一年の夏~003
約束の夜。逸る気持ちを押さえ、駅に向かった。
時間は7時に30分程前。ちょっと早いが、まぁいいだろ。
駅に着き、ベンチに座り、買っておいた缶コーヒーのプルトップを開ける。
「早ぇじゃねえか緒方。俺も人の事は言えねぇけどな」
不意に声を掛けられて振り返ると、そこには木村がやはり缶コーヒーを持って座っていた。
「なんでお前がここにいる?お前の地元は結構遠いんじゃ…」
「連れねぇ事言うなよ。デカい喧嘩になりそうなんだしよ。本当は兵隊出したかったが、お前が嫌うから控えたんだぜ?」
デカい喧嘩?なにそれ?つか兵隊って糞共の事だろ?嫌いに決まってんじゃねーか。もし連れて来たらデカい喧嘩とやらの前に俺がぶち砕くわ。
「でかい喧嘩の前に、だから何故お前がここにいるんだ?」
「聞いてねぇのか?お前の連れから?」
連れ?ヒロ?
いや、考えるまでも無い。俺の連れはヒロしかいないのだから。
「おっ、早いな隆」
ヒロが呑気にコーラ片手にノコノコと駅に来た。
俺は当然ながら詰め寄った。
「おいヒロ。なんで木村が此処にいるんだよ?」
「いや、ついでに」
ついでにって、何のついでだ?
更に詰め寄る俺だが、木村がベンチにふんぞり返りながら、代わりに答えた。
「楠木の薬の出所の野郎を捜していたこいつが、結局俺に辿り着いただけだ」
「え?武蔵野の居場所、お前知っていたのか?」
「いや?だがその手の連中はやっぱり俺等みたいな奴等の方が詳しいって事だ」
聞くと、色々調べていたヒロだが、所詮塾の繋がり程度の情報網。
中学時代の先輩にまで聞きに行ったが、居場所は解らず。
困ったヒロは情報の出所、槙原さんに聞こうとしたが、槙原さんに聞けるなら、既に俺が聞いているだろうと微妙な気を遣い、断念。
ならばもう一人のキーマンの木村に聞こうと、敵だらけ、馬鹿だらけの西高に単身乗り込んだらしい。
馬鹿な糞の糞溜めの西高生は、ヒロを発見するなり喧嘩を売って来たが、ヒロも相当強い。
乱闘上等と身構えた所、木村が通りかかり、制服が白浜の物だった事から、俺と何か関係あるんじゃねーかと割って入って話を聞いた。
武蔵野は知らないが、隣町のチンピラモドキだ。下を使って簡単に居場所を割り出し、ヒロに伝えた、と。
「……お前ヒロともアドレス交換した訳?」
「あ?じゃなきゃどうやって見つけたって連絡取れんだよ?」
……そりゃそうだ。
「んで、木村がこいつどうすんだって聞いて来たから、ぶっ飛ばすって言ったらついて来ると」
「調べた所、結構な数の仲間がいるらしいからな。お前等二人じゃキツいだろ。俺もついでに隣町に名前売るチャンスだしな」
……アホばっかりだ。
頭を抱えた。騒ぎ出かくしてどうすんだよ?
――隆単独でも充分大きい騒ぎになると思うけど
うっせーな。一応自覚はあるよ。
――隆一人なら武蔵野殴り殺しそうだから丁度良かったじゃない
………言葉が出ない。それは激しくその通りだったからだ。
一応確認してみる。
「喧嘩確定な訳?」
「あ?話し合いにわざわざ俺が来るかよ」
「お前が武蔵野と話し合いできる訳が無い」
納得だった。正にその通りだった。
「……言っとくが…助けられねーぞ?」
武蔵野を目の前にしたら、他の事なんか頭からぶっ飛んでしまう。ヒロも木村も自力で頑張って貰うしか無い。
「あ?何言ってんだお前?」
「まさか俺がやられるとか思ってんの?」
二人共やられるとは微塵たりとも思っていなかった。
「お、電車来るぞ。行こうか」
空き缶をゴミ箱に捨て、ヒロが先陣切ってホームに向かう。
やれやれだ。
と、木村が馴れ馴れしく肩を組んで来る。
「あの大沢って奴、どれくらい強ぇんだ?」
「ボクシングの東日本新人王一回戦勝利選手をKOするくらい強い」
「イマイチ解んねぇなそれ…」
首を捻る木村。解んないのは仕方無い。
「要するに相当強いって事だよ」
「ふーん…」
納得したようなしないような、微妙な表情。
安心しろ。お前より強いから。と言いたいが言えないだろう。俺も一応空気は読む。
電車に揺られ、目的地周辺の駅に着く。
時間は9時ちょい前。そこでハタと気が付いた。
「なぁ、今日帰れないんじゃない?」
これから武蔵野を捜す訳だ。
一応居場所に当たりを付けているとは言え、見つからない場合もある。
そして捜して捜してウロウロして、終電を逃したりとかしない?
