海にて~003

 川岸さんの言った通り、俺が戻ったと同時に撤収作業に入った。

 木村と国枝君は、ジュースが入っていたクーラーボックスをコテージに運ばなきゃいけないと言う、訳解らん理由で風呂に遅れて来るそうだが。

 ついでだ、パラソルやらレジャーシートやらも持って行って貰おう。身軽で風呂行きたいし。

 意外にも、俺の申し出はすんなりと受けられた。国枝君の手が空いているのが主だった理由だ。

 そんな訳で、身軽に銭湯へゴーゴーだ。

 楠木さんが腕に絡まって来るのを其の儘に(春日さんと槙原さんの視線が超痛かったが)俺達は風呂に向かう。

 着いた先は、なかなか立派な温泉施設。海水浴客だけじゃない、地元の方々も利用している、地元に溶け込んだ良い所だ。

「おお~。意外と綺麗な所だね。ちょーっと人が多いけど」

 楠木さんが感嘆する。俺もそう思う。これが海水浴シーズン真っ只中(今もギリそうだが)なら、もっと混雑していただろうな。

 つか、駐車場で下品なバイクの糞共が、女子達にウザったく絡んでいるし。

 どこにでもいるんだな、迷惑な糞は。

 お客が遠巻きに避けるように歩く。

 そんな状況でも、下品な馬鹿共はお構いなしに向かう女子をからかい、通行の邪魔をするようにバイクでスラローム。実に危ない。

 俺達はそんなのに、あんなのにビビったりしないから、関係無しに向かう。

 俺達に気付いた糞の一人が、バイクで先頭を歩いていた俺と楠木さんの前で止まる。空ぶかしを何度も繰り返して威嚇している。

「おう兄ちゃん、女いっぱい連れているじゃねぇかよ。こっちに寄越せよ」

 それが合図と化し、糞共全員俺達に群がって来た。

「何だあ?男二人に女6人?ハーレムじゃねえか?」

「羨ましいねえ色男。モテない俺達にその幸せを分けてくれよ?」

 隣の楠木さんがボソッと。

「そんな生りでモテないとか、どんな自業自得の不幸自慢よ」

 聞こえたようだった。糞共が一斉にバイクから降りて俺達に詰め寄る。

「きゃー怖いぃぃぃ。隆君助けてぇぇぇ」

 すんごい棒読みで俺に抱きついて来る楠木さん。

 明らかに挑発している態度だ。糞共だけじゃなく、俺に対しても。

「おい、今なんつった?舐めてんのか女あああああああああああ!!?」

 左腕にしがみ付かれていたので、右腕でボディを打った。

 簡単に膝を付く糞。そして、ざわめく残った糞共。

「や、野郎…」

「い、いや、ちょっと待て、あ、あいつ…」

 ヒロに視線を向ける一人の糞。

 ヒロは首を傾げていたが、ああ、と思い出したように手を打った。

「お前、さっき俺にボコボコにされたアホの一人じゃねぇか?今度はお仲間代えて、別の迷惑行為か?」

 俺は糞の顔なんかいちいち覚えていないので、一応ながらも覚えていたヒロは優しいなあと、素で思った。

「お前!あんま舐めんじゃねえぞ!!今度は8人もいるんだぜ!!」

 うわ、出たよ、数頼み。群れる糞共が一番ムカつく!!

