文化祭~001

 麻美と激しいやり取りで、すっかり寝過ごした俺は、ロードワークの代わりに登校時に走った。

 何となぁくだが、繋がっては来たが、確定にはまだまだだ。

 一歩前進、それくらい。

 だが、その一歩が大切なのだ。刺殺は多分避けられたとは思うし。

――だけど隆、この先は全く予想がつかないから、油断しちゃダメだよ?

 おっと、朝から登場の麻美さん。

 そんな険しい顔しちゃダメでしょ?可愛い顔が台無しだよ?

――二人の女子に告られて、一人の女子に好きって雰囲気浴びせられて、随分と調子に乗るようになったね。余裕あるし

 いやいや、余裕なんか無い。キッツキツだ。

――前の隆じゃ想像も出来ないくらいに友達も増えたしね。携帯のアドレスが女子ばっかってのが何とも

 失礼な事を言うな。

 木村の連絡先も入ってんだぞ。女子ばっかじゃねーよ。

――里中さんに波崎さん、ちゃっかり黒木さんのもゲットしたよね?

 あれは、その、なんだ。流れだ流れ。

 赤坂君のだって流れが合えばゲットしてたよ多分。

――赤坂君はダメ

 ……麻美は赤坂君をあまり好ましく思っていないようだ。

 まぁ、赤坂君はアレだし、女子受けが悪いんだろう。

 しかし、言われてみれば男子の友達いねーな。ヒロくらい?

――木村君は友達じゃん

 ……だよね。友達だ。

 多分。

 用事ある時以外に連絡しないが、少なくとも俺的には友達だ。

――男子の友達も作らなきゃね。ハーレムは反感買うだけだし。

 ハーレムとか言うな。

 羨ましい設定を俺につけるな。

 俺自身羨ましいと思うわ。

 だが、男子の友達も欲しいな。何だか欲が出てきたような気がする。

――欲じゃなくて普通に戻りつつあるんだよ。昔の隆は刺だらけで、近寄ってくる人居なかったし

 ……それを言われると何も言えねーけど…

――部活とか入ったら?

 アホ言うな。ボクシングだけで精一杯だよ。

 勉強もしなきゃいけないし、部活やっている暇は無い。

 つか、ウチの学校、部活はそんなに無いし、同好会や研究会がアホみたいにあるし。


 ん?麻美の返事が無くなった?

 おい麻―――

 呼び掛けようとした時に肩を叩かれ、振り向いた。

「朋美か」

 俺の肩を叩いたのは朋美。

 麻美が姿を消した理由が簡単に解った。

「オス隆。今日はちょっと遅いんだね?」

 笑顔ハツラツに近寄ってくる朋美。

 顔は可愛いんだ。だけど、俺が何も知らないと思っての笑顔なんだろうな。

 胸がムカムカしてくるが、ぐっと堪える。

「あ-。ちょっと寝坊してさ」

「そうなんだ。まぁでも、たまにはそう言う時もあるよ」

 遅くなった理由は、お前の事を検証する為に寝るのが遅かったからだ。とは言えない。

 取り敢えず普通に、ごくごく普通に、二人並んで学校に向かって歩いた。

 知らなかった俺の時と同じように。

「あ、そうそう。私クラスの文化祭実行委員になったんだよ」

「へー。Aは何やるんだ?」

「それを決めるのが実行委員の仕事で、まだ話し合いもしていないんだけど…」

 そりゃそうか。俺のクラスも何も話し合いしていないから当然か。

「でも、今日のホームルームで決める筈。多分隆のクラスもそうじゃない?」

「そう言えば、誰かが何かそんな事言っていたような…」

 そんな事を話していると、学校に着いた。

 上履きに履き替え、クラスを目指す。

 朋美も早足で俺の横に並んだ。

「隆はどんな出し物ならいい?」

「えーっと…面倒じゃなくてノルマも無くて自由が利くヤツ」

「じゃなくて、Aの出し物の事!!一応相談してんだけど!!」

 苛ついたのか、語尾が強めになった。どんだけ短気なんだ。

「Aの出し物ねぇ…メイド喫茶とか和装喫茶とかアニマル喫茶とか」

「何それ…マニアック過ぎる…」

だってどうでもいいんだもん。他のクラスの出し物なんてさー。

「メイド喫茶は多分どのクラスでもやるんじゃない?だから却下」

「じゃあ劇とかは?」

「隆が観にくるんなら考える」

「公演中寝てていいなら行くけど」

「じゃあ却下!!」

 演技のプンプン的な怒り方だった。

 つか、Aの出し物に俺を絡めんなよ。素直にホームルームでクラス全体から決を取って決めろ。

「あ、もう教室前だ。じゃね隆」

「おー」

 何か手を振っていたが、俺はただ歩きながら手を上げた。

 少しでも早く、朋美の前から去りたかったからだ。

 胸のムカムカが酷くなる前に。

 

 ホームルームが始まった。

 議題はやっぱり文化祭のクラスの出し物だ。

 文化祭実行委員の横井さんが議長を務める。

「出し物の提案ある人―」

 横井さんが発したと同時に、赤坂君が手を上げる。

「はい赤坂君」

「メイド喫」

「却下です」

 赤坂君案をぶった切るように退ける横井さん。

 赤坂君は机にメガネが壊れるんじゃないかってくらい、顔を埋めた。

 一応ながら、ダメな理由を話す横井さん。

「メイド喫茶は他クラスと被るだろうから却下です」

 メイド喫茶ってか、コスプレ喫茶は他クラスでもやるだろうから、端から選外のようだった。

「他にはー?」

 再び赤坂君が手を上げる。

「はい赤坂君」

「アニメの」

「却下です」

 アニメの?何だ?うわ気になる!!赤坂君!!泣いてないで続き言って!!

