みはみんなで中庭行こうって言ったじゃん」

「いや、自分のクラスで食べろよ…つか、楠木さんまで、なんで居るのさ?」

 楠木さんは、俺達が机を並べて昼飯を食べているのを目撃して、何故か乱入してきた。

「まぁいいじゃねぇか隆。楠木も更正したようだし、次からは中庭で食おうぜ」

「お前は順応し過ぎだろ…」

 ヒロはもうちょっと硬派な奴だった筈だが、波崎さんと関わってから、少し方向性が変わったように見える。

 だが、これで完全に二年の春の刺殺は避けられた。

 当事者の女子が三人とも仲良く、少なくとも表面上ではいさかいを起こさずに、一緒に昼飯を食べているのだから。


 今日も終わった。

 帰ろ帰ろとヒロと鞄を担ぎ、教室から出ようとすると…

「あれ?緒方君と大沢君、どこ行くの?」

 と、女子に問われた。

「どこって…帰るんだけど…」

「何言っているのよ?ホームルームの時言われたでしょ?今日はグランドの使用許可が出たから、体育祭の練習するって」

 ヒロと顔を見合わせる。ヒロも『今知った』と言う顔をしていた。

 つか、今までは体育祭の練習とか無かったよな?

――あったよ?

 おっと麻美、真っ昼間から出てきたな。

 つか、今までもあった?

 コクンと頷く麻美。

――今までは隆が怖がられていたから、誰も咎めなかっただけ

 なんと…俺の無駄なスキルでクラスに迷惑を掛けていたのか…

 つか、今までは?

――今回の隆はそんなに怖がられて無いよね。槙原さんや春日さんと普通にお喋りしてたからじゃない?

 今までも普通だったような…

 いや、槙原さんに関しては、色々勘ぐって距離を置こうとしたからな…

 まぁ、だが解った。これもクラスの行事なら、参加せざるを得ないだろう。

 俺は輪を大切にする男、緒方である。

 面倒がっているヒロを引き摺り、グランドへ出る。

 生憎と体操服を持ってないが、まぁ、他も似たり寄ったりだからいいか。

「つか、100メートルの練習を制服でするのか…」

「波崎さんに格好良い所見せたいんだろ?準備は万端な方がいいだろ」

「いや、俺もお前ほどじゃないが、日頃から運動しているんだが…」

 ボクシングを辞めたとは言え、そこはやっぱり習慣に近いからな。

 練習みたいにハードじゃなくても、柔軟したり走ったりはしているんだろう。

「つか、俺は二人三脚だが…」

 周りを見ると、黒木さんが体操服で気合いを入れて、同じ体操服女子達と談笑中だった。

「黒木って確かラクロス同好会だったな」

「なんでうちの学校は部活があんま無いのに、同好会やら研究会が沢山あるんだよ!!」

 確かバレエ研究会があって、バレー部と間違って入部した奴が居たとか。

 つか黒木さん、ラクロス同好会なのか。スポーツ少女だったのか。

 俺的にラクロスはヒロインがやる三大部活動だから、何か黒木さんが特別に見えてくる。

 因みに残りは新体操と弓道だったりする。

 黒木さんは俺を見付けると、友達の女子に手を振って、俺の所に走ってきた。

「おまたせ緒方君。練習頑張ろっか」

「いや、待ってはいないけど、やけに張り切っているね?」

 手に持っている鉢巻が、それを物語っている。

「いやいや、これは二人三脚用の紐の代用」

「そうなのか…」

 ボーっとしている俺に、構わずに紐を脚に括り付ける。

「はいできた。緒方君、確かボクシングやっているんだよね?」

「うん」

「じゃ、運動神経は期待していいよね?」

「二人三脚は運動神経云々じゃなくて呼吸じゃないかな…」

 黒木さんもラクロス同好会らしいので運動神経はいいだろうが、互いの呼吸で全てが決まるような…

「だから練習するんでしょ?」

「そりゃそうだよな…」

 至極ごもっともだった。

 つか、体育祭の練習は、リレー競技と二人三脚だけでいいような気がする。

 殆ど個人競技だし。

「んじゃ行くよ」

 言って俺の肩に腕を乗せてくる。

 すげー密着だった。

 黒木さんのおっぱいも当たりそうだった。

 俺も流れで黒木さんの肩を組む。

「…うーん…当然だけど、緒方君の方が背が高いからバランスが悪いね」

「そりゃそうだよ。って!!」

 俺の肩から腕を外して、腰に回して来た!!