「別に漫画喫茶に一泊でもいいだろ」
ヒロは既に一泊覚悟のようだった…
「大体人捜しってな根気なんだよ。他の町、土地勘が無い町で、そう簡単に見つかるとか思ってんじゃねぇよ」
木村にまで呆れられてしまった。もしかしたら俺は相当甘いのかも知れない。
「取り敢えず大沢、目星付いている所へ行こうぜ」
「……目星なんか付いて無いんだが…」
固まる木村。そして俺は恐る恐る訊ねた。
「……おい…お前まさか行き当たりばったり…」
「いやいや、チンピラ見たらぶっ飛ばして聞けば、直ぐ見つかるって」
「どんな作戦だよそれ!一泊じゃ済まないよ!何日泊まり込みするつもりだよ!!」
流石に突っ込まずにいられなかった。似たような事を中学時代にいっぱいやって来て知っているだろうに。
木村も流石に大きな溜め息をつき、その場にしゃがんでしまった。
そして木村は徐に携帯を出してピコピコメールを打った。
その間もヒロを責め立てる俺。
「短絡的なのはお前の方だったな。お前に従った俺が馬鹿だったって事だ」
「いや、お前は馬鹿じゃなく末期だろ?」
「うるせーこのやろう!!言い返すな!!素直に非を認めて黙って言われるが儘になりやがれ!!」
「いやいや、悪くないから。ほら、作戦も立てたし」
チンピラを見つけ次第ぶち砕いて聞き込みするってアレか?
俺でも考えつくわ!!塾通いしてんだから、もうちょっと頭使ってくれよ!!
「おい馬鹿共」
偏差値最悪の西高生、木村に馬鹿共とか言われた。
「んだコラァ!ぶち砕くぞ糞が!!」
元々嫌いな所謂不良、木村相手故に簡単にキレる俺。
「どんだけキレやすいんだテメェ!!いいからついて来い!!」
言って歩き出す木村。
「ここは木村に続こう」
「なんでヒロが仕切るんだよ!ちくしょう!ああムカつくなあ!!」
色々ムカついてムカついて仕方無いが、やる事も考えつかないので、木村の後を追う事にした。
木村は居酒屋、パチンコ屋などに顔を覗かせては引っ込め、再び歩きをひたすら繰り返していた。
只でさえ苛々しているのに、意味不明な事をしやがるので苛々は加速する。
「おい木村!お前一体何がしたいんだ!!」
吃驚だった。俺より先にヒロが斬れたのだ。
「あ?テメェの馬鹿作戦より効率的だ」
「馬鹿作戦とはなんだ!俺は塾に通ってんだぞ!」
いやいやいやいや、威張る所じゃないから。意味解んないから。塾無駄金だからお前。
「次で最後か…そこに居なけりゃ明日になるな…」
「ん?お前居場所解ってんの?」
「あー…一応ウチのモンにアタリは付けさせていたからな」
言いながら携帯を見せた。そこにはパチンコ屋や居酒屋、スクラップ場、アパート、その他諸々の店名と住所が添付してあった。
「俺のチンピラ見たらぶっ飛ばして口割らせる作戦より、遥かに効率的だな…」
「そんなモンと比べられても困るが…アパートも知ってんが、隣の住民に悪いから最終手段だ。だから次の地下駐車場で最後だ」
糞の分際で付近住民に配慮するとは、ひょっとしたら俺達以上に常識人かも知れない。
何か申し訳なくなり、俺とヒロは項垂れながら木村の後に続いた。
付いて行った先は、古ぼけたマンションの地下駐車場。中はそんなに広くは無いようだ。
「なんで武蔵野がここに居るんだ?」
「野郎の仲間が住んでんだよ。そいつ等が単車や車で占領してっから、マンションの人間は表に駐車してある」
つまり武蔵野の仲間しか使っていない。つまり暴れ放題と言う訳だ。
「で、武蔵野どころか仲間の姿も見えないんだが、どうする?」
「車も単車も無いからどっか行ってんだな…待つか?アパートで張ってもいいが、こっちの方が確実に仲間の誰かが来るぜ」
ヒロと木村は俺を見ながら言った。決定権を俺に委ねるようだ。
俺は心で麻美に問い掛ける。
どっちがいいと思う?
麻美は俺の背中から胸に腕を回して、抱き付いて来た。
――本当はこんな事させたくないんだよ?
その力が徐々にではあるが強まって行く。
振り向かせないようにしているみたいに。
その儘言葉を続ける麻美。
――安田も神尾も武蔵野も阿部も佐伯も、あの時の奴等は全員反省していないよ?ただ隆を怖がっているから逃げただけ
だから無駄だと言うのか?
今、楠木さんから手を退かせても、結局誰かに同じような事をさせるから無駄だと。
だが、少なくとも楠木さんからは手を退かせる事ができるだろ?
糞が変わらないで糞の儘なのは俺の知った事じゃない。寧ろ糞の儘の方が遠慮無くぶち砕く事ができる。
――だよね。隆は良くも悪くも一本気だもんね。でも木村は糞じゃないって解ったよね?
まぁ、な…
――武蔵野の仲間にも糞じゃない奴がいるかも知れないよ?