 つか、横井さんは赤坂君案を初めから却下する予定なのか?

 そうなると劇とか?

「あ、劇も却下になります。体育館の使用権、じゃんけんで負けちゃったので」

 おい!!じゃあ体育館使うものみんなダメじゃねーか!!

 劇に限らず、バンド演奏とかダンスとか、全滅じゃねーか!!

 そうなると選択肢がかなり狭まれる…

 案の定、俺には全く思い浮かばない。

「はい」

「はい黒木さん」

「展示とかは?」

「何の展示ですか?」

「それは…」

 案を出したが、詰めの甘い黒木さんだった。

 しかし展示か。成程…

「俺は食い物が出せるやつがいいかな。別にメイド喫茶じゃなくてもいいけどさ」

 ヒロが挙手せずに案を出す。

 まぁ俺も、喫茶店程度しか思い浮かばないけど。

「あ、国枝君、確か占いやれるよね?」

 誰かが発言した事によって、国枝君に視線が集まった。

 国枝君はなんか少し雰囲気が暗い感じがする男子クラスメートだ。

 赤坂君と同じメガネカテゴリーだが、知的だった。スケット団のスイッチ的な感じだ。

 その国枝君が、目を細めて立ち上る。

「占いは統計学だから、必ずも当たるとは限らない。それでもいいなら、やってもいいかな」

 当たるも八卦、当たらぬも八卦だっけか?

 こう言うのはノリだからいいとは思う。

 そして占いはみんな不服が無いようで、賛成の挙手が多かった。勿論俺も賛成した。

「では、Eクラスの出し物は『占いの館』にします」

 案外簡単に決まってしまったな。

 俺のクラスは『占い』。他クラスと被る可能性は低いと言えよう。

 次の議題は『占いの館』のスタッフの事だ。

 責任者として国枝君が壇上に上がる。

「僕の占いはちょっと特殊でね。他にポピュラーな占いができる人に力を貸して貰いたい」

 眼鏡を中指でついっと持ち上げて、更に光らせる。なんか知的だった。

「あ、星座占いなら」

 眼鏡女子が挙手する。

「最上さん、星座占い、と…」

 黒板に、達筆に書き記す国枝君。

「俺の親戚神社の神主やっててさ。占いとは違うけど、おみくじなら用意できるかも」

「うん、いいねおみくじ。角田君、頼めるかな?」

 ふむ、角田君はおみくじか。

「じゃあ占いブース二つ、おみくじ販売でいいかな?」

 横井さんが『これ以上増えたら面倒だ』と言わんばかりに話を纏める。

 まぁ同感だけど。

「じゃあ最上さん、星座占いブースのスタッフは君に一任するよ。僕は僕でスタッフをお願いするから」

「うん、解った」

 ふむ、国枝君といい最上さんといい角田君といい、ちゃんとクラスに貢献しているな。

 こう言うのを見ていると、俺も頑張ろうと思ってしまう。

 ん?国枝君が俺をじーっと見ているが…何だろう?

「じゃあ緒方君、僕のブースの内装関係を手伝ってくれるかな?」

 うん?

 え?

「ええ!?俺不器用だから無理だよ!!」

 いきなり振られてテンパる俺!!

 あれだろ?教室の中に小部屋作って、それなりの雰囲気の内装やるって事だろ?

「大丈夫。図面を描くから。緒方君は力が有りそうだから、力仕事に向いていると思うんだ」

「…それならなんとか…」

 図面があるならなんとか…力仕事なら頑張れるけど。

「あ、じゃあ星座占いは大沢君貰うね。緒方君と同じで力仕事要員ね」

「うえ!?マジか…仕方ねぇなぁ…でも、俺も隆に負けず劣らず不器用だから、図面は貰うぞ?」

 なんと、ヒロも俺と同じポジションに!!

 こりゃ星座占いに売上は負けられんな!!

 意外とワクワクするもんだな、こう言うの。ヒロも何か落ち着かないし。

「じゃあおみくじは…」

 そんなこんなで話し合いは続き、ホームルームだけでは時間が足りず、放課後を利用して続きを話し合う事になった。

 国枝君の占いは『霊感占い』。

 良く解らないが、統計学だっつーのなら学問なんだろう。

「じゃあ力仕事担当の男子はこっち来て」

 ものづくりクラブの蟹江君に促され、教室の端っこに向かった。

 つか『ものづくりクラブ』ってあったのかよ。

 兎も角、ブースの施工を蟹江君に一任して貰い、俺は力仕事を頑張る事にした。

 蟹江君は方眼紙を教室に見立て、仕切りを二つ立てて三つの部屋を描く。

「霊感占いのブースは右側のドアの方。真ん中でおみくじ売って、左は星座占いね」

 つまり俺は右側の小部屋担当って事だ。

「内装のイメージは各ブースの担当が落書き程度に描くから、それを元にペンキとか塗って、それっぽくしよう」

 うーん…星座占いの内装なら何となくイメージできるが、霊感占いは全くイメージが湧かないなぁ。

 まぁ、国枝君がデザインするんだから、それっぽくすればいいのかな?