「うん。こっちの方がしっくり来るかな?緒方君も腰にお願い」

「え!?えええ!?」

 逆に仰け反って距離を取ってしまった。

「凄い密着するよね?だから赤坂みたいに、いやらしいのはダメだったんだよ」

「いや、俺も色々妄想するぞ!?」

 赤坂君のフォローをした訳じゃない。ただ単に本音が出ただけだ。

「う~ん…男子ならある程度は仕方無いよね。でも緒方君は女子にモテるから、役得感がぱないから」

 役得感って…ぱないって…

「俺…モテた事無いんだけど…」

「ああ、面と向かって告ってくる子は居なかったかもね。緒方君彼女いるって噂あったから」

 なにその噂?初耳なんだが?

「ヒロが適当な噂流したのか…」

「え?いやいや。緒方君の同じ中学の子にチラッと聞いただけ…何だっけな…須藤さんだっけ?A組の?その子が中学から付き合っているって」

 朋美と付き合っているって噂が流れていたのか?それこそ今まで聞いた事が無い、今回初めて聞いた事だ!!

 しかしまぁ…確かに中学時代、特に二年生の頃は、麻美と朋美くらいしか話す奴が居なかったからな…それで誤解した奴も居たかもな。

「でも、その噂流したのって、本人だって」

「はああ!?俺はそんな事一言も言ってねーぞ!?」

 それこそ根も葉もない噂だ!!

「違う違う。須藤さん本人。まぁそれも噂だけどね」

「朋美が流した!?いやいやいやいや!!なんであいつがそんな暇な事をすんのさ!?」

「私に聞かれても…ほら、緒方君、入学当初に上級生に絡まられていた子、助けたじゃない?あれ結構評判になってね」

 …………初耳過ぎる…

 ギャラリー多かったから、話くらいは直ぐに広まるよな…

「それを見ていたAの女子が、なんかいいよね、みたいな話を教室でしたんだって」

 ………そんなミラクルな出来事が…

「その時須藤さんが『隆は私と付き合っているから』って、聞いても無いのに言ってきたんだって。私も又聞きの又聞きの又聞きだから、本当の所は解らないけどね」

 マジか…それが本当なら、朋美は何故そんな嘘を…

 何故かは解らないが、俺の胸がやけにムカムカした。

 二人三脚の練習をやっている最中も、その事が頭から離れなかった。

 重要な何かがあるようで、しかし思考がグチャグチャで、考えが纏まらない。

 麻美に相談したくても出て来ない。

 朋美に関する事には口を開かない。

 ヒロに聞けば…あの夏休みの猿芝居を受けたくらいだ。朋美の真意くらい知っている筈だ。

 里中さんも同様だ。寧ろヒロより詳しく知っているかもだ。

 槙原さんなら知っていてもおかしく無いが、口を割ろうとはしないだろうし…

 よし、ヒロと里中さんに聞いてみよう。

「段々息が合ってきたね?ちょっと休憩しよっか」

「あ、うん」

 しまった。黒木さんとの密着を楽しんでいる余裕が無かった。

 勿体無い。非常に勿体無い。

「そう言えばさ」

 脚に括っている紐を解きながら、黒木さんが徐に言った。

「さっきの話。緒方君は須藤さんと付き合っているって噂があったから、誰も緒方君に告らなかったけど、例外がいたよね」

「例外?」

「Cの楠木さんだっけ?今日お昼休みに教室に来ていたから思い出したんだよ。確か中庭で告られたよね?」

 中庭も噂になったのか!!

 いや、確か槙原さんが噂になったとか言っていたような…

 だがそうか。確かに例外だ。

 もしかしたら、楠木さんからも何か話が聞けるかも知れない。


 練習が終わり、ヒロよりも先に校門から出た。

 走りながらスマホを開く。楠木さんに電話する為だ。

『やっほー隆君。デートのお誘いかなぁ?』

 2コールで出たぞ。スマホ開いていたのか?