 前に出ようとするが、楠木さんがしがみ付いていて動けない。

 顔を見ると、やめといてあげて。と目が言っていた。

 何だよ、さっきはきゃーたすけてーとか言っていたのに。

 女心はやっぱ解らん。

 ちょっと離れて。と小声で言うと、逆に小声で返された。

「隆君手加減しないでしょ?嫌だよ、こんな馬鹿のせいで、警察に連れて行かれるの」

 う~ん…とは言っても、向こうはやる気だしなあ。

 困ってヒロの方に視線を向ける。

「隆、一応言っとくが、やり過ぎは良くない」

「そう言っているから大丈夫だよ。いざとなったら、ヒロが止めてくれるだろうし」

 漸く、渋々ながら腕を離してくれた。ありがとう。大丈夫。やり過ぎないから。多分。きっと。

「さて、袋かタイマンか?どっちでもいいが、全員ぶち砕く事は確定だ。嫌なら逃げてもいいぞ」

 オーソドックススタイルに構えての忠告。これのどこが忠告だと言われたら、逃げてもいいよと言ったからだ。

「!!こいつ…ボクシングやっているのか…」

「そういや的場君もボクサー崩れにやられたって…」

 勝手にビビッてくれるのは有り難いが、崩れってなんだ。一応練習生なんだぞ。

 まあいいや。今から行うのは、糞が糞共を一方的にぶち砕く、残虐物語マイルドバージョン。

 やり過ぎんな、と約束したからな。楠木さんもそれで離してくれたし、約束は守らなきゃいかん。

「……おい、ちょっと確認しとくが…」

 別の糞が、奥からのこのこと前に出て来る。

「何だよ?」

「お前、本当に的場君をやったのか?」

「あんま言いふらすなよな。的場のメンツってのもあるだろう?」

 一応武蔵野を連れて来てくれた借りがある。あんまり奴の不利益になる事は言いたくないし。

「じゃあ、的場君の連絡先、知っているか?」

「俺は解んないけど、木村は知っている筈だな。それがどうした?」

 ぼそぼそと周りの糞に小声で指示を出し、いきなり向き合ったと、思ったら、突然土下座しやがった!?

 面食らった。俺だけじゃ無い。ヒロも、場に居る女子達もだった。

「「「すいませんした!!」」」

「……いきなり謝られるのは意味不明なんだが…」

「あんたがホントに的場君をぶっ飛ばしたのは今解りました!!勘弁してください!!」

 顔を上げていないので確証は無いが、多分涙目だろうことは予測できた。だって涙声なんだもん。

 つか、この状態、世間様の好奇な視線を集め捲るぞ!!

 取り敢えず立たせようと肩に手を触れる。

 あからさまにビクッとして、今度は地面に額を擦りつけた。

「マジ勘弁してください!!ハッタリだと思っていたのは事実っすが、許してくださいよおお!!!」

 うわ…今度はマジ泣きしやがったよ…しかも殆どの奴が震えているし。

「ちょ、ちょっと、なんで本当だって思った?」

 取り敢えず周りの視線が超痛い…

 落ち着かせて立たせようとして、かなあり優しい口調で話し掛けた。

「的場君の連絡先は知らないって…知っているのは連れだって…んで、見た目一般人で、目つきが鬼のように鋭くて、どんな人数だろうと関係なく喧嘩する、やたらと危ない奴だって……」

 俺の特徴が明確に表れているが、連絡先を知らない事が、どうしてハッタリじゃ無い事に繋がるんだ?

「ああ、お前、こんなのの連絡先は知ろうともしないしな。的場の時もそうだっただろ?」

「そうだけど…木村のは知っているぞ?」

「ちょっと!!明人をこんなのと一緒にしないでよ!!」

 横から怒った黒木さん。こっちも宥めなきゃいけないのか?

「ま、まあ解った。解ったから、取り敢えず立ってくれ」

「ひいいいい!!殴んないで!!マジごめんなさい!!」

 ちょっと肩に手が触れただけでこれかよ…

 俺はどんだけ悪評を振り撒いてんだ?

「おう、なんでそんなに怯える?確かにこいつは容赦知らずだが、そんなになってる奴を追い込むような真似は………するな」

「フォローになってないぞ!?」

 いや、事実だが。中学時代はもっと酷かったし。

「ねえ、もう行こうよ?ちょっとした見世物になってるよ?」

 楠木さんが腕を引っ張るが、此の儘にしていいものかどうか…

「そうだな。おうお前等、俺達はこれから風呂だ。いつまでもそうしていても構わないし、帰って糞して寝るも良し」

 な、なんかヒロが纏めやがったが、まあ、いいや。

 俺はそそくさとそこを後にする。

「喧嘩になんなくって良かったね」

 ぎゅうぎゅうと腕を絡めてくる楠木さん。

「う、うん。まあ、しないに起こした事は無いからね」

 それはその通りで、俺も同感だから、こう返した。

「うんうん。強い隆君も好きだけど、喧嘩しない隆君も素敵だよ。警察沙汰はやっぱ良くないし」

「そ、そう?あ、ありがとう」

 なんか微妙な気分だった。

 楠木さんが俺に近付いてきた目的は、その腕っぷしを利用する為だった筈だが、こうも変わるものなのか。

 こうなった楠木さんは、可愛さが十割増しになったからいいけど。

 早速施設に入る。

 中は土産物が沢山売っている。なんつーか、道の駅的な感じだった。

「おう隆、コーヒー牛乳あるぞ」

「それは風呂上りだろ…」

 今から飲んでどうすんだ。とか思っている内に買っちゃいやがった!!