「ちゃんとした図面は二、三日後くらいにできるから、作業はその後。それまで金鎚とかの道具を揃えよう」

 蟹江君…頼もしい!!

 テキパキと指示できるのって憧れるなぁ。

 俺は一匹狼みたいなもんだったから、尚更だ。

 この日は工程や、使う道具を揃える事とかで終わった。

 放課後に話し合いの続きと言っても、帰る時間が少し遅れた程度だった。

 本格的な作業は最短でも二日後。

 結構待ち切れない自分が居た事に驚きつつ、鞄を担いだ。

「隆、俺今日塾だから悪いけど先帰るわ」

 ヒロが慌てて教室から飛び出して行った。

 波崎さんと会う気だな…

 これから放課後が潰れるから、なかなか会えないからだろうけど、わざわざ誤魔化す必要は無いだろうに。

 まぁいい、一人で帰るか。

「緒方君、今日は一人かい?よかったら途中まで一緒に帰らないか?」

 中指で眼鏡を持ち上げながら、国枝君が誘ってくれた。

 おお…男子に帰宅を誘われるのは初めてだ…

 実に新鮮だった。

「うん。俺ん家学校から近いから、駅に曲がる道までだけど」

「そうか。それでいいよ。話したい事あったから」

 話したい事?

 男子の国枝君に告られるとか!? 

 俺ノーマルだから、そう言うのはちょっと…

 国枝君は若干引いていた俺の耳に、微かに聞こえるようにボソッと言う…

「……君に取り憑いている中学生くらいの女子の事を…ね…」


 ぞくり


 鳥肌が立つ…

 こいつ…

 麻美の事が見えるのか…

 嫌な汗が流れ出てくる…

 ともあれ、男子と並んで帰るのは久々だった。

 ヒロを除けは中学以来だと思う。

 中学に上がってからは、麻美とずーっと登下校をしていたし。

 朋美はヒステリックが酷くなって距離を置いたけど。

「何をふけっているんだい?」

 やはり中指で眼鏡を持ち上げて聞いてくる国枝君。

「いや、俺って怖がられているからさ。一緒に帰る友達少ないんだ」

「ああ、入学当初は色々な噂があったよね。目が合っただけで半殺しにされるとか、ぶつかっただけで卒業まで虐められるとか」

「え!?そんな酷い噂だったの!?」

 ショックだ。

 怖がられているとは知っていたけど、そこまで凄い事言われていたとは…

「だけど、それは直ぐに誤りだとみんな気付いたよ。素行の悪い人としか揉めなかったからね。僕達一般生徒には、寧ろ優しかった」

「優しかったって、別に何もやってないけどな…」

「そう思うのもいいさ。さて、そろそろ本題に入らせて貰うよ」

 やはり中指で眼鏡を持ち上げる国枝君…

 知らず知らずに唾を飲み込む俺がいた…

「君には中学生くらいの女の子が憑いている…髪はおかっぱ、大きい瞳の小柄な女の子だ」

「それはさっきもちょっと聞いたけど…国枝君、所謂霊感ってヤツあるの?」

「僕の占いは『霊感』占いだよ」

 不敵な笑みと同時に眼鏡が光った。

 所謂『視える人』なのか…

「だけど国枝君、あの子は決して俺に害を与えようとしている訳じゃなく、助けようとしているんだ」

「それは解っているよ。邪気が無いからね。悪霊には程遠い。とても100年前の霊とは思えないほど若々しいしね」

 100年前?どう言う事?

「……違うかな…累計100年…かな?とにかく、僕達と時系列が違うようだね」

 累計100年!?

 それはつまり、俺のやり直しが100年くらいだって事か?

 そんな年月、麻美は諦めずに、ずっと俺を助けようと頑張っていたのか…

 有り難過ぎて涙が出る。

「でも、やっぱり霊が生者の世界に留まり続ける事は良くない事なんだ。今は寧ろ君を守ろう、導こうとしているみたいだけど、この儘留まり続けたら…」


 ざわり…


 背筋が冷たくなった…

 麻美の悪霊化…

 以前言っていた『次でラストチャンス』は、やり直しが効かなくなるだけじゃない、麻美自身も限界だって言う事だ。

 麻美は俺に言わなかったけど、それは薄々と気付いていた。

 今回で最後。次は無い。

 もしも今回失敗したら、俺は運命通りに死んで、今までの繰り返しが無駄になり、麻美は悪霊化するんだろう。

 冗談じゃない。俺は兎も角、麻美をこれ以上苦しめる訳にはいかない…

「……成程、ある程度は解っているようだね。じゃあこう言うのはどうかな?」

「なに?こう言うのって?」

「君に取り憑いている女の子は一人じゃない」

 !!麻美の他に誰か取り憑いているのか!?

 余程酷い顔をしていたのだろう、国枝君が苦笑しながら、俺の肩を叩いた。

「大丈夫。取り憑いていると言っても悪霊、死霊の類じゃない。生き霊…それよりももっとライトな感じ…思念?その程度だよ」

「……いや、全然慰めになってないんだけど…生き霊とか、普通に怖いんだけど…」

「だから生き霊よりももっと軽いんだって。尤も、これ以上進んだら生き霊になっちゃうかも知れないけどね」

 脅かすように、やや笑う国枝君。

 生き霊になる思念とか、俺どんだけ怨まれてんの!?

 それが普通にショックだった。

「考えている事は大体解るよ。怨まれている、とかだろ?だけどそうじゃない。純粋に君を欲しているんだ」

「……熱烈なラブコールだな…生き霊になるまで想われてるとは…」

 すんげぇ迷惑だ!!今までぶち砕いてきた糞共が、恨みつらみで生き霊になって仕返しならまだ解るが、好意が過ぎて生き霊寸前とか!!

 どんなストーカーだ!!

「君が思念から解放される術は一つ。その子から距離を置いて、できるなら永遠に関わらない事だ」

「いや…誰か解るなら喜んでそうするけど、心当たりが無いから解らないんだよ…」

 ほとほと困った。誰が生き霊寸前なのかさえ解れば簡単なんだが…

「なんだ、てっきり知っているのかと思ったけど、知らなかったんだ。君はほとほと鈍い男なんだね」

 眼鏡を光らせて、ほくそ笑んだ国枝君。

 誰か知っているような口振りだった。

 じゃあ聞けばいい、と、口を開き掛けた。

 しかし国枝君がそれより先に言う。

「A組の須藤さんだよ。君の幼なじみ、だったかな?彼女の思念が君に付き纏っているんだ」

 …………………………

 は?

「はああああ!?朋美が生き…むぐっ!?」

 絶叫寸前の俺の口を手で塞ぐ国枝君。

「声が大きいよ緒方君!!下校途中の同級生が、須藤さんに言ってしまったらどうするんだ?」

 無言で頷く俺。国枝君は肩で息をつき、手を離した。

「いきなりごめんね緒方君。本人の耳には入れられたくないからね」

「う、うん…流石に生き霊寸前とか噂が立ったら、可哀想過ぎるからな…」

 一応ながら幼なじみ。一応ながら初恋の相手。流石に気が引ける。

 ……本当に気が引けるか?

 否!!今は尻尾を押さえるのが先だ。つまらん噂でパーにしたくない。

「……国枝君、その…朋美の生き霊もどきをどうやったら離せるんだ?国枝君がお祓いみたいな事してくれるとか?」

「残念だけど、霊感はあるけどお祓いとかはできない」

 まぁ、そりゃそうか。

 所謂『視える人』なだけで、特別な修行もしていなさそうだし。頼られても迷惑ってもんだろう。

「じゃあ何か離す方法はあるのか?」

「うん。普通に神社やお寺に行ってお祓いしてもらったりとか、御札買ったりとかすればいい」

 ……やっぱりそうなるよな。

 しかし俺は学生。先立つ物が無いし、親に『憑かれているからお祓いのお金くれ』とか言ったら、取り敢えず心療内科に連れて行かれるだろう。

  でも、万が一に親が信じて、神社とかに行ったとする。

 すると麻美はどうなる?

 朋美は生き霊寸前と言っても、生き霊じゃない、思念だ。

 しかし麻美はマジ幽霊…

 先に祓われるのは麻美なんじゃ…

「ち、ちょっと待て国枝君。あの…おかっぱの女の子を今祓うのはマズいんだ」

「僕としては、おかっぱの女の子も一緒にお祓いして貰った方がいいと思うけどね。でも君は色々と知っているようだし、何かしらの目的もあるようだ。それにはおかっぱの女の子の力が必要なんだろう」

 頷く。何度も。

 つか、視える人がここまで見切れるのかよ。国枝君、実は相当な霊能者とか?

 まあ、ともあれ…

「国枝君の言った通りだよ。彼女はいずれ綺麗な形で成仏してもらう」

「そうか。じゃあ須藤さんの思念だけをどうにかしないとね」

 メガネの奥で笑う国枝君。

「緒方君、須藤さんに対しておかしな対処はしない方がいいかもね。僕が色々調べてみるまで。だけど、距離を置く事はした方がいい」

 なんか…すげぇ良い奴だ。

 今まで俺は非常に勿体無い事をした。

 俺はクラスメートを避ける、遠ざけるような真似を、今までしていた事を悔いた。

 十字路に着く。

 駅はこれを右に、俺はこの儘真っ直ぐだ。

「じゃあ緒方君、ここで」

「あ、うん国枝君。色々ありがとう」

「僕はただ視えた事を言っただけだよ。信じたのは緒方君、それだけだ。それにまだ明確な手段も解らないし、お礼には少し早いよ」

 苦笑する国枝君。やっぱり良い奴だ…

「これからも頼らせて貰うよ国枝君」

 頭を下げる俺。

「……緒方君、スマホかい?」

「あ、うん」

「LINE教えて貰おうと思ったけど、どうかな?」

「LINEはやっていないから、ケー番メアドでいいならっっっ!!」

 ババッと素早くスマホを取り出す。

「そうかい。じゃあこれで…」

 ピコピコとケー番とアド交換をした。

 人生初!!男子と!!

