体育祭~003

 その後は体育祭に向けて、程々に二人三脚の練習をして、黒木さんと密着して、いい匂いを至近距離で感じて、ほぼ毎日楠木さんと春日さんと槙原さんと昼飯食って。

 ほぼ毎日放課後に勉強見て貰って(だが、ヒロと楠木さんは、決して図書室には来なかった)。

 朋美ともちょこちょこと話はしたが、あの話は絶対に振らなくて、取り留めの無い話ばっかした。

 せめて体育祭が終わるまで放置しようと思ったからだ。

 二人三脚に出ると話した時に、あからさまに不機嫌な顔をしたが、見なかった事にしたし。

 そんなこんなで体育祭当日を迎えた。

 朝のホームルームまでジャージに着替えてクラスで待機する。

 ヒロの気合いがパネぇので若干引いたけど。

 つか、二人三脚の黒木さんがまだ登校していない。

 寝坊か?まぁ俺は早朝のロードワークが習慣になっているから、普段から早い登校なんだけど。

 そんな事を考えながらボケーっとしていると、体育祭実行委員の女子が俺の肩を叩いた。

「なに?」

「黒木さん、昨日交通事故に遭って、体育祭欠席なの…だから緒方君、二人三脚は不戦敗になるんだけど…」


 頭が真っ白になった…


 今回は黒木さんが…死ぬのか…


 悪い考えばかりが脳裏に浮かんだ…


「……でね…二人三脚の代わ…ね…大丈…?」

 実行委員長の動いている口をぼーっと眺めながら、黒木さんの事を考えていた。

 轢死…まさか俺の代わりに…?

 脳がぐるぐる回る…

「聞いてる?緒方君?」

 肩を揺り動かされ、我に返る。

「……あ、ああ…ごめん、聞いてなかった…」

「ちょっと、しっかりしてよね」

 呆れながら、腰に腕を当てて溜め息をつかれた。

「黒木さんから絶対勝つようにと、言付け預かっていたのに…」

「え?」

「だから、黒木さんからせっかく練習したのにごめんって、でも代わりの競技で絶対勝つようにって」

「黒木さんは無事なのか!?」

 思わず立ち上がり、実行委員長の肩を揺り動かした。

「え?聞いてなかったの?交通事故と言っても、ちょっと当たった程度で、しかも避けた時に捻挫しただけなんだけど」

 心底ほっとした。

 当たったとか捻挫とか、交通事故には違いないけど…

 轢死じゃなかった!!

 誰も死なせずに済んだ…

 正に腰砕けになり、椅子に座り直した。

「で、代わりの競技だけど、借り物競争に欠員出たから。そっちに回ってくれる?」

 半笑いの儘、実行委員長を見ながら固まった。

 まだ俺には、気を抜くのを許されないようだった…


「はぁぁぁぁ~っっっ…」

 100メートルを観戦しながら溜め息をつく。

 まさかの借り物競争。あれだけ避けて、一時期は成功したと言うのに…

「よっ、緒方君。浮かない顔しているけど、何かあった?」

 背後から声を掛けられ振り向くと、それは見知らぬ女子だった。

 首を捻りながら訊ねる。

「あの…どちら様?」

「うん?ああ、そっか。遥香に用意して貰ったジャージ着ているから解んないか」

 ……ちょっと何言っているか解んない…

 けど、見た事あるような…

「やっぱメイド服じゃないと解んないもんだね」

 ケラケラ笑うその顔は…

「波崎さ…!!」

 思いっ切り口に手を押し込まれた。

「シーッ!!声デカい!!バレちゃうでしょ!!」

 ウンウン頷く俺。そこで漸く解放された。

 小声でヒソヒソと話す。

「なにやってんだよ!!他校のジャージ着て潜入するとか!!」

「だから応援だよ。大沢君と遥香の」

 それ以外何かあったっけ?と首を捻られて、逆に訊ねられた。

 そして、激しい脱力感が俺を襲った。

「…たかが他校の体育祭に…バレたらどうすんだよ…」

「え?バレる前に逃げるから別に?」

「俺にバレたじゃねーか」

「だって私から話し掛けたし。それまで他クラスの女子だと思っていたでしょ?」

 ………その通りで、ぐうの音も出ねー。

「…意外と大丈夫なもんなんかなぁ…」

「そそ。堂々としてれば大丈夫大丈夫」

 まぁ、そうなのかな?