 腰の手を当てて一気に煽る。

「今から飲んでどうするのよ…」

 波崎さんも呆れ顔だったが、その隣では、川岸さんがりんごジュースを買っていた。

「アンタも今飲むの!?」

「別にいいじゃん。くろっきーもどう?」

「あ、あたしは後でいいよ」

 同じく腰に手を当てて一気に煽った。瓶のりんごジュースでなら可能な光景。実に旨そうだ。

「お、俺も何か一本…」

「隆君も今から飲むの!?」

「う、うん、なんか美味しそうだし…」

 そんな訳で俺も購入した。

 レモン牛乳ってヤツを。

 俺も腰に手を当てて、一気に煽る。

「!!うまい!!」

 思わず叫んでしまう旨さ!!なんだこの牛乳は!?

 それを聞いた槙原さん。俺からレモン牛乳を奪い取り、こくっと一口。

 こ、これは間接キス…楠木さんと春日さんのジト目が槙原さんに降り注ぐも、全く意に介さずに一言。

「栃木のご当地牛乳のパクリみたいだね。うん。美味しい」

 栃木のご当地牛乳!?海なし県の牛乳が、何故海水浴場の近くに!?

「……ち、ちょっとちょうだい」

 槙原さんから黒木さんが半奪い取る形で一口。

「!!美味しい!!仄かにレモンの味がする!!」

 そうなのだ。果汁が入っていないのに、ちゃんとレモンの味がするのだ。

 この無果汁の衝撃は、ファンタ以来じゃないだろうか?

「そ、そんなにおいしいの?」

 川岸さんの言葉に頷く、俺と槙原さんと黒木さん。

「……あ、大沢君、これあげる!!」

 残ったりんごジュースをヒロに無理やり押し付けて、黒木さんからレモン牛乳を取って一口。

「……なにこれ!!すごくない!?」

 凄いのか凄くないのか解らんが、兎に角感動しているようだ。

「はは。お前等、そんなバッタモンの牛乳より、コーヒー牛乳の方が至高だろ?」

 ヒロがなんか言っているが、全員無視してレモン牛乳を買い始めた。

 なんと波崎さんまで。つか、俺のレモン牛乳はどこいった?

「美味しい!!ホント美味しい!!コレ店でも出してくれないかな!!」

 波崎さんが歓喜した。コーヒー牛乳のヒロ、涙目。

「……あ、うん…美味しい…お店にあったら飲んじゃうかも…」

「え~!?なにこれ!!凄い!!」

 全員が全員、レモン牛乳をリスペクトし出した。

 コーヒー牛乳、完敗である。

 いや、俺はコーヒー牛乳も好きなんだけどね。

 まあ、パチモンの牛乳は置いといて、取り敢えず風呂だ。

 入浴料300円を支払い、男湯に向かうが、その前に、俺の袖を引っ張る楠木さん。

「な、なに?」

「家族風呂ってのがあるよ?」

 家族風呂とは、個室で、家族が貸し切って入る風呂だった筈。

 首を傾げて『?』のマークを頭上に何個も散りばめる俺。

「だから、家族風呂なら、一緒に入れるって事」

「誰と誰が?」

「もちろん、私と隆君」

 ぐはっ!!

 想像しただけで鼻血が出そうだ。

「背中も流してあげるし。なんなら前も洗ってあげるし」

「ちょっと待て。想像させるな。俺はこれから風呂なんだ」

 大浴場で他人ぎっちりなのに、下半身が反応したままではヤバすぎる!!