「いや、デートの誘いじゃないが…」

『ふーん…残念だなぁ。あ、でもちょっと待ってて。掛け直すから』

「あ、何か用事あったのか。なんなら明日でも…」

『あ、いやいや。今日Cは体育館で応援練習だったんだよ。今着替えているところ。着替え終わるまで待っててって事』

「着替え中!?」

 ……いかん…色々妄想が…

『いやいや、いいんだよ別に。隆君なら直に触っても』

「な、何言って…」

『妄想したんじゃないの?ほら、私色々あったから、男子の事情は解るんだよねー。しかも寛大だし』

 ヤバい!バレてる!!

 こうなれば無理やり話を変えてだ…

「じ、じゃあ、えっと、校門で待ってるよ。俺もまだ学校だから」

『え?待っててくれるの?嬉しいな。例えごまかす為に話を変える為だとしても!!』

 ……色々厄介なスキルだな…槙原さんと違う、お見通し感だ…

 俺はしどろもどろになって電話を終えるのがやっとだった…

「お待ちー」

 校門に戻ってもたれ掛かっていた俺を発見した楠木さんは、素早く自然に俺の腕を組み、これまた自然に歩き出した。

 すげーわ。

 触れそうで触れない、ギリギリの間合いの胸。

 絡み付きながらも自由が利く腕。

 男に選択の余地を残しつつ、理性を保つ事を困難にすると言う技だ。

 楠木さんは…何て言うか、魔性?って言うのか?

 普通に可愛いし、このスキル。モテるわこれは。

「何?もちっとくっついて欲しい?」

 見上げる仕草がこれまた可愛い。

 じゃねぇよ。

「こんな密着は恋人とやるもんだろ」

 俺は無理やり振り解いた。

「あっ!ひどーい!!」

 むくれる楠木さんだが、プンプン感が出て可愛らしかった。

 じゃねぇよ。

「もう本題に入りたいんだけど、一番最初に…」

「あ、ちょうど良い所に喫茶店があったよ。話なら静かな所でじっくりみっちりしよう。そうしようそうしよう!!」

 とか言いながら、俺の手をぐいぐい引っ張る楠木さん。

 まぁ…お金はまだ余裕があった筈だからいいか…

 そのまま楠木さんに引っ張られながら、喫茶店に入った。

 入って気付いたが、この喫茶店は、ヒロが槙原さんからコーヒーチケを貰って、俺を誘った所じゃないか。

 まさかマスターまで槙原さんの情報収集に従事しているとは思えないが、他の女子との入店は何とも居心地悪さを感じる。

「ん?どうしたの?座んなよ?」

「あ、うん」

 自分の横の椅子をぱんぱん叩く楠木さんをドスルーして、真向かいに座った。

「うわひどっ!!女子が勇気を振り絞って隣に誘ったのに!!」

「いや、話がしたい訳だから、隣より正面だろ」

「お隣ならより親密にお話できると言うのに…」

「楠木さんキャラ崩壊してねーか!?」

 もうちょっとブリブリだった筈だぞ!?