 たとえバレても、槙原さんが何とかするんだろうし…

「まぁいいや。それならそれで。ヒロはスタンバっているから居ないけど」

「うん知っている。彼氏の応援しに来たんだし」

「そりゃそうだよな。知ってい……彼氏?」

 顔を覗き込むように見ると、波崎さんがキョトンとして頷く。

「あれ?知らなかった?私、大沢君と付き合ったんだけど」

「何!?いつの間に!!あの野郎…スタートでコケて負ければいいのに!!」

 いや、何となくは知っていたんだけどね。報告が無かっただけで。

「ちくしょう、妬ましい、羨ましい…」

「緒方君、彼女欲しいんなら直ぐできるでしょ。遥香とか、遥香とか、遥香とか?」

「……いや…俺が悪かった…」

 槙原さん達が、返事待ち状態なのを知ってのセールスだった。

 何故か非常に申し訳無い気持ちでいっぱいになった。

「んで、何を悩んでいたのかな?」

「んで、何を悩んでいたのかな?」

 覗き込むように俺の顔を見る波崎さん。

 可愛ぇ…ちくしょう、ウニ頭には勿体無い。

「いやぁ、二人三脚に一緒に出る子が交通事故に遭っちゃってさぁ、絶対にやりたくない借り物競争に、急遽出場しなくちゃならなくて…」

 流石に死ぬから出たくないとは言えない。

「ふーん、借り物競争ねぇ。借り物が縦笛だったら嫌だとか?」

「それは個人的に借りるから関係ない」

「……緒方君…意外と変態だねぇ…」

 俺を見る波崎さんの目が白くなった。

 なんか少し距離を置かれた。物理的に。身体の。

「単純に変なの借りたく無いんだよ。しかも公衆の面前で」

「変なの…女子の制服とか?女子の下着とか?

「それも個人的に借りるから関係ない……いや冗談だから。だから距離を開けるな。白い目で見るな」

「いや、私も冗談。でもそうだよね。小学校の時に『先生のかつら』とか問題出された子いたっけ」

 先生のかつら!?

 それは縦笛や制服よりキツいんじゃないのか!?

 軽い虐めだろ!!

「まぁ、そんな訳で、借り物競争だけは避けたいんだよ」

 流石に変なのは無いと思うが(今回は先手取ったから)、それでも用心に越した事は無い。

「ふーん。じゃあ変なのが出たら、棄権すれば?」

 それは俺も考えた。だが…

「体育祭はクラス対抗戦で、勝とうと一生懸命に頑張っている人もいるんだよ。簡単に棄権なんてできないよ」

 今まで放課後に練習していたなんて、知らなかった。

 知らない儘なら絶対棄権していた。

 だけど、みんな勝つ為に練習していたんだ。

 黒木さんも、俺と二人三脚と言う競技で、一等取る為に頑張っていたんだ。

「勝ちたいから練習していたんだよ。なら、俺もクラスの為に勝たなきゃならない」

 団結、とは少し違うかも知れないが、やるからにはなるべく勝ちたいって理由なのかも知れないが、勝つ為に練習してきた事実は揺るがない。

 そんなクラスの努力を無駄にするような真似、俺にはできない。

「ふーん…やっぱり緒方君格好いいね。大沢君の次にだけど」

「いや、俺は別に格好よく無いけど、ヒロよりは格好いい。付き合っている波崎さんには非常に申し訳無いけどな」

 誉められて照れ隠しの返し。

 本当はヒロの方が格段に格好いいと、俺は思っている。容姿は兎も角だけど。

「そりゃ、遥香とかからすれば大沢君より格好いいでしょ。でも、変な借り物が当たる訳でも無いよね?中にはあるかも知れないけどさ」

 その変な借り物で、運命を振り回されているんだが…

 言っても信じないだろうし、言える訳でも無いし。

「あ、んじゃこうしたら?」

 閃いたと手のひらに拳をぶつける波崎さん。そして人差し指を立てて俺に近付けてきた。

「変なのが当たったら、それを広げて『こんなの借りられないから、他のにして』ってアピールするのよ」

「うーん…でもなぁ…」

 過去の俺の当たり札は『気になる異性』だが、他の奴等の借り物で記憶にあるのが『萌え系フィギュア(魔改造有)』と『可愛くない犬のぬいぐるみ』だった。

 要するに、どれを取っても変な借り物で、他クラスが抗議しないのに俺だけ抗議するってのは何か違う。

「兎に角、それくらいアピってもいいんじゃない?無理なのは無理って。あ、大沢君の100メートル始まるよ緒方君。一緒に応援しよ」

「あ、うん」

 ヒロのレースが始まるので会話はそこで終わったが、アピールか…

 一応、頭には入れておこう。

そして俺は念じた。

ヒロ…コケろ!!