 いや、ヒロや木村はなんつーか、特別枠と言うか…

 要するに、普通の男子の連絡先をゲットできたのだ!!これは嬉しい!!俺にしては大快挙だ!!

「ありがとう国枝君!!俺のスマホに男子の名前が漸く三人目になったよ!!」

「女子の名前はもっと登録済みって事だね。モテるね緒方君、羨ましいよ」

 しまった藪蛇だ!!

 それから俺は変な言い訳をグダグダ繰り返した。

 国枝君は笑いながら頷いていた。

 国枝君と別れ、一人寂しく帰路へ着く。

「隆!!」

 振り向くと、ポニテを揺らしながら朋美が走って追ってきた。

 国枝君に言われたな。朋美の思念が纏わりついていると。

 おかしな対処はしない方がいいとも言われたな。

 距離を置けとも言われたな。

 だけど、いきなり知らんぷりじゃ、全く自然じゃないな…ここは普通に接するのが吉か。

「朋美、お前も今帰りか?」

 息が切れている朋美。それが落ち着くまで待ってから聞いた。

「う、うん。話し合いが長引いてさ」

 まだ若干息が荒いが、気に掛ける必要は無いか。

「へえ?Aは何をやる事にしたんだ?」

「焼きそば屋さん」

「なんだ。意外と普通…」

「さとちゃんがね、B級グルメで人気なのは焼きそばで、チャンピオンも出しているって力説してねぇ…」

 ……里中さんのごり押しか。

「確かにそうだが、焼きそばは結構あるんじゃないか?校門から校舎までの露天とかでも…」

「そうなのよ。だからみんな反対したんだけど、「素人の焼きそばなんて敵じゃない!!」の一点張りで譲らないの」

 里中さんも素人じゃないのか?

 確か食べ物に詳しいってだけで、料理はしないと聞いた覚えがあるが。

「隆のクラスは何やる事にしたの?」

「ウチは占いの館って出し物だ」

「へぇ~……なかなかやるわね…」

 感心する朋美だが、俺はなぁんにも案を出していない。ただ意見に便乗しただけだ。

「メイド喫茶とかは多分飽和状態だろうからな。占いは多分ウチだけだろ」

「ああ、A組もメイド喫茶の案出たよ。さとちゃんが一蹴したけど」

 どんだけ焼きそば屋やりたかったんだよ里中さん。相当自信があるのか?

「焼きそばって、どんな焼きそばだ?ソースとか塩とか餡掛けとか色々あるだろ?ご当地焼きそばだって、それなりの特徴があるんだから、あそこまで盛り上がれるんだぜ?」

「さぁ……さとちゃんがレシピ持ってくるとか言っていたから…」

「でも、里中さんて料理しないんだろ?」

「うん。シェフは別の人」

 しぇふ!?

 焼きそば屋の兄ちゃんとかじゃないの!?

「シェフはさとちゃんが言い出したんだからね」

「お前は間違っても、そんないい言葉、使わねーだろ」

 軽く皮肉った。だが、朋美はニコニコとご機嫌だった。

「その占いの館で、私も占って貰おっかなぁ」

「金払えば客だからな」

「因みにお値段はおいくら?」

「まだ決まってねーな。これからなんやかんや話し合って決めるんじゃねーの?」

 つか、素人の占いで金取ってもいいのだろうか?

 たまに見かける占いって、一万とか二万とか取らなかったっけ?

 流石に其処までは取らないとは思うが…

「あ、着いちゃった」

 考え事をしている間に、朋美ん家に向かう曲がり角に到着した。

「おう。じゃな朋美」

 手を挙げて自分家に向かおうとした俺。

 だが、シャツを掴まれて、それ以上は進めなかった。

「……なんだよ?」

「い、いや、久し振りに家来ないかなぁ、なんて思ったりして…」

 朋美ん家?小学生以来だが、行きたくはないかな。

 父さん代議士で、普通に怖いし。


――行くべき!!


 麻美が耳元で囁く。

 朋美が居る時には絶対に出て来なかった麻美が、声だけでも現れると言う事は、何かがある…!!

「……そうだな。ちょっと寄らせて貰うか」

「ホント!?言ってみるもんだね!!」

 自分で誘っといて、何なんだこいつは?

 朋美は訝しんでいる俺の手を引っ張り、ズンズン歩き出した。


 久し振りに来た朋美ん家は、やっぱりデカくて圧倒された。

 瓦屋根がある高い門扉から始まる塀が、ぐるーっと囲む屋敷。中は日本家屋。池も庭もある。

「相変わらず、すげーな」

「そう?」

 あっけらかんと言う朋美だが、門から玄関までやや歩かなければいけない一般宅なんか、他に知らない。

 庭師のじいさんが俺を見て、ぺこりとお辞儀してきたので、俺もお辞儀を返した。

「あのじいさん、俺が小学生の時も居たな…」

「住み込みだからね」

 住み込みって、旅館かよ!!

