海にて~002

「あ、やっと来た!!」

 ちょっと不機嫌な波崎さんが、出迎えてくれた。

 女子達は円陣を組むように、何かを囲って、じっと下を向いている。

「な、なんかあったの?」

 ナンパ計画がバレたのかと思い、ひやひやしながら聞いてみる。

「いやあ…」

 くい、と円陣を親指で差す波崎さん。あそこになんかあるのか?

 行ってみると、西高生みたいな糞共が、顔面血だらけでぶっ倒れていた!!その数四人!!

「な、なにが起こった!?」

 一番近くに居た黒木さんに怒鳴るように聞く。

「あ~…おかえり緒方君…遅かったね…いや、もうちょっと早かったら、もっとやばかったかも」

 何とも意味深な発言だ。

「お?なんだこいつ等?」

 ひょっこり木村が覗きに来る。

「あ~…明人、うん。遅かったけどいいよ。うん」

「……不幸中の幸い…」

 春日さんが安心したように頷く。

「春日さん!!何がどうしたの!?」

 春日さんは、ぶっ倒れている糞共を指差して……

「……この人たちにナンパされた」

 一気に凍り付いた。ナンパと言うキーワードに。

「察するに、この人たちが無理やり誘ってきて、大沢君が撃退したって事かな?」

 国枝君の考察に、こっくり頷く春日さん。更に続けた。

「……最初はみんな適当にあしらっていたの。大沢君も、意外と穏便に済ませようと頑張ったけど、波崎さんの腕を掴まれた瞬間…」

 ああ、我を忘れてやり過ぎたって訳ね。

 納得だ。遅くて良かったって事は、これに俺と木村が参戦していれば、もっと洒落にならない事になっていたかも、って事か。

 あー良かった。ナンパ計画がバレた訳じゃ無いんだ。

「しっかししつこかったよね。ほんと、ナンパ男なんて死んじゃえばいいのに」

 川岸さんの言葉が、ぐさっと胸に突き刺さる。つか、君は俺にナンパ推奨しなかったっけ?

「そ、そうだな。で、ヒロと楠木さんと槙原さんは?」

「……救急箱を取りに戻った。わりと慌てて」

 ヒロがやり過ぎたと言ったんだろうな。だから慌てたか。

 だが、これくらい問題ないだろ。俺なら全員入院コースにしているところだ。

 つか、救急箱で手当てするまでも無いだろ。こんな怪我、大した事は無い。

 木村が運んだクーラーボックスを開けて、中から水とお茶を取り出し、それを糞共にぶっかけた。

「ぶ、ぶはっ!?」

 糞共四人とも起き上がる。女子達はかなりホッとした様子だ。

「おう、お前等…俺等の連れに何しようとした?あ?」

 木村がここぞとばかりに凄んだ。強面だから効果抜群か?

「……別に。ただ、俺等と一緒に遊ぼうっつっただけだよ」

 おお、こっちの糞共もまた同じ強面だ。怯まないでガンくれ返してやがる。

「それより、あのボクシング野郎はお前等の仲間か?どこ行きやがった!!」

 おお、更にリベンジ希望とは恐れ入る。やっぱこういうのはとことん追い込まなきゃ駄目なんだな。

 そう言う訳で、俺が一人の胸座を掴んで無理やり立たせた。

「……やり過ぎんなよ緒方」

「さあ?」

 やり過ぎ?なにそれ?俺はこの手の馬鹿野郎共が大っ嫌いなんだぞ?死ねばいいのにとすら思っているのに。

  残り三人も立ち上がる。やる気満々で。

 いいさ。残りの夏を病院のベッドで過ごせばいい。

 さてやるかと拳を振り上げ……られない。

 春日さんが俺の腕にしがみ付いていたのだ。

 必死に目を瞑りながら、頑張って力を込めながら。

「……解ったよ」

 掴んだ胸座を放し、糞を解放すると、その様子を見ていた木村が、仕方ねえな、と前に出る。

「お前等マジやめとけ。こいつはさっきの奴より強いし危ねぇ」

 ザワめく糞共だが、糞特有のプライドで、改めてガンをくれた。

「……こっちもメンツってもんがあるんだよ…」

 出たよメンツ。そんなアホなもんの為に入院するとか、糞の極みだ。

 やっぱり振り上げた拳。だが、春日さんは離そうとはしない。

 すんごいムカつくが堪えるしかないのか。春日さんの為にも。

「おお~やべえやべえ。まだ生きているよな?優」

 慌てながら、救急箱を持って走って来たのはヒロ。

 すんごい離れて、楠木さんと槙原さんも、息を切らせて追っている。

 どんだけ焦ってんだよ?糞なんか、どうなってもいいだろうに。

「あれ、戻ってきたのかお前等。つか、良かった!!生き返った!!」

「いや、死んでねえだろ」

 超安心したヒロに突っ込みを入れる木村。珍しい光景だ。寧ろ微笑ましい。

 だが、ヒロにぶち砕かれた糞共が一気に静まった。

 ヒロにビビッてやがるのだ。さっきまでリベンジだメンツだと、威勢のいい事を言っていたのに。

「いやあ。やり過ぎたなぁ。悪い悪い。もう帰っていいぞ」

 手の甲で追い払う仕草。

 糞共は「あ?」とか言ったが、ヒロは気にせず。

「大丈夫なんだろ?いいよ?帰って」

 相変わらず、失せろとしか言ってない。

「いいよ、ヒロ。こいつ等まだやる気みたいだ。俺がやってやるよ」

 面倒だ。大人しく病院送りにしてやった方が精神衛生上いい。俺の。

 しかし、ヒロの顔が一瞬曇った。

「…お前等マジ逃げろ。こいつ相手じゃ、その程度じゃすまないぞ…」

 脅すな。逃げちゃうだろうが。

「おい、早く帰れ。この辺りまで来ているかどうか知らねえが、こいつは的場を病院送りにした奴だぞ」

 木村も暗に脅すが、いくら的場だって、こんな所にまで影響力がある訳ねーだろ。

「!!的場君の腕折ったのお前!?」

「知ってんのかよ!?」

 逆に驚いた。確か他県にまで名前が知られているって聞いた事はあるが、まさかこんな田舎にまで!!

「おい…やべえよ…噂じゃ連合のチームを、三人で壊滅寸前まで追い込んだとか…」

 その二人もここにいるが…その内の一人に気絶させられたんだが…

「二度と関わりたくねえ、って言っていたって…」

 確かにそんな事言っていたが…

「解ったらさっさと逃げろ。俺等が押さえている間に」

 木村と国枝君が、大袈裟に俺を羽交い絞めにする。今の内だと言わんばかりに。

「……行くぞ…」

 カッコよく捨て台詞を吐いて駆け出した糞共。それ、実はカッコ悪いんだが。

「それは兎も角、ちょっと待て!!確かに的場とやり合ったけど、多分噂が大きくなっている…待てってば!!」

 俺の制止など聞かずにダッシュをかましやがった。あっという間に見えなくなっちゃったし…

 おおい…こんな田舎でまで悪目立ちしたくねーんだよ。

 だから、せめて言い触らすのはやめろよな!!

 がっくりと肩を落とした。自分の修羅道が恨めしくて。

「……俺はこんな田舎にまで、悪名が広まっていたのか…」

「それは少し意外だったが、良かったじゃねえか。無駄な喧嘩しなくて」

 それは木村の言う通り、そうなんだが、何つーか…

 やっぱ喧嘩は控えよう。うん。

「に、しても焦ったよね。あいつ等全員気を失っちゃってさあ」

 クーラーボックスから水を取り出して一気に煽る楠木さん。走って喉が渇いていたようだ。

「まさかこんな所で死人を出す訳にはいかないからね。私も焦っちゃった」

 救急箱を横に置き、一息つきながら槙原さんが言う。

「それもこれも博仁が加減しないから…」

 ジト目で咎める波崎さんに、逆に開き直るように言う。買ってきたばかりの焼きそばを、勝手に開けて食いながら。

「仕方ねぇだろ。奴等引く気が全く無かったんだから」

 お前、国枝君に礼くらい言えよ。ただ暴れただけじゃねーか。

 小声で木村が耳打ちをする。

「……ナンパは無しだな。あいつ等が報復しに来るかもしれねえ」

 それは良かった。いらんトラブルを招きたくない。別のトラブルが向こうからやってきたけど。まだ確定じゃねーけども。

 でも、ちょっと待て。

「的場の名前が此処まで来ているって事は、報復の可能性は低いんじゃねーの?」

イコール、俺がぶち砕いたのも知っているだろうし。

「だから、ってのもある。お前をやっちまえば名前売れるって考える馬鹿共は、沢山居るぜ。地元じゃそんな馬鹿な事を考える奴は居なくなっちまっただろうが、ここはまだお前の狂犬振りを知らねぇだろうしな」

 うんざりだ、もう。

 九割以上自分が蒔いた種だが、こんな修羅道から抜け出したい!!


 取り敢えず、折角海に来たんだから、はしゃぐ事にした。

 糞共が報復を企てようが、迎え撃てばいいだけなので、然程問題にはしていない。寧ろ、その懸念でナンパに行かなくても良くなったから、有り難い。

 海といえばスイカ割りだ。ヒロが三玉持ってきた筈。

「おいヒロ、スイカどこだ?」

「あ~…わりい、さっきの騒動で全部割れちゃった」

「何!?お前何やってんだよ!!なに呑気に焼きそば食ってんだ!!」

 ムカついて焼きそばを没収した。

「何すんだ!!返せ俺の焼きそば!!」

「うるせえ!!これは国枝君がお金出して買ってくれたんだぞ!!お礼くらい言え!!」

 ヒロはハッとした表情になり、国枝君の方に向き、見事なお辞儀をしてみせた。

「有り難く頂戴します!!」

 背筋をぴんと伸ばしての、美しい礼だった。

「あ、う、うん。別にそんなに畏まらなくても…」

 当然ながら、お礼を言われた国枝君の方が困惑していたのは、言うまでもない。

 つか、女子達は何故か全員泳ぐ気配が無い。レジャーシートに座って、思い思いに話をしているのみだ。

 一番近くに居た春日さんに聞いてみる。

「なあ春日さん、何でみんな泳がないんだ?」

 春日さんは小首を傾げ(この仕草が滅茶苦茶可愛い)逆に聞いて来る。

「……なんで泳ぐの?」

「え?海っつったら、泳いだりバーベキューしたりするじゃん?」

「……私、泳げないのに?」

 あー成程。泳げないから泳がないのか。シンプルな回答だったな。

 そういや春日さんは、虐待で受けた傷や痣を見せたくない為に、水泳は見学だったな。泳げなくて当然か。

「じゃあ、他のみんなは?なんで泳がないの?」

「……泳げないんじゃないかな…」

「いや、それはないだろ。楠木さんも槙原さんも泳げたぞ」

 どっちも授業の水泳で泳いでいたし。

 特に楠木さんは見事なクロールを披露していたし。

「んん?おうおう、なかなかいい雰囲気じゃねえか、お二人さんよう」

 にやにやしながら、肩を揺らせて寄って来たのは、川岸さんだった。

「……いい雰囲気…」

 ぼっと頬を赤らめる春日さん。嬉しそうだ。この表情は可愛いな。

「つか、どんなキャラだ。言っておくが…」

「解っているって。無理やりくっつけたりしない。少なくともこのキャンプ中は」

 ちらりと視線を送る先には、波崎さんと話している槙原さんと、黒木さんと話している楠木さんの姿が。

 つか、なんで離れてんだ?固まってみんなでお喋りすればいいのに。ガールズトーク的なやつをやればいいのに。和気藹々と。

「あっちは気にしなくていいのよ。だから私はこっちに来たんだし」

「意味が全く解らんが…」

「だから、春日っちだけ一人で勝負なんてフェアじゃないでしょ?だから今回、私は春日っちの味方」

 ぎゅうっと春日さんを抱き締める川岸さん。

 春日さんがあからさまにホッとしたのは、何故なんだろうか?

 よく解らんのはしょうがない。俺頭悪いし。

 なので素直に訊ねる。知らぬは一時の恥と言うからな。

「なあ、なんで女子は泳がないんだ?ヒロなんかアホみたいなバタフライで水飛沫を上げているし、木村と国枝君は岩場で潜ってなんか探しているっつーのに」

「相談中だから泳いでいる暇無いんでしょ?私はまた別の理由があるけど」

 相談って、何を相談しているのだろうか?それは兎も角だ。

「別の理由って?」

 寧ろそっちが気になって聞いてみる。

 川岸さんは、遠くまで泳いでいるヒロに向かって指を差す。

「あそこらへんに、溺死した人の幽霊が手招きしているのよ」

「ガチヤバいだろ!!」

 泳いでいる最中のヒロが危ない!!

「大沢君は気付かない人っぽいから大丈夫。気付いちゃったら引っ張られるかもだけど、私がこうして此処で牽制しているから」

「用心棒みたいだな…」

 あっち側の事だから、川岸さんに任せとけば、安全なのかな…

 つか、川岸さんの言う通りなのか、ヒロは指差した方向から波に流され、横に流れて行く。

 アレが呼ばれない、って事なのか。だったら安心だが…

「まま、そんな事はどうでも良くて、緒方君、春日ちゃんはどう?」

 ぐいっと春日さんを引っ張って、俺の前に出した。

「…………」

 赤くなって俯いて、もじもじと身を捩る春日さん。

「どうって…か、可愛いけど…」

 更に赤く染まった春日さん。白い地肌で赤くないところなんか無くなってしまった。

「そかそか。じゃあちゅーしゃいなよ?」

「いきなり何言ってんだあんた!?」

 過去にはちゅーどころか最後まで行った俺達だが、今回は違う。

 なので、二人でアホみたいにキョドってしまい、ちょっとしたダンスみたいに、わたわたしてしまった。

「だって可愛いって言ったじゃん。春日ちゃんも緒方君の事好きだし、ちゅーくらいいいよね?」

 春日さんは目を回しながらも頷く。この恥じらう姿も可愛い。

 じゃねーよ!!そうじゃなくて!!

「だから、俺のペースで決めるって言っただろうが!!」

「だって、童貞野郎の緒方君のペースに合わせていたら、秋なんか越えちゃうじゃん」

 ど、童貞野郎?い、いや、確かに俺は童貞野郎だが……

「それなら川岸さんは経験あるって言うのか!?」

「ないよ?私清らかだし」

「だったら同じじゃねーか!!」

「だよね」

 くっくっと笑う川岸さん。そう言うのはだな、お互い求めあってから…まあいいや。

「……私は最後まで行ってもいいよ?」

「だから色々端折り過ぎだ!!」

 最後まで行く為の過程が、大幅に除かれているじゃねーか!!

 いや、俺も健全な高校生。興味はバリバリあるけども!!

 でもね、と、川岸さんが寄ってくる。

 近い近い!!おっぱい…当たらない!!残念!!

「今夜あたりヤバいかもよ?」

 そう言って視線を後ろに流した。その視線を俺も追う。

 楠木さんと黒木さん、槙原さんと波崎さんが、それぞれ話をしている最中。内緒話をしているようにも見える。

「春日ちゃんは引っ込み思案だから。あぶれた私が、くろっきー達の代わり」

 ……春日さんに協力すると決めたって事か。

 楠木さんは木村の元カノ、黒木さんは今カノ、利害一致で手を結んだ。槙原さんと波崎さんは友達同士、言うまでもない。

「…二人がかりはちょっとキツイかな…」

「それが三組だよー。どう乗り切るか見ものだね!!」

 はしゃぐ川岸さん。ムカつくが、なんか嬉しい。一人だけの春日さんを気にしてくれて。

 俺は膝を叩いて立ち上がる。

「泳ぐの?」

「いや、散歩」

 考えを纏める為にも一人になりたい。どう乗り切るかじゃなくて、別の方向を探したい。

「じゃあ春日ちゃんと一緒に行って来たら?」

 え!!もう!?

 つか、まだ心の準備が…

 チラリと春日さんを見ると、期待に満ち溢れた表情で、俺をじっと見上げている。

 そんな顔されちゃ…断れないだろが。

 春日さんに手を差し伸べると、春日さんはその手を迷いなく取った。

「あっはっはっ。この調子なら、やっぱ誰にも決められそうもないね」

 流されたのを見切られたか…

 だけどまあいいや。春日さんと散歩に行きたいのも事実だ。

 俺は何も答えずに歩き出す。

 春日さんと手を繫いだ状態の儘で。

 てくてくと並んで歩く様は、見た目は完全な恋人同士だろう。

 たまに目を向けると必ず目が合う。そしてニッコリ笑う春日さん。

 やべえチョー可愛い。

 つか、緊張してきたな…喉が渇いてきた。

「あ、あーっと、春日さん、なんか飲まない?俺、ちょっと喉が渇いちゃってさ」

 少し考え、コックリ頷く。

「そうか。じゃあ海の家でカキ氷とか?」

 フルフル首を振っての否定。

「じゃあ…自販機?」

 コックリと頷いて肯定。あんま冷たいのは嫌なのかな。女の子は冷え性が多いって言うからな。

 じゃあ、と自販機を探すも、春日さんが俺を引っ張った。

「ちょ、ど、どうしたの?」

「……こっちにいいお店あったの…」

 そうなのか。つか、いつの間に散策したんだ?

 まあいいや。お気に入りの飲み物でもあったんだろう。

 深く考えずに春日さんに引っ張られる。

 春日さんはずんずん進んで行く。 ビーチとは逆の方に。

 お店って言っていた。確かに言っていた。

 まさか本当のお店(喫茶店)がビーチの近くにあったとは…

 ログハウス調の洒落た店。季節柄だろう。オープンテラスもやっている。

「……はいろ?」

「お、おう」

 つっても水着だ。一応バスタオルは煽っているけど。春日さんはパーカーを水着の上から着ているから入店は大丈夫かもだが、俺は怪しい。

 だが、折角来たんだ。駄目なら諦めればいい。

 若干重い扉を開ける。

 その瞬間、俺の心配はなくなってしまった。

 店内は水着の客だらけ。服を着ているのは店員さんのみだった。

 それよりも、意外と空いている方に驚いた。

 外のテラスの客の姿が無いのは、多分暑いからと納得するが、エアコンが利いている店内にも若干空きがある。

 店員さんに促され、テーブル席に案内される。椅子も木製で結構座りやすい。

 この店でこの時期に空きがあるなんて…

 まさかクソマズイとかじゃないだろうな、と若干不安になった。

 防水加工されたメニューを見る。ここら辺の気配り、やはり海水浴客の為の配慮なんだろう。

 と言うか、別にメニュー見なくても決まっているので、春日さんの注文を待つ事にした。

 しかし、春日さんもあっけなくメニューを閉じた。

「え?気に入ったのが無かった?」

 フルフル首を振って否定。

「……もう決まったの」

 そうか。まあ、喫茶店だからな。他の店と似たり寄ったりのメニューなんだろう。

 店員さんを呼んで注文する。

「俺はアイスコーヒーで」

「……あずきオレのバニラアイス添え。メープルソースがげで」

 ……ん?

 今何か、恐ろし気な商品名を口に出したかと思ったが…

 いや、まさかな。そんなオリジナリティー溢れる商品を置く店が、そんなにある筈も無い。

「………」

「………」

 ……待っている間の、この妙な沈黙が…何か話さないと…

「よ、よくメニュー知ってたね?」

「……見ただけだから」

 見ただけって、結構直ぐに注文したよな?

「さ、さっきのオーダーは?知っていた人並みの速さで決めたよね?」

「……メニューのおすすめにあったよ?」

 マジで?そういや俺がメニューを見ていなかったな!!

「……隆君はいつもコーヒーだね。たまには紅茶とか飲まないの?」

「紅茶か…進んで注文はしないかな。別に嫌いじゃないけど」

「……アイスティーのオレンジシャーベットとバニラアイスてんこ盛り各種フルーツソース掛け、ってメニューがあったよ?」

「それはいらない。俺はコーヒーが好きだから」

 一層喉渇きそうな飲み物なんかいらん。何のために喫茶店入ったのか解らなくなるわ。

「……何か食べ物、追加する?」

「う~ん…さっき国枝君が買ってくれた焼きそばとか食べたからな。今なんか食べると、晩飯がきつくなりそうだから俺はいいや。春日さんは?」

「……私も特に」

 そうか。海の家で結構買ったしな。まだ残っているし、勿体無いからな。

「……晩御飯」

「ん?」

「……バーベキューだって言っていたよ?」

「マジで!?それは楽しみだな!!」

 さっき木村と国枝君が、岩場でなんか探していたのもその為か!!

 チラッと見たが、サザエらしき物を獲っていたな!!マジ楽しみだ!!

「でも、食材は?買いに行かなきゃ何もないんじゃ?」

「……確かにね。ジュース類しか無かったし」

 そうか。買い出しもあるのか。これぞキャンプ、と言った感じで楽しいな。

 そうこう話していると、注文した物がテーブルに置かれた。

 俺は言うまでも無く、全く普通のアイスコーヒー。

 春日さんのは、飲み物と呼んでいいのか解らない。パフェ?スプーンもついているし。

 まじまじと見ていると、春日さんがスプーンで掬って俺の前に出す。

「……あーん」

 真っ赤になりながらのあーん。うわチョー可愛い!!

 だが、恐らくこれは殺人レベルで甘い!!見た目で解る!!

「……あーん」

 一生懸命恥ずかしさを我慢しながらのあーん。

 ここで要らぬと言えないのが男。いや、漢だ!!

 俺は覚悟を持ってそれを口に含む!!






「……おいしい?」

 小首を傾げて訊ねる春日さんに、俺はただ頷く事しか出来なかった…

 ごくごくごくごくごく!!

「……そんなに慌てて飲まなくても…」

「い、いや、喉が渇いていたからな…」

 ヤバい!!意識が一瞬飛んだ!!

 それ程まで甘々だ!!なんだこの甘さ!?兵器じゃねーか!!

「は、はは…一気に飲んじゃったよ。もう氷しか入ってねーや」

 グラスから空しく響く、氷のカランカランとグラスにぶつかる音…

 一応聴覚的に涼は取れるが。凄い悲しいけど。

「……もう一杯、注文する?」

「そうだな…すいませーん」

 店員さんを呼んでもう一杯注文した。

 食べるのが遅い春日さんを待つのにも丁度いい。

 ニコニコ食べる春日さんを見ているだけでもいいのだが、お店の人に申し訳無いしな。


「……2杯も飲んで、お腹大丈?」

 帰っている最中、春日さんが心配そうに尋ねてきた。

「大丈夫だ。うん」

 ダメージは別の所で受けたとは言えないので、無理矢理笑顔を作って答えた。

「……ならいいけど…」

 きゅっと手を握ってきた。

 手、ちっちゃいなあ。マジ可愛い。

「……ねえ、隆君」

「ん?」

「……美咲ちゃんも遥香ちゃんも、隆君の事、ホントに好きなんだよ?」

 何故このタイミングでそれを言う!?

 あんまり驚いて、立ち止まって、春日さんの顔を凝視してしまった。

「……勿論私もそう。大好き。だから…」

 一呼吸置き、強い口調で言い切った。

「……負けない!」

 感情を面に出す事が珍しい春日さん。その春日さんの口から出た言葉…

 その覚悟がどれ程のものなのか、俺には計り知れなかった…

 暫しの沈黙。それを破ったのはやはり春日さんだった。俺じゃ無い。俺はヘタレだから。

「……秋までに誰か決めるって、川岸さんが言ってたよ」

「うん。なんかそうなっちゃった」

 秋を過ぎたらどうなるんだと、今でも思うが、それが事実上のタイムリミットなんだろう。いつまでもダラダラとしていられない。

 俺も三人とも好きじゃなく、特別な誰かを作らなきゃならない。それも自分が納得した形でだ。

「……修学旅行が限界だって言ってた」

「うん。俺もそう聞いた。何が限界なのか解らないけど」

「……修学旅行まであとちょっとしかないけど、頑張るから…」

 凄く可愛い笑顔を俺に向けて、そしてやはり一呼吸置き、言った。

「……ちゃんと見ててね?」

 こんな俺に、春日さんみたいな、いい子で強い子が慕ってくれる理由が解らない。正直俺には勿体無さ過ぎる。俺にそんな価値があるのかと、いつも疑問に思う。

「……大丈夫だよ。隆君は一番だよ。他の誰よりも、一番なんだよ」

 表情に出たか、俺の思考が。

 それでも、こんな卑屈でよわっちい俺に、そんな言葉をくれるのか…

 俺達が張っている場所の近くに来ると、握られていた手をするっと離した。

「……あの二人を、まだ本気にさせたくないから」

 寂しそうに笑ってそう言った春日さん。色々考えているんだな。仲良くしている友達とは言え、色々と。

 俺達を一番に発見したのは川岸さんだった。破顔との表現が一番しっくりくる表情で、駆け寄ってくる。

「春日ちゃん!!やったね!!頑張った!!」

 両手でしっかりと春日さんの手を取り、何回も頷いている。

「まるで見ていたようだな…」

「見ていないよ?」

 けろっと。そりゃそうだろう。わざわざ覗きに来る筈が無い。

「聞いただけ」

「誰に聞いたんだ!?」

 思わず大声で突っ込む。

「そりゃあ…日向さんにでしょ」

 うわ、そう来るか。つか、あいつ、デート(?)に付いて来ていたのかよ…

 どんな趣味だ?悪趣味か?あー納得だ。あいつ、風呂にもトイレにも付いて来ていたらしいからな!!

 俺は周囲を観察するように見渡す。

 やはり麻美の姿は見えないが、今の川岸さんの弁だと、俺に付いて来ているらしい。

「今どこにいやがるんだあいつ?」

 苦情の一つでも言わなければ気が済まん。

「それは言わないけど」

「言えよ!!」

 なんでそんな意地悪いんだ?別にいいじゃねーか。

「だって、このキャンプで決めなきゃいけないじゃない?幽霊の女の子を気にしている暇はないよ?そして、それはあの子の願いでもある」

「……決める決めないじゃねーんだよ。俺は俺の心に従うまでだ。何度言ったら解る?」

 周りにあれこれ言われたくない。それが例え麻美であろうとも。

「解っているよ。多分みんな解っている。だから気合入れているんじゃない?協力者まで付けてさ」

 ……何つーか、何だろう?この息苦しさは…

 恋愛するのにこんなパワーが必要なのか?だったら一人の方が…

 そう思考した俺に手のひらを翳す。口を塞ぐように。

「それ以上言わない」

「……秋を過ぎたら大変な事になる、んだろ?」

 どれくらい大変なんだよ。それによってモチベーションが違うだろ。まさかまた死ぬとか?

「……はあ…」

 やがて諦めたように溜息を付き、春日さんの方を向いた。

「春日ちゃん、ちーっと緒方君借りるね」

 行き場を失って、おどおどしているような子供の状態の春日さんに告げて、俺を連れ出す。

 どこ行くっつーの?なんかお小言でも言われるんだろうけれど。

 そうなると、春日さんを除いでくれたことはありがたい。お小言を言われる姿を見せたく無いしな。

「っと、ここでいいか」

「ここ?」

 みんなに見えない岩場の後ろに来ただけだった。

 春日さんと言わず、みんなにお小言を言われる姿を見られたくないから、良かったっちゃ良かったけど。

「んで、なに?」

 どうせ小言を言われるのなら、早めの済ませて貰おう。そのつもりで促した。

「……日向さん、此の儘なら堕ちちゃうよ?」

 ……いや、なんつーか、『???????』なのだが。

 落ちるって何が?あいつ幽霊だからフワフワ浮いているのが落ちる?

「緒方君、ここ最近で、怖い事起こらなかった?」

 怖い事…?

「いや、別に…朋美は入院中で手が出せないし、誰からも命を狙われてないし…」

 過去は電車に轢死とか、春日さんに刺殺とかあったが、今はそんな気配も無い。怖い事なんか起こっていない。

「じゃなくて。えーっと、心霊現象的なヤツで」

「心霊現象なら麻美がいるんだから、そうだろ?でも怖い事なんか…」

 ……あった。

 ベッドから腕が伸びて掴まれた、とか…あの時は気のせいだと思おうとしたのだが…

 その事を言うと、微かに頷き、続いた。

「その手、見覚えが無かった?」

「ある訳ないだろ…幽霊の手なんか………!!」

 いや…中学生くらいの小さい女の手…華奢な指、細い手首…かつてはそれが、俺を抱き締めてくれた…

「………麻美……!!」

 あれは麻美の手だ!!どうして今まで気付かなかった!?

 茫然としている俺だが、川岸さんはお構いなしに続ける。

「さっき須藤さんが入院中って言ったよね?なんで入院中なの?」

「それは…病気が悪化して…」

「なんで悪化したの?」

「えっと…無茶したって聞いたけど…」

「麻美さんが祟っているから、って言ったらどうする?」

 !!!!!

 麻美が朋美を祟っている?

 麻美は俺の代わりに屋上から落ちて死んだような奴だぞ!?心優しい奴なんだぞ!?そいつがどうして、祟るような真似をするって言うんだ!?

「須藤さんはね、間接的にでも緒方君をどうにかする事ができる。ネットを使ったり、組のチンピラにお願いしたりしてね」

「そ、そりゃそうだけど、実際そう言うのあったけど、全部未然に防いできたじゃないか?」

 楠木さんと春日さん、槙原さんのおかげで。勿論国枝君やヒロ、木村のおかげもある。みんなのおかげで俺は…

「今はね。そうでしょうけど、いくら遥香っちの情報収集能力やネット戦略が優秀でも、どうにもならない事もある。殺しても、親が揉み消してくれたように」

「そ、そりゃそうだけどさ、あいつの親も社会的信用が大事な訳だし、これ以上はふざけた事はさせないように監視しているんだろ?」

「だけどネットで依頼も出来るし、緒形君に直接メールで何かしらのアクションも取る事ができる」

 ………

「だ、だから祟って手も足も出ない状態にしているってのか?朋美を完全に無効化する為に?」

 頷いて肯定。実にあっさりと。

 愕然とした…

 だって、それって所謂悪霊の所業じゃないのか?

 麻美みたいな優しい子が、そんな真似を…

 一言も発しない俺だが、川岸さんは構わずに、神妙な顔で続けた。

「緒方君も見ている筈だよ?私、もしくは須藤さんが、日向さんと話している所を」

 そんな事言われても…麻美はめっきり姿を見せなくなったし…

 考えているのか茫然としているのか解らない、もしくはそのどっちもだと思ったのか、単に焦れたのか、更に続けた。

「夢、見たでしょ?」

 夢…あの真っ白い変な場所で、テーブルを挟んで向き合って話していた…アレか?

「…それなら…確かに見た…三回だったか、四回だったか忘れたけど、確かに見た…」

「実際はもっともっと話したんだけどね。多分須藤さんとも。いつも付いている、ううん、憑いている状態だったから、たまたまリンクしたのが数回なだけでさ」

 憑いている……そんな…

「……そんな…取り憑いているような事を言うのは…やめてくれ…」

「実際そうだもの。で、須藤さんを祟っている状態だから悪霊化してる、て言うか、悪霊化した」

 それは…もう手遅れだって事か?

 知らず知らずに力が全身から抜け落ちる…

「ちょっと、しっかりしてよ。もっと凄い事が控えているんだからさ」

 今の話よりも凄い事…?

 川岸さんを真っ直ぐに見た。それを言って貰う為に。

 一つ頷き、躊躇いもなく言う。

「麻美さんと話をする為、と言うか、みんなに麻美さんの言葉と伝えるのは、くにゅえだ君だけで充分だった。じゃあなんで私が呼ばれたのか?」

「……女子同士だから、国枝君に言えない事でも言えるから、って事じゃ無かったか?」

 首を振って否定して、怖い表情になって続けた。

「私が麻美さんを祓う為」

 脊髄反射の如く、拳に力が籠った。

 それを言ったのが川岸さんじゃ無かったら、友達じゃ無かったら、俺はその顔に拳を叩き込んでいただろう。

 麻美を祓う!?その役割が必要なのか!?あいつみたいな優しい奴を!!

 ぐちゃぐちゃになった思考。それを察したのか、川岸さんが俺の拳に手を添える。

「しっかりしてよ。ここまでバラした以上、もう後戻りできないんだから。拳もそうだけど、ちゃんと立って聞いて」

 叱咤されて、辛うじて膝を付く事は押さえられた。俺は自分でも解らない内に、震えていたのだ。

「……麻美がこの頃出て来なくなったのは…」

「悪霊化したから、これ以上干渉しないようにする為、だと。緒方君の前に出て来る時は、かなり無理して自分を押さえている。一歩間違えれば、引っ張らないとも限らないからね」

「……まさか、眞鍋君が失踪した件も…?」

「それは関係ない。単に彼が臆病なだけ。家出だよ」

「……じゃあ、どうやったら、麻美を助けてやれるんだ?」

「そこよ!!」

 漸く本題、とばかりに、俺に指を差す。力強く。

「日向さんを安心させてあげるんだよ」

「……どう言う事だ?」

 ここでニカッと笑って言い放つ。ずっと言いたかった、と言って。

「緒方君にちゃんとした彼女が出来れば、麻美さんは安心して逝ける。本格的に悪霊になる前に。私が無理やり祓わなくても、自分で旅立てる!!」

 ……それがどうして麻美が安心できるんだ?自力で成仏できるのは、いい事なんだろうから、川岸さんがそれを選んだのは理解できるが…

「緒方君、意識してないだろうけど、麻美さんの事、まだ好きだよね?」

 意識してないんじゃない。押し殺そうとしているんだ。

 俺はまだ麻美が好きだ。否定しない。だけどそれは絶対に叶わない。麻美は死んで、俺は生きている。究極の片思いだ。

「いや、好きな事は別にいいんだよ。緒方君が次に進もうとしているのも解るんだ。でも、それを形にしてくれないと、麻美さん、安心しきれないんだよ」

「……目に見える形が恋人を作る。って事か?」

 頷いて。

「できれば緒方君を任せられる人。形だけなら誰でもいいんだけど、一番納得できるのが、って意味ね」

「……形だけなら誰でもいいってのが、麻美らしくないんじゃねーか?」

「だから、今はそうでも、後々違って来る可能性もあるでしょ?」

 その理屈だと、例えあの三人の内誰かを選んでも一緒だろう?先の事なんて誰にも解らないんだから。今はラブラブでも、一月、二月経てば破局するって事も有り得るだろうに。

 ……いや、だから形だけでも、って事なのか。

 どっちにしろ、先の事は解らない。例え幽霊の麻美でも。

 川岸さんは重く。ゆっくりと囁いた。

「だからね緒方君、麻美さんを助ける為にも、緒方君には頑張って貰わないといけないの。今ならギリ間に合う。ちょっと祟っちゃったけど、情状酌量の余地がある。だって麻美さんは、緒方君の為だけに、あらゆることわりを無視して来たんだから。自分の為だったら、何回も繰り返させないよ?世界の理は」

 色々な『規約』、『制約』が働いて、麻美が思うように行動できなかったのも、俺の為に頑張っていたからか…

 自分の為だったら、とっくに地獄に堕ちている、って事なのだろう。

「麻美を今直ぐに助ける事は可能なのか?俺が安心させる云々は置いといて」

 そんな状況なら、一刻でも早く成仏させた方がいい。

「一番いいのが本人の望みを叶えるって事だからね。それが一番綺麗に成仏できるから」

 そう言われたら…一番いい方がいいに決まっている。無理やり祓うのは論外としても。

「で、どう?」

「え?な、何が?」

「だから春日ちゃん。可愛いじゃん。ね?春日ちゃんと付き合っちゃえよ~。何なら手、出してもいいからさ」

 そう言って肘で小突いて来る。ニヤニヤしながら。つか、話題変え過ぎだろ。

 俺は鬱陶しそうにそれを払い除けた。

「春日さんが可愛いのは俺が一番知っている。他の誰よりも」

「え~、だったら問題ないじゃん?」

「そして楠木さんが過去の事を後悔しているのを、他の誰よりも知っている。槙原さんが頑張っているのを、他の誰よりも知っている」

 支えたい、分かち合いたい、一緒に苦しみたい、一緒に笑いたい人が三人もいるんだ。

「だから簡単には決められないよ。どんなに川岸さんが頑張っても、それは変わらない」

 この台詞、何回言った事だろう。

 だが、何度でも言ってやる。第三者にあれこれ言われて決められるような、安っぽい感情じゃないんだ。

 川岸さんはやや呆れ顔だが、それを見ない振りをして言った。

「麻美!!そう言うこった!!悪いがもうちょっと踏ん張ってくれ!!」

 空を見上げてほぼ叫ぶ。

 ほぼ、とは、マジで叫んだら、誰かが様子を見に来るからだ。何だ何だ?とか言いながら。

「……しつこいだろうけど、ギリギリ待って秋だからね?修学旅行辺りがタイムリミット」

 解っていると、力強く頷いて返した。

「…よし、解った。緒方君を信じるよ。でも、今夜あたり怒涛のアタックは来るからね。勿論私も春日ちゃんを焚き付けちゃうし」

「そ、それはお手柔らかに頼むよ…」

 春日さんの怒涛のアタックは怖すぎる。アパートでご飯御馳走になった時に、全裸になろうとしたし。

 それを言ったら、楠木さんは常にパンツを見せて来るし、槙原さんはおっぱい押し付けてくるしな。

 ……女の武器を使い過ぎだろ。健全な男子として、我慢するのもキツイんだぞ。

 話終えた俺達は、みんなの所に戻る。

 その時、ふと、背後に温かい気配を感じた。

「麻美か?」

 振り向こうとした。

――見ないで。私って、すんごい怖い顔になっちゃっているから

 それは…悪霊化が進んでいる証拠か…?そう言えば、以前も顏を見る事を拒否されたような気がする。

「……大丈夫か?」

――大丈夫だよ。なんとかね。それより、ホントに秋までに安心させてくれるんでしょうね?

 振り向けば、きっとジト目で見ている麻美を想像して、苦笑した。

「任せとけ。俺が今まで約束を破った事があるか?」

――結構あるけど…中一の時、私の誕生日にプレゼント買ってくれる約束したのも忘れたし、バレンタインのお返しも忘れていたし…

「そ、それはだな、誕生日の時は風邪引いて動けなかったし、ホワイトデーは…うん、あれは完璧に忘れていた」

 ははは、と朗らかな笑い声。

――今度忘れたら命を貰うからね。って、脅しになんないか。隆は『いいよ』って言っちゃうしね

 言うだろうな。麻美になら。ホントにそうなっちまうんだったら、脅しにはならないな。

――うん。信じる。隆は馬鹿でヘタレだけど、私の事はホント好きだしね。私がマジヤバいって言うのなら、いい加減な馬鹿でも、へこたれずに頑張れるって

「お前、それ激励してんのか?けなしてんのか?」

――どっちも、だよ。私の事好きってのは否定しないんだね

 当たり前だ。だってその通りだから。

 お前がヤバい状況なら、俺は今度こそ助ける。それこそ、命を投げ出してもだ。

 あんな思いはもう沢山だ。俺の前で二度も死なせるか。

――んじゃ、隆に女子達の隠しパラメーターを教えちゃおう!!100点満点ね。好感度だけだけど

 おお。数値にしてくれたら解り易いな。つか、それどんなギャルゲ?

――楠木さんが100、春日さんが100、槙原さんが100だよ

「全員マックスじゃねーか!!どう参考にしろって言うんだ!!」

――因みに、黒木さんが60で、川岸さんが53、波崎さんが62ね

 おお…以外と全員平均点オーバーとか…伝説の木の下に呼ばれそうなレベルじゃねーか…

――んで、隆のパラメーターは勉強50、運動100、容姿80ね。あ、雑学は20かな?

 雑学低いな?もっと頑張らないと…

 じゃねえよ。

「パラメーターなんてどうでもいいんだよ。お前を安心させりゃ、それでいいんだろ?」

――そうだけど、あの三人に振られる可能性もあるって事、忘れてないよね?

 ……

 そ、そういう事も有り得るのか…それはちょっとマズイな。

 片思いで終わるのはいいが、俺はいいが麻美が…

――まあ、私はあの三人には拘ってないけどさ、朋美じゃ無ければ誰でもいいし

 それは問題発言だよ麻美さん。つか…

「お前、祟らないで大人しくしとくのは無理なのか?」

 首を横に振る気配を、後ろから感じた。

――もう引き返せない。あの子も退く気全く無いし

 そうか…やっぱ秋までで確定か…

 俺としては、これ以上成仏(?)の妨げになる事は、させたくないんだが…

――私があの子を押さえている間、私が辛うじて私でいられる間に…

 解っている。終わらせるよ、きっと

 もしも間に合わなけりゃ、お前と心中してやるさ。

 っと、コレ言ったら怒られるんだったな。諦めているみたいで。

「まあなんだ。お前の分まで幸せになってやるさ」

 やはり背後で苦笑。

――その台詞、最後に聞かせてね。今聞いちゃったら、バッドエンドのフラグ立っちゃったみたいじゃん

「バッドエンドにはならないよ。お前がバッドエンドを許す訳ないし、俺も選択するつもりも無い」

 またまた背後で苦笑。

――うん。頑張って。きっと、きっとだよ?

 ああ、頑張るさ。頑張るから、お前も頑張れ、麻美…… 

 ……

「麻美?」

 つい振り返ってしまったが、そこに麻美の姿は無い。

 ただ、温もりに満ちた空気が漂っていただけだった…

 俺はなるべくゆっくりとみんなの所に戻る。

 意味がある訳じゃ無い。何となく噛み締めたかったからだ。

 途中、みんなと合流した筈の川岸さんが待っていた。

「……覚悟決めたみたいだね?」

「そんなもん、とっくに」

 決めていたつもりだったが、改めて認識し直した、が正しいが。

「ふ~ん。まあいいや。さ、戻ろう。春日ちゃんが痺れを切らせて待ってるよ」

「なんで春日さん限定…」

 ああ、協力するって決めたからか。じゃあしょうがないな。

 頑張って春日さんの為に働いてくれよな。

「つか、もう夕方近くになっちゃたね。多分撤収作業して、お風呂に向かうんじゃないかな?」

「ふ~ん。混浴あるかなあ…」

「多分だけど無い」

 あったら喜ばしい事だが、大変だな。

 まあ、俺が野郎を入り口で悉く排除するが。

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