なら武蔵野から離れる事だな。奴の仲間なら問答無用だ。
そこで話を打ち切り、俺はヒロと木村に言った。
「ここでちょっと待とう」
「そうか。だけど今日帰って来る保証は無ぇぞ?」
「それでも闇雲に捜すよりマシだろ」
俺の決定に、黙って口を挟まない麻美に言う。
安心しろ。ぶち砕くのは最終手段だ。なるべく話し合いで片をつけるよ。
抱き付いていた力が緩んだ。
振り向くと、最初はキョトンとしていた麻美が、徐々に最高の笑顔を作っていった。
地下駐車場の片隅で張った。
かなりの時間張った。時計の針はもう少しで明日となる時間だ。
「……漫喫行かねぇか?」
ヒロが漫画喫茶に泊まる提案を出したが…
「もう7回目だぞその台詞」
木村が本日二箱目の煙草を開けて火を点けながら言う。
「お前意外と気長いのな……」
「慣れてっからな」
木村が言うには、仲間がやられた報復とかで、必ずこんな感じで張って敵が現れるのを待つらしい。
「え?あれ?隆、木村に張られた事あったか?」
「いや、無いけど」
「おかしいな…俺達西高生結構ぶっ飛ばしているけどな…」
首を捻るヒロ。木村じゃなくても、西高生に待ち伏せ喰らった事は何回もあるだろうに。
「だから仲間っつったろ。西高全部俺の仲間って訳じゃねぇ」
まぁ尤も、と続ける。
「いずれやり合う事になるとは思っていたけどな。お前等は派手に暴れ過ぎだ」
「仕方ねーだろ。弱い者いじめしている糞は、例外無しにぶち砕くから」
しょっちゅう揉めている俺だが、闇雲にぶち砕いている訳じゃない。
一人を囲って殴って遊んでいる糞共とか、喧嘩売ってくる糞共くらいしか相手をしていない。
第一いちいち不良を見たらぶち砕いていたら、俺は毎日喧嘩をする事になる。
と、その時、やかましい排気音が遠くの方から聞こえてきた。しかも一台二台じゃない、結構な数だ。
「帰ってきたな」
点けた煙草を踏み、揉み消す木村。
「……よお、武蔵野の仲間ってのは、大体何人いるんだ?」
「奴は暴走族紛いの事もしているからな。それだけでも30人くらいか」
げんなりするヒロ。
「一人10人かよ……」
「ちょっと待て。俺は一応話し合いをだな…」
「お前が話し合いなんかできるか」
バッサリと否定する木村。まぁ、木村にはそう言われても仕方ないけど。喫茶店で話した時も喧嘩腰だったし。
「だけど一応話しはするんだからな」
「一応なぁ…向こうからしたら一方的な提示だろうけどなぁ…」
ヒロの言う通りだけど、確かにそうだけど、一応はやっぱり。麻美にも約束したし。
そんな話をしていると、地下駐車場に沢山の単車が入ってきた。
やかましい音を遠慮無く立てながら。
全員がヘルメットをしていない。ノーヘルでバイクに乗ったのか?交通法違反だろ。
そう思いながら、俺は片隅から奴等の前にゆっくりと歩き出した。
やかましい音に混じって聞こえる声。
ポリをチギったとか、奴等ダセェとか、、糞くだらない会話だ。
その中で誰かいる、と声がして一斉に単車のライトが俺を照らす。眩しいっつーの。
「誰だコラァ!!」
叫びながらワザとらしくアクセルを吹かす。聞こえないっつーの。
何だろ?何かを誇示したいのだろうか?糞の考えている事は解らん。
そしてエンジンを切り、単車から下りて俺を囲む。
静かになった。ああ良かった。漸くちゃんと話ができる。
「武蔵野はいるか?」
言いながら糞共を見回し、捜した。
「あ?俺に何かあんのか?」
下品な短いリーゼントのデブがズイズイと前に出てくる。
そして俺の胸倉を掴んだ。
「武蔵野さんよぉ。変わってねぇな糞デブ!!」
俺の胸倉を掴んだ腕を取り、ぎりぎりと締め上げる。
「おっ?やる気みたいだぜこいつ!馬鹿じゃねぇのこの人数に!!」
周りの糞共が一斉に嘲笑う中、武蔵野だけは震え出し、糞デブに相応しい程の、大量の汗を流し、俺から離れようと身体を引いていた。
「どこ行くんだよ武蔵野ぉ…わざわざ自分で俺の胸倉を掴んでくれたんだろ?」
持っていた武蔵野のタプタプした腕を捻ると、簡単に膝をついた。
「ひ、ひ…お、緒方…君…だと知らなくて…」
今にも泣き出しそうな糞デブは俺に『君』を付けた。
中学時代からそうだった。
他の四人がぶち砕かれる中、この糞デブだけは大人しく正座して俯いて震え、緒方君、お手柔らかに頼むよ…と、やられる前提ながらも被害を軽減しようと頑張っていた。
まぁ、関係無くぶち砕いたけど。
お前もやめてと言った俺を笑いながらぶん殴っていたよな、とか言いながら。
「なんだテメェ!武蔵野になんかあんのか!!」
「この人数相手に馬鹿だろお前?」
一人詰め寄って来ると同時に、30人一斉に俺に向かって来る。
