体育祭~001

 夏休みが終わり、今日から二学期だ。

 あれから木村からの連絡は無い。

 いや、あったが、まだ解らないとか、調べている最中とか、そんな内容だった。

 その都度俺は動くなと釘を散々刺されたので、悶々としながらも動いてはいない。

 さて、新学期の話題だったな。

 此処からは、春日さんに刺殺されないように、気をつけねばならない。

 猟奇的な彼女の春日さんだが、その内容は二年の春に聞いている。

 春日さんは中学時代に、父親から性的虐待を受けていた。

 それを知られたくなかったから、無理心中をした。

 そこまでの過程には、槙原さんが絡んでいる。

 当面は体育祭が勝負だな。体育祭で縦笛競争に出なければいい。

 と、言う訳でも無く、縦笛競争に出なかったら、二年の春に、やはり刺殺されてしまう訳で…

「…どう転んでも刺殺されちゃうじゃんか…」

 もう呆然とするしか無いわ。

 せめて何かしらの変化が目に見えるなら…

 そう思いながら靴箱に差し掛かったその時…

「おはよう緒方君」

 俺に声を掛けてきた女子。

 癖っ毛を肩で揃えた、小さめの女子。

 楠木美咲さんがそこに居た――

 楠木さんは例外無く、二学期には学校に居なかった。槙原さんが追い込んで退学になったからだ。

 それがここにこうして居ると言う事は、槙原さんが手を出さなかったからに他ならない。

 一応約束はしたが、勿論信用はしているが、改めて感動だった。

「夏休み中、ちょっと焼けた?」

 いきなり話題を振られて驚く。

「うん。プールとか行ったからかな。そっちは夏休み中は何してたんだ?」

「家に引き篭もってた。緒方君がアレのルート潰しちゃってくれたからねぇ」

 恐ろしい事を…

「自分では大丈夫だと思っていたけど、意外とキツかったよ」

「な、何が?」

 楠木さんは俺に顔を向け、天真爛漫そのものの笑顔で言った。

「私、結構依存していたみたい」

 こええだろ!!薬物依存!!こええ!!

 怯える俺を余所に、まだ天真爛漫笑顔を崩さない楠木さん。

「でもキッパリやめたよ。緒方君のおかげだよね。ありがとう」

 それは、いつも感じていた嘘臭い笑顔じゃなく、本心で笑っていた。本心で言っていた。

 楠木さん、嘘偽り笑顔の時も可愛かったけど、本気はもっと可愛いんだなぁ…

 二学期が始まったばかりなのに浮かれてしまった。

 しかし、これで流れも変わった筈だ。

 即ち、『何を選んでも春日さんに刺殺されてしまう』未来を。

 何故か知らんが、俺達は並んで教室に向かう。

 別に話しながらじゃない、気付いたら楠木さんが隣に居るのだ。

 歩くスピードを速めても遅らせても、まるで背後霊の如く。いや、後ろじゃなく横だが。

「え?なに?何か用事?」

「ん?何が?」

 ……用事がある訳じゃないのか。

 怪訝に思っていると、背後から肩を叩かれた。

「オス隆君」

「おー、槙原さんおはよう」

 爆乳眼鏡っ子と言う素材を無駄にしない槙原さんだ。脚も細いんだぜ。

「『隆君』?」

 名前呼びにいち早く反応したのは楠木さんだ。つか、真横に居たんだから当たり前だが。

「おお、C組の楠木さんじゃないですか。おはようおはよう」

「なんで名前呼びしている訳?付き合っているの?」

 楠木さんの問いに笑いながら、但し目は笑って居ない顔を真っ直ぐに向ける槙原さん。

「あはは~。付き合いたいのは山々だけどさぁ~。今は無理なんだって。無理の理由も解ったから気長に待つけどさぁ~」

「ほー。なるほどなるほど。告って返事待ちねぇ。私と同じだ」

 鼻水が出そうになった。

 いつ楠木さんに告られたっつーんだ。

 いや、槙原さんにも、遠回りにしか言われて無い筈なのに!?

 俺の顎が外れそうな程の『あんぐり』を余所に、火花を散らせる槙原さんと楠木さん。

 最初に口を開いたのは槙原さんだった。

「そういや楠木さんって、夏休み前に隆君に告ったんだっけねぇ?あれまだ有効だと思ってる訳だ?」

「当然!!ちょーっとゴタゴタがあってお流れになった雰囲気だけど、新しい約束も取り付けたしね」

「約束?」

 目を細める槙原さん。俺も心当たりが無いので、首を捻る。

「緒方君は言ったさー。『本気で好きになってくれたら考える』って」

「ほー。つまり楠木さんは本気になった訳かー。どんな心変わりなんでしょうね?」

「私はイケナイコだったんんだけど、緒方君が更生させてくれたのよ。そりゃ本気にもなるでしょ」

 あのファミレスの一件か!!

 確かに言ったかも知れん!!しかし、まさかこうなるとは夢にも思わなかった!!

 だから俺を睨むな槙原さん。俺を睨んで露骨に舌打ちすんな!!俺は悪くないし、不可抗力だろ!!

「成程ね。解ったよ楠木さん。じゃ、ライバルって事で宜しく」

 握手を求められてキョドるも、その手を握る楠木さん。

 俺は一刻も早く立ち去りたかったが、槙原さんが俺のシャツを力強く掴んでいたので、逃げる事は不可能だった。

 C組で楠木さんとはお別れだ。

 彼女は名残惜しそうに手を振る。

 俺も、引き攣りながらも、笑いながら手を振り返した。

 槙原さんは笑顔全開で、左手で手を振った。

 右手は相変わらず俺のシャツを掴んでいるが。

 パタンとC組のドアが閉じると同時に、槙原スマイルを俺に向けた。

「ねぇ隆君、どう思う?