「あ、もしかして洗いたいタイプ?いいよ。優しくしてね?」

「だからな、俺はこれから、見知らぬ他人が沢山居る大浴場に入るんだ。ある一部分が変化したままじゃ、色々マズイ」

 ホント勘弁してほしい。若干前屈みになってしまった健全さが恨めしい。

 俺達の会話は結構小声で、周りには友人が居ない。

 このタイミングを見計らって、からかって来たのだろう。

 だが、ヒロが硬直し、耳に集中している様が目に入ってしまった。コーヒー牛乳の空き瓶を持ちながら。

「な、なあ優」

 おう、動いた!!仕返しだ、俺も聞き耳立ててやろう。

「うん?なに?」

「あのよ、ここには家族風呂があるそうなんだ」

「家族風呂?なにそれ?」

「え~っと、要するに個室を借り切って…」

「うん?貸切?それいくらなの?」

「え?えーっと、3000円だって。一時間」

「一時間3000円!?高いじゃない!!そんなお風呂に入るの!?」

「優さえよけ」

「うわ~、男子って無駄使い好きだねえ?緒方君と博仁だけ?だったら木村君と国枝君も誘ってあげなくちゃ、かわいそうじゃん!!」

「………やっぱやめとくわ…」

 アホ丸出しだった。声を殺して笑うのが一苦労だ。

 ふと見ると、楠木さんも声を殺して笑っていた。

 聞いていたのか、悪趣味だなあ。俺も人の事は言えないけど。

 その楠木さんと目が合う。

「ははは。今日はしゃーない。大沢に免じて、家族風呂は諦める」

「今日は、って…」

 いずれまた誘うって事か?嬉しいが困る。

「その顔は困るなあ、って顔だな?」

 悪戯笑顔で俺の顔を覗き込む。改めてみると、目、でっかい。可愛い。

「黒木さんと協定結んだからね。隆君は二人がかりで攻略するよ。だから、今後は手強いよ私?」

 指で銃を作ってバン、と心臓を打ち抜く真似。

「よく協力してくれたな、黒木さん」

 黒木さんはこういうの、面倒臭いと思う対応に見えたが。

「だから協定。木村の好みそうな事、色々教える代わりにね。一応元カノですから」

 全く心は許してなかったけどね。と、自虐的に笑う。

 だが、そうか。木村と楠木さんはギブ&テイクな関係だったけど、楠木さんは木村を失う訳にはいかなかった。心強い用心棒として。

 だから木村を繫ぎ止める為に、楠木さんなりに頑張っていた筈だ。好みを熟知していてもおかしくは無い。

 これが利害一致か…改めて考えると、奥が深い。と、思う。

「そして黒木さんに協力して貰えるって事は、木村にも協力して貰えるって事だから、実質三人がかりね」

 三対一かよ。まあ、木村がこんな事に協力する筈も無いけど。

「でもなあ…遥香も三人なんだよなあ…やっぱ最強のライバルは遥香かなあ…いやいや、春日ちゃんも侮れない…」

 なにやらブツブツ言い出した楠木さん。一応現実に戻さなきゃならんから、話し掛けてみるか。

「槙原さんも三人がかりって?」

「ああ、遥香はほら、波崎さんが当然協力するじゃん?って事は、もれなく大沢もついて来るて事に…」

「ならないよ。ヒロはそんな事に協力しない」

 言い切る俺。自信あり捲りで、逆に困惑の楠木さん。

 ヒロは俺が良いなら誰でもいい、って前々から言ってくれている。それこそ、繰り返す度に言ってくれている。

 今更それが覆る訳が無い。例え波崎さんに頼まれたとしても。

 そんな事は兎も角、だ。

「さって、風呂行こうぜ。シャンプーの後の髪の匂い、嗅がせてくれよな」

 勿論冗談で言った。だが楠木さんは真顔で髪の匂い…と反復し、呟く。

 なんかおかしなことになりそうだ…この先迂闊に冗談も言えないのか?それは息苦しいなあ…

 男風呂に足を踏み入れる。

 見た目は銭湯だが、お湯は温泉。露天風呂とサウナも完備している。

 サウナはジムにもあるので今更だが、露天風呂はテンションが上がるな。

 早速身体を洗い、露天風呂に向かう。

「ちょっと待て。俺もそっち行く」

 ちょっと遅れて入って来たヒロに呼び止められた。

「待てって、別に混雑もしてねーだろうが」

「いいから待て待て」

 駆け寄って、馴れ馴れしく肩を組んでくる。つか、裸の男に密着されるの、マジ気持ち悪いんだが…

「解った解った。早く身体洗えよ」

 中で一緒になるんだから待たなくてもいいようなもんだが、これも付き合い。めんどくせーけど仕方が無い。

「おう」

 一声かけたかと思ったら、ヒロは超高速で身体と頭を洗った。

「お待たせ!!」

「早いなんてもんじゃねーだろ!?」

 一分くらいだったぞ!?なんでそこまでして、俺と一緒に露天風呂に入りたがるんだこいつは!?