「動くな糞共!!俺は武蔵野の糞デブに用があんだよ!俺に拳を握らせんな!!解ったか糞!おお!?」
人数で勝っているから強気とか、糞はやっぱり糞以外に無い。
その時、ヒロと木村が早足で俺の後ろに着いた。
「何が話し合いだお前…」
呆れながら、たった今火を点けた煙草を捨てて足で揉み消す木村。
「…隣町の西高の木村か!!」
糞の一人があからさまにビビッて、鉄パイプで身構えた。
「なんだ、お前結構有名じゃんか。別に名前売る必要も無かったな」
ヒロが先頭に立って指の骨を鳴らした。
「ぶっ飛ばしていいんだろ隆?」
もう臨戦態勢だった。
「俺は話し合いに来たっつったろうが。武蔵野先輩に頼みがあって来たんだよ」
「それが物を頼む態度かコラァ!!」
武蔵野の腕をキメて地面に膝をつかせているんだから、当然そう思われる。
そして、そう言った糞が、俺に殴りかかってきた。
「まだ話し合いの最中だろうが!!」
ヒロが間に入って鳩尾打ちをかました。
「ぐうっっ!!」
糞は簡単に蹲った。
それが合図となったか、糞共が一斉に躍り掛かって来る。
「結局こうなんのな」
木村はそう言いながら笑い、一番近くにいた糞の顔に裏拳一発。
「こ、この!!」
ヒロと木村は二手に別れて乱闘し出した。
話し合いの最中だってのに、気が短い奴等だなぁと、呆れて溜め息をついた。
「わ!わわわわわわわ!!」
脂汗だらだらの武蔵野。もう収集つかないので単刀直入に言った。
「武蔵野ぉ…楠木さんに薬分けるのをやめろ」
「く!くくくくく薬って何の事!?」
泳ぎっぱなしの目で、シラを切る。
ムカついたので、タプタプの顔面に爪先を入れた。
「ぶひぃいいいい!」
「ぶひぃじゃねぇよ武蔵野先輩よ。すっ惚けんなら仕方無い。暫く入院すりゃ薬なんか売っている暇も無いだろ」
取っていた腕を放し、胸倉を掴んで無理やり立たせた。
「おっ!おおお緒方君っっっ!!ちょっと待ってっ!解ったから!!殴るのはやめてっ!!」
「中学時代、無抵抗の俺をさんざん殴って?殴られるのは勘弁って?ふざけんなよ糞デブ!!」
振り翳す拳。それを見た武蔵野はダラダラと脂汗と涙と鼻水を流した。
汚ねぇな。もう顔も見たくない。
さて放つかと力を込めたその時、ふっと拳が触られる感触。そして耳元で囁く声。
――話し合い、でしょ?隆
麻美が俺をとめた。
殴る事を決めていた俺は、完全に出鼻を挫かれてしまった。
――話し合いは殴っちゃ駄目でしょ
……チッ
露骨に舌打ちして、デブの武蔵野を馬力でぶん投げた。ヒロと木村が乱闘中の方向に。
「うわっ!!」
糞の一人が武蔵野の全体重を浴びる事になり、群がっていた糞共が数人、巻き込まれてぶっ倒れる。
「おいおい…マジかよ…」
木村が苦笑いしながら俺を見た。
「バカ野郎!俺まで巻き添えにする気か!!」
ヒロがいきり立った。
糞共は唖然としながら俺を見た。
「武蔵野をぶん投げただと…」
「なんつう馬鹿力だあいつ…」
デブをぶん投げた俺に、あからさまにビビっていた。
俺は静まった場で、ゆっくりと歩を進め、武蔵野の前で屈んだ。
「武蔵野先輩…楠木さんに薬分けないでくんないか?」
じっと武蔵野を見ながら言った。武蔵野は滝の如くの汗を流し、目を泳がせ、それでもまだ黙っていた。
「……薬?」
糞の一人が発した。
ビクゥと身を固まらせる武蔵野。
その様子を見て木村が言った。
「なんだ。お前等が組織でさばいていた訳じゃないのか」
またまたビクゥと身を固まらせる武蔵野。
「武蔵野、薬って何の事だ?」
糞共が一斉に武蔵野にある種の視線を注ぐ。
「い、いやそれは…か、彼が何か勘違いしているんじゃないかな?は、ははは…」
動揺しまくり、愛想笑い全開だった。
「勘違いとか嘘言ってんじゃねぇよ糞デブ…入院コースがお望みか?」
イラっとした。
唯でさえだいっ嫌いな不良、その中でも群を抜いて超嫌いで、本気で殺したい五人の内の一人だ。
俺がかなぁり頑張って押さえているのが解らないようだし、本当に入院コースに…
「お、緒方君…ちょっとその…後で…駄目かな?」
「駄目に決まってんだろうが糞デブ!!ここではっきり言え!楠木さんから手引くか、入院コースかどっちか選べ!!」
とか言いながら拳を振り翳した。
「ちょっと待て!!」
糞の一人がストップを掛けて、俺は上げた拳を停止させた。
「……今ウチの頭呼ぶから…薬の詳しい話を聞かせてくれ」
「あ?頭呼ぶだ?そりゃいいや。下っ端じゃ話にもなんねぇ。そうしてやれ緒方」
何を偉そうに仕切ってんだか…
だがまぁ、この先も揉めるのならば、頭ぶっ叩いた方が早い。
だから俺はその提案に従った。