「いや、外面は隆君に見切られているしさ。何が悲しくて通用しないキャラを押し通さなきゃだし」

「それにしても砕け過ぎだろ…」

 まぁ、作ったキャラで接しられてもムカつくだけだが。

「んじゃ早速話を…」

「あ、すみませーん!!ミルクティーとモンブラン!!」

「……ホット一つ…」

 喫茶店に入ったのに注文しないのは、あまりにもマナーに欠けるしな…

 突っ込みを飲み込んで、注文をするのが精一杯だ…

「さて話って?彼氏なら居ないけど?」

 どっかりと脚を組んで、背もたれに体重を預ける楠木さん。

「ピンクだな」

「見せているから」

 組んだ脚をぶらぶらさせてのチラリズムだった。

「パンツのお礼にここは奢ろう。だから脚戻してくれ。気が散って話ができん」

「付き合ってくれって告りに誘ったんじゃないの?性欲に訴えて告りやすいようにしたつもりだけどな…」

 当てが外れたとばかりに脚を戻す。

 つか、何故俺が告ると思うんだ。

 性欲に訴えるって技は、如何にも楠木さんらしいっちゃらしいけど。

 まあまあ、気を取り直して…

 真剣そのものの表情で軽く身を乗り出し、楠木さんに訊ねる。

「実はあの時の言だけど…」

「お待たせしました」

 俺はテーブルに突っ伏した。

 頼んだ飲み物が運ばれてきて、見事な出鼻挫きだった。

「あ、きたきた!!モンブラン好きなんだよね!あ、勿論隆君の方が何百倍も好きだけど」

「……そりゃどうも…嬉しいよ…」

 モンブランと比べられても、疲労が蓄積される事には変わりない。

 取り敢えずホットを一口飲んで気を鎮めた。

 きりっ、と、気を引き締めて、ホットのカップをテーブルに置き、軽く前に上体を出す。

「楠木さん、あの時の事だけど」

「あの時?」

 楠木さんは栗を避けて、クリームとスポンジを食べながら、首を捻った。

 恐らく彼女は栗を最後に食べるつもりなのだろう。

 苺ショートなら苺を最後に。

 じゃねぇよ。

 俺自ら思考の脱線すんじゃねーよ。

「あの、夏休み前に中庭で告ってくれた時…」

「あー…うん、確かに隆君の喧嘩の強さを当てにしたねー…ごめんなさい。謝るの遅れたね。でも腕っ節だけじゃなく、顔でもちゃんと選んだつもりだから…」

 顔でも、とな。

 そこは意外と嬉しいポイントだ。

 朋美やヒロに散々不細工呼ばわりされていたからなぁ。

 だから、じゃねぇよ。

「い、いや、その事は気にしてないから謝らなくても大丈夫だから。そうじゃなく、告った後に何かあったか聞きたくて…」

「告った後…うーん…クラスメイト経由で槙原に探り入れられた事かな?」

「槙原さんに探り入れられたの!?」

「うん。と言っても、それを知ったのはつい最近。槙原から直に聞いた。その事をわざわざ私に謝ってきたよ。まぁ、私も探られるの慣れているから別に、って感じだけど」

 ……なんつーか…二人は大物過ぎる!!

 こんな女子を相手にしてたんた。何回も死ぬ筈だ。

「その他に何か無かった?」

「その他…うーん…」

 頑張って思い出そうとしてくれている楠木さん。

 以前の彼女なら頑張らなかっただろう。

 ごめん、解らない。で、お終いな筈だ。

 改心したのは本当だった。

 槙原さんもそれに気づいて謝罪したんだろう。かつての自分の無礼を。

「あ、Aの子が喧嘩売ってきたよ」

 思い出したと手のひらで拳を叩く。

「Aの子?」

「うん。『緒方君には付き合っている子いるから振られるの確定!!』とか、わざわざCに笑いに来たよ。まぁ私としては振られたら別探すからいいや、みたいな感じでシカトしたけど。あ、でも今は振られたらマジ悲しい!!これは本当!!だから捨てないで!!」

「捨てないで、はおかしいだろ」

 キャラ崩壊は兎も角、Aの女子がわざわざ来た…

「それポニーテールの女子?」

「うん。たまに隆君と一緒に帰ってたりするよね。幼なじみ、だっけ?そのくらいの情報は入ってるよ」

 朋美…

 マジ何やりたいんだ…

 どうしよう…ムカムカが止まらない…!!

「……凄い怖い顔しているね?」

「あ、いや…」

 何がいや、なのか。そのとおりの顔をしているんだろうとの自覚はあった。

「でもAの子、えーっと、何て言ったっけ…興味無いから名前も覚えなかったからなぁ…」

「須藤だよ。須藤朋美」

「そうそう、須藤ね。なぁんかキナ臭いんだよねぇ…ほら、私、人の道を踏み外していたから、何となく解るんだよ」

 人の道って。踏み外していたって。自覚はあったのか。いや、自覚できたのか。

「キナ臭いって?