「ちょっと話があったからな。もしも露天風呂が混雑していたら、隣になれないかも知れないだろ?」

 混雑する程人いねーだろ。脱衣駕籠を見て言ってんのかこいつ?

 まあいいや。取り敢えず話を聞こうじゃねーか。

「!!露天風呂に人いねぇ!!」

 驚くヒロ。だから言っただろうが。

 無視して勝手に入浴すると、慌てて後に続いてきた。

 肩まで湯船に浸かり、はあ~っと息を吐く。

 すげー気持ちいい。解放感がたまんない。

「気持ちいいなあ隆ぃ…」

「ああ~…まったくだ…」

「そんで話ってのはだなあ~…」

「ああ~…なんだあ~…」

「お前、槙原と付き合う気は無いか?」

 思い切り吃驚してヒロを凝視した。

 さっき楠木さんにカッコイイ事言ったばっかなのに!!

 俺は愕然として湯船に頭を突っ込んだ!!

「おいおい、溺れてしまうぞ?」

 ぷはあ、と顔を出して息を吸う。

 そしてヒロに残念な眼を向けた。

「ガッカリだヒロ…お前だけは、俺の好きにしたらいいって、言ってくれると思っていたのに…」

「その様子じゃ、他の奴等からも何か言われたな」

 ずぶずぶと湯船に身体を沈めるヒロ。

「まあ…想定していた通りになったな…楠木は黒木、春日ちゃんは川岸か?」

「まあな。よく解ったな?」

「槙原の予測だ。俺は正直どうでもいい。お前が良けりゃ、何でもいいさ。あの三人の内誰と付き合ってもいいし、全く関係ない第三者と付き合ってもいい。何なら誰とも付き合わなくていい」

 だから、頼まれたから一応言っただけだ。と呟く。

「……波崎さんに言われたのか?」

「ああ。解っていると思うが、優は槙原に頼まれたから、俺に言ってくれって言っただけだ。優もお前の好きにしたらいい。って言っていたしな」

 まあ…友達に頼みごとをするのは当然で、友達が恋人に相談するのも当然か。

「槙原は焦っているらしい。楠木、春日ちゃん、どっちにも勝てる自信が無い。って」

 あの槙原さんが…知的戦略家っぽくて、先読みに長ける槙原さんが、自信が無いと?

 意外だったが、納得もした。

 友達として接してきた二人だ。良い所も悪い所も知っているだろう。逆も然り、あの二人も、槙原さんの良い所も悪い所も知っている。

「例えば、楠木は意外に女子力が高くて、そっち方面じゃ勝てないし、春日ちゃんは覚悟の決め方がハンパない。いざとなったら迫力負けしちゃう、って」

「そりゃあ、そうだろうけど、でも、槙原さんにだって、いい所もいっぱいあるだろう?」

 俺も沢山知っているぞ?槙原さんの良い所を。話して一番楽しいのも槙原さんだし。

「まあな。だけど不安なんだろ?自分が一番好きだと思っていたのに、そうじゃなかった。一番のアドバンテージを失った、って言っていたらしい」

 う~ん…よく解らんが、自信喪失したから波崎さんに頼んだ、って事か?

 意外に脆いんだなあ…繊細と言った方がいいか。

 それも、あの二人に知られちゃったんだろうな。

 いや、もしかしたら最初から知っていたのかも知れないが。あの二人も、意外に人を見る目があるし。

 まあなんだ。ヒロがいちいち気を回す必要は無い。波崎さんだって、きっと困っているだろう。

 だからハッキリ言ってやる。

「安心しろよ。槙原さんを選んだんなら、土下座してでもお付き合いをお願いするし、別の人を選んだんなら、ハッキリ振ってやる」

 ぽかんとし、一呼吸置いて噴き出すヒロ。

「お前…何様だよ?カッコつけてんのか?感じわりい」

「う、うるせーな。今思える精一杯の誠意なんだよ」

 自分で言って恥ずかしい!!

 ぶくぶくと湯船に沈んでいく…

「ま、それならもういいんだ。だけど、何だっけ?秋までに決めなきゃマズイんだろ?何でかは解らんけど」

「……川岸さんから聞いたのか?」

「おう。つか、みんなにも言っている筈だぜ。だから、三人娘の攻撃が激しくなったんだよ」

 逃げ道を塞ぐ気かあの人は!?そんな事しなくても、きっちりはっきり決めるっつーの!!

「んで、どうよ?誰か決まっているのか?完全じゃなくても、何となくとか」

「……三人とも可愛いし、良い子だし…」

「はあ?お前さっきカッコイイ事言ったばっかじゃねぇか?」

 モロに呆れたヒロに、返す言葉は全く無かった。

「なに?言い方変えたら、あの三人だったら誰でもいい訳?」

 もう全く返せなかった。その通りだからだ。

「え?じゃあハーレムルートを目指している訳?三人と仲良く?」

「いや、そこまで畜生じゃない」

 それは幾らなんでも失礼すぎるだろ。人として終わるわ、色々と。刺殺されても轢死しても仕方ないじゃねーか。

「ふ~ん…まあ何だ。悩みなら聞いてやるし、アドバイス出来る所はするし、畜生に成り下がったらぶん殴ってやるから、安心して悩め」

「……お前もカッコイイ事言うなよなあ…」

 俺を力でぶち砕けるのはヒロしかいない。

 畜生になったらヒロにぶち砕いて貰おうと、そこだけは当てにする事にした。

 悩みを聞いて貰っても解決はしないだろうし、ヒロにアドバイスなんかできる訳が無いと、純粋に思ったからだ。

 色々失礼と思うだろうが、これは俺がヒロを知り尽くしているからならでは。経験則も沢山あるからだ。

「つか、のぼせたから先に出るわ」

 人を呼び止めといて先に出るとか…

 まあいいが。これでゆっくりと露天に漬かれる。

 はあ~…マジ気持ちいい…

 気持ちいいって言えば、槙原さんが押し付けて来る、おっぱいの弾力も気持ちいいよなあ…

 楠木さんの程よい柔らかさもいいが。春日さんは…うん、女は胸じゃ無い。

 ……

「やべ…」

 俺は慌てて湯船から出た。身体を急速に冷やす為に。

 理由は言わない。言えない。仕方ない事なんだ。男子にとっては。

 頭からあの感触の記憶を上塗りするべく、九九を詠唱する。鎮まるまで。

 程よく治まったのを確認し、俺はダッシュで風呂から出た。色々あるのだ、男子には。

 さて、風呂上りにはコーヒー牛乳だ。さっきのレモン牛乳も捨てがたいが、此処は定番で攻めよう。

 コーヒー牛乳を買って腰に手を当てる。

「……ごめん隆君…」

 いきなり謝られた。誰だ?と思い、振り返る。

「槙原さん」

 湯上りの槙原さんだった。Tシャツで胸が強調されている。ちくしょう!!さっき鎮めたばかりなのに!!

「な、なんで謝るの?」

 軽く前屈みになって問う。

「……大沢君に…」

 ああ、さっきのアレか。別に気にする事は無いのに。

「いやいや、気にしないで」

「でも…」

 寄ってくる槙原さん。シャンプーのいい匂い!!おっぱい当たる!!

 躱す事も可能だが、この状態で逃げる馬鹿はいないだろう。健全な男子なら当然だ。

 俺は照れ隠し宜しく、頬を掻く。

「まだ秋まで保留ってのが、ちょっとカッコ悪いけどな」

 首を振って否定。そして真正面から俺を見た。

「もしも選んでくれなかった時は、カッコよく振ってよ?」

 う…ヒロの野郎、そこまで言いやがったのか…

「そして、もし選んでくれたら、その時は土下座してお願いしに来て?」

「何気にSっ気たけーなオイ!!」

「だって大沢君、そう言っていたよ?」

 ぬう…確かにそんなカッコイイ事は言った。はっきり言うと、後悔もしている。

 だが、俺は頷く。

「土下座して迎えに行くよ」

「どんな王子様それ!?」

 俺が知りたいよ…土下座して迎えに行くシチュが全く浮かばねーわ。

「……美咲ちゃんも春日ちゃんも言っていたけどさ、私も秋まで頑張るから」

「お、おう…」

「ちゃんと土下座させるから!!」

「え?う、うん…」

 何だろう、この敗北感…

 言わなきゃ良かった。心から。

「うん!!スッキリした!!帰ろう?木村君と国枝君が、バーベキューの用意をして待っているよ!!」

「え?木村達、準備してくれてんの?風呂はどーする?」

「コテージにシャワーがあるから、そっちで済ますって」

 なんだ。だったら言ってくれれば、俺も協力したのに。

「くろっきーが怒っているけど、気にしないでね」

「なぜ黒木さんが怒る…」

 寧ろ準備してくれてありがとうだろう?彼氏の頼りになる所を見せてんだから。

「言ってくれれば自分も残って手伝ったのに、って」

「ああ、そっちの方か…」

 意外に黒木さん、木村にべったりだ。俺がちょーっと悪口言っただけで、キレていたもんな。

 ナンパ取りやめて正解だな。ばれたら多分、俺達死ぬわ。バッドエンドのルート、黒木さんに絞殺される、とか。

 風呂上りのサッパリした身体でコテージに戻る。

 女子達の石鹸やシャンプーの匂いに何回か理性が飛びそうになったが、万が一ここで飛んだら単なる変質者だな。と思い、何とか踏み止まれた。

 あの三人なら応えてくれそうだったが、もっとヤバい事になりそうなので、その思考を振り払った。

「おう、準備出来ているぞ」

 コテージの庭先で炭を起こし、串に刺さった肉や野菜がジュウジュウといい香りを出している。

「わりいな木村、国枝君。言ってくれたら俺も手伝ったのに」

 礼を言い、木村の隣に座る。

「いいんだよ。僕達はこういうの得意なんだ。寧ろ木村くんと趣味が一緒だって事が知れて嬉しかったよ」

 そう言ってお茶入りの紙コップを俺に渡してくれる国枝君。

 木村は既に飲んでいるようだ。正確には呑んでいるのだが、バレたらマズいだろ?此処にバラす奴は居ないとは思うが…

 なんか言いたげな黒木さんを川岸さんに無理やり預けて、全員紙コップを持つ。

「え~…今日はこのメンバーでのキャンプと言う事になりまして…」

 何故かヒロがスピーチし始めた。誰も突っ込まない。放っているようだ。

「……特に木村と国枝がバーベキューの準備を買って出てくれた事、誠に遺憾であり…」

 遺憾の使い方が間違っていた。それは『思い通りに事が運ばなくて残念』と言う意味だ。

 みんながクスクス笑っている中、波崎さんが真っ赤になって俯いている。

「おい、肉焦げちまうぞ。焦げた分を大沢に回すんなら、別にいいけどよ」

「何!?それは駄目だ!!じゃあ乾杯!!」

 乾杯。と、一同紙コップを持ち上げる。

 一口飲んでパチパチと拍手した後、待望のバーベキューだ。

「おい緒方、これいい感じに焼けているぞ」

「おう、ありがとう」

「緒方君、サザエのつぼ焼きはどうかな?さっき潜って取ったヤツだよ」

「ありがとう。つか、それって密漁じゃね?」

 つか、さっきから木村と国枝君が、俺の皿にどんどん肉を盛ってくる。

 有り難い事だが、気を回さずに、自分達も食えばいいのに。

「うまいな。焼き加減が絶妙だ」

 マジうまい。何本もイケそうだった。

「牛と豚、そして鶏の肉と飽きないように三種類用意しといた。お勧めは鶏かな?」

 そう言って鶏の串焼きを俺に渡す木村。結構な脂が滴り落ちている。胸肉か?