俺達は地下駐車場の片隅に缶コーヒーを飲みながらしゃがんでいる。
糞デブが仲間に囲まれながら、地べたに正座しているのを見ながら。
「……あいつ等って同じ穴の狢ってヤツじゃねーのかなぁ…」
「お前が嫌っている連中にもルールってのがあんだよ。あのチームは薬御法度みたいだな」
興味無さそうに、煙草の煙を吐きながら木村が言う。
つか、普通に生活していれば、薬を売買する事も使用する事も無い訳だが。
「お前が嫌いな連中はやっぱりクズなんだよ。あれは駄目、これは駄目とか、ルールを作っているが、やっぱり一般人に迷惑掛けて生きている事には変わり無い」
一呼吸置き、続ける木村。
「だからお前は嫌い続けて構わねぇんだ。武蔵野だっけ?あのデブを許す必要も無い。勿論俺とも馴れ合う必要も無い」
「言われるまでも無い。俺は糞をぶち砕く為に力を手に入れたんだからな」
お前が本当の糞なら遠慮なんかする筈も無い。
糞の自己満のマイルールまで破る武蔵野はマジ糞だから、更に遠慮などする筈も無い。
少しすると、やはりやかましい音の糞バイクが地下駐車場に結構なスピードで飛び込んで来た。
そして大袈裟にタイヤを鳴らし、くるんと車体を半回転させて停止した。
金髪の逆立った髪、唇にピアス、そして射殺さんばかりの鋭い目。
「あいつが頭か」
ヒロが指の骨を鳴らして近づいて行く。
奴はそんなヒロをやはり鋭い目で睨み付け、言った。
「武蔵野の薬の話ぃ…詳しく言え…!!」
ヒロは「あ」と漏らして、俺を手招きで呼ぶ。
「あいつ馬鹿だろ」
「塾通いしているんだけどなぁ…」
俺と木村は溜め息を付き、そいつに近付いて行った。
「……隣町の木村?」
「へぇ?俺の名前知ってんのか。だが用事があるのはこいつだ」
親指を俺に向ける木村。
「アンタが武蔵野を?真面目そうに見えるが…」
「真面目だよ俺は。お前等糞と違ってな」
言って後悔した。また喧嘩売っちゃったかも知んないと。
「お前いい加減にしろよ!的場君に上等な口叩くんじゃねぇよ!!」
糞の一人が名前を教えてくれた。的場ってのかこいつ。
その的場はいきり立つ糞共を腕を翳して制止した。
そして俺をじろりと睨む。
「俺達は確かにはみ出し者だ。一般人に糞呼ばわりされても文句は言えねぇ事ばっかりしてるしな」
ほう、と思った。
俺から視線を外さず、仲間?部下?に言い聞かせる様…
俺に不意を付いた攻撃をさせない為に、俺に意識を向けている。
なかなか場数踏んでいるじゃねーか。
「的場…!」
木村を見ると、驚いた様子だ。
「なんだお前、知ってんのか?」
「的場っていや、暴走族の間じゃ知らねぇ奴は居ねえっつう程の大物だ…」
そうなの?俺は全く知らないんだけど。そもそも知ろうとも思わないけども。
「30人くらいしかメンバー居ないじゃねーか」
「あいつは組織なんか持ってねぇよ。奴等はただ集まって来て、勝手に頭と言っているだけだ」
祭り上げられた糞って訳か。カリスマってヤツなのかもな。
「強いの?」
「噂だけしか知らねぇが、負け知らずとか…」
ふーん。負け知らずねえ。まあ、どうでも良いけど。世界一。
「興味無さそうだな…」
「ある訳ねー。糞の伝説なんか」
呆れ顔の木村には悪いけど、糞はぶち砕くのみ。大物だろうが、小物だろうが、俺にとっちゃ同列の糞でしか無い。
――隆、そんな事より、話を聞きたいって言っているんだし、ね?
宥めるように言う麻美。
大丈夫だ。俺は話し合いに来たんだから。
俺は的場って奴に普通に向かって歩いた。的場って奴は怪訝な顔をしている。そして真正面で、互いの拳が届く距離で止まった。
「…警戒もしねぇのか?」
「向かって来るならぶち砕くだけだ。お前なんか知らねえし、警戒なんかするか。何様だ糞!!」
また言っちゃった!!慌てて訂正する。
「じゃない、じゃない。武蔵野の薬の話だったな。いや、聞いてくれるなら助かる」
俺は下げたくも無い頭を下げた。
「…色々と文句がありそうだが…まぁいい。薬やシンナーで廃人になった奴を何人も見たから、そんなモンを売買している奴が嫌いでな。俺に纏わりつくなら、それだけは御法度にしてんだ」
「他人様には散々迷惑掛けて、自分は死にたくねぇから薬禁止ってか?糞らしいマイルールだな。いや!いやいや!!そうだな!薬、シンナーはいけないな!!」
どうにもいけない。こんな連中を見ると、ついついぶち砕きたくなり、心から思っている事を言ってしまう。
深く反省だ。
先ずは深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
……いやいや、つか、糞目の前にして気持ちなんか落ち着くか!!ぶち砕きたくて仕方ないわ!!