「どう思うって…さぁ…?」

「ねぇ隆君、女子が公衆の面前で、しかも意中の彼と仲良しの女子の前で告ったんだよ?どう思う?」

「そ、そりゃあ…凄いよな…」

 確かに凄いと思う。

 前回の告白は、暴力の後ろ盾を得る為の嘘偽りだ。

 それを看破されて尚、もう一度告白してくれるとは…

「うん、凄い。結構強力な敵になるかも」

「敵って…」

「隆君の敵とは違うくて、私の敵だよ。参ったなぁ…一人だけでも大変なのに…」

 何やらブツブツ言っているが、この隙に逃げよう。

 とか思ったが、相変わらず右手は俺のシャツを掴んでいる。つまり脱出不可能だ。

「ところで隆君」

「な、何かな?」

「二学期最初のイベントと言えば体育会だよね」

 いきなり話題変えられた。

 だが女子の殺伐トークじゃなくて助かったー!!

「そうだな。体育会が終わったら文化祭。秋はイベント多発だなー」

 取り敢えず話に乗っとく。

「私って、体育会実行委員会なんだよね」

「あー、槙原さん、そう言うの似合いそうだよな」

 つか、知っている。前回もそうだったし。

「競技は毎年変わりないんだけど、私的には借り物競争をお薦めしますよー」

「借り物競争って小学生か。だけど借り物が『意中の異性』とかじゃなかったら有りかな?そんなん引いたら、100パーセント競技を放棄するね」

 言葉に詰まる槙原さん。

 どうだ?今回は先手を打ったぜ。

「あ、あはは~。そんな晒し者にするような内容、借り物に指定する訳ないじゃん?」

 ……するつもりだったな。

 だが言質を取ったぜ。

「だよなぁ。あ、Dの前に着いた。じゃな槙原さん」

「う、うん。じゃあね」

 漸くシャツを離してくれた。

 俺はこれ幸いと高速宜しく、自分の教室に滑り込んだ。

 新学期早々疲れた…

 今日が初日で助かった。半ドンで学校終わるから。

 そんな訳で、槙原さんと楠木さんに捕まる前に、とっとと学校から退散した。

 とっとと退散したから、意外と暇になった。

 勉強…いやいや、毎日は流石に…

 だが、普通は毎日予習、復習するらしい。春日さんがそう言っていたから間違い無い。

 しかし脳の酷使はいかん。オーバーヒートしてしまう。

 うん、今日は寝る前に軽く予習する程度にして、たまには青春をエンジョイしようじゃないか。

 つー訳でヒロに電話だ。

 ……………

「なんだあいつ、出ねーな…」

 何回かコールしたが、直ぐに留守電に変わる。

「……あ、塾か?」

 そう言えば、ヒロは塾通いをしていたんだった。

 塾通いしているのにクラス平均と言う可哀想な奴だが。まぁ、俺は更に人の事を言えない程可哀想な奴だが。

 いやいや、これでも春日さんと槙原さんに勉強教えて貰っている身。勿論レベルは上がっている。クラス平均にはなっているのだ。

 今ではヒロの方がちょっと上なレベルだ。

 仕方ないので町をぶらつく。

 暇だ。暇だ暇だ暇だ。

 みんな暇な時は一体何をして過ごしているのだろうか?

――そりゃ友達と遊んだり、恋人と一緒に過ごしたりじゃない?

 おっと、現れたな麻美。

 そして俺の悪口はそこまでにして貰おうか。

――悪口って…つまり隆には、友達も恋人も居ないから時間も潰せないって事?

 だから真っ直ぐ来るな。突き刺さるから。色々と。

――友達ならいるじゃん?木村君とか

 あー、木村かー。

 え?俺あいつと友達なのか?大っ嫌いな糞なんですが…いや、木村と的場は糞では無いかもだが。

――あと、里中とか

 女子を呼び捨てにするのは感心せんな。つか、俺さとちゃんと友達なの?

 一回しか会ってないし、あれから全く連絡取って無いんだが…

 つか、何故里中さん出すんだよ?そこは朋美じゃねーのかよ?

 …………


 麻美?


 …………


 麻美が黙って俯く。

 なんだ一体?麻美は何が言いたい??

 確か前にもこんな事があったな…

 黙りもヒントだとか何とか…

 里中さんと朋美に、何かしらのヒントがあるのか?

 暫く頭を捻った。たが思いつかない。

 前回の二年の春は、槙原さんと里中さんが親しくなった。

 そして朋美とは距離を置いた筈。確証は無いが、何となく疎遠になったイメージだった。

 ならば今回もか?

 しくじったな、A組覗けば良かった。

 現在朋美と里中さんはどうなっているのか、気になる…

 つか、気になると言えば、気にならなくなったな…

 えっと、つまり、非通知着信も無くなり、玄関先にコンビニ袋も無くなった。

 なので、嫌がらせが気にならなくなった。

 つか、いつから嫌がらせ無くなったっけ…

 夏休み中もあったよな。最低非通知着信だけでもさ。

 新学期突入した今日までの期間を考えると、嫌がらせが無くなった期間は、せいぜい十日かそこら辺りだな。

 いつから無くなったか…

「映画に行った日から…か?」

 乏しい記憶力を頼りに、回らない頭をフル回転させて導き出した日が、映画に行った日。

 あの意味不な芝居の日を境に、非通知着信もコンビニ袋も無くなった……

 これって偶然か麻美?

 返事を促すも、黙り。

 そうか。これもヒントか…

 じゃあ…犯人は朋美か里中さん?

 つか、二人がストーキングする理由が、さっぱりだな…

 例えば二人に「お前非通知着信すんじゃねぇよ!!」と迫っても、しらばっくれられてしまう。

 ストーキングする理由を解明しなければならないか…

 つか、マジでこの二人のどっちかなのか?

 朋美は兎も角、里中さんに恨まれる理由が無いが…

 それ以前に親しくないっつーの。よって里中さんは除外しても問題ないだろ。

「じゃあ朋美か…」

 呟いた途端に、何かが噛み合ったように感じた。

 本当に何の理由も無い、ただの直感に近いが、朋美が非通知着信の犯人だ。

「で、合っているか麻美?」

 俯いていた麻美が顔を上げて、口をパクパク動かす。

 例の規定に引っかかっているようだが、それだけで充分だ。

 …待てよ…規定に引っかかっていると言う事は、俺の繰り返しの原因になっているって事でもある…

 俺は頭を振って今考えた事を振り払った。

 俺は馬鹿で不器用だ。

 解った事だけ進めて行こう。

 別の問題を同時に考えられる程、頭が良く無い。

 悲しいがこれが現実だ。

 

 俺は考えた。

 考えて考えて、どこをどう歩いたか解らない。

 気付いたら、あのファミレスの前に居て驚いたくらいだ。

「え?電車にも乗っていた訳?」

 その記憶すら無い程、沢山考えていたのだ。

――いや、単にコスプレ店員さん見たかっただけじゃない?

 …その可能性は否定できない。できないが、今はいいかな?

――入らないの?

 いや、この前暴れたばっかだし、何か申し訳無い気持ちが優先しててさぁ。

 暴れていなかったら、多分素直に入店していただろうけど。

 そんな訳で踵を返して駅を目指して少し歩く。

 と、駅の方向から背のちっちゃい、俯き加減で歩いてくる一人の女子を発見した。

「春日さんだ」

――バイトじゃない?

 そうだな。邪魔しちゃ悪い。

 俺は春日さんの視界から外れるように、横に動く。

 丁度俯いていた春日さんが顔を上げた。

 丁度俺と目が合った。

「……緒方君?」

 瓶底眼鏡で視力アップしているであろう春日さんに、簡単に見付かってしまった。

 ここは下手に避けると、逆に傷つけるだろう。

 俺は笑いながら手を上げて春日さんに近付いた。

 俺の接近を、春日さんは微笑を零して待っていてくれた。

 めっっっっちゃ可愛ぇぇぇ!!微笑めっちゃ可愛い!!

 改めて惚れそうになった。

 春日さんに駆け寄る。

 微笑(めっっっっちゃ可愛い)は崩さず「……こんにちは」とか言われた―!!

 当然「こんにちは」と返す。

 少し小走りで駆け寄ったおかげで、うっすらと汗が滲む。

「……暑いね」

「暑いな。こう暑いとプールにダイブとかしたいわ。春日さん、プール行かねー?」

 クスクスと春日さん。いや-、眼鏡を掛けない春日さんも可愛いが、瓶底眼鏡の春日さんも可愛い。

 それを知っているのは俺だけって言う特典感な。いや、優越感だった。

 なんだ特典感って。だが言いたい事は何となく解るだろう?

「……プールは付き合えないなぁ…水着無いし、これからバイトだし…」

「いや、俺も水着無いから冗談なんだが…」

「……あ、でも…」

 鞄からお財布(金運を呼びそうな色だった)を出してチケットを俺に差し出した。

「……アイス券ならある、よ?」

「ん?ファミレスのチケット?何々…一品料理プラスドリンク注文でアイス一つ無料か」

 くれるの?と視線を向けると、頬を染めて頷く春日さん。

 がああああ!!すんげぇ可愛ぇぇぇ!!

「んじゃ春日さんも…」

 春日さんのバイト先は、あのコスプレファミレスだ。

 チケットもそのファミレスの物、しかもこれからバイトだと言っていたし、更に春日さんはバイトしているのを微妙に濁している。

 今の俺は春日さんがバイトしているのを知らなければならないので、完璧に断られるのを承知で誘わなきゃならない。

「一緒にいかない?」

 断られるのが解るのに誘わなきゃならない悲しさよ…

「……ごめんなさい…バイトだから…あ…でも…」

 もじもじと視線を下に移す。何か迷っているようだが…

「……あの…内緒にしてくれる?」

「何の事か解らないけど、言っちゃいけない事なら内緒にするよ」

 だからその上目使いその儘続けてくれ、いや、下さい。

 萌え死にするまで続けてくれ、いや、下さい。

 暫く躊躇する素振りを見せるが、やがて意を決したように顔を上げる。

「……じゃ…一緒に行こ?私のバイト先に…」

 俺の手にあるアイス券を指差して真っ赤になる春日さんに、俺は大袈裟に「えええ!?」と応えた。

 知っているのだから、勿論演技だ。

 バレなかっただろうか?

「……やっぱり解っていたんだね」

 クスリと笑う春日さん。

 仕方ないから正直に言う。フィクションを交えながら。

 じゃ、正直じゃねーだろ。と突っ込んでくれても構わないが、本当の事言ったら頭に妖精さんが住んでいるかもと疑われるだろ?

「あーうん…夏休みにあのファミレスに行った時に…ね…」

「……うん…あの時はありがとう…」

 仄かに笑いながらのお礼。

 俺を見上げる仕草、どこの愛玩動物ですかー!?

 家に連れて帰りたいんですがー!!

「あ、いや、俺はほら、ああ言う奴等大っ嫌いだから…」

「……あの後…西高の人が来て…お詫びしたよ。同じ学校の生徒との悶着で、緒方君と喧嘩したくないからとか言っていたけど…」

 は?なにそれ初耳だ。

「え?名前聞いた?」

「……木村って言ってたかな…」

 木村が?そんなフォローを?

 聞いてねーよ。なに格好良い事してんだよ。

「……いいお友達だね…」

「友達…なのかなぁ…やっぱり…」

 大っ嫌いな所謂不良なれど、木村はちょっと部類が違うとは思っているが、友達と言われると…

 まぁ、良い奴には違いあるまい。何だかんだで俺に協力してくれるしな。

「うん。友達だな。そうしとこう」

「……意外と素直じゃないね緒方君って」

 クスクスと春日さん。

 いやぁ、結構素直な方だと思うけどなぁ。

「あ、そう言えば、あの時白身魚のフライとフライドポテト、サービスしてくれたんだよね。ありがとう」

「……西高の人達は、お店で迷惑がられていたから…ちょっとしたヒーローだったよ?勿論私もそう…」

 そこまで言って、こっちにまで熱が伝わりそうな程、真っ赤になって俯いてしまった。

「え?何?」

「……そ、その…私…男の人に腰を抱かれたの…初めてだから…」

 ……あの時の記憶を遡る。

 確かに、安田から春日さんを奪った時に、腰に手を回したなぁ…

 春日さんの腰細かったなぁ…

 余韻に浸りたくても、あの時は自分を押さえるのにいっぱいいっぱいだったから、感覚がイマイチ記憶に残っていない。

 惜しい事したっ!次にそんな機会があったら、存分に堪能しよう。

「いやぁ、春日さんの腰を抱いたなんて、俺役得だったなぁ。きっとみんな羨ましがるぜ」

 照れ隠し宜しく、頭を掻いて笑いながら言った。

「……そんな事…普段の私…目立たないし…」

 春日さんは極力目立たないようにと、常に俯いて顔を伏せていた。

 事情を知っているから突っ込んで話さないが。

「……確かにお店では…その…ナンパみたいな事されるけど…普段は眼鏡してるし…可愛くないし…」

「そんな事無いよ」

「ううん。そんな事あるよ」

春日さんとは思えない程の、はっきり言い切った否定。

台詞に三点リードが付いていないのが、その証拠だ。

「……眼鏡の私は…誰にも相手して貰えない…だけど…緒方君は眼鏡の私にパン買ってくれたし…眼鏡の私の為に参考書取ってくれた…」

 横に居ながら真っ直ぐに俺を向いた。

「……嬉しかったの…眼鏡の私に優しくしてくれたの…緒方君が初めてなの…」

「いやぁ…パンは春日さんが頑張って購入してたの見た事あったから、たまたまゲットできたパンの処理を頼んだだけで…参考書だって、普通みんな取ってくれるよ」

「……あのパンは人気あるから直ぐに売り切れるの…だから、わざわざ遠巻きに居た私にパンをくれる必要は無いの…それは緒方君も知っている筈でしょ?あの後何回もパンを買ってくれたんだから」

 ぬぅ。確かにあの状況なら、春日さんにピンポイントでパンあげたと取れてしまうな…

 いや、手に入れたのは偶然だったが、せっかく入ったパンだし、春日さんに食べて貰いたかったのは本当だしな。

 関わらないようにと思いながらも、進んで関わったって事だなぁ…


 そんなこんなで、もう店の前だ。

「……私が接客したいから…10分遅れて入店してくれる?」

「うん。勿論だよ」

 少しはにかみながら裏口へ駈ける春日さん。確か前回もこんな感じで入店したな。

――またトレースしたね。若干状況が違うけどさ。

 麻美が不安そうな顔を拵えて、いきなり現れた。

 しかし、だよなぁ…ちょっとヤバいか?

――どうだろう…槙原さんの友達の事も知っているし、繋がっているって事も知ってるから…

 槙原さん封じにはなっている筈だと麻美。

 槙原さんの密約(?)だか脅し(?)で春日さんは俺を刺殺するので、リーク先の紫メイドさんの事を知っている今は、それほど脅威にはならないだろうけど…イマイチ不安でもある。

――大体隆がヘタレだから悪いんだよ。女子に拘束されて逆レイプとか、どんだけなのよ

 いや、お前、あれ、お薬服用されちゃったからじゃねーか。

 つか、知っているだろが。だからジト目で見るな。思い出して恥ずかしくなるだろが。

――つか、初体験が拘束プレイって、どんだけ思春期なのよ

 いや、俺が望んだ訳じゃないだろが。だからジト目で見るな。やめろ。

――そう言えば二年の秋に槙原さんにキスされたよね?普通ああ言うの男子からするべきじゃない?

 だからな、あれは不意をつかれたからで、だからジト目で見るなってば。マジやめて!!

――保健室ってエロいとか、部屋で二人切りでベッドがエロいとか、男子ってそんな事ばっか考えているの?

 あれは槙原さんが言ったんじゃねーか!!俺は思っただけで口に出してねーよ!!

 なんでそんな咎めた目で見るの!?おかしいだろ!?ちょっとマジにやめろ!!

――思っただけって言えば、おっぱい当たるとか、いっつもいっつも毎回毎回思ってるよね?

 だからそれは思春期だし…だからそんな目で見るのやめろ!!

――隆…

「なんだよ!!」

――10分過ぎたよ?

「………はい…」

 つい声に出してしまった。

 周りの人達が何事だと見ているような気がするが、麻美のジト目に比べたら、ダメージは少ない…か?

 俺は避難するように入店した。

 しかし入店した先がコスプレファミレスとか、もう色々手遅れのような気がした…

 入店したと同時に春日さんが現れた。

「いらっしゃいませ」

 営業スマイルなんか全く無い、眼鏡を外した春日さんだ。

「喫煙席と禁煙席が御座いますが、どちらをご利用なさいますか?」

「いや、俺学生だし。つか、そのマニュアル要らないだろ?」

「……ファミレスはマニュアル至上主義だから…」

 ボソッと呟く春日さん。意味が無いと自らでも思っているようだ。

「どっちでも空いている席なら」

「畏まりました。ではこちらへどうぞ」

「そこのマニュアルは無いのか?」

「……そう言うのは無いなぁ…」

 あったら面倒そうだな。

 案内されたのは壁際の禁煙席。小さなテーブルで最大二人用と言った所だ。

「ご注文がお決まりになりましたらこちらを押してお呼び下さい」

「いや、もう決まっているから。ドリンクバーとオリジナルハンバーガー」

「……オリジナルハンバーガーは美味しくないよ?」

「え?じゃ、ピザを」

「ホットサンドのドリンクバーセットですね。畏まりました。アイスチケットお持ちですか?」

 ……どうやらピザもマズいらしい。

 ホットサンドの中身が気になるが、アイスチケットを渡して頷いた。

 凄いニコニコして厨房に向かった春日さん。

 水貰って無いが、ドリンクバーを頼んだからまぁいいか。

 席を立とうとした時、目の前に水が置かれる。

「やっほー緒方君」

「あ、槙原さんの友達の紫メイドさん」

「紫メイドさんて…まぁコスはそうだけどさ。一応名前は波崎なみさきね」

 そう言って、自分の胸のネームプレートを指差す。

「なみざきさんね。了解」

 貰った水を煽って一息。いきなり波崎さんが言った。

「緒方君、春日さんを好きなの?」

 水を噴き出しそうになった。

「た、単刀直入だな…」

「まぁね。遥香の友達だし」

 何か関係あんのかそれ!?

「うん。好きだよ」

 逆に何かを噴き出しそうになる波崎さん。

「えー!?はっきりいきなりだね!?でもそっか…遥香は振られちゃうのか…」

「槙原さんも好きだよ」

「……いやいや、私が聞きたいのは、友達としてじゃ無くて、女として好きかな?って事なんだけど…」

「俺もそのつもりで答えたんだけど」

 ぽかんと口を開けるな。二股最低とか思うな。

 本来なら言う必要も無いが、槙原さんにおかしく伝わっても困る。

「春日さんも槙原さんも同じように好きだよ。二人には色々助けて貰っているし、好意を持って当然だ」

「あー…女としての意味がズレちゃってたか…」

 波崎さんは困ったと頭を掻いた。何かおかしな事を言ったか俺は?

「うーんとね、じゃあどっちと付き合いたい?」

「だから、好きだから今は決められないってば」

「えーっと…うん…解らないけど、言わんとしている事は、何となく解った」

 納得したのかしきれないのか、首を傾げ捲っている。

「だからさ、春日さんの事色々調べてもさ、俺は動じないって伝えといて。俺は槙原さんの事も好きなんだからさ」

「……緒方君何者?どこまで知ってんの?」

「さぁね」

 水のおかわりを促してシラを切る。大体知っているとは言えないし、言ったとしても信じて貰えないだろう。

「解った。だけど遥香はいい子だよ?」

「勿論知っているよ。だから槙原さんも好きなんだ」

 最後に笑って会釈をして去る波崎さん。

 つか、波崎さんも充分いい子だな。

 普通槙原さんがやっている事を知ったら、とてもじゃないけと庇えないだろうに。

 それだけ槙原さんの覚悟を知っていると言う事でもあるか。

 ドリンクバーでアイスコーヒーを注ぎ、席に戻ると、丁度春日さんがホットサンドを持って来た所だった。

 席に座り、ホットサンドの中身をチェック。

「……ハムとチーズだよ」

「そうか。ハムチーズか。無難で良かった」

「……一応ファミレスだから」

 笑顔を見せる春日さん。やっぱ可愛ぇぇなぁ…

「……アイスはバニラだよ」

「バニラか。無難で良かった」

「……一番安いやつだけどね」

 流石に無料チケで多くは望めない。

 つか、アイス特にいらないんだけどな。

 春日さんの好意を無碍にするなんて真似は、俺にはできん。

「ではごゆっくりどうぞ」

 首を傾げてスマイル。

 春日さんの仕事終わるまで粘ろうかな。

 今仕事したばっかだから、結構な時間待たなきゃならんな。

 それは店にも春日さんにも迷惑だな。

 何より、俺が店員さんや、周りの客の冷視に耐えられる自信が無い。

 今日はホットサンドを食べて帰ろう。

 そして一口頬張る。

 ホットサンドは特筆する事も無い、至って普通の味だった。

 軽食を堪能し、会計をする。

 春日さんは他に接客していて、会計は紫メイドの波崎さんがやってくれた。

 波崎さんがお金を支払った後に、不意に口を開いた。

「そう言えば、夏休みに西高生を追い払ってくれたじゃない?」

「追い払ったって言うか…個人的感情だけど…あ、持ち帰り、沢山オマケしてくれてありがとう」

「いやいや、西高生には迷惑しているからね。感謝のしるしよ。そんで、その後西高生が謝りに来てさ」

「木村だろ?春日さんから聞いたよ」

「ああ、そっか。でもこれは知らないよね?その更に後、私が帰る少し前だけど、また来店したのよ。緒方君が引っ張り出した西高生が」

 安田が?また来店して悪さしやがったのか?

 止めてくれた木村に仇で返しやがって…

 俺の顔つきが変わったのを見て、波崎さんが慌てながら先を続ける。

「緒方君が考えているような事じゃないよ。待ち合わせに仕方無くやって来たって感じだったから」

 今度は怪訝な顔になったんだろう。

 波崎さんは笑顔になって言った。

「緒方君のお連れさんと待ち合わせたみたいよ。ポニテの子。私が帰ってから来たみたいで詳しい話は聞けなかったけどね」

 意味が解らずに固まる。

 色々思考が追い付かない。

 何故朋美が安田と待ち合わせた?人違いじゃないのか?

「……ね、もうちょっとで交代なんだよね。少し話しない?」

「え?」

「遥香が何かやっているのはいつも通りなんだけど、なぁんか嫌な予感がするのよねぇ…緒方君も情報欲しがっているみたいだし、どう?」

 それは…願ってもないが…

「槙原さんに口止めされてんじゃないのか?」

「されているよ。だけど私は遥香の友達。遥香が危ない目に遭わないように、緒方君にボディガードを頼もうかなって」

 槙原さんは確かに危ない、ってか、二年の春に春日さんに刺殺されている。

 過去の性的虐待のネタに、取引をした春日さんに刺殺されたのだ。

 でも、そこには朋美は関係無い筈…

 いや………

「……朋美も自殺したんだった…」

「え?」

「……いや、そのお誘い、是非ともだよ。どこで待てばいい?」

「そうね…駅に逆方向に歩けばちょっとした公園があるから、ブランコにでも乗ってて待って」

 ブランコに乗るかは解らないが、俺は頷いた。

 モヤモヤしたものが少し晴れそうな…

 そんな期待を感じながら…


 指定された公園に来た。

 ブランコには乗らないが、幸いにベンチがある。

 そこに腰掛け、背もたれに体重を預ける。

「……麻美…朋美と安田の話、どう思う?」

 わざわざ声に出して聞いた。

 しかし麻美は姿すら現さない。

 例の『規約』とやらに引っ掛かっているって事か…

 つまり、大なり小なり、朋美が麻美の件に関わっている?

「……解んねぇ…」

 解らないからこそ、波崎さんの持ちネタに乗ったんだが。

 それにしても遅いな。あれから既に30分は過ぎているぞ?

 まぁ、交代も引き継ぎとかあるから、いつもスムーズにはいかないだろうが。

 そう考えている時に、肩を叩かれて、振り向いた。

「ごめん、待たせた?」

「……どなたですか?」

 俺が待っているのは紫メイドの波崎さんで、ダメージジーンズと露出が高いタンクトップを着て、安全靴みたいなブーツを履いている女子じゃない。

「おいおい、失礼だな。私よ私、波崎…」

「嘘だ!!波崎さんは紫メイドのコスが似合う可愛い系だ!!そんなロッカーなタイプじゃない!!」

 頑なに否定する。

 そんな俺に、ロッカー女子はけらけら笑った。

「ははははっ!!なに?イメージ壊しちゃった?ごめんね!!」

 笑いながら俺の隣に座るロッカー女子。

「そこは波崎さんの席だ。ロッカー女子の座る席じゃない」

「いや、必死に否定しているけど、私波崎…ほらこれ]

 紙袋を俺に渡すロッカー女子。

 中身はあのファミレスの美味しくないと評判の(春日さんソース)ハンバーガーと缶コーヒー。

「じゃあ…やっぱり君は波崎さん…?」

「なんで店のハンバーガーで納得すんのよ。緒方君って、遥香の言う通り面白い所あるんだね。喧嘩が強いイケメンなだけだと思ってた」

 笑いなから自分のジュース(ファンタオレンジだった)のプルトップを開け、一口飲んだ。

 つか、槙原さん俺の事何て言ってんだ?

 イケメンて、初耳だなおい。

 まぁ、お世辞とハンバーガーとコーヒーは有り難く戴く。

 俺もコーヒーのプルトップを開け、一口。

 うん。普通だ。普通の缶コーヒーの味だ。当然過ぎる程当然だが。

「んで、朋美が安田と会ってた件なんだけど」

「いきなり切り出すね?もう少し遠回りに聞いてくるのかと思っていたよ」

 何故か驚く波崎さんだが、俺にそんなスキルがあったら何度も死んでない。

 単刀直入こそ俺だ。思考する頭脳が無いとも言うが。

「さっきも言ったけど、私が帰る直前に西高生が来て、帰ってからポニテの子が来たらしいから、話の内容は又聞きなんだよ。それでもいい?」

 つか、又聞きでも何でも、その話をする為に呼び出したんだよな?

 無粋な突っ込みはやめて、黙って頷くが。

「そっか。勿論聞いた子も仕事中だったから詳しい事は解らない。けど、単語がね」

「単語?」

「そ。ひそひそ話していたんだけど、たまにポニテの子が怒鳴ったんだって。『今度こそ』『あの時』『お金』『消えて』『約束』『言わない』『今すぐ』…ざっとだけど」

 なんだそりゃ。本当に単語だけじゃねーか。それをどう繋げりゃいいんだよ。

「で、その時の雰囲気が、男子が頭を下げてた。終始項垂れていた。女子はずっと怒ってた」

 朋美と安田が約束か何かして、安田が破った?

 雰囲気からするとこう解釈できるらしい。

「で、これは後から遥香から聞いたんだけど、その西高生、いきなり引っ越しちゃったんだって?」

 確かに木村の話じゃ、そうして連絡が取れなくなったとか…

「朋美が安田を引っ越させた?んな訳ないよな」

 自分で言って自分で否定する。

 いくら何でも、両親諸共いきなり引っ越しさせる事を、たかが高校生が可能なのか?

「これも遥香からだけど、ポニテの子って、家がお金持ちらしいじゃない?代議士のお父さんとか、権力もあるよね?」

 その他に裏の権力もあるけどな。

 まあ、確かに朋美ん家は金持ちで、父ちゃん代議士、爺さんも政治家だった。爺さんはもう他界しちゃったけども、確かそうだったような気がする。

「え?権力と財力使って安田を引っ越させたっての?そんな事朋美の父ちゃんがやったって訳?なんの為に?」

「そりゃ、普通に考えて『そうせざるを得ない出来事があったから』でしょ?」

 朋美が父ちゃんに泣きついたとして、それがばれるとヤバいからって事か?

「後は自分で考えて。決してポニテの子に直接聞かないように。以上、遥香からの伝言でした」

 笑いながら敬礼する波崎さん。

 つか……

「槙原さんにバラしてんじゃん!!」

 槙原さんには内緒じゃないのか!?流れから言って、てっきりそうだと思っていたぞ!!

 呆ける俺に、波崎さんは笑いながら言った。

「いや、さっきメールしたら、緒方君がどこまで知っているかカマかけてって言われてさあ」

 カマかけてって、核心部分は全く知らねーよ!!

 つか……

「さっきメールした?」

「うん。緒方君、遥香の事好きだって言っていたから報告をと」

「なんて事してくれんだ!!明日から槙原さんの顔見れないだろ!!」

 俺は顔を覆って背を曲げた。

  ハズい!!ハズ過ぎる!!

「でも遥香喜んでたよ。そんで、やっぱりマークすべきは春日ちゃんかぁって」

「か、春日『ちゃん』!?」

「遥香はふとした切っ掛けで、いきなりフレンドリーになる癖があるから」

 そう言えば、前回に里中さんの事を『さとちゃん』といきなり呼んで困惑させていたなぁ。

「緒方君が心配しているであろう、春日ちゃんの過去話をネタにはしないから安心して。だって。友達になれそうな子とは険悪になりたくないから。だって」

 友達になれそう…なのか?

 春日さんは相当な内気だぞ?

 だが、もし春日さんと槙原さんが友達になったなら、二年の春に刺殺されると言う未来が覆るんじゃないか?

 微かながら期待はできそうだが…

「緒方君も色々と知ってはいるんだろうけど、さっき言った事は忘れないで。ポニテの子に直接聞かない。これは絶対」

 先程とは打って変わって真剣モードの波崎さん。

 俺は黙って頷く。

 真剣な話を裏切っちゃいけない。

 槙原さんが掴んでいた情報を、僅かながらでも渡してくれたんだ。自分で考えるチャンスをくれたんだ。

「今日は色々ありがとう。助かったよ」

 俺はそう言って立ち上がった。

 帰ろうと鞄を持つと、波崎さんがスマホをスッと伸ばして来た。

「メアドとケー番、交換しよ?」

「え?」

「ほら、私からも情報渡せる時あるかもだし、ついでに誰か友達紹介してくれないかなぁ。なんて。今フリーなんだよね」

 照れ照れ笑う波崎さんだが、波崎さんなら彼氏なんて余裕だろうに…

「俺、ヒロぐらいしか紹介できないけど…」

「ヒロって、あのツンツン頭の人?是非とも!!」

 ヒロに興味があったのか…

 波崎さんもロッカーみたいな格好だし、ヒロの髪型にある種の共感を覚えだのだろう。

「いいけど、ヒロは俺より格好悪いぞ?」

「緒方君は遥香に譲るから、全然構わないし」

 冗談を冗談で返してくれるあたり、ヒロとも仲良くやれそうだなぁ。

 俺はヒロを紹介すると硬く約束し、メアドとケー番を交換した。


 その後だが、ついでにジムに寄り、練習し、電車じゃなく走って帰った。

 家に帰って、飯食って風呂入ってベッドにダイブ。

 ジムで汗を掻いたのは、モヤモヤした思考を洗い流したかったからだが、いざ一息つくと思い浮かべてしまう。

 朋美と安田の関係。遡れば、麻美との関連。

 理由が解らないが、何故か胸がムカムカする。

 麻美に聞いても何も言わない事から、俺の繰り返しに何かしら関わりを持っている事は間違い無いが…

「……何がなんやら…」

 暫くベッドの上を転がった。何故かイライラが止まらなくて。

 その時ふと充電中の携帯が光っているのが見えた。

 開いたらメールが2件。

「春日さんと槙原さんからか…」

 そう言えば、春日さんにはアイスチケのお礼をちゃんと言ってなかったな。

 申し訳無く思ってメールを見る。

 Sub【こんばんわ】

   【今日はちゃんと相手できなくてごめんなさい。次はもっと頑張ります】

 ………

 いや、仕事中だから相手できなくて当然だろ。

 つか、次は頑張るって、暇な時に丁度来店しなきゃ無理だろ。

 と言う訳で返信。

 Sub【バイトお疲れ様です】

   【アイスチケありがとう。お礼に別のお店でおごらせてね】

 送信して気付いたが、これはデートの誘いになったのでは…

 あまりにも恥ずかしくなったので、次の槙原さんのメールを開く。

 Sub【おちゅ~】

   【いやー照れ照れ。両想いだねー。もう付き合おう(ガチで)】

 ………………

 おちゅ~って、お疲れって意味なのか?()の中の文字が何か怖いな…

【それより何か言う事は無いのか?】

 返信と…

 ピロリロピロリロピロリロ…

 早っ!!返事早っ!!

【波崎のケー番アドレスゲットした件は浮気にカウントしないから大丈夫だよ?】

 …………………

 何と言うか…飽きさせないよなぁ槙原さん。楽しいだろうなぁ。付き合ったら。

 ピロリロピロリロピロリロ…

 なんだ!?またメール来た!!

【春日ちゃんは強敵みたいだけど、仲良くなりたいから変な手は使わないから安心して】

 …こっちが本当に言いたかった事か。思わず笑ってしまったが、返信。

【解っているから大丈夫だよ】

 槙原さんにどれだけ助けられたと思ってんだ。誰も信じなくても俺は信じるよ。

 ピロリロピロリロピロリロ…

 だから返事早ぇってば!!

 俺はこの後暫く、槙原さんとメールを楽しんだ。

 メールの内容がほとんどエロかったのは内緒だ。


 次の日。いつもの日課をこなして学校に行く。

 教室に向かう途中、ふとBクラスを見ると、槙原さんが春日さんの席で何か話していた。

 春日さんは特に迷惑な顔をしていなかった事と、困った顔をしていなかった事と、微妙に笑っていた事を踏まえると、友達になりにBクラスに乗り込んだんだろう。

 相変わらず行動早いなぁ。

 槙原さんは爆乳メガネっ子だが、一番凄いのは、あの行動力だろう。

 春日さんも少しは社交性が出てくれればいいけどなぁ。みんな春日さんの素顔見たら驚くだろうに。

 まぁ、俺は知っているけど。優越感だ。

 満足感を覚え、Cクラスを通り過ぎる。

 楠木さんがさっき教室に入ったばかりのようで、クラスメートとお喋りをしていた。

 嘘臭い笑顔は相変わらずだが、少し柔らかくなったような…

 気のせいじゃ無いだろう。

 やはり満足感を覚えて、自分のクラスに入る。

 ヒロに波崎さんの事を伝えたいが、まだ登校してきて無いか。

 昨日槙原さんとメールしていたから、ヒロに連絡する暇が無くなったんだよなぁ。

 苦笑いを浮かべながら、俺は席に着いた。


「うえっ!?マジ話か隆!?」

 昼休みに一緒に弁当をつついていたヒロが、目玉が零れ落ちそうに見開いて言った。

 箸で持っていたタコさんウインナーを落とすと言った、古典的表現法で驚きをアピールして。

「うん。本人から聞いたから。波崎さんがヒロ紹介してくれって」

 俺はカツサンドを頬張りながら答えた。

 因みに、春日さんのカスタード&生クリームDXはゲットして、春日さんに渡した。

 昼飯を一緒にしたかったが、今日はヒロに用事があったので、泣く泣く教室に戻ったのだ。

 ヒロの幸せの為に、春日さんとの昼休みを潰すとは、何とはらわたが煮えくり返る事なのだろうか。

「そうかぁ…あの紫のメイドコスの女子が俺に…」

 天を仰いで惚けるヒロ。

 ムカついたので、おかずの唐揚げを、惚けている隙に奪って食べた。

「ちょっと味濃いな…で、どうする?」

「どうするってお前…そりゃあ、ねぇ?」

 何がそりゃあ、ねぇ?だこの野郎。

 聞くなよみたいな顔がムカついたので、プチトマトを奪って食べた。

 それからのヒロは何を言っても「ああ」と「うん」しか言わなかった。

 どんだけ有頂天になってんだ。

「ところで隆」

「なんだ?今お前のゆで卵をパクるのに忙しいんだが」

「今日は暇か?なぁんか小腹が空いてきたんだけど…」

「今弁当食っている最中じゃねーか。どんな小腹だそれ」

 どんだけ逸ってんだよ。見え見えの言い訳作るな。

「あ、あーっと…今日は暑いから喉渇いたなぁ、とか思わねえか?」

「お前、弁当のお供にお茶買ってんだろが。それ飲めばいいだろ」

 無茶苦茶な言い訳だな。

「あー、あーっと、じゃあ…」

「波崎さんにいつ大丈夫か聞いてやるから、大人しく待ってろ」

「お、俺は別に紫コスの事は…ただ小腹が空いて、喉が渇いただけで…」

「だから今昼休み中で弁当食いながらお茶飲んでいる最中だろが。アホらしい言い訳すんな」

「お、おう…」

 流石に大人しく弁当再開するヒロ。

 個人的には波崎さんの連絡先教えたいが、勝手に個人情報教えるのに抵抗がある。

 しかしながら、ヒロがソワソワソワソワ鬱陶しい。

 こいつ、そんなに彼女欲しかったのか?その気になりゃ、里中さんに紹介して貰えるだろうに。

「なぁヒロ…」

「俺は別に紫コスに会いたいとか思ってねぇ…」

 会いたいのか?いや、気持ちは解るが。

 好きになったのなら、だが。

 気になっていた、でもいいけど。

 あんまり哀れなので、トイレに行く振りをして、波崎さんにメールで確認した。

 そして教室に戻り、ヒロに言う。

「今日はバイト入って無いそうだから、行っても無駄だ」

「あん?」

 ヒロが首を傾げて惚ける。

「連絡先教えてやるからスマホ出せよ」

 波崎さんに許可を貰って、連絡先をヒロに教える事にしたのだ。

 こう逸っちゃ可哀想ってか、鬱陶しいからだ。

「……そ、そうだな。間に入るのも面倒だよな。俺が自分でケリつけるか」

 どんな強がりだそれ。

 慌てながら、だが、さり気なくスマホを出すヒロに、俺は苦笑しながら連絡先を送信した。


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