「おい大沢、野菜も食えよ。ピーマン残すな」

「よく見てんなあ。俺ピーマン嫌いなんだよなあ…」

「何ガキみたいな事言ってんだ。丁度いい焼き加減だぞ。食え」

 そこまで言われちゃ、食わない訳にはいかない。

 ヒロは涙目になりながら、半分にカットされたピーマンを頬張った。

「……木村、こういうの好きなんだなあ…」

「まあな。バーベキューやれる機会なんか、あんま無いけどな」

 そんな事は無い。やる気になれば、地元の河川敷でも海辺でもできる。

 ここで言う機会とは、一緒にやれる仲間が限られているって事だろう。

 木村を本当の意味で慕っている奴は、あんまいないだろうし。西高だし。

 向こうでは黒木さんを囲って、女子達がキャッキャウフフとはしゃいでいた。

「いいなあくろっきー。木村君頼りになるじゃない」

「いや~。まあ、ね」

 槙原さんが羨ましがっている事に、鼻高々の黒木さんだった。

「あいつのあんな姿、初めて見るよ。やっぱ私には心開いていなかったんだね。お互い様か」

「いや~。まあ、ね」

 楠木さんが感心している事に、胸のそりが激しくなる黒木さんだった。

「……羨ましい。憧れる」

「いや~。まあ、ね」

 春日さん憧れた事に、遂には無い気も荒くなった。

 つか、さっきから『いや~。まあ、ね』しか言ってない。物凄い得意顔を拵えて。

「でも、彼氏が此処までできる人なら、大変だねくろっきー」

「……なんで?」

 肉を頬張りながらの川岸さんに、遂に『いや~。まあ、ね』が崩れた。

「だって西高のトップで、アウトドアで頼りになる。顔も強面だと思うけど、イケている方だし、男子の部類じゃ上位の方だよ?その彼女が嫉妬深いだけの料理音痴とか、つり合い取れないって叩かれそうじゃん?」

 黒木さんって料理音痴だったのか…

 昔の彼女の楠木さんは女子力が高いから、木村の中で比べられそうだな。

 まあ、元カノって言っても利害一致の関係だ。手料理を振る舞ったり、バーベキューしたりする関係じゃないから、問題ないか。

「ははは。その…俺達はベストカップルだな、優」

 肩に手を回そうとして、するりと躱されるヒロ。結構涙目だった。

「ベストカップルかは兎も角、お似合いなんじゃない?」

 黒木さんがやや仏頂面にて、冷たい口調で言う。木村はべたべたされるのは嫌いなようだから、ヒロの行動が少し羨ましいんだろう。

「まあ、私はそんなに理想高いほうじゃないしね」

「そ、それは俺が平均以下って事か!?」

 笑いに包まれる場。なんかいいな、こんなの。

 今までは修羅の道ばっかだたったから、尚更良く感じるんだろうな。

「国枝は彼女作らないのか?」

 ヒロのいきなりの振り。

「欲しいんだけどね。なかなか…」

「国枝君はカッコイイから結構モテると思うけどなあ。隆君よりは落ちるけど」

「そうそう、メガネ男子も結構需要があるから。隆君は眼鏡掛けていなくてもカッコイイけど」

「……隆君の方が素敵だけど、国枝君もなかなかだよ?」

「はは…みんな…ありがとう…」

 渇いた笑顔で、涙目の国枝君…御免な…この三人はオカシイんだ。俺に好意を寄せているんだから解るだろうけど…

「おいお前等、そんなくだらねえ事言っている暇があったら食え。焦げてきているぞ」

 鍋奉行ならぬバーベキュー奉行と化した木村。こういう奴には迂闊に逆らうとウザい。

 よってみんな慌ててバーベキューに集中する。

「木村君、仕込んでいたあれ、そろそろじゃないかな?」

「そうだな…ちょっと待ってろお前等」

 そう言って裏に消えていく木村。

「なあ国枝君。何を仕込んでたんた」

「それは来てのお楽しみだよ。僕も作ったのは初めてだから、ちょっと自信は無いけど」

 ほう…なんだろう?楽しみだな…

 やや待つと、木村が大皿いっぱいに魚を盛って現れた。

 アジとイカか…それにしてもいい香りだな…

「焼き魚?」

「違う。燻製だ」

「燻製!?」

「おう。桜のチップでスモークしたんだ。食ってみろよ。絶対うまいぞ」

 旨いのは見た目と香りで解る!!

 テレビでよく見るキャンプの燻製をここで食えるとは!!

 俺は夢中で食らいつく。結構憧れていたんだ。テレビで見てから、こんなのに。

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