「駄目だ!苛々して手が出そうだ!だからまどろっこしい事は抜きにして、単刀直入に言う!!!」
そうだ。その方が面倒が無くていい。
俺は気を遣いに来たんじゃない。楠木さんから手を引かせる為に来たんだから。
「アンタの手下の糞デブが俺の学校の女子に薬分けてんだよ。詳しい話も何も、俺はそれをやめさせる為に来たんだ」
「手下か。まぁいいが…武蔵野、本当か?」
地べたに正座中の武蔵野は、俺と的場両方に睨まれ、デブな身体を縮こまらせて俯いた。
この期に及んで逃げ道を探しているのか?沈黙はそのためか?ムカつくなぁ…
「糞デブ、ここで否定して親分に守られるのもいいさ。そうなりゃ庇う奴等諸共入院コースにしてやるだけだしなぁ…」
俺としちゃあ、そっちの方が話が早くて助かるし。俺の助けをしてくれるのか武蔵野?デブでどうしようもない奴だが、その心遣いには有り難く乗ってやってもいい。
「……さっきから…俺は愚か、この人数を相手にするつもりのようだが…あんま舐めんじゃねぇぞ一般人!!」
的場がキレて、俺の胸倉を掴み上げる。
イラッとした。
だから手加減無く、迷い無く、的場の顔に右フックを入れた。
「ぶくっ!!」
的場が片膝を付いた。
驚いた。俺の右フックで片膝だけなんて、滅多に無い。
それにまともに入っていない。微妙にヒットポイントをずらされた。不意を突いたであろう右フックにそんな真似が出来るとは…!!
「的場君!!」
糞共が一斉に騒ぎ出す。
「ひゃっほう!!」
待ってましたと躍り出るヒロ。
「話し合いも何も、的場引っ張り出して不利な状況にしただけじゃねぇか!!」
的場登場で乱闘に躊躇していた木村だが、腹を決めたようだ。
俺はと言うと…
「すまんすまん!マジゴメン!つい!!」
と、一応ながら揉め事回避に努めていた。
「ふっ、ふざけんなあ!!」
やっぱり怒ってしまい、殴り掛かって来る的場。
大振りのパンチなんか当たる筈も無いが、俺は敢えて額で受けた。
「いっ!?」
上半身が吹っ飛んだ。何ちゅうパンチ力だこいつ?
「武蔵野お!薬の話は後だ!!こいつ等をぶちのめしてからゆっくり訊くからそのまま待ってろ!!」
的場の怒号でびくっと身を固める糞デブ。糞デブは世界一どうでも良いけど、喧嘩確定なの?
「いや、いやいや!え?もう無理?」
「当たり前だろうが!!」
だってさ麻美。
麻美は思いっ切り深い溜め息をついた。更にジト目で俺を睨んだ。
凄い心が痛んだ。
的場をぶっ飛ばした時には、こんな罪悪感は無かったのに。
「コラァ!!」
型も何も無い、大振りのハイキック。
微かに身を退いて躱し、一気に踏み込んで懐に飛び込んだ。
「な!?」
いつもならば、ここでリバーかアッパーを戴くのだが、今回は一応話し合い。故に肩で的場を押して動きを止める程度に留める。
「だから悪かったってば!どうせやるなら武蔵野引き渡してくれよ!あいつぶち砕くからさ!!」
「るせぇぞガキ!!」
的場は俺の背中側のシャツを掴み、無理やり引っ剥がす。
「うわ!?」
その儘放り投げられた俺。前を向くと、視界に微かに過ぎったハイ。
「マジか!?」
速過ぎる追撃に面食らいながらも、クロスアームブロックでハイキックを防ぐ。
「いいっっ!?」
俺の身体が宙に浮く!!
完璧にガードした筈なのに、何て馬鹿力だ!!
「おらあ!!」
的場が気合い全開でクロスアームブロック越しにパンチをくれる。
みしっと音がする。骨が軋む音。
成程、鍛えていなけりゃ、このパンチで、あのキックで簡単に粉砕できるだろうな。俺は滅茶苦茶鍛えているから何とか耐えられるが。
トントンとステップを踏みながら後ろに下がる。
「だからちょっと待て…」
ギョッとした。追撃してきやがった。
確かに今の俺のバックステップは気の入っていないステップだったが、拳が目の前にある程の追撃を喰らうとは!!