「だから人の道を踏み外していたから、同じ穴のむじなは解る、って事。槙原もどっちかって言うと私側だから、ヤバさが解る」

「槙原さんは別に人の道を踏み外して無いと思うが…」

「あー…っと…何て言うかな…槙原のは弱み握っての交渉、要するに脅しでしょ?それもトコトンだし。普通の高校生ならそんな事しないよ?」

 言われてみればそうだが…

「つか、槙原さんの事、なんでそこまで知ってんの?」

「んー…実は放課後に練習始まる前にちょこっと話したんだよ。槙原と春日ちゃんと」

 話?つか、春日ちゃん?

 何故一日、いや、実質数十分程度で、そこまでフレンドリーになれるのだろうか?

「話したのは、みんなの事は何故か隆君に知られているって事。私は夏休み前に木村とか薬の事知られていたから、あ、やっぱりか。って感じだったけど、春日ちゃんは凄い驚いてた。泣きそうにもなったよ」

「春日さんが泣きそうになった…って事は…」

 頷いて、取っておいた栗をぱくんと口に入れる。言うか言うまいか悩んでいる様子だ。

「隆君、春日ちゃんの中学時代、知ってる?具体的にはお父さんの事」

 探りを入れられた。そりゃそうだ。俺が知らないなら、それに越した事は無い。

 しかし、今日初めて話した春日さんに、そこまで気遣いを見せるとは…

 だから俺も真摯に答える。

「…知っている」

「やっぱりか…私も今日聞いた時はびっくりしたけど、春日ちゃん全く悪くないからね」

 ……楠木さん、普通にいい子じゃないか…

 かなり感動を覚える。

「まぁ、春日ちゃんにはちゃんとフォローしといたから。槙原と二人で」

「そっか…」

「槙原は脅し、春日ちゃんは、まぁ、虐待…んで私はお薬と、好きな人には知られたく無い黒い部分を持っているよね?それも飛びっきりのヤツ。でも好きな人はそれを知りながらも普通に接してくれる。私達が彼に改めて惚れ直したのは言うまでも無い!!」

 指を差されて火照る俺。

 いやぁ…まぁ…過去に好きだったから付き合った訳だし…

「ちっと脱線したね。つまり、その飛びっきりの黒い部分を須藤からも感じる訳よ」

 一通り話し終えたと言った感じで、ミルクティーで喉の渇きを潤した。

 だがそうか。朋美の飛びっきり黒い部分か…

 いや、そこは何となく解ってはいたが、肝心の黒い部分が解らない訳でだな…

 独り言でボソッと呟く。

「……でも、なんで朋美は、楠木さんに辛口を言いに行ったんだろ…」

「……は?隆君、それマジに言ってんの?」

 独り言なのに反応されて、更に呆れ顔だった。

 つか、楠木さん、何か心当たりがあるのか?

「……楠木さん、知っているなら教えてくれないか?なんで朋美は…」

「………成程…これは重傷だわ…」

 額に手を当てて大仰に溜め息をつかれた。

「そんなの簡単じゃん。須藤は隆君が好きなんだよ」


 は?


 は?

「はああああああ!??」

 ここは喫茶店。他のお客も居る店内。

 それにも関わらず、俺は店内に響く程の間抜けな声を上げた…

「ちょ!?声デカいっ!!恥ずかしいから!!」

 慌てる楠木さんに逆に捲くし立てた。

「いや、有り得ないだろ!!だってあいつ、小学校時代から俺を不細工不細工言って弄って遊んでいたんだぞ!?そもそも言われた事ねーよ!!」

「あの…普通は女子から告るの、相当根性いるんだけど…」

「朋美が俺に対してそんな気遣いするか!!」

「いや、気遣いじゃなくて、気のある素振りを見せて、逆に告白させようってテクあるじゃん?それだよ」

 気のある素振り……そんな事された覚えは無いが…

「……心当たりが無い、って顔だけど、それは隆君がアホみたいに鈍いからじゃない?」

 アホみたいにって。

「そ、そう言うが、槙原さんは告ってきたぞ?」

「あのね、実際春日ちゃんも隆君を好きだけど、告れないじゃん。それが普通だよ。槙原が根性入っているだけだよ」

「く、楠木さんだって…」

「私はほら、色々と計画があったから…でも、でもでも!!今はマジ好き!!これ本当!!」

 ……公衆の面前で何を言うんだ…

 ピンクのパンツが脳裏に蘇るじゃないか…

「え、えーっと、つまり、朋美が楠木さんに文句、つうか、辛口言いに行ったのは………どう言う事?」

 ピンクのパンツを脳裏から払拭する為に戻した話だが、疑問が浮かんだのでそのまま聞いてみる。

 楠木さんは再び脚を組み替えて、だから制服のスカートを短く改造すんな。ピンクチラリズムじゃねーか。

 払拭する筈が焼き付くわ。

「そりゃムカついたからじゃない?自分の物だと思っていたのを、横からかっさらうような真似した私に」

「俺がいつ朋美の物になったんだよ?」

「少なくとも須藤の中じゃそうなっていた、もしくはそうなる予定だったんじゃないの?」

 流石に頭を抱えてテーブルに伏した。

「意味解らん…」

 本当に意味不明だ。

 小さい頃から俺を不細工とか、話してくれる女子は私しかいないから可哀想とか…

 そんな事ばっか言われ続けられて、それが本当だと思い続けらされて…

 そこではっと顔を上げた。

「……ヒロが中学時代、少なくとも五人…俺に好意を持っていた女子が居たって言っていた…」

「だろうけど。隆君カッコいいから」

 いや…カッコいいとかどうでもいい。何故ヒロがそれを俺に言わなかったって事だ…

 ヒロを問い詰めれば…

 いや、それは無駄だ。絶対言わないと言われた筈だ。

「……くそ…また手詰まりかよ…」

「何が?」

「……ヒロにその時何で言わなかったか聞いた時があるんだけど…絶対言わないと断られたからな…そこから何かしら解るかもと思って…」

「それは大沢君が須藤に頼まれたからじゃない?多分だけど『隆が好きだから他の女子を近付けないで』とか言われたみたいな」

「馬鹿言うな。ヒロがそんな事受ける筈無いよ。奴なら『自分でやれ』みたいに突っぱねる」

 ヒロはあんな頭だが、筋は通っている。

 朋美のそんなつまらない頼みなんて、聞く筈が無い。

「そりゃ大沢君は隆君の味方だからね。須藤が何言おうが隆君がいいならいいでしょうけど、それこそ言い方とか、タイミングじゃない?」

「なんだよそれ?」

 問う俺に対して顔を背ける楠木さん。

 言ってもいいのか悩んでいるようだが…

「俺に関する事なら気にしないで言ってくれ。その方が助かるし、ありがたい」

 それでも言い出せないのか、しばらくは黙っていたが、やがて楠木さんは意を決したように口を開いた。

「…隆君、中学時代に大好きな女子居たって…」

 麻美の事か。後ろを少し振り向くが、相変わらず朋美絡みには出てこない。

 気配すら感じない。しかし、絶対に近くに居る。

 だから俺は真摯に答える。前を向き直し、楠木さんを直視して。

「うん、麻美。中学時代に虐められていた俺を庇ってくれて、支えてくれた、とっても大切な女の子だったよ」

 楠木さんは少し驚いた顔をした。

「…意外だね。もっと暗くなるかと思った」

「麻美と約束したんだ。終わらせるって。だから後ろばっかり見てられない」

「?…そう」

 よく解らないと小首を傾げる楠木さん。解らなくて当然だ。俺にしか解らないから。

「…んで、麻美さん、屋上から転落したって…」

「うん。俺を庇ってね」

「…隆君、凄いショックだった筈だって…」

「そりゃそうだよ。大切な女の子が自分の代わりに転落死したんだから。落ち込まない方がどうかしているよ」

「…そんで隆君ボクシング始めたって…」

「うん。麻美を殺した糞を俺や麻美と同じ目に遭わせる為にね。結果やり過ぎる程には強くなったけど、所詮暴力だから誉められたもんじゃない。動機もね。その時ジムに誘ってくれたのが隣のクラスだったヒロだよ」

 まぁ、実在誰にも誉められたくは無い。

 真面目にボクシングやっている人達に失礼過ぎるからだ。。

「…その大沢君と隆君は前から仲良かったの?」

「いや、麻美の一件以前は一度しか話した事が無い…」

「…じゃあさ、そんな大沢君が何故いきなり隆君をボクシングに誘ったの?」

「え?」

 俺も深く考えずに、ヒロが誘って来たから乗っかっただけたけど…

 俺の事情に協力的だったし、一緒に麻美を殺した糞共をぶち砕いた事もあった…

「…ねぇ、なんで大沢君は麻美さんの敵討ち?勧めたの?一度しか話していない隆君に?麻美さんと仲良しなのは学校中に知られていたの?隆君がどれ程心を痛める相手なのを知られていたの?」

「違う…俺が話したから…でもあいつ…確かに麻美の転落を知っていた…朝礼で黙祷したから知ったって言っていたけど、俺が麻美と仲が良いのも知っていたけど…」

 なんだ…何かキナ臭い…

 ボクシングを勧めたのはヒロだが、なんで麻美の件をピンポイントで話し掛けてきた?それまで俺と話した事は一度しか無かったってのに?

 頭を抱えて考える…

 その時、楠木さんが端的に発した。

「須藤が教えたからだよ」


 朋美…!!一体どう言うつもりで…!!


 胸のムカムカが止まらない…寧ろ酷くなっていく…!!

「…槙原ソースでは、大沢君が須藤に協力的だったのは、麻美さんの転落死を利用したから。これは槙原の予想だけど、『隆が友達の女子を上級生に殺されて、傷付いてボロボロだ。一生懸命に立ち直ろうと頑張っている。精神面では大好きだから私が支えるけど、肉体的の方を協力してほしい』みたいな?大沢君がボクシングやっているのはもちろん知っているだろうから、遠回りに促したのかも知れないけど。朝礼とかで転落死を聞いていた大沢君は、須藤の考えに大いに感動し、同調した。苦しんでいた隆君を『支えていたように見えた』須藤に協力したのは言うまでも無いって。因みに大沢君を『隆君側』に引っ張ったのは、単に腕っぷしがいいから。何かに利用できそうだなぁ、みたいな軽い考え」