「あのじいさん、俺が小学生の時からじいさんだったよな?」

「そりゃ若返りはしないでしょ」

 若返りって、どんな妖怪だ。

 玄関に着く。

「ただいま~」

 ガラリと引き戸タイプの扉を開けると…

「お帰りなさいまし、お嬢」

 見た目から怖いオッサン達が、ズラズラと頭を下げて出迎えた。

 そう。朋美の父さんは代議士だが、元々須藤家は『須藤組』。

 俺が大っきらいな糞共の、上位組織だったのだ。

『須藤組』は土建屋を生業としながらも、飲み屋、料亭や不動産も商売にしている。

 そしてこのオッサン達は、祭りの時にやたらと屋台を開いている、良く知った顔だった。

「ん?隆か?」

  オッサンの一人が俺を見て近寄ってきた。

 何だっけ…若頭とか呼ばれているオッサンだったか。

 小学生の頃、朋美ん家に遊びに来た時に、よく遊んでくれたオッサンだ。

 半袖の裾から桜吹雪がチラチラ見えるのが玉に瑕だ。

「お久しぶりです」

 一応ながらお辞儀をする。

「久し振りだなあ!!お前派手に暴れているらしいな!!ウチのモンには手ぇ出すなよ!!」

 バンバンと背中を叩かれた。

 嬉しそうだ。俺が一番このオッサンに懐いていたからなぁ。

「ほら、隆が困っているじゃない。みんな散って。隆、先に部屋上がってて」

 朋美が追い払う仕草をすると、若頭のオッサンを残してみんな散らばった。

「おい朋美、先に上がれと言われても、女子の部屋に単独乗り込む度胸なんて俺にはねーぞ?」

「何言ってんの?ちっちゃい時は普通に上がってゲームやってたじゃん」

 言い終えて一人どっかに行く朋美。

 何なんだよ全く…ガキの時とは違うだろ。

 困惑している俺にオッサンが肩を組んできた。

「隆、一丁前に意識してんのか?オイタはすんなよな」

「いくら思春期でも、この家でオイタする度胸無いですよ…」

 確実に日本海に浮かぶな。もしくは樹海とか。

「ははは!!まぁ、間違いがあってもオヤジには黙っててやるよ。お嬢も満更でも無いだろうしな!!」

 バンバンと背中を叩いた後、どっかに行くオッサン。

 一人取り残された俺は、取り敢えず朋美の部屋に行く事にした。。

 朋美の部屋は確か二階…

 小さい時の記憶を頼りに階段を上っていく。

「そうそう、日本家屋に違和感バリバリの洋風のドアが、朋美の部屋だった」

 ノブを回し、中に入る。

 女子特有の甘い香り…

 朋美の部屋だ。間違い無い。

 ガキの時にも感じたが、やっぱり部屋は広かった。

 ベッドにピンクの布団、コルクボードに友達と撮った写真が貼ってある。

 里中さんと一緒の写真が多い。

 ヒステリックな朋美には友達が少ないが、里中さんはよく付き合っていられるなぁ、と感心する。

 本棚には参考書がずらり。小説と漫画もチラホラみえる。まぁ普通だ。

 クローゼットは…流石に開けられないか。

 机はキッチリ片付けてあり、消しゴムカス一つ落ちてない。真ん中に鎮座してあるパソコンが邪魔で、勉強できそうも無いが。

 テレビは…36インチくらい?DVDとブルーレイのデッキがテレビ台に収まっている。

 ……まぁ普通だな。

 小さい時にはプリキュアの服がアチコチに散らばっていたが、今は流石に無いし。

 せめてパンツでも落ちてねーかな。

 物色してもいいが、隠しカメラ的な何かがあるかも知れないので自重した。

 居心地の悪さを感じながら、取り敢えず適当に座る。

――隆、隠しカメラや盗聴器の類は無いみたいだよ

 いきなり現れた麻美。

 そして、そう言った意味は、物色しろと言う事か?

 俺がそう思った直ぐ後に、麻美が付け加えた。

――誰か来たら教えてあげるから

 間違い無い。物色しろと言っている。

 ここで言う物色とは、パンツやブラなどの下着類を探し当てろ、と言う事じゃないのは確かだが…

 この部屋に、何か証拠でもあるのか?

――……………

 パクパクと麻美の口が動く。

 規定に引っかかっている…つまり正解って事だな…

 ならば、と腰を上げると、麻美がふっと姿を消した。

 階段かどこかに見張りをしに行ったんだろう。

 さて、善は急げだ。

 果たして善かは置いといて、物色開始だ。

 取り敢えず、クローゼットを開ける。

 ……服の類しか入っていないが、女子特有の甘い香りが脳を貫く。

 このまま嗅いでいたい気もするが、生憎俺は変態じゃない。

 とは言っても、春日さんとの初体験や、槙原さんとの超密着やらのスキンシップがなければ、間違い無くやっていた気がするが。。

 本棚も注意深く観察する。

 アルバムがあり、パラパラと捲るが、ごく普通のアルバムだった。

 生前の麻美の姿があったのを発見した時は、心臓が張り裂けそうになったが、今はバリバリ幽霊になり、毎日毎日一緒に居る。寧ろ一緒に生活しているので、昔を懐かしむようなトリップは避けられた。

「しかし…俺を誘ったって事は、証拠になるようなもんは厳重に隠しているか、捨てて無くなったか、どちらかだと思うが…」

 その時楠木さんの言った事を思い出す。

 あの子は黒いけど詰めが甘い。

 ………

 朋美は迂闊なんだろう。

 どこかに必ず証拠を隠し忘れている。じゃなきゃ、麻美が家に行けと進言する筈が無い。

 捨てるで思い浮かんだゴミ箱を漁ってみる。

 ……俺の家の前によく置かれていたコンビニの袋が捨ててあった。

 だが、コンビニ袋なんか誰でも捨てる。証拠には薄い。つうか、ならない。

 机の引き出しに手をかける。

 一番上の引き出しには鍵が掛かっていたが、他は大丈夫だ。

 取り敢えず鍵が掛かっていない引き出しを物色したが、やはりそれらしいものは無い。

 ならば怪しいのは、鍵が掛かっている引き出しだろう。

 鍵を探さないとな…

 こう言うのは普通持ち歩いてねーか?

 それともどこかに隠している…

 詰めが甘い。

 楠木さんの言葉と、麻美の動きを信じ、鍵を隠していそうな場所を探す。

 やはり机の引き出しから再物色した。

 二段、三段と何も無かったが四段目…缶ペンケースを開けてみると、小さな鍵が あった。

 これでどうだ…?

 しかし開かない。

 流石にこんな解りやすい所に隠してある鍵は、別の物だろう。

 ………別の物?

 この鍵で開けられる所は無いか?

 キョロキョロと見る。

 特に見当たらなかったので、再びクローゼットを開けてみた。

 服しか無いが…

 下着類はどこだ?箪笥か引き出しは無いか…?

 必ずある筈だ。パンツとか隠してある引き出しが。

 ……何か目的が違って来たが、下着類をしまってある箪笥か引き出しを探す。

 ……無いな…箪笥だけ別に置いてあるのか?

 そう思い、振り返ると…ドアの横にもう一つ扉があった。

 そう言えば、小さい時に聞いた事がある…

 和室を無理やり改装して洋室にしたって…

 クローゼットは押し入れの名残だろうけど、襖をドアに改装したんだろう。

 ドアを除けば襖三枚分の壁となっている筈だった。

 その一番端に小さい取っ手がついてある壁…改装した時に、新たに衣装スペースを設けたのだ。

 ならばと、そこを開ける…が、鍵が掛かっている。

 さっき缶ペンケースで見つけた鍵を差し込むと、全くストレス無く解錠した。

 ここの鍵だったか…

 開けると、一面引き出しだった。

 一番上の引き出しを開ける。

 パンツ!!

 二番目も一番上の引き出しを開ける。

 パンツ!!

 二番目もパンツ!!

 三段目はブラと、下着類のオンパレード!!

 ちょっとドキドキする!!

 朋美のやつ…こんなエロい下着を…透けている黒いレースとか、ヤバいだろ!!

 そんな感じで物色していくと、遂に最下部の引き出しに手を伸ばす事になった。

 からり

 力が全く必要無い程、軽く引っ張れる。

 その中に何かの書類が入っていた。

 書類に目を通す…

 それは病院の診断書の写し、それと紹介文?

 じっくり見たいが…ヤバいか?

 俺はスマホを取り出し、書類を写メで撮った。何枚も何枚も、アップでも何枚もだ。

 撮り終えた後にちゃんと封筒に仕舞い、更に物色する。

 奥からお金が出てきた。束である。三束である。

 三百万とか!!アホじゃねーか!!高校生が持っていい金額じゃねーよ!!

 一枚くらい抜き取りたかったが、ぐっと我慢して…

 取り敢えず写メは撮っとこう。束のお金なんて見た事無いから記念だ。

――隆、多分もう直ぐで来るよ。

 見張っていた麻美が、耳元で早口で言った。

 もっと物色したいが、今日はここまでにしようか…

 俺は扉を閉じ、施錠し直して、机の中の缶ペンケースに鍵を入れて、何事も無かったように座った。

 トン

 トン

 トン

 階段を上ってくる足音が近付いてくる。

 少し余裕があったが、バレるよりいいだろ。

 ガチャリとドアが開き、朋美がお盆に飲み物を持って部屋に入ってきた。

 まぁ、自分の部屋に入ってきたとか、当たり前の事だが。

 麻美は…既に姿は無い。やっぱり朋美とは会いたくないんだろう。

「お待ちー。汗かいたからシャワー浴びて来た」

 見ると髪が微妙に湿っている。

「ああ、それで遅かったのか」

 普通なら『人を待たせてシャワー浴びんな!!』と怒る所だが、今回は逆に有り難かったので、何も言わないでおいた。

 寧ろお礼を言いたいくらいだ。

「ごめんね待たせて。はい」

 いい香りがするコーヒーを渡してくれた朋美。高い豆なんだろうなぁ。

「ありがと」

 一口啜る。旨い。

「隆はお砂糖とかミルク入れないんだよね。私は苦いの嫌いだからミルクたっぷりにした」

「いや、お前シャワー浴びて来たんだろ。言わば風呂上がりだ。風呂上がりにはコーヒー牛乳だろ?」

「いやいや、お風呂上がりはアイスでしょ?」

 一応会話に付き合う。

 その会話の中に、何かヒントも含まれているかも知れないので、注意深く、一言一言漏らさずに耳を傾けた。

「隆とこうやって話すの、久し振りだね」

 シャワー帰りでポニテを解いていた朋美が、頭を動かす度にいい香りを振り撒く。

 高いシャンプー使ってんだろうなぁ。

「小学以来か?中学の時はお前、俺を避けていたからな」

 それは口実で、実際は俺が朋美のヒステリーに疲れて距離を置いたからだが。

「避けていた…いやいや、中学に入ったら何か恥ずかしくてさ…」

「あー。何かそんな感じするよな。思春期突入したからかな?」

 もう口から出まかせである。

 槙原さんとのトークで鍛えたからの結果だった。

「まぁ…そうかな?でも隆、友達居なかったからなぁ。話し相手になってあげられなくて、悪い事したかなぁって」

上からの物言いである。慣れてしまって腹も立たない。

 逆に朋美は、これが原因で、友達を多々失っている。

 朋美曰わく『浅い友達が居なくなろうが痛くも痒くも無い』だったか。

 あ、あと『友達はお金で買えるからつまんない』もあったな。

 いずれにしても、上から目線の上からの物言いなのには違いない。

 それ以上なような気もするが。

 まぁ、実際俺は友達が少なかった訳で。

 それでも仲良かった奴は居たんだが、何故か疎遠になって…

 気付いたら麻美しか居なかった。

 逆に言えば、麻美だけは俺を見放さなかった。

「俺には麻美がいたからな…」

 つい漏れてしまった言葉…

 麻美の存在が、俺をかなり助けてくれた。

 本当に有り難かった。

 本当に大好きだった。

 今も大好きだ。それは揺るがない。

「麻美かぁ…あの子…小学の時、結構ハブにされていたよね…」

「ああ。『お前の友達』が麻美の友達に悪口を言いふらしてな。今でも覚えているぞ」

 詳しくは知らないが、朋美と仲良かったナントカって奴が、ある事無い事を言いふらしたのが発端だったような気がする。

「私の友達『だった』じゃない。麻美をハブにしたからこっちから縁切ってやったのよ」

「そうなんだ?今なら麻美の仇討ち、簡単に取れる自信があるな。そいつ名前何てったっけ?どこの学校に行った?」

 あわよくば、当時の朋美の事を聞けるかも知れない。仇討ち云々は単なる口実だ。

「知らないよ。名前も忘れた。『私から切った』からね」

 やけに私からを強調するな。やっぱり何か噛んでやがるな…

 だが、やっぱり簡単には尻尾は出さないか。

 詰めが甘いとは言え、そこら辺はちゃんとしているようだ。

 ……待てよ…

 小学の卒業アルバムを見れば、そいつの事が解るんじゃないか?

 同じ学区内だし、住所も解る筈…

 よし、家に帰ったら卒アル見よう。

「でも隆、変わったよね。あの時もそう思ったけど、高校入学してからも更に変わった」

 あの時とは、麻美が死んだ時の事だろう。

 麻美を殺した糞先輩共に復讐する為に、凶器を磨いた頃の事だ。

「まぁ…変わるだろ。それに、ヒロとも知り合ったしな」

「あの時の隆は怖かったけど、今の隆はなんて言うか…丸くなった?長所と長所が上手く噛み合った感じ?」

「俺に長所なんかねーよ」

 あったら何回もやり直して無い筈だ。

 同じ事を何度も何度も繰り返して、死んだ麻美を苦しめる事は無かった筈だ。

「なんか積極性も出てきたよね。友達も増えたようだし…」

 お前が俺の周りから、少なくとも女子を遠ざけていたのは知っているんだが、これも繰り返して繰り返して漸く至っただけだ。

 麻美が居たからできただけだ。

 やっぱり俺は何も変わってない、弱い儘なんだよ。

「だけど俺は広く浅くの友達はいらないかな?頼りになる、頼ってくれる友達が少しいればいいかな」

「ああ、なんか解るなそれ。私もそう」

 お前は寧ろ友人関係を自分で壊している部類だろ。

 ……と、心で思って顔で笑っている俺…性格も随分悪くなったもんだ。

「あ、朋美、今何時?」

「え?4時過ぎたとこだけど」

「ジムの会長に呼ばれていたのを忘れてた。こりゃ怒られるかな…悪い、行かなきゃ」

 別に約束はしていないが、厳密には学祭で忙しくなる前にジムに顔出せと言われただけだが、朋美の元から立ち去りたいが為に、口実に使わせて貰った。

 これ以上自分の黒い部分を見たくない。

「あ、そう。うん、解った」

 少し名残惜しい顔を見せた朋美だが、ボクシングに関しては俺に口出ししない。

 ボクシングは、凶器を鍛える練習は、俺に絶対的に必要だと、以前マジ切れしかけて言ったからだ。

 中学三年の時に、ジムをサボッて遊びに行こうと誘われた時だったな。

 麻美も死んで、かなり荒んでいた時だったし、暴れ捲っていた時期でもあったから、単純に怖かったんだろう。

「悪いな朋美。コーヒーごっそさん」

 鞄を担ぎ、立ち上がる。

「うん。また来るよね?」

「機会とお前の都合が合った時にな」

 一応本心だ。まだ調べたい事があったからだ。

 手を振って朋美と別れる。朋美も手を振って応えた。微妙に笑いながら。

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