その拳は再びクロスアームブロック越しに突き刺さる。
みしっ
腕の骨が折れそうな程のパワー…スピードもかなりのモンだ…
確かにこの事態を招いたのは俺の責任。俺が全面的に悪い。だが、このまま受けてばっかりじゃ割に合わない…
大きく後方に飛び、間合いを取る。
そしてクロスアームを解き、オーソドックススタイルの構えを取った。たんたんたんとリズム良くステップを踏みながら。
「漸くやる気になったかガキ!!」
「……一応謝罪はした…糞に謝るなんて苦痛以外何物でも無かったが、俺が全面的に悪いと自覚あったからな…だが…」
喋っている最中、拳を振り翳して飛び込んて来る的場に、俺のカウンター気味の左ストレートがヒットした。
「ぐ!!」
当たりが浅かったが、的場の出鼻を挫く事には成功したようだ。
そして改めて続けた。
「こうなりゃ武蔵野諸共、お前等全員ぶち砕く…!!」
仕方ない…本当に仕方ない…本当にやりたく無かったが仕方ない。
俺はやっぱりこの手の連中がだいっ嫌いだから。
「格好つけんなガキが!!」
的場が突っ込んで来たかと思ったら、拳の間合いの外で急に屈んだ。
そして手を地に付けて、そこを軸にした足払いを仕掛けて来た。
「ボクシングをかじっているようだしなあ!!」
要は下からの足狙いか。逆に対ボクシングのセオリーだ。慣れている。
俺は確かにボクシングを習ってはいるが、ボクサーじゃない。
俺はその足払いの蹴りを踏み込みで踏みつけた。
「く!?」
コンパスのように回転していた的場の身体が急に停止する。
そのまま身を沈めて、地を這うように右拳を滑らせ、的場の顎に低空からのアッパーをぶちかました。
「ごっ!」
決まったか?いや、手応えが軽い。咄嗟に身を捻ってヒットポイントをずらしたか?
さっきもそうだったが、やっぱりこいつ、かなりの場数を踏んでやがる。
追撃はマズいと思い、大きく後方に飛ぶ。
的場が口を切ったか、袖で拭いながら立ち上がった。
「ガキ…テメェボクサーじゃねぇのか?」
「俺は手段としてボクシングを習っているに過ぎないんだ。だからボクサーじゃない。間違うな」
真剣にボクシングに取り組んでいる人達に失礼じゃないか。こんなもんがボクシングと思われちゃ困る。
「的場、こうなっちまえば、お前は意地でも退かないだろ」
解る。糞のくだらない意地でな。
何人も『俺は強い』と言って弱い者虐めしている糞をぶち砕いた経験から。そいつ等は例外無く病院のベッドで目覚めさせたが。
「糞の糞くだらないマイルールで薬を否定するのもいい。武蔵野をお前がどうしようが、俺の知った事じゃない」
「何が言いたいんだガキ…」
的場は近くにあった鉄パイプを拾い、ゆっくり身構えた。
「俺はお前等糞がだいっ嫌いだ。俺にとっちゃ、薬否定のお前も、薬をさばいている武蔵野も一緒さ。だけどな、本当にやりたく無かった。本当に悪いと思っている。これだけは真実だっつー事だけは覚えといてくれ」
言い終えた俺は一歩踏み出した。
「武蔵野はちゃんと俺がぶっ飛ばしてやるから安心して病院行けやガキ!!」
的場は鉄パイプを投げた。殴るのでは無く、投げた。
少し虚を付かれたが、問題は無い。
俺はそれを軽やかに避ける。
が、小石がいきなり顔面に飛んで来て、俺は咄嗟にガードを上げてしまった!!
鉄パイプを投げつけたのはフェイクで、本命はついでに拾った小石かよ!!
場数を踏んでいるなんてもんじゃない。俺が『鉄パイプを簡単に避ける奴』だと知った上での石礫だ!!
目を閉じ、ガードを上げた事による一瞬の視界塞ぎ。
的場は当然これを狙っていた筈だ。
慌ててガード越しから視界を確保した。
的場が居ない!?
どこだ?また下?
姿を捜している最中、後頭部に衝撃が走る。
「ぐ!?」
前に倒れ、いや、なんとか踏み止まった。
「まだだコラ!!」
今度は背中!
こいつ、俺の真横に飛んで蹴りを入れやがった。追撃も怠らず背中に蹴りを!!
速ぇってか凄ぇ!!
たまらず身体を半回転させて向き直る。
「う!?」
今度は右ハイがテンプルを狙っていた。
ガードが甘い!!
来るべき衝撃に耐えるべく、歯を食いしばった。
ゴッ
甘いながらもガードはしている。耐えるべく、意識を向けて歯を食いしばった。
しかし、そのハイは俺の予想を遥かに越えていた。
意識が刈り取られるかと思った。
なんつー衝撃。完璧に間合いに入った時の的場のハイキックはまさに一発必倒!!
ぎりりと奥歯を噛み締め、仰け反りながら首を振り、何とか意識を保った。
「あれで倒れねぇのか…化物かテメェ!!」
うるせぇ。化物はお前だ。
俺のパンチも微妙にヒットポイントをズラしやがるし、パワーもスピードも『まあまあ以上』だぜ。
「これで終わりだコラァ!!」
右拳を引いた。身体を捻った。
ウェイトを乗せたとどめの右パンチ。
カウンターを取る!