と。

 ヒロの100メートルは特に盛り上がる事も無く、要するにコケたり乱闘になったりした訳でも無く、無難に一位を取って終わった。

 後は知らん。

 何故なら、二人で勝手に盛り上がって、話に入れなかったからだ。

 勝手にやってくれって感じだ。

 だけどまぁ…良かったなヒロ。


 その後は他競技が淡々と続き…

 途中で応援合戦があり、楠木さんのチアが滅茶苦茶可愛かったが…

 とうとう、俺の借り物競争の番になった。

 足取り重く、スタートラインに向かう。

 途中背中をポンと叩かれた。

「隆君、テンション低過ぎだけど?」

 槙原さんだった。

 体育祭実行委員故に自由が利く。

 なので聞いてみた。

「変な借り物、入れなかったただろうな?」

「あーっと…変なのばっかり入っているけど…」

 申し訳なさそうに髪を掻く槙原さん。

 波崎さんに聞いたんだろう。

 俺が変なのが出たら嫌だから、借り物競争に出たくないと。

 クラスが勝とうとしているから、棄権はしたくないと。

 因みに、と聞いてみる。

「どんなのが入っている?」

「うーん…言えなくも無いけど、不正にならない?」

 ……成程、不正だよな。

「あ、だけど、前に言っていた『気になる異性』は入ってないから。それは保証する」

 先手が効いたようだ。一応ながら安堵する。

「それならいいや。『気になる異性』は槙原さんにバレているからな」

「お?言うねぇ。もう付き合っちゃう?」

「それは協定違反じゃねーのか…」

 楠木さんから聞いたんだぞ。待つ事にしたって。

「ちっ。美咲ちゃんとお茶飲んだくせに…」

「『美咲ちゃん』!?いつの間にそんなに仲良くなった!?」

 いや、槙原さんはいきなりフレンドリーになるから有りかもだが。

「あはは~。まぁ色々と。美咲ちゃんから少しは聞いたんでしょ?」

「肝心な事は解らずじまいなんだけどな。槙原さんが教えてくれたら、直ぐに解決するんだが」

「あはは~。おっと、長話過ぎたね。早くスタートラインに行って。頑張ってね」

 そう言って、そさくさと退散する槙原さん。

 ナイスなタイミングで急かされて逃げられた。

 しかし、時間が押しているのも事実。

 仕方無い…なるようになれ、だ。

 俺は半ばヤケになってスタートラインに入った。

 で、アナウンスが借り物競争のアナウンスをした。

 ピストルの音と共にダッシュする。毎日走り込みしているおかげで首位は独走だった。

 だが、これは借り物競争。問題の封筒を取る為に、脚を止めなければならない。

 更に今までの内容が脳裏にチラつき、封筒から中身を出すのにかなり躊躇する。

 そうこうしている間に後続が迫る…

 俺は焦りもあって封筒を開く決断をした。

 意外に、俺も勝ちたいと思っていた事に戸惑う。

 何度も死を繰り返してきた、借り物競争の封筒を開ける決断を、後続に追い付かれるからと言う理由でした事に。

 南無三!!

 中身のメモを恐る恐る開く。

「はあ?」

 内容が解らず、何度も何度もメモを見る。近付けたり、遠ざけたりしながら…

 解る訳が無い。

 だって…

『白紙』だからだ。

 何も借り物が記されていない、ただのメモ用紙の切れ端…

「これ、炙り出しか何か!?」

 思わぬ出来事にパニクる間に、どんどんと後続に追い抜かれ…

 俺のレースは『棄権』で終わった…

『棄権』とは、俺がコースから外れて実行委員にクレームを出したからだ。

 要するに、なんやかんやでグダグダされて『棄権』に無理やりされたのだ。

 納得できねー。だが、これも有りだ。

 体育祭初の『ハプニング大賞』に選ばれたからだ。

 賞品は急遽用意された、ノートと鉛筆だ。

 正に戦わずして勝つ!!

…いや、勝ってはいないけど。

 まぁ兎も角、刺殺の可能性がかなり激減された事実があり、負けはしたが賞は取ったと言う事で、それなりにクラスには貢献したとは思う。

 因みに、我がEクラスは第三位と言う、良くも悪くも無い、全くのど真ん中だった。


 体育祭が無事終わり、次の日は休み、そして更に次の日に登校。

 黒木さんが、足首に包帯を巻きながらも、登校してきたのに安堵した。

 黒木さんは俺を見るなり、二人三脚不戦敗に謝り倒したけど、そんなもん、怪我した黒木さんに比べたら、何と言う事も無い。寧ろ逆に恐縮する。

 俺は黒木さんにノートと鉛筆を差し出し、経緯を説明。

「ハプニング大賞?何そのミラクル大賞?え、賞品貰えないよ?私何にもしてないし、逆に迷惑掛けたんだし…」

 ブルーになる黒木さんに答える。

「違う黒木さん。ノートと鉛筆は勉強する奴に必要なものだ。つまり俺には必要が無いんだ」

 真顔で言い切った。

 黒木さんは返答に困っていたが、じゃあ二人三脚の相棒にお見舞いって事でと、無理やり押し付けた。

 ノートと鉛筆を、何故か抱き締めて俯く黒木さん。

「い、いや~…こう言っちゃ何だけど、事故って良かったかも…」

「何言ってんだ?事故って良かったなんて冗談でも言うな」

 俺は電車に轢かれて何度も死んだ。楠木さんとヒロを巻き添えにもした。

「う、うんごめん…冗談でも言っちゃいけないよね」

「い、いや…俺の方こそごめん…」

 しょんぼりさせちゃった…駄目だな俺は。

「そ、そうだ。事故って事は相手が居るんだろ?」

「う、うん。接触も無かったから示談にしたけど」

 話題チェンジは有効のようで、さっきの気まずさが若干晴れたような気がした。

「そうだったな。避けた拍子に捻挫したんだっけ…」

「うん。でも、ちょっと変なんだよね」

 顎に指を当てながら頷いた黒木さん。更に首を捻った。

 つか、女子が首を捻る仕種が、俺の萌えポイントだ。

 これは良いものだ。

「何かね、私が避けて直ぐに車から出てきて、直ぐに示談を頼んで来たのよ」

「ふ~ん…警察沙汰はマズいとかかなぁ…」

「うん、多分。病院も手配してくれたし。その病院以外に行かないでくれって土下座して頼まれたし」

 おいおい。接触していない事故にそこまでするか?まさか、さぞかし名があるお方じゃないだろうな?

「示談金もお父さんが即時頷く金額だったってお母さんが言っていたから、かなり貰ったんじゃないかな」

「それ口止め料も入ってないか!?」

 余程ニュースにされたくない身分じゃねーのか?

「だけど避けられたって事は、スピードもそんなに出てなかったんだろ?別にスピード違反した訳でも無いようだし、そこまで経歴に傷つけたく無いのかね」

 呆れて大袈裟に首を振った。

「うん。スピードは出てなかった。つか、寧ろ避けられるスピードでわざわざ向かって来たような…」

「それは考え過ぎじゃねーかな?間違って人身事故する可能性だってあるし、狙って突っ込んでくる真似なんて」

「だよね。う~ん…」

 イマイチ納得できない感じの黒木さん。腕を組んで首を捻りまくっている。

「命を狙われている訳じゃありまいし。つか、狙われるような事もしてないし、うん。きっと気のせいだよ」

「そりゃそうだろ…」

 女子高生の命を狙うとか、どんな秘密組織だっつー話だ。

 全て偶然。事故が明るみになってはいけない立場の人間の、過剰な口封じって所だろ。

「でも、お金持って無さそうだったんだけどな…若かったし…」

「だから、どっかの会社のドラ息子とか…」

「逆にお金に困っているような身なりだったんだけどなぁ…阿部って人」


 阿部!?


 胸がざわめき、頭がぼーっとしてきたのが解った……

 心臓が激しく脈打つのを感じながら聞いた。

「……阿部ってのは…俺達と変わらない年齢に見えたか?…運転免許なんて持てないような年齢…」

「あ!!言われてみればそうだ!!そっかそっか。無免許運転だから、表沙汰にしたく無かったのか。納得納得」

 合点がいったとばかりに頷く黒木さん。

 そして俺は確信した。

 中学時代、俺をいたぶった五人…麻美を殺した五人の内一人…

 阿部……!!

「ど、どうしたの緒方君?凄い怖い顔になっているけど…」

「あ、ああ…いや…ほら…無免許運転で黒木さん怪我させたから…腹立って…」

 取り繕うように、笑いながら返す。

「無免許運転か解らないよ。若く見えただけかもだし」

「そうだな…まだ解らないよな…」

 だけど俺は確信した。

 黒木さんを撥ねようとしたのは、阿部だと。

 そして、それは朋美の指示だと。

 その証拠に、いつの間にか現れた麻美が、俺の拳を両手で握りながらも、口を開けない。

 話したくとも声が出ない。

 朋美絡みなら、麻美は声を出せない!!


 それから少し黒木さんと話したが、内容が全く頭に残っていなかった。

 ただ相槌を打って反応しただけみたいだった。

 黒木さんと分かれて席に戻り、考える…

 何故黒木さんを狙った?

 殺すつもりは無かったようだが、阿部にそんな度胸も無いだろうが、理由が…

――二人三脚って男女混合だよね

 麻美が耳元で囁いた。

 男女混合だから何だってんだ…

――いやー、隆が女子と仲良く二人三脚とか、妬ける妬ける!!

 冷やかすな…今はそんな事聞いている場合じゃ…

――楠木さんも春日さんも槙原さんも、競技と解っていても、心中穏やかじゃなかったかもねー

 そりゃあ…俺だって…楠木さんや春日さんや槙原さんが、他の男と二人三脚するとか、やっぱり競技と言っても気分は良く無いだろ…

「……………嫉妬?」

 麻美は答えない。正確には、口をパクパクしながらも声を出せないでいる。

 これで確信した。

 朋美は、黒木さんに嫉妬したんだ…

 俺と二人三脚すると言う理由で…

 嫉妬…

 朋美が楠木さんに文句を言いにいった訳…

『そんなの簡単じゃん。須藤は隆君が好きなんだよ』

 この言葉を聞かなきゃ、辿り着かなかったかも知れない。

 朋美が、黒木さんが二人三脚を欠場するように事故に見せかけたんだ…

 阿部は所謂スネ夫タイプだ。

 強い者には決して逆らわず、強い奴のケツに着いて、便乗して荷担するタイプ。

 朋美とどんな繋がりがあるか解らないが、朋美ん家は財力も権力もある家だ。

 阿部なら、頼まれたら嫌とは言えないだろう。

……安田も朋美とファミレスで話していたよな…

 もしかして、あの五人は、朋美と何らかの繋がりがある?

 槙原さんなら掴んでいるだろう話だが…

 神尾なら…武蔵野なら…何とか連絡は取れそうだが…

 神尾は槙原さんが多分連絡先を押さえている筈だし、武蔵野は的場を捜せば何とか…

 しかし、槙原さんが、神尾の連絡先を俺に教えるだろうか?

 的場は借りを返し終えた俺に、再び協力してくれるだろうか?

 色々考えても始まらない。

 取り敢えず、休み時間に槙原さんに会いに行こう…


「うん?神尾先輩の連絡先?」

 休み時間に槙原さんを訪ねた俺は、何の前振りも無しに神尾の連絡先を訊ねた。

 槙原さんは驚きながらも、小さい声で反応した。周りに聞こえない程度の声の大きさだ。

 驚きながらも冷静だって事だ。すげーわ槙原さん。

「あはは~。何を考えているか解るから教えなーい」

 すっごい良い笑顔で拒否された。

 そりゃそうだ。正に『何を考えているか解る』んだろうから。

 だから単刀直入に言い返す。

「朋美が何をしたいのか知りたいんだ」

 一気に神妙な顔付きに変わる。

「……どこまで辿り着いたの?話はそれからかな?」

「中学時代から色々工作した所まで」

「現在は?」

「多分…黒木さんを轢こうとした事まで」

「黒木さん…隆君の二人三脚の相手だよね?新ネタ掴んだの?」

 興味を覚えたのか、身を乗り出してきた。チャンスだ。

「神尾の連絡先と情報交換でどうだ?」

「あはは~要らない要らない。自分で調べるから。て事で、神尾さんの連絡先も自分で調べてね~」

 ……槙原さんと交渉とか、俺には荷が重いって事が解っただけだった。

 槙原さんの方が二枚も三枚も上だ。

 いや、そんなの重々承知しているけど。

「それよりも、今度は文化祭だよね」

 思いっ切り話を逸らされた。

 神尾云々よりも、朋美の話題に触れられたくないのか?

 取り敢えず話に乗ろう。

「そうだな。近いうちにクラスの出し物の話し合いがあるみたい」

 俺は過去には怖がられて学校行事、つまりはクラスの話し合いの輪には入れなかった。

 文化祭も、何をやっていたのか記憶に無い程だ。

「私、文化祭実行委員になったから」

「体育祭実行委員の次に、文化祭実行委員?どんだけ働くんだ?」

 呆れるやら感心するやら、だ。

「他のクラスも実行委員決まっている筈だよ。Eクラスは確か横井さんて女子」

「あ、そうなんだ?っても話した事無いけど」

「もう二学期も半ば過ぎたのに、話した事の無いクラスメイトが居るんだ…」

 槙原さんが可哀想な奴と言う目で俺を見る。

「ヒロで事足りていたからな」

 そのヒロも波崎さんと付き合ったから、俺に構っている暇は無くなるだろうが。

「ふ~ん。まぁいいけど、B、Cと実行委員は男子だったよ」

「そりゃ男子でも文化祭実行委員になるだろ…」

 当たり前の事だった。

「あはは~。男子でも実行委員はやるよね~。いや、過半数が女子の実行委員だからさ」

 過半数って、B、Cが男子でD、Eが女子って事は…

「Aは女子なんだ」

「うん、そう。Aの実行委員は須藤朋美さん」

 朋美…!?

 実行委員なんて、面倒くさい事するキャラじゃない…

 一体何を考えているんだ…

「えい」

 額に仄かに痛みが走る。

 槙原さんにデコピンされたのだ。

「須藤さんの名前が出ただけで、そんなに厳しい表情になるんだよ?神尾さんの連絡先なんて教えられない。せめて表情が表に出ないようになるまで、私からは掴んでいる確信部分は教えられないよ」

 全く痛くない額へのデコピンが、急に痛み出した。

「そうだよな…せめてポーカーフェイスを磨かないと」

「素直なのは隆君の魅力の一つだけど、もうちょっと頑張りましょう」

 あはは~と笑う槙原さん。

 額の痛みは、槙原さんの笑顔によって、更に鋭さを増す。

 ここまで考えてくれる槙原さんに、俺は申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになった。

 

 夜…色々考えてベッドに突っ伏していると、麻美が出て来た。

「……よお麻美…まともに出てきたのは久々だな」

――出てくるとか、まんまオバケじゃん

 頬を膨らませて不服そうだった。

「いや、まんまオバケだろ」

 よいしょ、とベッドに座り直して、麻美を正視する。

「……麻美、朋美が何かやっている。いや、今までも何かやっていた。お前が死んだのも、朋美が関わっているんだろ?」

――…………

「よし、その黙りで確定した」

 逆に解りやすくなった。

 規制ってのは厄介なようだが、発する事が出来ないなら肯定となる。

――馬鹿のくせに、規制を逆手に取るとか…今世紀最高潮に頭回っているんじゃないの?

「馬鹿とかいうな。これでもクラス平均にはなったんだ」

 春日さんと槙原さんのおかげだ。

 ヒロなんて塾通いしているのに、クラス平均だぞ。

 俺の方が、頭がいい事が立証されたな。

「そうだ、ちょっと確認。里中さんや波崎さんや黒木さんは…所謂『事件』には関わって無いんだよな?」

――『事件』の定義が広過ぎるからやり直し

 ちっ。曖昧な提示から何か引っ張れるかと思ったが、やっぱり甘くねーか。

 確認とは、実はこの事だったりする。

「んじゃぁ…朋美が何か企んでいる事には関与してないんだよな?」

――………ダメみたい。言葉が出て来ない

 どっちが禁句なんだ?『何か企んでいる』か?『関与してない』か?

 質問を変えてみる。

「えーっと…里中さんは何か企んでいる?」

――ううん。別に?

「なら、朋美に何か頼まれた?」

――……ちょっとダメ

『朋美』自体が禁句なのか?

「麻美、須藤朋美って言ってみ?」

――須藤朋美

「むう、朋美自体は禁句じゃねーのか…」

――当たり前じゃん。個人名がなんで規制されるのよ?安心した。隆が馬鹿の儘で

「そこは心配しろよ…」

 馬鹿の儘で安心とか、現実問題で色々ヤバいだろ。

「んじゃ、崎さんは朋美と何ら関係ない?」

――名前くらいは槙原さんに聞いているかもね

「黒木さんはただの交通事故?」

――事故にもならないんじゃない?警察に訴えたらまた違うんだろうけど

 俺はこんな感じで、麻美とやり取りを続けた。

 面倒くさい、非常に面倒くさかったが、それでも今までの整理はつけられる。

地味な作業だったが、これで更に一歩前進できた。

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