 ヒロは単純だからあり得そうだが。だがしかし…

「それは槙原さんの予想だろ?」

 そう、あくまでも槙原さんの予想。

 色々調べただろうけど、ヒロに聞いてもヒロは口を割らない。当事者の朋美になんか更に聞ける訳が無い。

「まぁねぇ。槙原の予想には違いないけど、でも、限りなく近いと私も思うよ」

「根拠は?女の勘とかは無しだよ?」

 勘を持ち出されちゃ話にならない。俺は真相を追っているんだから。

 しかし楠木さんは自信たっぷりに笑う。

 つか、予想が真相でも、楠木さんの手柄じゃないだろ。

「ふふん。槙原を甘く見ているね隆君。槙原は鬼だよ。鬼畜だよ」

「いや、甘く見ているつもりは無いが…」

 何だろう。そのしたり顔は。

 人差し指を振りながら、得意満面な顔は何だろう。

「須藤ってさ、私程じゃないけど、裏表がはっきりしているのよね。んで、裏の顔は頑張って見せないようにしているの」

「確かに楠木さん程じゃないけど…朋美の気性はぶっちゃけ俺くらいじゃないかな、解るのは」

 短気で直ぐキレる。外面最強を楠木さんと競えるだろう。

「そうそう。『私程じゃない』ってのがミソ。あの子、結構詰めが甘いのよ。要するに裏の黒い性格がバレて友達離れちゃうのよね」

「まぁ…中学時代も似たような事結構あったな…」

「そんな黒い性格を知りながらも、友達で居た子が一人居る訳。でも、その子も須藤を信じている訳じゃないから、須藤としっかりとは約束しない訳よ」

「え?黒朋美を知りながらも友達な子が居たのか?」

 頷く楠木さん。特に勿体ぶらずに、あっさり言った。

「須藤と同じクラスの里中って子」

 忘れていた…

 朋美の猿芝居に付き合っていた、朋美の友達…

 だけど前回はあっさりと朋美と距離を置いた。

 そして、大沢君と同じで、緒方君がいいならいいと思う。と、言ってくれた子だ。

  里中さんか…

 だが、里中さんに聞いても、話してくれるかどうか…

「で、その里中さんに槙原が聞いた訳よ」

「答えてくれたのか!?」

 びっくりだった。

 だが、答えてくれないだろうと決め付けていた自分に恥じた。

 そりゃ、いきなり切り込まれたりすれば警戒して話してくれないだろうけど、根気よく頼めば話してくれるかも知れない。

「里中さんからのリークで、須藤が隆君に女子を近付けないように噂流したり、小さな頃から自虐を刷り込んでいたみたいだよ」

「自虐って?」

「不細工とか言われ続けられていたんでしょ?」

 ……そうだった。

 朋美がガキの事から俺にそう『刷り込んでいた』。

 まぁ、今でも別に格好いいとかは思わないけど。

「しかし…里中さんが話してくれるんなら、里中さんからも話を聞いた方が良さそうだな…」

「隆君には話さないと思うよ?」

「え?なんで?」

「里中さんは大沢君の友達で、大沢君は隆君には絶対言わないから。大沢君を立てて言わないと思う」

 成程。ヒロの方に義理立てか…

 つか、楠木さんからここまで教えて貰えるとは思わなかった。凄い感謝だ。

 俺は心の中で何度もお礼を言った。。

「と、まぁ私が知っているのはこの程度だけど、槙原はもっと深い部分知っていると思う」

 残ったミルクティーを一気に飲んでからそう言った。

 槙原さんは確かに知っているだろうが、どうだろう?俺に話してくれるだろうか?

 つか…

「よくそこまで仲良くなれたな?」

 ぶっちゃけ、そこが一番の謎だった。

 接点も特に無く、互いに不干渉だったのにだ。

「それは隆君繋がりでねぇ…何か全てが終わったら返事くれるって、私と槙原に言ってくれたでしょ?」

「確かに言ったが…」

「じゃあ待とうか、それまで抜け駆け無し、ただし隆君から誘われたのならば咎めない、って条約を結んだ訳よ」

「なにその摩訶不思議条約!?」

「それにお互いに揉めても仕方ないしね。それで隆君に嫌われたら洒落になんないし。んじゃ仲間になろうかって事で、槙原と春日ちゃんのケー番メアド教えて貰ってさぁ」

「俺が知らない間にそんな話が!?」

「あ、因みに里中さんのもゲトしたよ」

「だから何なの!?何の闇の組織!?」

「須藤包囲網かな?須藤はヤバい。けど、仲間が沢山居るなら簡単に仕掛けて来ないでしょ。私達は兎も角、春日ちゃんが心配だしね」

 春日さんを守る為でもある?

 楠木さんは直感的に朋美の黒さを理解したようだが、槙原さんは情報に基づき、黒さを知った。

 その黒さがヤバいから、みんなで身を守ろうって事か?

 それにしても、春日さんを守ろうと思ってくれたのに、胸に熱い何かを感じる。


 一通り話し終え、俺は約束通りに、楠木さんにお茶を奢って店を出た。

 楠木さんは最後の最後まで割り勘を主張したが、却下した。

 あの楠木さんが割り勘を申し出た事にも驚いたが、一年の夏ってか、その時の動機の印象が強過ぎて、俺が勝手にキャラを設定していたかも知れない。

 元々いい子だったんじゃないか?とあるきっかけで薬を覚えてしまい、あの夏の状態に堕ちてしまったんじゃないか?

 多分、きっとそうだろう。

 じゃなきゃ、木村が報酬のみで付き合う筈は無い。

 ちゃんと良い部分も見ていたに違いない。

 それに比べて俺は外見だけで、行いだけで決め付けて判断して…

 いや、一介の高校生が、深い部分まで知り得る事は不可能だ。

 ここは木村を素直に凄いと思おう。少なくとも俺よりは遥かに凄いと思おう。

 そんな訳で木村に電話した。

 10数コール後に漸く出た木村。挨拶もそこそこに、単刀直入に言った。

「お前すげーな」

『はあ!?』

「いや、すげーな、と思ったから素直にだな」

『いきなり何訳解んねぇ事言い出すんだお前?あ、悪いが安田の件だが、全然掴めねぇ。気長に待ってくれ』

 待つさ。お前が約束したんだ。絶対に突き止めるその時まで待つさ。

 その後は取り留めの無い話をして電話を終えた。

 普通の友達のように話をして。

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