否、これはボクシングじゃない。
相手はボクサーじゃない。
これは単なる喧嘩。糞が糞をぶっ叩くだけの、糞くだらないやり取り。
俺は的場の右を、首を捻って避け、右腕が延びきったのを確認する。
そこに被せるように、左フックを腰の回転を加えて放った。
的場の伸びた右肘に、俺の左フックが上手く絡まる。
バキッ
「がああああ!!」
右肘を押さえて蹲る的場。
俺は梃子の原理で右腕を折ったのだ。狙ったとは言え、奇跡だな。こんなに綺麗に決まるなんて。
いくら化物でも、折れた痛みを瞬時に耐える事はできない。
そして逆にとどめにと、蹲って腰の位置にあった的場の顔面に、右のかち上げるパンチを放った。
右拳に砕けた感触。的場の鼻を折ったんだ。
その的場は鼻血を噴水のように放ち、仰け反りながら倒れて行く。
追うか?いつも通りトコトンやるか?
この手の奴はなかなか負けを認め無いばかりか、後々報復にやって来る。
二度と俺の前に現れないように、トコトンボロボロにしてやるのが、いつもの俺のやり方だ。
そうだな…そうしよう。
的場を病院送りにしてから、心おきなく武蔵野をぶち砕こう。
ほら、丁度顎が晒されてんだろ。大袈裟に仰け反ってできた、おいしい破壊点だ。
そこに左ストレートを放とうと拳を引いた。
その拳にそっと触れられた感触…
麻美…
麻美が俺の左拳に手を添えて悲しそうな顔をしていた…
――もう…いいじゃん隆…
涙なんか零し、哀願するように言う。
もう…いい…のか?
本当に?
後々面倒な事にならないか?
報復とか、仲間を引き連れてやって来るとか、何度も何度も経験したじゃないか?
本当に…いいのか?
自問自答している間にも、麻美が触れた左拳がピリピリと痺れてくる。
麻美が触れるだけじゃない、握って、その力をだんだんと強めていっているからだ。
「………ち…」
俺は引いた拳から力を抜いた。だらんと。
瞬間、麻美はキョトンとしたが、直ぐに俺が大好きだった笑顔になった。
解ったよ。もう殴らない。だけど報復に来たら返り討ちにはするからな。しかも病院送りだ。
麻美はうんうんと何度も頷く。満足そうに。
まぁ…仕方ないな。麻美に止められちゃ仕方がない。
その時、倒れた的場が上半身だけ起き上がった。
「…鼻と右腕持って行かれたかよ…」
特に悔しそうでも無く、満足そうに言う。意外だったが、俺も一応申し訳なさそうに返した。
「……今更だが…悪く思うな。無理だろうが…」
そして俺は武蔵野の方向を向く。
正座していた武蔵野が、あからさまにビクゥと身を固まらせた。
「……武蔵野、お前が薬さばこうが、誰かを薬中にしようが、俺の知った事じゃない。勝手に好きにやればいい。だけどな、楠木さんからは手を引いて貰うぜ…」
頷かなければぶち砕く。
殺気を交えた、有無を言わさぬ威圧的な視線を投げつける。
武蔵野は、暫くは固まった儘だったが、やがて力無くカクンと首を落とした。
「それは了承した、と受け止めていいんだよな?」
「……うん…」
最早誤魔化しは無理と思ったか、武蔵野は聞こえるか否かの小さな声で同意した。
未だに乱闘中のヒロと木村に、でっかい声で叫んだ。
「終わったぞ!!」
しかし乱闘は止まる気配は無かった。
しかも30人は居た人数が半分になっていた。
「お?隆、終わったか?」
あっけらかんと言うヒロ。
木村は明らかにヒロよりも攻撃を喰らって腫れた顔で呆けて言った。
「ま、まさか…的場に勝った、のか?」
木村の一言で糞共が一斉に的場の姿を捜した。
的場は武蔵野を折れていない方の腕…左腕で首根っこを押さえている。
「ふぅん。お前にしちゃ、やり過ぎてねえなぁ?」
「右腕と鼻折ってやり過ぎじゃないと言うのはお前だけだ」
「だって的場、動いてんじゃん」
俺達の会話を聞いてドン引きしている糞共。取り敢えず味方な筈の木村でさえ青ざめていた。
的場は武蔵野を押さえながら言う。
「今回はウチのモンが世話かけたようだから見逃してやる。袋にされる前に失せろ」
袋だと。
ヒロが露骨にブッと噴く。
「隆にやられて減らず口を叩いた奴は初めて見た!!」
まぁ確かに、いつもなら声なんか出せない程ぶち砕いているから。
だが、一応的場も頭的存在。ここは顔を立てて大人しく去ろう。
「行こうぜ木村」
「お…おう…」
促される儘、俺達の後ろに付く木村。
「おい。お前、名前は?」
帰ろうとした俺を的場が引き止めた形になるが、言われてみれば名乗って無かったな。
「緒方隆」
振り返らずに返した。
「俺は大沢博仁だ!!」
ヒロは振り返ってジャンプしながら名乗った。
「木村明人…」
一応名乗った木村だが、俺必要?と言った微妙な表情をしていた。既に知られていたからな。
「武蔵野は俺がケジメを付けておく!!」
俺はやはり振り返らずに、手を上げただけでそれに応えた。
さて、漫画喫茶探さなきゃな。ヒロは当てにならないし、やっぱり木村に頼るか。
そんな関係無い事を考えながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます